いきもの

裁判員

●29日月曜日昼前。自宅で、今年初めてのニイニイゼミの声を聴く。

●30日火曜日。「Pokémon GO」にアップデートが入り、約20日ぶりに私のスマホでもログインできるようになった。いそいそと近所の公園のジムに自分のポケモンを配置しに行く。

20200701_230147 ●前回、「用事があって横浜に連日通っている」と書いたのだが、具体的には、横浜地裁での裁判員(より正確には補充裁判員)。なんとかお勤めも終了し、こんな記念品を貰った。

「裁判員バッジ」って……。こんなん付けて歩く人、いるのか?

デザイン的にも、なんだかゲームセンターのコインっぽい。ただしゲームコインほどの大きさはなく、1:35のKVの転輪とほぼ同サイズ(たまたま現在最も手近にある比較対象)。もっともピンバッジとしてはやや大きめ。

デザインは手錠……ではもちろんなくて、二つの輪は裁判官と裁判員が協力して事に当たること、その効果は無限大(∞)であることを示すのだそうだ。またバッジでは銀色だが、カラーだと二つの輪はそれぞれ暖色・寒色のグラデーションで、情熱と冷静を表すのだとか。

裁判員をやる前は「裁判員になったことは言っちゃいけないんだよね?」とボンヤリ思っていたのだが(たぶんそう思っている人も多いだろうが)、実際には、公判中は口外してはいけないものの(関係者が接触してくる可能性がある等々で)、公判が終了してしまえば、審理の過程には守秘義務があるものの、どのような事件の裁判に関わったのかまで含めて話して構わないのだそうだ。むしろ、裁判員制度について広く世間に知ってもらうという点からは積極的に話してください、くらいの感じのようだ。

ちなみに裁判員バッジは、かつては裏に通し番号(と裁判所名?)が刻印されていたらしいが、現在のものにはなく(コスト削減?)、若干「プレミア度」が低い(……ことを惜しいとも思わないが)。いずれ、現在の在庫がはけた段階でバッジの配布そのものがなくなる可能性があり、「その意味では貴重品と言えるかもしれません」と裁判官に言われた。もっとも実際に付けて歩く人はまずいないだろうし、本当に「記念品」以上の意味を持たないので、廃止されて当然な気はする。というか、そもそもこんなものを作ろうと考えた人は明らかに何かズレている(マンホールカードとか貰って喜んでいる私が言うことではないかもしれないが)。

試しに検索してみたら、結構大量にヤフオクとかメルカリとかに出品されていた。まあ、そうなるよね……。

もっとも私は“物”好きな人間なので、一応は引き出しの中に入れて取っておくつもり。で、静岡ホビーショーのピンバッジなどと同様、忘れた頃に何かの弾みで手に取って「そういえばこんなん貰ったなあ」と思い出すことになるのだろうと思う。

●もともと、「今年、裁判員に選ばれる可能性があるから覚悟しといてね~」というような通知が来て、その段階では「どうせこれから何回か抽選があるのだから、選ばれることはないだろう」と軽く考えていたのだが、結局6月半ばには横浜地裁に呼び出され、当日の抽選で(この段階でたぶん30人くらいだったと思う)6人の正規の裁判員、2人の補充裁判員のうちの補充裁判員に大当たりしてしまった。

補充裁判員というのはごく簡単に言うと「ベンチ入りの補欠」で、公判の間、裁判員に(病気や急用などで)欠員が出た場合に代わって裁判員を務める役割。聞いた当初は、「じゃあ、出番が来るまでおとなしく隅っこに座って他の人の話を聞きながら待っていればいいのか」と思っていたのだが(むしろ居眠りしないでいられるかが心配だったが)、実際には最後の評決の際に一票として数えられないだけで、最初から最後まで他の裁判員とほとんど変わらず、評議の過程でも逐一意見を求められた。また、(正規の)裁判員が欠けた場合に代わって務めるというのも、(正規の)裁判員が出られない日/時間だけ、ということではなく、「一度代わったらそのまま最後まで」だそうだ(今回はそんなことにはならなかったが)。

審理において被告人に質問することはできないが、実際には「これまでの審理でどんな点が疑問で、被告人にどんな質問をしたいか」は事前に評議室で皆で話し合っていて、その際に補充裁判員が呈した疑問に関しては、法廷で裁判官が代わって訊ねるので、この点でも大きな差はない(ちなみに法廷では裁判官と裁判員が法壇前列に並んで座っているのに対して、補充裁判員はその後ろに下がった位置に専用の席が用意されている)。

最後の評決には加わらないとは言っても、細かい事項ごとに、「検察の言い分についてはこう思う、被告人の証言はこう思う、この行為についてはこう感じる」などと意見を述べ合っていて、そこに至るまでのある程度のコンセンサス形成に加わっているため、「最終的には何もしていない」といった印象はなかった(また最後の評決の際にも「“選挙管理委員会”をやってくださいね」と票の確認作業を割り振られた)。

もっとも、裁判所のサイトのQ&Aを見ると、補充裁判員に関しては

「1つの事件につき,最大6人まで選任」
「評議で意見を述べることはできませんし(裁判官から意見を求められた場合は可能)」
「審理や評議の進行状況やスケジュールなどを考慮した上で,これ以上職務を行っていただく必要がないと認められる場合には,裁判の途中で解任されることがあります」(今回は評決が終わった後、判決宣告日もきちんと出席した)

と書かれており、補充裁判員がどれだけ関わるかについては(そもそも何人選ばれるかも含めて)、その裁判を担当する裁判官の裁量に任されている部分も多いようだ(今回は補充裁判員にもどっぷり関わってもらう方針の裁判長だったということかもしれない。いや、他は知らんけども)。

ちなみに新型コロナ感染症拡大防止策として、いつもと対応が違っている部分もあれこれあったようで、評議も広い部屋で間隔を離してゆったり座り、法廷でも法壇上は各人の間にアクリルのパーティションが設けられ、全員マスク着用だった。

●選任手続の当日には「選ばれたら面倒くさー」と思っていたし、実際に選ばれて法廷に出たり、審議に参加している間は非常に緊張もしたし気疲れもしたのだが、終わってみれば、よい経験だったのではと思う。

もっともそれは、裁判員裁判の対象が重大犯罪であるとはいえ、今回の裁判は強盗致傷で、殺人等に比べれば事件の経緯も証拠も衝撃の度合いが低く、また被告人自身も起訴事実をすべて認めていて、法廷で争う姿勢がまったくなかったためもあるかもしれない。(実際に選任されてすぐにパンフレットが配られたが)メンタルケアが必要なほどの内容で、しかも審議すべき内容も複雑でなかなかまとめられないようなものであったら、印象も違ってくるかもしれない。考えてみれば、横浜地裁の管轄であれば例の「津久井やまゆり園」で19人が殺された殺傷事件を担当する可能性もあったわけだ(あちらはもう地裁の公判は終わっているが)。

一方で、起訴事実をすべて認めているために求められるのは量刑を決めることだけ(しかも検察官の論告求刑と、弁護人が最終弁論で求めた刑期のあいだにも、それほど顕著な差はなかった)で、「それならもう、裁判官が量刑の“相場”みたいなものに基づいて決めちゃっていいんじゃないの? 裁判員要らないんじゃない?」とも思ったのだが、実際には(前述のように)細かな事項のひとつひとつについて全員の意見を求め、「ではこれについては裁判官・裁判員の考えとして**というふうにまとめたいと思うがどうか」と諮られて進んでいくという具合で、人ひとりの人生を決めるには、やはりこれだけの綿密さと慎重さが必要なんだな、と実感させられた。

……と書くと、なんだか自分でもあまりに優等生的に結んでいるような気もするけれど。

●だいたい朝から夕方まで裁判所に居ることになる。天気が悪くて出るのが億劫なため、裁判所内で売られている弁当で昼食を済ませたこともあったが、昼時に雨が止んでいる時は近くの横浜中華街まで行って、なるべく違う店で肉まん(豚まん)を食べた。本当は「何か美味そうなテイクアウトがあったら裁判所に持って帰って食べようかな」と思っていたのだが、意外に、店先で弁当を売っている店は少なかった。

「横浜中華街でどの店の肉まん/豚まんが美味いのか」というのは昔からの個人的なテーマではあるのだが、きちんとチェックしているわけではないので、どこの店は食べたことがあるかが曖昧になり、今のところ「ここが一番」というのははっきりしていない。せいぜい、「1個500円は高いけれど(その代わり巨大)、やっぱり『江戸清』は納得できる味かな」程度。ほか、今回食べた中では、中華街大通りに面した「同發」のものがオーソドックスながらなかなか。なお、「中華街の肉まんだからどこもそれなりに美味い」ということはなく、中には「これならコスパ的にもファミマの黒豚まんのほうがいいや」と思うものもあったりする。

ちなみに中華街の人通りは、コロナ前と比較すると激減と言っていいくらい減っているように感じた。昼時に中華街大通りがこんなに向こうまで見渡せるなんてなかった気がする。

20200625_123306 20200626_121631

実際には、中華街とは反対の馬車道側に行った方が、ビジネスマン向けの小食堂とか店先での弁当販売などが多かったようだ。最終日には、麻婆豆腐が美味いと裁判員仲間の人に教わった、太田町通りの「三熙(さんき)」という店に行って、「もつ麻婆豆腐定食」を食べた。味は甘いのにがっつり辛く、なかなか好み。しかしセットとしてサンマーメンが付くのは個人的には余計で、その分麻婆豆腐が多いほうがよかったかも(知っていればそういう注文にすればいいだけの話だと思うが)。

20200701_115107

近くで見た案内板。落ち着いて見れば、横浜の「中区」の年金事務所であることがわかるが、ぱっと見では、どうしても「横浜・中年」と読んでしまう。

| | コメント (10)

サヨナラ、ポスト

●用事があって横浜に連日通っているのだが、23日火曜日はその仕事も梅雨空も“中日”だったので、葉山方面に歩きに行く。

行程は、県道311号をずっと歩いて、桜山隧道を通って葉山町へ。長柄から葉山町役場前、大道入り口を経て御用邸前まで。そこから今度は海沿いに引き返して、鐙摺を通って逗子海岸。海岸経由で帰宅。

●ちょっと前に書いたように、現在、私のスマホでは「Pokémon GO」が起動できなくなっていて、外歩きのモチベーションが下がり気味(かといって、健康上歩かないわけにもいかないので歩きに出たわけだが)。

なお、私のスマホはポケモン的には使えないままだが、代わりに神保町の事務所のGさんが、FREETELの予備機を貸してくれた。私のスマホはau系で、FREETELにSIMを移して使うことはできないが(その辺の仕組みは面倒なので略す)、それでも、Wi-Fi経由であればポケモン専用機として使える。

しかしこれがなかなか微妙で、まず

  • 自宅でなら問題なく使える。
  • 神保町の事務所でも、事務所のWi-Fiに問題なく接続できた。
  • 横浜のヨドバシカメラの館内ではなんとか使えた。
  • が、その他、街の中のFree Wi-Fiの場合は「認証できませんでした。もう一度やり直してください」と出てきて、うまく接続できない。火曜日の散歩の際にも、Wi-Fiが使える葉山町立図書館に寄って試してみたがダメだった。

というわけで、現在、借りたFREETELは、ほぼ自宅内ポケモン専用機となっている。

ちなみに、「8月で32bit機のサポートを打ち切る」としたNIANTICの発表に関しては、その後、「終了予定を延期」ということになった模様。しかし、仮に8月で終了ということだとしても、本来は少なくとも7月末まではサポートすべきはずだが、6月初旬に発生した不具合にも関わらず、一向に解決の気配がない。NIANTICの「Pokémon GO」サポートページにおいても、「確認されている不具合」は、6月9日に


Android 5 または 6 の一部の端末では、アプリを起動できない場合がある

不具合内容:Android 5または6の端末をお持ちのトレーナーの中には、ポケモンGOアプリの読み込み画面を完了しても起動ができない場合がある。

ステータス:調査中


と書かれたきりで変化なし。いやまあ、古い低性能スマホの面倒まで、いちいちいつまでも見てられんよ、というのは判るんだけれども、それならそれで「これ以降はサポートをやめる」と言った期限まではしっかりやるか、できないならすっぱり「やめました」と言ってほしい。

●葉山町内には、現役の丸ポストが以前に調べた時点では9基あり、今回の散歩の経路上には、そのうちの6基がある。せっかくなのでついでに現状の写真も撮っておこう……と思ったら、その最後の1基、森戸神社近くのもの(堀内1047)が根石(台座の石)を残してなくなっていた。

20200623_182850 20200623_182908 20180605_155302

3枚目は2年前に撮った、「在りし日の姿」。もともとはポストの後ろの空き地は店があったらしく、その店が閉まった後は表に張られた板がポストの形にくり抜かれ、そこから半分現れる「埋まりポスト」状態で何年か存在していたらしい。2年前に見に行った時にはすでに建物がなかったが、結局はポストも撤去されてしまったらしい。なお、Googleのストリートビューを見ると、少なくとも昨年6月にはまだ存在していたことがわかる。

中の収集袋を立ったまま交換すれば済む角型ポストに比べ、丸ポストは体をかがめて手で郵便物を掻き出さねばならず、郵便局員には余計な不便を強いることになる。さらには手紙/はがきの利用自体が減っており、一方でポストの設置基準は昔よりも厳しくなっているようで、古いポストの消滅圧力はいよいよ増している。減っていくのは致し方ないのだが、それでも、できればできるだけ長く現役でいてほしいと思う。

なお、2年前に葉山の丸ポスト9基をまとめて訪ねた記録は以下。

今回確認した残り5基、

  • 堀内671:風早橋バス停近く
  • 堀内1825:向原交差点
  • 一色1818:セブンイレブン葉山一色店
  • 一色2095:町屋倶楽部前
  • 一色1657:近代美術館近く

は、収集時間に変更があった程度で、ちゃんと現存していた。残るうち、長柄769-1(御霊神社前)と、 一色692-2(葉山大道、HACドラッグ向かい)の2基については、比較的最近視認しているのでまず大丈夫。一色1222(一色小から大道を隔てて反対側の住宅地の中)だけは2年前に見たきり。

●なお、以上のような行程で歩いたのは、葉山のポストの現状確認が第一目的ではなく、葉山町のマンホールカードの題材になっているカラーマンホールが御用邸前の一か所だけにあり、それを見たいと思ったため。

20200623_172144 20200623_172159 20200623_172213 20200623_172331

目的のマンホール蓋はより大きい蓋の中にはまった、いわゆる「親子蓋」形式になっており、さらに隣には同じく親子蓋になった(カラーではない)通常版のマンホール蓋がある。

葉山のマンホールカードについてはこちら

●マンホール蓋を見た後、一色の近代美術館脇から海岸に出たら、砂浜への出口のところで突然目の前からにょろにょろとヘビが逃げ出してビックリ(もちろん、のんびり日向ぼっこでもしていたらしいヘビのほうも、突然人が来てビックリだろうが)。

20200623_174202 20200623_174225 20200623_174225_2

3枚目写真は2枚目の拡大切り出し。柄模様から、「えっ、これって、もしかしたらマムシ?」とも思ったのだが、帰宅してよく調べてみると、コンクリート壁をほとんど垂直に登ることができる能力と、エラの張っていない頭部の形から見て、アオダイショウの幼蛇であるらしい(それなりに大きく、たぶん1mくらいはあったと思うが)。アオダイショウの幼蛇はマムシに似た模様を持つのだそうだ。

●葉山のポストが一基なくなったことをfacebookに書いたら、地元の知人から「逗子の4基は大丈夫?」と聞かれて、ちょっと心配になったので、土曜日に改めて見回りに行ってみた。結論から言うと、とりあえず全部無事。

●逗子の4基のポストを見回ったついでに、最も東の1基のさらに奥の谷戸に足を伸ばしてみる。

以前、facebookの逗子のニュースグループで、「地元民にしかわからない(俗称としての)地名、ランドマーク名」が話題になった。例えば「サリーちゃんち」(名越の山の上にある洋館)や「うんどこ」(第一運動公園)などがその例だが、そうしたなかに「はっしゃば」というのがあった。

それが今回訪れた一角で、具体的な住所は沼間4丁目12、13、15、16あたり。狭い谷戸に沿って、ハシゴ形の道路で区分けされた細長い住宅地で、南側は「ハイツ東逗子」という集合住宅、北側は戸建て住宅が並んでいる。「はっしゃば」とは、なんだか「ハッテンバ」の仲間と誤解されそうな名前だが当然無関係で、海軍の機関銃工場に付随した試射場(「横須賀海軍工廠造兵部 沼間機銃発射場」)だったことによる。

いつも通り、サイト「東京湾要塞」を虎の巻とした。

20200627_154109 20200627_153924 20200627_154058 20200627_154312 20200627_154521 20200627_155007 20200627_155047

最初の1枚は、地区の見取り図。

続く3枚は、谷戸の下手(南側)から、谷戸東側の道を徐々に北に進んでいく途中写真。こちら側はやや道が曲がっているので、途中まで行かないと北端は見通せない。3枚目が北端近くで、突き当りの向こうには、現在はヨコヨコ(横浜横須賀道路)が通っている。

4枚目は北端から折り返し、西側の道路を南に向いて撮ったもの。こちらは東よりも道路が真っすぐで、南端近くまで見通せる。

5枚目は南端にある街区公園。「柚沢」もしくは「柚子沢」が本来の小字名であるらしいが、読みは「ゆずさわ」ではなく「ゆずっさわ」であるらしいことが、公園名に振られたルビで判る。

6枚目も南端近くで見たマンホール蓋。旧海軍水道の水道路(すいどうみち)からはちょっと離れているにもかかわらず、なぜか横須賀市水道局の蓋。元軍用地なので、軍用水道の支線のようなものでもあったのだろうか? いや、浄水施設も介さないで、そんなことってあるのか?

このように、現在では遺構の類は何も残っていないが、当時は、南側に試射を行うための銃座や観測所、弾薬庫などがあり、北端が銃弾を受け止める土手になっていたらしい。現在では、地区の細長さに「なるほど、言われてみればそんな感じだなあ」と思う程度。

Numama01 Numama02

最後に、終戦直後とほぼ現在の空中写真比較。例によって国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。左は終戦間もない1946年2月22日米軍撮影の「USA-M53-A-7-28」、右は2019年6月16日撮影の「CKT20194-C14-60」から切り出した。

| | コメント (4)

スヰートポーヅ

20191017_132803_20200611165501 ●神田神保町すずらん通りの焼き餃子の老舗、「スヰートポーヅ」閉店の知らせを、神保町の事務所のC社長のFBへの書き込みで知って大ショック。

向かいの「キッチン南海」が閉まるのもしばらく前に聞いて、医者に食養生を命じられて以来食べていなかった、あの真っ黒いカツカレーを久しぶりに、最後に一度食べたいなあなどと思っていたのだが(ちなみにキッチン南海は、のれん分けの店が近所に新規開店するらしい)。

写真は昨年10月に食べたスヰートポーヅの餃子定食。味噌汁抜きの餃子増量。それほど頻繁に神保町で飯を食べるわけでもないので、たぶんこれがスヰートポーヅで食べた最後だと思う。

スヰートポーヅの餃子は筒形で両脇が閉じておらず、形の上ではちょっと珍奇だが、味は個性的というよりは「ものすごくほっとする、染み込むような味」。ああ、もう一回食べておきたかった。

●Miniartのサイトに、「T-34/85 w/D-5T. PLANT 112. SPRING 1944.」(No.35290)の新しい写真が追加で掲載されたのだが……。ああっ。リブの多いワッフルじゃないぃぃぃぃっ!

リブの多いワッフルだったら、別売されるまで待って使おうと思ってたのにぃぃぃ! うぬぅ。残念。

●どうも「砲台分」の摂取が不足しているような気がして、月初め、二子山上ノ山に登る。

といっても、砲台のリサーチ的なことはほとんど何もせず、二子山上ノ山からさらにどこかへ足を延ばすこともなく、単に登って降りてきただけ(ただ、行きは中腹の南郷中学までバスに乗ったが、帰りは逗子まで歩いた)。1枚目は登る前、南郷上ノ山公園グラウンド端から見上げた二子山上ノ山(と、山頂脇のKDDIのアンテナ)。1枚目は山頂展望台からの横浜方面の眺望。

20200602_145935 20200602_153039

この時季、三浦アルプス方面の山歩きをすると、木の梢に大量の白い「チョウ」が舞っているのに行き会う。真っ白だし、飛んでいるのは昼間だし、「チョウ」と思ってしまうのは自然なのだが、実際には昼行性のキアシドクガというガで、5月末~6月頭くらいが羽化・婚姻のシーズンであるらしい。ちなみにドクガ科であるのは確かなのでこの名前だが、一生を通じて無毒らしい。

二子山上ノ山山頂展望台脇に大きなエゴノキがあって、これがキアシドクガの食樹のひとつだそうで、この日も数十、もしかしたら三ケタに達するキアシドクガが乱舞していた。

20200602_153726 20200602_153833

先日の三浦アルプス歩きに続いて、途中の道でハンミョウを見つけた。最初、「何か先のほうで飛んだ気がする」くらいしかわからず、ハンミョウかもしれないとソロリソロリと数回往復して、やっと確認。さらに写真を撮るほど近づくまでに数往復した。

20200602_160852 20200602_160929

昨年末にちらりとだけ確認できた、探照灯の台座とされるコンクリート柱を今回も観ようと思ったが、藪に隠れて視認できなかった。やはり藪が薄くなる冬季でないとダメなようだ。

オマケ。南郷上ノ山公園事務所棟に貼ってあった、特殊詐欺被害防止キャンペーンのポスター。……なのは確かだが、詐欺のターゲットであるはずのばーちゃんが、むしろ悪の大魔王みたいなのは、どこか間違っているような気がする。

そしてもう一つは帰りのコンビニで見たPOP。なんとなく勢いに飲まれて「楽しんで」しまいました。

20200602_162716 20200602_170659

●6月6日の晩以来、外歩きの友「Pokémon GO」が起動しなくなってしまった。

アイコンをタップして、最初にメーカーのNIANTICのロゴ画面が出るのだが、そこでストップしてしまってどうにもならない。

NIANTICのサポートにも連絡したのだが、なんとなくテンプレっぽい返事が2回ほど来た後、ようやく昨日になって「不具合であることを確認し、現在修正対応中」との返答が来た。とはいえ、一応不具合と確定したのみで、現時点(11日夕)、まだ復旧の兆しなし。

別に「Pokémon GOのために外出している!」という意識はなかった(と自分では思っていた)のだが、使えなくなってみると出掛けるモチベーションがだいぶ低下していて、「Pokémon GO」がどうこう以前に、「そんなことでいいのかオレ」状態。

●そんなこんなで日曜日から数日家に閉じこもっていたら、足がぱんぱんにむくんで、エコノミークラス症候群で死ぬんじゃないかくらいの状態に。

さすがにこれはまずいと思って昨10日、近所を散歩したら、マダケの竹林の周辺にタケノコがにょきにょき出ていた。よくあるモウソウチクの場合、タケノコの旬は早春だったと思うが、マダケってこんなに遅かったのか……。いや、そういえば採って食べたことがないな、と思い、そもそもどんな状態が「マダケのタケノコの食べ頃」なのかもよく判らなかったが、それなりに柔らかそうなのを選んで数本収穫。さすがにモウソウチクのように地面から頭が覗くかどうかくらいではマダケの大きさでは食べるところがないので、地面から10cmとか15cmとか出ているものを、根元で折り取って持って帰った。

タケノコの採りたてはえぐみが少ないと聞いたので、コメのとぎ汁などは使わず、さっと一度下茹でして湯を替えるだけで料理。日本酒、みりん、出汁昆布で似て、醤油と少々の塩で味付け。名越の大切岸で見つけたサンショウの苗木の若い葉っぱを乗せた。

えぐみもなく柔らかく美味。

20200610_143354 20200610_154908 20200610_185826

これに味を占め、雨が降り出す前にと、今日再び昼前に行って数本収穫。今度は皮付きのままざっくり縦に切れ目を入れて、アルミホイルでくるんでオーブントースターで蒸し焼きに。いい具合に出来たら皮を剥いて岩塩を振って食べた。

20200611_115258 20200611_121810 20200611_122110

調子に乗って3本も食べたら、最後のほうはちょっと苦かった(ただし、えぐいというほどではなかった)。よく見ると、昨日採ったものよりも縦横比が「縦長」傾向になっていたかも。

●ついで。名越の大切岸のイワタバコが見ごろ。昨10日撮影。

20200610_161529 20200610_161617 20200610_161656 20200610_161838

| | コメント (6)

5月30日、逗子海岸

20200530_163211 ●緊急事態宣言が解除されて最初の週末。

30日土曜日、夕方4時半頃の逗子海岸はこんな感じ。

天気がよかったこともあって、それなりの人出。

もちろん宣言解除=危機の収束というわけではなく、それで浮かれて海岸に遊びに出るとはもってのほか、といったような意見もSNS上ではよく目にする。しかし、ぱっと見、個々のグループ同士の距離は離れているし、仮にこれで感染リスクが高まったとしても、それは遊んでいる当事者のリスクなので(もちろん間接的に社会全体の、というのはあるにしても)、個人的にはさほど目くじらを立てる気にはなれない。

●nifty模型フォーラム時代の模型仲間、"たまんちん"ことはるとまん氏から連絡があり、土曜夜9時より、zoomでオンライン飲み会をする。参加者は他にはほちん氏、田一田氏で計4名。

はるとまん氏が横浜に住んでいた頃は、最も頻繁に会う模型仲間だったと思うが、もうかれこれ20年近く前だろうか、彼が京都に引っ越して(というか戻って)からは、すっかりご無沙汰になってしまった。一度彼がこちらに出てきた時に、がらんどうさん、くわっちんと4人で?飲んだのが、もうすでに10年以上前かも。

自宅のデスクトップPCはマイクもカメラも付いていないので、必然的にスマホでつなぐことになる。オンライン会議は2週間ほど前に一度、スマホ&LINEで経験しているが、会議中、10分と持たずに頻繁に熱落ちしたので、今回もかなり不安要素多し。

20200531_123023 とりあえずスマホにzoomをインストール。また、手放しで参加できるよう、当日夜になってから、模型のランナーを利用してスマホ用の簡易スタンドをでっちあげた。……いいんだよ! ちゃんと使えたんだから!

ビール系だと、飲み終わるたびに階下の冷蔵庫に取りに行かないといけなくなるので、常温で飲める安ワインと乾きもののつまみを用意。

熱落ちのリスクをできるだけ低下させようと、直前に再起動して余計なものは立ち上げず、zoomのみ起動。9時ちょうどに設定されたミーティングに入った……のはいいものの、久々のたまんちんの顔は見えるが声は聞こえず。あわててネットで検索して、zoomそれ自体の設定をいじる必要があるらしい、というのは判って、なんだかんだとワタワタ。5分くらいしてようやく音声も繋がる。

以下感想をつらつら。

・先日のLINE会議の時も思ったが、発言のタイミングがかぶったり、やはりコミュニケーション的には円滑とは言い難い。とりあえずは、「お互いの顔を見ることができ、声を聞くことができる状態で酒を飲む」以上ではなく、なかなか脈絡のある話などはしづらい感じ。慣れてくればもうちょっと何とかなるのだろうか?

・スマホで参加の場合、個人表示窓がPC画面に合わせた横長の中にスマホカメラの縦長が入れ子になって、顔も小さくなるし、非常に見づらい。……いや、もしかしたらスマホを横にすればよかったのか?

・LINE会議のときは頻繁に熱落ちしたが、今回のzoomでは一度も落ちず。再起動他の事前準備が良かったのか、単にzoomの動作が軽いのか、そのあたりは不明。

・いくら京都が暑いからって、久しぶりに会うのにいきなり裸で登場するな、はるとまん!

なお、田一田氏より、「赤板先行氏が消息不明」という、非常に気になる(というか心配な)話を聞く。でんでんとあかばんは割と頻繁に会って酒を飲む仲で、私も年に数回それに混ぜてもらう感じなのだが、昨年暮れからまったく連絡が取れていないそうだ。実家とか会社とかの連絡先は判らんし。

●先日「れっつ、きっす、頬寄せて」というのは、フィンランドの「Letkis」の空耳由来の歌詞だと書いたが、考えてみればそんな例は他にもあった。

例えば「ウスクダラ」のヒットで有名なアーサ・キット(Eartha Kitt)の「Sho-Jo-Ji (The Hungry Raccoon)」では、主人公を「腹鼓を打つタヌキ」から「いつも腹ペコのアライグマ」に変えたうえで、日本語の「ま~けるな、ま~けるな」の部分を

"macaron and macaroni ..."(マカロンにマカロニ…)

と、ぴったり語呂を合わせて、食べ物を連呼する歌詞に変えていて秀逸(なお、日本語で「負けるな、負けるな」と歌っている部分もある)。

それ以外にも、この歌はいかにも半世紀以上前っぽい、明らかに中国風が混じったアレンジや、多分に「日本語訛りの英語」を意識した歌い方など、「素敵恥ずかし」さが溢れている。

●31日日曜日。おそらく今年最後のキイチゴ(カジイチゴ)つまみ食い。よく熟していて甘かった。

20200531_182306

これの前に、赤黒く熟した山桜(オオシマザクラか?)のサクランボも試してみたのだが、一本のものはほんのり甘かったもののそれ以上に苦く、もう一本はそれよりは苦くなかったが甘みが足りず酸っぱかった。要するに、好んで食べたいと思うほど美味しくなかった。

●6月1日追記。

アストリッド・キルヒャーが亡くなった(5月12日)というのを数日前に知って、そのことだけでも触れておこうと思いつつも忘れてしまっていた。

アストリッド・キルヒャーはビートルズのデビュー前のベーシスト、スチュアート・サトクリフの婚約者だったドイツ人のカメラマンで、スチュアートが若くして亡くなった後もビートルズとは交流があり、その写真を残している。

たぶん、その名前を最初に知ったのは、ビートルズの最初のマネージャーだったアラン・ウィリアムズが書いた、デビュー前のビートルズの生々しい活動記録の本(邦訳の題名は確か「ビートルズ派手にやれ!」)だったと思うが、訳本の中では「アストリッド・キルヒヘア」と書かれていたようなボンヤリした記憶が。ご冥福を。

| | コメント (8)

キイチゴ三昧

●春の終わりはキイチゴの季節。

近所のキイチゴ類が生えているあたりを見回って、ちまちまとつまみ食いをする。まずはオレンジ色のカジイチゴ。

20200522_131537 20200522_134321

2枚の写真はそれぞえ別の場所で採ったもの。1枚目の写真は昨年大量に収穫した場所のものだが、今年は枝が刈り込まれたこともあって収量はいまひとつ。2枚目もそこからさほど遠くない山すそ。道端のベンチに座ってのんびり楽しんでいたら、近所の方と思しきおばさんが「それ美味しいのよねえ、でも、食べられるって知らない人も多くて、採る人少ないのよ。昔は子供たちがみんな採ったんだけど」とひとしきり話して行った。

実の見た目上はよく似ているモミジイチゴも採って食べたが、写真に撮り忘れた。

●さらに市内某所でクサイチゴを採って食べる。

2年前に三浦アルプスのハイキング途中で見つけて食べたのが最初だが、もっと市街に近いところで群生しているのを見つけたもの。昨年は実を付けているところを見ず、「株がまだ若すぎて実らないのかな?」などと思っていたのだが、今年は結構採れた。しかもかなりの大粒で味も良かった。

20200520_153416 20200520_154412

●そうこうしている間に、緊急事態宣言解除。

さすがにそれですぐに人の多い街に出るのはためらわれるが、人のいない山奥ならOKだろうと、27日水曜日、久々に三浦アルプス方面への山歩きに出かける。春先にクサイチゴの一大群生地を見つけていて、上記以上に食べ放題ができるのではと思うとウズウズしてしまったため。

久しぶりに公共交通機関(バス)に乗って沼間の山の上の住宅地、アーデンヒルからハイキングコースに上がる。五霊神社脇からアーデンヒルに上がる坂の擁壁の上にクサイチゴが実っているのがちらちら見えて(ただしここは手が届かない)、収穫への期待も高まる。

20200527_141427 20200527_143110

ハイキングコースへの上り口の公園端に植わっているヤマモモは、まだ色づいていない実が鈴生り。食べ頃はどれくらい先だろう。半月くらい?

さらに山道の途中でクワの実も見つけて、クサイチゴの前座のつもりで数個つまみ食い。まだ実り始めで完全に赤黒くなりきっておらず、酸味が強いが、これはこれでなかなか。

20200527_150849

そんなふうに、食べる気満々で山道をガシガシ歩いて目的のクサイチゴ群生地(その1、その2)に到着したのだが、どちらも、食べ頃の実はちらほら、程度。熟していない若い実もあまりなかったので、要するに「完全に出遅れ!」という感じ。上のクサイチゴを採って食べたのは1週間前なので、その1週間が勝負の分かれ目だったか。それほど人が通る場所でもないので、ライバルは鳥だろうか。

20200527_161202

結局、合計で10粒も食べられなかったが、せっかくなので、うち3粒は、ヤマザキの「吹雪まんじゅう」を半割にしてトッピング。ベリー系とチョコレート味、ベリー系と餡子は鉄板組み合わせだと思うが、昨年はビターチョコレート味の「クリーム玄米ブラン」に載せるのを試したので、今年はこの組み合わせで行こうと用意して行ったもの。美味しかったけれど、チョコ味のほうが合うかな……。

●山道の途中でハンミョウに数度出会った。

天気が良く気温が高いせいもあってか非常に活発で、最初会った数匹は、きちんと写真を撮るほど近寄ることもできなかった。

「ミチオシエ」の別名通り、山道を先へ先へと小刻みに飛ぶことが多い、とされるハンミョウだが、うち2匹は手の届かない木の葉に飛び上がってしまった。

が、4、5匹目で、ようやく「ちっ、しょうがねぇな。撮らせてやるぜ」みたいな大らかなヤツに遭遇。かなり長時間、「撮影会」に付き合ってもらうことができた。

20200527_151558 20200527_151626 20200527_151645 20200527_151704 20200527_151716 20200527_151736 20200527_151807 20200527_151845

ベアなスマホのソフト的なズームだけなので、物理的に十数センチくらいまで近寄らないと、なかなか画面いっぱいで撮ることはできない。

●ほか、ここ最近近所で見かけた虫など。

20200508_151653 20200508_151840 20200508_152030 20200522_125429 20200524_143758 20200524_171034 20200524_141427 20200524_174455

1枚目:小さなダイミョウキマダラハナバチ。ハナバチにしては珍しい「ポンキュッポン」な体形。より獰猛なハチへの擬態?
2枚目:コチャバネセセリ。光の当たり具合では翅がキンキラと綺麗なのだが、地味にしか撮れなくてちょっと残念。
3枚目:使い込んだ革製品のような色つやが素敵なヤツボシハナカミキリ。どこが「八つ星」なのかよく判らず。
4枚目:この季節限定のコマルハナバチのオス。
5枚目:ハチのようによく飛び回るヒメトラハナムグリ。
6枚目:ハナダイコンにいたナガメ。
7枚目:これもこの季節の常連のラミーカミキリ。
8枚目:いつ見ても深紅が素敵なベニカミキリ。今年の目撃2匹目。

20200529_182555 ●近所のスーパーに、

「新型コロナウイルスの感染拡大防止にともない云々」

という張り紙があり、それって、

「新型コロナウイルスの感染拡大にともない」 あるいは 「新型コロナウイルスの感染拡大防止のため」

と書くべきなんじゃないだろうか――と思いつつも、なぜそう思うのかをきっちり自分で説明できず、ちょっとモヤモヤする。


追記(5月28日)若干の推論。「(に)ともない」の用法は、「"何らかの原因、きっかけ"にともない、"ある結果や対処が"生起される」というものなので、「にともない」の前に、すでに対処の一部が含まれていることが違和感に繋がっている。 ――と考えたんですが、どうですかね。

追記2(5月29日)。さらに若干の考察。

「新型コロナウイルスの感染拡大防止にともない」は変(私の感覚では)。

「新型コロナウイルスの感染拡大にともない」はOK。

「新型コロナウイルス感染症にともない」は変。

「新型コロナウイルス感染症拡大の防止策強化にともない」はOK……かな?

「新型コロナウイルス感染症拡大の防止策強化方針にともない」はちょっと変(~方針に従い、ならOK)。

 ***

「梅雨前線の活発化にともない大雨の恐れ」はOK。

「梅雨前線にともない大雨の恐れ」は、何かちょっと変(言葉足らずな印象)。

これらから考えるに、「(に)ともない」の前に来る言葉は、先の推論にあるように「何らかの原因、きっかけ」であるだけでなく、現在進行形の変化する事象であるのが据わりがいい(だからこそ、「伴う(一緒について動く)」という言葉がしっくりくる)、ということになる。

 

| | コメント (3)

オチキス天国、もしくはオチキス地獄

me20さんのところで、着々とオチキス製作記が進んでいて楽しい。

それに関して、私のところでもピットロード/トランぺッターのキットと、ブロンコのキットを引っ張り出して車体の比較などしていたのだが、どうせならエレールの車体も比べてみたいと思い始め、押入れの中をごそごそと捜索。

エレールのオチキスはその昔にH35として1輌作ったが、それ以外に未組立のストックも、グンゼ版のものが1つ(あるいは2つ)あったはず。……と思ったら、エレール/ハンブロール版の箱のものが出てきた。あ~。そういえばこれも持ってたんだっけ。

20200517_023125 と感慨に浸る間もなく、その箱と重なって、ピットロード/トランぺッターのオチキスがもう一箱出てきた。このところ手元に置いてブロンコと比べていたのは短砲身の(キット名称)「オチキスH38軽戦車」。新たに出てきたのは長砲身の「オチキスH39 重ロケットランチャー40型装備型」。ええっ。オレこんなのまで持ってたっけ!?

今にして思えば「どうしてくれようホトトギス」的に持て余すトホホなキットだが、きっと出たときには「わーい、おちきすのあたらしいきっとだぁ~」と舞い上がって買っちゃったんだろうな……。

右写真のキットのほかに、上記のように、グンゼ版エレールのキットが1つ(あるいは2つ)どこかにある。また、APX R砲塔比較レポートで使用したこげ茶のプラ色のエレールの砲塔は、旧版のエレールのルノーもしくはオチキスのキットのもののはず。これの車体はいったいどこにあるんだろう。自分のことながら、ちょっと背筋が寒くなってきた。

なお、そのうちもうちょっとまともな比較検証もしてみたいところだが、とりあえず、エレールの車体とトラペの車体を比べたところ、部品分割に関しては全く異なるものの、全体のアウトラインは非常に似通っていた。特に車体上部の後姿は、予備転輪ホルダーに隠れる上下結合ボルト溝が省略されているところまでそっくり同じ。なんだかもう。

ついでに(これはまた全然別のキットの箱から)、Vanatorul de care R-35製作時に“食い散らかし”た、ON THE MARK MODELのルノーR35/オチキスH35用のエッチングの残りが出てきた。未使用のもう1セットと、オチキス用尾橇セットは、トラペのH38のキットの箱に一緒にしまってあったもの。

20200517_031527 20200517_023344

これらエッチングは、確かエレールしかなかった時代に買ったもの。ON THE MARKのエッチングは一見なかなか繊細に見えるが、実際には使えるパーツはあまり多くない(泣)。尾橇セットはそれなりに出来が良いように見えるが、トラペのキット、ブロンコのキットともに尾橇はプラパーツが入っていて、そこそこ薄く仕上がっているので、いまさら面倒な思いをしてエッチングは組まないかもしれない。とほほほ。

●トリビア(以前にも書いたかもしれない)。

よく、「文房具のホチキス(一般名称で言えばステープラー)は、軍需メーカーであるオチキス社(の係累?)が機関銃の装弾機構を参考に作発明した」と言われるが、これは俗説で、アメリカの(文房具の)ホチキス社と、フランスの(軍需メーカーの)オチキス社は創業者が親戚である可能性はあるものの(オチキス社の創業者は米系)、直接の関係を示す証拠は何も残っていないそうだ。

●ルノーR35およびオチキスH35~39搭載のAPX R砲塔について。

3Dプリント製品であるETS35のAPX R砲塔をセータ☆さんがお持ちだとのことで、「タテヨコの寸法を教えて!」とお願いしてあったのだが、予想の斜め上を超えるような回答が。詳しくは先の「APX R砲塔」の記事への追記、あるいは直接セータ☆さんによるレポートをどうぞ。

●以前にも紹介したことがある「マルハナバチ国勢調査」は、東北大学、山形大学の研究グループが中心となって行っている市民参加型のマルハナバチ類の分布調査。全国から、一般の人が撮ったマルハナバチの写真を位置情報付きで投稿してもらい、それを蓄積して分析・研究に役立てるもの(実を言うと私は最近、写真は撮るものの投稿はさぼっていて申し訳ない限り)。

そのマルハナバチ国勢調査の事務局からメールが来て、このほど、「マルハナバチ国勢調査」と「日本送粉サービス研究会」の協力により、「野生マルハナバチパンフレット」が作成された由。これまで送られてきたマルハナバチやその他ハナバチの写真からもいくつか使われているというので見てみたら、私が何年か前に近所で撮ったハキリバチの写真が採用されていた。縦横比から見て、まだ富士通のセパレート式の携帯を使っていた頃の写真。特にクレジットなど表示されるわけでもないが、何だかちょっと嬉しい。

パンフレット(第一版)は、「日本送粉サービス研究会」のこのページからPDFをダウンロードできる。また、使われた写真はこちら。

F1015933

写真の出来自体は「下手な鉄砲も数打てば」の結果でしかないが(しかもよく見るとピントが微妙に合っていない)、今見てもお腹にたっぷりとため込んだ花粉がなかなか可愛い。

それにしても、「マルハナバチ国勢調査」とセットになっていたから判るものの、「日本送粉サービス研究会」って、単独で聞いたら何の団体やら判らないな……。

●何かの模型を作るとき、そのディテールを知りたいと思ったら、現在は(車種・機種にもよるが)ネットで検索すれば、かなり豊富にwalkaround写真を集めることができたりする。その昔、「くぁ~っ、そうそう、この角度から撮った写真が見たかったんだよ!」と、たった1、2枚の写真のためだけに洋書を買ったりしたことがあることを思えば、まさに隔世の感がある。

もちろん、その特定の車種・機種名でも検索するが、それと合わせて、ある程度以上のwalkaround写真のライブラリが揃っているサイトとして、特に以下のあたりを探してみることも多い。

primeportal
SVSM
DishModels
LEGION AFV
SCALEMODELS WALKAROUNDS.ru

今回、オチキスに関して、それらに出ている以上の何かいい写真がないかしらん、と、あれこれ検索して漁っていて、以下のサイトにたどり着いた。

SCALENEWS Walkarounds

実を言うと、お目当てのオチキスの写真は少なかったのだが(それでも他にない写真があった)、たまげたのは、第二次大戦初頭にオランダ軍が使ったランズヴェルクL180(M38)装甲車の写真が348枚もストックされていたこと。この車種は、おそらく同一車輛と思われるもののレストア時の写真などもネットに上がっていて、また、wikimedia commonsにも結構写真があるのだが、それにしても約350枚はスゴイ。各部のヒンジとか留め具とかのクローズアップも多くて、オナカイッパイな感じ。

その昔、スコドロの「BLITZKRIEG」で知った時には、兄弟車輛のM36含め、いつかどちらかを作ってみたいと思ったものだが、ここまで詳細に資料があると、逆に軽い気持ちでスクラッチなど始められない感じ。

ちなみに、「T-28 walkaround」として150枚余りの写真が収められているが、これはもともとSA-Kuva(フィンランド軍写真アーカイブ)から持ってきたもので、T-28をフィンランドでバラしたパーツ写真集。いや、それwalkaroundって言うのか?

●ソ連時代の喜劇映画監督として有名であるらしい(映画にはほとんど詳しくない)レオニード・ガイダイという人がいるのだが、その名前が出てくるロシア語のページをGoogle翻訳に掛けたら「獅子座外大」と訳されてしまった。逆になんかスゴイ。

| | コメント (4)

披露山のタヌキ

●当「かばぶ」で披露山といえば、もっぱら高角砲台の話なのだが、今回は別。

夕方、ちょっと散歩に出たら、山頂からちょっと下った、披露山庭園住宅入り口あたりでタヌキに遭遇した(ちなみに山頂の公園は現在閉鎖中)。

最初は「アライグマ?」と思ったりしたのだが、帰宅してネットで見分け方を検索しつつ(これがなかなか覚えられない)画像を確認して、タヌキと判明。ポイントは脚と肩が黒いこと、シッポがシマシマでないこと。

「道渡りたいんけどなあ。あっちで何か構えて立っとるヤツおるしなー。どないしょかなー。あー、向こうからも人来たし。やめとこ」

みたいな。

昨年末、逗子ヘルスケア前で遭遇したタヌキと同じ個体かも。

me20さんのオチキス製作記事のスタートに触発されて、各社の砲塔比較を改めてアップしただけでなく、ややオチキス熱上がり中。いや、バレンタインも工作終盤だし、今手は出さないけれども。

そんなこんなで、ずいぶん昔にオチキスの「ノーズ部分」のメーカーロゴについて調べた旧HP「河馬之巣」の小記事が、埋もれたままになっているのを思い出し、当「かばぶ」のウェブページ記事として復活させることにした。

とりあえず、最初はほとんど旧記事のままコピーしてアップ、保存したのだが、改めて読み返すと間違いや気になるところもあったりして、結局、「chars-francais.net」掲載の写真をもう一度ひっくり返して見た。

というわけで、今回内容にちょっと改訂を加えた記事はこちら。

フランス軍軽戦車オチキスH35~39のメーカー名ロゴについて

特に原稿中、Type 4として分類しているものについては、図も説明も書き替えた。鋳造メーカーのものと思われる三角ロゴマークについては、「chars-francais.net」にある当時の写真では詳細が判らなかったが、クビンカ所蔵の現存車輛でロゴマークの詳細が判明。

中の文字はAPO、もしかしたら最初のAは別メーカーのFAPSの中にも含まれる「aciéries(製鉄所)」の頭文字ではないかとアタリを付け、「france acieries APO」で検索したら、何となくそれらしい「Aciéries de Paris et d’Outreau」というのがヒット。さらに、このページで、探しているのと同じ三角ロゴマークが描かれた貨車の写真を見つけて、まさにこの会社だと確定させることができた。

ちなみにルノーR35では、戦闘室の横のところ(砲塔のすぐ脇)に、また別の菱形のロゴが鋳込まれているものがある(たとえばソミュール所蔵の長砲身型のほう)。

| | コメント (7)

プクサキナはヒンナを捧げるに値するか

20200426_214219 ●有名な猛毒のトリカブトにとことん似ている山菜、ニリンソウを葉山の山中で見つけて試しに食べてみた話は以前に書いた

この時は単純に茹でて胡麻ドレッシングで食べて、「命賭けてまで食べるもんじゃないかな」という暫定的結論に達したのだが、その後、マンガ「ゴールデンカムイ」の登場人物アシリパさんが「肉の味を何倍にもする」と絶賛しているのを(改めて)知って、もう一度採りに行き、その後約1か月間、吊るして干しておいた(画像は野田サトル「ゴールデンカムイ」(集英社)第7巻より)。

その間、生乾きの時に、なんだか癖のある、とても美味しそうとは思えない匂いがしていたりなどして、だいぶ効能には懐疑的になっていたのだが、かといって試さずに捨てるのももったいなく、意を決して食べてみることにした。

●というわけで、作ってみました。

豚肉とプクサキナのオハウ。ノビル入り。

20200426_190758

そもそも豚肉を使って、しかもそれを一度ごま油で炒めている時点でアイヌ料理とは言い難い気がするが、いいんだよ! 一応汁物(オハウ)なのは間違いないんだから! 味付けに味噌を入れることも考えたのだが、とにかく今回は肉とニリンソウ(プクサキナ)の相性を知るのが目的なので、単純に塩味(ほんの少し醤油)とした。

作った総量は上の写真の2倍ちょっとくらいだが、もちろん一人で全部食べた。

結論から言うと、一口食べて感極まって「ヒンナヒンナ!」(食事への感謝の言葉)を叫ぶほど美味しいとは思えず、また、煮たことによって先の独特のにおいが復活してきた(かみさんに、「すごいにおいがする!」と顔をしかめられた)。もちろん、自然の恵みを頂いている、という点でいえば、何はともあれヒンナは言わねばならないのだけれども。

とはいえ、不味いのかといえばそうでもなく、多少の癖のある匂いを我慢すれば、味はそこそこ。特に具を食べた後の(ちょっと緑茶っぽい見た目の)スープは、いい出汁が出てかなり美味だった。

う~ん。きっちりアイヌ風に、一度煮てから干したらもっと美味しくなるのかなあ……。

とりあえず、食べてから数時間たって呼吸困難も何も起こしていないので、少なくともトリカブトの混入はなかった模様。

●コロナ禍による「包囲網」はますます狭まっている感じで、日常の散歩コースの一つである披露山公園が閉鎖になってしまった。

非常事態宣言発令後、逗子海岸を含め、湘南の海岸にむしろ人があふれかえったことに対し、自治体より海岸への来訪自粛要請が出たが、そこから今度は近隣の公園に人が流れることを想定して、予め手を打ったということかと思う(ちょっと前に披露山公園に行った際には、いつも通り、それほど人がいるということもなかったので)。

●ずしのむし。

本日、ちょっと散歩に行こうと家をでたところで、玄関先でベニカミキリに遭遇。逗子では「ものすごく珍しい」というほどでもないが、この深い紅色と黒のコントラストは、出会うとちょっと得した気分になれるほど美しい。もう一枚は、ここ1、2週でちらほら目にするようになったアオスジアゲハ。

20200426_164345 20200425_141949

●ご時勢とは何の関係もないヒマ話。

「ガールズ&パンツァー」最終章のなかで、フランス戦車を使う学校の生徒たちが、フランスの俗謡「玉ねぎの歌」というのを歌っている(youtubeあたりにも上がっている)。これは有名な「クラリネットをこわしちゃった」の元歌であるらしく、特に「おーぱっきゃまらーどぱっきゃまらーど……」の部分は同一。

で、この「おーぱっきゃまらーど」が、フランス語の綴りでは「au pas, camarade」(いざ進まん戦友よ)だ、というのを今頃知った。単なる掛け声とか合いの手みたいなもんかと思ってたよ……。camaradeは英語だとcomrade、ドイツ語だとKamerade(「パンツァーリート」に出てくるKameraden(カメラーデン)は複数形)。

| | コメント (8)

「ネットに書いてあったから本当です!」

●って、MMRで初春さんも言ってたけれども、なんでこう、裏の取れない噂に乗る人が多いんだか。

(先日も書いたように)特にネット上のウワサ系のネタ拾いをしているわけではない私のところにも、無責任な噂話とか「**が効く」とか「**では**だったそうだ」的な話がしばしば伝わってくる。

この際、対抗して、「岩手県で感染者が出ていない(4/24時点)のは南部せんべいが新型コロナウイルスに効くからだ」とか「わんこそば(岩手)と割子そば(島根)が有効で、その2つの中ではわんこそばがより効果的」という虚報を流してやろうかなどとも思ったが、まかり間違って信じる人が出るといけないのでやめた。

「新型コロナウイルスはC国の謀略」とか「C国開発の生物兵器が事故で漏出した」とかの陰謀論を本気で声高に主張している人もいて、そんなのに比べれば、南部せんべい有効説は内需振興に役立つ分、まだいいと思うけれど(なお、数日前にフランスの高名な科学者が「ウイルス中国発祥説/人工説」をテレビで発言したとかで、またひとしきりこの手の人たちが活気づいた様子)。

なお、ネットで飛び交う噂に関しては、ある程度の検証をきちんと添えて列記してくれている以下のサイトがなかなか役に立つ、と思う。

・新型コロナウイルス特設サイト/ファクトチェック・イニシアティブ

また、例のクルーズ船における防疫体制に関する苦言で注目を浴びた神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎氏のブログは、「うわー、いつもながら容赦ないなー」と思いつつ、つい読んでしまう。

・楽園はこちら側

それにしても、空間情報に関わる仕事のなかで、以前から今日のパンデミックの危険性についての話は聞いてはいたのだが、実際にそれが起きてみると、自分自身の中に「うん、パンデミックが起きちゃったら大変だ」以上の意識の備えが何にもなかったことに気付かされる。

とりあえず、現時点では身近に直接の感染被害は出ていないものの、重症化リスクの高い家人もいるので、それなりに不安は大きい。

●新型コロナの流行で、伝染病関連の有名な著作が改めて注目されているとか何とか。デフォーの「ペスト」は、数年前に(たまたま気が向いて)読み直したばかり。むしろ、ハヤカワSFの「ドゥームズディ・ブック」(コニー・ウィリス)を読み直したい気がするが、本がどこにあるやら不明。

●とにかくあれよあれよという間に、まるで対岸の火事のように見ていた新型コロナ禍は身近に押し寄せ、個人的に何かをどうかするというわけではないが(というよりも、何もしようがないし、してはいけないというのが問題なわけだが)オタオタしていて当ブログも開店休業状態に。

「三密はダメ」と言われているので、この際、「精密・緻密・綿密」を排して何か模型をバタバタと組んでみるかなー、なんて思ったりしたが、そのための都合のよいネタを特に思いつかなかったりする。ちゃんと作ろうと思っていたキットをそのために潰すのも何か違うし。なお、「では普段の私は(志はどうあれ)ちゃんと精密・緻密・綿密に作れているのか」というのはまた別の問題。

●そんなこんなで、模型製作に関しても低調。

T-34-85は予備燃料タンクの工作でストップ中。

ここまで事態が深刻化する前、先月末に駆け込み的に入手したタミヤのルノーR35は、キットチェックに毛の生えた程度にいじって、これも現在は休止中。

なお、模型を(ある程度手を入れて)作ろうとする場合、資料と対照しながら「どうなっている?どう作ろう?」と考えつつ作るのと、ひたすら面倒くさい工作を重ねるのとの2方向がある気がする(もちろんその合成ベクトルもあるし、そのどちらでもなく、単純に説明書の手順に則って淡々と組んでいくというのもある)。

昨今の状況下で、なんとなく精神的にも浮足立ってしまったこともあって、今はなんとなく、難しいことは考えずにひたすら手だけ動かし、面倒な作業の消化をしたい気分。

というわけで、久しぶりに(発売直後に買ってきて、ちょっとだけいじって仕舞い込んでいた)バレンタインを取り出してきた。転輪の形状修正が面倒臭くてお蔵入りになっていたもので、その転輪工作を始めてみた(詳細はまたいずれ)。今見てみたら、バレンタインをいじっていた最後の記事はもう3年も前だった。

●本日(24日)のローカル・ニュース。

カナロコ(神奈川新聞のニュース・サイト)によれば、小坪4丁目の海岸付近でがけ崩れがあり、男性1名が死亡。

もともとはfacebookの逗子のニュースグループでの書き込みで知ったのだが、「え?どこで?」と思って上記記事ページを開いてみたら、先日横穴のレポートをした場所だった。かみさんにその話をしたら、「なんでそう余計なことを」的にえらく怒られた。今さらながらひやひや。

●昼間はなるべく街に出ず、日のあるうちに出る時にはごく近所か、人のいない山の方へ。

例によって、アケビの芽を採ったり、イタドリを採ったり、ノビルを採ったり。

20200407_182350

上はとある日の収穫。左がアケビの芽、上がイタドリ、下がノビル。

20200405_191513 20200408_191206 20200416_191500 20200416_191726

今月初めには、一度だけだが、ハリギリの芽も採ってきて、かみさんに天ぷらにしてもらって食べた。美味(写真1枚目)。

2枚目は浅く塩漬けにしたノビルと、イタドリのピリ辛メンマ風。3,4枚目はアケビの芽。辛子マヨネーズとか、わさび醤油とか、胡麻ドレッシングとか、割と何でも美味しいが、個人的にはやはり溶き卵でアケビの芽山盛りの卵ご飯にして食べるのが一番「幸せ」な感じ。

●すでにツツジが咲き始めているのに、マルハナバチを見ないなあ……。去年はとうとう、一年を通して一回もトラマルハナバチを見なかった。実は新型コロナとマルハナバチには何かの関係が……。などなど、陰謀論者をどうこう言えないような妄想を抱きかけていたのだが、数日前から、無事コマルハナバチを見かけるようになった。

左写真、右の個体は3センチほどもある巨大なもので、おそらく活動し始めの女王バチ。右写真はオマケ。とっても猫背なのが可愛いヒゲナガハナバチ(オス)。

20200418_171744 20200423_152701

なお、トラマルハナバチは今年もまだ目撃できていない。

●とりとめのない話ばかりだけれども、何年かしてから、あの時は何してたっけ、などと思うこともあるかもしれないので、とりあえず。

| | コメント (4)

畠山高角砲台

●「こりゃもう、二度は採って食わないな」と思ったニリンソウだが、前回書いたように、改めて調べると、一度乾燥させてオハウ(アイヌ料理の汁物)に入れると美味いらしい。「肉の味が倍になる」というアシリパさんの言だけでなく、それを頼りに実際に料理したというネット上のいくつかの記事でも「ヒンナ、ヒンナ!(おいしい)」と絶賛されていて、「これはもう一度試してみねばなるまい」と思った次第。

そう思うと我慢できず、どうやら今度の週末以降しばらく天気も悪いらしいので、「じゃあ、休みを前倒しにしよう」と、仕事をサボる勝手な言い訳を(自分自身に)しつつ、25日水曜日、もう一度三浦アルプスに出向く。

特に迷うこともなく、目当ての場所に到達。とはいっても、たった数日前に行った場所にたどり着けないようなら、それはそれでヤバイ。

白い花が咲いていて形態にブレのない群生のなかから、葉柄を根元までたどって慎重に収穫。それはそれとして、前回……。

20200321_161625

上写真に写っているなかで左上に写っている、やや葉がとがり加減のものはトリカブト、と書いたのだが、今回改めて同じ場所を見たら、それらの株のいくつかからニリンソウのつぼみが出ていた。実際には、

20200321_161625s

青丸でくくったあたりはニリンソウで、赤丸でくくったものがトリカブトであるようだ。いいんだよ!毒を安全と間違えなければ、安全を毒と間違うのはセーフなんだよ!

20200325_191416

そんなこんなで、収穫してきたのが上左。現在はタコ糸で茎を縛って、ドライフラワー風に吊るして乾燥中。右はついでに採ってきたアケビの芽。

なお、乾燥についてはネット上の“食レポ”でただ単に干すと書かれていたので上のようにしたのだが、その後さらに調べると、アイヌの古老の話として「一度茹でてから干す」のが正統な手順であるらしいことが判明。この次はそうしよう……(←すでに次がある前提)。

なお、この手の発見は続くもので、いちいち葉山の外れまで採りに行かなくても、もっと近場で群生している場所を見つけてしまった。うん。コロナに倒れるくらいなら、その前にニリンソウを食おう。

●せっかく山に登って、数日前とまったく同じ道を歩くのも面白みがないので、乳頭山下から東にそれて、畠山に向かう。

前回(初めて)登った時には、その畠山も海軍の高角砲台跡であると知らず、まったく遺構のチェックなどもしなかったので、改めて確かめてみたいと思っていた。

前回登ったのは一昨年の5月末。今回も尾根伝いに東京湾要塞地帯標を一四号、一三号、一二号とカウントダウンしながら歩く。

20200325_150532 20200325_150542 20200325_152807 20200325_154231

1、2枚目はどちらも一四号。ちなみに、一四号、一三号は尾根道の鞍部(窪んだ部分)にあって分岐点にもなっているので道案内の標識と隣り合わせ。一二号は畠山の一つ手前のピークにある。なお、一昨年の記事で、参考として「東京湾要塞」の地帯標のページにリンクを張ったが、当時はYahoo!ジオシティーズにサイトが置かれていて、すでにリンク切れになっているので、改めて張っておく(とはいっても、軍事遺構の記事では何度となくリンクを張っていて、最近のものはすでに新しいものに変わっているはず)。

●一二号を過ぎてさらに歩くと、細い尾根道が、砲台道と思われるそれなりの道幅でとても人工臭がする道に突き当たる。最初に畠山に行ったときは、「え? なんでこんなにマトモな道が?」と思ったのだが、砲台道であると判ると納得がいく。

20200325_155700 20200325_155813 20200325_155836 20200325_155951

1枚目は、要塞地帯標のある尾根道から見た砲台道への合流地点。道の向かい側に案内標識が立っている。標識は「← 塚山公園 1.5km」「畠山 0.1km →」。

2枚目は、合流地点から砲台道をやや下ったところから振り返って撮ったもの。標識には、先ほどはちょうど撮影方向で見えなかった尾根道方向を指しているものが見えている。内容は「乳頭山 1.2km →」。写真中央に細く続くのが山頂広場への道。砲台道の常として、ゆるい傾斜で山頂広場を巻くように進む(といってもこの辺りはまっすぐに近い)。

3、4枚目はその山頂広場への途中。現在は下草や灌木が茂って人が通る部分は踏み分け道程度になってしまっているが、本来の道幅は自動車が通れるくらい(機械化が遅れていた日本軍のことなので、実際に資材を自動車で運んでいたかどうかは判らないが)であることがなんとなく見て取れる。

●そして、歩くことわずかで山頂広場に着く。

まずは恒例、終戦直後の米軍による空撮(1946年2月15日、USA-M46-A-7-2-105からの切り出し)。国土地理院の地理空間情報ライブラリー、「地図・空中写真閲覧サービス」より。

Usam46a72105k

これを見ると、山頂に4基の砲座が円弧状に並んでいるが、実際には(いつもの国立公文書館アジア歴史資料センター所蔵の「砲術科兵器目録 横須賀海軍警備隊」によれば)、終戦時に配備されていたのは一二糎高角砲(単装)3門のみであったようだ。

円弧状に砲座が並んでいるのは、管制上の理由でか、他の砲台でもよく見られる配置だが、特にこの畠山の場合は、実際の地形図と対照すると山の頂部そのものが円弧状になっているためというのが大きそう。

そして現況。

20200325_160227 20200325_160504_burst01

1枚目は、山頂広場に到着したあたりから北(北東?)方向を撮ったもの。2枚目はそのまま端近くまで歩いて、振り返って撮ったもの。1枚目では中央やや右側(わかりづらい)、2枚目では中央左側に、この山頂広場のヌシ的な石仏(馬頭観音)が写っている。その正面からの写真がこちら(一昨年も同様の写真を上げたが)。

20200325_160333

てっぺんに誰かの忘れ物の手袋。

とりあえず、上写真でもわかるように、現状の山頂広場は周囲が木に囲まれて見通しが悪く、そもそも山頂の平らな部分がどこからどこまであるのか、というのもよく判らない。

配備されたのが一二糎単装高角砲だということもあり、砲座は武山(砲台山)や小坪(披露山)、衣笠のようなベトン製の堅固なものではなく、二子山同様の土盛り/直掘りであったようで、さらに当時の様子が伺いづらくなっている。

上の1枚目写真の左奥方向(2枚目写真の右さらに後ろ方向)の藪の奥を覗くと、緩やかに窪んだ場所があり、もしかしたらこれが砲座あとの一つなのではないか、と思われる。

20200325_160815

もっとも、実際に三次元で(自分の目で)見て、やっと「窪んでるなあ」と判る程度なので、写真で二次元にしてしまうと窪んでいるかどうかも、スケール感もよく判らない。ただの藪の写真で申し訳なし。

そしてもう一枚は、山頂への入り口付近に戻って、そのすぐ脇の藪のなか(上の全景写真1枚目でいうと、すぐ左手)。こちらにはもっと深い窪地があった。

20200325_160936

これは写真に撮っても窪地であるのが判る。とはいっても、上の米軍空撮を見ると、砲台道からの“とっつき”すぐ脇に砲座はなく、むしろ山頂広場の逆側の縁にある感じ。どうもよく判らない。

二子山の場合、探照灯の台座かとされるコンクリート製の構造物などあるが、こちらはそれらも確認できるものはなく、とにかく「言われてみなけりゃ何も判らん」状態と言える。

なお、いつもの通り参考資料は以下の2サイト。

前者の場合、私よりもだいぶマシな遺構確認ができているが、実際には「う~ん。そんなのどこに隠れてるのかなあ」状態。

| | コメント (2)

より以前の記事一覧