古典機

スマホデビュー

●先月末に書いたように、震災直後から使っていた変なガラケー(富士通製F-04B)を水没させてしまったために、ついに先週からスマートフォン(韓国LG製LGS02)を使っている。

「まあ、使っていればそのうち慣れるよ」と周りにも言われているし、経験上自分でもそう思うのだが、とにかく今のところはほとんどちんぷんかんぷん。時折、何かの着信なのかお知らせなのか、短くバイブレーションが「ぶー」と鳴ったりするのだが、それが何だったのかさえ確認できなかったり。

ほぼちょうど1年前、PCを新しくした時にも思ったのだが、今のハードって、マニュアル的な紙の印刷物ってほとんどないんですなー。

●これまで使っていたガラケーは、キーボードユニットとディスプレイユニットが分離するという意味不明の機能がついていて、両方にバッテリーが入っているためにその分かさばるという「なんだこりゃ」な機種だった。唯一、1220万画素カメラ搭載で、虫の写真などを撮っても(マニュアルのピント機能はないので多分に偶然任せだが)時折結構綺麗な写真が撮れる点は気に入っていた(なぜそんな変な機種を使っていたかというと、機種変更時に、docomoショップの店頭で、「なるべく安くて、でも写真は綺麗に撮れるほうがいい」と言ったら、たまたま該当するのがコレだったため)。

とりあえず、スマホに替えてもカメラとしての用途は虫だの模型の進捗だのがメインとなる(すでに前回記事でも数枚は新しいスマホで撮っている)ので、引き出しの奥から「虫サイズ」の旧作を引っ張り出して写真を撮ってみた。

1:700 ファルマン1912年式水上機

20161212_220637

20161212_220751 20161212_220728

1:700 ツェッペリン・シュターケンR.VI

20161215_030422 20161215_030624

ライティングだの何だのは全く工夫無く、単純に蛍光灯の下で撮っている。なんとなくピンボケ。求むスマホで(ある程度)綺麗な写真を(しかも楽に)撮れるノウハウ。

いやまあそれよりも、早く基本の操作を覚えないとなあ。

●ついでにネット環境も一新。プロバイダーがocnからJ:COMになった。

常用のメールアドレスもocnだったのでJ:COMのものに変更したのだが、その設定でまたひと悶着。

まずは、現時点で使っているocnのメールが、受信はできるが送信ができない状態になってしまった。

一方で新しいJ:COMのメールアカウントは、最初は送信も受信もできず。最終的には、windows10の場合はpopログイン名に@以下も必要(?)とか何とか、なんだか私にはよく判らないアレコレを試しているうちに、なんとか送受信ともできるようになった。

ocnの「送信できない」問題は、J:COMに問い合わせても(『それはocnに聞いてくださいよ』)、ocnに問い合わせても(『電信八号なんてマイナーなメールソフトの設定なんか判りません』)結局解決できなかった。まあ、ocnのアドレスを使うのは今月末までだし、受信だけできれば特に問題なし。

そんなわけで、メールアドレスが変わりましたので(直近、ある程度メールのやり取りがあった方には通知を差し上げましたが)、「おう、変わったんならこっちにも教えろや」という方がいらっしゃいましたらご連絡ください。

●後輩の村嶋君が手掛けた自主制作アニメが公開された。季節もの(?)。


●miniartから、同社III号戦車シリーズからの別売履帯が出た(製品番号Nr.35235)。

あれ?と思ったのが、その「Workable Track Links Set for Pz. III/IV. Early Type」という商品名。同社のサイトによれば、この履帯は

  • III号戦車A~F型
  • 突撃砲A型
  • IV号戦車A~E型

に適合、ということになっているのだが……。あれ。最近って、「初期のIII号戦車は36cm幅だけれど、IV号戦車は38cm幅だった」とかいう話になってなかったっけ。

そこでまた、「36cm幅というのは履帯本体幅で、ピンも合わせると38cm」とかいった話もあってなんだかまたややこしいことに。

ドイツ戦車の履帯だけの本、「Panzerketten: Die Gleisketten der deutschen Kettenfahrzeuge des Zweiten Weltkrieges」を見たりなんかすると、そのへんスッキリするのだろうか。

ちなみに当時の実車写真を見ると、III号戦車の初期型はセンターガイドの背が高くほとんど三角形に近いものから、割と普通の台形のものが多く、一方でIV号戦車の初期型は、逆にかなり背の低い台形のセンターガイドのものを履いている場合が多い感じ。少なくとも、多用されている履帯はIII号、IV号で別物らしい。

ちなみにPANZER TRACTSのIII号初期型の号によれば、使用している履帯は「Kgs6109/380/120」(リンク幅360mm、ピン長さ380mm)。IV号戦車のトラクツは手元にないが、サイト「Panzer IV Universe」によれば、A型が「Kgs6110/380/120」、B~E型が「Kgs6111/380/12」(やはりリンク幅360mm、ピン長さ380mm)だそうだ。

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素晴らしきヒコーキ野郎(4)

●え? いつからの続きなのコレ?

……という感じだが、前回はここ(2009年11月23日)。というわけで、1:48のマーチン・ハンダサイド(Martin-Handasyde No.3)のやけに気の長い製作記(しかも今回も進捗はごくわずか)。

Cimg1876m ●6機種出ているこのシリーズのなかでも、マーチン・ハンダサイドはおそらく最も無名の機体で、資料もないことだし大らかに作ろう……なんて思っていた時代が私にもありました。ええ。

実際、7年前にちょっといじった時には、機体に関してはこのマーチン・ハンダサイド3号機の次代のものと思われる写真しか見つけられなかったのだが、今回、改めていじるにあたって検索してみたら、キットのもとになった3号機そのものの写真が出てきた。たとえばここ

ネット恐るべし……。

以前に書いたように、鶴書房のcolour pocket encyclopedia、「初期の飛行機」には、

1910年春、より大型の第2号機が登場した。この機体は、その後4年半の存続中、一連の改造をほどこされた。原型のビーストン・エンジンをJ.A.P.35HPに換装し、アントワネット型の安定機構は通常のものに改められた。「マーチン・ハンダサイドの第3号製作機」というのは、この改造を誤解したものである。

とあるのだが、実機写真を見ると、主翼下面に「No.3 MARTIN HANDASYDE」と大書されており、新造なのか2号機の改造なのかは別として、少なくとも3号機と名付けられた機体は明らかに実在していたことになる。

それはそれとして、キットと写真を見比べると、主翼と胴体の接合部に関してはやはり古いキットなりだとか、主翼の厚みがもっとありそうだとか、あれこれツッコミどころはあるものの、かなりよく特徴を捉えていることがわかる。IMPACTすげえ……。

Cimg1879m ●というわけで(7年ぶりの)ごくわずかな進捗。

アントワネット似の舟型の浅い胴体の内側をとりあえず茶色に塗り、胴体上面を接着。隙間を埋め、突起部は後から全部作り直すことにして削り落とし、表面をヤスリ掛けした。

都合のいいことにプラ色がベージュなので、それも活かしつつ、木製胴体の感じが出るように塗っていきたい。

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A model 1:72 Nieuport IV

F1014617 ●先日、エアフィックスの新作古典機2機のレビューを書いた時にふと目に留まったので、久しぶりに引っ張り出してみた在庫。ついでなので、レビューを書いてみることにした(こんなキットの紹介をしている人は少なそうなので)。

A modelはウクライナのメーカー。主に1:72の飛行機キットを出しているが、多少の48、32や、144の大型機キットもある。別ブランドで陸物キットも出していたと思う。特に初期の製品は質の悪い簡易インジェクションキットの典型例のような、「こ、こりゃ作れねえ」というものもあったが、その後、技術的に改善されて、かなりマトモなキットも出るようになった。

ただし、その「マトモなキット」の部類には、I.A.R.80(ルーマニア国産戦闘機)シリーズのように、もともとは他社製と思われるキットも混じっていたり、一方では、初期に出たほとんど救いようのないキットが、一部変わっているんだかいないんだか、製品番号が新しくなって再版されていたりもする。要するに、買って開けてみないと当たりか外れか判らないことが多いという、地雷原のようなメーカーである。それでいて、他のメーカーからは絶対出ないようなマイナーな機種が揃っているので、ついつい冒険したくなる。言わば模型界の木村飲料みたいな(判りにくい例え)。

●というわけで実機、ニューポールIV型の簡単な解説。

ニューポールと言えば、第一次大戦期の傑作機である、ギュスターブ・ドラージュ設計の一連のセスキプラン(一葉半)戦闘機(11とか17とか)が有名だが、この機体は戦前型の単葉機。

大戦直前から大戦前半の単葉機と言えば、ファルツやフォッカーにも模倣されて敵味方両方で使われたモラン・ソルニエの系列(GやH)が有名で、それらに比べるとニューポールの単葉は現在では割と影が薄い。主翼にテーパーをかけているのは若干凝っているものの、全体形にはなんとなく野暮ったい。それでも、戦前、それなりの数がフランス本国、イタリア、ロシアで軍用として使われたらしい。

キットの箱絵もロシア帝国軍航空隊所属で、右肩に描かれている肖像は、1913年、同型機に乗って世界で初めて宙返り飛行を行ったピョートル・ネステロフ。ちなみにネステロフは、第一次大戦において「初めて敵機を撃墜したパイロット」らしい。もちろん緒戦時に飛行機に武装はないので、ネステロフは得意の曲芸飛行の技術を駆使し、敵機の翼に自機の主脚をぶつけて破壊しようと試みたものの、結局そのまま体当たりとなって敵機と一緒に墜落して戦死したらしい。

F1014621 F1014627 ●キットは「粘土細工みたいなプラの塊」が入っていた初期のA modelとは一線を画す出来で、72の古典機としては十分納得できるもの。

72の単発の古典機としては細かいパーツの数もそれなりに多く、細い支柱類などもとことん細い。とはいえ、モールドがシャープかと言えばそうでもなく、歪みやヨレがあったりするので、部分的には金属線などで作り替えたほうがいいかもしれない。

F1014624 F1014622 主翼の布張り表現も(手作り感はあるものの)上品で好ましいもの。胴体側面もフレーム間がわずかに窪んでいる。ただし、この胴体の写真に見られるように、一部金型の荒れによる余計な凸凹もある。

淡いグレーのモールド色だが、まだらに茶色く汚れているのは、型抜き用の油が劣化・変質したもので、そのために若干ベタベタしている。この質の悪い油は昔のマケットやICMなどとも共通している。……買ってすぐに洗っておけばよかったかなあ。

F1014626 胴体は平面の中心に分割線が来ることを避けて、下面と上面がそれぞれ一方の側面と一体。つまり、L字断面のパーツ割という比較的珍しい構成。内側には(割と適当な感じではあるが)フレームのモールドがある(機体軸方向の角のフレームがないのはなぜ?)。このモールドが表面にヒケを生じていないのは、たまたまなのかもしれないが有り難い。

ただし、実機写真で確認できる限りではワイヤスポークむき出しの車輪は、ある程度仕方がないこととは言え、カバーが被せられた形状になっている。第一次大戦機の標準からするとだいぶ小径の車輪なので、使えるエッチングパーツなどもあまりなさそうな感じがする。なお、実機写真ではこの車輪が(前後から見て)ハの字に開いている例が見られるが、それが標準なのか、車軸がヘタっているのか、どうもよくわからない。

F1014619 デカールは、昔のイタレリやエレールの一部の製品のような、ガサガサの艶消し。色ずれもなく印刷はなかなか綺麗だが、買ってからもうだいぶ経つこともあって、使えるのかどうかはよく判らない。

大きなラウンデルと1/IX(あるいはXI/1)がロシア帝国軍航空隊所属機、シート右下のペナントがスウェーデン軍所属機。ネステロフが宙返りをしたのは1913年、説明図ではこのデカールの塗装例は1914年となっているので、別にネステロフ機を再現したものではないらしい。

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エアフィックス 1:72 FOKKER E.II & B.E.2c

F1014587 ●airfix新作の古典機2機の簡単なレビュー。ちなみに右写真では全く同一サイズの箱に見えるが、縦横のサイズは同じでも厚みが違い、フォッカーE.IIは薄いキャラメル箱、B.E.2cはもっと厚みがあって通常の内箱・外箱があるタイプ。

【FOKKER E.II EINDECKER】

▼フォッカーのアインデッカー(単葉機)といえばまっさきにイメージされるのはE.IIIだと思う。レベルの72やオーロラの48(正確に48だったっけ?)などをはじめ、過去キット化されたのもE.IIIが多かったが、実際、E.IIIはフォッカー・アインデッカーの主量産型で、E.IとE.IIの合計の倍以上作られているので、当然と言えば当然だろうと思う(ただし最近では、Wingnut Wingsから、E.I初期型、E.II/E.III初期型、E.III後期型、E.IVと、1:32でほぼ全バリエーションが出ている)。

今回のエアフィックスのキットは(なぜか)E.II。もっとも、E.IIとE.IIIの違いというのが、私にはどうもよくわからない。昔の鶴書房の「ポケットエンサイクロペディア/第1次大戦戦闘機」(ケネス・マンソン著の訳本)によれば「最も多い型は、翼幅が最初のE.1よりも大きくなったE.3」と書かれている。一方でwikipediaの「フォッカー・アインデッカー」の項には「E.I、E.IIよりわずかに翼弦の狭い、1.80 mの主翼を使用していた」とある。……逆じゃん!

そういえばwindosock datafileがあったかもしれん、と本棚を漁ったら、「#15 FOKKER E.III」が出てきた(残念だが、E.I/IIの巻は持っていないようだ)。これには、E.IIIはE.IIと「ほとんど同じ(almost identical)」とある。主要な違いは燃料タンクの増積と増設(メインタンクを大きくしたほか、重力式のサブタンクを追加)による航続距離増加で、その他、生産過程での若干の改良による外観変化があった由。

なお、エアフィックスのキットは、箱には「FOKKER E.II EINDECKER」としか書かれていないが、同社HPでは「後期型(FOKKER EII (late))」と書かれている。

Wingnut Wingsの解説やキット写真、実機写真などを見た範囲で違いを述べると、

  • 操縦席直後の上面のキャップは増設燃料タンクに対応したものかと思う。となると、キャップがあるのはE.IIIの特徴ということになるが、E.IIでも付いているものがある。E.IIもE.III仕様のアップデートが行われたらしいので、キャップ付きは「II改~III」ということになりそう。ちなみに(単なる窪みのモールドだが)このキャップはエアフィックスのキットにもある。
  • E.IIIは、初期の生産機を除いて右翼付け根にコンパスが付いている。
  • カウリング直後の胴体フェアリングが四角く大型なのはE.III初期までの特徴で、E.III標準型は左右ほぼ同形になる。

……ええと。要するにE.II後期(もしくは改修型)とE.IIIは、胴体側面のシリアルでしか区別できないってことでいいんしょうか。

F1012977 ▼パーツ全体は、おおよそ右のような感じ。枝は2枚。ウィンドシールドの透明部品は入っていないが、もともと複雑な形状ではないので、下手に厚いインジェクションパーツが入っているより、自作の方がいいものができるかも。

昔のレベル72のE.IIIは、確か胴体が左右分割、主翼は胴体下部とともに左右一体だったように記憶しているが、このエアフィックスの新作では、胴体は左右+水平尾翼と一体の下面。主翼は左右それぞれが別パーツ。

(追記。レベルのE.IIIは、胴体がП字断面で、そこにコクピットより後ろの底板をはめ込む形式でした。はほ/~氏からのコメントで思い出しました。過去、2機も作ってなんで忘れるかなあ)

主翼は、流石新キットの薄さ。ただし、主翼下面は伝統的な古典機キットお約束の表現で、凹面にもかかわらず、リブ部分が浮き上がり、中間が窪んだ形状になっている。ここは逆に、リブ部分が若干窪んだ表現にするか、むしろまったく平板にしてくれたほうがよかったかも。

F1012975 F1012971 ▼胴体内側は布張り部分のフレーム表現はなし(もともと特に何かあるわけでもないが)。コクピット内部は操縦桿、前部燃料タンクの後端など、とりあえずのパーツは揃っている。操縦桿のグリップリングの中が抜けていないこと、操縦席にシートベルトがないこと(これはエアフィックスの場合、常に操縦手フィギュアが入っているためかと思う)が若干不満。

胴体下面は縫い目表現が細かく入っている。左右エッジ近くにパーツの接合ラインが来るので、綺麗に処理する必要がある。

F1012973 ▼金属パネルの機首上面は左のような感じ。ちなみに、機首上面は胴体側面に対して微妙にオーバーハングしていて、そのため、側面の金属パネル部分は上端近くで微妙に外側に反っている(というのをこのキットを買ってから実機写真を見ていて初めて気付いた)。

キットもこのオーバーハングは表現しているのだが、パーツの接合ラインはエッジではなく、側面上端近くの反りが始まるあたりにあるので、ここもまた接合ラインを綺麗に埋める必要がある。

写真の右肩に中途半端に写っているのは機首右側フェアリング。左側と形状が違うのはこのキットで初めて気付いて、「あれ? レベルのE.IIIは左右同形状だったような……」と思ったのだが、前述のように、左右で形状が違うのはE.III初期型までの特徴だった。

F1012969 F1012972 ▼エンジンはプッシュロッドも一体のころんと1パーツだが、72キットならこの程度で十分ではないかと個人的には思う。一方、カウリングと、それに続くフェアリングの縁はパーツの厚みがそのままで、この繊細なキットにしては、なんだかぶっきらぼうな処置だなあと思う。

F1012970 ▼プロペラは2種入っているが、使用するよう説明図で指示されているのはB7(写真右下)のみ。

ちなみに、airfixではフォッカーE.IIとB.E.2cをセットにし、さらに塗料も同梱した「Fokker E.II/BE2C Dogfight Doubles Gift Set」というのも出していて、同セットでは塗装例とデカールが異なるのだが、そこでも使用するプロペラはたぶん同じ。そこから考えると、この後、デカール替えで「FOKKER E.III (early)」とかを出すのではないかと思う。

F1012967 ▼デカールは1種のみで、1915年10月フランス、E.II 69/15、FFA 53所属のKurt von Crailsheim乗機。

全体がクリアドープリネン仕上げで、機首のみが、この系列の機体独特の、変てこちんなウネウネした磨き跡?のある金属板。胴体に斜めの黒・黄・黒・白の帯。塗装としてあまり面白みがある感じではないが、フォッカー・アインデッカーならこんなものだろう、という感じ。

車輪のゴム部の塗装指定が艶消しのライトグレーなのが新しいキットだなあ、という印象。カーボンブラックで補強された「黒いゴム」が登場するのは1910年頃らしいが、第一次大戦時にはまだそれほど普及はしていなかったようで、当時の実機写真を見ても「タイヤが白いなあ」というものが多い。余談だが、ロールス・ロイス装甲車のゴムタイヤも、1914年型だと白っぽいものが多い。

▼ところで、このレビューを書くためにパーツをよく見ていたら、シュパンダウ機銃のパーツが欠損していることに気付いた。買って袋を開けてすぐに撮影したはずの上の写真でも見当たらないので、もしかしたら最初から取れてしまっていたのかも……(パーツ全体写真、左上のエンジン隔壁隣)。さすがに買ってすぐならまだしも、今から請求するのもなんだし、どこからか72のシュパンダウを調達して来ないといけない。やれやれ。

【ROYAL AIRCRAFT B.E.2c】

▼いわゆる「フォッカーの懲罰」の代表的「やられ役」だったイギリス製単発複座の複葉機。それをフォッカーとペアで製品化するというのは、イギリスのメーカーとしてどうなんだろう。いや、むしろ「多少フォッカーが暴れまわったところで、ワシらは負けんのや」といいたいのかもしれないけれど。

名称のB.E.は「ブレリオ・エクスペリメンタル」の略で、トラクター式(牽引式)飛行機に使われた略号。ちなみにプッシャー式はF.E.(ファルマン・エクスペリメンタル)。

この手の「竹やり排気管の複葉複座機」といえば、過去、同じエアフィックスのR.E.8しかない時代が長かったが、ようやく、まともなインジェクションでこういう地味な機体が出たのは嬉しい(ちなみに、現在はRODENからこれと同じB.E.2cのキットがあるほか、大物キットではWingnut WingsからR.E.8が出ているらしい)。っていうか、こんなん出して大丈夫なのかエアフィックス。

実機を調べようと、手持ちのwindsock datafileを漁ってみたが、改良型のB.E.2eしか出てこなかった。windsock datafileを真面目に買っていたのは初期の頃だけなので、巻数から考えると、B.E.2cは持っていないかもしれない(B.E.2eは#14、B.E.2cは#42)。

▼部品構成はこんな感じ。

F1012963 F1012964 F1012966

これに加えて、風防の小さな透明パーツの枝がある。デカールも2つの塗装例に対応していて、箱の厚みだけでなく、中身もフォッカーよりちょっと贅沢な感じ。

F1012961 ▼さすがに新キットだけあり、主翼も薄く成型され上品な印象。もっとも、翼裏側の布張り表現が変なのはフォッカーE.IIと同じ(このキットだけでなく大抵のキットがそうだが)。

エルロンが、上下左右すべて、自重でわずかに垂れた表現になっているのは珍しい(私はこのキット以外には知らないが、もしかしたら、最近のWW1機キットのなかには例があるのかもしれない)。「細かいとこまでこだわってるぜ」的な感じで印象は悪くない。

F1012956 ▼エンジン回りのディテールに関しては、さすがに大昔のR.E.8あたりとは比べ物にならないくらいよく出来ている。

ただし、エンジンは排気管と一体成型なのだが、排気管が斜めに突き出るようなパーツ配置になっているために、箱の中で変形していた(写真は指でぐいぐいと、多少直してある)。下手したら折れているところで、これはちょっと配慮していてほしかったところ。

機首は胴体と別パーツだが、胴体パーツ流用で別タイプのキットが出る、などということがあるのかどうかはよく判らない。

F1012962 F1012957 ▼翼間支柱は1本ずつバラバラのもののほか、外側支柱は気球攻撃用のロケット弾付きで2本一体になったものと選択式。

翼間支柱はまず上翼に角度を決めて接着するよう説明書に指示があり、角度決めのための治具パーツも付属している。

胴体支柱は角度決めなどが容易なようにロの字型になっていて、当然ながらパーティングラインは支柱の側面に来る。

F1012958 ▼片方の塗装例で後席前に付けることになるルイス機銃はこんな感じ。「まあ、72ならこんなもん?」くらいの、ちょっと大らかな出来。

なお、下翼端を地面に擦らないように付けられている下面の半ループのパーツはかなり太めで、金属線か伸ばしランナーなどで作り替えたほうがいいかもしれない。

F1012955 ▼デカールは2つの塗装例に対応。

1916年9月、RFC(英国航空隊)2693号機、No.39(HD)スコードロン所属、ウィリアム・L・ロビンソン乗機。基本、前面クリアドープ仕上げのもの。

もう一機は、1916年12月、RNAS(英海軍航空隊)所属の8407号機。こちらは上面がキットの指定だとマットオリーブドラブ。要するにPC10(酸化鉄とカーボンをニスで溶いたもの、であるらしい)仕上げということになるのではと思う。下面はクリアドープリネン。

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反転ロータリー

●みやまえさんがコメントで、ブロンコの新製品「ロイド・キャリア」を「高すぎ!」と評していたが、実際、このところの円安もあって、模型はいよいよ高く、年中ビンボーな私は、おいそれと新製品には手を出せないご時勢である(確かに、特にブロンコは高い)。

F1017640 しかし、そんなご時勢下にありながら、「このキット、輸入物で、この出来で、なんでこの値段で出せるの?」と、コストパフォーマンスの高さにのけぞって、先日(昨年末)、思わず購入してしまったのが、チェコのエデュアルド製1:48、ジーメンス・シュッケルトD.III(ProfiPACK版)。

第一次大戦末期に登場した空冷エンジン単発単座の複葉戦闘機。第二次大戦の戦闘機の1:72キットなみに小柄だが、それでも48で、必然的にパーツ数が増える複葉機で、ローゼンジ・パターンの大判のものを含むカルトグラフ製のデカール3枚、彩色エッチング、車輪用のエクスプレス・マスク、カラー印刷の説明書まで付いて、2175円+税だった(秋葉のVOLKSで)。

●実機について少々。

ジーメンスといえば電機系の一大コンツェルンで、現在もドイツを代表する大企業(日本法人は英語読みのシーメンス)。日本の古河電工との合弁会社が両方の頭文字を取って富士電機で、その通信機部門が独立して富士通になった、というのは割とよく言われる日本企業トリビア。そのジーメンスが、第一次大戦当時は傘下で飛行機も作っていたというわけ。

キットのSSW(ジーメンス・シュッケルト・ヴェルケ) D.IIIは、前述のように大戦末期に登場したもの。登場が遅く、しかも大戦終盤のドイツにはフォッカーD.VIIという傑作戦闘機があったから、生産機数はさほど多くなく、部隊への配備数は姉妹型のD.IVと合わせても100数十機であったらしい。

第一次大戦機のなかでも小柄な、というよりも寸詰まりな印象の戦闘機で、木製モノコックのほぼ円形断面の胴体に、頭でっかちの空冷星型ロータリーエンジン、これまた機体の割に大きい4翅ペラと、かなり個性的な風貌。

ここで言うロータリーエンジンは、マツダが得意とした、一般的なシリンダーとピストンの代わりに三角のローターがあるエンジンのほうではなく、エンジン本体がぶんぶん回るもののことで、第一次大戦の頃までの空冷星型エンジンといえば、ほとんどがその形式である。考え方としては、「エンジンがプロペラを回す」のではなく、「プロペラと一体になったエンジンが機体を回す」わけである(もちろん実際には柄のデカイ機体ではなくエンジンとペラの方が回るわけだが)。

なんでエンジンまで回らなきゃならんのか、というのは、エンジンそれ自体にフライホイールの役割を兼ねさせるとか、冷却効率をよくするとか、詳しいあれこれはwikipediaを読んでいただくとして、しかし、当然、重いエンジンが回るぶん機体に働く回転トルクも大きくなる。ロータリーエンジン搭載機は、左右でロール特性がだいぶ異なっていたそうな。

と、普通のロータリーエンジン搭載機でもそうなのに、このジーメンス・シュッケルトD.IIIに搭載された、系列企業のジーメンス・ハルスケ製のSh.IIIは単列11気筒というゴッツイ代物。これでそのまま4翅ペラを直結して一緒に回ったら、小柄な機体では御しきれないトルクになってしまうところ、ジーメンス・ハルスケSh.IIIは「エンジンとペラが反転してトルクを打ち消しあう」という、これまたドイツらしい妙に凝り過ぎな機構を持っているのだった(WINDSOCK DATAFILEではカウンター・ロータリーと表現している)。

第二次大戦末期から戦後にかけて、二重反転ペラというのは時々見るが、エンジンとペラの反転なんていうのは、この系列だけかも……。模型でも、機体側にギアを噛ませて反転を表現したくなるモデラーがいそう(いや、手軽にできるなら私もやってみたい気がする)。

●簡単なキット内容の紹介。

実はエデュアルドから48でジーメンス・シュッケルトD.IIIが出るのはこれが2度目。最初はシリーズ初期、まだエデュアルドがいかにも簡易インジェクション然としていた頃の製品。それでも結構、愛情と気合いのこもったキットだったように記憶しているけれど(比較で写真を出そうと思ったが、棚の奥底にあるらしくて発見できなかった)、流石に新キットが出てしまうと、今から作るのはつらそう。

というわけで新キットのほう。寸法は、基本的にWINDSOCK DATAFILE #29の図面に準拠しているようで、ほぼぴったり重なる(といっても、WINDSOCK DATAFILE #29が出たのはもう20年以上前)。木製モノコックの胴体は筋彫り表現。

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布張りの第一次大戦機の場合、その布張り表現の繊細さがキットの印象を大きく左右するが、このキットは単にリブ表現だけでなく、リブテープを貼った上から縫い止め糸まで表現している。もっとも、基本的にはこの上に2枚、場所によっては3枚のデカールを貼り重ねることになる(ローゼンジ+リブテープ、および国籍マーク)。合板製であるらしい水平安定板は細かい釘表現入り。

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機首のエアスクープは、フチの厚みは少々目立つものの、すべて開口表現。スピンナーの4つの穴も開口しているが(写真を撮ったがピンボケだった)、これもフチが厚いうえ、実機では前から見た時にエッジが直線ではなく楕円になっているはずなので、若干の削り込み工作が望ましい。

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脚柱と胴体支柱は、鋼管に薄板を巻きつけて留めた表現。なかなか凝っているのは確かなのだが、実機写真を見ると、どちらも素直に翼型支柱もしくはフェアリングのような……。

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コクピット内やエンジン周りも、必要充分な細密度でパーツ化されている。シュパンダウ機銃と椅子は、ワンピースのプラパーツと、エッチングと組み合わせるものとの選択式。

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エッチングはエデュアルドお得意の彩色式。椅子の背もたれの右にあるのは、指定塗装例のひとつが翼間支柱にくくりつけている人形。本当は平らじゃないんじゃないかなあ、と思うのだが、そもそもそれほど鮮明な写真が残っているわけでもない(WINDSOCK DATAFILE #29でも『人形かテディベア』と書かれている程度の写り方)。デカールは前述のようにカルトグラフ製で、翼上下全面に貼るローゼンジ・パターン、リブテープ、それからマーキング類の3枚構成。

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説明書はフルカラー。指定塗装は、ジーメンス・シュッケルトD.IIIに乗っていたことがあるエースといえばこの人、エルンスト・ウーデットの「LO!」ほか5種類。

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埋蔵飛行機

●2日夜半に「大雨・洪水警報」が発令され、明け方にかけてざんざか雨が降る。

●仕事が進まないので、例によって(?)ストック漁り。

収納ボックスをかき回すと、「うわっ、これ、どうすんだ?」「こんなもん、いつどこで買った?」というキットがぞろぞろと出てきて、若干憂鬱な再発見の楽しみに耽る。

先日、バキューム時代最後期のMPM48のFw58ヴァイエを紹介したが、今回漁った収納ボックスの中からも、袋入りの小物のバキュームフォームのキットが出てきた。

おそらく、ストックを全てひっくり返せば数十のバキュームフォームキットが出てくるだろうと思うのだが、レジンキットや簡易インジェクションで新作が出てしまったものも多く、しかも古いバキュームフォームキットときたら小物は自作か流用、肝心の胴体や翼もへろへろだったりする。そうなると、余白をプラバンとしてリサイクルするくらいが関の山。

そんななかでも、そこそこ出来がよく、今でもまだ通用しそうなキットをいくつか。

F1031844●比較的良質のバキュームフォームキットを出していたエソテリック・モデルズの72、「ヴォートO2U-1コルセア」。

コルセアといえば逆ガルの戦闘機のF4Uと、戦後のジェット艦上攻撃機のA-7が有名で、A-7にはコルセアIIの愛称が付いているのだが、実際にはF4Uは3代目、A-7は4代目にあたる。

で、マイナーな初代コルセアがこのキット、複葉のO2Uで、この後にやはり複葉だがもう少し機体形状が洗練された2代目、O3Uがある。戦前、中国はO2Uの輸出型V-65C、O3Uの輸出型V-92Cを購入し、それぞれ「老可塞」、「新可塞」の名で日中戦争初期に使用している。

当然(?)、私としては中国空軍機として作りたくて買ったもの。バキュームパーツの表面はそれなりに細かく上品なモールドで、主翼のリブ表現は細い凸筋だけだが、悪くない。エンジンや車輪などの小物はホワイトメタルのパーツ入り。胴体支柱など用には、コントレールの翼型プラ棒が用意されている。今ではレジンキットもある機種だが、これならそちらに乗り換えなくてもいいんじゃないか、と思う出来ではある。結構印刷の綺麗な米海軍デカール入りだが、袋の中に密閉してあったにも関わらず、一部変色してしまった。どうせ使わないけれど……。

しかし問題は、中国空軍で使われたV-65Cと、このO2U-1の細部仕様の差がよく判らないこと。「抗日戦争時期(1937~1945)中國空軍飛機」(陳應明著、中國之翼出版社)によればV-65CはO2U-1の輸出型ということになっているが、少なくともラダーの形状は違う。本家のO2Uは、O2U-2で主翼スパン延長、O2U-3で尾翼形状変更などとなっており、V-65Cで主翼延長などの仕様変更も導入されているとかなりややこしいことになってくる。……というわけで、ある程度キットの出来はよくても、その辺が明らかになるまで手の付けようがない困ったちゃん。

F1031839 ●バキュームフォームキットといえば、ガラスなどに耐水ペーパーのシートを貼り付け、プラの厚み分を丁寧に削り落としてパーツを張り合わせ……というのが一般的イメージだが、これは普通の航空機キットの場合。

AFVのバキュームだと輪郭線で切り取って箱組みだったりするし、同じ航空機でも第一次大戦以前の古典機のバキュームだと翼が上面しかなかったりするという具合に、多少作法が異なってくる。翼が上面だけ、というのは、もともと翼が薄いので、プラバン1枚分の厚みで充分、という意味。もっとも実際にはそれでは若干厚み不足になる場合も多いようだ。

そんな古典機のバキュームが我が家には結構ストックされていて、そのうち結構まともな出来な一つが、このフェニックス・モデルズの72、「コードロンG.IV」。同機はコクピットを納めた胴体(と言えるのか?)は双発の両ナセルと同じくらいの長さしかなく、推進式でもないのに尾翼ユニットは骨組だけで支えているという、独特の構造。

その骨組と支柱は、上記エソテリックと同じようにコントレールのプラ棒から切り出せという指定で、数種のプラ棒がセットされている。とはいっても、コントレールのプラ棒はかなり柔らかいので、機体の大半を占める骨組をこれだけで作るのはかなり不安がある。

主翼は厚みのある前半と、まるきりぺったんこの後半という独特の翼形。前述のようにキットの翼は片面しかないので、前半は裏面をプラバンで補う必要がある。後半は裏から削り込んで薄くするか、あるいはいっそ、プラバンで作り直してしまうのも手かも。フランス、イタリアのデカール付き。

実を言うとコードロンに関しては、ほとんど同じ設計で単発のコードロンG.IIIの、複合素材の1:24、大物かつ難物のキットも作り掛けで所蔵している……あれもそのうちなんとかせにゃ。

F1031850 ●マニアックなラインナップの飛行機用デカールで有名なブルーライダーは、同じくマニアックなラインナップのバキュームフォーム・キットも出していた(おそらく今はもう出していない)。

そんなブルーライダーのキットを一つ。ネタは上記コードロンに近い、第一次大戦前半に使われたファルマンの推進式、有名なMF.11。もっとも私が入手してあるのは何故かそのイタリア生産型の「フィアット/サヴォイア・ポミリオF5B」。MF.11で充分な気がするのに、なんでさらにマイナー方面に転げるかね……>昔のオレ。

F1031847 デカールが主の会社だけに当然コレもデカール付き。小物はホワイトメタル、翼間支柱はコントレールのプラ棒と、キット構成は上記2キットと似ているが、もっとすごいのは、胴体の骨組部分と脚柱周りなどを厚手のエッチングで用意してあること。ちなみに胴体骨組にくっついている三角板部分は垂直安定板。うはははは。

しかし(上のコードロンも同様だが)混み入った構造の機体であるにも関わらず、説明書は3面図が載っているだけで、組み立て説明は簡単な文章だけ。どうしろと!

F1031845F1031851 このキットは、すでに主要パーツをざっくり切り出してあった。上下の主翼は右のような感じ。72でもそれなりにスパンがあり、もし完成させたら結構見栄えがしそう。翼表面のリブ表現は凸筋だけだが上品で良い。

水平尾翼だけは裏側も削りこんでみた。例によって翼のパーツは1枚式だが、水平尾翼はもともと厚みはないのでこのままでいいとしても、主翼は裏側にプラバンを貼って、多少厚みを増したほうがいいかもしれない。

……いやしかし、本当にいつかこれらを作る日は来るのか?

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使いものにならん!

●徹夜明けのまま2晩目に突入してしまい、水曜朝締切の仕事が終わったのは明け方近く。最後、朦朧としてしまい、PCに向かっているものの何をしているのか自分で判らなくなり、はっと気付くと意味不明の文章が書いてあったりして、ずるずると時間がかかったため。

そのまま数時間だけ寝て、神保町の事務所の掃除イベントに行くつもりが寝過ごしてしまい、起きたのは昼(帰宅後、かみさんから聞いた話では、朝、声を掛けたらはっきりと「起きる!」と返事をした由。まったく記憶に無い!)。

I君に「寝過ごした」と電話したら、「やっぱりな」と、とうに織り込み済みといった返答をされた。くっ。

●「まあ、今からでも来い」というのでのこのこ出掛けるが、横須賀線の中で眠りこけて、気が付いたら東京を通り過ぎて馬喰町。そのまま錦糸町まで乗り越して、半蔵門線で神保町へ。自分の荷物を片付けて帰宅。なお、帰りの電車でも眠りこけて、危うく逗子から折り返すところだった。使いものにならん状態。

●帰宅後、息子の一夜漬けの指導。今度は世界史。テニスコートの誓いだのテルミドールの反動だの。「オーザルム・シトワイヤン、フォルメ・ヴォ・バタイヨン!(武器を取れ市民よ、隊伍を組め!)」って感じ。

●というわけで流石にぐったりし、昨晩は気絶したように眠る。

●マーチン・ハンダサイドのエンジンの件。

「martin handasyde」や「J.A.P. 35hp engine」とかの検索語で直接ヒットはしなかったものの、そのあたりからイモヅル式にサイトを飛んで言った先で、とうとう件のエンジンのクローズアップを発見した。

「やはり細かく見るとずいぶん違うな」か「40年も前のキットにしては頑張って再現してるな」か、どちらの見方を取るかは時と場合にもよるが、今回はどちらかといえば後者のスタンスで。ただし、X字パイプはキットのパーツにもあるが、気化器本体はないに等しいので、そのへんは追加したい。しかしあるところにはあるもんだな……。

●そんな感じで、現在はネット上にやたら大量のデータが上がっているにも関わらず、検索ですぐにサルベージできるのはごく一部に過ぎない。結構、どこかにありそうなのに見付からないものも多いし、一方で、何かのはずみで「ここにこんなものが!」と驚くことも。

以下は以前からの「探し物」懸案事項の一部。もしお心当たりのある方はご一報頂ければ幸いです。

  • クビンカにある(ハンガリー型の)カルロ・ヴェローチェCV35のクローズアップ。
  • 同じく、ベオグラード、カレメグダン城にある(ハンガリー型の)カルロ・ヴェローチェCV35の防盾クローズアップ。
  • FTケグレス=インスタン(ユーゴが使ったケグレス式足回りのルノーFT)の起動輪基部。車体を後ろから写したいい写真は1枚あるのだが、もともとの起動輪基部から新しい起動輪基部への動力伝達部が判らない。

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素晴らしきヒコーキ野郎(3)

200911231740000b はいきかんをうえかえた ○ 5点

これがマーチン・ハンダサイドの(説明書によれば)J.A.P.エンジン。100HPくらいはありそうだがなあ……。

しかし、あれこれググってみた中で、同じエンジンを積んだファーガソン単葉機というのに行き当たり、博物館に展示されているその模型が、これと明らかに同形のエンジンだった。まずは一安心。

ちなみにその単葉機を作ったファーガソンというのは、著名な農耕トラクター開発者であるらしい。そういえば、でろりさんのところで名前が出ていたような。いや、あれはフォードソンか。

連休中の工作はこんなところで終了。

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素晴らしきヒコーキ野郎(2)

●マーチン・ハンダサイドの小部品削り中。資料もないことだし、基本、キットを綺麗に作ることだけを心掛けることにする。

……しかし考えてみれば、あれこれ考証だの何だので手を入れることでもっともらしく誤魔化しているのが普段の私のモデリングであり、「そのまま綺麗に作る」腕はあまりないのが困ったもんだ。

200911222035000b ●このシリーズは基本的によく出来たキットなのだが、第一次大戦前の機体の常、スポークむき出しの車輪だけは何とかしたい。オーソドックスな手段はスポーク部をエッチングパーツに挿げ替えることで、実際、もう1機“お手付き”のデュペルデュサン用には右写真のようにエッチングに替えたものを用意した。

けれどマーチン・ハンダサイドは、機体自体のディテールアップもほとんどしようがないし、もっとお手軽に作りたいということもあって、インジェクションのジャンク・パーツを流用することにした。

200911222032000b というわけで、脚部にはめてみたのが左写真。大きさはキットの車輪パーツとほぼ同径。ただし中心部の厚みが足りないので、そのあたりは要調整。ちなみにこのパーツ自体は、おそらく、大昔のケロッグのオマケ、ミニ・インジェクションキットのクラシックカー・シリーズのもの。このスポーク車輪もそうだが、異様にモールドがシャープで、しかも結構通好みな車種が揃っていたように思う。ダイソーの100円プラモあたりで一揃い出たら大喜びしてしまうのだが。

そもそもマーチン・ハンダサイドは、次の12年型の写真や図面では、手本にしたアントワネット同様、かなり小径の車輪を付けており、このいわゆる“No.3”でもそうだった可能性がある、というのも、わざわざ車輪で苦労したくない理由の一つ。

200911222121000b●エンジンは古いキットの常として(というか、最近のキットでも珍しくないかもしれないが)、シリンダーにプッシュロッドがベッタリモールドしてある。とはいえ作り直すとそのぶん、冷却フィンも彫り直さなくてはならず、げっそりしたので、前後を中心に、モールドの付け根部分をナイフで彫り込むだけに止めた。

横に飛び出している排気管は先が丸まっているので真鍮パイプか何かで植え直す予定。

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素晴らしきヒコーキ野郎

200911210028000 ●Vanatorul de care R-35も工作自体は終わりに近付き、久々に飛行機をいじりたくなって、こんなものを引っ張り出してくる。

旧パイロ社の1:48、マーチン・ハンダサイド1911年型。

その昔(40年くらい前?)に、映画「素晴らしきヒコーキ野郎」とのタイアップで発売されたという、元インパクト社製古典機6機シリーズの再販物である。

●どうも「素晴らしきヒコーキ野郎」と「華麗なるヒコーキ野郎」は邦題が似過ぎていて、いつもどちらがどちらか判らなくなるのだが……。

「素晴らしきヒコーキ野郎」は、1910年代初頭(というよりズバリ1910年?)、英新聞社の主催でロンドン-パリ間の飛行機レースが催されることになり、各国代表が集まり栄冠を目指すというもの。基本、ドタバタコメディで、各国代表がそれぞれその国の国民性をコミカルに体現していて笑えるが、それでいて当時の古典機を忠実に再現したレプリカも多数登場、古典機ファンには見逃せない。

「華麗なるヒコーキ野郎」は、ロバート・レッドフォード演じる第一次大戦後のバーンストーマーが主人公。これも飛行機映画として名高いのだが、とにかく、今日のお題は前者のほう。

●インパクト社が発売した古典機は、全てが「素晴らしきヒコーキ野郎」に出てきた機体というわけではなく、時代的に共通の航空黎明期の6機で、

  • ブレリオXI
  • ブリストル・ボックスカイト
  • デュペルデュサン1911年型
  • マーチン・ハンダサイドNo.3
  • アブロ複葉機1911年型
  • アブロ三葉機1911年型

発売後(おそらく)ほどなく絶版になってしまい、その後パイロ版、さらにその後数種のみはライフライクから再販されたが、いずれも短命で、オーロラあたりが割とちょこちょこ再販の機会があったのに比べると不運なキットと言える。

どれも古くはあっても、今の目で見ても基本のしっかりしたいいキットだけに惜しいが、時折、ヤフオクなどに割とリーズナブルなお値段(5000円以下)で出ているので、古典機ファンは手を出して損はないと思う。

ちなみに、最初のインパクト版は車輪が透明プラでモールドされており、塗装でワイヤスポークを再現するという、当時としては結構な新機軸が盛り込まれていた(パイロ版からは他のパーツと同じ枝に移されて普通のプラになった)。

AFVは小学校時代からの趣味だが、飛行機に関してはスロースタートだったので、私にとってもこのシリーズはプラモダイジェストで知るだけの未知のキットだったのだが、10年以上前、確か中古品を扱っている店で2つ手に入れたのをきっかけに、なんとか各版取り混ぜて6種類、揃えることが出来た。

以来、ずっと懸案のストックで、2つほどはちょっといじっては仕舞い込む繰り返しを続けている。

200911212312000b ●というわけで、そのうちの1つ、マーチン・ハンダサイド(Martin Handasyde)を仮組してみたのが右の状態。

おそらく、シリーズ6機の中で最も無名の機体である。マーチン&ハンダサイド社自体は、1912年には名前を縮めてマーチンサイド社になり、第一次大戦中、あまりぱっとしない機体を開発しつつ、20年代に倒産したらしい。

キット化された機体は、合板製の、有名なアントワネット単葉機に似た細身の舟形胴体を持ったもので、説明書によれば「マーチン・ハンダサイド3号機(No.3)」とある。ただし、この時代の私の虎巻、鶴書房のcolour pocket encyclopedia、「初期の飛行機」には、

1910年春、より大型の第2号機が登場した。この機体は、その後4年半の存続中、一連の改造をほどこされた。原型のビーストン・エンジンをJ.A.P.35HPに換装し、アントワネット型の安定機構は通常のものに改められた。「マーチン・ハンダサイドの第3号製作機」というのは、この改造を誤解したものである。

と書かれている。キットの説明書にもJ.A.P.空冷エンジン搭載と書かれているので、まあ、3号機なのか2号機改なのか、とにかくこの機体であるらしい(キットのエンジンは、空冷なのは確かだが8気筒もあって、これで35HPしかないってホンマかいなという感じではある)。

とはいえ、鶴書房の本に出ている図も、ネット上で見付かる写真も図面も、1912年型の複座の「マグニフィセント・マーチンサイド」だけで、このNo.3はとんと見当たらない。6機の中で一番資料不足で、その分、キットを信用してそのまま作るしかなさそうなので、最初の1機に選んだような次第。

とりあえずは、ちまちまと小部品の整形、ヒケやバリの除去中。

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