T-34

First to Fight 1:72 PRAGA RV 6輪トラック

●25日の東京AFVの会の折に仕入れた戦利品。サニーで買ったFTF(First to Fight)1:72のPRAGA RV 6輪トラックのイン・ボックス・レビュー。

「Wrzesień 1939(1939年9月)」というシリーズ名の通り、1939年9月のポーランド戦役に登場した独ポ両軍の車輌・砲・フィギュアに特化しており、インジェクション・キットではこのシリーズでしか出ていない!という珍しいアイテムがいくつか入っているのも魅力。このプラガRVも、インジェクションでは現在唯一。将来的にも当分は出そうにない気がする。

ちなみに私がFTFのキットを買うのは数個目で、最初に買ったC2P牽引車の製作記はこちら。wz.34装甲車2種のレビューはこちら

20161226_215837 ●このキットが出るまで、そもそもきちんと意識したことさえない車輌なのだが、幸いなことに英語版wikipediaに簡単ながら解説が出ていた(英語版以外は、チェコ語版、スロバキア語版、ドイツ語版。12月27日現在)。

それによれば、1935年から39年にかけ、チェコ・プラガ社で生産された軍用オフロード・トラックで、チェコスロバキア軍で物資・人員輸送、救護、砲牽引に用いられ、後にはドイツ軍、ルーマニア軍でも使用。また、 イラン、ポーランド、スウェーデン、スイス、トルコに輸出されたとある。ページ右の要目欄によれば、生産台数5500輌。

また、プラガ社自体の歴史的製品のページでも解説されている。

第二次大戦中のスロバキア軍の資料本、“GERMANY'S FIRST ALLY - ARMED FORCES OF THE SLOVAK STATE 1939-1945”でも使用装備のリストページに出ていて、ここでは生産数は「3000両以上」になっている(いずれにしても結構な数だ)。ここでは、チェコ解体後、1939年の開戦直前に、ドイツ経由でポーランドに300輌が輸出されたことになっている。ちなみにRVは「Rychlý Vojenský=Fast Military(高速・軍用?)」の頭文字である由。

このシリーズ共通の体裁として、おおよそA4版の表紙含め12ページの資料ブックレットが付属していて(割と窮屈に折りたたまれて箱の中に入っている)、それにはこの車輌の概略と、ポーランド軍における活躍のエピソードなども書かれている……ような雰囲気なのだが、全編ポーランド語のみなので、何が書かれているやらちんぷんかんぷん。このシリーズのブックレットを英訳して公開してくれるサイトとかないものだろうか。

表紙と、中途の2見開きを見本で下に。ちょうど真ん中の見開きでは、塗装解説を兼ねて4面図が出ているのもシリーズ共通フォーマット。

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●このキットは製品番号34番(PL1939-034)だが、実はFTFでは、これ以前にも製品番号30番でプラガRVを出している。どうやら、30番は幌をかぶせた状態、この34番は幌無しの代わりに荷台にベンチが付くという仕様であるらしい。それほどのパーツ数でも無し、コンパチにしてくれてもいいような気も……。

というわけでパーツ枝写真を以下に。

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メインのパーツの枝が2枚(といっても、実際には大きな1枚のパーツを、箱に入るように真ん中から2分割しているだけ)と、上記の荷台のベンチ+幌骨パーツの小枝が1枚の、計3枚。デカール等は付属していない。

荷台床パーツの上にぽっかりとパーツを切り欠いてあるのが、30番のキットで幌パーツが入っていた場所のようだ。

20161226_233721 ●主要パーツのクローズアップ。キャビンは、ボンネットから前面のラジエーターグリルまで、スライド型を使って一発成型。ボンネット上の蝶番も、前面ラジエーターグリルもかなり繊細な表現。一発成型ながら、ちゃんとインパネに計器のモールドもある(正確かどうかは判らないが)。ただし、ボンネット周りに比べてキャビンそのものは若干大味。ドアの後ろの筋彫りもなかったりする。

フロントウィンドウは右左でわずかに大きさが違う表現になっている。ここは実車では開口部の大きさそのものはたぶん同じなのだが、左ウィンドウは嵌め殺し、右ウィンドウははね上げられるようになっているために枠が二重になっているためややガラス面が狭い、というのを表しているようだ。……何か余計なことをしているような気も(笑)。

20161226_233517 荷台側板は幌をかぶせた仕様と共通パーツで、そのため、幌骨の下半部がそのままモールドされている。このキットの使用では、幌骨はキャビン後半に束ねて装着するようになっているため、その通りに作るのなら、このモールドは削り落とす必要がある。

ちなみに荷台に装着するベンチは、ボックスアートにもあるように、横方向に4列置くように指示されているのだが、実際には、戦時中に荷台に兵士が乗り込んだ状態の写真を見ると、どうもそんな向きには置かれていない可能性があるらしい。例えばこのページに検証が載っている。

20161226_233642 車輪パーツはこのような感じ。タイヤ側面がぺったんこなのはイマイチ感はあるものの、ミニスケールのタイヤ・パーツとしてはまずまずだろうか。

トレッドパターンは、もうちょっと独特なパターンのものを履いている例が多いような感じだが、そこまで要求するのはちと贅沢かも。

●戦利品その2。1-colour氏から、T-34用のレジン製のアフターパーツを2種貰った。

20161226_233918 Tiger Model Designs製、「TANK MAKER」というレーベルの製品で、左側は、「第174工場製車輌の車体後面パネルのヒンジと車体前部・誘導輪位置調整装置のボルト(フタ)」、右側は車体後面パネル中央のミッション点検ハッチ(183工場製車輌用)・ドラゴン用」。

後者に関しては、ドラゴンの初期のT-34-85では同パーツの最上部ボルト頭が忘れられていたので、その代替パーツということらしい。これに関してはその後改善された……と思っていたのだが、つい今、T-34-76のキットを見たら、やはりボルト頭がなかった。というわけで、今でも使い道はあるかもしれない(もっともこのパーツの裏側にはべったり湯口があり、キットのパーツにボルト頭をひとつ足した方が簡単かもしれない)。

前者は、T-34の生産工場の中でもだいぶマイナーな174工場製車輌への改造パーツ、ということになるのだが、そんな微妙なパーツであるにもかかわらず、なぜか10輌分前後のヒンジが入っている。どんなT-34マニアだって、174工場の生産ラインのジオラマでも作ろうと思わない限り、一生の間にそんなに174工場製T-34を作ったりしないよ……。

写真の状態は、半分近くを青木氏に分けた後。青木氏が言うには、「パネル下部の2カ所のヒンジだけでなく、ミッション点検用の丸ハッチのヒンジも同形状」とのことなので、1輌あたり3つのヒンジを使うことになるが、それでも4輌分以上ある。はっきり言ってメーカーの真意を質したいレベル。せっかくもらったので、いつか174工場製T-34を1輌くらいは作ろう……(いつか)。ちなみにパーツの形状自体は、青木氏曰く微妙だそうだ。

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MiniartのT-34用の履帯を買う

●ここ数カ月バタバタしていた、毎年恒例の「季節仕事」がようやく終了。15日、最後のチェック&資料受け渡し等で神保町S社へ行く。

行きに東西線の竹橋駅で降りたのだが、電車の中で本を読んでいて、眼鏡をかけたまま電車を降りて歩いていたら(おそらく目測を誤って)階段の最下段に足を引っ掛けて大コケした。階段の角に頭をぶつけて、「やばい、これはもしかしたら大出血かもしれん」と思ったほどだったが、幸い出血も打ち身もなかった(が、通行人に心配されるほどの無様なコケ方だった)。むう。ナサケナイ。

●17日。新しい仕事の打ち合わせで市ヶ谷のC社。久しぶりに行ってみたら、いつの間にかビルの同じフロアの中で反対側に引っ越していて、一瞬、エレベーターで降りる階を間違えたかと、引き返しそうになった。

打ち合わせした仕事に関しては、これから年末年始にかけて、長野県内に数回出張に行くことになる。寒いかな?

●市ヶ谷まで行ったついでに、久しぶりに四谷仙波堂に行く。

MiniartのT-34用の履帯(#35207)と、MasterClubの六角ナット1種を購入。ご主人と何だかいろいろ長話。ドイツ戦車の内部色について、エンジンコンパートメントなどの一部には耐熱塗料(というか耐熱コーティング?)の青黒い色が塗られていた可能性があるそうだ、などなど。戦車の内部はまず作らないし、それもドイツ戦車となるとますます機会はなさそうだが興味深い。

●MasterClubの六角ナットは、ワッシャー付きで対面幅が0.7mmのもの。本当はワッシャー無しのものが欲しかったのだが在庫がなかった。

Cimg1832s 気泡で潰れてしまっているURSUS A型トラックのホイール表面ナットの代替用で、実物でどのような形状のものが使われているかわからないのと、この大きさだとワッシャー無しでもワッシャー付きでもパッと見で大した差はないので適当な選択。大きさも「まあ、この辺でいいや」的ないい加減なもの。

なお、家に帰ってよく見てみたら、1本だけ、対面幅が1.5mmくらいある大きな「ワッシャー付きボルト」が1本混入していた(写真ほぼ中央)。シラスを食べていてミニタコが混じっているのを発見した気分。

そのうちどこかに使ってやりたいが、この大きさのボルトを1本だけ使う用事なんて出てくるかなあ。ミニスケールのトラックのラジエーターキャップとか?

●MiniartのT-34用の履帯は、同社SUシリーズからの別売品。#35207はたぶんインテリア付きSU-85に入っていたもので、センターガイドがないほうのリンクの縦リブが少ないタイプ。SU-122(初期型)に入っていた2分割タイプも別売されている(#35216)。T-34用の別売履帯はこれまでも各社各様、いろいろ出ているが、このタイプのインジェクション可動式は初めてではないかと思う。薄く解像度高く仕上がっていて、鋳造刻印なども入っている一方で、値段が安い(仙波堂で1600円+税)のも有り難い。

500mmワッフルタイプの履帯のバリエーションで、(SUのキットに付属していることからも判るように)SU系によく見られるので、ウラル重機械製作工場(ウラルマシ)の系列工場で作られていたのではないかと思う。

過去、マケットでクラスナエ・ソルモヴォ工場製T-34-85がキット化された時に付属していたのが確かこのタイプで、その後履帯だけで別売されたこともある(今でもアランゲルとかMSDとかで出ているかも)。ただし、マケットの履帯はリブ彫刻が均一で前後方向の別がなかったような覚えがある。

私が買ったSU-122初期型には前述のように2分割タイプ履帯が入っているので、2タイプの履帯のどちらかをSU-122に使い、残ったほうをいつか「フォルモチカ」砲塔の1942/1943年型に使いたいなあ、と思う(私の製作ペースからすると遠大すぎる計画)。

Cimg1823s ●我が家の前の坂道途中に生えている椎の木(スダジイ)は、昨年はたくさんどんぐりを付けたのに今年はさっぱり。結局、10個程度しか食べられなかった。

前にも書いたような気がするが、今年の春はほとんど花も付けなかったので、(1年越しで結実するので)来年もあまり実は付けないかもしれない。

テレビでちらりと見たが、今年は全国的にどんぐりが不作で、そのために熊害が多いそうだ。我が家の前の椎の木が不作なのも全国的なドングリ不作の波の一環なのか?

Cimg1815s Cimg1806s ●散歩中の写真。

1枚目は大切岸から見下ろした逗子市街。こうしてみると、逗子ってやっぱり田舎の街だなあ、と思う。

2枚目はハイランド端の公園から見た富士山。秋から冬にかけ、夕焼けにくっきり浮かぶ姿は確かに綺麗だが、それよりちょっと早めの時刻、おぼろげな姿もちょっと日本画風で素敵。ともに11月5日。

●前記11月5日の散歩で、(鎌倉市内の)浄明寺の谷戸でトリカブトが咲いているのを見て、逗子でも咲いているかなと思ったのだが、案の定。

もっとも毎年咲いているこの斜面は、今年はちょっと草刈りされてしまったので花は少な目。

Cimg1826s Cimg1831s

猛毒だが色は美しいし形も面白い(実物はもう少し紫な気がするが、写真だとちょっと青が強くなってしまっている)。12日撮影。

●9月末に逗子マリーナ脇の小坪海岸トンネルの鎌倉側出口脇でがけ崩れがあり、全面通行止めになっていたのだが、18日夕、ようやく復旧した(なお一部規制あり)。

博多の陥没が1週間で復旧してスゴイと話題になっていたが、逗子じゃあこんなもんだわなあ。

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T-34こぼれ話(3)

●脈絡のないT-34およびそのキットに関するあれこれ。なお過去記事は、

T-34こぼれ話
T-34こぼれ話(2)

●しばらく前にドン川から引き揚げられたスターリングラード・トラクター工場(STZ)製1942年生産仕様のニュース動画を紹介したが、セータ☆さんによれば、あの車輌はクビンカに運び込まれたのだそうだ。

そろそろどこかにwalkaround写真でも上がっていないかと思い、とりあえずDishModelsをしばらくぶりに見に行ってみたら、目当ての車輌はまだのようだったが、それとは別のT-34の新しいwalkaround写真がいくつか上がっていた。

T-34 1941戦時簡易型(スターリングラード・トラクター工場製、1942年初め頃生産の仕様?)

新型操縦手ハッチを付け、車体側面装甲と前後の装甲とが組接ぎになっているが、砲塔はエラの削れていないタイプを載せているもの。以前紹介した、narod.ruにwalkaroundが出ているボルゴグラードの展示車両に近い仕様。

St.ペテルスブルクの冬宮前広場(たぶん)での撮影なので、何か記念イベント等の展示であるらしい(ページの説明には「Exhibition “We Fought up to the Last-Ditch at the Walls of Leningrad.”」とある。

ボルゴグラードの車輌はラジエーターグリル等が補修されていたが、この車輌ではオリジナルらしい。側面の増加燃料箱留め具なども残っている。もっとも、オリジナルに似せた補修という可能性もないわけではない――それを考えると、補修部分はある程度「ニセモノとわかる」形状になっているほうが親切な場合もあるかもしれない。車体後面にかなりボコボコに撃たれた跡があるので、元はスクラップだったはず。それをここまで綺麗にレストアしているからには、補修部分も結構ありそうな気もする。

ボルゴグラードの車輌と全く同一仕様というわけではなく、後部の牽引フックは錨型ではなく、「つ」の字型を付けている。えっ。この形の後部フックって183工場製だけじゃないの?

OT-34 1941戦時簡易型(112工場製初期型)

おそらく上記と同じイベントでの写真で、1枚目に、後方にもう2輌のT-34が並んでいる。3輌目が上記のSTZ製か?

車体後面の点検ハッチが4本ボルトで中央にあるので、もともとガソリンエンジン搭載のクラスナエ・ソルモヴォ工場(第112工場)製の初期型車輌であるのは間違いないと思うのだが、砲塔だけ第27工場で施されたという増加装甲付き、車体は増加装甲無しで、112工場製1941戦時簡易型の後期型に準じた跳弾リブや手すりの装着が行われている。しかも火炎放射戦車型(OT-34)。

戦時中の写真では(少なくとも私は)見たことがない取り合わせで、もともとこういう仕様であったのか、どうも判断が付きにくく悩ましい。

T-34 1941年型(スターリングラード・トラクター工場製、1941年8月生産)

これも同じイベントでの写真で、上記112工場製車輌1枚目の写真で、2番目に写っている車輌がこれであるらしい。

スターリングラード・トラクター工場で1941年8月に生産された仕様であるというのは写真ページのタイトルに素直に従ったものだが、この車輌がスターリングラード工場製であるという根拠が、正直言って私にはさっぱりわからない。

もともと、スターリングラード・トラクター工場がT-34の生産を開始した当初は、ハリコフ機関車工場製車輌とほとんど同一の仕様のものを生産していて、その後、だんだんと独自仕様が加味されていった……という流れだと思うが、では、その独自仕様が加わる前の生産車を、ハリコフかスターリングラードか見分けるポイントはどこにあるのだろうか?

左フェンダー前部の背の高い工具箱もハリコフ工場製車輌の特徴だと思っていた(これはレストア品かもしれないが)。増加燃料箱を縦にして(いや、横にして?)2段重ねにするのはスターリングラード・トラクター工場製の特徴?

「どうなのよアオキ!」と言いたいところだが読んでるかなあ。

追記:Wydawnictwo Militariaの#265「T-34 vol.II」に、STZ製の1941年秋生産仕様とされる図面が出ている。その図面に描かれた車輌は、砲塔が、スターリングラード・トラクター工場製車輌に独特の、264工場製とされる砲塔後部に湾曲部のない台形一枚板の溶接砲塔に変わる前、そして足回りも緩衝ゴム内蔵転輪に変わる前のもので、上記写真の車輌の仕様と若干近い。ただし、前後のフックは錨型に変わっており、トランスミッション点検ハッチもすでにコの字の取っ手タイプになっている。)

さらに追記:書いているうちに自分でもわけがわからなくなってきていて、いつの間にか1番目の写真車輌の特徴がごちゃ混ぜになった記述になっていたのを整理。)

▼オマケ。やはり同一イベントにおけるKV-1。いわゆる1940年型の最後期のタイプ。そういえばこのタイプのそのものズバリのキットって出てないっすね。

私が作りかけで放ってあるKV-1と近い仕様。このブログを始める前から絶賛放置中。いかんね。

●同じくDishModelsに上がっていた、ロシア人モデラーによるA-32の作品写真(ドラゴン改造)。素敵。

操縦席周りが大きく出っ張っているのは試作2号車の特徴で、1号車は後のT-34生産型に近い形状になっている。

●いつのまにか「T-34 maniacs」が引っ越していた。

新アドレス(IS maniacsなども含めた表紙ページ)はこちら

F1011386 ●「T-34こぼれ話」初回で書いた、ドラゴンのT-34の車体上部パーツの(たぶん)最新版にある上面ラジエーターグリル前方の筋彫りだが、この部分が別体なのは、やはり1942年型あたりからであるらしい。というわけで、作りかけの1941年型は筋彫りを埋めた。

40年型で一体であるらしいことは、「グランドパワー」95/6、84ページの写真で確認でき、STZの1941年型、112工場の1941戦時簡易型でもそうらしいことが上の実車写真でわかる。いや、知っている人には先刻ご承知のネタなのかもしれないけれど。

おそらくこのパーツ改修は1942年型シリーズ発売の際に行われたものなのではないかと思うのだが、側面には増加燃料箱用のモールドが残っているので、1941年型以前のキットも、再生産分はこの改修車体上部が入っている可能性がある。

ドラゴンの場合、こっそりパーツが改修されていることが頻繁にあるが、場合によっては「こちらを立てればあちらが立たず」状態になっているので注意が必要。もっとも、エンジン点検ハッチの形状が合わないことに比べれば、筋彫りを埋めるほうが楽だと思う。もちろん、各仕様に細かく合わせたパーツになっていてくれればそれに越したことはないのだけれど。

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スターリングラード・トラクター工場(22)

週末模型親父さんのAFV模型のネットコンペ、「SUMICON 2016」参加作、cyber-hobbyの「T-34/76 STZ Mod.1942」の久々の製作記。

だいぶ長いことほったらかしにしてしまったので、そろそろ「また適当に工作が一段落したところでやる気をなくしてしまったのではないか」などと思われていそう。いやもちろんそんなことはないですよ? ないよね?(誰に言っているんだか)

正直なところ、仕事がかなり切羽詰まっているので、なかなか模型に集中できないのだが、さすがにSUMICON締切まであと一カ月なので、がんばらんといかん。

●というわけで、前回、「しばらくはこの状態で眺めてみて、気になるポイントがあれば追加工作を施すつもり」と書いた後の追加工作について。

ジャッキの工作に関しては前回書いたが、その後、Ryampoさんから、「ジャッキは底面に放射状のリブ、頭部に十字の溝があるらしい」と教わった。もうジャッキはホルダーを介して車体に接着してしまった後だし、流石にこれは放置するかなあ、と思ったのだが、やはりちょっと気になって追加工作してみた。

ジャッキ頭はナイフの先とエッチングソーで筋彫り。

F1011300 ジャッキの底面は、普通ならパーツに直接細いプラ材を貼るところだが、すでに接着済みではうまく工作できなさそうだったので、一度、底面と同径のパーツにプラバン細切りを貼って放射状のモールドを作った後、円盤側から削り込んでモールドだけ残し、改めてそれをジャッキ底面に貼るという何だか間抜け感のある工作をした。

なお、根拠とした写真でも底面は一部しか写っていないので、放射状のリブが実際にこんなふうに等間隔であるのかどうかは、実はよく判らない。ただ、リブ自体はもっと細いようだ。

●先日買ってきた0.8mm径のステンレスワイヤー(フラグシップ「極細AFVワイヤー0.8mm」)で牽引ロープを作成。

「ステンレスは焼き鈍しが効かない」とコメントを頂いたのだが、一応、キッチンのガスレンジで真っ赤になるまで焼いて自然冷却したら、指先で曲げ癖が付けられるくらいにはバネ性をなくすことが出来た。もっとも一口でステンレスといっても組成はいろいろなので、たまたまこれはなんとかなった、ということかも。ただし切断には苦労した。

F1011320 F1011319 前回書いたように、キットには何種類かの牽引ロープのヘッド部分のパーツが入っていて、キットの指定はパーツ番号F5なのだが、よりスターリングラード・トラクター工場製車輌で一般的な形状に近いと思われるR11を使用した。キットには一組しか入っていないが、以前作りかけて挫折した同一キットからもう一組持ってきて、既定(であると思われる)本数の2本製作、キット付属のエッチングパーツで所定位置に取り付けた。ロープの長さは現物合わせ。エッチングをうまくループにして止めるというのはなかなか面倒で、だいぶワジワジした(住友さん言うところの「イーーーーッ」となる状態)。

●これでいよいよ工作は終了(のはず)。とりあえず、塗装後に取付予定のパーツを除いた現時点の全体形を以下に。

既定の装備品がほぼ全部揃っているというのもなんだかT-34「らしくない」気がしないでもないが(単純にイメージの問題で、実際には実車写真でも見ないわけではないが)、「STZ独特の仕様」はなるべく盛り込むというのが今回の基本コンセプトなので、自然こうなってしまった。

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あかでん

●しばらく前に、かつての「nifty-serve模型フォーラム」の模型仲間である赤板先行(HN)氏から(およそ10年ぶりくらいに)電話が掛かってきた。その時も、やはり昔からの模型仲間である田一田(HN)氏と2人で飲んでいて、私の名前が話に出たとかで、いきなり思い立って電話してきたらしい。

そんなこんなで「久しぶりに飲もうよ」という話になり、10日土曜日、川崎で3人で飲む。川崎駅で降りること自体がものすごく久しぶり。

それほどモデラーらしい話はしなかったものの(でんでん氏は最近はほとんど模型を作らずもっぱらイラストを描いているそうだ)いろいろ積もる話をしつつ、ホルモンやらタッカルビやらつついて焼酎を痛飲。

ところで、(後になって)あかばん氏に聞いたところによれば、この日、上記の「ホルモンやらタッカルビやら」の店を出た後に一度ブックオフに立ち寄り、さらにもう一軒、魚の店に行って飲んだということなのだが、私にはその記憶がまったくない。やべえ!

F1010993 最後に、川崎駅まで両氏に見送られたのは覚えているが、東海道線で乗り越して、気が付いたら藤沢だった(そこから先はちゃんと覚えている)。なぜか、駅前のコンビニで買って食べた「あずきバー」の写真を撮ってあった。激しく謎。

すっぱり帰るのを諦めて、駅前のネカフェで居眠りしたりマンガを読んだりして朝まで(ものすごく昔に、やはり乗り越して過ごしたことがあるネカフェで、当時の会員券がちゃんと使えた)。

●13日火曜日。家庭用のプリンターでいちいち印刷していては面倒でしょうがないので、神保町の事務所にまとめて提出用資料をプリントアウトしに行く。

事務所に出る前に秋葉原に寄り道。VOLKS、YSとハシゴ。YSでまたme20さんの作品を眺めて「やっぱりこんな風には塗れない……」と、ちょっとメゲたりする(今月、来月中にT-34を塗らないといけないし)。

F1010988 AFVキットパーツばら売りコーナーでドラゴン/サイバーのT-34のパーツがほぼ一式売られていたので(43年型・フォルモチカ由来のパーツであるらしい)いくつか購入。

エンジンルームのハッチパーツが(わずかの調整のみで)使える(おそらく最新版の)車体上部、初期型用サスアームが買えたのは嬉しい。なお、以前にレビューしたように、このバージョンの車体上部にのみ、上面のラジエーターグリル前方に筋彫りが入っている。このナナメ部分は、確かに1942年型では別体になっているようなのだが、1940年型では一体らしい(『グランドパワー』1995年6月号p84下写真)。何しろ上面であるうえ砲塔後部バッスルに隠れる部分でもあるので、どこ工場のいつ生産型なら分割線があるのか/ないのかがどうもよく判らない。

ほか、せっかくなのでSTZにワイヤーロープを載せようかと思い、0.8mm径のステンレスワイヤーを購入(写真左上)。川崎の模型店、フラグシップが卸しているもの。

あかばん、でんでんと飲んだ時に、「フラグシまだあるの?」と聞いたら「いや、とっくに無くなったよ」と言っていたのだが、引っ越しただけじゃないか! いい加減ぢゃのう(笑)。

F1010990 ●昨年は大量に実がなって楽しませてくれた近所のシイ(スダジイ)の木。今年は、春にあまり花を付けなかったのでダメかと思っていたのだが、通りすがりにふと、葉陰にそれなりに(去年ほどではないが)実を付けているのに気付いた。

殻斗(かくと=外側の殻、普通のどんぐりの帽子に相当)が割れたら収穫できる。楽しみ。

9/20追記。その後、春に大量に花を付けていた名越の山道のスダジイを見に行ったら、そちらは全然実がなっていないかった。調べてみると、スダジイは、春に咲いた花がその年に結実するのではなく、翌年秋に実になるのだそうだ。ということは、近所のシイの木は来年はほとんど実がならず、山道のシイの木は来年は期待できるということなのだろうか)

F1011144 ●近所のタブノキ(たぶん)の若木の葉に、右のようなイモムシが付いていた(視認できただけで3匹)。

逆円錐形というか、偏った紡錘形というか、特徴のある体型はアオスジアゲハの幼虫にそっくりだが、こんなダース・モールのような角付きのものは初めて見るし、そもそもアオスジアゲハの幼虫ならクスノキにいるはずだろう……。

と思ったのだが、帰宅して調べてみると、アオスジアゲハの幼虫は、終齢より前にはこんなふうに、明色の模様もなく角付きなのだそうだ。知らんかった……。ついでに言うと、タブノキもクスノキ科でアオスジアゲハの食樹だった。

それにしても、背筋運動をしているかのように体の前側を浮かせて固まっているのは、何の意味があるのだろう(アカボシゴマダラの幼虫も、以前にこんな格好をしているのを見たことがあるが)。

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クラスナエ・ソルモヴォ工場(6)

セータ☆さんはT-34-100を作っているし(しかも2台目)、邦人さんは42年型の比較的初期のタイプを作っているし、なんというか、「T-34の夏!」という感じ。私の製作記を参考にしてくれているという、RyampoさんのSTZ1942もだいぶ進んでいて、塗装は追い抜かれてしまうかも。

●スターリングラード・トラクター工場製車輌のついでに製作している、クラスナエ・ソルモヴォ工場製ピロシキ砲塔タイプ初期型(cyber-hobby #6452, T-34/76 No.112 Factory "Krasnoe Sormovo" Early Production)の製作記。

前回に続いて車体前部。

F1010841b ●シャーシ接合部の工作。今回は両側ともフロントフェンダーが失われた状態にするつもりなので、両側に前面板との組接ぎ部を追加(黄色の矢印で示した部分)。

また、オレンジ色の矢印で示した部分の側面板上端も、隙間が見えないようにわずかに上方に延長した。

前回作成した前面装甲板にある程度のディテール工作も追加して、車体前面に接着。車体上下も貼り合わせた。

車体機銃バルジは、この仕様の車輌の場合、前面の抑え金部分は馬蹄形でよいようなので基本はキットのパーツのまま。若干尖頭ボルトが飛び出し過ぎのような気もするが放置。表面に鋳造表現のみ加えた。

F1010838 操縦手ハッチ上隅のピルツェン状の突起は、キットにパーツが含まれていないのでランナーから自作。もっとも、STZ1942の場合もパーツの形状があまりよくないので自作したが。

余談。一応これはペリスコープ用の穴ということのようだが、実際に使うことはあるのかなあ……。もちろん、ハッチに付いている前方用ペリスコープで見えない左右を見たい場合もあるとは思うが、戦闘中はわざわざ専用の機器をセットする手間をかける余裕はなさそうだし、戦闘中でないならハッチを開けて見ればいいような気がする。もっともだからこそ一部の仕様にしか付いてないのかもしれないけれど。

この後、前端のR部分を接着。前回書いたように、キットのパーツ(P27)はそのままでは太いので、一回り細く削り込んだ。

F1010833 ●第27工場で装着されたという、甲冑魚じみた増加装甲の製作と取り付けを開始。

0.5mmプラバンを使用。前面装甲板を取り付ける前に、形状を合わせて切り出し、それをバラバラにして作成したのだが、細かなディテールに合わせた凹凸をきちんと合わせるのが難しく、つい削り過ぎたり、分割線を間違えたりして、結局、半分以上は1ピースずつ現物合わせで作り直す羽目になった。面倒くさ!

というわけで、現時点ではまだ上半分の増加装甲しか取り付けていない。右下のピースも仮置きしてあるだけ、左下のパーツ(下に置いてあるもの)はまだ外形も途中。

前面装甲下隅に大穴が開いているのは、この部分の誘導輪位置調整ボルトを、元の前面装甲板パーツから周囲ごと切り出して増加装甲の裏に貼ろうと考えたため。

しかし、(なかなかはっきりとした写真がないが)クラスナエ・ソルモヴォ工場製最初期型も、後の同工場生産型同様、「デベソ型」の位置調整ボルトを使っているのではないかと思い直し、T-34-85のパーツに入っている同ボルトの部品を流用することにした。大穴がまったくの無駄に!(右下パーツは増加装甲裏にプラバンを貼って塞いである)

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クラスナエ・ソルモヴォ工場(5)

●スターリングラード・トラクター工場製車輌の工作が一段落したので、弾みで手を付けたクラスナエ・ソルモヴォ工場製車輌(cyber-hobby #6452, T-34/76 No.112 Factory "Krasnoe Sormovo" Early Production)を多少工作。

STZのほうは、なにしろキット(cyber-hobby #6388)それ自体がとんでもないトラップの塊だったが、クラスナエ・ソルモヴォのほうはキットとしてはそれなりにマトモ。

ただし、細かく見ていくと多少気になるところもあり、また、増加装甲付きに改修したいということもあって、ちまちまといじっている。

●車体前面の工作。

キットに含まれる車体前面装甲板は、どうやら42/43年型用に起こされたパーツを元にしているらしく、かなり分厚い。また、以前に書いたように、操縦手用ハッチの位置が外側にずれている。

F1010749 F1010753 これはあまり好ましくないので、結局、スターリングラード・トラクター工場製車輌の時と同じように、前面装甲板を1mmプラバンで作り直した。

普通なら、ハッチヒンジ部分のみを削り取って新造の前面装甲に貼り付けるところだが、最終的に表面はほとんど増加装甲で隠れてしまうので、ヒンジ周辺ごと元パーツを切り抜いて接ぎ合わせた(もっともどっちが楽かは微妙なところ)。ちなみに、STZのほうは最初からヒンジ部分が別パーツだったので楽ができた。車体機銃用のバルジは未接着で仮置きしてあるだけ。

右写真は、新造の前面装甲に、元の装甲板パーツ(の残骸)を重ね合わせてみたもの。操縦手ハッチ位置が内側に移動しているのが判ると思う。

F1010748 側面装甲板と前面装甲板は組接ぎになっていて、キットは前面装甲板側のパーツへのモールドだけでこれを表現しているが、折角なので実際に組接ぎすることにして、車体側面装甲板前端上部を延長した。

スターリングラード・トラクター工場製の1941年戦時簡易型(1942年生産型)の場合も同様に組接ぎになっているが、クラスナエ・ソルモヴォの場合は組接ぎのバランスが半々に近いのに対して、スターリングラード・トラクター工場製の場合は上側〈側面板側)が短く、下側(前面板側)が長い。

●もともとの車体前面板パーツが分厚いのに合わせて、車体前端の半円断面パーツも、1941年型キットおよびSTZ1941、STZ1942に含まれているものよりだいぶ径が大きく、幅がある。前面板を作り替えたので、こちらも削るなり作り替えるなりする必要がある。

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スターリングラード・トラクター工場(21)

週末模型親父さんのAFV模型のネットコンペ、「SUMICON 2016」参加作、cyber-hobbyの「T-34/76 STZ Mod.1942」の製作記。

●右フェンダー上の装備品その他の工作。

▼ジャッキは、キットの指定では背中合わせ(というか、お尻合わせ?)で2基を載せるようになっており、フェンダー上にもジャッキホルダーの座金のモールドがある。

しかし、実車写真をあれこれ見ると、ハリコフ機関車工場製の1940年型~1941年型では確かに2連で装備している例はあるものの、STZ製では1基までしか載せている例は確認できなかったので、1基だけ載せることにした(工作が面倒だったので1基だけにした、わけではな……くもない)。

また、ある程度オリジナルの状態を留めていると考えられる現存車輌でも、キットのモールドのような座金は確認できなかったので、今さらながら追加工作でモールドを削り落とした。

もちろん、正規では2連で載せるようになっているものの、単にホルダーごと取れてしまっただけということも考えられるのだが、一方では、工場を出たてと思われる写真でも、1基も載せていない写真もある。

F1016071 F1016075 ジャッキのパーツはホルダーと一体モールドなのだが、別途、ホルダーはエッチングパーツが用意されていて、モールドを削り取ってエッチングパーツを使うよう指定されている。

ただし、このエッチングパーツは、特に締め具部分がどう曲げていいのかよく判らない構造になっているうえ、形状も上手く再現していない感じだったので、パーツの一部のみを切り取って利用し、作り直した。形状、構造がよく判る鮮明なクローズアップ写真はあまりないが、とりあえずこの写真(メディンの現存車輌)を主に参考にした。また、ジャッキも少し手を入れた。両方ともはっきり細部形状を把握しているわけではなく、「なんとなくこんな感じ?」という適当工作の域を出ていない。

以前に工作したグローサーをフェンダー上に装着。

正規にはベルトでくくり付けるようになっていて、キットにはその結束用ベルトもエッチングパーツで用意されている。とはいえ、実車ではベルトが失われたのか最初からなかったのか、針金等でくくり付けてある例が数多く見られるので、そのようにした。先日買ってきたリード線の中身の細線で表現。エッチングパーツのベルトの場合、それらしく上手く取り付けるのが難しそうだ、と思ったというのもある。

F1016061 この写真では装着部の前に4つ、中に5つ。使い残しが出たので、さらに数枚追加で作成して、このあと、後ろの装着部にも5枚載せた(下写真参照)。

実は、ちょっと変化を付けるために、1カ所は予備履帯を載せようかと思ったのだが(実車でもよく見かける)、本来、フェンダー上にぴったりはまるはずの履板が、プラの厚み+U字金具のためにうまく収まらないので諦めた。

なお、Wydawnictwo Militariaによれば、旧型のグローサーに追加で穴を開けて後期550mm履帯の初期タイプ(ややこしい)に適合するようにしたものもあったらしい。これを1枚混ぜて載せようかともちょっと思ったのだが、Wydawnictwo Militariaに実物写真が単体では出ているものの、実際に車輌に載せている写真は(しっかり確認し直していないが)見たことがないので、やはりヤメにした。

▼ワイヤーロープは、キットには妙に多種の端部パーツが入っている。

F1016076 F1016078 F1016079 F1016081

キットの指定は写真1枚目の、旧型起動輪・誘導輪や箱型増加燃料タンクと同一枝のもの(F5)なのだが、これはおそらくハリコフ機関車工場製車輌の初期型車体で一般的なタイプ。3枚目(R8)、4枚目(R11)のものは、スターリングラード・トラクター工場製仕様の初期型砲塔の枝に入っているもの。Wydawnictwo Militariaでは、3枚目の形状のものを「Stalingrad-type」と紹介しているが、当時の実車写真で確認する限りでは、STZ製の後期の生産車では、4枚目の写真のタイプに似たものが使われている場合が多いようだ。ソ連戦車用のケーブルのアフターパーツを各種発売しているEUREKA XXLでも、これと似たタイプをSTZ用として出している。

そもそもSTZ用パーツの枝に、わざわざ新規に含めているからには、ドラゴンもこれをSTZ用と想定してパーツ化したのではないかと思うのだが、なぜかキットでは不要パーツ扱い(STZ 1941年型キットではこれを使うよう指示されているらしい)。

F1016107b もっとも、ワイヤーロープは、端部を右写真の黄色の矢印位置にあるU字金具にベルトで止めるようになっているのだが、このパーツを使った場合、キットに付属のワイヤーでは長さが足りない。初期型用のF5パーツは長さがあるので十分届く。まさかワイヤーが短かったのでF5を使うことにしたのでは……(ただし、しっかり検証していないが、R11も届くようだ)。STZ1941年型キットではワイヤーの長さはどうなっているのだろう。

なお、ワイヤーは2本載せるのが正規のようだが、上の端部パーツは、F5以外は1本分(2つ)のパーツしかない。

●前照灯の工作。

F1015936 F1016058 すでに基部はキットのエッチングパーツを取り付けてあったが、いざ前照灯を付けようと思ってよく見ると、取付部のベロが長すぎる。仕方がないので引っこ抜いてベロ部を切除してしまい、残った根元部分に改めて穴を開け、折り曲げて植え直した。

右が修正前、左が修正後。修正前の状態だと、もともと曲げ部分に筋彫りが入っているために強度的にも心もとなかったのが、修正後はその点でも安心できる状態になった。

F1016102 前照灯本体はキットパーツの基部を小工作。接続の軸は強度を持たせるために0.5mmの真鍮線を使用。電線引き込み部との間を伸ばしランナーで繋いだ。

●以上で、ひとまずは工作完了(排気管の長さ詰め作業など一部やり残しもあるが)。

並行製作のクラスナエ・ソルモヴォ工場製車輌などいじりつつ、しばらくはこの状態で眺めてみて、気になるポイントがあれば追加工作を施すつもり。

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T-34こぼれ話(2)

●ドラゴン/サイバーからは、何種類かのドイツ軍鹵獲仕様のT-34が出ている。

ドイツ軍はかなり多数のT-34を鹵獲使用していて、もちろん、単純にバルケンクロイツを書き加えただけのものも多く、ドラゴン/サイバーの通常仕様のキットでもそれらのデカールが含まれていたりする。

一方で、III/IV号のキューポラを増設してみたり、ゲペックカステンを取り付けたりという独自改装を施しているものもあって、わざわざドイツ軍鹵獲仕様として出しているキットは、そういった仕様を再現している。

●そんななかで一番最初に出たのが(そしてベース車両としても一番旧タイプなのが)キット番号6185、「T-34/76 German Army」で、旧型車体ハッチ/溶接砲塔の1941年型にIII/IV号用のコマンダーズキューポラを増設したもの。車体周囲にもいろいろ工具箱やら工具やらを追加している。キット内容に関してはこちら(PMMSのレビュー)を参照のこと。

さて、キットではもともとの砲塔ハッチにそのまま穴を開けてキューポラを装着した状態になっている。もちろん、実際にそういう例がなかったとは言い切れないが、車外装備品から見て、ドラゴンがモデルにしたと考えられる仕様は、実際にはそうなっていない。

お馴染みのBeutepanzerの写真の話なのでご存知の方も多いかもしれないが、同一位置に装備品を装着した車両が出ている(このページでは、2.Kompanie/Panzer-Abteilung z.b.V.66所属車としている)。興味深いのは上から5番目の写真で、これを見ると、キューポラの隣にハッチがあって、開いたハッチに腰かけて砲塔内部に足を突っ込んでいる。

さらに、おそらく同じ修理廠で改造されたと思われる、ほぼ同一仕様の車輌が、「Germans repair  plant modified」と題されたページにも出ている。良い写真が載っているのは、その2ページ目3ページ目

2ページ目のクローズアップ写真を見ると、もともとのハッチは取り払い、新たに鋼板を溶接して塞ぎ、その上にキューポラを装着。さらに右側は砲塔縁にヒンジを持つハッチとしている。キューポラはぎりぎり左に寄せているのだが、それでも新設のハッチはやけに狭く、体を横向きにしないとくぐれそうにない。

他写真を見て判るように、砲塔側面にはハッチ受けが新設されていて、ハッチは水平か、それよりやや高めで止まるようになっている。残念ながら、ここに出ている写真ではヒンジ形状は判らない。

3ページ目2枚目の写真を見ると、同様の改装を施された車輌にも多少のバリエーションがあることがわかる。キットは標準的な1941年型車体に溶接砲塔だが、ここに写っている実車の3輌は、

  • 一番手前:1941年戦時簡易型の比較的初期の車体(もしかしたら車体ハッチも旧型の基部を残している仕様)に溶接砲塔。
  • 二番目:1941年型に溶接砲塔でキットの仕様に近いが、装着されたキューポラが旧型(Kommandantenkuppel 021 B 9261)。直線的な前部フェンダー。
  • 一番奥:1941年型で鋳造砲塔。直線的な前部フェンダー。

基本、ドイツ軍鹵獲仕様にはあまり惹かれないのだが、これはちょっと面白い。いやまあ、面白いと言っているだけで作らないだろうけど。

ちなみに、III/IV号キューポラ付きT-34に関しては、興味深いことに、ソ連軍が使用中の写真もある(CONCORD、“SOVIET TANKS IN COMBAT 1941-1945”、p50上段)。1944年夏、レニングラード戦線(フィンランドから奪取した街で、とあるのでカレリア戦線と言うべき?)での写真。溶接砲塔搭載の1941年型で、旧型キューポラを装着。ソ連軍が同様の改装をした車輌である可能性もなくはないが、ドイツ軍から再鹵獲して使っているという可能性の方がもっと高そうな気がする。

●上記、「Germans repair plant modified」の4ページ目もなかなか興味深い内容で、こちらには、II号戦車F型のキューポラを装着したT-34の写真が出ている。全部がそうなのかは判らないが、こちらはもともとのハッチをそのまま活かしていて、しかも開閉機構も残している。

3枚目の写真がちょっと謎で、両開きハッチが付いている。III/IV号キューポラから、上部のハッチ部分だけ持ってきたのだろうか。

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T-34こぼれ話

●この連日の模型/T-34話! まるでモデラーのようではないか! ってモデラーだけど。

●スターリングラード・トラクター工場製T-34の製作記で、流用してきたハリコフ機関車工場製1941年型キットの車体上部、エンジン上面のハッチ開口部とハッチ部品とがうまく合わない話をした(当該記事はこちら)。

これに関し、実のところは(ろくでもない新規の車体上部を起こしているSTZ1942以外)ドラゴンのT-34-76シリーズは基本、どれも共通と思っていたのだが、その後、基本同じと思っていた別の車体上部をいじっていたら、キットのハッチ・パーツがそのまま使えてビックリ。なんじゃそりゃー!

F1016054 ▼まず、これが現在製作中のSTZ1942のエンジンルームハッチ。といっても、STZ1942のキットの車体上部ではなく、たぶんYSのパーツばら売りコーナーあたりで買ってきた標準タイプの車体上部を流用している。キットのハッチパーツはヒンジのある辺がうまく入らないだけでなく、四隅のrがまるで合わないので、プラバンで新造した。

なお、STZ1942のキット(cyber-hobby #6388)の車体上部もほぼ同じようにハッチパーツが合わない。

F1016052 ▼クラスナエ・ソルモヴォ工場製・1941年戦時簡易型初期型(cyber-hobby、#6452)の車体上部。基本、上で使った車体上部とまったく同じパーツだと思っていたのだが、キットのエンジンルームハッチのパーツを若干削り合わせることで使用できた。削り合わせは、開口部に対してハッチパーツがわずかに長めだったため、ヒンジと反対の辺を少し削り、rを調整した。

こうして写真で見ると、上の写真のものと比べて、四隅のrが明らかに緩やかになっているのが判る。

F1016049 ▼そしてもうひとつ。ハリコフ機関車工場製1941年型・鋳造砲塔搭載タイプ(DRAGON #6418)の車体上部。これもクラスナエ・ソルモヴォ初期型同様、多少のすり合わせでキットのハッチパーツが使えた。開口部の形状としては上のクラスナエ・ソルモヴォと同じと思われるが、この車体上部はグリル前方に筋彫が加わっていて、これまた別のパーツであることが判る。

ちなみに、私のストックにある「OT-34/76 Mod.1943 (No.112 Factory)」(DRAGON #6614)に入っている車体上部も、これと同一であるように見える。

▼「なんじゃこりゃ」と思ってドラゴンのT-34-76では初期に出た溶接砲塔搭載の「T-34/76 Mod.1941」(#6205)を引っ張り出してきて見てみたら、こちらは最初の例と同じようにエンジンルームハッチがフィットせず、キットのハッチパーツの四隅をプラ材で延長する補修をしてあった。

というわけで、私がSTZに流用したのは、この最初の41年型キットのものなのかと思ったのだが、よく見ると、この#6205の車体上部は、戦闘室天井前方のサブ燃料タンクのフタパーツが車体に一体でモールドされていた。STZに流用した車体上部(および上で紹介したその他キットの車体上部)ではここが別パーツになっているので、明らかに別。

……私がSTZに流用した車体上部は、いったい何のキットのものなんだー!?

つまり、ドラゴンのT-34-76シリーズの車体上部は、仕様的に(寸法的にも)特殊なSTZ1942のものを除いても、少なくとも4種類もあることになる。

もっとも、ドラゴンは発売後もどんどんパーツ改修を行うメーカーなので、上に書いたキットの別によって違う車体上部が入っているということではなく、同一キットでも生産ロットによって違っている可能性がある。

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