●タミヤから発売された「ドイツ対戦車自走砲 マーダーI」改め「フランス軍ロレーヌ牽引車」(の改造ベース)に関するあれこれの続き。
●実車(もちろんロレーヌ牽引車のほう)について。自分自身の頭の整理のために。
フランス軍において、もともと装甲部隊の補給用に開発された軽装甲の全装軌車輛。
1934年に出された装甲部隊随伴車輛の開発要求に基づくもので、ロレーヌ社は同時期に開発が進められていた歩兵用補給車輛の拡大版でこの要求に応えた。ちなみに歩兵用補給車輛は、ルノーUE(Chenillette de revitaillemont d'Infantrie modèle 1931 R:歩兵用補給小型装軌車31R)の後継車輛となるものだが、こちらはほとんど変わり映えのしない小改良型のUE2(Chenillette de revitaillemont d'Infantrie modèle 1937 R:歩兵用補給小型装軌車37R)が採用されている。
ロレーヌ社が装甲部隊用に開発したのは、歩兵用補給車輛の延長版で、歩兵用がリーフスプリング懸架の片側2ボギーだったものを片側3ボギーとし、併せて荷台が後方に拡大されている(このため、車幅に対してかなり縦長な車輛になっている)。これは「Tracteur de ravitaillement pour chars modèle 1937 L(TRC 37L:戦車用補給牽引車1937年型L)」として採用されたが、実際は、テストやら改良やらでもたつき、量産開始は1939年頭までずれ込んだらしい。同年9月1日の大戦勃発までに発注452輌中212輌が生産され、その後も1940年末を目途に560輌が追加発注され、40年6月のフランス陥落までに270輌が生産されている。つまり、フランス陥落までに生産されたTRC 37Lは、500輌弱ということになる。
ちなみに正式名称末尾の「L」について、このサイト(もとはロシア語?の機械翻訳)では、最初の短車体のものがロレーヌ37、長車体がロレーヌ37Lであると、なんだか「長い(long/longue)」の頭文字であるかのように書いているが、上記のルノーUE系の正式名称や「軽戦車35H(オチキスH35)」「軽戦車35R(ルノーR35)」などと同様、単純にメーカー名の頭文字のはず。
メーカーのロレーヌは、装甲車輛としてはこの牽引車1種しか作っていないが、機関車メーカーとして19世紀末に創業、その後自動車や航空機エンジンを製造してきた割と老舗のメーカーだそうな。ロレーヌ・ディートリヒ(1928年までの社名、もっとも正式社名はもっと長ったらしい)の航空機エンジンは戦間期のヒット作であるポテーズ25やブレゲー19などに搭載されているので、その辺の飛行機が好きだとちょっと聞き覚えがあるかも。……なんてことを言いつつ、私自身は割と最近になって、ようやく「えっ、ロレーヌ牽引車のロレーヌって、ロレーヌ・ディートリヒのロレーヌだったのか!」と気付いた。というわけで、1940年戦役時、これの他にも数種のソフトスキンの同社製軍用車輛は使われているようだ。なお、ロレーヌ牽引車の搭載エンジンが自社製ではなく、別の自動車メーカーであるドライエ製なのは謎。
TRC 37L用には、ルノーUE同様、専用の装軌式トレーラーが用意されたが、これは通常の物資輸送の他、燃料タンクを搭載した補給車として多用されたらしい。
主要バリエーションとしては、兵員輸送用の「Voiture blindée de chasseurs portés modèle 1938 L(VBCP 38L: 随伴歩兵装甲車1938年型L」があり、これはTRC 37Lの貨物室装甲を上方に延長、箱型の兵員室としたもので、ここに4名が搭乗。これまた装甲を上方に延長した装軌式トレーラーに6名が搭乗、計10名の兵員を輸送する。VBCP 38Lは、240輌が発注され戦争勃発までに9輌が完成、さらにフランス陥落までに140輌が生産されている。
さすがに車輛本体に兵員が4名しか収容できないのはマズイと思ったらしく、さほど間を置かず改良型の「Voiture blindée de chasseurs portés modèle 1939 L(VBCP 38L: 随伴歩兵装甲車1939年型L」が採用されている。VBCP 38Lが、基本、「TRC 37Lの貨物室が背高になっただけ」の車輛だったのに対し、VBCP 39Lは装甲兵員輸送車として全面的に改設計されており、車体前部の背を高めて操縦手席とエンジンルームを前方に寄せて後部の兵員室を拡大。兵員室のキャパシティは8名となっている。戦争勃発後のVBCPの追加発注200輌は、この39Lに対して行われたらしいが、結局のところ、試作だけに終わった。
1939年後半以降、VBCP 38Lのうち、少なくとも10輌が無線指揮車に改装されている。どうも特別に制式名称等はないようだが、ロレーヌ38L PCなどと呼ばれている。PCはたぶんposte de commandement(英語で言えばコマンドポスト)の略。形状は基本VBCP 38Lのままだが、兵員室内には無線機が置かれ、兵員室前面中央には、大戦中のフランスAFVでお馴染みの大きな蛇腹が根元に付いたアンテナ。他にも数カ所小アンテナが立てられている。
1940年のドイツ侵攻時、対戦車戦力の不足を受け、1輌のTRC 37Lが47mm対戦車砲を搭載した自走砲に改装された。レイアウト的には後のマーダーIとまったく同じで、エンジンデッキ後方に47mm対戦車砲の砲架を載せているが、戦闘室を囲む装甲は(少なくとも製作時点では)無く、まったく「単純に砲を載せてみました」状態のもの。同時期に、やはり即興的に作られた装輪式のラフリーW15 TCCが70輌作られたのに対して、この37L対戦車自走砲は試作のみに終わっている。
――といったところが1940年戦役までのロレーヌの開発/生産の様子だが、その後、ヴィシー政権下で限定的に(「林業用トラクター」の名目で?)生産が行われた模様。それの全部なのか、一部なのかがよく判らないのだが、ボギー2つの短車体型が作られた模様。現存の、ドイツによる自走砲改装物以外のロレーヌは短車体のタイプが多いが、これはそのような理由によるもののようだ。なお、最初に述べた歩兵用補給車輛としての試作型の短車体のタイプは、ルノーUE同様の後方に傾けられるダンプ型の荷台を持つが、戦中生産型は固定式らしい。
以上の内容は、主に以下の資料に拠っている。
* François Vauvillier, Jean-Michel Touraine “L'AUTOMOBILE SOUS L'UNIFORME 1939-40”, MASSIN EDITEUR, 1992
* Chars et Blindés Francais sur le Net (Chars-francais.net)
* 日本語版wikipedia「ロレーヌ37L」
* 英語版wikipedia “Lorraine 37L”
特に37L、38Lの発注数、生産数等については“L'AUTOMOBILE SOUS L'UNIFORM 1939-40”に従っている。ほか、紙資料として大昔の「プロファイル」シリーズのロレーヌ牽引車の号を持っているのだが、積んだ資料のどこにあるのか見つけられなかった。いまさらあっても役に立つのか判らない大昔の薄っぺらい資料だが、まさか車内の写真とか出てないだろうな……。
出版物としては、ほかにシュピールベルガーの鹵獲戦車本にも当然出ているが、原型のロレーヌに関して言えば「うわ、ここにこんなのが出てたかあ!」的な内容は無し。現時点でのフランス軍車輛の虎の巻的な資料シリーズであるパスカル・ダンジューさんの「TRACKSTORY」からは、まだロレーヌは出ていない(出てくれれば「一発解決!」とか行きそうなのに)。
●現存実車に関するネット上の資料。
とりあえずは、どれくらい、どんな状態のものが、どこに残っているのかについては、各国各種AFVの現存実車に関してマメにPDFでまとめてくれている「Shadock's Website」の「Surviving Panzer」から、
・Surviving Lorraine 37L Tractors
ついでにロレーヌを含む鹵獲戦車ベースのドイツの自走砲については、
・Surviving German SPGs based on foreign chassis
上のリストで確認できる限り、オリジナルに近い状態で現存しているのは、まずは2000年にベルリン近郊で掘り出され、現在はドレスデンの軍事史博物館に収められている、2輌のVBCP 38L。これのwalkaround写真が出回ってくれるととても嬉しいのだが、現時点ではネット上では見当たらない。
次のフランス国内の個人蔵という1輌は、別角度で別塗装の写真も他で見たことがあるが、側面にラジエーターグリルが付いていることから見て、ドイツの自走砲からの逆改造品である可能性大。これも私はwalkaround写真を見たことがないが、あったとしても荷台内部の状態などは当てにできなそう。
その次の大掛かりなレストア中車輛は、どこまでオリジナルの部品が残っているのか不明。あとはかなり状態が悪そうな2輌が続き、残りは短車体ばかり。同じく補助車輛のルノーUEが30輌以上現存しているのに比べるとかなりお寒い状況だが、これはロレーヌ牽引車の使い勝手が良くて使いつぶされてしまったからという理由もあるかもしれないが、そもそも生産台数の桁が違うことが大きそう。
そんなこんなで、結局のところ、長車体型の現存実車のディテールウォッチについては、主にドイツ軍の自走砲に頼るほかないということになる。以下、現存実車の主なwalkaround。
▼ソミュールのマーダーI
タミヤのキット付属のリーフレットにも10枚ほど写真が掲載されている。エンジンルームの天井が単純に鉄板で塞がれているなどベストコンディションとはいえないが、他はそれなり?
・SVSM Gallery:SdKfz 135 Marder I, Musee des Blindes, Saumur, France, by Vladimir Yakubov
各種walkaround写真が豊富なSVSM Galleryより。写真80枚。「net-maquettes.com」に上がっているのも同じ写真。
・LEGION AFV:Marder I
写真43枚。
▼アバディーンのSd.Kfz.135/1 sFH13/1(Sf)(おそらく現在Fort Sillにあるもの)
アバディーンの15cm自走砲型。野外展示で戦闘室上も鉄板で塞がれていたり、ちょっと可哀想な状態。
・SVSM Gallery:SdKfz 135/1 15cm sFH13/1 (Sf) auf Geschutzwagen Lorraine Schlepper(f), Aberdeen Proving Ground, by Matthew Flegal
写真は7枚のみ。
・Prime Portal:Sd.Kfz.135/1 Walk Around
こちらのほうが写真は多めで29枚。「net-maquettes.com」に上がっているのも同じ写真。
▼モスクワの10,5 cm LeFH 18-4 auf Geschutzwagen Lr.S. (f)(12/2追加)
モスクワの大祖国戦争中央博物館所蔵のもの。(上記のPDFによれば)フランス、Trunのスクラップヤードにあったものをレストアした車輛だとのことで、10.5cm自走砲としてのオリジナル度に関しては私にはよく判らないが、少なくとも、ベース車体のロレーヌに関しソミュールの車輛と比較検討するには結構役立つ。
・SCALEMODELS.ru:САУ 10,5 cm LeFH 18-4 auf Geschutzwagen Lr.S. (f) Alkett, Моторы Войны 2016, Крокус-Экспо, Москва, Россия
写真159枚と非常に詳細。ソミュールのマーダーとは、改装で隠れた部分/潰れてしまった部分が微妙に違うのも有り難い。
・SCALEMODELS.ru:САУ 10,5 cm LeFH 18-4 auf Geschutzwagen Lr.S. (f) Alkett, музей Моторы Войны, Москва, Россия
上記と同じ車両のレストア途中(砲未搭載状態)の写真。97枚。
▼オマケ。短車体型の動画。
・La journée de la chenille - Lorraine 37L
短車体型の動画はYouTubeに何本か上がっているが、これはその中で比較的長く、しかも荷台の中のチラ見えシーンもあるもの。長車体型では上面に開いていたラジエーターグリルが後ろ(荷台)側になっていること、荷台後部のディテールも長車体型と全く違うことなどが判る。
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