ニイガタハシリマイマイに関する考察

【サマリー】

  • ニイガタハシリマイマイは、新潟県の山間部に生息する大型の陸棲貝類(いわゆるカタツムリ)である。
  • 「ハシリマイマイ」という名前は、このカタツムリが、最高時速40kmという高速で移動することに由来する。
  • その高速の移動は、空気の噴射で、僅かに地面から浮き上がり、飛行することで可能になっている。
  • ニイガタハシリマイマイは、その移動方法によりいわゆる普通のカタツムリの天敵からは身を守ることが出来る。
  • しかし、唯一の天敵として、イテムシという昆虫がおり、イテムシは体内でキチン質の矢を生成し、これを超高速で発射し、移動中のハシリマイマイを射落とし、捕食する。
  • ニイガタハシリマイマイは、同生息地周辺では、古来、別名、「クルブシクダキ」、もしくは「テンテコマイマイ」と称する。
  • 前者は、不用意に新潟の山林に立ち入ると、踝にマイマイが激突し、骨折しかねないことを指した名称である。
  • 後者は、移動を終えたマイマイが転がる様、もしくはマイマイに当たった人間が驚き慌てる様の擬音で、「てんてこ舞い」という慣用句は、ここから生じたものである。
  • ニイガタハシリマイマイによる不慮の怪我を防ぐため、新潟のマタギは靴に鉄板を仕込んでおり、これをしないヤツはモグリである。
  • ニイガタハシリマイマイは、その高速移動により古来「千里を行き千里を還る」と言われ、縁起物として、新潟の猟師はこれを捉えて醤油で煮しめて食う習慣があった。
  • 学術的には長らく謎の存在であったが、明治期に来日したドイツ人のお雇い技術者、ジーグフリート・ヴォルフガング・フォン・ツィーグラー博士により、その研究が進められた。
  • 新潟県には「ねこちぐら」と呼ばれる、ワラで編んだ猫の家があるが、これはもともとツィーグラー博士がマイマイを捕獲するために使った器具を拡大して別用途に転用したもので、「ちぐら」とは「ツィーグラー」が訛ったものである。

【分類および生態】

ニイガタハシリマイマイ(Ikarostes wolfgangi niigatensis)は新潟県の山林中に生息する大型の陸棲軟体動物腹足類(巻貝)であり、1綱1種を形成する。殻中に蓄えた圧搾空気の力により、地表より僅かに浮上し、高速で飛行するという特異な生態を持つ。その速度は、瞬間最大毎時40kmに達する。

Maimai4 成体は殻高が平均で約7cmだが、10cmを越える大型の個体も希に見られる。他の陸棲貝類、いわゆるカタツムリ同様、成長に従い雌雄の変化があり、同一の個体が雄から雌へと変る。

他のカタツムリ類は、体表に粘液を分泌することにより体内の水分蒸発を保つが、ニイガタハシリマイマイの場合、成長するに従って体表が角質化し、これによって体表を保護するとともに、飛行に適した体型を維持する。が、その代わり、成体では、通常のカタツムリのように殻の中に身体の全部を収納することができなくなっている。日当たり、風通しのよい場所での生息には適さず、山中でも谷あいの、あまり日が射さず、十分な地面および大気中の湿度がある場所を好む。

幼体は殻長約1cmの長さになるまで枯れ葉の下で生活し、菌類を食する。この時までは通常のカタツムリのように腹足によって移動し、また、殻中に身体を納めることが出来るが、これを越えると腹足が次第に左右に偏平に広がるとともに角質化が進行し、短い翼状の形質を示すようになってくる。また、この頃より、ごく短距離ではあるが浮上移動を行うようになる。

飛行に際しては、元の鰓部より伸びた気管より外気を吸入し、これを殻中に出来た気室に送り込む。気室は、殻口の後部で外部と通じているが、ここは通常、強靭な筋肉を持つ本体背部の器官により閉じられている。十分な空気を蓄えた後、この噴出口を開くことにより、浮上、推進を行う。なお、飛行中は気管口は進行方向に向けて大きく口を開いており、内部の激しい蠕動により気室に空気を送り続け、十分に成長を遂げた成体の場合、最大40mの連続飛行を可能にしている。

噴射口そのものは噴射空気量の調節のみを行うが、これに合わせ、身体最前部の眼柄が偏平状に横方向に突き出ており、これを動かすことによって、ある程度の飛行中の姿勢制御、方向の転換が行えるようになっている。が、その方向転換能力はかなり限られており、立ち木を自由に避けられるほどには至らない。

野生のニイガタハシリマイマイが地面すれすれに、落ち葉を巻き上げながら飛行する様は壮観だが、そのまま立ち木や岩に当たって跳ね返ったり、草薮に飛び込んでしまうことも多い。なお、殻は軽量ではあるが内側に縦横方向に肋を持ち十分な強度を保っており、よほどのことが無い限り、こうした衝突によって殻を破損することはない。

この飛行能力により、従来、陸棲貝類の強敵であるマイマイカブリ(甲虫目、カタツムリを主食とする)や鳥類などのような外敵からは容易に逃れ得るニイガタハシリマイマイだが、唯一の天敵として、同地域に生息するイテムシ(射手虫、節足動物昆虫類ナナフシ目に属する)がおり、このイテムシが体内で生成し、頭部より高速で発射するキチン質の矢により飛行中を射落とされることがある。新潟山中を歩くと、直径1mmに満たない極小の穴の開いたニイガタハシリマイマイの殻が採集されることがあるが、これはイテムシによって捕食されたものである。

余談ではあるが、明治維新期の越後長岡藩家老、河井継之助は、当時最新鋭の兵器であったガトリング銃の威力をいち早く見抜き、これを購入し、戊辰戦争で官軍を迎え撃つ際に実戦投入したことで知られるが、彼がこのように銃器の威力に慧眼を示したのも、幼少の頃より山野でイテムシがハシリマイマイを打ち落とす様を見ていたためであると、この地のいくつかの郷土史には述べられている。

しかし、近世以降の開発により、ニイガタハシリマイマイ、イテムシともにその生息地は狭められ、急激に個体数を減じつつあり、現在では、かなりの深山であっても、その野生の姿を見ることは難しくなっている。

なお、本来は外敵から即座に身を守る手段として発達したと思われる飛行だが、斯くも突飛な手段に訴えるに達した生物進化上の経緯については、もともと陸棲種であることから地質年代の化石標本に乏しく、さらに殻を除いては化石として保存されることも少ないため、定説を得るまでの研究は進んではいない。特に新潟近辺の第三紀鮮新世の地層からは、ごく近似の祖先と思われる Ikarostes uonumensis が発見されているが、朝鮮半島南部の始新世~漸新世の地層より見つかっている Pseudoikarostes yonjuni との関連性は定かではなく、また、Pseudoikarostes 属が飛行の能力を持っていたどうかも現時点では判明していない。

【民俗】

「ニイガタハシリマイマイ」の和名は、本種の生態に由来するものであるが、生息地周辺では、古来、「くるぶしくだき」もしくは「てんてこまいまい」等の俗名がある。

Maimai1 前者は、不用意に山中に入ると、地面すれすれに飛行するニイガタハシリマイマイが踝に衝突し、思わぬ大怪我を負うことがあることに由来したものであり、後者は、飛行移動を終える際のニイガタハシリマイマイが、慣性によって地面を転がる姿を擬音によって表したものである。「てんてこ舞い」という言葉は、これに由来するが、またこれが転じて、ニイガタハシリマイマイの衝突により、人が慌てふためく姿をも「てんてこ舞い」と称する。

このニイガタハシリマイマイの存在のため、かつての新潟山間部の猟師や採集民は、藁沓(わらぐつ)の踵から側部までに丈夫な木板、もしくは薄い鉄板を仕込み、足元を保護した独特な装備をした上で山中に入るのが常であり、これをしないものは容易に他国の者であると知れたという。

ニイガタハシリマイマイが文献に登場する例としては、古くは、鎌倉後期のものと思われる偽本、「越後国風土記」に「山中に飛び来たり飛び去る怪有り、捕へれば蝸牛也、朝廷に献上す」とあり、これが他の地域にニイガタハシリマイマイの存在が伝えられた最初のものであろうと言われている。

江戸初期の寛永年間、越後の縮緬問屋越後屋光衛門が隠居後に著し、江戸にて出版した「越国名物不問語(えつのくにめいぶつとはずがたり)」には、「古(いにしへ)より、越後山中にてんてこまいまい有り、伯楽が駿馬も敵はぬ程に走り、旅人を驚かし候へど、千里を行きて帰るとて、猟人、之を捕らへて食す」との記述があり、挿絵にニイガタハシリマイマイに当たって驚く人の姿が描かれている(左図は江戸末期の彩色模写)。

また、この記述により、当時はこれを捕獲、食する習慣が一部であったことが認められる。新潟の山間部では、現在も濃い焦茶色を称して「マイマイを醤油で煮しめたような」という表現があり、かつてはこのように料理していたものと考えられるが、現在では個体数の減少もあり、食用としては用いられていない。なお、ニイガタハシリマイマイは腹足周縁部に僅かながら人体に有害なステロイドを含むため、食用に供するにあたっては、何等かの下処理が行われていたものと思われる。

【研究史】

Maimai3 ニイガタハシリマイマイの生態は、学術的には長らく謎に包まれていたが、明治11年、時の政府が土木技術を学ぶために招聘したドイツ人工学者――所謂「お雇い外人」の一人である、ジークフリート・ヴォルフガング・フォン・ツィーグラー博士(Siegfried Wolfgang von Ziegler,1838-1921)が新潟地方を旅した際に、この生物に興味を抱き、引退後、新潟県の長岡に移り住み専門に研究を行ったことにより、多くの成果を得た。なお、ツィーグラー博士は専門の土木知識を生かし、この地方の治水工事にも助力を惜しまなかったため、その温和な人柄とともに、近隣の住民には「ちぐら先生」として親しまれた。

ニイガタハシリマイマイは、その敏捷性により、活動が活発である夏季には捕獲が非常に困難であるが、ツィーグラー博士は、同種が冬期、木のウロの中で冬眠することに着眼、藁(わら)で木のうろを模して編んだ小容器を作り、これを晩秋に木の根本に縛り付けることにより、生体標本多数を得たと言われる。

しかし、これはツィーグラー博士の創案によるものではなく、当時の猟師の古老に聞き、古来の採集方法を再現したものと考えるのが妥当であろう。

この藁編みの器具は、藁を使ってドーム状に編み上げ、それに底を付けたもので、以後、博士が発注した近隣の農家から、その製作がこの地方に広がった。博士の名を取り「ちぐら」と呼ばれたこの器具のうち、ハシリマイマイ採集用の「まいまいちぐら」は廃れたが、この形状をそのまま拡大したものは、現在でも新潟地方では飼い猫用の家、「ねこちぐら」として愛用されている(注:ねこちぐらは新潟独特の物産として、首都圏で催される物産展などにも出品されることが多い)。

Maimai2ツィーグラー博士により、ニイガタハシリマイマイの研究は大きく進歩したが、帰国後、母国で著した「日本の一地方、ニイガタに生息する特異な陸棲巻貝について」(1901)と題する論文は、元来、別分野の人間が世間の耳目を集めるために針小棒大に語ったものとして欧州の生物学会の容れるところとはならず、博士は失意の晩年を送ることになった。

が、後にナチス政権成立後、同政権下の御用学者による生物兵器研究が行われるなかで、ツィーグラー博士の論文が再認識され、日独防共協定成立後、数個の生体標本がドイツにもたらされた。成形炸薬弾をハシリマイマイに装着して対戦車兵器として活用しようという当初の目論見は、いかに大型の個体でも有効な量の装薬を着けての飛行は困難であるため果たせずに終ったが(一説には、この時の研究には幼体に放射線を当てて、巨大な変異体を発生させるという試みもあったという)、この時の基礎研究がハシリマイマイの生態解明に果たした役割は大きい。


本稿は1999年、旧「河馬之巣」に掲載した原稿を基本そのまま再録したものです。ニイガタハシリマイマイは、マダガスカルレーザーオオトカゲとか、イリオモテウラオモテガエルとかに類するもので、友人・青木伸也先生の「オレの人生に新潟は登場しそうにないね。何があるか知らんし。ニイガタハシリマイマイとかいそうだし」(大意)という発言に端を発しています。

旧「河馬之巣」を閉鎖したときに、置いてあったコンテンツ量の比率を基準に考えると、模型関係のコンテンツよりも「ニイガタハシリマイマイの記事はもう読めないの?」という質問が多かったのはある意味ショック。

「こんなの本当にいるんですか」とか問い合わせしてくる人はまずいないと思いますが、「ネットに書いてあったから本当です」系の人が集まるような場所への安易な引用は避けてください。

コメント

 これもう20年以上前になるんだねぇ。懐かしい。いま読んでもニヨニヨしてしまうよ。時にイリオモテウラオモテガエルについての考察はまだかしらん。

投稿: KWAT | 2020年7月 5日 (日) 00時43分

>くわっちん

うーん。青木氏と夜通し飲みながら馬鹿話をする機会でもあれば別ですが、もうお互い若くないですし。

ちなみにイリオモテウラオモテガエルに関して、現在のところ判明している設定は、
・西表島のマングローブを主な生息域とする。
・腹側と背側が基本対称形で、樹上生活している。
・木の枝にぶら下がった形で、側転の要領で移動する。
・内陸に入り込んだ際、イリオモテヤマネコにに襲われることがあるが、ヤマネコの口中で強靭な手足を突っ張って抵抗する。当然ヤマネコは前脚でカエルを振り払おうとするが、カエルは舌で応戦し、三日三晩の死闘を繰り広げる。
・そのため、ヤマネコセンター(西表野生生物保護センター)には、時折顎の外れたヤマネコが運び込まれることがある。
……といったところです。

基本、汽水域が生息域になるわけなので、その点では非常に珍しいカエルということになります。
どのようにして体内塩分のホメオスタシスを維持しているのか、などが生物的特徴上の課題ですな。
民俗上は、現地でどう呼ばれてきたか、というのも気になります。「うらうむてぃあたびー」かなあ。

投稿: かば◎ | 2020年7月 5日 (日) 02時07分

別役実を思い出しました。

投稿: みやまえ | 2020年7月25日 (土) 19時24分

>みやまえさん

読んだことないんですよね。
何かお勧めありますか?

投稿: かば◎ | 2020年7月25日 (土) 23時49分

「虫づくし」(ハヤカワ文庫)ってのが、まさしく
いるんだかいないんだかわからない妙な名前の虫を博物誌的に紹介した本で、
「ケナメクジ」とか妙な名前のものや、
普通の回虫についてのバカ(これもホラだかホントだかわからない)話とか、
虫についての考察がいつの間にか三一書房の話になってたりで結構楽しかったです。
ていうかあの人の他の本は読んでないんですよ・・・

投稿: みやまえ | 2020年7月27日 (月) 20時12分

>みやまえさん

ハヤカワNFですね。
どこかで見かけることがあったら読んでみます。

投稿: かば◎ | 2020年7月28日 (火) 01時30分

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