怪しい在庫

ノームかグノームか

 ●フランスの航空機エンジンのGnomeは、正確には語頭の「G」も発音して「グノーム」と読むのが正しいらしい。大学の時にフランス語を習っていたのに知らんかったよ……。

「日本人にとってなじみが薄い読み方をする」というだけで、実際には英語に比べてずっと綴りと読みは規則的なフランス語だが、「gn」という綴りは、通常は「ニュ」という発音を表す。地方名の「ブルターニュ(Bretagne)」や「シャンパーニュ(Champagne )」、ファッション・ブランドの「アニェス・ベ(agnès b. )」(日本では普通「アニエス・ベー」と表記)、三銃士の主人公の「ダルタニャン(D'Artagnan )」 などがその例だにゃん。実際、フランス語の子音の綴りの発音解説サイトなどを見ても、「gnはニュと読む」としか触れられていないのが普通。

というわけで、Gnomeについても、フランス語の正確な発音だとおそらく「ニョーム」で、それだとカナ表記としてもなんだか据わりが悪いので慣用で(英語読みとしても通用する)「ノーム」、なのだと思っていた。

もっとも、では語頭だと必ず「グヌ」になるのかというとそうでもなく、このGnome(地精)とか、Gnostique(グノーシス派の)とかは外来語(ギリシャ語由来)だからGも発音する、くらいの感じらしい(そもそも語頭にGnが来る単語は珍しく、手元の中辞典では、この2単語の関連語・派生語も含めて10数語しか出ていなかった)。

まあ、Gnomeの場合イギリスでもライセンス生産されていたりして、その場合は当然英語読みするだろうし、そもそもファンタジー世界のキャラ名として「ノーム」もそれなりに通っているので、「ノーム」と読んだままでも構わないと思うけれども。

●ちなみにフランスのエンジンのGnomeは、第一次大戦機ファンには「グノーム(ノーム)」、第二次大戦機ファンなら「グノーム・ローン(ノーム・ローン)」の名前で馴染みがあるのではと思う。

もともと「グノーム」と「ル・ローン」は別会社だったのが1915年に合併。グノーム・ローン(正式な社名はSociété des Moteurs Gnome et Rhône/ソシエテ・デ・モトゥール・グノーム・エ・ローン。間の&(et)を略してGnome-Rhôneと表記されることもあるが、これはブランド名かも)となる。

合併してからもしばらくは「グノーム」「ル・ローン」両系統のエンジンを作っていたが、興味深いのは、この両系列のエンジンは連合国側、枢軸国側両方の陣営で使われていたこと。例えばフォッカー・アインデッカーは一貫してグノーム系列のエンジンを使用しているし、フォッカーDr.IやフォッカーD.VIIIはル・ローンを搭載している。両方ともドイツのエンジン・メーカー、オーベルウーゼルでコピー生産されたものだが、単純にパクっているわけではなく、(少なくとも初期モデルに関しては)きちんと戦前にライセンス権を購入しているらしい。

……というわけで、ドイツのオーベルウーゼルに関しては、「フランスのロータリーエンジンを作っていた会社」みたいなイメージでいたのだが、今回ちょっと調べ直してもうちょっと面白い(入り組んだ)経緯が判った。

そもそもは1890年代、ドイツのオーベルウーゼルが小型ながらパワフルな単気筒エンジンを開発してGnomと名付け商品化、ヒット作となる。おそらく、「小さいがしっかり仕事する」というようなイメージから、Gnom(地精・小人)の名を付けたのではないかと思う。これをフランスの会社がライセンス権を購入して生産(綴りはフランス語でGnomeとなる)、さらにはその技術をもとに多気筒のロータリーエンジンを開発し、これが前記のGnomeシリーズとなった、のだそうだ。

●グノーム・ローンは、戦間期から戦後の一時期までは、バイクや自動車も手掛けていて、エレールからは下のような大戦中のオートバイの1:35キットも出ていた(というか、今でも出ているかも)。箱には車種形式など書かれていないが、実際には「AX2」という800ccのオートバイ(+サイドカー)で、1938年に登場。軍用としては1940年までに約2700台がサイドカー付きで生産されたらしい(キットの説明書とか「Kfz. der Wehrmacht」とかより)。

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例によってつまみ食いしてちょっといじってあるが、車輛本体のパーツ構成は2枚目写真のような感じ。これに(箱絵にあるように)フィギュア3体が付く。

Scalematesによれば、発売は1970年代後半で、タミヤのBMW R75サイドカーから数年後の発売ということになるが、出来としては同程度だろうか。1:35インジェクションのバイクのキットの常として、ワイヤースポークは太目で実感を損ねているため、なんとかしたいところ(まあ、頑張っているとは思うけれど)。SWASH DESIGNのタイヤ&スポーク・セットに交換するのが最もスマートな解決法だとは思うが、同製品は現在メーカー在庫切れ。

ちなみに、キットの箱の中には、これに使おうと思って調達したのであろう1:48第一次大戦機用のワイヤースポークのエッチングパーツが入っていた。大きさ的にはちょうどいいくらいの感じだが、もちろん型押しはされておらず平板で、しかも硬そうな洋白だかステンレスだかのエッチングなので扱いづらそう。

20200909_142237黒いセイバー。( → )

(いやまあ、なんとなく。そう読めちゃったので)

●セブンイレブンのコーヒーから、通常のホットコーヒー(ブレンド)の一段上の「高級キリマンジェロブレンド」がいつの間にか姿を消してしまい、地味にショック。

と言いつつも、実際に+αのお金を払って飲んだことはあまりなく、実は「コーヒーを10杯飲んだら1杯ただ」のクーポンを使うとキリマンジェロブレンドもそのままただだったので、そんな時だけありがたく飲んでいただけなのだが(セブンイレブンには「そんなヤツに飲ませるために商品化したんじゃねえ!」と言われそう)。

●久々に(資料整理のため)神保町の事務所に行ったので(17日)、夕方、事務所を出てから、「(hn-nhさんのブログで知った)消えゆく御茶ノ水駅の古レール柱屋根の見納めに行くか……」などと思いつつ文坂(駿河台下からお茶の水駅方面への明大通りの坂道)を歩いていたら、坂を登り切ったあたりで事務所から「スマホの充電アダプターとケーブル忘れてるぞ~」と電話。一度事務所に戻ったら再び坂を上る気力をなくし、結局、御茶ノ水駅は見ず。まあ、もう屋根の撤去は終わっちゃってたかもしれないし……(すっぱいぶどう的な)。

なお、その際に、今年初めに設置された鉄腕アトムのデザインマンホール蓋を発見。あ、これって、こんなところにあったんだ~。

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アトムは明大の図書館棟の前あたり。ウランちゃんはもっと坂の下、三省堂前への斜めの脇道への分岐近く。実はアトムよりさらに駅寄りにお茶の水博士のマンホール蓋もあったはず(帰宅後検索して知った)。

この千代田区の「アトム」はじめ、今年初めに都内各所で設置されたデザインマンホールに関しては、マンホールカードの特別版が3月に発行・配布開始されるはずだったのだが、コロナ禍の影響で配布が延期に。開始時期については「改めてお知らせいたします」のままとなっている。

20200918_162930 ●ひと夏に一度は食べたい浪花家(鎌倉浪花家)の宇治金時。

涼しくなる前に、なんとか今年も食べた。写真の角度のせいもあるが、去年よりも若干、盛りが低くなったような……(もっとも、以前の盛りが多過ぎた気もする)。

●前回投稿した日の前後、件のヒメグルミの樹を見に行ったら、すっかり果肉は腐った実がまだいくつも落ちていたので3度目の収穫。しかし「果肉がほとんど残っていなくて処理が簡単でラッキー♪」と思ったのは早計で、洗って干した後で割ってみたら、中の仁はほとんどが痛んでいて、無事なものは1割もなかった。実が落ちて早々に収穫しないとだめなようだ。

代わりに、と言っては何だが、カヤの実やぎんなんがちらほら落ち始め。逗子と鎌倉の2カ所でカヤの実を少しだけ収穫。重曹溶液に漬けてアク抜き中。

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ヒメグルミ

●散歩の途中でオニグルミの実が落ちているのに気付いて、「ああ、そういえばクルミの季節か」と思い出す。

そのオニグルミの実もパッと目に着いた分は拾ったのだが(10個くらい?)、オニグルミはとにかく殻が分厚くて堅く、割りづらいうえに中身(仁)が取り出しにくい。というわけで、このアホ暑い中だが、2年ほど前に知人に教えて貰ったヒメグルミの木のある市内某所に拾いに行く。

とある公園の一角なのだが、市の予算削減のあおりを食ってか、草刈りの頻度が減ってしまったらしく、クルミの木の下は30~50cmくらいの軽い草藪になっている。

おかげで、足で下草をかき分けかき分け、さらに目や鼻の穴にまで入り込みそうなくらい濃密なヤブカの群れに襲われつつという過酷な環境ながら、クルミは拾い放題。数日おいて、結局2袋も拾ってきた。

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これだけあれば、くるみ味噌も砂糖掛けも十分作れそう。もっとも、果肉を腐らせて取って核果の状態にするまでがなかなか大変だが。

●「ナラ枯れ」続報。

前回、名越の大切岸上の尾根道沿いにあるいて、すでに4,5本が立ち枯れになっていると書いたが、その数日後、さらにしっかりチェックしつつ歩き直してみた。

結果、尾根道の西端(法性寺奥の院への分岐)から、反対側のハイランド端の「鎌倉子ども自然ふれあいの森」まで、まだ枯れてはいないもののすでにキクイムシによるフラスが溜まっているものを含めると20本以上がやられていた。

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上写真2枚は、鎌倉子ども自然ふれあいの森内で撮影したもの。木の幹に点々と見える白いものが、キクイムシが食い進んだ穴の入り口と、そこからあふれているフラス。2本ともまだ葉は青かったが、枯れるのは時間の問題だと思う。

下写真は久木7丁目、「池子の森自然公園」との境の尾根。この季節ならあおあおとしているはずが、だいぶ立ち枯れが進んでいる。ここは「立ち枯れ密度」が比較的高かった場所だが、この先、コナラやミズナラから(逗子の山に多い)スダジイにまで被害が進んでいくと、逗子鎌倉を囲む山のほとんどがこんな状態になりそう。

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一応、市役所の経済観光課には連絡。「現地を確認したところ、状況からみてナラ枯れの可能性が高いため、神奈川県に報告し、専門的な知識を持つ職員や樹木医に確認してもらうこととなりました。また土地所有者にも連絡し、今後の対策について相談していきます。」との返答も貰っているのだが、現状、コロナ禍で人も予算も割けないのではないかと思うし、そもそもここまで被害が進んでいて、何かしら取れる対策自体があるのかどうかもよく判らない。

●模型製作は相変わらず開店休業中なのだが、例によって「何かがっつり作る、というよりも、無心に手を動かす作業がしたい」症候群に見舞われ、たまたま本棚の上から崩れ落ちてきたMPM 1:48のバキュームフォームキット、フォッケウルフFw.58Cヴァイエの尾翼を削る。

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ブロック崩し

●「ブロンコ沼」から女神さまが現れて、

「あなたが使うのは、この歯数が正しくてサイズが違う起動輪でしょうか、それともサイズが正しくて歯数が違う起動輪でしょうか」

と訊ねるので、そっと見なかったふりをして森の外に出ることにしました(これにてひとまずお話はおしまい)。

……ここで「いえ、女神さま! 私が使うのはサイズも歯数も正しい起動輪でございます!」と言ったら、女神さまは褒めてくれるのかなあ。「よくぞ申しました、ではこのサイズが違う起動輪も、歯数が違う起動輪もあなたに授けましょう」って言われても嬉しくないしなあ。

●というわけで、ひとまずオチキスに関してはそれぞれ(3キット)そっと箱にパーツを戻して、何かとてつもない精神の高揚期が来るまで再び熟成させておこう……と思ったのだが、その前に。

起動輪ほどではないものの、これまた簡単に対処は出来そうもないと思った「誘導輪の形状が変(より正確には、再現度が(かなり)不十分)」という問題だが、(前回も触れたように)hn-nhさんは、過去、オチキスの自走砲の工作で、キットのパーツをコリコリ削ってそれなりの形に仕上げていたことが判明。その写真がある記事はこちら

いやいやいやいや。ちょっと待って。一度リム部を削り落すとかじゃなくて、キットのパーツを彫り込むだけで、そんなふうにできるの?

というわけで、「そっと箱にしまう」前に、私自身も削ってみることにした。主に使用した工具は、丸棒ヤスリ(の先端)と、先日も紹介した刃先を研いだマイクロドライバー(マイナス)。結果はこちら。

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左がピットロード/トラペ、右がブロンコ。2つ削るのに1日がかりだった(もちろん、そればかりやっていたわけではないが)。

総括:やってできないことはない、ということは、とにかく判明(が、もちろん面倒臭い)。また、ここまで削ってもhn-nhさんほどディスク部の「ふっくら感」は再現できていない。しかし、これ以上削るとリム部内側のあたりでパーツに穴を開けちゃいそうなんだよなあ。また、仕上がり具合もhn-nhさんの作例よりだいぶ粗い。前回、hn-nhさんを「人間ろくろ」と評したが、改めて「人間NC旋盤」と呼ぶことにしたい。

ちなみにわざわざ別会社のものを1個ずつ削っているのは、最初、「部品をオシャカにするかもしれないから、小リベットのモールドがないブロンコを実験台にしよう」ということで右を削り、次に「なんとかなりそうだから(本番として)トラペを削ろう」と左を削ったため。

なお、実際に作業した感じではブロンコのもののほうがプラが柔らかく削りやすかったが、me20さんの評にあるように、ちょっとケバ立つ感じがした。また、ここまで削ってしまうと片方を捨てるのももったいないし、どうせ両方一緒に見えるわけでもないので、これで1輌分として削り作業は終了、ということにしたい気も。

●今回キット比較をするために改めて押入れのストックの山をごそごそしていたら、久しぶりに目にするキットとか、「あっ、これ、前に探していて見つからなかったやつだ!」なんていうのも出てきたり。

「久々に目にした」一つがこれ。チェコ、KP製の1:72「AERO MB-200」。箱が汚いのはご勘弁。

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KPはまだ東欧が「共産圏」だった頃のチェコスロバキアで活動していたメーカー。というか、ボチボチ新製品もあるようで、今でも活動しているらしい。

そもそもNOVO-FROG以外、「東側」のプラモデルなんてなかなか日本の模型店には出回っていない頃から、KPは結構模型店の棚で見かけることが多く、後から思うに、「さすがチェコは先進工業国」ということなのか、それともプラモデル趣味が存在する文化があったのか。初期の製品は、アヴィアS-199(メッサーシュミットBf109の戦後チェコスロバキア生産型)とか、レトフŠ-328、アヴィアB-534、B-35といった国産機中心で、アイテム的には変わり種、しかし技術はちょっと……という感じだった。

しかし、その後次第に技術が向上して、このMB-200は、(scalematesによれば)1985年発売で、まだ東欧革命前のものだが、「かなり素敵なキット」と言える内容になっている。

ちなみにキット名称はチェコの航空機メーカーAEROの名を冠しているが、実機はフランス、マルセル・ブロック社が開発した双発重爆で、アエロはライセンス権を取得して生産したもの。本国フランスでは、第二次大戦でもまだ少数(本来の爆撃機としてではなく偵察や輸送用途で)使われたらしい。ちなみに、後継機種で低翼・引込脚になったMB210も、キットがエレールから出ている。

マルセル・ブロック(Marcel Bloch)はユダヤ系の航空機技術者で、彼のメーカーはこの爆撃機のほか、第二次大戦勃発時にはMB150シリーズという空冷エンジン装備の単発戦闘機も開発・生産しているものの、これはぼろぼろ欠陥が露呈してほとんど活躍できなかったなど、あまりぱっとしない。しかし、戦後は姓を兄のレジスタンス時代の変名に改名し、会社名も「マルセル・ブロック社」から「マルセル・ダッソー社」に変更。その後、超ベストセラーのジェット戦闘機、ミラージュ・シリーズを生み出している。戦前・戦中はぱっとしないのに、戦後大躍進したという点では、ミグなどとも近いかも。

なお、「Dassault」はもともと「D'Assault」(英語ならof assault)。つまり「マルセル・ダッソー」は「突撃マルセル」の意味なわけで、なかなかスゴイ名前。「突貫カメ君」っぽい。

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KPの初期の製品はパーツも分厚く、バリも結構出ていて難物感が高かったが、このキットは部品もシャープでスッキリしている。

飛行機モデルといえば胴体は左右分割が普通だが、旧式機らしく四角い断面のこの機の場合は大胆に箱組。4枚目写真にあるように、エンジンナセルも箱組。整流板かよー、みたいな細かいリブのある主翼表面も綺麗なモールド。ただし、尾翼周りなど一部にちょっとだけバリがあり、透明パーツの透明度もやや低め。デカールはかなり黄変していて使えなさそうだが、そもそも私はフランス機として作りたい気がする(あるいはスペイン共和国軍とかブルガリア軍とか)ので無問題。手書き感あふれる組立説明図も素敵。

何と言うか、非常に主観的な話になってしまうが、「ワクワク感溢れる模型って、こういうものだよなあ」と思わせる内容。問題は、決して誰もがワクワクするわけではないアイテム選択だろうが、また、そういうアイテムに(傍目では理解しづらい)力の入り方が見られるところが、ワクワク感を覚える源のような気もする。

……いや、そこまで褒めるなら仕舞い込んでないで作れって(←自分ツッコミ)。

●ブロックが出てきた在庫の山のブロック崩しの発見物その2。ロシア、マケット/モデリストの1:48、モラン・ソルニエG/H。

これは以前「そういえばあれ、どこに行ったかなあ」と探して見つけられなかったもの。意外に山の浅いところにあった。

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左の汚いのが箱の表。右が裏。そう、このキット、外箱と内箱でまったく同じ紙を使っているのだ。もちろん、内箱の方がやや小さめに折ってある。

マケットは陸物キットを見ても想像できるように、ここ自体がメーカーではなくてあっちこっちの金型(あるいは最終製品)を扱っている商社のような感じなので、このキットも併記している「モデリスト」のほうがそもそものメーカーなのかも。

箱にはローマン・アルファベットで「Moran G」、キリル文字で「Моран Ж」と書かれている。形式の「G」が、ロシア語だと「Г(ゲー)」ではなく「Ж(ジェー)」になるのは何故? 音じゃなくてアルファベットの順番?

箱は横幅で25cm弱しかなく、一昔前の1:72大戦機クラス。しかも箱を開けたら、なぜか2機分入っていた……。ありゃま。

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もちろん最初から2機入りだったということではなく(そういうキットも世の中にはあるが)、なんとなく、後からもう一つ、何かの機会に入手したようなおぼろげな記憶が。そのまま一つの箱にまとめて忘れていたらしい。

小さい箱に2機分なのに箱に大分余裕があり、(古典機ゆえということもあるが)パーツ構成はごく簡単。

こういうロシア・東欧製の怪しいキットだと、モールドもでろでろだったりすることも多いのだが、このキット場合は、(飛行機キットの肝の一つと言える)主翼後縁が素晴らしくシャープに薄い(それでいて、一機のほうの主翼はプラにゴミか何かが混入してまだらになっている)。

古典機によくある、裏側が窪んだ翼型は、本来ならリブとリブの間の布地は凹んでいるのではなく、むしろやや出っ張っているくらいでないと変なのだが、これは圧倒的多数の古典機キットが等しく間違えているので、ことさらこのキットを責めても仕方がない、美しい主翼に比べて、尾翼はボッテリしているのはご愛敬。

さて、中身は2機分だが、それぞれちょっと流通経路に違いがあったらしく、説明書も2種類入っていた。ひとつはA4版表裏でペラリと一枚。

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片面はまさに「組立説明図」なのだが、昔のレベル72の説明図もこんな感じだったかなー、みたいな簡単なもの。いや、キット自体の構成もこんなもんだし。しかしもう片面はキットの内容からするとギャップも甚だしい、ちょっと本格的な細部図解も含めた図面。これを見てディテールアップしろと!?

しかし、もう片方の説明書はさらに面白い。こちらはA4版2枚、裏表の4ページ。

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1ページ目は英語のそれなりの長文の実機解説。下に出典資料も列記してあるのが誠実。2ページ目が組立説明なのだが……。いやこれ、組立説明図って言えるの? 翼の取付け等については全く触れられていない一方で、胴体の図解は詳細で、一部構成品については「これはキットのパーツに含まれていないが自分でなんとかせぇ」みたいなことが書かれている。スパルタ!?

興味深いのは、こちらの説明書ではキット名称が「モラン・ソルニエ H」になっていること。実を言えば、キットはG型とH型の折衷のようなところがあり、H型として組む方がより簡単、ということであるらしい。また、箱はG型表記なので、もともと最初の説明書が入っていたものであるらしいことが判る。

3ページ目はモラン・ソルニエH型(G型との相違点含む)の1:48図面。この図解で、キットの主翼は基本H型で、G型の場合はリブ一つ分スパンが長いらしいことが判る。そして4ページ目は改造の手引きとして、モラン単葉機のライセンス生産型である、ドイツのファルツE.I/IIの図面と相違点の解説。スバラスゴイ。

ちなみにこのモランG/Hは、有名なフォッカー単葉機に非常によく似ているが、これは、戦前のベストセラーでドイツで(ファルツが)ライセンス生産もされていた本機のデザインを、フォッカーがほとんど丸パクリしたため。はっきり言って、見た目上は尾翼が尖っているか、“コンマ”形か、くらいの違いしかない。ただしフォッカー単葉機は本機と違って鋼管フレームを採用したこと、初めて実用的なプロペラ・機銃同調装置を搭載したことで「名機」として歴史に名を残すことになった。

●他にも、いつどういう経緯で入手したのかさえ全然覚えていない、(いろいろな意味で悪名高き)フェアリー企画の1:72「満州国軍オースチン装甲車」なんてのも出てきたりしたが、これはまたいつか、機会があれば。

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「ポテ」か「ポテーズ」か

●ブレゲー27のついでに、戦間期フランス機(とそのキット)について少々。

そもそも戦間期の機体などというものは、軍用機の場合は実戦での活躍もなく、民間機やレース機などでも、当時の記録飛行などに対して現代ではあまり知られていないことも多く、キット的には恵まれていないのが普通。

しかし、ことフランス機に関しては、かつて、エレール(Heller)が自国フランスの誇りに掛けて(?)、かなりの種類を出している(加えて、今ではAzurもある)。エレールのキットはパネルラインが基本凸筋だったり、布目表現がオーバーだったり、全体的にモールドが手彫り感あふれていたりと、今の目で見ると多少古さも感じるものの、基本、実機への思い入れも感じる好キットが多い。

1940年戦役当時の新型機(ドヴォアチンD520やポテーズ631、63-11、リオレオリヴィエLeO45など)のキットが(おそらくそちらの方が相対的に有名機なので)発売時期が古く、さすがにちょっとつらい出来なのに比べ、マイナーな戦間機はエレールの技術がそれなりに上がってからのキットが多いことも、その理由となっている。

もともと戦車モデラーだった私が、第一次大戦機以外の飛行機にも入れ込むようになったのは、大学の時に作ったエレールのPZL P.11cからなので(それもどうなのか、という選択だが)、エレールというメーカーにはそれなりに愛着があり、同社のフランス機(戦間期~大戦)のキットは、古い黄箱や黑箱、再版の白箱、チェコのスムニェル(SMĚR)版等取り混ぜて、かなり持っている。

――そのくせ、ほとんど完成させることもなく死蔵されているのはお恥ずかしい限り。

戦間期のフランス機は、どうも何と言うか、「空飛ぶ軽トラ」というか「空飛ぶオート三輪」といいったデザインのものが多い(実用一点張り、という意味ではなく、「空を飛ぶ機械としてその形はいかがなものか」という意味で)。1940年時の主力戦闘機であったモラン・ソルニエMS406もそうだが、少なくともあれを格好いいと思う人は、世の中、あまりいないと思う(ヒネたモデラー的には「ブサ格好いい」と思うが)。少なくとも、その辺の機体を見ている限り、「フランス人のファッションセンス」というものは、実はだいぶ怪しいのでは、と思えてくる。

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上3つは、たまたまストック棚の表層近くにあってすぐに取り出せたもので、どちらかといえば普通にそれなりに格好いい系になってしまった。「うわ、格好悪い」系だと、アミオの角ばった双発爆撃機とかを出したかったところ。

1つ目は、第一次大戦末のモラン・ソルニエA1に連なるパラソル翼戦闘機、モラン・ソルニエMS225.。2つ目は前回の話の中にも出てきたニューポール・ドラージュの一葉半(セスキプラン)戦闘機、NiD42系のNiD622。3つ目のキットは、hn-nhさんのところでも話題になった、サンテグジュペリも乗っていた(そして不時着させた)コードロン・シムーン。

ちなみにサンテグジュペリを、日本では「サン=テグジュペリ」と書くことが多いが、実際の綴りは「Saint-Exupéry」(サン(ト)・エグジュペリ)であり、t音はリエゾンで現れているわけなので、「サン」と切り離して「テグジュペリ」と書くのはちょっと抵抗がある(個人的にそう感じるだけで、サン=テグジュペリと書くのはおかしいよ!と主張するつもりは全くない)。

ところで、箱を開けたらシムーンが2機入っていて、しかも他にもストックがあるようなので、hn-nhさん、一機貰ってくれません?

●さて、表題の話。

フランス語は、英語や日本語のローマ字の感覚で言うと綴りに対して「変な読み方」をすることが多いが、実際には英語よりも規則性は高い(と思う)。単語末の子音は読まない、aiは「エ」、ouは「ウ」、auは「オ」、oiは「ワ」、inは「アン」と読むことなどを覚えていると、なんとなくフランス語らしい、くらいの読みにはなる。

とはいっても、特に単語末の子音に関しては固有名詞では変則読みも多く、飛行機(のメーカー)名でも迷うことがある。

その一つが、戦間期にそれなりに多くの機体を製造した「Potez」で、日本語の資料だと、「ポテ」だったり「ポテーズ」だったり、中には「ポテツ」と書いてあるものもある。日本語版wikipediaの記述でもそのへんが揺れていて、現2018年12月中旬時点で立項されている記事だと、航空機メーカーは「ポテ」、個別機種は、「ポテーズ 25」「ポテ 630」「ポテ 63.11」「ポテ 75」となっている。

ここだけ見ると「ポテ」が多数派だが、英語版wikipediaの「Potez」の項を見ると、名称に [pɔtɛz] の発音記号を添えている。また、外国語の発音に関しては個人的に非常にお世話になっているサイト、「発音ガイドFORVO」には、「potez」単体でのフランス語での登録はないものの、人名らしい「Louis Potez」が出ていて、明らかに「(ルイ・)ポテーズ」と発音している。どうやら「ポテーズ」が正解らしい。単純に「potez」だけだと、クロアチア語での登録が2件ある。もしかしたら創業者のアンリ・ポテーズは元をたどるとクロアチア系だったりするのかもしれない(フランス語版wikipediaにも、そんなような記述はないので、まるっきり想像だが)。

同じくフランスの航空機メーカーだと、「Bloch」も日本語表記が「ブロッシュ」だったり「ブロック」だったりしてややこしい。これも創業者(Marcel Bloch)の名前なのだが、ユダヤ系で、どうも「ブロック」と読むのが正しいらしい。創業者自身が、戦後、(兄のレジスタンス時代の変名を貰って)マルセル・ダッソーと改名、メーカー名もダッソーになった。

このへんは、フランス人だと(慣れで)何と読むかパッと判ったりするんだろうか? 綴りで読みが規則的に導き出せないなんて不便じゃないんだろうか――などと思ったのだが、考えてみれば、日本語の名前なんて、字を見ただけでは読めないものがあふれかえっているのだった(そのぶん、日本語は「フリガナを振る」こともよくあるが)。

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ブレゲ―のバッタ

20181218_204619 ●久しぶりに「飛行機を作りたい気分」になり、インパクト/パイロのマーチン・ハンダサイドをいじっているわけだが、作りかけで放り出してあるキットは他にもたくさんある。

そんななかから、マーチン・ハンダサイドと並行していじるためにもう一つ掘り出してきた(こんなことをしているから共倒れになって完成しなくなるわけだが)。

ものは、Azurの1:72、ブレゲ―27(Breguet 27)。

●実機について。

戦間期のフランス製偵察機だが、とにかく、一見して「いったいこりゃ何の冗談?」と言いたいスタイルをしている。胴体は後部偵察員/銃手のすぐ後ろで断ち切れたようになっていて、そこからブームが伸びて尾翼ユニットを支えている。なんというか、頭でっかちで胴が小さいバッタの幼虫のようだ。もちろん、後部偵察員/銃手の視界・射界をとことんよくしたかったのだろうが、それにしたってこれは……。

20181218_214237 エンジンは側面に排気口が1・2・2・1という、イスパノ・スイザ系らしい配置。主翼はフランスが大好きな一葉半(セスキプラン)形式だが、上翼が、これまたバカでかい。72キットのなかで、ここだけが48キットなの?と思うほど。ここまで違ったら、もう下翼無しのパラソル翼でいいんじゃないかなあ……(ということで生まれたのがレ・ミュロー110シリーズなのかもしれない)。

同じ一葉半でも、ニューポール・ドラージュ42シリーズなどだと、主翼支柱がそのまま下方まで突き抜け、主脚支柱の一部も兼ねていて、前方から見ると逆三角形のラインがとてもオシャレに見えるのだが、この機の場合は、主脚は胴体と主翼支柱の中間あたりに、唐突に一本支柱で付いている。左右間隔は広いので滑走の安定性は高そうだが、なんだかこれまた格好悪い。

というわけで、見るからにゲテモノな飛行機なのだが、不思議なのは、飛行機のスタイリングに関してかなり辛口の評論をすることが多い佐貫亦男先生が、どういうわけかこの機を誉めていること。

「飛行機のスタイリング」(グリーンアロー出版社)のなかの第7章「フランスが腐るとき」のなかで、ブレゲ―27に関し、こんなふうに書いている。

 ブレゲ―19のあとを継いだブレゲ―27などはフランスらしいエスプリに満ちていた。すなわち、一葉半機の上翼だけに上反角をつけ、中央で前方倒立V字形支柱と風貌枠(その間に斜柱一本)によって支持し、両舷翼間支柱はV字形で、さらに張線はない。脚柱は単輪間隔を大きくとって左右一本だけにすぎない。
 これだけでもスッキリとしたが、スタイリングの目玉として後方偵察者席のすぐ後ろで胴体は細い梁へ急変し、それに垂直尾翼を立て、平面形が楕円の水平尾翼をその中ほどにつけた。“ヤッタ、いいぞ”と激励したくなるではないか!

ちなみに、章のタイトルからもわかるように、この時期のフランス機に対しては、佐貫先生はおおよそ否定的。そもそもブレゲ―27では好意的に書いているように思える一葉半形式についても、ニューポール・ドラージュにかんする記述中では、その流麗なスタイルを裏切る低速について「これはまず一葉半に問題があったにちがいない」とし、「この一葉半形式は第一次世界大戦の郷愁にすぎず、それを張線なしにスタイリングしただけの自己満足にとどまる」と切って捨てている。

それでも、各形式合わせて100機以上は生産されているようなので、それなりに見るべきところはあったのか……。いや、一代前のブレゲー19は世界中で使われて、ライセンス生産を含めると3000機近く生産されたらしいから、落差は大きい。やはり、このスタイルがうさんくさく思われたというのもあるんじゃなかろうか。とはいっても、模型としてはもちろん、このゲテモノ加減がよい(←変?)。

●キット概観。

AzurはMPM/Special hobby系の、いわゆる「チェコ簡易」。もっとも比較的最近発売されたものなので(といっても、今Scalemateで調べてみたらもう15年以上前の製品だった)、「いかにも簡易!」なデロデロざらざらしたものではなく、胴体表面なども型はきれいに磨かれていてパーツ表面に光沢があり、筋彫りも上品。

ただ、やはり簡易インジェクションだなと思うのは、プラパーツは主要部、胴体・翼・脚の他は数点のみで、コクピット内などの小パーツはレジン。パーツ数的にはレジンパーツの方が多い。風防はバキュームフォーム。

ちなみに、今回久々に掘り出した時点で、すでにコクピットは組んであり、胴体左右は貼り合わせてあったので、割とすぐに(飛行機模型製作時の中間地点的な)「士の字」になった。

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コクピットの中は前述のようにおおよそレジンパーツで、72としては十分すぎる出来。なお、この機のスタイルとして、最初に「(胴体が途中で断ち切れて)そこからブームが伸びて尾翼ユニットを支えている」と書いたが、コクピット内を見ると、床の中心に尾部に繋がる柱があって、そこからフットペダルや操縦桿も生えている状態。

つまり、「エンジンから尾翼に繋がる丈夫な柱」がむしろ胴体の本質で、コクピットを覆っているのはむしろナセルというかフェアリング程度のものであるらしい。

なお、下翼を付けた後で、前席の逆U字形の構造材とフットペダルの片方の部品が外れてコクピット内でカラカラ行っているのに気付いた。前者はなんとかピンセットで位置を調整して再接着したが、後者は奧過ぎて届かず、結局外れたまま。作りかけで長く放置しすぎるからこんなことに……。

20181218_214336 キットは胴体が2種入っていて、フランス空軍向けのBr270と、冷却器が機首前面にある輸出仕様のBr273の2種が作れるようになっている(説明書の塗装解説図ではそれぞれBr27とBr270になっているのだが、おそらく間違い)。輸出型のほうは(私の模型製作テーマのひとつでもある)中華民国空軍機のデカールが入っている

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PZLの大ナマズ

●仕事が滞っており、まともに模型製作をする余裕は本来なら無いのだが、そういう時に限って、何も考えずに手を動かす作業がしたくなる。そんなわけで、仕事途中の息抜きに、久々に飛行機のバキュームフォーム・キットを削る。

そうでなくても、時々無性に「バキュームフォームキットを削りたい熱」に囚われることがあるのだが、たいていは「出して、眺めて、しまう」だけで、実際に削るのは久しぶり。

以前にもちょっと書いたが、我が家にはバキュームフォームキットの不良在庫が(無謀にも)かなりたくさんある。バキュームフォーム(真空成型)キットは、温めて柔らかくしたプラバンを片面型(通常は雌型)に当て、空気を吸い出すことによって成型したキット。キットの状態では、1枚のプラバンから胴体や翼、その他小物などのパーツが半身でポコポコ盛り上がっているのが、通常のインジェクションキットの「枝」に当たる。必然的に、厚みのあるパーツは作れず、外側の「皮」だけの状態になるので、俗に「モナカキット」とか「モナカ」などとも呼ばれていた。

昔は特に飛行機を中心に、ガレージキットの主流を占めていたキット形態なのだが、その後レジンキットが一般的になるに従って衰退。今ではもうほとんど新製品は出ていないと思う。また、「バキュームでしか手に入らない機種」も、レジンやインジェクションで埋められていっているので、在庫品を作る機会も減っている。例えば、私が過去に完成させたバキュームフォームの飛行機キットは3機あるが、

Pzlp242 リパブリックP-43ランサー(1:72)→48はクラエア、72はパブラから簡易インジェクションキットが出た。
PZL P-24(1:72)→48はmirageから、72はazurからインジェクションが出ている。
AVIA B-135(1:48)→48はAZmodelから、72はRSから。

という感じで、現在、全部それなりのインジェクションキットが手に入る。そんなわけで、バキュームフォームキットはますます過去の遺物になりつつある。右写真は昔、「河馬之巣」の表紙にも使っていたことがあるP-24。

●それでも、バキュームフォームキットの「パーツ削り」にはなかなかちょっとした魅力がある。無心になれるというか……いや、削りが不均一になったり、削り過ぎたりしないよう、結構気を遣うのだが、たぶん、「たまにやると刃物研ぎが楽しい」というのと近いのではと思う(私自身はほとんど刃物研ぎはしたことがないが)。

Vac01 今さらの話だが、バキュームフォームキットのパーツの整形手順は右図のようになる。

1.パーツはプラバンからポコポコ浮き上がった格好。

2.まずは大まかにパーツを切り出す。パーツの縁に少しだけプラバンのベース部分を残す。

3.プラバンの厚み分を除去するために、裏側から縁部を大まかに削る。

4.ヤスリを使って仕上げ削り。(2)で残した縁部が薄くなって自然にちぎれるかどうか、くらいまで削るのを目途にする。

ここまで来て、通常のインジェクションキットのパーツを枝から切り離し、ゲート処理などを行った状態、ということになる。

もっともストレートにそこまで行くのは理想的なケースで、実際には、ベースとなるプラバンからのパーツの浮き出し具合が不均一だったりして、単純に「ベース分のプラバンの厚みを除去する」だけでは歪みが出る可能性がある。厳密な人だと、例えば翼パーツの仮組み段階でノギスで厚みを測り、翼厚変化が適切か、左右で食い違っていないかしっかり確認したりする(私はいい加減なので目測レベル)。

ちなみに過去作ったキットでは、リパブリックP-43ランサー(レアプレーン)、PZL P-24(モデルランド)で胴体幅が不適切で、機首側でプラ材を挟んで若干広げてやる必要があった。

20180224_162428 ●なんだか懐かしくなって、ついバキュームフォームキットの前提話が長くなった。

実際に今回取り出していいじっているネタはポーランド・miniplast社製の1:48キット、PZL-46スム単発軽爆で、ずいぶん前に当「かばぶ」で紹介したこともある。

scalemateによれば、発売されたのは1990年代らしいので、バキュームフォームキットとしては比較的新しいといえるかも。ちなみにやはりscalemateによれば、miniplastという会社は、他にも72のP-39エアラコブラのバキュームフォームキットを出していたが、そのキットはエレールのコピー(インジェクションキットをバキュームフォームでコピーって……)だったそうだ。ろくでもねぇなヲイ。

もっともこの48・スム自体はそれなりに良いキットで(あくまで古いバキュームフォームキットとしては、という話だが)、パーツに変なウネリや歪みも出ていないようで、割と気楽にガリガリ削れる。

以前は、バキュームフォームキットは(定番の工作法として言われていた通り)ガラス板にサンドペーパーを貼り付けたもので削っていたのだが、前述のように、どのみちそれで、パーツとしての正しい厚みが出るとは限らないので、番目の粗いスティックヤスリを使って結構野蛮に削り倒す。また、この機の場合、主翼上反角が途中で変化しているので、そもそも「ガラス板」方式だと主翼下面パーツは削れない。

そんなこんなで削ったパーツ。

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左は主翼と主脚。左翼と左主脚は削って張り合わせ済み。右主翼・右主脚は切り出して、一部合わせ部分を削ってあるのみ。なお、この時点では主脚はスパッツと車輪が一体だが、これとは別にきちんと360度ある車輪のパーツも入っている。

右は尾翼。水平尾翼と、双垂直尾翼の左側だけ削って張り合わせ済み。右垂直尾翼は切り出してあるだけ。この手の薄いパーツは削る部分がそれだけ幅広になる。特に主翼は後縁は削る部分が幅広で、前縁は狭くなるため、削りの不均一が生じやすく注意が必要。

以前も書いたように、このキットはプロペラやコクピット内などの小パーツも全てバキュームという「漢らしい」キットで、一部は自分で作り替えるか、他から調達してくる必要もありそう。キャノピーもちょっと融けかけた飴みたいな感じで、ヒートプレスで作り替えたほうがよいのだろうが、面倒くさいなあ……。そもそもバキュームフォームキットを作っている時点で「面倒くさい」とか言うな、って話だが。

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●最後になってしまったが簡単な実機解説。PZL 46スムは、大戦直前に開発が進んでいたポーランドの単発軽爆撃機で、昔からプラキットも出ていてそこそこ有名な(有名か?)PZL 23カラシュ(Karaś、フナの意)の後継機。

カラシュが視界確保のための機首(エンジン取付位置)下げや腹下のゴンドラなどによってかなりゴツゴツした外形だったのを、腹下のゴンドラは引き込み式にし、尾翼は背部銃座の射界確保のためか双尾翼に変更、かなりスッキリした外形に改めている。

もっとも、それで流麗な美しいスタイルになったかといえば、なんとなくもっさりした垢抜けない感じで、逆にカラシュの任務に合わせた(Ju87シュツーカにも通じる)独特のスタイルの面白さが失われただけのような気もする。いまやあ、乗る方にしてみりゃ「面白い」よりも「性能がいい」ほうが絶対にいいんだけどさ。

機名のスム(Sum)は、ヨーロッパオオナマズの意。以前から時々言っていることだが、ポーランド人の飛行機命名センスがよくわからん……。

第二次世界大戦開戦時には試作機2機が完成しておりテスト中。ポーランド軍向け生産型PZL 46A、カラシュに続いてブルガリアが購入予定だった輸出型PZL 46Bともに1機も完成していない。

ただし、開戦後に試作2号機はワルシャワからルヴフ(現ウクライナのリヴィウ)、ルヴフからルーマニアのブカレストに連絡飛行に飛び、その後ワルシャワに帰還。9月末、ポーランドのほとんどがドイツ・ソ連に占領されるとリトアニアのカウナスに逃れるという具合に、結構忙しく行動していたらしい。最終的にカウナスでソ連軍に接収され、テストされたようだ。

残念ながら開戦後の写真は残っていないようで、この時、2号機に国籍マーク等が記入されていたかどうかはよく判らない。

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山栗

●相変わらずwz.34装甲車はスタック中だが、懸案のホイールに関し、イタレリのSd.Kfz.232(6Rad)のパーツが小修正で使えそうだということが判明。なんとなく復活の兆し。

●バッテリーが劣化してしまったらしいスマートフォンは、契約しているMVNOサービス会社に電話をしたら、無料で交換してくれるとのことで、すぐに新しい端末を送って来てくれた。SIMカード、メモリーカードを差し替えて、バックアップデータも転送。G-mail、LINEの設定でアカウントとパスワードが判らなくなってオタオタしたが、これは自己責任。

……というのはいいのだが、その新しいスマホを使い始めて1週間くらいで、裏ブタが剥がれて隙間が開いてきた。なんじゃそりゃあ。というわけで、再び交換することに。流石に隙間が開いたままでは、何かのはずみで水滴がかかっただけでお陀仏になりかねない。位置情報付きで写真を撮ったり、ポケモンgoでバトルしたりすると過熱がスゴイので、そのせいもあるかも。

●確か月初め頃の話だが、京急新逗子駅で、久しぶりに「ル~♪ル~♪ル~♪ル~♪ル~~♪」と歌う「ドレミファ・インバーター」の音を聞いた。

すでにドレミファ・インバーター搭載車は全て引退済みなのかと思ったら、まだいたんだなあ。

●鎌倉「レンバイ」外の乾物屋で、怪しい缶ジュースが50円で売られていたのでつい購入。タイ製。「タマリンド」というのは名前は聞いたことがあったが、こんな外見のものだとは思わなかった。そもそも、「マメ科なのに果物」という時点で、日本人の一般的感覚を大きく逸脱している。

ちなみに味は、甘酸っぱくて「意外に普通」。

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●天気が悪くない限りは、マメに散歩に出ている。先日、散歩の折に山栗を拾った。ツヤツヤしていて食えそうだったので、その日の夕方、オーブントースターで焼いてみる。

ちょっと焼き過ぎたか、中身の表面も一部パリパリ加減になってしまったが、ほっこり甘く美味。1つも虫食いなど無し。基本、2つに割ってスプーンでほじって食べたが、綺麗に食べるのが面倒くさく、一部は渋皮も一緒に食べてしまったが、その渋皮のパリパリに焼けたのが意外に香ばしくて美味かった。

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この翌日、また数個拾ってきたが、それはすぐに食わずに冷蔵庫で保存中。数が少なかったこともあるが、「実は栗は低温保存すると甘みが増す」というのをネットで見たためもある。現在台風来襲中なので、明日、また新たに落ちていないか見に行く予定。

●wz.34装甲車は休止中なのに、なんとなく、長年死蔵していたキブリ(kibri)のHOスケールの建物に手を付けてしまった。

以前にも一度紹介したことがあるが(2012年4月)、当時の記事を抜粋引用する。

F1031756Kibriの鉄道物スケール建築物、HOスケールのハーフティンバーの建物。説明書には「FACHWERK - RATHAUS "URACH"」と書かれている。直訳すれば、「トラス構造の市庁舎、ウーラッハ」?

ちゃんとモデルがあって、南独の温泉保養地、バート・ウーラッハの市庁舎だそうな。

(中略)

この手の「ドイツ製の妙に凝っている建築物模型」は値段のほうもバカにならないのだが、このKibriのキットは、かつての静岡ホビーショーのフリマかどこかで、放出品を安く譲って頂いたものだった気がする。

F1031754 中身はこんな感じ。おそらくバンダイ以前に、このあたりのメーカーは多色成型を駆使していたのではと思う。このキットも壁面は焦げ茶と白のプラの2段階成型、しかも非常に美しい。こうなると、がっちり塗装するよりもプラの地の色に若干の墨入れやウェザリングを施すだけで、あとはつや消しコートを行う程度のほうがいいのではないかとも思う。

しかし、ほぼ平面のパーツが箱にギッシリ収まっているため、作り始めてしまうと箱に収納できなくなる。しかもどうやらこのキットは現在絶版のようで、手を付けていいものかどうか悩む。

そこそこ魅力あるキットなので転売する気にもなれず、「いつか作ろう、いつか作ろう」と思いつつ、たぶん20年くらいは押し入れで眠っていたはず。

上記説明に少し付け加えると、

▼バード・ウーラッハは南独バーデン=ヴュルテンベルク州、地域で言うとシュヴェービッシュ・アルプ(シュヴァーヴェン・アルプス)にある一都市。「プレッツェル発祥の地」という本当かどうかよく判らない伝承付き。

▼キット説明書にあるRATHAUS(TOWNHALL)は市役所のほか公会堂の意味もあるが、バート・ウーラッハの観光サイトの解説によれば、現在もこの建物内で市役所機能が担われているようだ。

▼上では「ハーフ・ティンバー」と書いたが、正しくは「木骨造」であるらしい。

▼箱絵はまさにバード・ウーラッハの市庁舎なのだが、キットの中身は、どうも実際の市庁舎の形状を少々いじっていて、平面形で言うと、長手方向はかなり短縮されているようだ。下写真でいうと、右手前の面に小切妻が2つあるが、キットは向かって右の切妻で建物が終わっているのに対し、実物の市庁舎はさらに右に建物が続いているようだ。キットではこの2つの小切妻の間に煙突があるが、実物では右切妻のさらに向こうにある。

▼さらに、キット化されている部分だけ見ても、長手方向は窓の間隔が不均等だが、実物はおおよそ均等のようだ。この部分でも長さが切り詰められている感じ。

……などなど。

もっとも「バード・ウーラッハの市庁舎以外の別の建物」と言えるほどかけ離れているわけではなく、したがって、適当にミニスケールのAFVと合わせてジオラマに、なんてことはしづらい。

というわけで、基本は「建物は建物としてそのまま作る」方針でいく。現在はこんな感じ。

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基本、よく出来たキットではあるのだが、各面の貼り合わせには十分なすり合わせが必要。特に斜めに削がれた四隅部分は、結構大胆に削り込まないといけないようだ。

上にも書いたように、「元祖・多色成型」のようなキットなので、とりあえず素組の上で、若干のスミイレとかドライブラシとかを施したいと思う。

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ウルスス

F1010952 ●昨日、「飛行機のバキュームフォーム・キットを作りたいと思ったものの、メゲてしまって、取り組むのはまた次の機会に……」というグダグダな話をしたが、諦め悪く、今度はこんなものを引っ張り出してきた。

先日やはりme20さんとの間で話題に上った、ポーランドのS model製1:35、ウルススA型トラックのTK運搬型(Ursus A truck TKS Tank Transporter)。「仕事が立て込んでるという話はどうしたんだ!」というツッコミは無しの方向で……。

箱の左下にあるように、陸物キットとしては珍しいバキュームフォーム+レジンの混合キット(基本パーツがバキュームで、車輪その他バキュームに適さないものはレジン)。

ursus02 同社製初期の、やはり同様の構成のポルスキ・フィアット508シリーズは、挑戦しては挫折を繰り返しているのだが、ウルスス・トラックのほうは、昔、カーゴ・トラック型を完成させたので、とりあえずそこそこマトモに形になるのは立証済み。ちなみに、昔の「河馬之巣」のコンテンツをひっく
り返してみたら、カーゴ・トラック型は2001年の合同展に出品していた。大昔ぢゃのう。

なお、S modelというメーカー自体は、検索するとサイトがヒットするので、今でも存続しているらしい。ただし、その後のキットは完全なレジン製に移行、さらにこのウルスス・トラック含め、初期のバキュームフォームの車輌シリーズも全レジンキットでリニューアルされているようだ。また、ARMO-JadarからもウルススA型のレジンキットは数種出ている。

●実車とメーカーについて少し。

ウルススはロシア帝国支配時代のワルシャワで1893年に設立された機械メーカーで、その後トラックの生産を開始する。しかし戦間期、世界恐慌のあおりを食らって経営不振に陥り、1930年には国有化され、国営技術工廠(PZInż=Państwowe Zakłady Inżynieryjne)の一部門となった。

wikipedia(英語版およびポーランド語版)によれば、ウルススA型トラックは、基本、イタリア製のSPA 25Cトラックのライセンス生産型。ポーランド型はオリジナルのSPA 25に若干の改設計が施されており、ペイロードも2tから2.5tに増やされているという。もっとも、同じwikipediaの解説でも、もともとのSPA 25トラックのペイロードを1.5tと書いてある部分もあって、若干あやふや。ただし、このキットのタイプで載せているTK豆戦車の重量が2.5t前後あるから、最終的にペイロードが2.5tクラスになっているのは確かなようだ。1928年から1931年までに各型合わせ884輌(民間用が509輌、軍用が375輌)生産されたらしい。

というわけで、1939年戦役当時は、ポーランド軍の軍用トラックとしてはいささか旧式で、主力は後継のポルスキ・フィアット621に代わっている。

ウルススの工場は戦後復活し、戦前型ランツ・ブルドッグのコピーを皮切りにトラクターの生産を開始。現在でもトラクターのメーカーとして活動している。会社のサイトはこちら。ちなみにウルスス(Ursus)という名はラテン語でクマの意味で、クマ属の学名でもある(me20さんのところのコメント欄で「ポーランド語でクマ」と書いてしまった。間違いでした、どうもすみません>me20さん)。

ちなみにポーランド語のクマはmiś(ミシュ)。双発爆撃機PZL P-37ウォシュの発展形の名前がミシュだった気がする。「飛行機の名前にクマはないだろう!」と思わないでもないが、他も「ウォシュ=ヘラジカ」とか「カラシュ=フナ」とか「スム=ナマズ」とかなので、要するにポーランド人の感性では違和感はないのだろう、で済ますしかない。

ウルススのロゴマークは、戦前のものは下の説明図にある、歯車の中に「U、R、S」を組み合わせたものだが、現在のものはてっぺんにクマの頭が付いている。

F1010950 ●これまでも時々引っ張り出してはいじっていたので、バキュームの部品はだいたい切り出してあり、半ば組み立ててある。というわけで、箱の中身はご覧のようにジャンクヤード状態。

基本、全体が曲面で出来ていて、表面も平滑度が高い飛行機に比べて、平面の組み合わせが多く形状も入り組んでいる陸物キットには、あまりバキュームフォームという手法は適さない。しかしこのキットの場合、キャビンは素直に各面貼り合わせの箱組だし、車輪やサスなどはレジン。フェンダーなどはバキュームの薄さがかえってメリットになる部分なので、(ソフトスキンだからという部分は大きいが)割と適材適所のキットといえる。

Img_20160905_0003 Img_20160905_0002レジンパーツは基本、大きな湯口はない“もなか”タイプ。大きな欠けや気泡は入っておらず、あまり変形はないという点ではマトモだが、タイヤのトレッドパターンなどはいまいち。

説明書は、右のようにざっくりしたものだが、15~20年前のガレージキットとしてはむしろ親切な方かもしれない。

F1010955 F1010953●一応、シャーシの基本形はもう組んである。恐ろしいことにシャーシのメインフレームはバキュームフォームでフニャフニャなのだが、きちんとハシゴに組んで、さらに荷台で補強すると形が決まる。

むしろ、柔らかくても弾性があり、ほとんど変形を気にしなくていいぶん、レジンよりも適していると言えるかもしれない。

キャビンは前述のように箱組。説明書にも描かれているように、もともとキットは内外2枚合わせで組むようになっているのだが、そうすると壁がかなり厚くなってしまうため、内側パーツはあっさり一式省略した。じつは内側パーツを省略してもなお、シート土台パーツ(レジン)は幅が収まらず、シートともどもプラバンで自作した。

これまでも時々思い出したようにちまちま工作していたのだが、今回はボンネット周りを工作。側面のルーバーは不揃いなのだが、面倒くさいので放置の方針。とりあえず、キャビン側とラジエーターとのフィッティングを調整中。

 

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ぐーつればーヴるすと

●先日、川崎の実家から、兄弟分のドイツ人Pが持ってきたという缶詰をひとつ、貰って帰ってきた(母が「何の缶詰だか判らないしどうやって食べたらいいのかもわからない」と言うので)。

写真を撮り忘れたが、その缶詰は、こういうもの

ラベルには「Bio-Gutsleberwurst」と書いてある。とりあえず「Wurst」はソーセージの意味だし、ブタの絵も描いてあるので、ソーセージの缶詰だろうと判断。国産のウインナーソーセージの缶詰のように、缶の高さに合わせて切りそろえたソーセージが縦に何本も詰まっているんだろうと思ったのだが……。

日曜の夕食時、「茹でようか、それとも軽く焼こうか」などと言いながら缶を開けてみたら、パテ状態のものがぎっしり詰まっていた(もちろん料理のパテであって充填・造形材のパテではない)。

さすがにご飯のおかずにはなりそうになく、(パンの買い置きもなかったので)近くの7-11でパンを買って来て、塗りたくって食べてみる。シンプルに塩味で、こってり豚肉の旨み。改めて調べてみると、「Leberwurst」でレバーソーセージ(というよりレバーペースト)の意である由。ただし、一般的なイメージのレバーペーストと違い、ドイツのLeberwurstはレバーは風味づけ程度(10~20%)で、あとは普通の豚肉であるらしい。

なかなか美味でちょっと癖になりそう。P、また持ってこないかな。

●仕事が立て込んできたこともあって、T-34の製作はやや停滞中。

●そんな一方で、me20さんのシャロン装甲車にアテられて、むくむくと「バキュームフォーム・キットをいじりたい」熱上昇中(シャロン装甲車のキットは基本的にレジンキットなのだが、一部にバキュームフォームのパーツが入っている)。

もちろん、バキュームフォームキットといえば主流は飛行機キットで、「久々に飛行機をいじってみたい」熱も少々。

もっともレジン(無発泡ウレタン)による原型複製が一般的になり、一方では、一昔前には考えられなかったようなマイナーなアイテムも次々にインジェクション・キット化される今日、バキュームフォーム・キットというのはほぼ過去の遺物になっている。

我が家には、昔買ったバキュームフォームキットのストックがだいぶある。さすがに、「昔はこんなキットがあったんだなあ」と眺める以外に使い道のないキットも多いが、それなりに今でも通用しそうなもの(他に同スケールのまともなキットがない、現在でもそこそこ見られるレベルのディテールがある、など)もある。

過去、当「かばぶ」でも紹介したのは、

などで、このへんが「とりあえず今でもまだ存在価値がありそう」なキットということになる。

この中から、「ちょっと削ってみようかな……」なんて余計なことを考えて、USKのフォッカーT-Vを掘り出してきたのだが、チェコ製バキュームによくある欠点で、透明部品が黄変していて、なんとなく気持ちが萎えてそのまままた仕舞い込んでしまった。

……フォッカーT-Vになるかどうかはその時の気分次第だが、そのうち飛行機のバキューム・キットに再挑戦したい。

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A model 1:72 Nieuport IV

F1014617 ●先日、エアフィックスの新作古典機2機のレビューを書いた時にふと目に留まったので、久しぶりに引っ張り出してみた在庫。ついでなので、レビューを書いてみることにした(こんなキットの紹介をしている人は少なそうなので)。

A modelはウクライナのメーカー。主に1:72の飛行機キットを出しているが、多少の48、32や、144の大型機キットもある。別ブランドで陸物キットも出していたと思う。特に初期の製品は質の悪い簡易インジェクションキットの典型例のような、「こ、こりゃ作れねえ」というものもあったが、その後、技術的に改善されて、かなりマトモなキットも出るようになった。

ただし、その「マトモなキット」の部類には、I.A.R.80(ルーマニア国産戦闘機)シリーズのように、もともとは他社製と思われるキットも混じっていたり、一方では、初期に出たほとんど救いようのないキットが、一部変わっているんだかいないんだか、製品番号が新しくなって再版されていたりもする。要するに、買って開けてみないと当たりか外れか判らないことが多いという、地雷原のようなメーカーである。それでいて、他のメーカーからは絶対出ないようなマイナーな機種が揃っているので、ついつい冒険したくなる。言わば模型界の木村飲料みたいな(判りにくい例え)。

●というわけで実機、ニューポールIV型の簡単な解説。

ニューポールと言えば、第一次大戦期の傑作機である、ギュスターブ・ドラージュ設計の一連のセスキプラン(一葉半)戦闘機(11とか17とか)が有名だが、この機体は戦前型の単葉機。

大戦直前から大戦前半の単葉機と言えば、ファルツやフォッカーにも模倣されて敵味方両方で使われたモラン・ソルニエの系列(GやH)が有名で、それらに比べるとニューポールの単葉は現在では割と影が薄い。主翼にテーパーをかけているのは若干凝っているものの、全体形にはなんとなく野暮ったい。それでも、戦前、それなりの数がフランス本国、イタリア、ロシアで軍用として使われたらしい。

キットの箱絵もロシア帝国軍航空隊所属で、右肩に描かれている肖像は、1913年、同型機に乗って世界で初めて宙返り飛行を行ったピョートル・ネステロフ。ちなみにネステロフは、第一次大戦において「初めて敵機を撃墜したパイロット」らしい。もちろん緒戦時に飛行機に武装はないので、ネステロフは得意の曲芸飛行の技術を駆使し、敵機の翼に自機の主脚をぶつけて破壊しようと試みたものの、結局そのまま体当たりとなって敵機と一緒に墜落して戦死したらしい。

F1014621 F1014627 ●キットは「粘土細工みたいなプラの塊」が入っていた初期のA modelとは一線を画す出来で、72の古典機としては十分納得できるもの。

72の単発の古典機としては細かいパーツの数もそれなりに多く、細い支柱類などもとことん細い。とはいえ、モールドがシャープかと言えばそうでもなく、歪みやヨレがあったりするので、部分的には金属線などで作り替えたほうがいいかもしれない。

F1014624 F1014622 主翼の布張り表現も(手作り感はあるものの)上品で好ましいもの。胴体側面もフレーム間がわずかに窪んでいる。ただし、この胴体の写真に見られるように、一部金型の荒れによる余計な凸凹もある。

淡いグレーのモールド色だが、まだらに茶色く汚れているのは、型抜き用の油が劣化・変質したもので、そのために若干ベタベタしている。この質の悪い油は昔のマケットやICMなどとも共通している。……買ってすぐに洗っておけばよかったかなあ。

F1014626 胴体は平面の中心に分割線が来ることを避けて、下面と上面がそれぞれ一方の側面と一体。つまり、L字断面のパーツ割という比較的珍しい構成。内側には(割と適当な感じではあるが)フレームのモールドがある(機体軸方向の角のフレームがないのはなぜ?)。このモールドが表面にヒケを生じていないのは、たまたまなのかもしれないが有り難い。

ただし、実機写真で確認できる限りではワイヤスポークむき出しの車輪は、ある程度仕方がないこととは言え、カバーが被せられた形状になっている。第一次大戦機の標準からするとだいぶ小径の車輪なので、使えるエッチングパーツなどもあまりなさそうな感じがする。なお、実機写真ではこの車輪が(前後から見て)ハの字に開いている例が見られるが、それが標準なのか、車軸がヘタっているのか、どうもよくわからない。

F1014619 デカールは、昔のイタレリやエレールの一部の製品のような、ガサガサの艶消し。色ずれもなく印刷はなかなか綺麗だが、買ってからもうだいぶ経つこともあって、使えるのかどうかはよく判らない。

大きなラウンデルと1/IX(あるいはXI/1)がロシア帝国軍航空隊所属機、シート右下のペナントがスウェーデン軍所属機。ネステロフが宙返りをしたのは1913年、説明図ではこのデカールの塗装例は1914年となっているので、別にネステロフ機を再現したものではないらしい。

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