いきもの

東京湾要塞

●先日、披露山庭園住宅入口の庚申塔の話をしたが、同様に、ポケモンgoの「ポケストップ」に選定されている、なかなかマニアックな小ランドマークについて。

横須賀線に乗っていて、北鎌倉駅で、何気なくポケストップの表示を開いてみると、「東京湾要塞第二区地帯標」なる石柱が出てきた。

そんなわけで、数日前、散歩の足を延ばして亀が谷坂を越えて北鎌倉まで歩いてみた。目当ての石柱はまさに駅の目と鼻の先。駅前の信号を渡った向かいにある。

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花崗岩製の四角柱で、上端はごく浅いピラミッド型。

正面:東京湾要塞第二区地帯標
右面:第四五号
左面:昭和十六年七月二十日建設
裏面:海軍省

「東京湾要塞第*区」というのは、おそらくセキュリティ上のランク設定のための区域指定で、実際の(東京湾防衛のための)要塞設備からの距離により、第一区~第三区まで設定されたらしい。水道路の標石ほかでさんざん参考にさせていただいた「東京湾要塞」のサイトに詳しい。要塞地帯標そのもののページはこちら。それによれば、「第二区」は(昭和15年の最終改訂で)防衛設備から5000m以内だそうだ。ちなみに、北鎌倉駅前から横須賀方面に線を伸ばすと、軍港ではなく、池子弾薬庫跡地あたりでちょうど5kmとなる。もちろん、この標石の位置が動いていないとした場合だが。

改めて前記のページを見て思い出したのだが、しばらく前に、みやまえさんが同じシリーズの標石の写真を、御自分のところの掲示板にアップしていたのだった。teacupの掲示板のURLの振り方がどういうシステムになっているか判らないが、とりあえず現時点ではここ)。

みやまえさんの写真の標石は先のページで言うと7番で、横須賀市武にあるもの。半分埋まっているので見えないが、おそらく「第一区」、しかもおそらく続き番号で建てられている標石の「第一号」。そのうち見に行きたいような気も。

●先のページによれば、もっとご近所にもう一本「東京湾要塞第*区」の標石がある。その脇を普段から比較的よく通るにも関わらず気が付かなかった。というわけで、そちらも改めて訪ねてみた。

場所は、鎌倉・材木座のぎりぎり小坪寄り。光明寺前の道が、逗子マリーナ方面(小坪海岸トンネル)、姥子台方面に分岐する三角地の角の先にある。

植え込みの中にあるうえ、半ば埋まっていて、これはさすがに傍を通っても気付かないわけだが、実際に探し当てても、表面の文字は読み取りづらい。そもそも民家の敷地内にあるので根元を掻き分けるわけにも(増してや掘るわけにも)いかない。

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先の「東京湾要塞地帯標」のページでは、北鎌倉駅前の標石と仕様が似ていることから、同じく昭和十六年七月二十日建設、区域指定も「東京湾要塞第二区地帯標」であろうと推定している。

ちなみにこの地点から5kmとなると、池子弾薬庫はすっかり通り越してしまう。横須賀軍港方面だと、沼間五霊神社あたりというひどく中途半端な位置。三浦半島東岸沿いに引っ張ると、ちょうど葉山御用邸が5km地点となる。謎。

●春の散歩の植物あれこれ。

アケビが芽吹き始め、花も咲き始めた。芽が食べ頃になるくらい伸びるのは、半月先くらいだろうか。

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モミジイチゴ(9日、名越切通)、ショカツサイ(9日、鎌倉大町)、ヒメウズ(11日、大切岸)、イワタバコの芽生え(11日、大切岸)。イワタバコの芽は縮緬のよう。

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つくし(9日、鎌倉扇が谷)、まだ開きかけのキブシの花(11日、大切岸)。キブシの花はおひたし・天ぷらなどで食べられると、とあるサイトに書いてあった。誰か食べたことがあるひといる?

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つい先日、「日本のタンポポとセイヨウタンポポ」(小川潔著)という本を読んで、改めてタンポポに注目中(というより、興味があったからこそ本を読んだのだが)。というわけで身近なタンポポ。

最初は近所のシロバナタンポポ。

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大切岸のタンポポ群。総苞外片の形状を見る限りでは在来種のカントウタンポポのようだが、交雑種も増えているそうなので「カントウタンポポの形質が濃い」くらいしか言えない。

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近所の野原で見たタンポポ。総苞外片の形状からはカントウタンポポっぽいが、花弁が黄色に白のメッシュ入りになっている。カントウタンポポとシロバナタンポポの交雑種の可能性はあるのか? 環境省「いきものログ」の種名調べ支援で問い合わせ中。

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双体道祖神

●先日、図書館から借りてきた資料、逗子市教育委員会(昭和58年)発行「逗子市文化財資料集(II) 路傍の石仏その二」を読んでいたら、興味深い記述があった。曰く、

昭和五十六年三月に「神奈川県の道祖神調査報告書」が県の文化財保護課から刊行された。これを見る限りにおいても三浦半島には、双体道祖神の塔は一基もないと言えそうである。ところが小坪には七基この塔が残されていたのである。

なお、この記述だと「神奈川県の道祖神調査報告書」に小坪の道祖神が漏れているように読めてしまうが、小坪の道祖神で検索してみると、「神奈川県の道祖神調査報告書」を手掛かりに訪れている人もいるようなので、おそらく「小坪のほかには一基もない」ということなのだと思われる。

主に村の守り神として置かれる道祖神のなかでも、双体道祖神は男女2神が一組となったもの。wikipediaの記述によれば、双体道祖神は関東甲信越に多いが、「山間部において濃密に分布する一方で平野・海浜地域では希薄」だそうで、それがどうして小坪にだけ7基もあるのか、なかなか面白い(といったところで理由は判らなさそうだが)。

ちなみに、みうらじゅんが「ほぼ日刊イトイ新聞」で語っているところによれば、長野あたりには歓喜天のように抱き合った双体道祖神もあるのだそうだ。ちなみのちなみに、長野の地場の出版社、ほおずき書籍出版というところから、「信州双体道祖神めぐり」という本が出ているらしい。うわ。なんかちょっと欲しいかも。

そんなこんなでいろいろ興味を惹かれたので、上記資料をもとに、散歩がてら小坪漁港あたりを歩き回ってみた(7基とも漁港周辺の神社にある)。

▼子之神社(小坪5丁目6)

小坪港前交差点脇。鳥居脇の「子之神社」と大書された石碑のそのまた脇に、庚申塔などと一緒に立っている。子之神社そのものは昭和になるまで幾度か場所を移っているそうだ。

小坪に残った7基の双体道祖神の中では、おそらく最も保存状態がよく、根元部分に若干の欠けはあるものの、2体の道祖神の衣服のディテールや顔もしっかり残っている。

もっとも、左右よく似通っていて、どちらが男神でどちらが女神なのかちょっとはっきりしない。わずかに背が低い、向かって右が女神だろうか? ちなみに「双体道祖神」で画像検索してみると判るが、べつにどちらが左右か決まりがあるわけではなさそうだ。

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▼神明社(小坪5丁目7−29)

元々の地区名で言うと西町の鎮守で、食堂「めしやっちゃん」の脇を入って山の中腹にある。その神明社の石段脇の小石塔群のなかに、3基の双体道祖神がある。まずは全景。

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個々の双体道祖神を階段上から順に。

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1基目は横一文字にひびが入っているものの、3基のうちでは最も保存が良い。

2基目はその気になって見ればうっすらと2体浮き上がってはいるものの、ぱっと見には正体不明の石板に近い。前述の資料「路傍の石仏その二」に掲載された写真だともうちょっとはっきり人の形をしているので、30年余りでさらに風化が進んでしまったものらしい。

3基目は双体道祖神であることははっきり判るものの、破損が激しく、だいぶ残念な状態。

▼八幡宮(小坪4丁目9)

旧地区名だと南町と伊勢町の境目くらい。小坪村総鎮守の天照大神社を下ったあたりにある。双体道祖神は、社殿脇の小さなコンクリートの祠の中に納められている。割と平板な浮彫調。

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▼諏訪神社(小坪4丁目19)

八幡宮裏を過ぎて、ほとんどハイランドまで上り詰めたあたり(というよりほとんど大崎公園入り口脇)にある小さな神社。八幡宮同様、社殿脇の小さな祠に納められている。保存状態は比較的良好。

ちなみに諏訪神社は、もともと佛乗院裏の山の中腹にあったものが関東大震災の時に倒壊し、その後現在の場所に移ったとのこと。この道祖神も元の諏訪神社境内にあったものか。

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▼一之宮神社(小坪4丁目3−9)

小坪郵便局裏手にある。前述の資料「路傍の石仏その二」には、「高さ41cm」「木の祠の中」とある。同神社社殿の周りには木の小さな祠がいくつかあるのだが、その中身で、双体道祖神の可能性のあるものは写真(左側)のものだけだが、表面は風化・摩耗してしまい、そもそも何か彫ってあったのかどうかさえよく判らない状態。祠正面の格子の合間から撮ったので、ますます何だかよく判らなくなっている。

前出資料の前巻にあたる「路傍の石仏その一 逗子市内の庚申塔」には、

社殿の左手に木造の祠があって、この中に双体道祖神の石塔と、丸みのある自然石に「猿田彦大神」と刻んだ、明治二十四年建立の塔が、いっしょに祀られている。

とある。実際、同じ祠に「猿田彦大神」があったので(写真右)、やはりこれが双体道祖神で間違いないようだ。なお、「路傍の石仏その二」には7基中6基の双体道祖神の写真が掲載されていて、なぜかこの一之宮神社のものだけは外されている。「路傍の石仏その二」編纂時に、すでにかなり摩耗していて「載せてもしょうがない」と判断されたのかもしれない。

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Googleマイマップで位置を記入してみた。神明社に3つ集中しているので、ポイントとしては5カ所。

●道祖神巡りの途中で見かけたスミレ(おそらくタチツボスミレ)。

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●以下、3月8日追記。

逗子市立図書館で、上記に名前が出ている資料、「神奈川県の道祖神調査報告書」(神奈川県教育庁文化財保護課発行)を読んでみた。

上で推察した通り、小坪の双体道祖神はしっかり(7基すべて)取り上げられていた。また、どうやら双体道祖神のみならず、道祖神それ自体、基本、逗子市内では小坪にしか存在しないらしい。例外として、桜山に一基、「道祖大神」と刻んだ石碑があるそうで、これは明治の末に個人が建てたものだそうだ。

さて、この「神奈川県の道祖神調査報告書」に、小坪の道祖神に関して興味深い解説が出ている。

まずその呼称なのだが、

小坪の道祖神は七基とも全部「ドウロクジン」と呼ばれている。文字ではどのように書くのか、よくわかっていない。「道陸神」なのか「道六神」と書くのか、集落の人々は知っていない。

もっとも今では「どう書くのか」以前に、「ドウロクジン」と呼んでいたことさえ知っている人は少ないかもしれない。(もともとここの出身ではない私はもちろん知らなかった。)

また、大正末期までは、「サイトウ」と呼ばれる火祭り(=左義長、いわゆるどんど焼き)のたび、「ドウロクジン」石塔を火の中に放り込んでいたらしい。いや、そりゃ割れたり傷んだりするわけだよ! そんなわけで、道祖神塔はたびたび造り替えていたのだそうだ(以上は簡単にだが最初に出した資料、「路傍の石仏その二」にも書いてある)。つまり、上写真の中でも状態のいいものは、比較的近い時代に新調されたものなのだろう。これについてのもう少し詳細な記述を引用しておく。

 大正のなかば頃までは、一月十四日の朝、六時頃、まだ船が出ないうちに各神社毎に「サイトウ」の火を焚いた。沖へ出る前に火にあたっていったのである。このときお宮から若いしが「ドウロクジン」塔を運んできて、火の中に入れて焼いた。集落によって多少のニュアンスの違いはあるが、この一年間病気とか、数々のわざわいが家々に起こった。それらの全部を「ドウロクジン」に背負っていってもらう。そして焼き払ってもらうという意味付けをしている。集落によっては塔を火の中に入れず火の傍に置いて、火が燃えている間、塔に「おみき」を振りかけ、禍いを払ってくれることをお願いするというところもある。
 ある老人は、道陸神は書き役で、村の辻に立って入ってくる禍いを細大もらさず記録している神様だから、「サイトウ」の時に禍いを書きとめた帳面を全部焼き捨ててもらうのだと話してくれた。
(中略)
 祭が終わってから、子供たちは、家々からお賽銭を集めて、菓子などを買ってたべていた。お金を集めるとき子供たちはモッコに入れた道陸神塔を天秤棒でかつぎ、次のような唱えごとを一斉に唱えながら、各戸をめぐり歩いた。「どうろくじんのかんけい(勧化ではないだとうかと一柳太郎氏は教えてくださった)ぜねくれねえとぶっこむぞ。」
 お賽銭をくれない家があると、その門口に塔を置いてきてしまったのだという。大正の終わり頃まではこのようなことが続いていたという。

道祖神が帳面に禍を書きつけているという話は、庚申の言い伝えの三尸の虫と何か混じっているような気もする。

 

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庚申塔

●本来なら先月にとっくに終わっていなければならない仕事を引きずり中。おかげで模型関係もほとんど進展なし。

●2月6日、仕事でNICT(情報通信研究機構)に行った際に、その近所で見かけた丸ポスト(小金井市)。都心にはほとんど残っていない丸ポストだが、小平市を中心に西東京にはだいぶ現存しているようだ(以前、調布に行った時も行き帰りで2基見かけたし)。

ちなみに情報通信研究機構は、(検索時に出てくるHPのリードをそのまま引用すれば)「産学官で連携した情報通信技術の開発を目的とする独立行政法人」。日本標準時も司っているため、時々実施される「うるう秒の追加」の際には、ここの本館正面のデジタル時計がニュースに映し出されることが多い(その時には、「**:**:60」という表示を見ることができる)。

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●ポケモンgoは、妙にシブい小さなランドマークがポケストップとして設定されていることがある。ちなみに我が家に一番近いポケストップは児童公園だが、2番目は県道沿いにある石屋の店先においてあるハチ公の石造りのコピー。

先日、ちょっと散歩の足を延ばして披露山に登ったら、庭園住宅入口近くの庚申塔がポケストップに設定されていた。サイト「庚申塔探訪」の逗子の庚申塔のリストにも取り上げられておらず、道からも一段上がって奥まったところにあるので、ポケモンgoがなかったらずっと気付かなかったかもしれない。

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そんなこんなで再び庚申塔に興味を覚え、市立図書館に寄った際にレファレンスサービスで訊ねてみたら、こんな「そのものズバリ」な資料が出てきた。

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「その1」が庚申塔で、これによれば逗子市内には31カ所の庚申塔があることになっている(ちなみに上記「庚申塔探訪」では24カ所)。たぶんそのうち少なくとも10カ所以上はすでに見ていると思うのだが、いずれ機会があれば残りも回ってみたいような気もする。

●今年4度目のフキノトウ収穫(15日)。

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ひと掴みほどお向かいさんにお裾分け。ちょうど夕食が揚げ物だったので、半分は天ぷらにして食べた(若干ご近所Mさん宅にこれまたお裾分け)。残り半分は茹でて、数個はオリーブオイル和えでつまみ食い。さらに残りはそのまま冷凍保存。

●タミヤからレンドリース版ソ連軍仕様のマチルダが発売されるそうだ。単純なデカール替えではなく、パーツを組み替えて、既存キットより後期の生産仕様になっている。

作るならソ連軍仕様かなあなどと思いながら、セータ☆さんのところの「ソレマチ(ソ連軍のマチルダ〉」考証記事なども横目で見つつも、タミヤのマチルダはついついきっかけがなくて買わずに来たのだが、そうこうするうちにタミヤ自体に追いつかれてしまった的な。

●ここ2週間ほど、模型製作はほとんど開店休業状態だが、わずかに、ミニスケールのクルセーダーの予備履帯ラックを作り替え、パイロ48(旧インパクト)のマーチン・ハンダサイドの逆立ち防止スキッド先端のディテールアップ工作を行った。これらに関してはまた改めて。

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春来たるらし

●ちょっと散歩に出たらもうぽつぽつとフキノトウが出ているのを見つけ、今年の初収穫。ちなみに当ブログを遡ってみると、昨年は2月の後半に初収穫しているらしい。

まだだいぶ小さく、しかも寒さに当てられてなのか、少々傷んでいる感じもしたので、天ぷらでなくフキ味噌にした。天ぷらだと一度でなくなってしまうが、フキ味噌なら何日か続けて楽しめるから、というのもある。左写真はピンボケ失礼。

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一方、私の山野草食の原点的位置づけで、毎年楽しみにしているノビルは、今年はほとんど育っておらずがっかり。土壌の栄養が変わってしまった、とかあるのかなあ。

●そのほか、少々春っぽいもの。

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・1枚目:鎌倉大町、名越坂踏切脇児童公園の河津桜。FBの逗子のニュースグループで、「もう**では咲いてるよ」などという書き込みも目にしているが、ここはようやくつぼみがほころび始めたところ。1月21日。

・2枚目:鎌倉、本覚寺の紅梅。1月21日。

・3枚目:町内のとあるお宅の梅の木に来ていたメジロ(画面中央)。1月26日。

●じわじわとポケモン収集中。ポケストップが近所にそれほど多くないので、しばしばポケモンボール不足に陥る。

やたらにイーブイばかり出てくるが(せっかく捕まえてもボールから脱出する率が高いようで、ちょっと苦手)、これは地域的な偏りもあるのだろうか。

それはそれとして……イーブイってでんきタイプじゃなかったんだなあ、などとダジャレ系の感想をボンヤリ思ったりする。

20170125_182116 ●Vanatorul de care R-35の防盾に手を入れる。

「どこかのメーカーから新設計のキットが出る前に、エレールのルノーR35を成仏させてやろう」

という意図で作り始めたにもかかわらず10年越しの製作になってしまい(それだけ長時間かけて作っているわけではなく、単に中断期間が長いだけだが)、ホビーボスから新製品が出てもまだ出来ていないお粗末さ。

ちなみに前回製作記事は2010年5月4日だった。その後(比較的最近になって)全体のベース塗装は済ませてある。今年こそ何とかしたいものじゃのう(と、他人事のように)。

ちなみに防盾の改修は、防盾側部の形状修正。左右とも後縁を真っ直ぐ断ち切ったような形に作っていたのだが、その後鮮明な写真が出てきて、軸部をカバーするよう三角に出っ張っているのが判明したため、0.5mmプラバンを貼り増して削った。

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ポケモンGO

Img_2017011602093170 ●今さらながら「ポケモンGO」を開始。

ゲームリリース直後から、仕事先である神保町の事務所のC社長に、

「オマエのためにあるようなゲームだから! ぜひやれ!」

と言われ続けていて、もっともその頃はガラケーだったのでいくら薦められてもやりようがなかったのだが、同社新年会(5日)の帰りの東海道線の中で「どら、貸してみ?」とスマホを取り上げられてインストールされてしまった。

ちなみに、スマホ契約時に「主な用途」を聞かれて、「仕事先の社長にポケモンGOをやれと言われてるんだけれど」と言ったら、営業マンに「そんな社長がいるんですか?」と問い返された。いるんですよ。

もっとも、最初のうちはいつ起動しても「GPSの信号をさがしています」ばかりだし、なんとか信号を受信できたと思ったら、今度はニックネームの登録で「使用できないニックネームです」の連続でにっちもさっちも。

数日経ってようやくその段階をクリアし、出現したポケモンにおっかなびっくりモンスターボールを投げつけてみたりして、現在レベル13。まだ「なんだかよくわからん」状態でプレー中。ジムでの戦い方などはよく判らないので、基本、単純に出てきたポケモンを捕まえて、図鑑の登録が増えたら嬉しいなレベル(登録数54)。

●そんなわけで、1週間ほどプレイしてみての感想だの、気付いたことだの。初期からやっている人からすると「何を今さら」ということが多いと思うけれど。

▼それこそIngress以前から、現実世界の位置情報を使ったゲームはいろいろ面白いことができそうだと思ったり言ったりしてきたが、自分でちゃんとプレイするのは初めて。それを踏まえて、まず思ったのは、「意外に測位がアテにならんなあ」ということ。

携帯にGPSが載るようになって結構経つが、前述のように、プレイしようとしても「GPSの信号をさがしています」がだいぶ頻繁に起きる。もちろんこれにはモードの問題もあって、位置情報の設定を(私の機の場合で)「本体センサーのみ(GPSのみ)」から「高精度(GPSとネットワーク)」に切り替えると、屋内でもそこそこ位置を感知してくれるが、その代わりにバッテリー消費が大きいので、普通の外出時には使えない(ゲーム用にバッテリーを持ち歩くといったことはこの際考えない)。

測位のズレも結構あって、自宅で「高精度(GPSとネットワーク)」モードにしておいても、ポケモンGOのプレーヤーキャラが、近所の横須賀線をはさんで反復横跳び状態になっていたりする。もっとも、そのズレを利用して、持ち歩いていなくても僅かずつ、「たまご」孵化のための移動距離を稼ぐという地味な技もあると、攻略サイトに書いてあった。

今後、もっと高度に、位置情報でサクサク遊ぶゲームが出てくるためには、測位の性能アップ(と、それによるバッテリー消費の低減)は欠かせない。

もちろん、以上のことは機種(あるいは搭載しているGPSチップ)の性能にもよるかもしれないけれど。

▼スマホを見ながら/操作しながら歩くというのは非常に危険で、私のようにそそっかしいとそれで躓いたり、あるいはもっと危ない(場合によっては他人を巻き込むような)事故もありそう。基本、操作の際には立ち止まって、周りを見てやるようにすべきだが(私もそう心掛けているが)、一方で、「移動することによって何かしらイベントが発生する」というゲームの仕組みなので、そのあたりジレンマがある。

しかも周りに危険が少ない閑散とした場所ではなく、人が集まる場所ほどゲームのギミックも濃密に仕込まれているため、ますます「プレイヤー自身が気を付けなければいけないこと」のレベルは上がっている。これは今後登場して来る位置ゲーでも多かれ少なかれ課題になりそう。

▼ゲーム進行に必要な細かなアイテムは現実のランドマークに関連付けられた「ポケストップ」に立ち寄ることで手に入るが、我が家からは最寄りのポケストップまで数分掛かる。しかし、場合によっては自宅にいながらにしてポケストップ操作圏内の人もいるわけで、なんともうらやましい。

ちなみに神社仏閣・石碑等々はポケストップに指定されることが多いので、鎌倉中心部はかなりポケストップが多い。一方で、普段よく通る場所なのにそんなものがあったなんて知らなかったよ、みたいな小さな石の祠とか、店先のタヌキとかに設定されていることもあり、さらにはその場所に行ってもポケストップに設定された「物件」が見つからないこともある(ゲーム操作上は問題ない)。

▼ポケモンが最初に流行ったのはうちの子らが小さいときだったので、ピカチュウから始まる「ポケモン言えるかな?」は昔覚えたことがある(もうすっかり忘れた)。が、いろいろ捕まえていると「そういえばこんなのいたなあ」とちょっと懐かしくなったりする(自分が子供の頃のマンガの懐かしさではないけれど)。

▼ゲーム画面であるマップは、道路の描き分けのバリエーションが少なく(広い・狭いの2種類のみ?)、しかもポケストップ/ジム以外にランドマークは表示されないので(それらもゲーム上のアイコン)、現実の地理との対応が結構難しい。せめて電車の線路くらいは表示してほしい気が……。

20170115_142757 ▼ご近所小ネタ。大きな公園の入口とか、児童公園とかはポケストップに指定されていることが多いが、週末、「池子自然の森公園」に出掛けたら、入り口にも中にもポケストップはなく、しかも公園内はポケモンが1匹も出現しない特殊空間だった。

「池子自然の森公園」は要するに、かつての池子弾薬庫跡地の米軍管理地で、週末のみその一部が公園として公開されているもの。公園内は、「ポケモンGO」的には道路地図さえない空白地帯で、何らかの規制(もしくは自粛?)が掛かっている模様。GoogleMapsあたりには普通に地図が載っているのに不思議(市の公園として印刷物の案内マップも配っている)。

私としては、「米軍家族の子供もポケモンGOをするだろうから、米軍管理地内はポケストップだらけ?」とちょっと思ったりしていたのだが。

●散歩途中のあれやこれや。

法性寺の梅。7日撮影で、この時はちらほら咲き始めという感じ。

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同日、法性寺本堂前の木が、半分ほども樹皮を剥かれて白くなっていた。タイワンリスが3匹ほど、一心不乱にカリカリと樹皮をかじりとっていた。何の木だろう?

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鎌倉、宝戒寺のロウバイと、丸七商店街・キッキリッキの「バタースコッチパイ」。甘すぎずほろ苦いのがとても美味。14日。

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●我が家からは最も近所の模型屋ということになるのだが、披露山入口下の「八風堂模型店」がいよいよ閉店するらしい。閉店セールの張り紙がしてあった。

20170117_154722 基本、鉄道模型が中心だったのかな? スケールモデルはあまり本気で扱っておらず、そのうえ、「買わないのは客じゃない、むしろさっさと帰れ」(言葉自体はうろ覚え)といったことをお店のHPで公言しているような店だったので(もちろん、個人経営の店なのだからどんな方針だろうとその店の自由なのだが)、私は滅多に行かなかった。もし今後営業していたとしてもやはり行かなかっただろうと思うが(^^;)、それでも、見慣れた光景が変わるとなると、一抹寂しいような気も。

スケールモデルの在庫で、半額なら買ってもいいと思うようなものが何かあるかなあ……。

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島バナナ

●11月後半。再び川崎駅前で赤板先行氏、田一田氏と酒を飲んだり(19日)、いきなり天気予報の予想通り(予報通りで「いきなり」というのもおかしいが)11月なのに雪が積もってたまげたり(24日)する。なんて大雑把な日々。

ちなみにあかでん両氏との飲み会では、先日のように記憶をなくすまで飲むことなく、きちんと(京急に乗って)帰った。あかばん氏は途中から居眠りしていて、置物のダルマのようになっていた(体型的にも)。

Cimg1838m ●25~26日、川崎の実家に行って一泊。いろいろ食糧を貰って帰るなかに、島バナナあり。徳之島の親戚から、叔母経由で貰ったものであるそうな。

普通にそのへんで売っている輸入物のバナナに比べて、小さくて皮が薄い。味は「あ、普通のバナナとちょっと違う」と思うくらいには濃くて甘い。もっとも、子供の頃に(父母の郷里の)奄美大島で見たり、送ってきたりした島バナナはこれよりもっと小さかった(下手をすると10センチくらいしかなかったりする)ので、これは適当に庭でできたものではなくて、ちゃんと農家の人が作ったものかもしれない(子供の頃に時々食べた島バナナも、取り立てて美味しいものだったという記憶もない)。

奄美大島(の、そのまた田舎の、父母の郷里の小さな集落)では、昔は家の庭に普通にバナナやパパイアが生えていたものだが(祖父の家にもあった)、聞くところによると、虫が湧くとか(特にパパイア?)世話が面倒だとかで、今はほとんど切られてしまったそうだ。もったいないが、田舎ってのは日本全国そんなものだ。じーちゃんばーちゃんばっかりだし。

●先日買ってきたMasterClubのボルト(正確にはワッシャー付きナット)を、S-MODEL 1:35のウルススA型トラックのホイールに植える。

Cimg1835m 元々のキットのモールドは半分がた気泡で潰れていることとも相まって、「ボルトだかリベットだか判りゃしない」状態であるため、モールドの位置に穴を開けて植え替えた。

本来なら、綺麗に等間隔に8つ並ぶよう、治具を作って穴を開けるべきなのだが、そもそもパーツ自体、外形もナットを植えるべきドーナツ型の凸部もきちんと丸くないという大らかなキットなので、治具を作っても結局相対的には位置がずれてしまうこと必定。結局、適当に目分量で作業する。案の定、微妙に不揃いになったが、そもそも全体もそんな感じなので、この程度で良しとする。我ながらいい加減。

●水没させてしまった携帯電話は、ディスプレイユニットとキーボードユニットが分離するという意味不明の機能を持つガラケーだが、とりあえず使用できている(本体に相当する)ディスプレイユニットもいつ使えなくなるか判ったものではないので、ついにスマートフォンに乗り換えることにする。

現在のキャリアはdocomo。調べてみると、契約時期の問題で、今他社に乗り換えると9500円だかの違約金を取られることが判明。まずは違約金無しのdocomoでの更新を考えて、鎌倉のショップに相談に行く。なんだか、今ガラケーからスマホに乗り換えると「はじめてスマホ割」とかでだいぶ安くなりそうなことをCMでも言ってるし。

……ところが、キャンペーンの広告では「毎月の基本使用料が半額以下!1980円から」なんて大々的に謳っていながら(もちろん、あれこれの条件が付いてその値段なんだということは判るのだが)、「お客様の場合は……このプランとこのプランを組み合わせて、『はじめてスマホ割』で**円差し引いて、毎月これくらいになりますね」と提示された金額は毎月6000円弱。誇大広告も甚だしい!

さすがにこれなら違約金を払っても他社に乗り換えたほうが安くつくので、すでにケーブルTVを利用しているJ:COMに申し込む。昨日(28日月曜日)に営業担当者が説明に来たが、前身会社時代の契約のままになっているケーブルTVに加えてネットだのなんだの、すべてひっくるめるとだいぶ割引になるとのことで(セールストークに乗せられたのもあるが)、だいぶ大事に。

説明だの契約だのに半日掛かり。さらに来週、実際の機器の交換だの設定だのでまた半日だそうな。

●明日(30日)は長野の飯田に日帰り仕事。

NAVITIMEさんに訊ねたら、「名古屋まで新幹線に乗って、バスに乗り換えろ」という、「ええええええ?」と思う検索結果が出た。流石にそんな行き方ではなく、新宿から高速バスに乗ることにして予約も取ってあるのだが、名古屋経由のほうが所要時間は1時間ほど短いらしい(その代わり交通費は倍くらい掛かる)。ちなみに新宿経由での逗子→飯田の所要時間は約5時間半。遠い……。

まだ本決まりではないが翌1日には同じく長野の佐久。仕事先の人に「泊まりますか?」と言われたのだが、飯田から佐久平までも5時間前後かかるらしいし、すでに帰路のバスも予約してあるので、律儀に2往復しようと思う。やれやれ。

 

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MiniartのT-34用の履帯を買う

●ここ数カ月バタバタしていた、毎年恒例の「季節仕事」がようやく終了。15日、最後のチェック&資料受け渡し等で神保町S社へ行く。

行きに東西線の竹橋駅で降りたのだが、電車の中で本を読んでいて、眼鏡をかけたまま電車を降りて歩いていたら(おそらく目測を誤って)階段の最下段に足を引っ掛けて大コケした。階段の角に頭をぶつけて、「やばい、これはもしかしたら大出血かもしれん」と思ったほどだったが、幸い出血も打ち身もなかった(が、通行人に心配されるほどの無様なコケ方だった)。むう。ナサケナイ。

●17日。新しい仕事の打ち合わせで市ヶ谷のC社。久しぶりに行ってみたら、いつの間にかビルの同じフロアの中で反対側に引っ越していて、一瞬、エレベーターで降りる階を間違えたかと、引き返しそうになった。

打ち合わせした仕事に関しては、これから年末年始にかけて、長野県内に数回出張に行くことになる。寒いかな?

●市ヶ谷まで行ったついでに、久しぶりに四谷仙波堂に行く。

MiniartのT-34用の履帯(#35207)と、MasterClubの六角ナット1種を購入。ご主人と何だかいろいろ長話。ドイツ戦車の内部色について、エンジンコンパートメントなどの一部には耐熱塗料(というか耐熱コーティング?)の青黒い色が塗られていた可能性があるそうだ、などなど。戦車の内部はまず作らないし、それもドイツ戦車となるとますます機会はなさそうだが興味深い。

●MasterClubの六角ナットは、ワッシャー付きで対面幅が0.7mmのもの。本当はワッシャー無しのものが欲しかったのだが在庫がなかった。

Cimg1832s 気泡で潰れてしまっているURSUS A型トラックのホイール表面ナットの代替用で、実物でどのような形状のものが使われているかわからないのと、この大きさだとワッシャー無しでもワッシャー付きでもパッと見で大した差はないので適当な選択。大きさも「まあ、この辺でいいや」的ないい加減なもの。

なお、家に帰ってよく見てみたら、1本だけ、対面幅が1.5mmくらいある大きな「ワッシャー付きボルト」が1本混入していた(写真ほぼ中央)。シラスを食べていてミニタコが混じっているのを発見した気分。

そのうちどこかに使ってやりたいが、この大きさのボルトを1本だけ使う用事なんて出てくるかなあ。ミニスケールのトラックのラジエーターキャップとか?

●MiniartのT-34用の履帯は、同社SUシリーズからの別売品。#35207はたぶんインテリア付きSU-85に入っていたもので、センターガイドがないほうのリンクの縦リブが少ないタイプ。SU-122(初期型)に入っていた2分割タイプも別売されている(#35216)。T-34用の別売履帯はこれまでも各社各様、いろいろ出ているが、このタイプのインジェクション可動式は初めてではないかと思う。薄く解像度高く仕上がっていて、鋳造刻印なども入っている一方で、値段が安い(仙波堂で1600円+税)のも有り難い。

500mmワッフルタイプの履帯のバリエーションで、(SUのキットに付属していることからも判るように)SU系によく見られるので、ウラル重機械製作工場(ウラルマシ)の系列工場で作られていたのではないかと思う。

過去、マケットでクラスナエ・ソルモヴォ工場製T-34-85がキット化された時に付属していたのが確かこのタイプで、その後履帯だけで別売されたこともある(今でもアランゲルとかMSDとかで出ているかも)。ただし、マケットの履帯はリブ彫刻が均一で前後方向の別がなかったような覚えがある。

私が買ったSU-122初期型には前述のように2分割タイプ履帯が入っているので、2タイプの履帯のどちらかをSU-122に使い、残ったほうをいつか「フォルモチカ」砲塔の1942/1943年型に使いたいなあ、と思う(私の製作ペースからすると遠大すぎる計画)。

Cimg1823s ●我が家の前の坂道途中に生えている椎の木(スダジイ)は、昨年はたくさんどんぐりを付けたのに今年はさっぱり。結局、10個程度しか食べられなかった。

前にも書いたような気がするが、今年の春はほとんど花も付けなかったので、(1年越しで結実するので)来年もあまり実は付けないかもしれない。

テレビでちらりと見たが、今年は全国的にどんぐりが不作で、そのために熊害が多いそうだ。我が家の前の椎の木が不作なのも全国的なドングリ不作の波の一環なのか?

Cimg1815s Cimg1806s ●散歩中の写真。

1枚目は大切岸から見下ろした逗子市街。こうしてみると、逗子ってやっぱり田舎の街だなあ、と思う。

2枚目はハイランド端の公園から見た富士山。秋から冬にかけ、夕焼けにくっきり浮かぶ姿は確かに綺麗だが、それよりちょっと早めの時刻、おぼろげな姿もちょっと日本画風で素敵。ともに11月5日。

●前記11月5日の散歩で、(鎌倉市内の)浄明寺の谷戸でトリカブトが咲いているのを見て、逗子でも咲いているかなと思ったのだが、案の定。

もっとも毎年咲いているこの斜面は、今年はちょっと草刈りされてしまったので花は少な目。

Cimg1826s Cimg1831s

猛毒だが色は美しいし形も面白い(実物はもう少し紫な気がするが、写真だとちょっと青が強くなってしまっている)。12日撮影。

●9月末に逗子マリーナ脇の小坪海岸トンネルの鎌倉側出口脇でがけ崩れがあり、全面通行止めになっていたのだが、18日夕、ようやく復旧した(なお一部規制あり)。

博多の陥没が1週間で復旧してスゴイと話題になっていたが、逗子じゃあこんなもんだわなあ。

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ぎんなん(2)

●ちびの運動会(小学校では初)。メインの出場競技がある午前中のみ観覧。小学校の運動会は久しぶり。

ただし1学年2クラスしかないうえ、近年の風潮として、勝負を争う競技はあってもあまりビシバシやらせることはなく、子どもたちにもなんとなくテキトーに感が漂っている。もっとも初運動会であるチビは、何日も前から、「赤組が勝つっ! 絶対勝つっ!」と激しくテンションが高かった(なお、実際に赤組が勝ったようだ。……おめでとさん?)。

●昼頃、行きだけ義妹に車で送ってもらって、再び田越神明社にぎんなんを拾いに行く。

ここ数日、天気は割と穏やかだったし、すっかり拾われていたらどうしよう、と思ったのだが、実際、積もるほど落ちていた先日とは打って変わって、参道とその脇にはほとんど落ちていなかった。

F1011405 ただしよく見てみると、そのまた脇の茂みの陰には大量に落ちていて、小さなバケツに半分くらい収穫した。写真は逗子市民にはお馴染みの場所、逗子海岸南端の、田越川河口に掛かる渚橋の上で。

バケツの色が前回と違うのは、前回は我が家のバケツ、今回は義妹の家のバケツであるため(「バケツとトング持って行くからウチに寄ってよ」と頼んだら、「路駐しにくいからウチのを持って行きなよ」と言われた)。

●帰宅して、今回は早速ざぶさぶと揉み洗いをしていたら、かがんだ拍子に胸ポケットの携帯電話がぽろりと落ち、見事ぎんなんの沼に水没してしまった。

これを惨事と言わずして子供たちはいつサンジのおやつを食べればよいのでしょう!(野田秀樹風)ってくらいの惨事。

ドロドロになっているのをとりあえず水で流して、ハンカチでぬぐって、さらにフタを開けてバッテリーを外して……なんたらかんたら。バッテリーを含め4カ所にある水没シールは、1カ所は完全ピンクになってしまった。

一時立ち上げてみたりしたが(その時に上の写真も転送した)、ネット上でみたら「とにかく完全乾燥せれ。すぐ電源を入れたりしちゃいかん!」とのことだったので(考えてみれば当たり前だ)、現在は開けられるところは全部開け、バッテリーもFDカードも外して、乾燥剤とともにジップロックの中。元通りに使えるといいなあ……。

●今日まで、鎌倉材木座の光明寺でお十夜だったはずだが、結局今年は行かなかった。御霊神社の面掛行列にも行かなかったし。

なお、小坪から光明寺方面に行くには、マリーナから小坪海岸トンネルを抜けるのが一般的な生き方だが、先月末、小坪海岸トンネルの材木座側入口でがけ崩れがあり、通行止めになってしまった。その崖の上を通る国道134号は昨日(14日)に全面復旧したらしいが、小坪海岸トンネル(逗子市道小坪162号)は片側通行も「今月中にはなんとか」状態であるらしい。

このトンネルは、逗子駅発鎌倉駅行き(小坪経由)のバスの通り道なのだが、現在はぐるりと名越隧道を迂回する形になっているらしい。ということは、光明寺のお十夜も(少なくとも帰りに)鎌倉までのバスは使えなかったことになる。

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ぎんなん

先日、「見慣れないツノ付きイモムシ→実は終齢前のアオスジアゲハ幼虫だった」話を書いたが、同じ場所で、今度は終齢まで育った姿になっているのを見つけた(写真1枚目)。もちろん、先日見た幼虫と同一個体かどうかはわからないが。

このアオスジアゲハがいるタブノキの若木のすぐ下には、エノキのやはり幼木があって、こちらにも、おそらく終齢と思われる、4、5センチほどもあるまるまると栄養状態のよさそうなアカボシゴマダラの幼虫がいた(2枚目)。同じくらいの大きさのものが2匹いたのだが、よく見ると背中のウロコ状突起の大きさがだいぶ違う。オスメスの差? それとも単なる個体差?

なお、この2種を見かけたのは5日午後だが、6日午後に通りかかった時には両方ともいなかった。単に葉陰に移動したのか、どこかでサナギになったのか、それとも家の人に見つかって駆除されてしまったのか……。

3、4枚目はやはり近くの藪のカナムグラにいたキタテハの幼虫。黒っぽくミイラ化したような感じの4枚目は、最初、死んでる?と思ったが、どうも前蛹状態(サナギになりかけ)であるらしい。6日午後。

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●ほか、花やら虫やら。

(1).道端のナンテンハギ。

(2).葉陰でハチがごそごそしていて、最初はイモムシでも狩っているのかと思ったのだが、よく見たらそのハチのほうが捕食されていた。ハラビロカマキリ。

(3).ここ最近非常によく見るウラナミシジミ。

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●このところ仕事が焦げ付いているので、ほとんど家にこもりきりなのだが、6日午後、仕事をさぼってぎんなん拾いに出掛けた。

逗子海岸のほぼ南端、国道134号上の葉山との間のトンネル(長柄隧道)入り口脇に、田越神明社という小さな神社がある。昨年秋、たまたま散歩していて立ち寄ったとき、盛大に銀杏が落ちていた。その時には何も用意がなかったので拾わなかったのだが、facebook上の知人が書き込みを読んで拾いに行った由。、

F1011365 F1011367 今年も落ちているよと、その人から教わったので、台風の余波で前の晩に強い風が吹いた機会に行ってみた。どうもこの手の収穫ものは、がっつり期待していくと空振りに終わることも多いのだが、今回は当たりで、地面を覆うほど落ちていた。

既に実から飛び出している種や、大き目な実を選んで拾って、小さなバケツの底に数センチほど収穫。最初見た時には「バケツ一杯採っちゃる!」と思ったのだが、じっくり選んで採っていたら、風も通らず汗だくになってしまったので、適当なところで切り上げた。

このあと、恐怖の水洗い作業が待っている……。

●5日、6日と、windows10のかなり大掛かりなアップデート。Anniversaty Update、とかいうのか? そこそこ時間も掛かったが終了。

終わってみると、ログイン画面とか、スタートメニューとか、細かい部分であれこれ違う。もちろん、細かい内部的なあれこれの変更のついでに、ということかもしれないが、こういうUIは結局馴れの部分が大きいと思う。格段に使用感が向上するとかでもないのに変更する意味あるのかね?

アップデート後、どうもレスポンスが以前より悪くなったような気がする(気がするだけかも)。また、カーソル隣に何らかの処理中を示す青いドーナツ印がほぼ慢性的に浮かぶようになったのだが、これが通常の状態なのかもよくわからない。

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アララギ派

●25日、元帝国陸軍中尉殿(親父)の七回忌で川崎の実家に行く。といっても、別に何か法事らしいことをしたわけでもなく、兄と下の甥っ子、我が家の一同が川崎の家に集まって皆で昼飯(鶏飯)を食い、その後に墓参りに行って終わり。

F1011282 F1011277 ●川崎の実家の庭にいたカナヘビの子供。眼がくりっとしてかわいい。

●小説投稿サイト「小説家になろう!」の投稿小説を、最近よく読む。ライトノベルの登竜門のようなサイトで、玉石混交ながら、肩が凝らずに結構楽しめるものがある。何か面白い設定があると遠慮なしに類似品が出てくるらしく、同工異曲の作品が山ほどあったりして、そんな無法地帯ぶりも(野次馬的には)興味深かったりする。

書き手の平均年齢も若いので、文章の中に「ら抜き」言葉も平気で出てきたりする。それとは別だが、最近、複数の作品で目にしてちょっと気になったのが「荒げる(あらげる)」。本来は「荒らげる(あららげる)」だったのが、「あらげる」と誤読され、そこからずるずると表記からも「ら」が落ちてしまった、という変化を辿っている。

昔は私もあやふやだったものの、一応辞書等で確認して「荒らげる」が正と知って以来はそう使うようにしているが(といっても滅多に使わない言葉だが)、先ほど変換してみて知ったが、IMEも「あらげる」で普通に変換する。もう「荒げる」で市民権を得てしまったんだろうか……。

●京都学園大学のマスコットキャラクター「太秦その」と京都市交通局の「太秦萌」は従姉妹同士だそうだが、高校生の太秦萌よりも大学生の太秦そののほうが年下に見えるのはいかがなものか。

仕事上の理由であちこちの大学のサイトをしばしば覗きに行くため、「太秦その」ちゃんは登場当時から知っていて、「いやいやくらなんでも大学が公式に萌えキャラはどうなのよ?」と思ったのは確かだが、その辺は、「京都は高校生も大学生も髪をメッシュに染めるのが公式にOKですか?」とかも含めて、この際置いておく。

ちなみにキャラクターの歴史的には京都市交通局の太秦萌のほうが古いのだが、「初期型太秦萌」は名前に反して神戸新聞の「いまいち萌えない娘」ちゃんにテイストが近い。

Img_20160905_0003cut ●(T-34は完成していないのに)ちまちまウルススA型トラックもいじっていたりするのだが、大きな疑問点発生。

キットの説明書では、右図のように、足元にシフトレバーとサイドブレーキ?を取り付けるように指示されている(ちなみにレバー、ペダル類はレジンパーツ)。

F1011317 この取り付け位置をパーツ上で見ると、左写真のように床に四角く筋彫りされているのだが、これだと、右足とフットペダルの間をレバーが邪魔している格好になってしまう。もちろんペダルが全体的に中央に寄っているのかもしれないが。さすがにレバーが両足の間にあるような配置にはしないだろうしなあ。

ちなみに座席は私が新造したものなので、運転席と助手席の間の筋彫りは、この位置が正しいかどうかは判らない(一応、キットのパーツを参考にしているが、比率は適当)。

そもそもこの位置にレバーがあった場合、ドアを開けていきなり中央にレバーが立っているわけで、乗降に邪魔で仕方ないと思う。こんな配置の自動車があるのだろうか。トランスミッションは中央にあるのだから、レバーも中央寄りにあるほうが素直なんじゃなかろうか。考えてみると、ポーランド車なのに右ハンドルというのも不思議(元がイタリア車なので右ハンドルでOK?)。

なにしろ実車写真が乏しいので、結局はだいぶ想像交じりで誤魔化すしかないと思うが、なんだかんだ悩み中(ちなみに以前作ったカーゴトラック型は、素直にキットの指示通りにしてあるようだ)。

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