いきもの

鍬ノ峰

●GW中はだらだらと仕事して(いや、あまりしていないけど)、その代わりに7日~9日に休みを取って、年末に続いて、兄の住む安曇野(長野県池田町)に遊びに行く。

前回訪問から帰るときにも、すでに「次はいつにしようか?」と言っていた“兄弟分”のドイツ人Pから、「そろそろ行こう」とお誘いがあったのが発端。今回は事前に打ち合わせて、行きも帰りも、「あずさ」の座席はPの隣を予約した。

●結果論ではあるが、前後はぐずついた天気だったにもかかわらず、我々が行った3日間(特に初日と2日目)はすこぶるいい天気。「北アルプスの山並みが、こんなに綺麗に見える日は少ないよ」と兄に言われた。が、年末に行った時も、長峰山登頂時は非常に綺麗に見えたんだよな……。今のところは、大分運がいいらしい。

前回は安曇野の東に連なる標高900mクラスの低山の光城山、長峰山を歩いたが、「今回はもうちょっと高い山に登ろうぜ」と、トレッキングシューズも用意してくるよう兄に言われており、それなりの用意と心構えをして臨んだ。

さらに今回は、余裕を持って2泊。もっとも、1日たっぷり使える2日目に山に登るんだろうと(勝手に)思い込んでいたのだが、1日目も2日目もがっつり山歩きさせられた。

●1日目。

およそ11時に穂高駅着。穂高神社で兄と落ち合う。昼飯に地元安曇野産の手打ち蕎麦を食べる(穂高有明の「手打ちそば処 とみた」)。メニューが「もりそば」と「かけそば」しかない潔過ぎるお店だが、蕎麦と蕎麦湯がとても美味い。

午後、行く前から登るターゲットとして兄に伝えられていた「鍬ノ峰」(標高1623m)に登る。

事前に写真を見て「すごく傾斜がきつそうなんだけど」と少々怖気づいていたのだが、実際に登り始めてみると、その急斜面をゆったりと巻いて登る……のではなくて、事前の悪い予感そのままに、ガンガン急斜面を突き進むスパルタンな道筋。ルート横の木の幹を握って身体を引き上げるような急登もしばしば(ロープ場も複数)。ただし、ルート脇にはところどころシャクナゲが咲き始めており、なかなか綺麗だった。

wikipediaの鍬ノ峰の項の記述をみると、

日帰り登山が出来る事から北アルプス登山練習の山として登られる。

だそうだが、これが練習だったら、本番は絶対にイヤだ。いやまあ、その昔、槍ヶ岳には一度登ったけれど。

大分へこたれて、しかも兄やPには少々遅れを取ったものの登頂。この日の朝までの雲もほぼ払われて、山頂からの眺めは絶景だった。

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4枚目写真は、2日目の朝に町から撮った写真で、中央の“ふたこぶ”が鍬ノ峰。1枚目写真の頂上は、右側のちょっと大きい“こぶ”の上に当たる。

ちなみに、「鍬ノ峰」の名前の由来は、「麓から見ると農機具の平鍬の刃のような山様」だからだとwikipediaにあり、ご丁寧に平鍬の写真まで添えてあるのだが、どこが鍬なのか全然わからん。

というわけで、登りは(私にとっては)激しくハードだったが、日の高いうちに登山口まで戻り(この点ではwikipediaの記述は正しい)、温泉に入って、兄宅で鍋をつつきつつ酒を飲んで寝る。

●2日目。

前の晩の「明日はどこに行こうかあ……」という、飲みながらのいい加減な打ち合わせの中から、前日の鍬ノ峰よりやや南、標高も低めの1300m台の「雨引山」に登る。

標高は低めだし、兄の「鍬ノ峰ほどきつくなかった(と思う)」という割と適当な記憶に基づいて決めたのだが、実際には、確かに鍬ノ峰ほどではないものの、結構な急登部も、ヒヤヒヤするようなロープ場もあった。しかも、登りのルートの後半はかなり小ピークが連続していて、「や……やっと頂上か……」と思ったら次があるという、なかなか忍耐力を試される山だった。

これまたwikipediaによれば、

ふもとから山頂まで、ゆっくり登って2時間程度の「気軽に登れる里山」である。

だそうだが……冗談じゃねえ! しかも、上記記述の出典として提示されている松川村観光協会のサイトには、「最初の40分ほどは急登が続きますので」って書いてあるじゃないか!!

しかし前日に続いて、山頂からの眺めは格別だった。

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「雨引山」の名が示すように、その昔は雨乞いをする山だったそうで、頂上には麓の神社の奥社がある。1枚目、鳥居と一緒に写っているのは兄とP。2枚目は、雨引山山頂から見た、前日登頂した鍬ノ峰(前景中央)。鍬ノ峰の左奥に見える、雪を被ったピークが連なっているのは北アルプスの爺ヶ岳で、富山と長野の県境にあたる。

爺ヶ岳の最も左のピーク(南峰)の下側の、雪が溶けて黒く浮かび上がった模様は、「種をまく爺」のシルエットで「爺ヶ岳」の名前の由来になっている、ということなのだが、どう見ても爺にゃ見えない

なお、この辺の山ではここ最近でも熊との遭遇/事故が多発しており、2日間とも熊鈴を鳴らしながらの登山だった。幸い、熊とは遭遇せずに済んだが、この日の下山中にはサル2匹を見掛けた。それなりに距離もあったので、お互い警戒しながら見やる程度。

この日は朝から登ったので、昼過ぎには下山。今回の旅行で立ち寄ると決めていた「安曇野市天蚕センター」を見学した後、まだ午後、日も高いうちに温泉に浸かってから帰宅。夕食は近所の焼き肉屋に行き、大いに飲み食いする。

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写真は焼き肉屋からの帰り道に撮った北アルプスの山々と、田圃の水面に映る“逆さアルプス”。左側前景に、見難いが鍬ノ峰。中央右のピークが3つほど連なっているのが爺ヶ岳。鍬ノ峰の後ろ側は、たぶん蓮華岳とか、そのあたり。田圃はカエルが喧しかった。

●3日目。

朝起きて、池田町の街の中から見て東の山の山中にある「登波離橋(とはりばし)」に散歩に行く。

その昔(鎌倉時代中期と伝わる)、この地の殿様の妾が正妻を妬み、橋の上から突き落とそうとしたのだそうだ。何となく、よからぬ企みを察していた正妻は、妾と自分の着物の袖を十針(とはり)縫い付けており、そのため、結局は突き落とそうとした妾も、正妻と共に落ちて亡くなった由。……救いがない! それはそれとして、袖を縫い付けられて気付かない妾も相当なうっかり者だ。

もちろん、今架かっている橋は自動車も通れる近代的な橋だが、谷は両岸が迫って木々に阻まれて谷底がよく判らないほど高い。

ちなみに、この「登波離橋」の近くには、とある殿様(登波離橋の逸話とは別の殿様)に嫁いできた後妻が、自分の子ができると先妻の子を疎んじ、崖から突き落として殺したという「ままこ落とし」と呼ばれる場所もある。それだけ険しい地形が多いからと言えばそれきりだが、なぜそう突き落としたがる人ばっかりいますかね。

この散歩の行程はほぼ舗装道路だったが、結局は山中の道だったのでそれなりに坂を上ったり下りたり。

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なお、この辺りは散歩していると、かなりの頻度で双体道祖神に出会う。wikipediaの「道祖神」の項にも、

とりわけ道祖神が多いとされる長野県安曇野市

という記述がある(ちなみに上写真の3つは、どれも、たぶん隣の池田町内のものだが)。

以前、当「かばぶ」でも、なぜか私が住む逗子市小坪には、三浦半島の他の地域にはない双体道祖神が複数存在しているという記事を書いた。小坪の双体道祖神の多くは、その昔は正月のどんど焼きのたびに火の中に放り込まれ、古くなったら作り直されていたそう。そのような行事が廃れて以来、道祖神も古いままなので、今では表面がすり減って、姿形も定かでないものも多い。

一方、安曇野で出会う双体道祖神は、割合新しい感じで綺麗に彫刻され、彩色されているものもちらほら。昨年末にもらったマンホールカードの片方も、図柄は双体道祖神だった。

なお、単純に「男女神が寄り添っている姿」で済ましてしまいそうになるが、実際には、手を取り合っているとか、酒器を捧げ持っているとか、ポーズにはバリエーションがあるらしい(安曇野市サイトの紹介ページによる)。

2枚目写真、菰を被っているのはどういう行事なのか、藁で作られた酒桶もなかなか芸が細かい。左右は庚申塔?と二十三夜塔。二十三夜塔というのは、他地域では見た覚えがないが、この地ではかなり頻繁に見かける。庚申塔と似たような感じで、月の二十三夜に集まって勢至菩薩を拝むのだそうだ。

兄宅に戻って昼食。

帰りの「あずさ」は松本発なので(ダイヤ改正により、上りの穂高停車「あずさ」は中途半端な時間になった)、兄の車で松本へ。途中、ちょっと回り道をしてもらって、穂高神社隣の「池田屋餅店」で、前回食べて感激したバクダンみたいな「おやき」を(お土産として)買って帰ろうとしたのだが、残念ながら売り切れ。ドイツ人Pも「おやきを買う」と意気込んでいたのでがっかり。

店内にたむろして駄弁っていた(おそらく近所の)小母ちゃん連に「もっと早く来なきゃダメよ~」などと言われつつ、残っていた「なすまんじゅう」を買った(Pは「麩まんじゅう」を一パック買っていた)。ほか、兄が柏餅を3つ買って車内で1つずつ食べる。これもなかなか美味かった。

松本市内では、松本城を(表からだけ)ぐるりと一回りして見たり、喫茶店でゆったりコーヒーを飲んだり。「雨が降りそうな雲行きだから」と、やや早めに駅で兄と別れる。

帰りの「あずさ」車内でPと、それぞれ酒を飲みつつ(私はビール、Pは日本酒、どちらも地酒)、あれこれ駄弁りながら帰る。切符は前回同様、「えきねっと」経由で買ったのだが、なぜか、お任せで買ったら、行きは八王子で「あずさ」に乗り換え、帰りは立川で「あずさ」を降りるという、なんだかよく判らない差がついていた。特に「そんなルートは嫌だ」というのもなかったので、その通りに乗る。10時過ぎに帰宅。

●年末に行った際に兄に頼んで配布場所に寄ってもらい、2枚のマンホールカードを貰ったのだが、それでカードの存在を知った兄が、その後半年ほどで近隣のカードをかき集めてくれていて、今回、その成果のカードを17枚も貰った(その前にも郵送で2枚貰っている)。

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結果、自分で集めた神奈川県内、東京都内のものを超えて、都道府県別では長野県がコレクション中最大枚数に。

基本、マンホールカードは下水道を管轄している自治体単位で発行されているのだが、この長野県のマンホールカード群には、複数の自治体にまたがる「流域下水道」や「農集排(農業集落排水)」のもの、さらには合併で既になくなってしまった旧自治体の図案のものを現在の自治体が出しているものも複数混じっていて、バリエーション豊か。特に最後のケースでは、そのために1市で多種のカードを出していたりする。

なお、貰った中では下段左の2枚、大町市の「ライチョウ」と、朝日村の「ヒメギフチョウ」が特にお気に入り。

●閑話。

ドイツ人Pと話していて、ドイツの地理とか企業とかの話になる。

トラックなどの大型車のメーカー(日本だと日野とかふそうとかのイメージか)で知られ、AFVモデラー的にはパンターやII号戦車の開発メーカーとしてもなじみが深いMAN社だが、「ああ、マンね」と言ったら、「マンじゃない! M、A、N(エム・アー・エヌ)! 『マン』じゃオトコでしょ! BMWだって『ベー・エム・ヴェー』で、『ブムヴ』じゃないでしょ!」と強硬に訂正された。

いやまあ、「ベンベ」とは言うけどね。

なお、MANは「Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg」(アウグスブルク・ニュルンベルク機械工業、くらいの意味か)の頭文字。ちなみにニュルンベルクはバイエルン州第2の、アウグスブルクは同州第3の規模の都市。しかしMAN社の本社は同州の州都で第1の都市であるミュンヘンだそうだ。なんでやねん。

(由来としては単純な話で、それぞれの都市にあった「アウグスブルク機械」社と「ニュルンベルク機械」社が合併したのがMAN社の元だそうだ)

とにかく、以後は「エムアーエヌ」と言うように心掛けよう。すぐ忘れそうだけど。

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詐欺まがい

Img20250428014846 ●居住する逗子市から、しばらく前に特定健康診査の案内が来たのだが、封筒の前面に書かれた文章が、なんだかすごく胡散臭い(詐欺スパムメールか詐欺wrb広告っぽい)。

「あなただけ」に傍点が振ってあったり、「無料券」とか具体的な金額とかで過剰にお得感をアピールしているところがまた……。

もちろん、きちんと逗子市の担当部署名や市役所の住所も書かれているし、そもそもこのオレンジの封筒は毎年届いてお馴染みなので、詐欺かと思って捨ててしまうようなことはまずないと思うが、それにしてもねえ。

●4月29日。今季初めてのコマルハナバチを見る。

が、慌てて写真を撮ろうとしたものの、その瞬間に飛び立って花しか写っておらす、しかもその後は生垣の向こう側に回ってしまって現れなかった。

Img20250429153007 代わりと言っては何だが、その10分か15分か前に、足元にちょろちょろ出てきたのを撮ったヒガシニホントカゲ。

同じく時々見かけるトカゲであるカナヘビ(ニホンカナヘビ)は茶色く艶消し(というよりゴツゴツ?)の体表、こちらは縞がはっきりしていて、幼体ほどシッポが青く、ウロコがぬるんとしている。

というのが一般的に言われる識別点だが、体型にも結構差があって、カナヘビはもっと胴体が細身で手足が長く“シュッとして”いるのに対し、ニホントカゲは何となく不格好。

まあ、可愛さで言えば(近所で普通によく見るトカゲの中では)ヤモリの圧勝かなあ。

ちなみに、我が家と隣家の間のブロック塀をしばしば通行するニホントカゲがいて(実際には同一個体かどうかもよくわからないが)、かみさんは勝手に「太郎君」と呼んで親しんでいる(もちろん、見かけると「あ、太郎君だ」という程度で、餌付けしたりというわけではない。野生のトカゲを餌付けできるかどうかも知らんけれども)。

さらに言えば、かみさんはその辺で柴犬を見掛けると勝手に「太郎ちゃん」と呼ぶ癖がある。「動物のお医者さん」の主人公ハムテルの友人・二階堂が“小さきもの”をすべて「チョビ」と呼ぶように、かみさんにとっては小さい生き物は基本「太郎」なのかも。

●トカゲつながりの脱線話。

マダガスカルレーザーオオトカゲについては、時々話題に出しているので、古くからの知人・友人ならご存じの方が多いと思う(ご存じない方はとりあえずリンクを参照のこと)。

これは(ニイガタハシリマイマイやイリオモテウラオモテガエル同様に)友人の青木伸也氏の妄想由来の生き物のひとつで、これがなぜマダガスカル島と高知県にのみ分布するのか、以前、nifty模型フォーラムの展示会の〆のミーティングで、同氏がウェゲナーの大陸移動説も引きつつ行った講義については、今の世であれば動画に撮ってYouTubeに投稿して永久保存したい程であった。

さて、このマダガスカルレーザーオオトカゲは額に第3の目があって、そこからレーザー光線を発射するということなのだが、実際に、トカゲの中には第3の目(光受容器官)を持つ種類がいるのだという。専門用語で頭頂眼(Parietal eye、リンクは英語版wikipedia)というのだそうな。頭頂眼は、「眼」とはいっても、大抵はヒンドゥー女性のビンディーよりも目立たない小さなポッチのようなものなのだが、ある種のトカゲでは結構目立つ。

特に、マダガスカルにだけ分布するOplurus属のトカゲ、なかでもOplurus cyclurusの頭頂眼は、まさに目と同じくらいの大きさの色模様(の中)にあって、見た目上も三つの目があるような感じ(上記、英語版wikipedia記事中の写真を参照のこと)。

なお、青木氏による解説ページ中にある、

平凡社大百科事典によると,11世紀フランスのレンヌの大司教 マルボード(Marbode)が書いた「宝石の書」に,「ドラゴンは額の中央に もう一つの目があって,そこには宝石が埋まっている」という記述があるらしい. その宝石は「カルブンクルス」と呼ばれ,これはルビーを含む赤い宝石の古称である.

という話は私が見つけて氏に教えたもので、その時には青木氏は、「11世紀のフランスにオレがいる!」と喜んでいたが、今回のこれを教えたら、「また現実が一つ、オレに追い付いてきた」とか言いそうだ。

ちなみに4月23日は、ドラゴン退治で有名な聖ゲオルギウスの祝日だそうだ(宗派によっては5月6日)。

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大回り乗車

●一度サボり始めるとずるずると書かなくなってしまうもので、前回更新からはや2か月超。

とことん御無沙汰になってしまいましたが、生きてます。

(模型もちまちま作ってます)。

オチキスの発売も来月に決まったようで、その時はまた何かしら書きたいし、それに備えて、ボチボチまた“書き癖”を取り戻さねば。

Img20250217135721 ●2月中旬、公的手続きのなんやかんやで横須賀に行く用事があり、ついでに、初めて不入斗の「ターチー模型」に行ってみる。

今ではすっかり珍しくなってしまった「街の模型屋」で、以前、衣笠方面から横須賀中央までバスに乗った時に車窓から見かけて以来気になっていたお店。その時は店名も知らなかったが、みやまえさんに教えてもらった。

行った記念+街の模型屋さん応援のためにも、何か買って帰ろう……と思ったのだが、残念ながら特に食指が動くものなし。実際には、街の模型屋さんとしてはなかなかの品揃えで輸入品なども扱っているが、本当にたまたま私が“ひっかからなかった”だけ。どうも済みません。

今となってはちょっとレアな、ピットロードの「マチルダ後期型履帯」の在庫があって、結構揺れたのだが、コレ、山に埋もれて所在がわからなくなっているだけで、私、すでに持ってるんだよね……。というわけで思いとどまった。

なお、この店がある不入斗(横須賀市不入斗町)は、京急の横須賀中央駅とJRの衣笠駅のちょうど間くらい。どちらの駅からもそこそこの距離があり、両駅からバスに乗る必要があって、地元民以外にはだいぶ行きづらい場所にある。私はこの日、行きは横須賀中央から歩き、帰りは衣笠まで歩いたが、それなりに時間が掛かった。

「不入斗=いりやまず」という地名は、関東の難読地名の中でも筆頭クラスではないかと思う。由来についてはいくつか説があるらしいが、横須賀の他に都内(大田区)にも1か所(読みは「いりやまぜ」)、千葉にも複数個所(読みは「いりやまず」)あるとのこと。ただし、それらは字名で、町名としてきちんと住所に残っているのは横須賀だけのようだ。

●「大回り乗車」というのは、たぶん鉄道趣味用語なのだと思う。

JRの運賃計算には、大都市近郊区間内の場合には特例があって、ある制約の範囲内であれば、A駅からB駅まで乗車する場合、「どれだけ遠回りをしても最低運賃で利用できる」という決まりがあり、これはJRのサイト内にも明記されている。

「ある制約」は、以下のようなもの。

  • 途中経路・駅の重複や後戻りなどは不可。
  • 途中下車不可。
  • 経路がすべて同一の大都市近郊区間内で、はみ出しは不可。
  • 1営業日(始発から終電まで)で完結すること。
  • 定期券の利用は不可。

「大回り乗車」は、この特例を利用して、最短の運賃で「なるべくぐるっと遠回りをしてみる」という乗り方のこと。私自身は自己認識として鉄道趣味ではなく、「まあ多少の興味はある」レベルなのだが、この「大回り乗車」は、ちょっと一度やってみたいかな、と前々から思っていた。

というわけで、2月末。ちょうど仕事が暇だったこともあって、実際に挑戦してみることにした。

もっとも、最寄りの逗子駅は、JRのみで考えると終端が他路線に接続していない行き止まり路線(盲腸線)である横須賀線の端近くにあるので、「隣駅までの最短切符で大回り」という理想的行程は望めない。そんなわけで、以下のような計画を立てた。

  • 逗子駅から乗車し、帰りは藤沢駅で一度下車し、「大回り」を完結させる(逗子-藤沢間の運賃を払う)。
  • 始発から終電までフルに使えばもっと複雑・長距離の「大回り」が可能だが、流石に根っからの鉄っちゃんではないし、そこまで根性もないので、始発で出発するものの夕飯までには帰宅するくらいの緩い行程とする。そのため、千葉方面での、より「大回り度」が高い経路は諦める。

なお、「……というわけだから出掛けてくる」と言った際、かみさんには「そんなことをして何が面白いのか」という顔はされたものの、「馬鹿なことはやめろ」などとは言われなかった。人間が出来ている(すでに諦められている可能性はあるが)。

すでにこの時の行程(予定)表は捨ててしまったので、途中駅の乗り継ぎの時間等は判らなくなってしまったが、当然ながら、出発前に乗り継ぎの駅と時間は調べて組み立てた。当日の行程は、

▼逗子駅→東京駅(横須賀線)

▼東京駅→千葉駅→佐倉駅(総武線)

▼佐倉駅→成田駅→我孫子駅(成田線本線・成田線我孫子支線)

▼我孫子駅→友部駅(常磐線)

▼友部駅→小山駅(水戸線)

▼小山駅→新前橋駅→高崎駅(両毛線・上越線)

▼高崎駅→高麗川駅→八王子駅(八高線)

▼八王子駅→橋本駅(横浜線)

▼橋本駅→茅ヶ崎駅(相模線)

▼茅ヶ崎駅→藤沢駅(東海道線)

都道府県で言うと、

神奈川県-東京都ー千葉県ー茨城県ー栃木県ー群馬県ー埼玉県ー東京都ー神奈川県

という順に巡っていて(たぶん)、関東一都六県すべてを経由している。なお、「東京近郊区間」は関東地方だけでなく、一部、福島県、山梨県、長野県、静岡県にもはみ出している。もっとも、それら関東以外への「はみ出し」部分はループしていないので、大回り乗車に含めることは不可能。それにしても、12月に行った長野の穂高駅が「東京近郊区間」に入ってるなんて知らなかったよ……。

水戸線、両毛線、八高線、相模線には今回初めて、かつ4線とも始点~終点を全部乗った。といっても、熱烈な「乗り鉄」とかではないので、「初めてだなあ……」以外に大きな感動はなし。ただ、八高線北半分は東京近郊では今や珍しくなった非電化区間で、久しぶりにディーゼル旅客車の「ぐぉんぐぉんぐぉん……」という響きを感じて、ちょっと楽しかった。

ちなみに八高線は北側の非電化区間と南側の電化区間では列車の運行が分かれているので、高麗川駅での乗り継ぎが必須。また南側は列車運行上、高麗川は途中駅で、川越からの川越線の車輛がそのまま直通で八高線に入って八王子まで走る。その川越線も川越駅を境に東西で運行が別々だとか。ややこし。まあ、水戸線も水戸を通ってなかったりするけど。

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写真1枚目は、朝日を浴びている成田線「木下(きおろし)」駅の看板。このあたりは、第四紀更新世の成田層群の地層が広範囲に分布していて、かつては、駅南側一帯のあちこちで、住宅やら道路やらが造成中で削られた露頭に、大量の貝化石が積み重なっているのが見られた(今でも一部保存されている露頭があるようだ。千葉県教育委員会による紹介)。

中学・高校の頃、頻繁にここまで来て、貝化石を掘りまくっていたことがある。たぶん、今ではほとんどコンクリートとかアスファルトとかで覆い隠されちゃってるんだろうなあ。なお、化石とはいっても、年代も10万年前そこそこと新しいので、現在砂浜で拾う貝殻と状態がほとんど変わらず、種類的にもお馴染みのものが多い。

この頃覚えた貝類の学名もいくつかあるのだが、その後呼び方が変わってしまったりしている例もあって、あまり役に立たない。例えば木下で一番たくさん採れる貝化石はバカガイだが、私が当時覚えた学名はマクトラ・スルカタリア(Mactra Sulcataria)。しかし今はMactra Chinensisだそうだ(シノニムの問題とかで学名が変わる例は結構多い)。

写真2枚目は高崎で撮った八高線(北半分)のディーゼル車。

一応、大回り乗車の感想と今回得た知見を書いておくと、

・行く前から分かっていたことだが、途中下車などできないので、基本的には車内・車窓風景・駅しか見る物がなく、単調。ずっと座っているので「座り疲れ」する。

Img20250227113738 ・途中下車できない以上当然だが、行った先の名所・名物、美味い物などとは無縁。唯一、小山駅構内のコンビニで栃木名物(?)「レモン牛乳」関連商品の売り場を見た(買わなかったけど)。

・基本、都心から放射状に延びる各線を、円弧状に結んでいる各線を乗り継いでいくことになる。というわけで、当たり前のことなのだが、乗り継ぎ駅の多くで、「上野・東京方面」などの行き先表示を見掛け、それを見るたび、「これに乗ったらすぐ帰れるなあ」などと「大回り乗車」の趣旨台無しのことを思ったりする。

・ちょうど都合のいい時間・駅に都合よく(構内に)立ち食い蕎麦屋等々があるとは限らず、下手をすると食いはぐれる。今回は結局、昼は駅内コンビニのサンドイッチ等だった。立ち食い蕎麦屋情報等があれば、それを上手く行程に組み込むとかを考えた方がよい。

・「東京近郊区間」は、普段乗っている電車内に貼ってある路線図では周囲が若干端折られており、実際にはもうちょっと範囲が広い。

いつか、今回は行程から外した「房総半島一周」をやってみたい気もする。

●春になったので、あれこれ春の山菜を収穫したり調理したり。

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1枚目。春先のフキノトウで作ったフキ味噌。収穫したフキノトウの若干は茹でて冷蔵して保存していたが、それも使って2度目のフキ味噌を作って、仕事先の花見に持って行って消費。

2枚目。今年の某平場のノビルは、やたら球根部分が大きく育っていて立派。コチュジャン和えにしたり、甘酢漬けにしたり、パジョンにしたり。

3枚目。田浦で獲ったニリンソウ(プクサキナ)。改めて汁物作りに挑戦したくて、茹でて吊るして乾燥保存中。

4枚目。初めてタネツケバナを収穫。茹でてドレッシングを掛けて食べた。……それなり?

5枚目。まさに今が旬のアケビの芽。このところ数日置きに食べている感じ。

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観音崎再訪

●東京AFVの会の帰り、京急線の駅ホームで、横須賀美術館「運慶展 運慶と三浦一族の信仰」ポスターを見掛けた。

「ああ、今、こんなんやってるんだあ」と見ていて、「※11月3日無料観覧日」の文字に気付く。にゃんと! さすが文化の日!

●というわけで、翌日いそいそと出掛ける。そもそも「横須賀美術館」ってどこにあるんだっけ、と調べてみたら、観音崎のすぐ手前だった。以前観音崎を(初めて)訪ねた記事を読み返してみたら、そもそもその時も最初は横須賀美術館を目指して行った(けれど、結局入らなかった)のだった。

今回はJR横須賀駅からバスで。横須賀美術館は、海に面した緩い斜面上、観音崎の森を背景にしたガラス張りの建物。おされ。

「運慶展」は本館地下の展示。横須賀市芦名の浄楽寺蔵で、和田義盛夫妻の発願による運慶作阿弥陀三尊(阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩)、不動明王、毘沙門天の5体。それから運慶作ではないが、関連作品として、三浦市初声町・天養院蔵の薬師三尊像(運慶よりやや早い平安中期以降の作品)、横須賀市大矢部の清雲寺蔵の観音菩薩像(おそらく南宋より渡来のもの)。

「運慶展」と銘打っていながら、運慶仏は5体、周辺作品4体の計9体だけ!? と思ってしまいそう。実際に、運慶展の展示はそこそこ広い1フロアのうちの広めの展示室1つ(運慶仏5体)と、通路の窪みのような小展示スペース2つだけ。しかし、現時点でおおよそ運慶作と認められている作品は約30、うち真作と確定しているものは19体しかなく(貰ってきたパンフレットで知った)、5/19があると思えばなかなか贅沢。

ちなみに運慶は東国武士、それも鎌倉幕府要人との関係が深かったと言われるが、古都鎌倉の域内には、伝承等で運慶作とされるものは複数あるものの、真作やその可能性が高いものはなかったはず。私の好きな北鎌倉の円応寺の閻魔様も運慶作の伝承があるが、運慶没後の製作だそうな(加えて円応寺の仏像は、閻魔様よりも十王のほうが魅力がある)。

Img20240503180858 今回展示の運慶仏5体がある浄楽寺は、今年春に大楠山に登った帰りに寄って、寺の外観だけは見たことがある(5月3日撮影)。この5体は今回の展示会でなければお目に掛かれないわけではなく、浄楽寺でも年に2日(春・秋)の御開帳があり、またそれ以外でも予約制で拝観できる由。ぜひ拝みたい!という方はどうぞ(→浄楽寺HP)。

関連作品のうちの薬師三尊像を収めた天養院は、浄楽寺同様に和田義盛ゆかりの寺院で、薬師三尊像には和田合戦の折に義盛に代わって受けたとする刀傷だとして、縦に割れ目がある(結局、和田合戦において、義盛は鎌倉市内の和田塚あたりで討ち死にするわけだが)。

もう一体の南宋由来とされる清雲寺蔵の観音菩薩像は、立膝の珍しいポーズ。「遊戯坐(ゆげざ)」というらしい。リンクは、ホノルル美術館所蔵の同様のポーズのもの。北宋時代のものとか。

なお、この企画展は横須賀美術館のほか、県立金沢文庫、鎌倉国宝館の3館連携企画となっており、開催時期がおおよそ重なる形で、金沢文庫では「特別展 運慶 女人の作善と鎌倉幕府」、鎌倉国宝館では「特別展示 鎌倉の伝運慶仏」が開かれている。

●せっかく来たので、観音崎を散歩する。

前回訪問時は小雨模様で見晴らしも良くなかったが、今回はすっきり晴天。前回はすでに時間外で入れなかった灯台にもぜひ登ろうと行ってみたら、こちらも無料だった。

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下1枚目は灯台上から北側の眺め。中央やや左に、小さくランドマークタワーも写っている。左端の山上に建っているのは海上保安庁の(旧)東京湾海上交通センター。2018年にセンター機能は横浜に移転、現在は無人の観音崎レーダー施設となっているらしい。2枚目は、その施設を足元から見上げて撮ったもの。3枚目は南側。小さな入り江向こう側の突端に、前回も写真を載せた、戦間期に作られた聴測所(対潜水艦の固定式ソナー施設)跡がある。

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下写真は富津岬と横須賀の間に、東京湾要塞の一部として明治期に作られた第一海堡と第二海堡(現実の配置に合わせて、右写真が第一、左写真が第二)。第二海堡は、上に掲示した「灯台上から北側写真」の右端近くにも写っている。富津側の第一海堡は現在立入禁止、第二海堡は整備されツアーも組まれていて、その違いを示すように、写真で見ても第二海堡のほうがシルエットが整っている。

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灯台で無料のペーパークラフトを貰った。初代と当代(三代目)の2種。ともにスケールは1:100。どうやら「あなたが選ぶ『日本の灯台50選』」というシリーズらしく、公益社団法人「燈光会」というところのサイトで、全種ダウンロードできるようだ。

「50選」と銘打っていつつも、サイトをよく見ると、キット番号は250番まである。この観音崎の灯台も、キット番号は「No.22」と「No.22-2」と枝番になっているし、リストには「番外」(海上交通センターの建物とか灯台見回船とか)もあるから、キット種類の総数はもっと多いかも。観音崎のキットは両方とも白一色だが、中には着色のもの(赤白の縞模様とか)もある。

燈光会サイトにある「作り方」によれば、OA用紙などに印刷して厚紙に張り付けて……といった工程が指示されているが、当然、最初から厚手の紙に印刷したほうが話が早い。観音崎灯台で貰ってきたものも、最初から厚手の紙に印刷されていて有り難い。

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前回見そびれた場所含め、砲台を三カ所見学。

▼まずは前回見なかった北門第二砲台。上に写真を上げた(旧)東京湾海上交通センターから、階段状に3つの砲座が並んでいる。本来は6つあったらしいが、第4~6砲座の上に東京湾海上交通センターが建っているらしい(ただし、現地の説明板には、『現在は4砲座と弾薬庫が残っています」とある)。北門第一砲台等に比べると、草むしていかにも廃墟感がある。

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1枚目:センターから緩い坂を上って最初の第三砲座。

2枚目:第三砲座と第二砲座間の横墻にある弾薬庫。ガイドを頼むとこの中にも入れるようだ(この写真を撮るちょっと前に、団体さんが出てきた)。

3枚目:第二砲座。

4枚目:第二砲座・第一砲座間の横墻にある弾薬庫。こちらはコンクリートで入口が塞がれている。

5枚目:最も高いところにある第一砲座。

6枚目:第一砲座手前に置かれた説明板。

7枚目:各砲座背後を登ってきた坂道の突き当りにある隧道。こちら側の入り口が坂の頂点で、隧道内は(こちらから見て)下り坂。私は観音崎園地から、つづら折りの坂を上って、言わば裏側から来たが、本来はこちらが砲台入口らしい。現在は柵が作られて立入禁止だが、サイト「東京湾要塞」によれば、内部にも弾薬庫等あるようだ。

前回も見た、灯台間近の北門第一砲台。

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前回も書いたように、半円形の砲座が2連になっていて、間にレンガ積みの小隧道。地下に弾薬庫があって、そこからこの小隧道内に揚弾されてくる仕組みらしい。本来は、このレンガ積みの道路に面した側に下り階段があって弾薬庫にアクセスできる構造だったらしく、3枚目の拡大写真にあるように、正面下に入り口跡の一部らしい塗り込めたアーチ頂部が確認できる。

1枚目の写真の左端に写っているが、左側砲座から灯台側(写真手前側)にも弾薬庫または兵員待機所のような入り口を塞いだ跡がある。

▼前回行かなかった北門第三砲台。

砲台アクセス用に作られたらしいレンガ積みのトンネルを抜けると、すぐ左手に弾薬庫または待機所跡らしい塗り込めた二連の洞口。突き当りに納座がある。

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砲座は第一、第二とはずいぶん異なる形状で、半円形ではなく前方左右角の丸い長方形? ここに、砲(二十八珊榴弾砲)が2門ずつ置かれていたらしい。最後の写真は、砲座の左側にあるレンガ積みの揚弾井。第一砲台のようにトンネル状ではなく、横墻正面に口を開いている。

本来はこの横墻を隔ててさらに左に2連の砲座がもう一つあったらしいのだが、現在は見晴らし台(への通路?)の整備で消失している。

▼岬を越えて、自然博物館のちょっと先、たたら浜に降りる。

美術館で貰った「美術館から出発!! 観音崎公園お楽しみマップ」には「第2次世界大戦時のトーチカ」なるものが、たたら浜駐車場の脇にあると図示されている。

パッと見渡しても判らず、駐車場のおじさんに聞いてみると、「たぶんそのへんにあったんだけれど、もう撤去されてしまったのではないか」という、なんとも頼りない返事。「なくなっちゃったのか……」と少々落胆しつつ、浦賀方面に歩きだしたら、駐車場の端の端に現存していた。

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1枚目は海方向に向けた正面(道路/海岸線に向けてはやや斜め)。正面中央に開口部。2枚目は正面角の、表面がはがれた部分。3,4枚目は側方・後方に回っての写真。

さて、このコンクリートの構造物。GoogleMapsにも、「機関銃陣地跡」としてタグ付けされているのだが、サイト「東京湾要塞」では、「実験のための観測・監的所」ではないかと推測している。根拠は前後に鉄格子がはまっていること、正面開口部が単純に外側に向けて斜めに広がっていて(これでは跳弾が中央に集まってしまう)階段状になっていないこと、など。

言われてみれば、鉄格子はずいぶんがっちりはまっていて、後付けでないようにも見えた。また、写真では草藪に隠れてしまってよく見えないが、GoogleMapsには藪に覆われていない状態の正面写真も1枚載っていて、それを見ると、正面開口部が銃眼というには広すぎる。鉄格子が無ければ、大人がそのまま潜り込めそうなくらい広い。

なお、頂部に突き出た部分は通風孔のようにも見えるが、どうもどの面にも開口部がないようで、機能は謎。

▼その後、浦賀駅まで歩いて帰宅。

●週が明けて5日火曜日にも、法務局に用事があって横須賀へ(逗子市、葉山町は管轄が横浜地方法務局横須賀支局)。どうも最近横須賀づいている。

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写真1枚目は観音崎に行った土曜日に撮った「もがみ」型。先月に撮った時は桟橋の向こう側だったが、より姿がはっきりわかる。晴天下だと、なぜか船腹ではっきりと色が2トーンに分かれている。2枚目も同じ「もがみ」型で、火曜日に撮ったもの。船腹中央の大型ハッチを開いている。

3枚目は潜水艦桟橋で、今回は、前回よりも新型のシッポがX字のタイプ。「そうりゅう」型なのか、さらに新しい「たいげい」型なのかは、素人の私には判別不能。

Img20241026193726 ●まるで別話題。

鎌倉の小町小路(元の名前は小町大路、鎌倉の中心を南北に通る若宮大路の東側に並行する通りで、土産物屋通りで有名な新しい「小町通り」とは若宮大路を挟んで反対側にある)、蛭子神社の斜め向かいにあるセブンイレブンは、独自仕入れで、なぜか「インド菓子」を売っている。物珍しくてついつい買ってしまう。たまに「うわ。これハズレだ」と思うものもあるが、結構イケルものもある。

ビスケット/クッキー類はごく普通に美味い(たまにちょっと甘過ぎるのがある)。左下の空袋の「ムルック(Murukku)」は個人的にはハズレ。スパイシーなだけで味が何か足りない感じ。

右下の「ナブラタン・ミックス(Navratan Mix)」と左上の「オール・イン・ワン(All In One)」はそこそこ当たりな感じ。シリアル+ナッツ等々、細かいアレコレをスパイスで味着けたもの。オール・イン・ワンのほうが甘みと辛さが強かったように記憶。

上中央は食べかけで止めてあるので見づらいが、「ゴル・カチャウリ(Gol Kachauri)」。4センチほどの一口で食べるにはちょっと大きめの揚げボールの中に、甘辛い具がぎっしり詰まっている。これは味はかなり美味しいと感じたのだが、同じ会社(ハルディラム/Haldiram's)のミニサモサとか、上のムルック同様、ちょっと「揚げた油が回っちゃってる」感がマイナス点。

●さらに別話題。

ここ数か月のうち、道端でオレンジ色のハムシを見掛け、「ああ。ありきたりなウリハムシか」と思ったのだが、それにしては、クズの葉にいる(しかもクズの葉を食べているっぽい)のがおかしい。

ちょっと気になって調べてみたら、本当にごく最近、2016年に東京都目黒区で初確認されたらしい外来昆虫(中国原産)、クズクビボソハムシと判明。判って気にして見てみると、結構あっちにもこっちにも、大繁殖してクズの葉を食い荒らしている(写真は先月撮ったもので、さすがにここ最近、肌寒くなってからは見なくなった気がする)。

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クズはそのへんにいくらでも生えているので、適当に食えばよさそうなものだが、どうもこの虫、集団でまとまって食害する習性があるらしく、ほぼ無傷な葉がある隣で、ほとんど葉脈だけになった葉の上に何十匹も固まっている。……なので、「虫がたくさん」が苦手な人は卒倒しそう。

そもそも食草が、繁茂力が強く増え過ぎてしまって問題視されているクズなので、いくらでも食ってくれてOKな気もするが、とはいえ、「それはそれで問題が」となる可能性も結構ありそうな気がする。

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8月のヨモヤマ

●FCM 2Cのディテール・チェックで、それほど多くもない写真を繰り返し見ていて眼が疲れたので、一回休みでヒマ話を。

なお、「眼が疲れた」は最近本当の悩みで、モニタの文字が紗が掛かったように読みづらい時がある。糖尿病が目に来るという話もあるので、久しぶりに眼底検査を受けてみたが、結果は「異状なしです」。それはそれでほっとしたものの、要するに「老眼が進んだのでは」とのことで、中距離用にメガネをもう一つ用意したほうがいいのでは、と言われた。ああ、ぢぢぃってのは面倒だね。

Img20240601180339 ●市内を流れる田越川の護岸工事だか浚渫だかで、夏前から時々クレーン船が来ているのだが、なぜか日本陸軍機塗装。なんぞこれ……。

数か月に一回開催している「オンラインたまんちん飲み会」で皆に見せたら、(日の丸のバック以外の灰色部分も考えると)「陸軍機塗装というより空自塗装では」とのこと。いや、まあ、どっちでもいいんだけど。

先月の記事で、これまで逗子市内に4基残っていた丸ポストが、残念なことに2基撤去されてしまった話は書いたが、その記事でみやまえさんからコメントを頂いた通り、撤去されたポスト2基が、現在、逗子郵便局(本局)の横に置いてあるとのことで、別れを惜しんで写真を撮ってきた。

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奥のポストが、入口や隙間がテープで塞がれているので、たぶん「アリがわいた」との理由でしばらく利用停止になっていた池子2丁目のポストなのだと思う。根石が1つしかないが、どちらかのポストは、根石がしっかり固定されていて取れなかったかな?

この先、この2基のポストは鋳潰されてしまうのかもしれないが、そうではなくて、どこかにモニュメントとか展示物とかとして引き取られる可能性があればいいなあ。

ちなみに、この2基のポストは、8月24日現在、まだ郵便局横に保管されていた。

追記。25日夕にもまだあった

Img20240730190149 ●大船や横浜に行く機会があると、成城石井でプレッツェル(ソフトタイプ、2個入り)を買うのが定例化しつつある。それとは別に、何か見慣れない食べ物とか飲み物とかにはついついふらふらと手が出そうになるのだが、最近、実際に手を出してしまったのがコレ(といってもすでに先月末だが)。

しばらく前に流行った、いわゆるクラフトコーラの一つで、「いよしコーラ」と読むらしい。どこか田舎の町興しも兼ねたような商品なのかと思ったが、帰宅後調べてみたら新宿の下落合産だった。

で、味はというと、コーラ風のなかに高麗人参シロップの「甘い泥」風味がある。缶の横を見ると、実際に原材料のなかに高麗人参が入っているようだ。かなり好みが別れそうな味だが、私自身は、ロッテやヘテの「高麗人参ガム」が好きだったくらいなので、そこそこ気に入った。でも高いんだよな……(250ml缶入り1本約300円)。

ちなみに「高麗人参ガム」は、現地で一緒に仕事した韓国人カメラマンに「あんなマズイもんよく食うなあ……」と(韓国語で)呆れられた。そして現在はロッテもヘテも生産していないらしい。残念。

●あまりに暑いこともあって、時々マックシェイクを飲む(マックのハンバーガーは滅多に食べないが)。

さて、マックシェイクはどの味も同じ機械で出すので、いろいろ味が混じる傾向がある、というのはネットで見て知ったのだが、それにしても、「マックシェイクのチョコレート味」を頼んでも、毎度チョコレート風味がほとんど感じられないのはどうしたもんだか。

もしかして、かき氷のシロップ同様、「**味の別で色は違っても味は同じ」ということになったのか?

●名越切通を歩いていて、目の前に不時着してきたミンミンゼミ。

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腹の両側に大荷物を抱えている。セミヤドリガの、たぶん終齢に近い幼虫2匹。そもそもセミヤドリガはヒグラシに寄生することが多いとのことだが、別に他のセミがダメということではないらしい。

地面に落ちてきたところを見ると、セミヤドリガに生命力を吸い取られて力尽きたのかとも思ったが、wikipediaを見ると、セミヤドリガが直接セミの生命を脅かすことはあまりなく、セミが生きて活動しているうちに離れて繭を作るらしい。というわけで、離れる前に宿主が行き倒れそうになっているこの状態は、セミヤドリガにとっても若干ピンチなのかも。

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シロマダラ

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数日前の晩、近所のコンビニ裏の路地を通りかかったら、道の真ん中に小型のヘビがでろ~んと伸びていた。ああ、自転車かバイクにでも轢かれたのかな、かわいそうに……と思いつつも、スマホを近づけて写真を撮っていたら、突然にょろにょろ動き出して驚いた。なんだこのとろいヘビ……。

さて、この手の模様のあるヘビの場合、ずんぐりしてスタイルの悪いヤツはマムシ、シュッとスマートならアオダイショウの幼蛇、と判断するのが定石なのだが、そもそもそのいずれにしても、この写真のヘビのように模様の濃淡差は大きくない。

改めて調べてみると、どうやら、「まぼろしのヘビ」として、発見が時折ニュースネタに取り上げられることもある「シロマダラ」というヘビらしい。

なんだか、シロマダラを見たくて数年間探し求めた人の話まで出てきた。もっともその一方で、「実は小型で夜行性なので人目に付かないだけで、実は割と普通にそのへんにいる」という話もあったりして、「まぼろし」度には若干の疑問符も付く。

まあ、個人的には「滅多に見ないものを見て、ちょっと得したかな」くらいに思っておこう。

●他にも、あまり見ないようなヤツ、久しぶりに見たヤツなどとの邂逅がいくつか。

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1.アカスジカメムシ。数年ぶりに見た美麗系のカメムシ。カメムシ界のダース・モールみたいなくっきりした赤黒の配色。もっとも、これに限らず、昆虫というのは特定の環境に居ついていることが多く、このアカスジカメムシも「セリ科の植物に集まる」のだそうで、この時も、セリ科のヤブジラミで発見。探してみると、同じヤブジラミの藪に3匹、4匹と見つかった。毎年、この時季にヤブジラミを見れば、当たり前に見つかるものなのかも。

2.披露山の肩のところで遭遇。肩のところだけ赤い模様がある、やや大きめのハムシ……? それなりに特徴があるので、割とすぐに同定できるだろうと思ったのに、ウェブ上でハムシで当たっても行きつかず。しばらくして、(前胸部の形状から)「ホタルの仲間かも?」と思い直して調べたら、すぐに判明。カタモンミナミボタル、という種類だそうだ。幼虫のエサは陸棲貝類だそうな。幼虫は光る、だけでなく、最近になって、成虫もごくかすかに光ることが判ったらしい。まあ、パッと見ても判らんけどね。

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3.このへんの野山でよく見る小型のゴキブリはモリチャバネゴキブリなのだが、これは一回り大きく(といっても、家の中で見る「大きいゴキブリ」、クロゴキブリよりはだいぶ小ぶり)、しかも前胸部の色模様が全然違う。どうやら、キョウトゴキブリという、ややマイナーなゴキブリらしい。ゴキブリなんてそのへんに(大いに嫌われつつ)はびこっていて、害虫として逆に研究も進んでいるのではというイメージだが、キョウトゴキブリは、1970年になってようやく新種記載されたというマイナーぶり。しかも発見された京都では、「要注目種(絶滅危惧とまではいかないが、まあ、もしかしたら危ないかもしれないので見守ってみましょう、くらいの感じ)」として京都府レッドデータブックに載っている。それでいいのか、ゴキブリとして。

もっとも、ウェブ上にあるキョウトゴキブリの写真は、いまひとつ特徴をしっかり捉えられるものがなく、この写真が本当にキョウトゴキブリなのかどうかは、ちょっと自信がない(普通のチャバネでも、モリチャバネでもないし……という消去法の結果)。現在、環境省「いきものログ」の種名調べ支援で依頼中。

(7/4追記。環境省「いきものログ」の種名調べ支援で回答コメントを頂いた。どうやら、キョウトゴキブリではなく、同じくチャバネゴキブリ科のキスジゴキブリ、という種類らしい。キョウトゴキブリよりはもうちょっと一般的な種らしいのだが、それでも、もともとは南方系(西日本以南)のゴキブリで、関東では新参者のようだ。いずれにしても、家の中でゴソゴソしないでいてくれれば、あまりイヤではない)

4.ノコギリクワガタ♂の頭部(……だよね? 頭の後縁部がよく判らないけれど、ミヤマの赤褐色型じゃないよね?)。近年、身近にクワガタムシを見る機会はだんだん減っている感じで、せいぜい、ひと夏に一度か二度、それもコクワガタを見る程度?という感じなのだが久しぶりに(死骸とはいえ)大型の種のオスを見た。まだちゃんと、この手のものも生息しているんだなあ、と確認できた(もちろん、この個体は「ちゃんと」していないけれど)。

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5.我が町逗子で、山の際に住んでいるとしばしば屋内に侵入されての遭遇が避けられないムカデ(トビズムカデ)。これはその中でも、過去最大級で、触角から曳航肢まで含めると12cm超。かみさんの絶叫に呼ばれて、捕獲・退治した。かみさんはこれまでに数度、ムカデに噛まれて半ばトラウマと化している。

この直後、かみさんの強硬な主張により、ムカデ除けトラップ(毒エサ?)を購入して窓辺や玄関に設置。その効あってか、数日後、玄関脇でこれに近い大きさのものが1匹死んでいた(しかし、その前にもう一匹、屋内に侵入してかみさんが大騒ぎした)。

●ネットをうろうろしていて見つけたもの。

自由落下式の緊急脱出用救命艇。か……かっこコワイ!(カッコイイ+怖い)

海上の石油/ガス・プラントなどで使われるほか、損傷を受けた際に沈没までの時間が短いばら積み貨物船(バルクキャリア)の大型のものでは搭載が義務付けられているとのこと。型式によっては60m以上の高さからの落下試験などを行っている動画もあった。

●輸入食品屋などで、何やら怪しい(そしてお手頃なお値段の)食べ物を見つけると、とりあえず試してみたくなる。

というわけで、業務スーパーで見かけて、ついふらふらと買ってしまったお菓子2種。いずれもインド産(ロゴマークを見て判るように同一メーカー産)。

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まず一つ目、左は「ギー・デーツ・ハルヴァ」。

「ハルヴァ」と名の付くお菓子は南アジアから東ヨーロッパ、さらには北西アフリカ(モロッコ)まで幅広く分布していて、以前、同じく業務スーパーで、トルコ産のハルヴァは買って食べたことがある。

トルコ産のほうは、何というか、サクっと柔らかく軽めの落雁という感じで、「まあ、うん、美味しいか、不味いかといえば、美味しいかな?」くらいの感じだったが、何しろ量がタッパー一杯くらいあったので、消費し切るにはちょっと時間がかかった。(その時に当「かばぶ」に感想を書いたような気もするのだが、いつだったか忘れた)

さて、今度のインド産のハルヴァだが、こちらは一口羊羹サイズの個包装で5つ入り。名前の通り、どうやらベースはデーツ(ナツメヤシ)をギー(バターオイル)で練ったもので、中にナッツが入っている。淡いクリーム色だったトルコのハルヴァとは、とにかく見た目からしてだいぶ違う。

……で、食べてみたのだが。個人的には、「うぎゃー。ナンダコリャ」レベルで美味しくない。先にトルコのハルヴァは「柔らかく軽めの落雁」と形容したが、こちらはゆべし?羊羹? ねっちょりもっちょり、しかもいかにも「動物性のオイル」感があるうえに、ベタ甘。せっかくのナッツの食感とか香ばしさとかも台無し。消費し切れるかな、コレ(泣)。

とにかく、「ハルヴァ」と名乗っていても、その中身は産地ほかでまるっきり千差万別らしいことが、これで分かった。米原万里がどこかで「美味しいなんてもんじゃない。こんなうまいお菓子生まれて初めて」と評していた極上ハルヴァに出会う道のりは遠そうだ。ちなみに米原さんが少女時代にチェコで食べたハルヴァは、どうやらギリシャ産らしい(ネットでこのエピソードに触れている記事によれば)。

二つ目。右写真、「ソアン・パプディ」。

「ギー・デーツ・ハルヴァ」で痛い目に遭ったのに、なんで同じメーカーの菓子に手を出すかね……と、自分でもちょっと思ったのだが、「この際とことん……」的な変なやる気が出てきたので。しかし、これが実は思ったよりも美味かった。

パッケージ写真は綺麗に四角く切り分けられて、中身も一応切れ目は入っているのだが、実際には非常に脆いので、無理に綺麗に取り出そうとするより、スプーンですくって食べる方が無難。

いやいや、それよりも……これはなんて形容したらいいんだろう。

上の「ギー・デーツ・ハルヴァ」よりも、むしろこちらのほうが、トルコ産の「ハルヴァ」に近い見た目と食感なのだが、トルコ・ハルヴァよりもはるかに軽い、ちょっと未体験の食感。デニッシュとか折り込みパイ生地のように(あるいはそれ以上に)薄い薄い層が重なり、フワサクっとしていて、それが、口の中でほろっとほどけて溶ける。wikipediaに記事があるのだが、見た目は全然違うものの、これは綿あめの親戚にあたるような菓子らしい。主成分は砂糖で、飴状態にした材料をパイ皮のように伸ばして重ね伸ばして重ねを繰り返して「サクフワ」状態に仕上げるのだそうだ。

砂糖がメインのお菓子なので結構甘いのだが、カルダモンが入って、さらにトッピングにピスタチオが載っていて、若干の清涼感もある。頻繁にリピートしたくなるかといえば微妙だが、これなら、知り合いに「うん、一度食べてみるといいよ」と薦めてみてもいいと思えるレベル。

●川崎の実家を処分することになり、荷物の整理とか、仲介の不動産業者との会合とかで、久々に(数回)実家に行く。うーん、ちょっと間があったら行こうかなあ、と思っていた、「砲台に消えた子供たち」講演会の当日も、結局実家行き。

●あー。今回も模型話まで進まなかった。

ところで、前回書き忘れたが、先月下旬のホビーショーで、(かねてから噂になっていた)「タミヤからI号戦車」の会場発表はなかったそうだ。

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梅雨入り前のあれこれまとめ

●今年は梅雨の入りが遅いとか。

実際にはそこそこ雨の日もあるが、まだ「降り続く」という感じではない。梅雨入りは平年は6月7日なのだが、今年は月後半までずれ込みそう、下手をすると「梅雨を飛び越して夏が来た」になる可能性さえあるとかなんとか。

2019年秋のように、またいきなり暴風雨が複数回やって来るみたいな、異常な天気続きにならなければよいけれど。

●また当「かばぶ」の更新をさぼって、ずいぶん間が開いてしまった。その間のあれやこれや。

●「プレッツェル行脚」のその後。

逗子に隣接する葉山町長柄の外れに「earth7716factory(アースなないろファクトリー)」というパン屋さんがあり、そこのプレッツェルを、義妹が買ってきてくれた(5月中旬)。

しっかりと「革靴のような色艶」の“ラウゲン・ブレーツェル”(ラウゲン液処理されたプレッツェル)で、これまで食べたソフトタイプのプレッツェルの中でも最上位クラス、と感じた。残念なのは、その店が(距離自体はそれほどでもないのだが)車でもないと行きづらい、非常に不便な場所にあること。

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プレッツェル話その2。JR新橋駅構内、ecute内にあったドイツ飲み屋で、ソフトプレッツェルのテイクアウトもしていた「le petit IMBISS」が、先日行ったら閉店していた。うーむ。残念。

●前回書いた、沼間~田浦の山歩きで収穫したクサイチゴは、やや中途半端な量だったが、煮詰めてジャムに。昨年よりも色よく仕上がった。

もともと、我が家の近所では一番普通に採れたカジイチゴは、一番茂っていて毎年楽しみにしていた場所がごっそり刈り取られてしまったのだが、別の場所で、しっかり旬の味を楽しむくらいにはつまみ食いできた(最後の写真)。

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5月の終わり頃からは、ここ数年恒例のマダケのタケノコを収穫。いつも通り、メンマ風のピリ辛炒めや土佐煮なども作ったが、今年の初挑戦として味噌焼きも。単純に醤油を垂らして焼くよりも美味しかった。これは定番に採用しよう。

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●ポカリスエットのCMに、地元町内のバス停が出ている!……というのを、facebookの地元のニュースグループで教えて貰った。ありゃま、ほんとだー。

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左、CMキャプチャ画像は、ポカリスエットCM・「潜在能力は君の中。」春篇より。

ちなみにこのバス停は、京急バス【鎌40】逗子駅発・鎌倉駅行きの「小坪海岸」バス停。同系統でも鎌倉駅発・逗子駅行きは経路がやや異なり、このバス停は通らない。

よく見ると、「バス停の形が違う」「道路端に白線が引かれている」などなど若干の違いもあるのだが、ストリートビューで10年ほど遡ってもCMアニメの状態は確認できないので、おそらくアニメにした際の改変。

Img20240608173106 ●終戦直後に爆発事故があった「西小坪海面砲台」については、これまでも何度かここで話題にしているが、これに関して、今月下旬に講演会が開かれるそうだ。

地域の掲示板に貼られていたパンフが右。

現在はちょっと入れたり入れなかったり、微妙な場所に置かれている慰霊碑が、元の「南砲台」洞口近くに移設される件についてもパンフ解説文中に触れられており、(話としては聞いていたが)本決まりになったらしいことがわかる。

●模型話も書こうと思っていたが、だらだら長くなりそうなので改めて。

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えろえろタイヤ

Thunder Modelから、ボフォース37mm対戦車砲が発売されるそうだ。

同社は少し前に、CMP F30にボフォースを搭載した、英LRDGのガントラックを出しているので、そのボフォースの別売ということだろう。

ボフォース37mm対戦車砲の1:35インジェクションキットは、確か1990年代にTOM Modellbauから出て、その後ポーランドのMirageからも出たので、今度のThunder Modelは3作目。実はなかなかの傑作火砲ではあるものの、一般にはそれほど知名度が高くない、大戦前半に使われた砲としては、なかなかキット化状況は恵まれている。

ちなみに、SCALEMATESのページでは、TOMとMirageのキットは同一キットの箱替えということになっているが、実際はまったく別のキット。発売潤もSCALEMATEの「Product timeline」とは全く逆で、

 TOMのイギリス軍仕様
  ↓
 TOMの(レジンのタイヤがセットされた)ポーランド軍仕様
  ↓
 Mirageのポーランド軍仕様

が正しい(はず)。

下の写真は、左がTOM製の作りかけ(たぶん20年以上この状態で放置)、右がMirageのパーツ。出来は五十歩百歩といったところ? 作りかけのTOM製の一部がエッチングになっているのは、PartかAberのもの(うろ覚え)。

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ちなみに、両方の脚に付いているクッションは、砲手と装填手の「座席」ではなく、ここに半身を当てて寝そべって操作するらしい。

なお、私は今まで、TOMで最初に発売された、ホイール部が単純な皿形で薄いタイヤを履いているのが本国スウェーデンの生産型(で、輸入して使ったイギリスやフィンランドの仕様)、ホイールディスクにドーナツ型の盛り上がりがあって、ややタイヤが太いのがポーランド・ライセンス生産型だと思っていたのだが、今後発売されるThunder Modelのキット(箱絵には英兵が書かれていて、明らかにイギリス軍仕様を想定)のタイヤは後者になっている。ということは、両ホイルの形状は使用国/ライセンス生産国による違いではなく、もともと、スウェーデンでの前期・後期生産型の差、みたいなものなのだろうか。

何はともあれ、30年前後の期間を隔てて出る新キットでもあるし、Thunder Model自体なかなか評判のよさそうなメーカーだし(私は今までに買ったことがない)、ボフォース37mm砲はポーランドで大活躍した砲でもあるし、ちょっとこの新キットは買ってみたい気もする。

ちなみに、上に書いた「ホイール部が単純な皿形の薄いタイヤ」は、トレッドパターンが「HOHOHOHO……」、あるいは縦書きカタカナで「エロエロエロエロ……」となっていて、個人的に「えろえろタイヤ」と呼んでいる。実物については、盟友かさぱのす氏のこのページ、最下段の写真を参照のこと。

さすがにTOMの最初のキットでは、このトレッドパターンは再現されていない。どこか、3Dプリントで、この「えろえろタイヤ」をパーツ化してくれないかしらん。

●3日金曜日午後、突発的に、三浦半島最高峰の大楠山を登りに行く。

昼食もとった後で、いきなり思いつき、しかも食後しばらくのんびりしてから出掛けたので、逗子駅からバスに乗って、主要ルートの出発点である「大楠芦名口」に着いたのは午後3時頃。真面目に山歩きをする人間の姿勢とは言い難いが、大楠山の、特にこのルートは、頂上付近の国交省の気象レーダーやNTTの施設へのアクセスのため、頂上直前まで車が通れるほど整備されており、さくさくと歩きやすい。この日も、特に問題なく1時間ほどで頂上に着いた。

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写真は山頂広場からの眺めで、左が東京湾側。写っているのは(たぶん)NTTの無線鉄塔。右の逆光で霞んでいるのは相模湾側。電柱と重なっているのが国交省の気象レーダー塔。

大楠山には確か昨年春も、兄と兄友人と3人で登っていて、その時も、旬よりも少し早めなのに、もうまばらにクサイチゴが実り始めていて味見ができた。今回も少し期待して行ったら、予想通りちらほら。さすがに数は少なく粒も小さかったが、そこそこ熟しているものをいくつかつまみ食いした。

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国交省レーダー近辺(大楠平というらしい)のツツジには、カラスアゲハが多数。色と輝きはいまひとつな感じだったが、2個体、割と近寄って写真を撮ることができた。前翅に特徴的な暗色部がないので、どちらもメスのようだ。

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●ここ最近数度の大楠山ハイキングでは、「大楠芦名口から登って、前田橋に降りる」行程が半ば固定化しつつあったのだが、今回は、行きに大楠芦名口付近で申請した「ポケモンgo」のルートが申請直後に受理されたのでそれを自分でも制覇済みにしたかったこと、行きに見そびれた「芦名城址庚申塔」をみたかったこと、などの理由で、同じルートを往復した。

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ちなみに「芦名城址庚申塔」は、「この地点が芦名城址であることを示す庚申塔」ではなく、「芦名城址であった隣の丘の上(現小学校敷地)から移してきた庚申塔」だそうだ。

芦名城址庚申塔を見た後は、(逗子方面行きのバスはそこそこ頻繁に来ることがわかったので)適当に歩き疲れたところでバスに乗ろう、くらいの感じで国道沿いをのんびり逗子方面に歩く。

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左は前田橋交差点あたりで見えた夕景の富士山。「ビルの谷間から登ったばかりの満月はやたら大きく見える」効果により、普段逗子で見るよりも大きく迫って見えた。右はさらに歩いて、秋谷の立石。海岸に巨大な岩が立ち上がっているのが「立石」の名前の由来。右写真のほうが明るく見えるが、これはおそらく、単に右のほうが広く空をレンズ内に入れているためで、時間的には右のほうが15分ほど遅い。

●上の「立石」は、海岸に立てられた案内板によれば、「三浦七石」の一つであるという。同様のことは横須賀市の観光案内にも書かれているのだが、「では、あとの6つは何なのか」は書かれていない。

帰宅後にあれこれ検索してみて、ようやく、神奈川のweb情報紙「タウンニュース」三浦版のコラムで顔ぶれが分かった。

うち一つは、「多分入っているんじゃないかな」と思った、立石のすぐ近くの「子産石」(正体は海岸の地層から出てくる大型の丸いノジュール)。あとはまったく見当がつかなかったが、最北のものは、我が町・逗子の小坪の「鍋島石」だった。これは江戸時代初期、江戸城の普請で石垣用の石材を運んでいた鍋島藩の船が小坪の海で座礁難破、浅瀬に沈んでいたその石垣用巨石を呼んだものとか。ちなみにその「鍋島石」(のうちのひとつ?)は、近代になって引き上げられ、今は逗子海岸の外れに「不如帰碑」として再利用されている。

上記「タウンニュース」のコラムによれば、どうも「三浦七石」の出どころは、江戸時代に書かれた「三浦古尋録」なる本であるらしい。一応、7つを下に並べておく。

  1. 小坪の「鍋島石」
  2. 秋谷の「立石」
  3. 久留和の「子産石」:上記のように、地層中のノジュール。ノジュール(団塊)とは、例えば貝化石などが核となり、その石灰分が染み出すなどの原因で、そこだけが周りの地層より硬い「ダマ」状になっているものを指す。
  4. 公卿・曹源寺の「拭眼石」:寺発行の「曹源寺略縁起」によれば、その石を撫でてから目をこすると眼病が治るとの伝承があるそうだが、「謎の伝承であり、どの石であるかも不明」だそうな。だめぢゃん。なお、「タウンニュース」には「眼拭石」とあったが、寺のパンフ(略縁起)では「拭眼石」だった。
  5. 吉井の「飛石」:吉井安房口神社の御神体の磐座(いわくら)。巨石に大きな穴が開いていて、その口が安房国を向いているというので「安房口」、また安房国から飛んできたというので「飛石」とも言うとか。
  6. 三戸の「三石」:これも小坪の「鍋島石」同様、江戸城普請のため運搬中に水没してしまった石材であるらしい。三浦市三戸浜海岸には「サンコロ石」「天神丸」と呼ばれる(元)石材が、それぞれ3個ずつあるとか。そのどちらかが「三石」ということか。
  7. 小網代・白髭神社 の「金鳴石」:小網代・白髭神社社殿の横に置かれている細長く大きな石で、叩くと金属音がする由。「鳴石」「カンカン石」とも呼ばれているらしい。

所在自体が判らなくなっているものが混じっているのがなんだかもう。

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砂糖・油・揚げ

●5月1日。メーデー。

「立て万国の労働者」方面のメーデーは、キリスト教以前からのヨーロッパの祝祭である五月祭が起源であるそうな。

なお、救難を呼びかけるメーデーは5月とは何の関係もなく、フランス語の「助けて!(M'aidez!)」。

●ということで、何ともお久しぶりでございます。

特に3月末から4月前半は、それこそ救難の「メーデー」状態で、ブログ更新も模型製作もなかなか手が付けられなかった。

理由の第一。

昨年度は地域の自治会役員(会計担当)を拝命しており、会計報告の作成で、年度末が修羅場化した。

実際のところ、「会計業務」というもの自体にそれなりに慣れていれば、そうでなくても日々の出納をきちんと管理して帳面に付けていれば――そもそも自治会のお金の出入りなんて、地域全世帯からの自治会費集金の集計の手間以外にはそれほど面倒なこともなく、問題など起きようもないのだが、「あー。今忙しいから、後からまとめとこ」なんて思って後回しにしていたものが降り積もり、結局、最後にそのシワ寄せがドンと来た。

単純な計算間違いとか記載漏れとかもあってなんだかんだとやり直しの末に、やっと会計報告をまとめて監査のハンコも貰い、一件落着。と思ったその夜に、念のためにと口座と手持ちの当座現金をもう一度数え直してみたら、合計金額が4万円ほど足りない。

「や、やばい……これって、オレが補填しなきゃならないのか?」

と青くなったのだが、しばらくして、「年度内の収支に含めること」と言われたものの、未入金の補助金が4万円あったことを思い出してようやく人心地がついた。

4月20日土曜日の自治会総会をもって、新年度役員に全て仕事も「役員グッズ一式」も引き渡して、ようやくお役御免に。ふわぁ。自治会役員なんて、そうそう引き受けるもんじゃねぇなあ(といっても、回り持ちなので逃げられない)。しばらく、計算が合わない夢を見そう。

●当「かばぶ」の更新が滞っているのは、上記のバタバタに加えて、今年から当家のプロバイダーをJCOMからniftyに変更したことも一因になっている。

niftyのココログを利用しているのに、プロバイダーをniftyに替えて更新が滞るのも変な話なのだが、これは、もともと「niftyの非ユーザーとしてブログ用に登録したアカウント」と、「新たにプロバイダー契約して設定されたアカウント」が別々に存在しているためで、niftyのwebメールを使う際と、ブログを書く際とでは、その都度ログアウトしてアカウントを切り替えないといけない。これが地味に面倒くさい。

この際、ブログ用のアカウントを新しいアカウントの方に変更して一本化したいのだが、どうもその方法が(あるのかないのか段階から)わからない。

●というようなバタバタもなんとか片付いて、ぼちぼち模型製作も復活中。直近の作りかけだけでもいくつもあって、よりどりみどり!(そんなん誇ってどうする)

とりあえず、尾藤さんの「パンツァーメモ」で現在進行中のII号戦車A/B型工作記事にアテられて、IBGのII号戦車の砲塔に追加工作をしてみたり。今々は、「あまり深く考えずに工作したい」ということで、ハセガワの1:8「ル・ローン」(航空機エンジン)をいじり中。いずれも、工作記事は改めて。

Img20240402170226 ●4月初め、仕事で都内に出て、帰りに有楽町の「わしたショップ」(沖縄県物産公社のアンテナショップ)に寄る。以前は旧プランタンの並びにあったのだが、現在は有楽町駅前の交通会館1階。昨年初めに移転したのだが、移転してから行くのは初めて(というよりも、以前の場所に行って「ありゃ? なくなってる? そういえば引っ越したんだっけ?」とwebで検索して行き直した)。

いくつかお菓子だの食材だのを買って、ついでにサーターアンダギーを買い食い。片方は「ピーナッツ」でもう片方が「黒糖」。

「サーターアンダギー」という食べ物の名前を初めて知ったのは「あずまんが大王」だったかも(ひさしぶりにこの書名を思い出した)。

今では関東でも、時折売られている場所があるサーターアンダギーだが、「わしたショップ」では店頭で揚げたものを売っているのがメリットで、外側がカリッとしたままなのが嬉しい。タイミングがよければ、揚げたてアツアツのものを食べることもできそう。

「沖縄ドーナツ」と呼ばれることもあるサーターアンダギーだが、名前の直訳は「砂糖(サーター)油(アンダー)揚げ(アギー)」だそうだ。最もメインの材料であるはずの小麦粉の立場は……?

●4月最後の土曜日(というよりもGW初日?)、兄とドイツ人Pと3人で鎌倉ハイキング。今回はP家族は不参加とのことだったので、ひたすらがっつり歩く。天気はあまりよくないという予想で、実際に朝のうちは降っていたが、小雨程度で延期にすると「この程度で!」とPがむくれるのでそのまま決行。幸い、歩き始めた頃はもう止んでいて、むしろ暑すぎずによかったかも。

当初は「駅ナカの店で何か食べる物を買って行って、山の上で食べる?」なんてことも考えて、大船駅で待ち合わせたのだが、「せっかくしらすの季節だからしらす丼を食べよう!」ということになる。

北鎌倉スタートで、まずは浄智寺を散策。そのまま源氏山~大仏ハイキングコースと歩き、長谷に降りる。予定通り、長谷でしらす丼を食べる。美味。ちなみに私とPは生しらす丼、兄は釜揚げしらす丼。

そのまま鎌倉の旧都を横断し、金沢街道方面へ。途中、長谷と雪ノ下のドイツパン専門店「Bergfeld」でプレッツェルとスティックを買い食い。以前この店のプレッツェルの写真を見せた時は「穴の大きさが違う」と文句を言っていたPだが、家族にも食べさせると言ってあれこれ買い込んでいた。

なお、雪ノ下の店を出てスティックを齧りながら歩いていたところ、残り数センチをトンビに強奪された。この「天然ヤーボ」の襲撃は、この界隈では日常茶飯であり、私もこれまでに数回やられていて、それなりに注意をしているつもりなのだが、それでも「ついうっかり」の隙を狙われる。

報国寺と杉本寺をハシゴした後、バスで駅前に戻り、市役所前のスタバで休憩。さらに亀ヶ谷坂切通を超えて歩いて北鎌倉に戻り、大船の「鶏恵」で焼き鳥などつつきながら酒を飲む。

●この春の「近所の野山のおすそ分け」総括。

(1).春先一番手のフキノトウ。収穫時の写真は撮り忘れた。フキ味噌と天ぷらで消費。

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(2).ノビル。久しぶりに我が宝剣エクスカリバー(ただの根掘り)を取り出してきて、2度ほど収穫に行った。意外に根の玉(球根)が大きいものが採れた。例年は、手軽に出汁醤油とかめんつゆとかに漬けるのだが、今年はちょっとひと手間で、甘酢を作って漬けた。葉の方は例によってお好み焼き粉で「適当パジョン」に。

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(3).アケビの芽。4月中、4度か5度ほども採ったかも。毎度結構大量に収穫。一度だけドレッシングで、あとは例によって「大量のアケビ入り卵かけご飯」で。写真の卵かけご飯の付け合わせは甘酢漬けのノビル。

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(4).ハリギリの芽。今年は珍しく、2度(2か所で一度ずつ)収穫できた。天ぷらでいただいた(右写真の上のもの)。

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(5).イタドリ。いつもは「皮を剥いてから下茹でして、一晩水にさらしてシュウ酸抜き」という下処理をするのだが、「それだと、どうも食感のシャキシャキ感が損なわれる――下茹で無しで塩漬けのほうがいいかも」という、「逗子拾い食いの会」仲間のTannoさんの意見に基づき、今年の収穫はそのまま塩漬け冷凍に。半分だけ、数日前に「ピリ辛メンマ風炒め」にした。確かにこっちのほうがシャキシャキ感が生きていてよいかも。

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●少しだけ模型話。

アカデミーからI号戦車B型が出る(とりあえず国内入荷はまだ?)

I号B型は、イタレリのキットは発売時期を考えればなかなかの佳作キットではあるものの、今の目で見ればあちこち古さとか考証不足が目立つし、その後出たドラゴンのキットは寸法的に「どうしちゃったんだよ」レベルでおかしい代物だったので、新作が待たれるアイテムだった。

(追記:セータ☆さんに言われて、TAKOMもつい最近新製品でB型(というか、A・B型のセット)のキットを出しているのを思い出した。限定版でバラ売りもあるそうなのだが、最近あまり模型屋に行っていないこともあって、どちらも見ていない。レビューを見ると、車体・砲塔のクラッペ周りのネジ/リベットのA・B型間の差も、車体前端のギアハウジング部底部の平面も表現されているし、それなりによさそう)

そんなわけで、アカデミーのキットはなかなか期待……の一方で、前後して「タミヤからI号戦車(B型?)が出るらしい」というニュースも飛び込んできて、急に何だか妙に"恵まれた"状況に。もちろん、どちらも手に取って見たことはないが(そもそもタミヤのキットは発売の確報すら入ってきていないが)、アカデミーのものは、写真を見る限りではそこそこよさそう。転輪も、リム部のリングが別部品になった、トライスターに倣った処理のようだ(タミヤは部品数を増やしたくなくて一体にしそうで少し心配)。

ただ、「え、なんで?」と思うのは、I号戦車に加えてツュンダップKS750サイドカーがセットになっていること。KS750は戦争中盤になって登場したものなので、I号戦車の"付け合わせ"としては、いささか不似合い。箱絵も、電撃戦当時(ポーランド戦時)の塗装とマーキングのI号戦車の隣にKS750がいて「おまえはクリスチャン・ラッセンかっ!?」と言いたくなる構図。

※クリスチャン・ラッセン:一頃、秋葉原の名物だった「エウリアン」の定番商品である版画の作家。ありえない密度・取り合わせの海洋生物+風景詰め合わせセットみたいな絵をよく描く。

もっとも、こういう「変な組み合わせ」セットの模型というのは過去もそれなりにあって、例えばニットー1:35のケッテンクラートは37mm対戦車砲を牽引していたし、フジミ1:76のI号戦車は75mmPak40対戦車砲付きだった。ニットーのI号戦車も、BMW R75とキューベルワーゲン付きだったかな。

●もっとも、ツュンダップKS750サイドカーは、1:35インジェクションキットとしては、そこそこ楽しみに思う人もいそう。

大戦中期以降のドイツ軍主力サイドカーは、双璧であるBMW R75とツュンダップKS750の両方とも、タミヤとイタレリからキットがあるが(タミヤのツュンダップはオートバイ単体のみだったかな?)どちらも結構古い。BMW R75は、その後ライオンロアから新キットが出たが、ツュンダップKS750は出ていなかったはず。

ツュンダップといえば、大戦初期から使われていたKS600サイドカーがタミヤから発売間近で、個人的にはこちらのほうがちょっと欲しいかも。大戦初期型のオートバイ/サイドカーは、ズベズダのBMW R12もちょっと欲しいと思っていたのだけれど、買ってないんだよね……。

ちなみに、ツュンダップの大戦初期型オートバイのインジェクションキットとしては、かつてVulcanからK500とK800が出ていた(K800のオートバイ単体キットのほうは持っているが、プレス済みエッチングのスポークが入っていたりして、なかなか素敵)。

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ずしのむし

●すっかり御無沙汰ですが生きてます。

(前回も書いたが)季節労働の追い込みはいよいよ切羽詰まってきており、地域の自治会役員の仕事も滞っていて、もう泣きそう。

そして、先日ケン太さんからコメントを頂くまで開催日を忘れていた「東京AFVの会」が、もう明日(それ以前に何度かネットで確認して、「今年はだいぶ早いぞ」と思っていたのに)。行けるかどうかは今日のこれからの頑張り次第? 行けるとしても、当然ながら、持っていく完成品は何も無し。

●表題の話。

当ブログにもしばしば載せているように、あちこち歩き回る合間に虫(主に昆虫だが、その他の小動物含め)の写真を撮るのが、模型ほどではないにしろ趣味の一つ。

写真それ自体はまったくの我流だし、機材も何も追加していないスマホのベア状態の撮りっ放しでしかないのだが、それでも、「数撃ちゃ当たる」式で、たまにはなかなかいい(自画自賛)クローズアップ写真が撮れる。

そんな写真が、「まあまあ」以上を選んでも300~400種類分くらいは貯まってきたので、特にご近所(逗子市内+α)のものを、写真と短い解説文でまとめておきたいと思うようになった。逗子に引っ越してきてからすでに30年近く、虫の写真を好んで撮り始めてからでも10数年は経っているが、その間にも、「最近、アレ見ないなあ」とか「やけにアレが増えてきたなあ」など、変化を感じることも増えて、何かしら記録に残す意味もあるのでは、と考え始めたのも理由のひとつ。

実を言うと、数年前にもそう思って何ページか分は試しに作ってみたのだが、2年前?のHDDクラッシュで見事消失。もっともその後も虫の写真は貯まり続けているので、「なんとかしとこか」という気持ちがまたもたげてきた、という次第。

Sample01改めて1ページ作り直してみたのが右だが、もともとレイアウトのセンス等はあまり備わっていないので、「暫定の暫定案」程度。今考えているところとしては、

  • 制作に個別に手間は掛けたくないので、できれば統一フォーマットを作って、そこに写真と文章をはめればOKという形にしたい。
  • ただし、写真は横位置と縦位置のものが混在している(撮った時の対象の姿勢などにも関わっているので、これは仕方がない)ので、少なくともそれぞれ用のフォーマットは必要になる。
  • また、使っているスマホの機種変更によって、縦横比が違う写真がある。できればトリミングなどの余計な手間は掛けたくない(が、そのまま使うとなると、ここでまたフォーマットが2種増えてしまう)。
  • できれば「写真1枚+文章」に収めたいが、種によっては2枚以上の写真を使いたいものもある(性的二形の差が大きいとか、翅の裏表を見せたいとか)ので、それへの対応も課題。
  • とりあえずはPDF形式にしてデジタルで保存するだけでなく、プリントしてバインダー形式にしておく?(と、目・科・属別に整理した時に、後から追加しやすい)

などなど。

Img20231005163910 ●相変わらず、プレッツェル(ブレーツェル)のマイブーム継続中。

前回記事で、スナックタイプのプレッツェルのトルコ産のものを紹介したが、パンタイプのプレッツェルも、横浜駅CIEL内のパン屋、トムキャット・ベーカリーでも売っているのを知って試してみた。

見た目はちょっとふっくらした感じ(お店のサイトに出ている写真とずいぶん感じが違うのはどうしたわけだろう?)。食べてみた印象は……。

「普通に美味しい塩バターパン」

の感じが強い。いや、一般的にはこっちのほうが「美味しい」と思う人は多いかもしれないんだけど、正統的な「ブレーツェル」感は鎌倉の山田さん(Bergfeld)に負ける。でもって、私は山田さんのほうが好き。

Img20231102132608 ●模型話もちょっと。

(割としばしばそんなことを言っているが)仕事が煮詰まっているときは「しっかり考証しながら工作を進める」のではなく「無心に単純作業をする」のを息抜き代わりにすることが多い。

今回それで取り出したのは、ハセガワの1:8「ル・ローヌ110馬力エンジン」。

同社がかつて出したミュージアムモデル(と銘打った)、フォッカーDr.Iからの別売で、同じくフォッカーDr.I搭載のシュパンダウ機銃、シリーズの別製品ソッピース・キャメルF.Iからの別売として、クレルジェ9Bエンジンとヴィッカース機銃も出ていた。

その昔、シュパンダウとヴィッカース機銃は作った(そしてどこか行ってしまった)。クレルジェは未組立で棚で仮眠中(熟睡中?)。

ル・ローンは初期のもっと低馬力のものも含め、多数の航空機に搭載された大ベストセラーのフランス製ロータリー・エンジン(マツダのそれではなくて、「エンジン自体が回る」という意味のロータリー)。フランス製なのに、なんで敵国ドイツのDr.Iに載ってるねん、という話だが、これは第一次大戦前にきっちりライセンス契約が結ばれている。もっとも、110馬力の9Jが開発されたのは戦争が始まってからだから、やはり若干のパチモン要素はあるかもしれない。

個人的には、ハセガワは(もちろん国内メーカーだけにある程度以上の質は保持されているものの)「ちょっと信用ならないところがある」印象があるメーカーだが、このル・ローンはそれなりによくできていると思う(と、言い切れるほどル・ローンのエキスパートというわけでもないが)。とはいえ、組立上の一大課題は、張り合わせ式のシリンダーの、細かいフィンの間にしっかり張り合わせラインが出てしまうこと。

ナイフでほじほじというのも間に合わないし、極細のヤスリも入らないので、結局は800番のペーパーを2つ折りにして、その折り目部分を突っ込んでヤスリ掛けをした。

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左写真、左側が作業後、右側が作業前。それなりに目立たないレベルまで消せていると思う。

なお、数日前、この作業をしながら何の気なしにシリンダーの数を数えたら、本来9本あるべきところ、8本しかない! 作業の途中で失くしたのか? それとも、そもそも過去いじっているときに、どこか別の場所に間違えて入れてしまったのか? ……と思って焦ったのだが、しばらくして、自分が座っているすぐ脇の、別の模型箱の上に1つぽつんと立っているのを発見した。

というわけで、めでたく9本に戻った記念撮影が右写真。手前右に転がっているのは、ル・ローンのシリンダーのヤスリ掛けの前に作っていた、SU-100用の増加燃料タンク。「それこそ、パーツを張り合わせるだけだろう!」と言うなかれ。SU用のタンクはちょっと面倒なのだ(という話はまたいずれ)。

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