ニューポール

最後のセスキプラン

●発作的に、在庫の中の、戦間期のニューポール「セスキプラン」のキットを掘り出す。

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「え? 復帰早々、そういう話題?」と思う方もいそうだが(というか、「いきなり通常営業だな」と思う人もいそうだが)、何のことはない、この記事は今年の春に書きかけて未投稿で放置してあったもの。

●「セスキプラン(Sesquiplan)」のSesquiとはラテン語由来で「1.5(倍)」の意だそうだ。セスキプランは日本語で「一葉半」と訳されるが、要するに、複葉形式の飛行機で、片方の翼(通常は下翼)がもう片方より著しく小さい場合をこう呼ぶ。

Nieuport_23_colour_photo この形式で特に有名なのが第一大戦中のニューポールの一連の機体(ニューポール10、11、16、17、23、24、24bis、27)で、特に「ベベ」の愛称で呼ばれた11は、一時期圧倒的優位を誇ったドイツのフォッカー単葉機を空から駆逐する原動力となった。(写真は17の小改修型23。wikimedia commonsから、パブリック・ドメイン)

しかしニューポール機の天下は、そのセスキプラン形式を真似たドイツのアルバトロスD.III、D.Vによって覆され、フランス軍の主力機は液冷エンジン搭載でより大馬力・高速のスパッドに替わってゆくことになる。

セスキプラン形式のメリットは、簡単に強度を得やすい複葉機の構造(スパンを切り詰めて翼面積を稼ぐことができ、桁などはそこそこでも張り線などを使って簡単に剛性を得られる)を保つ一方で、複葉機の欠点である上下翼の空力的な干渉や視界の問題などを軽減するところにある。

実際にこの形式を採用したニューポール「べべ」シリーズ(特に11、17)は見るからに軽快で、英海軍航空隊のパイロットが「魔女みたいに上昇する」と称賛した性能に、このスタイルは一役買っている気がする。

一方で大きな欠点もあり、翼弦長の狭い単桁の下翼は、V字支柱のせいもあって、激しい機動をするとねじれ、下手をすると空中分解に繋がる恐れがあった。この「呪い」はニューポールを真似たアルバトロスにも受け継がれた。ちなみにファルツD.III/D.IIIaはアルバトロスによく似ているが、こちらは一葉半に近いレイアウトを持つものの下翼は複桁で、翼間支柱もV字に近い逆台形で、強固な構造を持っていた(が、戦歴はいまいちパッとしない)。

そんなこんなで、小刻みな改良による性能向上にも限界が見えてきたため、次のニューポール28では、下翼が上翼に比べわずかに小さいだけの、普通の複葉形式に改められた。これが出たころには、すでにフランス軍の主力機はスパッドに切り替わっていて、この「新型ニューポール」は要らん子扱いされて、アメリカ陸軍航空隊の装備機に回されている。米軍のトップ・エース、リッケンバッカーの初期の搭乗機にもなっているが、米陸軍航空隊もほどなくスパッドXIIIに乗り換えてしまっているので、やはり地味な機体のイメージは拭えない。

ちなみに、ジョン・レノン愛用のギターで有名なリッケンバッカーは、メーカー創始者の1人、アドルフ・リッケンバッカーが、エースのエディー・リッケンバッカーの遠縁で、その知名度にあやかってメーカー名としたらしい。テニスの全仏オープン開催地で名高い「ロラン・ギャロス」とか、フェラーリのエンブレムとして今も使われるフランチェスコ・バラッカの「カヴァリーノ・ランパンテ」とか、第一次大戦エースゆかりのものは結構多いようだ。

閑話休題。

Nieuportdelage_nid29_c1 結局、ニューポールのセスキプラン・シリーズは27で途切れ、28の後に作られたニューポール・ドラージュ29(終戦間際に初飛行、終戦後に生産。なおニューポール社は戦後に主任設計者のギュスターブ・ドラージュが経営陣に加わりニューポール・ドラージュと社名変更している)は、二張間で上下翼のスパンが一緒と、ますますド直球な複葉機になっている。この機体はそこそこ評価されて、本国フランスだけでなく数か国で使われ、日本陸軍にも採用されて、中島でライセンス生産が行われた。(写真はフランス空軍のNiD29。wikimedia commonsから、パブリック・ドメイン)

しかし、一貫してこれらの機体を設計してきたギュスターブ・ドラージュは、どうしても過去の栄光を忘れられなかったのか、1920年頃から、改めて「近代化したセスキプラン」の設計に着手する。

その最初のものが試作戦闘機ニューポール31で、1919年に初飛行している。「セスキプラン」といっても、かつてのべべ・シリーズのように、「通常の複葉の下翼を縮めました」式ではなく、上翼は胴体から直接生えた肩翼形式。一方で下翼は胴体から離れ、主車輪フェアリングと一体化している(したがって割と地面スレスレ)。英語版wikipedia(en:Nieuport 31の記述によれば、テストでは高性能を示したらしいのだが、少なくとも写真を見る限り、デザイン的には「迷機・珍機」の類でしかない。

その後も若干のデザイン的迷走を経て、1920年代半ば、ニューポール・ドラージュ29の代替機として採用されたのが、セスキプランのニューポール・ドラージュ42だった(これも最初の試作機はパラソル翼形式だったのが、あーじゃこーじゃの末にセスキプランにたどり着いている)。

で、これの小改良型が、冒頭にキット写真を挙げたニューポール・ドラージュ(イスパノ・ニューポール)52やニューポール・ドラージュ622になる。あー。ようやく話がここまで戻ってきた。

●ニューポール・ドラージュ(NiD)42シリーズについて。

当初のあーじゃこーじゃの末に27機が生産されたNiD42c.1(単座戦闘機型)以降は大きなデザイン的変更はなく、主にエンジン換装や機体構造の小改良などで、最終的にニューポール・ドラージュ82に至るまでかなりのバリエーションが生み出されている。多くは試作止まりで、ある程度以上量産されたのは、

  • NiD42:最初の量産型。c.1が27機。
  • NiD52:スペイン向け。原型機1のほか、スペインでのライセンス生産機(イスパノ・ニューポール52)が125機。
  • NiD62:フランス空軍向け。322機生産。
  • NiD622:62の小改良型。フランス空軍向け。314機生産。
  • NiD626:ペルー向け。12機生産。
  • NiD629:エンジン換装型。フランス空軍向け。50機生産。
  • NiD72:ブラジル、ベルギー向け。16機生産。

Nieuport_delage_nid_42_c1_3view_laronaut 上の箱絵写真や右の図面を見てわかるように、スマートな紡錘形胴体を持った液冷エンジン機で(主にイスパノ・スイザを搭載)、かなり大きめの上翼から、極小の下翼を貫いて車輪間翼まで斜めにつながるY字型支柱もオシャレで、妙に格好よい。(右図面はNiD 42c.1。wikimedia commonsから、パブリック・ドメイン)

……いや、格好いいんだけど。性能がよさそうな、切れ味のいい格好よさというより、なんだか「無駄に格好いい」感じもしないでもない。確か、佐貫亦男先生が「飛行機のスタイリング」でこの機を辛口に評していて、それが頭に引っ掛かっているせいかもしれないけれど。

とにかく、そんな目線で改めてよく見ると、物申したくなる部分がちらほらある。

そもそも、このあまりに小さい下翼は、性能にどれだけ寄与しているのだろうか。その下翼を突き抜けて脚まで降りている支柱は、確かにデザイン的にはオシャレだし、構造的に翼から脚までをがっしりひとまとまりにしているが、そもそもそこまで強固な構造にする必要があるのか。同じく戦間期の単座戦闘機を見渡せば、主脚はV字ストラットどころか、一本足のものもある(さすがに張り線はあるのが普通だが)。そもそも胴体からの脚柱も車輪間翼を支える都合もあってN字支柱が付いているので、それに加えて主翼柱まで降ろしてくるのはやりすぎな気がする。42、62の場合は脚柱に取り付けたラジエーターも相まって、この下半身は無駄に空気抵抗が大きそうだ。

小さすぎる下翼は廃して、単純なパラソル翼機にしてしまったほうが、よっぽどスッキリしているのではないだろうか(そもそもNiD42試作機はパラソル翼だったそうだが)。中央の胴体支柱だけで主翼を支えるのに不安があるのなら、胴体から直接斜めに支柱を配せばよいだけだし。どうも、純粋に戦闘機としての性能を追求するより、知らず知らず「セスキプランにすると、こんなに構造的に強固にできて、イイトコばっかりですよ」をアピールするほうが主目的になってしまったのでは、という気がしてならない。まあ、実際、ここで書いたような形態にした戦闘機、NiD120シリーズが1930年代に入って試作されているそうだが、この時にはより高性能の(そしてもっと素直な形態の)ドボワチンD.500シリーズが登場していて、結局不採用になっている。

なお、イスパノ・ニューポール52は、スペイン内乱前のスペイン空軍の主力戦闘機だったが、内乱開始までに事故で多数が失われ、1936年、内乱が始まった時にはすでに当初の半数以下の56機まで減っていたらしい。実際の戦闘ではファシスト側でドイツ、イタリアが持ち込んだハインケルHe51やフィアットCR32に敵わず、内戦の初期段階で一線から退いたようだ。20年代の戦闘機と30年代の戦闘機を比べるのがそもそも可哀想だと言えるかもしれないが、そもそもスペインの52は、ニューポール社が言うカタログデータ上の最高速度260km/hに対し、だいぶ下回る225km/hしか出せなかったというから(英語版wikipedia、en:Nieuport-Delage NiD 52)、やはりあまり大した機体とは言えなそうだ。

結局、この一連のリバイバル版セスキプランは、第二次大戦スタンダードの低翼単葉スタイル登場・定着までの過渡期のものでしかなく、これを最後に姿を消すことになる。フランス軍の62(およびその小改良型)も30年代後半には一線を退き、少数は第二次大戦勃発時まで練習機として使われていたようだが、すべてスクラップにされ、戦後まで生き残った機体はないらしい。

とまあ、いろいろ貶すような話を書いてしまったが、以前からお読みいただいている方ならご存知のように、こういう「無駄な格好良さ」とか「そこはかとなく漂うポンコツ感」というのは私は大好き。当然ニューポール・ドラージュも大好きな機体だ。「こじらせてるなあ」と思っていただいて結構。

●とってつけたようなキット紹介。まずは冒頭写真左側の、エレール 1:72 ニューポール・ドラージュ622。

もともとNiD42の小改良型として試作されたNiD52、NiD62のうち、胴体外板などが金属製になった52はスペインで採用されたが、フランス空軍は木製のままの廉価版の62を選んだらしい。622はそのまた小改良型。上の解説では314機生産と書いたが、エレールの説明書によれば、初期オーダー(1930年)が180機、追加オーダー(1932-33年)が130機で計310機。まあ、要するに「そのへん」ということだと思う。うち62機が海軍航空隊向けに振り分けられている。キットの塗装例には含まれていないが、海軍機はグレー2トーン塗装でなかなか格好いい。

自国フランス機に関しては、戦間期の(他国の人はおよそ知らなそうな)マイナー機も精力的にキット化していたエレールらしいキットで、私も、ニューポール・ドラージュについてはこのキットで初めて知った(大学生の頃)。

SCALEMATESによれば発売は1979年、ハンブロール傘下に入る前の時期の末期の製品で、同社戦間期フランス機のなかでも質の高いほう。現在もチェコのスムニェル(Směr)版などが流通しているはずだが、その辺はたぶん今でもお買い得感のある価格で流通しているし、好きな人は手を出して損はないと思う。

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コクピット内も、どれだけ形状的に正しいかはよく判らないが、床板も椅子も計基盤もパーツ化されている。胴体にぐるりと打たれたリベットが若干うるさいと感じられるかもしれないが、それは各自好きなようにヤスればいいレベル。

上のNiD42の図面や、この後紹介するAZURのNiD52と比べて上翼前縁左右が割と角ばった形状だが、このあたりはタイプによってかなり細かく変化があるようなので、とりあえずは「622はこういうもの」と思うことにする。ちなみにポーランドのStratusから“Nieuport-Delage NiD 29 & NiD 62 family”という割とよさそうな本が出ている。見てみたいなあ。

やや気になるのは、主翼支柱や、車輪間翼の目に付くところに押し出しピン跡が入ってしまっていること。特に車輪間翼はリブに掛かっている。風防はこのまま使うのはややためらわれる厚み。デカールは30年代初頭のフランス空軍機が2種。私のストックは古いキットなので黄ばみが激しいが、まあ、新しいスムニェル(Směr)版とかなら、綺麗なデカールが入っているはず。

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●ニューポール・ドラージュ42系のスチロール樹脂製キットは長らく上のエレール製しかなかったが、2000年代になって、Azurから新キットが出た。私が入手したイスパノ・ニューポール52が、おそらく最初のキットで、その後バリエーションとして、フランス軍仕様のNiD62とNiD622(エレールと同型)、およびベルギー他向けの輸出仕様のNiD72が出ている模様。

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キットの構成は主要パーツがスチロール樹脂、コクピット他小パーツがレジン。計基盤、シートベルト等が小さいエッチングシートで入っている。風防は2種類が平らな透明樹脂板にプリントされたものが入っている。2枚目写真の尾翼・支柱ほかの枝は、下翼が2種類入っているので、おそらくバリエーション各型共通。主翼と胴体の枝はバリエーションキットごとに適宜入れ替えだと思う。

この写真を見ても、主翼(上翼)平面形が上のエレールのNiD622と結構違うのが判ると思う。ちなみに42~62はエルロンが主翼の外側だけ。622や72など、後期のバリエーションは中央の切り欠き部を除き主翼後縁全体がエルロンになっているようだ。翼の厚み、上反角もエレールのキットとこのキットとでは違うが(AZURの52のほうが翼が薄く、上反角はきつめ)、限られた実機写真からは、厚みはエレールのほうがそれらしく、上反角はAZURのほうが近そうな感じがする。とはいえ、そもそも主翼の形状が違うのだから、タイプの差もあるかもしれない。翼のリブ表現の差もタイプによる違い?

デカールはスペイン共和国軍機が3種。ナショナリスト側のデカール入りの特別版も別途出ているらしい。

エレールのキットと比べると、さすが現代のマニア向けレーベルのキットだけあって、コクピットの再現度なども上がっている。機首のディテールは、寸法等はエレールに比べ正確なようだが、ややノッペリ感がある。

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