丸ポスト

裁判員

●29日月曜日昼前。自宅で、今年初めてのニイニイゼミの声を聴く。

●30日火曜日。「Pokémon GO」にアップデートが入り、約20日ぶりに私のスマホでもログインできるようになった。いそいそと近所の公園のジムに自分のポケモンを配置しに行く。

20200701_230147 ●前回、「用事があって横浜に連日通っている」と書いたのだが、具体的には、横浜地裁での裁判員(より正確には補充裁判員)。なんとかお勤めも終了し、こんな記念品を貰った。

「裁判員バッジ」って……。こんなん付けて歩く人、いるのか?

デザイン的にも、なんだかゲームセンターのコインっぽい。ただしゲームコインほどの大きさはなく、1:35のKVの転輪とほぼ同サイズ(たまたま現在最も手近にある比較対象)。もっともピンバッジとしてはやや大きめ。

デザインは手錠……ではもちろんなくて、二つの輪は裁判官と裁判員が協力して事に当たること、その効果は無限大(∞)であることを示すのだそうだ。またバッジでは銀色だが、カラーだと二つの輪はそれぞれ暖色・寒色のグラデーションで、情熱と冷静を表すのだとか。

裁判員をやる前は「裁判員になったことは言っちゃいけないんだよね?」とボンヤリ思っていたのだが(たぶんそう思っている人も多いだろうが)、実際には、公判中は口外してはいけないものの(関係者が接触してくる可能性がある等々で)、公判が終了してしまえば、審理の過程には守秘義務があるものの、どのような事件の裁判に関わったのかまで含めて話して構わないのだそうだ。むしろ、裁判員制度について広く世間に知ってもらうという点からは積極的に話してください、くらいの感じのようだ。

ちなみに裁判員バッジは、かつては裏に通し番号(と裁判所名?)が刻印されていたらしいが、現在のものにはなく(コスト削減?)、若干「プレミア度」が低い(……ことを惜しいとも思わないが)。いずれ、現在の在庫がはけた段階でバッジの配布そのものがなくなる可能性があり、「その意味では貴重品と言えるかもしれません」と裁判官に言われた。もっとも実際に付けて歩く人はまずいないだろうし、本当に「記念品」以上の意味を持たないので、廃止されて当然な気はする。というか、そもそもこんなものを作ろうと考えた人は明らかに何かズレている(マンホールカードとか貰って喜んでいる私が言うことではないかもしれないが)。

試しに検索してみたら、結構大量にヤフオクとかメルカリとかに出品されていた。まあ、そうなるよね……。

もっとも私は“物”好きな人間なので、一応は引き出しの中に入れて取っておくつもり。で、静岡ホビーショーのピンバッジなどと同様、忘れた頃に何かの弾みで手に取って「そういえばこんなん貰ったなあ」と思い出すことになるのだろうと思う。

●もともと、「今年、裁判員に選ばれる可能性があるから覚悟しといてね~」というような通知が来て、その段階では「どうせこれから何回か抽選があるのだから、選ばれることはないだろう」と軽く考えていたのだが、結局6月半ばには横浜地裁に呼び出され、当日の抽選で(この段階でたぶん30人くらいだったと思う)6人の正規の裁判員、2人の補充裁判員のうちの補充裁判員に大当たりしてしまった。

補充裁判員というのはごく簡単に言うと「ベンチ入りの補欠」で、公判の間、裁判員に(病気や急用などで)欠員が出た場合に代わって裁判員を務める役割。聞いた当初は、「じゃあ、出番が来るまでおとなしく隅っこに座って他の人の話を聞きながら待っていればいいのか」と思っていたのだが(むしろ居眠りしないでいられるかが心配だったが)、実際には最後の評決の際に一票として数えられないだけで、最初から最後まで他の裁判員とほとんど変わらず、評議の過程でも逐一意見を求められた。また、(正規の)裁判員が欠けた場合に代わって務めるというのも、(正規の)裁判員が出られない日/時間だけ、ということではなく、「一度代わったらそのまま最後まで」だそうだ(今回はそんなことにはならなかったが)。

審理において被告人に質問することはできないが、実際には「これまでの審理でどんな点が疑問で、被告人にどんな質問をしたいか」は事前に評議室で皆で話し合っていて、その際に補充裁判員が呈した疑問に関しては、法廷で裁判官が代わって訊ねるので、この点でも大きな差はない(ちなみに法廷では裁判官と裁判員が法壇前列に並んで座っているのに対して、補充裁判員はその後ろに下がった位置に専用の席が用意されている)。

最後の評決には加わらないとは言っても、細かい事項ごとに、「検察の言い分についてはこう思う、被告人の証言はこう思う、この行為についてはこう感じる」などと意見を述べ合っていて、そこに至るまでのある程度のコンセンサス形成に加わっているため、「最終的には何もしていない」といった印象はなかった(また最後の評決の際にも「“選挙管理委員会”をやってくださいね」と票の確認作業を割り振られた)。

もっとも、裁判所のサイトのQ&Aを見ると、補充裁判員に関しては

「1つの事件につき,最大6人まで選任」
「評議で意見を述べることはできませんし(裁判官から意見を求められた場合は可能)」
「審理や評議の進行状況やスケジュールなどを考慮した上で,これ以上職務を行っていただく必要がないと認められる場合には,裁判の途中で解任されることがあります」(今回は評決が終わった後、判決宣告日もきちんと出席した)

と書かれており、補充裁判員がどれだけ関わるかについては(そもそも何人選ばれるかも含めて)、その裁判を担当する裁判官の裁量に任されている部分も多いようだ(今回は補充裁判員にもどっぷり関わってもらう方針の裁判長だったということかもしれない。いや、他は知らんけども)。

ちなみに新型コロナ感染症拡大防止策として、いつもと対応が違っている部分もあれこれあったようで、評議も広い部屋で間隔を離してゆったり座り、法廷でも法壇上は各人の間にアクリルのパーティションが設けられ、全員マスク着用だった。

●選任手続の当日には「選ばれたら面倒くさー」と思っていたし、実際に選ばれて法廷に出たり、審議に参加している間は非常に緊張もしたし気疲れもしたのだが、終わってみれば、よい経験だったのではと思う。

もっともそれは、裁判員裁判の対象が重大犯罪であるとはいえ、今回の裁判は強盗致傷で、殺人等に比べれば事件の経緯も証拠も衝撃の度合いが低く、また被告人自身も起訴事実をすべて認めていて、法廷で争う姿勢がまったくなかったためもあるかもしれない。(実際に選任されてすぐにパンフレットが配られたが)メンタルケアが必要なほどの内容で、しかも審議すべき内容も複雑でなかなかまとめられないようなものであったら、印象も違ってくるかもしれない。考えてみれば、横浜地裁の管轄であれば例の「津久井やまゆり園」で19人が殺された殺傷事件を担当する可能性もあったわけだ(あちらはもう地裁の公判は終わっているが)。

一方で、起訴事実をすべて認めているために求められるのは量刑を決めることだけ(しかも検察官の論告求刑と、弁護人が最終弁論で求めた刑期のあいだにも、それほど顕著な差はなかった)で、「それならもう、裁判官が量刑の“相場”みたいなものに基づいて決めちゃっていいんじゃないの? 裁判員要らないんじゃない?」とも思ったのだが、実際には(前述のように)細かな事項のひとつひとつについて全員の意見を求め、「ではこれについては裁判官・裁判員の考えとして**というふうにまとめたいと思うがどうか」と諮られて進んでいくという具合で、人ひとりの人生を決めるには、やはりこれだけの綿密さと慎重さが必要なんだな、と実感させられた。

……と書くと、なんだか自分でもあまりに優等生的に結んでいるような気もするけれど。

●だいたい朝から夕方まで裁判所に居ることになる。天気が悪くて出るのが億劫なため、裁判所内で売られている弁当で昼食を済ませたこともあったが、昼時に雨が止んでいる時は近くの横浜中華街まで行って、なるべく違う店で肉まん(豚まん)を食べた。本当は「何か美味そうなテイクアウトがあったら裁判所に持って帰って食べようかな」と思っていたのだが、意外に、店先で弁当を売っている店は少なかった。

「横浜中華街でどの店の肉まん/豚まんが美味いのか」というのは昔からの個人的なテーマではあるのだが、きちんとチェックしているわけではないので、どこの店は食べたことがあるかが曖昧になり、今のところ「ここが一番」というのははっきりしていない。せいぜい、「1個500円は高いけれど(その代わり巨大)、やっぱり『江戸清』は納得できる味かな」程度。ほか、今回食べた中では、中華街大通りに面した「同發」のものがオーソドックスながらなかなか。なお、「中華街の肉まんだからどこもそれなりに美味い」ということはなく、中には「これならコスパ的にもファミマの黒豚まんのほうがいいや」と思うものもあったりする。

ちなみに中華街の人通りは、コロナ前と比較すると激減と言っていいくらい減っているように感じた。昼時に中華街大通りがこんなに向こうまで見渡せるなんてなかった気がする。

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実際には、中華街とは反対の馬車道側に行った方が、ビジネスマン向けの小食堂とか店先での弁当販売などが多かったようだ。最終日には、麻婆豆腐が美味いと裁判員仲間の人に教わった、太田町通りの「三熙(さんき)」という店に行って、「もつ麻婆豆腐定食」を食べた。味は甘いのにがっつり辛く、なかなか好み。しかしセットとしてサンマーメンが付くのは個人的には余計で、その分麻婆豆腐が多いほうがよかったかも(知っていればそういう注文にすればいいだけの話だと思うが)。

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近くで見た案内板。落ち着いて見れば、横浜の「中区」の年金事務所であることがわかるが、ぱっと見では、どうしても「横浜・中年」と読んでしまう。

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サヨナラ、ポスト

●用事があって横浜に連日通っているのだが、23日火曜日はその仕事も梅雨空も“中日”だったので、葉山方面に歩きに行く。

行程は、県道311号をずっと歩いて、桜山隧道を通って葉山町へ。長柄から葉山町役場前、大道入り口を経て御用邸前まで。そこから今度は海沿いに引き返して、鐙摺を通って逗子海岸。海岸経由で帰宅。

●ちょっと前に書いたように、現在、私のスマホでは「Pokémon GO」が起動できなくなっていて、外歩きのモチベーションが下がり気味(かといって、健康上歩かないわけにもいかないので歩きに出たわけだが)。

なお、私のスマホはポケモン的には使えないままだが、代わりに神保町の事務所のGさんが、FREETELの予備機を貸してくれた。私のスマホはau系で、FREETELにSIMを移して使うことはできないが(その辺の仕組みは面倒なので略す)、それでも、Wi-Fi経由であればポケモン専用機として使える。

しかしこれがなかなか微妙で、まず

  • 自宅でなら問題なく使える。
  • 神保町の事務所でも、事務所のWi-Fiに問題なく接続できた。
  • 横浜のヨドバシカメラの館内ではなんとか使えた。
  • が、その他、街の中のFree Wi-Fiの場合は「認証できませんでした。もう一度やり直してください」と出てきて、うまく接続できない。火曜日の散歩の際にも、Wi-Fiが使える葉山町立図書館に寄って試してみたがダメだった。

というわけで、現在、借りたFREETELは、ほぼ自宅内ポケモン専用機となっている。

ちなみに、「8月で32bit機のサポートを打ち切る」としたNIANTICの発表に関しては、その後、「終了予定を延期」ということになった模様。しかし、仮に8月で終了ということだとしても、本来は少なくとも7月末まではサポートすべきはずだが、6月初旬に発生した不具合にも関わらず、一向に解決の気配がない。NIANTICの「Pokémon GO」サポートページにおいても、「確認されている不具合」は、6月9日に


Android 5 または 6 の一部の端末では、アプリを起動できない場合がある

不具合内容:Android 5または6の端末をお持ちのトレーナーの中には、ポケモンGOアプリの読み込み画面を完了しても起動ができない場合がある。

ステータス:調査中


と書かれたきりで変化なし。いやまあ、古い低性能スマホの面倒まで、いちいちいつまでも見てられんよ、というのは判るんだけれども、それならそれで「これ以降はサポートをやめる」と言った期限まではしっかりやるか、できないならすっぱり「やめました」と言ってほしい。

●葉山町内には、現役の丸ポストが以前に調べた時点では9基あり、今回の散歩の経路上には、そのうちの6基がある。せっかくなのでついでに現状の写真も撮っておこう……と思ったら、その最後の1基、森戸神社近くのもの(堀内1047)が根石(台座の石)を残してなくなっていた。

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3枚目は2年前に撮った、「在りし日の姿」。もともとはポストの後ろの空き地は店があったらしく、その店が閉まった後は表に張られた板がポストの形にくり抜かれ、そこから半分現れる「埋まりポスト」状態で何年か存在していたらしい。2年前に見に行った時にはすでに建物がなかったが、結局はポストも撤去されてしまったらしい。なお、Googleのストリートビューを見ると、少なくとも昨年6月にはまだ存在していたことがわかる。

中の収集袋を立ったまま交換すれば済む角型ポストに比べ、丸ポストは体をかがめて手で郵便物を掻き出さねばならず、郵便局員には余計な不便を強いることになる。さらには手紙/はがきの利用自体が減っており、一方でポストの設置基準は昔よりも厳しくなっているようで、古いポストの消滅圧力はいよいよ増している。減っていくのは致し方ないのだが、それでも、できればできるだけ長く現役でいてほしいと思う。

なお、2年前に葉山の丸ポスト9基をまとめて訪ねた記録は以下。

今回確認した残り5基、

  • 堀内671:風早橋バス停近く
  • 堀内1825:向原交差点
  • 一色1818:セブンイレブン葉山一色店
  • 一色2095:町屋倶楽部前
  • 一色1657:近代美術館近く

は、収集時間に変更があった程度で、ちゃんと現存していた。残るうち、長柄769-1(御霊神社前)と、 一色692-2(葉山大道、HACドラッグ向かい)の2基については、比較的最近視認しているのでまず大丈夫。一色1222(一色小から大道を隔てて反対側の住宅地の中)だけは2年前に見たきり。

●なお、以上のような行程で歩いたのは、葉山のポストの現状確認が第一目的ではなく、葉山町のマンホールカードの題材になっているカラーマンホールが御用邸前の一か所だけにあり、それを見たいと思ったため。

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目的のマンホール蓋はより大きい蓋の中にはまった、いわゆる「親子蓋」形式になっており、さらに隣には同じく親子蓋になった(カラーではない)通常版のマンホール蓋がある。

葉山のマンホールカードについてはこちら

●マンホール蓋を見た後、一色の近代美術館脇から海岸に出たら、砂浜への出口のところで突然目の前からにょろにょろとヘビが逃げ出してビックリ(もちろん、のんびり日向ぼっこでもしていたらしいヘビのほうも、突然人が来てビックリだろうが)。

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3枚目写真は2枚目の拡大切り出し。柄模様から、「えっ、これって、もしかしたらマムシ?」とも思ったのだが、帰宅してよく調べてみると、コンクリート壁をほとんど垂直に登ることができる能力と、エラの張っていない頭部の形から見て、アオダイショウの幼蛇であるらしい(それなりに大きく、たぶん1mくらいはあったと思うが)。アオダイショウの幼蛇はマムシに似た模様を持つのだそうだ。

●葉山のポストが一基なくなったことをfacebookに書いたら、地元の知人から「逗子の4基は大丈夫?」と聞かれて、ちょっと心配になったので、土曜日に改めて見回りに行ってみた。結論から言うと、とりあえず全部無事。

●逗子の4基のポストを見回ったついでに、最も東の1基のさらに奥の谷戸に足を伸ばしてみる。

以前、facebookの逗子のニュースグループで、「地元民にしかわからない(俗称としての)地名、ランドマーク名」が話題になった。例えば「サリーちゃんち」(名越の山の上にある洋館)や「うんどこ」(第一運動公園)などがその例だが、そうしたなかに「はっしゃば」というのがあった。

それが今回訪れた一角で、具体的な住所は沼間4丁目12、13、15、16あたり。狭い谷戸に沿って、ハシゴ形の道路で区分けされた細長い住宅地で、南側は「ハイツ東逗子」という集合住宅、北側は戸建て住宅が並んでいる。「はっしゃば」とは、なんだか「ハッテンバ」の仲間と誤解されそうな名前だが当然無関係で、海軍の機関銃工場に付随した試射場(「横須賀海軍工廠造兵部 沼間機銃発射場」)だったことによる。

いつも通り、サイト「東京湾要塞」を虎の巻とした。

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最初の1枚は、地区の見取り図。

続く3枚は、谷戸の下手(南側)から、谷戸東側の道を徐々に北に進んでいく途中写真。こちら側はやや道が曲がっているので、途中まで行かないと北端は見通せない。3枚目が北端近くで、突き当りの向こうには、現在はヨコヨコ(横浜横須賀道路)が通っている。

4枚目は北端から折り返し、西側の道路を南に向いて撮ったもの。こちらは東よりも道路が真っすぐで、南端近くまで見通せる。

5枚目は南端にある街区公園。「柚沢」もしくは「柚子沢」が本来の小字名であるらしいが、読みは「ゆずさわ」ではなく「ゆずっさわ」であるらしいことが、公園名に振られたルビで判る。

6枚目も南端近くで見たマンホール蓋。旧海軍水道の水道路(すいどうみち)からはちょっと離れているにもかかわらず、なぜか横須賀市水道局の蓋。元軍用地なので、軍用水道の支線のようなものでもあったのだろうか? いや、浄水施設も介さないで、そんなことってあるのか?

このように、現在では遺構の類は何も残っていないが、当時は、南側に試射を行うための銃座や観測所、弾薬庫などがあり、北端が銃弾を受け止める土手になっていたらしい。現在では、地区の細長さに「なるほど、言われてみればそんな感じだなあ」と思う程度。

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最後に、終戦直後とほぼ現在の空中写真比較。例によって国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」より引用。左は終戦間もない1946年2月22日米軍撮影の「USA-M53-A-7-28」、右は2019年6月16日撮影の「CKT20194-C14-60」から切り出した。

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おかわり自由

●もしかしたら、以前にも一度書いたことがあるかもしれないが、昔、地下鉄の新宿三丁目駅前にイエローサブマリンのスケールモデルの店があった頃、そのすぐ近所に、えらく人懐こいインド人のお兄ちゃんが、小さなスナックを昼の数時間だけ借りて開いているカレーショップがあった。

「このカレーはネー、ボクがインドで食べていたのと一緒。でもゴハンは日本のお米のほうが美味しいネ」

というそのカレーは素朴ながら美味く(そして安く)、メニューは確か固定3種類と日替わり1種類の4種類だけ。

何と言っても際立っていたのは、普通盛も大盛も同じ値段、しかもご飯が先になくなればご飯、カレーがなくなればカレーと、無限お代わりができたことだった。「それで100円とか高く取っても100万円儲かるわけじゃないし、それよりお腹いっぱい食べてほしいカラ」だそうな。しばらくしてそのお店はなくなってしまったが、あの大盤振る舞いで赤字になって畳んじゃったんじゃなければいいなあ……。

そういえば、これまたずいぶん昔の話だが、ソウル駅近くで韓国人の若いカメラマン氏に連れて行ってもらった、おばちゃんが一人でやっているらしかったソルロンタン(真っ白い牛スープ)屋も、「無限お代わり制」だった。あのソルロンタンも美味かった……。

●なんてことをいきなり思い出した理由。

「ごみ取り権助(T-34-85 m1943)」製作記番外編。

現在制作中のT-34-85 m1943はアカデミーの車体にグムカの砲塔の組み合わせで、当然ながら、アカデミーのキットの砲塔はまるまる余っている。そんな砲塔を手に取って眺めているうち、ついその気になって削り始めてしまった。

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ベースは、キットに2つ付いているうちの初期タイプのほう。大げさかつ不自然な「恐竜肌」だけでなく、バッスル部の「ハードエッジ」も削り落とし、頸部や前半部も削って形状修正するなどして、とりあえず1944年型の初期型が目標。実物写真と見比べると、若干、頸が短いような気もするんだよなー。どうするかなあ。などと思いながらゴリゴリゴリ。

ちなみにこのタイプの砲塔は、現時点ではインジェクションキットではどこからも出ていない(はず)。レジンキットではどこからか出ていたかも。もっとも、そのうちMiniartからは出そうな気もする。

いずれにしても「廃品利用」といえば聞こえはいいが、当然ながらすでに車体は1943年型に使ってしまっているわけで、この砲塔を載せるべき車体がない。もう一個、アカデミーのキットを買うのか?

いかん! これではT-34の無限お代わりに突入してしまう!

ちなみに1943年型の方はちょっとした山場、起動輪を工作中。それについてはまたいずれ。

●直近の模型の買い物。先週の初め、BOOKOFFでMiniartのT-70用履帯が税込950円で売られていたので購入。

タミヤのSU-76Mは、ちょっとだけ手を入れて放置してある。バレンタイン同様、金型代の節約のためか穴のない履帯は不満ながら、それほどガッツリとディテールアップする気にもなれず、「そのままでいいか」とも思っていたのだが、思ったより安く履帯が手に入るとなると、ついつい転んでしまった。

さて、この履帯……。帰宅して開封してみたら、なんと、元の持ち主が入れっぱなしにして忘れていたらしい、パッションのSU-76M用のエッチングセット(タグは外れていたがパーツ自体は手付かず)が出てきた。なんとお得!

……と思ったが、私はすでにパッションのエッチングは買って、一部はキットに組み込み始めているし、この先、タミヤのSU-76Mをもう一輌作る日が来るとも思えないので、別にそれほどお得でもないのだった。中古屋にでも売るか……。

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●兄の発案で、母を箱根湯本の温泉に連れて行くご相伴に与る。計画したのは新型コロナウイルス騒動が深刻化する以前のことで、この期に及んで出掛けるのは如何なものかとも思わなくもないが、母は家から兄・甥と車で往復するのみ、どこに何を観に行くでもなく、宿から一歩も出ない態勢だし、むしろ街にいるよりも、人が減った観光地のほうが逆にマシかもしれないというわけで、そのまま決行。往復、電車で行った私のほうが危なかったかも(平日昼間なので電車も空いていたけれど)。

行き帰り、小田原(小田原市)と辻堂(藤沢市)でマンホールカードを貰った。写真は小田原のもの。配布場所の「小田原宿なりわい交流館」の隣には丸ポストが立っている。

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なお、このあと数日して、マンホールカードがお手本としているダムカードは配布中止になったそうだ(ダム勤務者が新型コロナウイルスに罹患してダム機能に支障が出るのを防ぐためか)。

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季節労働の終わりと砲台山再訪

●毎年秋は、とある年刊のムックの制作に携わるためしっちゃかめっちゃかになるのだが、特に今年は(スタートが遅かったこともあって)泥沼化。11月に入って当「かばぶ」の更新がまったくストップしていたのもそれが理由なのだが、とりあえず、それも1週間ほど前にすっかり終わった。もう何があっても知らん。

そんなこんなで、先月にはほぼ組立が終わっていたホルト75トラクターも放置状態。はっと気づけば、SUMICONの終了まで1週間を切ってしまった。……この週末のうちに色を塗り始めよう。間に合うかなあ。

●一応、健康上の理由により毎日ある程度は歩くようにしているのだが、上記のように「大物」が片付いたので(実を言えば、その分しわ寄せを食った別の仕事が押しているのだが)、久しぶりに“がっつり”歩く。

先週日曜日(18日)は家から歩き始めて鎌倉旧市街を横切り、極楽寺から尾根に上って鎌倉山に抜け、藤沢市境直前の手広まで。その後また歩いて鎌倉駅前まで戻ってバスに乗って帰宅。

散歩途中、大町の「アルモリック」で、カヌレをとうとう購入。これまで、行くたびに「売り切れ」「夏の間はやっていません」「定休日」等々で買えなかったもの。さらに長谷の「なみへい」で焼きピロシキを購入。これまた夏の間はやっていなくて試しそびれていたもの。昼食(の一部)およびそのデザートとして食べた。

アルモリックのカヌレは表面がカリッとほろ苦甘く、中はトロモチな食感で美味し。なみへいの焼きピロシキは、餡がなんとなくインド料理っぽい香辛料の配合の感じがしたが、味それ自体は私好みでこれも美味かった。

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ついでに、鎌倉市内で未見の数基の丸ポストのうちの2基に新たに会って写真を撮ることができた。1基目は鎌倉山ロータリーのもの。桜の木の下にあるので、春には見栄えがしそう。

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2基目は手広の、鎌倉消防署深沢出張所斜め向かい。

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日が暮れて鎌倉駅まで戻る途中、常盤あたりの某キリスト教系幼稚園の前にあるのを見掛けた彫像。

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なんだか、天使が崖っぷちにいる子供にそーっと近寄って突き落とそうとしているように見えるんですが……(バチあたりな奴)。

●24日土曜日。逗子から自衛隊の武山駐屯地のあたりまでバスに乗り、武山-砲台山-三浦富士の三浦半島横断ルートを歩く。

昨年8月に歩いたルートをほぼ逆にたどったもの。登り始める前、一騎塚交差点近くで、出掛ける前にGoogleマップを見ていて所在を知った「永野プラモデル店」に寄ったが、結局何も買わず。申し訳無し。

武山山頂の不動院を経て、砲台山へ。前回行ったのは真夏で下草も多く、hn-nhさんに「調査なら冬にやれ」と笑われたため、捲土重来。いや確かに仰る通りです。とりあえず、全景に関しては前回を見て頂くとして、今回は、改めて撮った細部等を少々。

まずは、前回は草に覆われていてクローズアップが撮れなかった、兵員詰め所?と思われる大きな窪み部分。

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出入口の階段から、反時計回り方向に、砲弾仮置き場の壁龕一つを隔てて存在しているのは披露山(小坪高角砲台)と同一。ただし、窪みの手前の広い部分左右壁は上部まで表面が綺麗で、もともと(少なくともこの部分には)天井がなかったのが判る。これは披露山の砲台との大きな違い。

また、手前の広い部分の突き当り壁には鉄骨が飛び出ているので、当初はもうちょっと複雑な形状をしていたようだ。

奧の狭まった部分は、元々は天井があったらしい。現在は積もった土砂(その下には崩れた天井のコンクリートもあるかも)で見えづらいが、左右は奥行きがあり、全体ではそれなりの広さの小部屋になっている(それでも4,5人が入れば一杯なのでは、という感じだが、もしかしたら半分埋まっているのでそう見えるだけで、もっと広いのかもしれない)。

狭まった部分の(向かって)右側は壁の崩れた痕跡があるので、この小部屋の入り口は本来はもっと狭かったようだ。

hn-nhさんに教えて貰った「 大津島高角砲台遺構」の記事にある写真では、この詰め所?入り口部分は天井がなく、披露山よりもこちらの仕様に近そう。

ほか、細部写真をランダムに。

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1枚目:中央の砲架跡部脇にある、何かの機器の取付部。前回も撮ったが、今度は大きさを見るために手を添えて撮ってみた。

2枚目:中央の砲架跡の穴周囲は、軽く段付きの二重縁になっている。この段に金属製の台座がはまっていたのか?

3枚目:とりあえず地面上に出ているコンクリート製砲座外周の厚み。

4枚目:出入口の階段。その向こうに詰め所?跡がある。

5,6枚目:改めて、仮弾薬置き場の壁龕。5枚目で奥の壁の上部がボヤッと光っているのは心霊現象ではなく、写真を撮るときにも見えたので、何かに反射してきた西日らしい。

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若干引きの全景っぽいものもいくつか。しっかり全景で撮っていないのは、この時、写っていない端で、数人の方が木にロープを引っ掛けて、何かの作業か訓練かをしていたため。

なお、砲台がある山頂へは、資材搬入用に拓かれたらしい、一応自動車も通れる道が渦巻き状に斜面を上がっていくのだが、山頂手前でショートカットの細道が分かれている。前回来た時には気付かなかったので、夏は藪に埋もれてしまうのかも。

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左が渦巻き状にゆるやかに上がっていく本道、右が近道で、これを通ると上の砲台の裏側――というか、上の砲台からさらに奥の藪に分け入る道の途中に出る。

よく参照させてもらっているサイト「東京湾要塞」の砲台山のページによれば、実際にはこの山頂には(披露山同様に)砲座が3つ作られていたらしく、上写真のものは中央の一基。もう一つ(本道から上がってきた時の手前側)は海上保安庁の通信施設の下になって現存せず(あるいは埋められているだけかもしれないが)。さらにもう一つは、上の砲台の奥の藪の中に、こちらはかろうじて現存している。

前回は藪も深くて確認しなかったが、今回は(先の細道のおかげで奥に小道が続いているのもわかったので)、どんな状態になっているのか覗いてみた。

小道を突き当りまで歩いてみたが、足元に何カ所かコンクリートの角が顔を出している(下写真3枚目)ほか、それらしいものがない……と思ったのだが、脇の藪の暗がりを覗き込んでみたら、コンクリートのすり鉢の一部が確認できた。

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1枚目の写真は藪の上からの写真で、藪がゆるやかに窪んでいるのが、ほぼすり鉢状の構築物の形状をなぞっている。2、4、5枚目はちらりと覗くコンクリート製構築物の一部。藪と落ち葉等に隠れてよく見えないが、入口階段か詰め所?部分の角のようだ。足元もよく確認できないので、不用意に近づくといきなり穴に落ちそうで怖い。全体をはっきり確認するには、徹底的に草刈りするか山焼きをするしかない感じ。この季節でこんな具合なので、夏季にはほとんど確認できない可能性も高い。

オマケ。前回よりちょっと明るい状態で撮った、アプローチの本道脇にある、計算所施設の台座。

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●砲台山からなるべく早く降りるルートを辿ればよかったのだが、欲をかいて(当初予定通り)三浦富士まで尾根伝いに歩いたら、三浦富士の頂上でちょうど日没を迎えてしまった。

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YRP野比駅方面に降りたが、急勾配の山道がどんどん暗くなり、足元も見えなくなってきて大いに焦った。前回と同じく昼食後すぐに出掛けたのになぜ……と思ったが、考えてみれば前回は真夏で日が長かったのだから、余裕があって当たり前。迂闊。ここが戦場なら即死。

●話は前後するが、23日金曜日、祝日だが仕事で新宿。ミーティング相手の1人であるポーランド人は、先日、母国の田舎の村で農業をしていたお兄さんが亡くなり、その整理のために一時帰国していたのだが、「トラクターが処分できなくてまだ倉庫に残っている」由。「それって、もしかしてウルスス(URSUS)ですか?」と聞いたら、「そう! ウルスス! なんでそんなの知ってるの!?」と大いに驚かれた。

……オタク知識の発露。でもさすがに「ウルススA型トラックが」とか「wz.29装甲車が」というような話はしない。

●逗子銀座商店街にある古いおもちゃ屋、「のんきや」さんが来年早々にもついに閉店だそうだ。もともと、逗子に引っ越してきた当初は逗子銀座商店街裏に住んでいて、「のんきや」さんとはご近所付き合いもあったので残念。

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サファリ・ゾーン

20180830_173012 ●8月30日。横須賀で開催されたポケモンgoのイベント、「Pokémon GO Safari Zone in YOKOSUKA」に(仕事をサボって)出掛ける。

事前申し込みで、比較的軽い気持ちで応募したらたまたま当選してしまったもの。なんだか込み入った手順で、

メールで当選通知が送られてくる。
 ↓
リンクで開くシートを印刷して、開催期間中の指定の日に会場に持参。
 ↓
会場内のポケストップを回すとアプリ内でエントリー画面が開くので、印刷したエントリーシートのQRコードを読み込む。
 ↓
会場の範囲内でだけ、参加者にのみ特別なポケモンが沸く。

仕事先のC社長夫妻含め、非参加組のポケモン仲間から、交換用にたっぷり獲ってこい!という圧力を受けていたので、アホ暑い中、頑張って会場のヴェルニー公園と三笠公園を往復してせっせと捕獲する。

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写真は、この日もでーんと威容を晒していた「いずも」と、それに比べるとひっそり感のある「黒なめくじさん」の「そうりゅう型」2隻。3枚目は三笠と東郷平八郎の銅像。いつにない人出に「またロシアと戦争?」とか思っているかしれん。

ちなみに出現した「珍しいポケモン」は、通常であればアフリカ限定?であるらしい「トロピウス」と、「YOKOSUKA GO!」の綴りに使う「Y・O・K・S・U・G・!」の7種類のアンノーン。

いやいや、本当に暑かった! 頑張った! 日焼けした! 「ポケモンgo」のアプリが頻繁に熱落ちした。

●ついで。ヴェルニー公園の隣にある「ショッパーズプラザ横須賀」の前には、横須賀市内唯一の現役丸ポストがある。というか、これまで何度もショッパーズプラザに行っているにもかかわらず、先日なんとなく検索してみるまで知らなかった。

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なお、横須賀市にはあと3基、小学校の敷地内に単純にモニュメントとして残されている「引退丸ポスト」がある。そのうち一基が、三笠公園近くの小学校(諏訪小学校)にあるので、ついでに寄って塀越しにチラ見えしているのを撮ってきた。

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よく見ると投函口と取り出し口が真逆を向いている。

●数日前、某有名コーヒー専門チェーン店に行ったのだが、注文して出てきたホットコーヒー、「たっぷりブレンド」(要するに大盛)を飲んだら明らかに甘い。

普段、コーヒーはブラックしか飲まないが、別に甘いコーヒーも飲めないわけではない(糖尿病なので飲まないほうが好ましいかもしれないが)。……とはいっても、出てきたブレンドコーヒーが最初から砂糖入りというのはあまりに妙なので、店員さんに「これはこういうものなんですか?」と訊ねたら、曰く、

  • 実際のブレンドコーヒーは、(当然ながら)甘くないのがデフォ。甘いのを出したのは間違い。
  • 甘かったのは、店員が、最初から砂糖入りであるアイスコーヒー用パックを、通常のブレンド用パックと間違えて温めてしまったせい。

……である由。

慌てて謝って交換してくれたのだが、後からよくよく考えると、

  • 昔の喫茶店なら普通だったかもしれないが、最初から甘いアイスコーヒーというのも近頃では珍しい。
  • という以前に、そもそもコーヒー専門店でありながら、アイスコーヒーだけではなくホットのブレンドコーヒーも、豆から淹れるのではなくパックを温めるだけ?

などなど、ツッコミどころたっぷり。少なくともプロセスに関する限り、コンビニコーヒー以下! 値段は3,4倍もするのに! まあ、私自身、味覚はかなり大雑把なほうなので、そのまま普通に出されていれば「まあこんなもんかな」で特に気付かず飲んだと思うのだが。

●5日。仕事で都内。四谷で人と会う約束だったので、昼過ぎに四谷仙波堂を覗いてみたがまだ開店しておらず。用事が終わったあとは、お会いした方と駅前で別れてすぐに地下鉄の改札をくぐってしまい、「あ、仙波堂に行きそびれた」と後から思い出した。迂闊。

神保町の事務所に寄ってから秋葉原に回り道。IBGのTKSを購入。これについてはまたいずれ。

●6日。北海道で震度7の大地震。現地の皆さん、お見舞い申し上げます。

(とりあえず札幌のY氏は無事な様子)

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続・葉山の丸ポスト

●葉山町内の丸ポスト探訪その2。前回時間切れ&バッテリー切れで撮れなかった、9基のうちの残り2基を改めて訪ねてきた。

繰り返しになるが、丸ポスト特定のソースは、サイト「ポストマップ」。

▼葉山町長柄769-1(ポスト番号112)。

葉山町の丸ポストは、町内6地区(行政区、旧6村)のうち、おおよそ一色と堀内に集中しているが(5基が一色、3基が堀内)、1基だけ長柄にある。以下はその長柄の御霊神社前のもの。

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隣がごみスポットなので、ごみ収集前だと、ちょっと可哀想な姿になりそう。昭和41年製だろうか? 鋳造銘はちょっと読みづらい。根石は肩の部分まで埋まっている。

ポストの向かって左側が長柄村鎮守の御霊神社。鎌倉・坂ノ下の御霊神社同様、鎌倉権五郎景政を祀っているらしい。ちなみに逗子・沼間の鎮守である五霊(御霊)神社は鎌倉景政とは無関係。

▼葉山町堀内671(ポスト番号240109)。

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国道134号沿い。バス停「風早橋」近く、「たねや」という商店の前(というか脇?)にある。ロケーション的にはだいぶ目立つ場所だが、スペース的にはちょっと窮屈そうであるうえ、放置ごみもあって雑然とした印象。

●前回撮影の丸ポストの補遺。堀内671(ポスト番号240109)のポストを見に行ったついでに、もう一度寄った時のもの。

▼葉山町一色2095(ポスト番号240124)の鋳造銘。前回貼った写真では「昭30」の製造年しか読めなかったが、ちょっと角度を変えて撮影したこの写真では社名もなんとなく見える。少なくとも「工業」は確かそう。「吉村工業製」?

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▼葉山町一色1818(ポスト番号240129)、前回は車が停まっていて撮れなかった、ちょっと引いた写真。

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●長柄のポストを見に行った日(8日)、だいぶ街外れの神社に設定されたポケモンgoのジムにポケモンを置いたら、なんと7日と1時間居座ってから、やっと帰ってきた。

もともと自軍のカラーだったのでジム戦もせず、単に空きに置いただけだったのに、余裕で銀バッジに。いやもうそのまま金バッジまで行ってしまうんじゃないかとさえ思った。これまで(たぶん)最長だった浦賀の街外れの史跡の4日5時間の記録を大幅更新。田舎のジム、ぱねぇ。

●風早橋に行くついでに(9日)、葉山しおさい公園内、しおさい博物館の企画展示「化石は語る」を見てきた。それなりのボリュームのあるものなのかと思ったら、小さな展示ケース5つだけのミニコーナー的なもの。もっとも、しおさい博物館自体かなり久しぶりに行ったので、それなりに面白かった。

園内のあじさいもちょうど見ごろ。最後の1枚は、そのあじさいの花の上にいた、ちょっと見慣れない中型の蛾(ツマジロエダシャク?)。

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20180612_210809 ●「マルハナバチ国勢調査」の5月の月間投稿数1位になって、賞品を頂いた。賞品はいくつかの選択肢のなかから選ぶことができる。以前に一度頂いた時にはニホンミツバチの百花蜜の小瓶を選んだが、今回は、同調査のfacebookページで見て気になっていた、「まる花札」を選択。

各種マルハナバチと、それが好む花をセットで集めて点数を競うものであるらしい。各花には、どんな種類のマルハナバチがどれくらい好むかに応じて点数が割り振られている。

もっとも、カードそれ自体はそれほど厚くないボール紙なので(小学館の学年誌のオマケに使われているような、という説明でイメージできるだろうか?)、傷むのがもったいなくて、気軽には遊べないかも。という以前に、うちの家族はマルハナバチのゲームに付き合ってくれるかどうか……。

20180612_155857 ●知人に「運動公園でヤマモモがなっているよ」と教えて貰い、つまみ食いしに行く。ヤマモモを食べるのは初めて。

手の届く範囲のものはすでに落ちてしまったか、食べられてしまったかで、採れたのは7個、8個。アセロラ系の、だいぶ酸味のある甘さ。赤黒く熟しているともっと甘そうだが、手が届かなかった。

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葉山の丸ポスト

「ほーみたいっ(hold me tight)! 大阪ベイ・ブルース」(悲しい色やね)

という歌詞を、タイガースの四番打者か何かを歌っているのではないか(要するに「浪花のモーツァルト」とかそんな感じ)と思っている人は意外にいそうだが、

「大阪の街よーすてん」(大阪で生まれた女)

というのを、大阪版のヤン・ヨーステンのことだと思う人は、さすがにいない気がする(仮にいても、かなり変な人だと思う)。

●などという愚にもつかないことを考えながら、隣町ながらなかなか足を踏み入れない葉山を散歩してきた(5日)。家に閉じこもっていても午後は特に暑いこと(かといって流石に冷房を入れるには早い気がしていること)、梅雨で閉じ込められないうちになるべく歩いておこうと思ったことなどがきっかけ。

目的は葉山町内に残った丸ポストの探訪。

我が町逗子の丸ポストは、以前に

逗子の丸ポスト
続・逗子の丸ポスト

に書いたように、現在、たった4基しか残っていない。それに対し、葉山町内の丸ポストは、常々頼りにしている「ポストマップ」によれば、倍以上の9基ある。鎌倉市内現役30基に比べると少ないが、比較的頑張っているほうではないかと思う。それでも、今後減ることはあっても増えることはまずないので、今のうちに見ておきたいと思った次第。

逗子駅前からバスに乗り、「森戸神社」で下車。バス停すぐ近くの1基を皮切りに、海岸沿いを歩き、葉山の街の真ん中に居座っている感じの「大峰山」を巻くように歩く。

とりあえずこの日は、全9基中7基を撮って、8基目撃(最後の1基はバスの中から見た)。全部回らなかったのは、(出発が遅かったので)日が暮れてきたためと、スマホのバッテリーが切れたため。

▼葉山町堀内1047(ポスト番号121)。

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県道207号森戸海岸線沿い、「森戸神社」バス停すぐそば。昔は後ろに商店か何かあったらしいが、現在は空き地の前にぽつんと立っている(数年前までは廃屋をふさいだ板から前面だけ覗いているという珍奇な姿だったようだ)。

後ろの土地に何ができるかにもよるが、場合によっては撤去されてしまうかもしれない。先行きがちょっと心配な一基。

海岸通り沿いで傷みが早いのか、塗装はボロボロで、塗替えが必要な感じ。

▼葉山町一色1657(ポスト番号240123。ポスト番号は3桁のものと、管轄の郵便局番号(郵便番号)の240付きのものとが混在しているが、そのポストに貼られたカードに準拠した)。

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同じく県道207号沿い、県立近代美術館葉山そば。何年か前に写真に撮って当「かばぶ」に載せたものと同じだが(その時の記事)、その時とはなぜか向きが変わっている。

後ろの「赤いポスト」の看板を見ても、後ろの商店の顔として大事にされている感はあるが、しかし肝心の商店は今も営業しているのだろうか?(前回訪問時も今回も閉まっていた)

6/9追記。本日、バスで前を通った時にちらりと見たら、後ろの商店が営業中だった。重畳重畳。)

▼葉山町一色2095(ポスト番号240124)。

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1つ前のポストよりもさらに御用邸寄り。県道207号からちょっと引っ込んだところにあるので、地図で確認しないと見つけにくそう。「ポストマップ」によれば、後ろの建物は元郵便局(葉山一色局)だったらしい。

ポスト裏の鋳造マークは、製造年だけ読める(ちなみにこの前の2つに関しては、ポスト番号121はボロボロで、ポスト番号240123は向きの関係で隠れていて確認できず)。

▼葉山町一色1818(ポスト番号240129)。

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御用邸前T字路を曲がって国道134号沿い、セブンイレブン葉山一色店前。丸ポストといえば古くからの商店(もしくは元商店)前というイメージで、コンビニ前というのはちょっと珍しいかも。あるいは古くからの商店がコンビニに転業して、ポストはそのまま残されたものか? それとも(至近に「旧役場前」というバス停があるが)ここって元の葉山町役場跡地?

▼葉山町一色1222(ポスト番号131)。

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国道134号から、「葉山大道」交差点で県道27号横須賀葉山線に折れる。このポストは葉山町立一色小学校から県道を隔てて反対側、住宅地にちょっと入ったところにあり、ポスト番号240124よりもさらに見付けづらい。

現在は後ろは見たところ全く普通の民家だが、元商店だったらしい。

▼葉山町一色692-2(ポスト番号240102)。

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県道27号沿い。葉山郵便局先、ハックドラッグ葉山一色店向かい。裏面の銘は、最初の2文字(昭和)はなんとか読めるが、その後はよく判らない。

▼葉山町堀内1825(ポスト番号240108)。

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再び国道134号に戻り、逗子方面に歩いて葉山町役場を過ぎてさらに先。向原交差点脇。アジサイの隣に鎮座しており、ロケーション的には鎌倉・力餅屋隣と近い。

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庚申塔

●本来なら先月にとっくに終わっていなければならない仕事を引きずり中。おかげで模型関係もほとんど進展なし。

●2月6日、仕事でNICT(情報通信研究機構)に行った際に、その近所で見かけた丸ポスト(小金井市)。都心にはほとんど残っていない丸ポストだが、小平市を中心に西東京にはだいぶ現存しているようだ(以前、調布に行った時も行き帰りで2基見かけたし)。

ちなみに情報通信研究機構は、(検索時に出てくるHPのリードをそのまま引用すれば)「産学官で連携した情報通信技術の開発を目的とする独立行政法人」。日本標準時も司っているため、時々実施される「うるう秒の追加」の際には、ここの本館正面のデジタル時計がニュースに映し出されることが多い(その時には、「**:**:60」という表示を見ることができる)。

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●ポケモンgoは、妙にシブい小さなランドマークがポケストップとして設定されていることがある。ちなみに我が家に一番近いポケストップは児童公園だが、2番目は県道沿いにある石屋の店先においてあるハチ公の石造りのコピー。

先日、ちょっと散歩の足を延ばして披露山に登ったら、庭園住宅入口近くの庚申塔がポケストップに設定されていた。サイト「庚申塔探訪」の逗子の庚申塔のリストにも取り上げられておらず、道からも一段上がって奥まったところにあるので、ポケモンgoがなかったらずっと気付かなかったかもしれない。

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そんなこんなで再び庚申塔に興味を覚え、市立図書館に寄った際にレファレンスサービスで訊ねてみたら、こんな「そのものズバリ」な資料が出てきた。

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「その1」が庚申塔で、これによれば逗子市内には31カ所の庚申塔があることになっている(ちなみに上記「庚申塔探訪」では24カ所)。たぶんそのうち少なくとも10カ所以上はすでに見ていると思うのだが、いずれ機会があれば残りも回ってみたいような気もする。

●今年4度目のフキノトウ収穫(15日)。

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ひと掴みほどお向かいさんにお裾分け。ちょうど夕食が揚げ物だったので、半分は天ぷらにして食べた(若干ご近所Mさん宅にこれまたお裾分け)。残り半分は茹でて、数個はオリーブオイル和えでつまみ食い。さらに残りはそのまま冷凍保存。

●タミヤからレンドリース版ソ連軍仕様のマチルダが発売されるそうだ。単純なデカール替えではなく、パーツを組み替えて、既存キットより後期の生産仕様になっている。

作るならソ連軍仕様かなあなどと思いながら、セータ☆さんのところの「ソレマチ(ソ連軍のマチルダ〉」考証記事なども横目で見つつも、タミヤのマチルダはついついきっかけがなくて買わずに来たのだが、そうこうするうちにタミヤ自体に追いつかれてしまった的な。

●ここ2週間ほど、模型製作はほとんど開店休業状態だが、わずかに、ミニスケールのクルセーダーの予備履帯ラックを作り替え、パイロ48(旧インパクト)のマーチン・ハンダサイドの逆立ち防止スキッド先端のディテールアップ工作を行った。これらに関してはまた改めて。

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続・逗子の丸ポスト

●ほとぼり(何の?)が冷めないうちに、ということで、数日前に続き、逗子市内に4基残る丸ポストの残り1つを訪ねた。

この1基は池子のちょっと山の上、東逗子団地管理組合事務所前にある。ちょうど「池子の森自然公園」の週末の公開日にあたっており、久木側から公園を抜けて池子へ。理科ハウスの先から坂を上って団地に入り、ちょっと行くと、向こうに鮮やかな朱色が見えてくる。

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背後の製造者銘は土に埋まっていて見えない。

F1015336 ●丸ポストの近くの自販機で買ったUCCコーヒーがヱヴァ箱根缶だった。

もうずいぶん前から時々これを見るのだが、そんなに大量に生産しているんだろうか。神奈川限定で生産し続けている? 朝比奈のbookoff店舗内といい、今回の自販機といい、常にディスカウント価格(100円)なのも謎。いやまあ、もしかしたらどこでもUCCミルクコーヒーは100円なのかもしれないけれど。

あ、2年前に朝比奈で買ったのと同じ絵柄だ。

F1015402 ●前述のように池子には、「池子の森自然公園」(かつての池子弾薬庫跡地、現在の米軍管理地)を抜けていったのだが、広場の脇にクルミ(オニグルミ)が実を付けていた。食べてみたい!……でも自然公園内は動植物の採集は禁止。うう。

前回(初めて)訪れた際の記事にも書いたが、公園内は、もともと枝分かれした小谷戸のそれぞれに弾薬倉庫があったらしく、輸送用の引き込み線の跡が何カ所かで確認できる。

久木側と池子側を結ぶトンネル(New Hisagi Tunnel)の久木側すぐの脇道には、前回紹介したよりもはっきりレールが地表に出ていて、しかも、そのレールがまた分岐しているところも残っていた。

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4枚目はNew Hisagi Tunnelから見た池子側の空。丸く切り取られた空がいかにも夏っぽく青かったので。

F1015326b ●逗子市内水道路の海軍標石補遺。

逗子駅から鎌倉側、名越送水管トンネルまでの海軍標石は、現存するものは池田通り交差点付近の2基と、久木新道~法性寺バス停間の1基のみで、前者の近くにあったほか2つの痕跡はもうまったくなくなってしまったものと思っていたのだが、三上金物店の隣に1つ、ほぼ間違いないと思われるアタマ(もしくは断面)が1つ残っていた。

白黒の模様の特徴から、ここで紹介されている3番の写真と同じものと思われるが、地図上の場所は3と4が入れ替わっているかも(現在は駐車場になっている、元日通前に痕跡が一つあったのが判っているので)。

●逗子のポスト4カ所を回り終わったので、次は葉山? ポストマップによれば、葉山には丸ポストが9カ所現存しているようだ。以前、県立近代美術館の葉山分館に行った際に2カ所見ている(1カ所はバスの窓からだったので撮影していない)。

あるいは逗子市内の庚申塔巡りなんてのも面白いかもしれない、と思ったが、これはそもそもいくつあるのかもよく判らない。しかし、どんな世界にも先達というのはおられるもので、検索したらこんなサイトに行き当たった。偉大なり。

名越切通入口(久木新道)の庚申塚など私の知っている範囲でもリストに入っていないものもあるので、探せば市内で30カ所くらいにはなるのかもしれない。

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逗子の丸ポスト

●最近ほとんど歩いていないうえ、梅雨入りのお陰でますます運動不足になりそう。というわけで、仕事の谷間と梅雨の晴れ間が重なっているのをいいことに散歩に出掛ける。

いつもなら当然山歩きが主体になるところだが、ふと気が向いて、逗子の丸ポストを訪ね歩いてみることにする。

●お隣の鎌倉は現在でも30もの丸ポストが現役で、これはおそらく自治体単位では小平市と並ぶ日本トップタイなのだが、それに比べて逗子市は寂しいもので、丸ポストは4基しかない。

ポストマップで確認すると、どれも我が家からは市の反対方向で結構遠く、そのためこれまで行ったことがなかった(1基か2基は前を通ったことくらいはあるかもしれないが、その頃はまだ丸ポストにそこまで入れあげていなかった)。

多少は幸いなことに、4基のうち3基は、ほぼ同一方向にある。そんなわけで、逗子の丸ポストの3/4を以下に。

▼逗子~東逗子間、水道路沿い。桜山1丁目2-21、寿し魚友横。こういうちょっと古めのお店の脇というのは、丸ポストが最も落ち着いて見えるポイントだと思う。

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▼東逗子駅先、県道24号線沿い。沼間3丁目2-1、長谷川たばこ店前。忍法木の葉隠れポスト。しばらく前までは横に自販機が並んでいたらしい。脇道を挟んで隣の一段高くなったところは、古木の下の庚申塔。

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▼横横道路逗子インター近く、県道から北にちょっと入った住宅地。沼間4丁目5-24。隠れんぼポスト。

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残る一基はちょっとルート的には外れていて、京急神武寺駅からちょっと上ったあたりの住宅地の中にある。

●上の3つのポストは、ほぼ、逗子駅~沼間の水道路沿いにある。水道路(すいどうみち)は、かつて海軍が軍港・横須賀の水需要のため、はるばる中津川から引いてきた軍港水道半原系(その後横須賀市に移管)の上に作られた道路で、鎌倉、逗子を横断して横須賀に続いている。

今までも逗子駅近辺から鎌倉側に関しては、当ブログでも何度も取り上げているのだが、沼間まで辿ったことはないので、ちょうどいい機会なので、旧沼間ポンプ場までの道筋上の海軍標石を拾える限り拾ってみた。

逗子駅ロータリー~下田橋

逗子駅に近い、比較的短い区間。ここは駅に近いのでこれまでにもよく行って見たことがあり、当ブログで最初に海軍標石と水道路の話題を出した時にも紹介済み。

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1枚目は駅前ロータリーから水道路に入って10メートルほど?の左側にあるもので、状態も非常によく、とりあえず「海軍標石ってこんなモノ」というのを見たい人にお勧め(そんな人がいるかどうかは別として)。

3、4枚目は辻に向かい合って残っているもので、以前書いたように、角にもう一つあったのだが、家を新築する際に撤去されて(削り取られて?)しまった。

下田橋下脇には青いカバーの掛かった水道管が走っているが、1本しか見当たらない。鎌倉材木座の「水道路」交差点よりこちら側は水道路のもとになった半原系と、その後で作られた有馬系が並行しているはずだが、半原系は2007年に取水停止、2015年には廃止になっている(横須賀市上下水道局)。1本しかないとなると、これは有馬系? それとも橋桁に隠れてもう一本ある?

下田橋~蓮沼橋

くねくね曲がる田越川は下田橋で水道路の北側に行き、蓮沼橋でまた南側になる(その後もまた交差するのだが)。水道路は、田越川と県道24号の間を、おおよそ逆への字に走る。海軍標石もぽつぽつあるが、それよりも、戦後になって立てられた「横須賀市水道局」標石がやたらにあり、場所によっては数メートル間隔で3つ4つ並んでいたり、道を挟んで向かい合っていたりする。

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以上は「逆への字」のおおよそ頂点くらいまで。1枚目は右側が水道路で、かなりの長距離をまっすぐに進む水道路の特徴が出ている。左側に顔を出しているのが、2枚目写真と同じ標石。

この区間の海軍標石は、頭の上に横須賀市水道局ほかの、金属の「境界」標識を埋め込まれる改造が施されているものがちらほらみられる(2,3,4枚目。5枚目写真は4枚目写真の標石のアタマ)。

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逆への字後半。距離はそこそこあるが、前半に比べ海軍標石はあまり見当たらない。1枚目はサイズから考えて「たぶん海軍標石じゃないかなあ」的なもの。2,3枚目は同じ標石で、頭に2つもタグが植えられている。

最後の写真は東逗子駅近く、ヨークマート脇の蓮沼橋を渡る水道管。太いほうが有馬系、細いほうが半原系ではないかと想像。向こう側に裏側だけ見える看板は、実際には両側に掛かっている横須賀市水道局の注意書き。

蓮沼橋~沼間ポンプ場跡

東逗子駅前後からしばらくは海軍標石は見当たらない……と思ったのだが、ここを見ると、駅前に一つある。なくなってしまったのかもしれないが、私が単に見落とした可能性もある。

しばらく行くと、水道路はまた田越川と交差し、すぐに県道24号と合流する。見当たらないと思っていた海軍標石だが、沼間会館前の、おそらく火の見櫓跡ではと思われるコンクリート製の台座の根元に1基、横倒しになって塗り込められていた。それからしばらく行くと、沼間コミュニティセンター(旧沼間公民館)に着く、センター下の細長い駐車場が、元のポンプ場跡地であるらしい。

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2枚目は沼間ポンプ場跡地、逗子側(上流側)の入口。5,6枚目は横横インター側(下流側)。両方とも、古い門跡が残っている。場内(現在は駐車場)の県道側には、西洋の城の狭間(ツィンネ)のような凹凸の付いた古い壁がある。もともと半原系水道は水源地から逸見の浄水場まで自然流下で水を通していたのだが、昭和6年、能力向上のためにこのポンプ場が設けられたのだそうだ。

最後の3枚の海軍標石は、上記壁の外側にあったもの。1枚目は逗子側端、3枚目は横横インター側端。これは前出の研究サイトでも取り上げられていない。ポンプ場跡のこの壁と県道の間は民家が並んでいるので、この3つ以外にも、民家の庭にぽつぽつと並んでいそう。自分の家の庭先に海軍標石。いいなあ(いいか?)。

この沼間ポンプ場跡地から県道(と田越川)を渡ってしばらく行くと逗子・横須賀市境の水道隧道があり、そこまでにもいくつか標石があるそうだ(というのを帰ってから確認した)。せっかくここまで来たのだから、足を延ばせばよかった。

●散歩の行き帰りの雑多なあれこれ。

F1015306 F1015305 我が家の前のアカメガシワには、この時季、しょわしょわした花が咲いてマルハナバチもよく来るのだが(右)、そんな中に、小さな、やたら丸っこいハチのようなヤツがいた。花から花へ、結構忙しなく飛ぶので、ハチ?アブ?などと思っていたのだが、どうもよく見るとハナムグリらしい。後で調べて、「ヒメトラハナムグリ」という種類らしいと判明した(左)。愛用しているポケット図鑑「日本の昆虫1400」には「数は少ない」とある。

F1015205 沼間、県道24号線沿いで見かけたスゴイもの。この写真はちょっとピンボケであるうえに角度もあまりよくない。むしろストリートビューで見たほうがいいかもしれない(もちろん、この先更新されたらどうなるかわからないが)。

とにかく、明らかに傾いていて、崩壊寸前の廃屋に見えるのだが、実は、まさに営業中の床屋なのだ(看板も出ていないのがますます不思議)。地元の人にとっては見慣れた風景なのかもしれないが、中で散髪中なのを見て驚いた。

F1015203 五霊神社は沼間の鎮守で、市のほとんど反対側在住の私には馴染みがないものの、お祭りもそこそこ盛んらしい。境内は県道に面してちょっと高台にあり、こぢんまりしている割に鎮守の森が大木揃いで、特に拝殿に向かって右側の大銀杏は立派。鶴岡八幡宮の大銀杏亡き今、もしかしたら一円で一番立派なんじゃなかろうか。いや知らんけど。

説明板には、樹齢は800年、いや1000年にも達するかもしれない、などと書いてあって、ということは鎌倉時代か、下手をすると平安末期にまで遡ることになるのだが、実際には、日本へのイチョウの伝来は室町時代と考えるのが妥当であるらしい(ということは、どんな大樹でも樹齢はおよそ600年が最高ということになる)。これについては、この研究レポートがなかなか説得力もあって面白い。もちろん、鎌倉の三代将軍実朝が甥に暗殺された際、甥の公暁は例の大銀杏に隠れていたというのは後々の創作だというのが定説となっている。

沼間ポンプ場跡地あたりから上の3つめのポスト(沼間4丁目5-24)方面に行くには、県道の脇を入って横須賀線の線路をくぐる。……のだが、この横須賀線下の歩道が妙に素敵度が高い。写真ではあまり面白さが伝わらないかもしれないが、とりあえず写真と説明を以下に。

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横須賀線は、ごくごく短いガーダー橋で一番上を通っている。この橋はもともとは田越川と交差するもので、鉄橋から川面まではそこそこ高さがある。その間に、後から歩道橋(これは両方の川岸と同レベル)をくぐらせてしまったのがこの状態。歩道とガーダー橋は、頭をぶつけるほどではないが、かなり接近している。狭いところ潜り抜けマニアとか、「すぐ頭の上を電車が走るところを実感したい」人にもお勧め。

逗子の中心、亀岡八幡(市役所隣)の脇の入口には、古い街灯柱が立っているのだが、そこに、その街灯柱の製作者であるらしい会社の鋳物のプレートが付いている――というのを先日facebookの逗子ニュースグループで教えて貰ったのを思い出して見に行った。電話番号に局番がなく、「蒲田」局で掛けるようになっているのが時代がかっている。またよく見ると単なる銘板ではなく、上にはヒンジが付いていて、実際には街灯柱点検用の小扉であるのが判る。入口の両側に立っているのだが、もう片方の電灯柱はこのパネルがなくなっていた(ちなみにこちら側は街灯本体も失われていて、柱のアタマにはガイシだけがぶら下がっている)。

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