製作記・レビュー

II号戦車a2型 IBG 1:35(4)

●もはやレビューというより半ば製作記に足を突っ込んでいるが、IBGのII号戦車a2型の気になりポイントの続きと、その修正作業など。

とりあえず現在は、車体基本形を組み上げたあたりで、その時点での気になりポイント/手入れポイントをランダムに。

●戦闘室の部品分割はタミヤのII号戦車(ポーランド、フランス戦線)とほぼ同様で、周囲の縦の面は一部を除いて別部品。実車では接合ライン(溶接線)はエッジにあるが、キットでは上面に接合ラインが来てしまうので、なるべく丁寧に消す必要がある。近接して吊り下げフック基部のモールドがあるので、それを避けて消すのがちょっと面倒。

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レビューの前回で書いたように、戦闘室右側のフェンダーステイは、車体側付け根部分に若干の変形があった。

前方ステイの付け根は埋めたり削ったりして修正。後方ステイは、キットでは前方と同形状だったが、一度削り落として大型のものに作り直した。

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どうもこの後方ステイの形状や位置には、型や時期で微妙な変更があって、b型以降はもう少し前方にあるらしい。a型の場合は戦闘室とエンジン部カバーの接合部くらいにある。ステイの根元は、キットのモールドでは戦闘室側にかかっているのだが、当時の実車写真では戦闘室側よりもエンジンフード側にかかっているようにも見える。確証無し。

また、トラクツの図面によると、フェンダー側の取付ベロは後方にあるように描かれているが、キットは前方ステイと同様に前側にある。これに関しては、当時の実車写真ではよく確認できないし、そもそも修正するとフェンダーパターンの再生など、非常に面倒な作業になってしまう。というわけで、ステイ本体の形状は修正したが、位置とベロの向きはキットのままとした。なお、b型以降のステイのベロは後方も前側にある模様。

●エンジンルーム側面の通風孔は、保護ロッドが単純な板状モールドになっているので、一旦削り落とし、金属線で作り直した。

また、エンジン点検ハッチは、周囲に隙間があるのは実車もそうなのだが、キットはちょっと開きすぎな感じなので、ハッチ側にプラバンを貼って狭めるとともに周囲の溶接線を付け加えた。

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●車体前部ハッチは、キットは表面がつんつるてん。本来は鍵穴ほかロック機構関連と思われるディテールがあるので、なんとなくそれらしく追加。

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●II号戦車a~b型の前端マッドフラップは、フラップ本体とヒンジが離れた位置にある、ちょっと謎の構成。なんで単純に継ぎ目に蝶番じゃダメだったんだろう……と思ったが、改めて考えて謎が判明。あ。これ、跳ね上げた際に前照灯をまたぎ越すようになってるんだ。

キットでは、この周辺は比較的細かく部品分割されていて、それなりに表現しようという努力は認められる。

しかし、フェンダー内側パーツ(左写真)は、可動部との継ぎ目がないうえにスプリング付きストッパーのモールドもやや貧弱。可動部を貼り増す形で手を入れた。

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可動部内側面(白いプラペーパーで追加した部分)は、パンツァートラクツに掲載されたマニュアル図(p8)では、写真に追加した黄色矢印部に切れ込みがある。尾藤満さんのa2型工作でもその切れ込みは再現されているが、当時の実車写真では、写真それ自体が不鮮明だったり、寄りの写真がなかったりで、存在がはっきり確認できなかったので、私は切れ込み無しとした。

しかし、よくよく考えると、この切れ込みは、跳ね上げた際に後方のフェンダーステイと当たる部分を窪ませることでより深く倒すために付けてあるのかも。そう考えると、「あって当然」にも思えてくる。

また、ついでに前照灯の配線も追加した。

なお、車体前端曲面部にある小さな点検パネルは、a型では取付ボルドが6本、b型以降では2本……というだけでなく、b型以降は一段出っ張っているのに対して、a型ではほぼツライチになっている。

●車体後部の無線手ハッチは、増加試作型(a~c型)では2分割。

a型では通風孔に中央の保護バーがないようなので、キットのパーツのバーのモールドをくりぬいた。そのままがらんどうの車内が覗けてしまうと情けないので、適当に隔壁を入れたのだが(左写真)、よくよく資料を見直したら、通風孔は筒抜けではなく直下にシールドがあるようなので追加。そりゃまあそうだわな。隔壁工作はまるで無駄。

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なお、このハッチのパーツは、キットの説明書では戦闘室後面パーツ(P18)の取付前に付けるように指示されている。私は、前記の接合線消しの都合もあって先にP18を付けたのだが、そうすると、クラッペのモールドが干渉してハッチが入らず、無理矢理ねじ込む羽目になってしまった。そのせいで、ハッチが微妙に歪んでしまった。

それにしても、実際にこのようなレイアウトだと、実車でもハッチがうまく開かないはず。本来はクラッペがもっと薄くて干渉しない? あるいは、ハッチ前端の形状が、実際にはちょっと違う? どうもよく判らない。

●フェンダー後部ステイは別部品(G7、G8)。

パーツそれ自体にピタッと位置を決めるダボなどはないが、L字の内側をフェンダーにそのまま沿わせるのではなく、やや間隔を開ける。でないと、外側端が飛び出してしまうので判ると思うが。

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なお、説明書ではこのステイに重ねて牽引用リングの部品(U4)を取り付けるよう指示があるが、実車では当初、このリングはなく、後々の追加装備の様子。また、このパーツはステイ付け根のボルトを共用して取り付けられているようなので、(説明書には書かれていないものの)ステイ付け根のボルトを削ってから付けるものではないかと思う。

●誘導輪基部は、基部パーツの中心に車軸が付いた形状になっている。

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しかし、実際には車軸はこの基部パーツの中央から偏心していて、この部分を回転させることで誘導輪位置を変えて履帯張度を調整する仕組みになっているはず。

もっとも、組み上げてしまえばほとんどわからないうえ、現在の車軸位置で、トラクツの側面図とほぼピッタリの位置に誘導輪が来るようなので、特に移動などはせず放置のつもり。

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つれづれSU-100(6)

●II号戦車のレビューなどもあって、すっかり「もうお蔵入り?」感が漂っているが、ここで唐突に。

ドラゴンのSU-100(初版)の割と行き当たりばったりな製作記の続き。

遡ってみたら前回は6月だったので、ほぼ夏と秋がぽっかり開いてしまったことになる。

●さて、まずは先月頭にあった東京AFVの会の折、ハラT青木伸也氏に、「この砲身、戦後型ですよ」とツッコミを入れられた件について。

もともと、実車写真でも主に注意を払っていたのは戦闘室形状で、砲身にバリエーションがあるなんてことには、まるっきり気付いていなかった。現存実車のうち、戦中型の戦闘室形状を持つものについても、砲身はドラゴンのキットや別売砲身と同形状のものばかりだったためでもある。ちなみに、ズベズダのSU-100(もちろん新版)の砲身は、web上で説明書の図解やキット写真を見る限り、一応、初期型形状になっているようだ(ややどっちつかずな印象もあるが)。

最近話題に上ることも多いCanfora Publishingの新しい資料とかだと、この辺もきちんと抑えていそう(セータ☆さんによれば、ズベズダのキットはこの資料を参考にしているそうだし)。新しい資料、ちゃんと追ってないからなあ……。

そんなわけで、改めて戦中の(と思しき)写真を、手持ちの資料やweb上で漁ってみる。砲身のディテールまでしっかり判る写真はなかなか見つけづらいのだが、それでも、なんとか「戦中と確認できる写真で、砲身の形がしっかり判るものを見ると、キットや手元の別売砲身とは形状が違う」ということは確認できた。

上記のように、戦闘室が初期型であっても砲身は戦後で標準のタイプであることが多く、初期型の砲身は現存していないのかとも思ったのだが、facebookで仙波堂さんから「現存車輛でも初期型砲身のものがある」と教えて頂いた。改めて写真を漁ると、戦闘室後面が組み継ぎではないタイプ(したがって資料集め段階でスルーしていた車輛)で初期型砲身を載せている例がいくつかあることが判明した。

どうもそれを考えると、戦中・戦後でくっきり分かれているというよりも、戦後ちょっと経って切り替わった可能性もありそうなので、以後は「戦中型・戦後型」ではなく、「初期型・標準型(もしくは後期型)」と呼ぶことにする。

AFVの会の折の青木氏の説明では、「戦中のヤツはもっと根元でグッと太くなっている」みたいな簡単な説明だったが、一応、その後の写真から読み取ったことも含めて違いをまとめると、

・標準型の砲身は、根元に向けて緩やかなテーパーで太くなったあと、防盾近く(20cm強くらい?)できつめのテーパーで太くなる。初期型の砲身は、もっと防盾ギリギリまで緩やかなテーパーで太くなり、防盾に接続する直前で急に太くなる。この点、ぱっと見の印象ではSU-85の85mm砲身(特に後期のD-5S-85A)に似ている。ただし、85mm砲のように段差は付いておらず、あくまで急なテーパーで太くなる。簡単にまとめると、「標準型は防盾より数十センチ前から急なテーパー、初期型は防盾の直前でさらに急なテーパー」。

・砲口付近の「たが」状の段差は、標準型に比べ、初期型は前後に短い。

・砲身全体のテーパーも、初期型は標準型よりも、ややふっくらしているような気がするが、これは文字通り「そんな気がするだけ」かも。

●もともと不良在庫化しかけていたドラゴンのSU-100(初版)を今更作り始めたのは、以前にも書いたように、はい人28号さんからアフターパーツの転輪と砲身を頂いたためなので、これでその砲身を使わないとなると、「何しとんねん」みたいな話になってしまう。とはいえ(一応あれこれ検討はしてみたものの)、アルミ製の挽き物砲身を一部削り直すなどというのは、専用の工具もない私にはハードルが高すぎる。結局、せっかく付けた金属砲身をもぎ取って、新たに砲身を自作することにした。

当初はキットの100mm砲身の根元を加工しようかと思ったが、ちょっと根本が細い感じがしたので、砲身の前半はキット、後半にはwaveの6mm径のプラパイプを継ぎ足してからテーパー状に削り直した。

旋盤など持っていないので、ナイフで粗削りしてからペーパーで挟んで手でグリグリというプリミティブ工法。途中でキットの砲身前半とプラパイプの砲身前半の継ぎ目が折れて継ぎ直したりもしたので、よ~く見ると、中心軸がちょっと怪しい気もする。ぱっと見で判るほどではないけれど。

途中で、どうも前半部も細身な気もしたので、プラペーパーをらせん状に一巻きして、改めて削り直したり。さらに削る過程で薄くなったプラペーパーが一部剥がれてあばた状になったところを瞬着で埋めたり、凹凸を均すためにサーフェサーを塗っては削り、塗っては削りしたり。

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左が削り途中。右がひとまずの工作終了状態。頂き物のABERの100mm砲身と並べて撮影。新造の砲身はプラペーパーを巻いているので材質の下地は基本白なのだが、サーフェサーを重ね塗りしては削りを繰り返しているうち、砲口部を除いておおよそグレーになった。

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標準型(後期型)のABERの砲身と、初期型の新造砲身とのディテール比較。新造砲身の根元部は、ドラゴンのキットに不要パーツで入っていたSU-85Mの砲身根元の段差部を移植してから削った。砲口部の段差はプラペーパーを一巻きしてから削っている。ABERの砲身も、狭すぎる砲口を、ぜっかくゴリゴリ削って広げたのになあ。もったいないなあ。

ABERの砲身も、新造砲身も、砲口内部のライフリングは無し。KV-2初期型用に作った152mm砲身にはライフリングも工作したが、100mm程度では面倒くさくて工作する気になれない(言い訳)。

●そして、東京AFVの会の折に青木氏に指摘された箇所の第二弾。

「ラジエーター・グリル、方向逆じゃないですか」

これは考証がどうのという以前の問題で、単純に老眼とうっかりの合わせ技。工作直後にクローズアップで写真も撮って(下左写真)、当ブログの製作記事にも載せているのに気付かなかった。

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前述のように左が当初の工作で、上面左の内側ラジエーター・グリルの向きが逆。マンリーコさん直伝の「エナメルシンナー剥がし」で何とか外せたので、向きを変えて付け直した(右写真)。

●ほか、夏~秋の停滞期にちっくりちっくり工作していた個所など。

ますは車体後部の補助燃料タンクの支持架(ステイ)。

ドラゴンのキットには、IS(JS)重戦車用と似た(もしかしたら同じ?)基本板状のステイのパーツが付属している。初期にはもっと別の形状なのだが、キットのタイプも大戦末期から使われているので、私はこのタイプを使うことにした。

本来ならば、ステイの本体部分(メインの板部分)はキットのパーツよりもずっと薄く、そのあたりに気を遣うなら薄いプラバンや金属板、あるいはアフターパーツのエッチングなどに交換すべきなのだが、金属板で根元にベロを作って車体に埋め込むとかの手間を掛けない限り、強度的にかなり不安が出て来てしまうため、キットパーツに若干手を加えて使用することにした。

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キットパーツに「若干手を入れた」のが左写真。タンク固定ベルトの留め具は、やや薄削りをしたうえで、根元側は穴、先端側はフォーク状に加工。また、タンクの受けとなる円弧部分は、先端はベルト先端のロッドが干渉しないよう、留め具側が少し切り欠かれているので、そのように加工した。

右写真は車体に取り付けた状態。ちなみにこのステイは、車体右と左とで全く同一のパーツを使っているので、ベルト留め具は、車体右側ではステイの後面、左側では前面にある。

しかし。

これに関しても青木氏からツッコミが。大戦末期からこのタイプが使われているようだというのは青木氏も異論がないものの、「ステイがこのタイプになった時には、すでに戦闘室後面の組み方が変わっているのではないか」とのこと。

というわけで、手元にある写真を再確認してみたのが、どうも今ひとつ決め手がない。CONFORAの「SU-100」とかなら、そのあたり解答があるのかなあ。

今のところ分かっているのは、

  • 前部フェンダーが丸型の時期から、すでに新型燃料タンクステイは使われている。
  • 新型燃料タンクが使われている場合、すでに後面の発煙缶の搭載もデフォかも。
  • 少なくとも手元にある終戦前後の写真では、戦闘室後面の組み継ぎと新型ステイの組合せを確認できるものはない。
  • ただし、現存車輛では戦闘室後面が組み継ぎでも、ステイは新型である場合がほとんど(全て?)。ステイをわざわざ新型に付け替える必然性なんてあるかなあ。

ま、とりあえず今のところは「組み継ぎ+新型ステイもあったんじゃないかなあ」説の明確な否定材料もないので、そのままとしているが、この先、あまりに気になったら旧型ステイに付け替えるかも。

もともとSU用の旧型ステイは、細かい板状パーツを折ったり曲げたり溶接したりして組み上げたちょっとややこしい形で、SU-122やSU-85は基本これのみ(SU-85Mも?)、SU-100も生産初期にはこのタイプが使われている。現在では出来の良い3Dプリント・パーツ等もあるようだが、インジェクションでもminiartのSU系列にセットされたものがあり、これも必要十分な出来(下写真)。

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同社のT-34系列用転輪セット各種には、このステイが不要パーツとして1輌分以上入っている。初期型・後期型ハブキャップの枝に入っているので、どの形式の転輪セットにも全て入っているのではないかと思うが、しっかり確認はしていない。

ともあれ、我が家にも1セットあるので、いざとなったらこれに交換予定。実は「ズベズダのSU-85を作るときに使おう」と思っていたのだが、「その時はその時でまた考えよう」でもいいし。

●そして予備燃料タンク本体。

SU用の燃料タンクは、基本、筒のフタ部分(円筒の底面)が凹レンズ状に窪んでいて、ズベズダのパーツはこれを表現しているが、ドラゴンでは戦車型と共通パーツのためにフラットになっている。

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そんなわけで、ドラゴンのパーツのフタ部分をノミだのヤスリだので窪ませた。上写真は右端がズベズダ(ベルトのモールドは削り済み)、他がフタ部分を加工したドラゴン。ドラゴンのタンクは派手にへこみ表現が加えられているが、実車写真を見ると、ここまでベコベコなのはほとんど見ないような。しかも4本のタンクのへこみ表現が全て同一なのも難点。写真のパーツは、へこみ表現を若干削り直し、少しでも変化が出るようにした。左端のへこみ無しタンクもドラゴンのものだと思うが、何のキットのものだか不明。

筒のフタ部分が窪んでいるため、SUでは、前後の燃料タンクがほとんど密着状態で搭載されていることがある(フタ部分がフラットだと、持ち手が干渉してしまうはず)。なお、戦車型でも時々、この「フタ窪みタイプのタンク」が使われていることがある。

なお、初期のSUでは、固定ベルトが掛かる内側部分でタンクが「たが」状に出っ張っている、という考証を以前していたのだが、これに関してはちょっとあやふやになってきた。

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II号戦車a2型 IBG 1:35(3)

●ポーランド、IBG社製 1:35 I号戦車a2型のだらだらと長いキットレビューの続き。

まあ、たまにはモデラーらしい話もしないとね、というのと、久々に(それなりに)新しくて(それなりに)ボリュームのあるキットを買ったので。……軽戦車だけど。

●というわけで、前回の足回りチェックに続いて本体部分。まずは車体上部。

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車体上部パーツをPANZER TRACTSの図面と重ねてみると、ほぼ寸分違わず重なる。ベース資料としてトラクツを参考にしているのは、ほぼ間違いないようだ。

右写真は、タミヤの標準型II号戦車の車体上部と突き合わせてみたところ。戦闘室の寸法には大差ないが、フェンダー幅はIBGのa型キットでは、きちんと幅が狭いKgs.67 280/90に合わせたものになっている。前回書いたように、履帯は後になって幅広のKgs.67 300/90に履き替えている例があるが、フェンダーまで交換しているわけはないので、ここはきちんと狭くなっていてくれて一安心。

また、フェンダーの滑り止めの網目模様は、タミヤのキットでは「網目がある」という記号的表現でしかなく、目が粗過ぎるのが問題だったが、IBGのa型では十分に細かい表現になっていて好感が持てる。

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a型の外観上の大きな特徴である、ビル空調の室外機みたいな丸いラジエーターグリルは、ちょっと彫刻が浅め。とはいえ、表現は割と繊細なので、個人的には「スミイレくらいでいいかなあ」という感じ。

その前方の、増加試作型特有の2分割の無線手用ハッチは、通風孔の中心に縦にバーが付いた仕様になっているが、a型の場合は、このバーはないのではないかと思う。少なくともPANZER TRACTSに掲載のa2型の図面とキャプションではそのように説明されている。

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戦闘室右側面は別パーツ、この部分のフェンダーステイはフェンダーと一体だが、金型からの抜きの際に余計な力が掛かったか、微妙に変形があった。

エンジンルーム側部の通風孔は、異物が入らないように保護バーがあるのだが、これがスリットと一体成型(右写真)。これはタミヤのキットでも別部品だったところで、もうちょいなんとかしてほしかった。いやまあ、手を入れるのが凄く面倒、という形状でもないけれど。

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シャーシは底面・側面が一体。前後面は別パーツ。a型は後の生産型に比べて寸足らずだが、単純に車体後部が短いだけでなく、前部も傾斜がきつく下がっていて、誘導輪位置もやや後下方に下がっている。

車体後下部パーツは選択式で、初期状態と、誘導輪基部強化のために追加されたコーン(右写真)付きの仕様とを選べるようになっている。この補強コーンが導入されたのがいつ頃なのか今一つよく判らないが、とりあえず、ポーランド戦時のa型の写真で、コーン未装着のものがあるのは確認できる。

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砲塔はこんな感じ。寸法は、これまたトラクツのa2型の図面とほぼ合致。タミヤの砲塔より1mmほど幅広。エッジには溶接表現が加えられているが、ちょっと立ち過ぎな感じも。ここはタミヤ程度のほうが落ち着いていて好き。

なお、a型は、砲塔それ自体はb型以降と同一だが、クラッペの仕様に違いがある。

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武装の20mmKwKとMG34。1枚目はプラパーツのランナーにある通常版用。スライド型を用いて砲口・銃口が開いており、また、MS34のジャケットの放熱穴もそれなりに表現されている。ただし、20mm砲身の交換時グリップ部分が凹表現になっているのは、ちょっと頂けない。

限定版に付属の20mm砲身とMG34銃身は、ポーランドのサードパーティ「MASTER」製で、このセット自体の別売もあり、日本国内でもM.S modelsやパンツァー・レーア、ホビーランドなどで扱いがあるようだ。3DプリントのPZL P-11c用のオイルクーラーとか、ちょっと欲しいなあ。

閑話休題。20mm砲身はアルミ挽き物で、塗装すると消えそうではあるものの、グリップ部分の梨地表現もついている。消炎器部分は3Dプリント。MG34は銃身と消炎器は真鍮挽き物で、ジャケットが3Dプリント。銃身と消炎器は前後から差し込んで、接続部は入れ子になる。MG34のジャケットはちょっと事後変形があり、銃身を差し込むとそれなりに真っ直ぐになるが、それでもやや曲がっているような……。3Dプリントのレジンも、熱湯で変形は直るのかな? ご存じの方、教えて下さい。

●ちょっと気になる部分、目についた部分をピックアップしてみたが、実際に製作に入ったら、さらに気になる部分、判らない部分がぼろぼろ出て来そう。まあ、その時はその時に、ということで。

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II号戦車a2型 IBG 1:35(2)

●ポーランド、IBG社製の「II号戦車a2型(限定版)」キットレビューの続編。中身をチェックして、個人的に気になったところなど。

●いきなり「足元を見やがって」感があるが、まずは履帯から。

前回述べたように、キットの履帯はII号戦車で標準的に用いられたKgs.67 300/90(ピンを含めた横幅が300mm、ピッチが90mm)を表現している。

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左写真はタミヤのII号戦車c、A~C型の部分連結履帯と重ねて撮ったもので、同一幅であることが判る。右写真はT-RexのI号戦車用履帯(Kgs.67 280/90)の初期型と並べてみたもの。

前回も書いたように、II号戦車はa型においては生産時にはI号戦車と同じ、幅が狭いKgs.67 280/90(ピンを含めた横幅が280mm、ピッチは同じ90mm) が用いられていて、Kgs.67 300/90に変更されたのは次のb型からであるらしい。ただし、a型でもその後Kgs.67 300/90に履き替えている例があることは写真で確認でき(例えば「PANZER TRACTS No.2-1 Panzerkampfwagen II Ausf.a/1, a/2, a/3,b, c, A, B, and C」のp22)、これのみを以て直ちに誤りとは言えない。

むしろ開戦時には生産からすでに数年が過ぎており、実戦参加車輛は多くが標準履帯に履き替えていた可能性もありそう。しかし問題は、履帯の見た目自体はKgs.67 300/90もKgs.67 280/90もそっくりで、当時の写真を見ても、どちらを履いているのかなかなか判別できないこと。上記トラクツの写真についても、キャプションに「Kgs.67 300/90だ」と書かれているので「へ~、そうなんだ~」と思うだけで、私自身がきちんど識別できているわけではない。

ただ、ガイドホーンに穴が開いていて三角形に近い形状であればKgs.67 280/90(の初期型)、ガイドホーンに穴がなく台形に近ければKgs.67 300/90の可能性が高そうな気がする(Kgs.67 280/90でも後期型はガイドホーンに穴がなく台形に近いが)。

なお、標準的なKgs.67 300/90としてみると、キットのパーツはちょっとガイドホーンが尖りすぎかも。

●転輪類。

結論から言ってしまうと、転輪、上部転輪、誘導輪はすべて広いKgs.67 300/90に合わせた幅になっている。

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転輪(左写真)は、三枚おろしの円盤を貼り合わせる構造で、ゴムリムの縦筋を表現する形式になっている。確かにa~b型の実車写真を見ると、このような縦筋が確認できるものがある。

ただし円盤間の位置決めダボがいまひとつキッチリ行かない。挟み込む中央円盤の凸が明瞭な側はそのままでよいようだが、凸が不明瞭な側は、そのまま付けようとすると円周がズレるので微調整が必要になる。

なお、前述のように転輪幅はKgs.67 300/90準拠なので、もしもI号戦車用履帯に交換することを考えるなら、中央に挟む円盤を薄いプラバン製に替える必要がある。むしろ、スライスして幅を詰めるといった激しく面倒な作業を強いられずに済む分、よいかも。

右写真は上部転輪パーツで、上側がキットのもの。下側はタミヤの主生産型キットのもの。II号戦車の上部転輪はa各型は大径、b型以降は下のような小径のものとなる。というわけで、本来のa型用としては上の大径でよいのだが、ただし、その場合はKgs.67 280/90履帯に合わせて幅が狭くなければおかしいことになる。上部転輪パーツ裏は軸穴以外特にモールドはないので、削るのに不都合はないが、それでも均一な幅で削るのはちょっと面倒?

もう一つ問題なのは、確かにKgs.67 300/90に交換されていると思われるパンツァートラクツのp23の写真では、上部転輪も小径・幅広のものに交換されていること。大径の上部転輪のままで、Kgs.67 300/90履帯を履いている例があるのかどうかは、よくわからない。タミヤのパーツを流用して小径のものに変えるか、それとも「新型履帯を使っていても大径の上部転輪のものもある」と判断して、a型らしさを残すために大径のものを使うか。ちょっと悩ましい。

●サスペンションパーツは下左写真のような形状。一方、a3型のキットでは、右のような形状になっているようだ(IBGサイトにUPされているa3型キットの組立説明図より切り出し引用)。

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この増加試作型のボギー式のサスは、だいぶ小刻みに形状が変化している様子。しかしその一方で、実車写真では外側ビームの陰になっていることが多いためもあり、なかなか細かいディテールが確認できない。

PANZER TRACTSにはa2型の4面図が出ているのだが、IBGのキットのサスペンションボギーのスプリング部のディテールは、a2型用も、a3型用も、それぞれ微妙に図面とは異なっている。大雑把に言うと、トラクツの図面のサスは、IBGのキットの2種のものを掛け合わせたような感じ。わざわざ形を違えてパーツ化しているということは、IBGはトラクツ以外の何らかの資料or写真を参考にしている可能性がある。

なお、このサスボギーに関しても、履帯を新型に交換している場合には、幅広の転輪とともにより新しい型に交換されている可能性があるかもしれない。これまたちょっと悩ましい。

ちなみに、トラクツの22ページ上写真の(キャプションを信じるなら)a1型は、IBGのa2・a3型とも、トラクツの図面のa2型とも違い、後のb型のものに似たサススプリングになっている(車軸がスプリングに対して下側にある)。この車輛は幅の狭いKgs.67 280/90の初期型履帯を履いているようだし、上部転輪も初期型なので、b型のサスに交換している可能性は低そう。これはa1型独特のサスなのか?

12/14追記。邦人さんに教えて頂いたのだが、フランス人のjacky PAQUIS氏という方が、II号戦車に特化(!)したサイトを開いている。そのサイトの図説によれば、上記、トラクツの22ページ上写真のサススプリング仕様は、a1型の生産第2シリーズ(?)で用いられた(元のサスから交換装着された?)“第2バージョン”のサスだそうだ(「デッサン」コーナーにある図説27、28)。PAQUIS氏によれば、a2のサスは、基本的に、a1の仕様をそのまま引き継いでいるらしい(図説41)。

また、そもそも第1ボギーと、第2・第3ボギーとでは、最初からわずかな差異(リーフスプリングの枚数とか)があるようだ。

このあたりの仕様(の変遷)に関しては、実際にこのキットを作る際、最後まで悩みの種になりそうだ。一応、トラクツに掲載されているKgs.67 300/90履帯と小径上部転輪装着車の写真(p23上)ではa型用サス形状なので、幅広履帯でもb型サスへの交換まではしなくて済みそうではあるけれど、そもそも「a各型のサスはどういう形状だったのか」がはっきりしないのはもどかしい。

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サスボギー外側ビームのエッチングパーツはa1-a2型用。コの字断面の上下の折り返しが、左写真のように、a1-a2型用では左右端まである。一方、a3型用(右、IBGサイトにUPされているa3型キットの組立説明図より切り出し引用)はやや短く、軸穴の中央に達するくらいまでしかない。

ただし、これまた「実車ではどうなのか」というのが今一つよく判らない。後のb型でも「折り返し長いタイプ」が使われていたりするし(トラクツp30)、a1型で「折り返し短いタイプ」だったりする(トラクツp5)。しかしa1型で「長いタイプ」もある(トラクツp22)。

ちなみに、IBGのa2型キットとa3型キットの間のパーツの差異は先述のサスボギー(a2:Eパーツ → a3:Fパーツ)と、エッチングパーツ2枚のみ。エッチングパーツの差は、1枚は上記のビーム形状、もう一枚の小物エッチングシートには強化サスの追加スプリングリーフ?が追加されている。

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起動輪はa型独特の形状。径は後のb型用や、c、A~C型用と一緒で歯数も同じ26枚。IBGはTKSで歯数を間違えた前科があるので、「大丈夫かな~」とも思っていたのだが、今回はOK。径もタミヤのc、A~C型用と一致した。

長くなったので、足回り以外はまた次回。

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II号戦車a2型 IBG 1:35

Img20231210133426 ●久々の大きな買い物。ポーランド、IBG社製のII号戦車a2型。

昨年末~今年の初頭に発売されたキットで、その後、バリエーションとしてa3型とb型も出ている(a1型も予告されている)。

「初期型好き/大戦初期もの好き」の私としては発売予告時から欲しいと思っていたキットなのだが、通常版で7000~8000円台、金属挽き物+3Dプリントの20mm砲身とMG34、minirt製の戦車兵フィギュアの付いた限定版は1万円の大台に乗るという、昨今の高価キットの波の中でもひときわお高い感じで、指をくわえて眺めていたもの。

それが、9日土曜日、仕事で都心に出た帰りに秋葉原の駿河屋に寄ったら、中古品+バーゲンで限定版が税込み6300円で売られていて、つい手を出してしまった。9日は誕生日でもあったので、「自分へのプレゼント」という勝手な言い訳を心の中でしつつ。

●実車は言わずと知れたドイツ戦車の次男坊、II号戦車の初期型、というか増加試作型。a1~a3型まで各25輌、合計75輌が生産されている。後の、リーフスプリング独立懸架の片側5転輪という標準形式に落ち着く前の、I号戦車同様のカーデン=ロイド製トラクター譲りのリーフスプリング付き、小転輪のボギーを並べた足回りを持つ。

次のb型も同様の足回りながら、小改良がくわえられ、車体形状はほぼ後の標準型と同じになる。その次のc型で、ついに足回りが落ち着いて、その後の主生産型(A~C型)に引き継がれていく。

なお、サブタイプがa~cと小文字なのは増加試作型であることを示している、というのが一般に言われていることで、実際、その説明は納得しやすいのだが、改めて考えると、例えば同じく増加試作型扱いで少量生産のIII号戦車A~D型はそのまま主量産型と続きになっているし、他にも「小文字は試作型」の方式を採っているドイツ車輛にはお目にかかったことがないような。そのへんキッチリしていそうなドイツ軍(orドイツ人、ドイツメーカー)なのに、ちょっと不思議。

実車に関しては「PANZER TRACTS No.2-1 Panzerkampfwagen II Ausf.a/1, a/2, a/3,b, c, A, B, and C」や「アハトゥンク・パンツァー(第7集) 1号戦車・2号戦車と派生型編」が詳しい。また、「アハトゥンク・パンツァー」著者の尾藤満さんが、過去、スクラッチに近い工作で完成させたa2型の製作過程をサイト「パンツァーメモ」に載せており、これからa型を作ろうという人にも大いに参考になる。ちなみに尾藤さんは現在、II号戦車の主量産型であるA、B型の工作記事を進行中で、こちらも楽しみ。

●IBGのキットのa2型は、同社の初期型(増加試作型)II号キットの中では最初に出たもので、この後、若干のパーツ替えをしてa3型が発売され、さらに(私はまだ見ていないが)b型も発売された。a1型もアナウンスされているが、これはまだ発売に至っていないようだ。IBG models公式サイトとSCALEMATESによれば、現在判っているラインナップは、

  • 35075 Pz.Kpfw.II Ausf.a1
  • 35076 Pz.Kpfw.II Ausf.a2
  • 35078 Pz.Kpfw.II Ausf.a3
  • 35079 Pz.Kpfw.II Ausf.b
  • 35080 Pz.Kpfw.II Ausf.b with fuel trailer
  • 35083L Pz.Kpfw.II Ausf.a2(LIMITED EDITION)

35077に何が入るのかもちょっと気になる。

なお、発売予定のa1型まで含めれば、おそらく、大戦中に正式採用されたドイツ戦車に関しては、I号戦車からVI号戦車まで、ある程度(10輌以上くらい?)量産されたサブタイプはおおよそ全て1:35でインジェクションキット化されたのではないかと思う。

II号戦車E型はブロンコから火炎放射戦車型しか出ていないが、これはそもそも戦車型として完成したものがなさそうなので対象外。ただ、38(t)の初期型のうち、A型、C~D型は、マケットの初期型キットが大雑把に「A~D型」とひとまとめに銘打っているだけ。しっかりそのタイプを作ろうとするなら、トライスター/ホビーボスのB型から頑張ってちまちま改造する必要がある(ただしこの辺の仕様差はかなり微妙)。

●とりあえずキット内容概観。

35戦車キットとしては標準的な大きさの箱に、パーツは割とぎっしり目。miniart風に、パーツをかなり小分けにした枝構成になっているので、そのぶん容積を食っているのかも。プラパーツの枝は履帯を除いても全部で21枚もある。

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Aパーツ(左写真):戦闘室周囲の装甲板、OVM類など。

Bパーツ(右写真):砲塔下面・前面および砲塔内部パーツ。

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Dパーツ(写真左):車体上部および前部上面、マッドフラップなど。

Gパーツ(写真右):車台、マフラーなど。

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Pパーツ(左写真):車体前後面、ギアハウジングなど。

右写真はQパーツ:砲塔、O・Rパーツ:クラッペ。

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足回りパーツ。Eパーツ:転輪ボギー(×2)、Vパーツ:転輪(×6) Wパーツ:誘導輪(×2) 、Uパーツ:起動輪(×2) 。

履板は枝記号無し。12リンク1綴りのものが20本、計240リンク。軽くパチハメ式になっているようだが、はめ込みの凹凸はあまりなく、あくまで仮止め程度のようだ。説明書には「足回りの組立の最終段階まで接着はするな」と書かれていて、要するに、ハードにいじったり動かしたりしなければ連結が保持されるくらいにはなっているらしい。

履板の横幅は8mm強で、明らかにII号戦車用のKgs.67 300/90(履板のみの幅は285mm、1:35で8.14mm)を再現している。

「II号戦車のキットなんだからII号戦車用の履帯が入っているのは当たり前じゃないか」と言われそうだが、実際には、a型は生産時にはI号戦車と同じKgs.67 280/90(履板のみの幅は260mm)を履いている。ただし、後にII号戦車用に履き替えている例もあるので、誤りとは言い切れない。これに関してはまた回を改めて。

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左写真はTパーツ(透明パーツ)、エッチング(2枚)、限定版のみに付属の20mm機関砲身とMG34。20mmKwKとMG34は、同じポーランドのサードパーティ、「MASTER MODEL」製。20mmKwKはアルミの砲身と3Dプリントのフラッシュハイダー(消炎器)、MG34は真鍮製の銃身・消炎器と3Dプリント製の放熱筒。エッチングは2枚とも、「Pz.II a1-a2」と書かれていて、今後発売されるはずのa1型と共通の模様。a3型用はIBGのサイトの同型用組立説明書で確認できるが、2枚とも若干の差がある。

右、デカールはポーランド戦時の第4師団の2種の砲塔番号(304号車、345号車)と、第5師団の45号車。第5師団の45号車に関しては、国籍の十字と番号は、解釈の違いで白か黄色の選択式。ちなみに実車写真はこちら。一応、下部の菱形の明色部については黄色が定説。番号は菱形と同色のように見えるが、国籍マークは同色のようにも、やや明るいようにも見える……。悩ましいところですな。

ちなみに、箱絵は通常版・限定版ともに国籍マーク、番号ともに黄色の解釈だが、説明書のカラー図では国籍マーク黄色、番号白の解釈。

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左は限定版のみに付属のフィギュア。miniart製のものがそのまま入っている。なぜか付属のリーフレットは「GERMAN TANK CREW (FRANCE 1944)」というトンデモな題名になっているが、実際はベレー帽の初期スタイルの、キット番号35191「GERMAN TANK CREW (FRANCE 1940)」。車輛のマーキングはポーランド戦(1939年)だが、ポーランド戦からフランス戦までに軍装の変更はないはず。……ないよね?

それはそれとして、II号戦車は乗員3名なのに、フィギュアは5体入り。いや、僚車の乗員が遊びに来てるんだよ。

説明書(右写真)は、おおよそいつものIBGスタイル。

●総じて言うと、若干気になる部分はあるものの、なかなか神経の行き届いた良いキットではないかと思う。

これまで、IBGの1:35キットはTKS、7TPを買って持っているが、いずれも、「やる気は感じるものの、どうも詰めが甘い」と感じる出来だった。TKSは、特に足回りがややもっさりした出来だったし、7TPの場合は、リベットが打たれた面にあちこちヒケが出ていたりした。

このキットに関しては、ディテールの細かさに関しては全体に統一感があるし、射出時の温度管理が適切だったのか(あるいは私の手に入れたキットがたまたまアタリだったのか)ヒケはほとんど存在していなかった。「この型式のインジェクションキットとしては初めて/唯一だから」以上の価値は十分にありそう。

考証に関しては、私自身、あまり偉そうなことは言えないが、もう少し細部についての(個人的な)注目点等々については次回に。

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ずしのむし

●すっかり御無沙汰ですが生きてます。

(前回も書いたが)季節労働の追い込みはいよいよ切羽詰まってきており、地域の自治会役員の仕事も滞っていて、もう泣きそう。

そして、先日ケン太さんからコメントを頂くまで開催日を忘れていた「東京AFVの会」が、もう明日(それ以前に何度かネットで確認して、「今年はだいぶ早いぞ」と思っていたのに)。行けるかどうかは今日のこれからの頑張り次第? 行けるとしても、当然ながら、持っていく完成品は何も無し。

●表題の話。

当ブログにもしばしば載せているように、あちこち歩き回る合間に虫(主に昆虫だが、その他の小動物含め)の写真を撮るのが、模型ほどではないにしろ趣味の一つ。

写真それ自体はまったくの我流だし、機材も何も追加していないスマホのベア状態の撮りっ放しでしかないのだが、それでも、「数撃ちゃ当たる」式で、たまにはなかなかいい(自画自賛)クローズアップ写真が撮れる。

そんな写真が、「まあまあ」以上を選んでも300~400種類分くらいは貯まってきたので、特にご近所(逗子市内+α)のものを、写真と短い解説文でまとめておきたいと思うようになった。逗子に引っ越してきてからすでに30年近く、虫の写真を好んで撮り始めてからでも10数年は経っているが、その間にも、「最近、アレ見ないなあ」とか「やけにアレが増えてきたなあ」など、変化を感じることも増えて、何かしら記録に残す意味もあるのでは、と考え始めたのも理由のひとつ。

実を言うと、数年前にもそう思って何ページか分は試しに作ってみたのだが、2年前?のHDDクラッシュで見事消失。もっともその後も虫の写真は貯まり続けているので、「なんとかしとこか」という気持ちがまたもたげてきた、という次第。

Sample01改めて1ページ作り直してみたのが右だが、もともとレイアウトのセンス等はあまり備わっていないので、「暫定の暫定案」程度。今考えているところとしては、

  • 制作に個別に手間は掛けたくないので、できれば統一フォーマットを作って、そこに写真と文章をはめればOKという形にしたい。
  • ただし、写真は横位置と縦位置のものが混在している(撮った時の対象の姿勢などにも関わっているので、これは仕方がない)ので、少なくともそれぞれ用のフォーマットは必要になる。
  • また、使っているスマホの機種変更によって、縦横比が違う写真がある。できればトリミングなどの余計な手間は掛けたくない(が、そのまま使うとなると、ここでまたフォーマットが2種増えてしまう)。
  • できれば「写真1枚+文章」に収めたいが、種によっては2枚以上の写真を使いたいものもある(性的二形の差が大きいとか、翅の裏表を見せたいとか)ので、それへの対応も課題。
  • とりあえずはPDF形式にしてデジタルで保存するだけでなく、プリントしてバインダー形式にしておく?(と、目・科・属別に整理した時に、後から追加しやすい)

などなど。

Img20231005163910 ●相変わらず、プレッツェル(ブレーツェル)のマイブーム継続中。

前回記事で、スナックタイプのプレッツェルのトルコ産のものを紹介したが、パンタイプのプレッツェルも、横浜駅CIEL内のパン屋、トムキャット・ベーカリーでも売っているのを知って試してみた。

見た目はちょっとふっくらした感じ(お店のサイトに出ている写真とずいぶん感じが違うのはどうしたわけだろう?)。食べてみた印象は……。

「普通に美味しい塩バターパン」

の感じが強い。いや、一般的にはこっちのほうが「美味しい」と思う人は多いかもしれないんだけど、正統的な「ブレーツェル」感は鎌倉の山田さん(Bergfeld)に負ける。でもって、私は山田さんのほうが好き。

Img20231102132608 ●模型話もちょっと。

(割としばしばそんなことを言っているが)仕事が煮詰まっているときは「しっかり考証しながら工作を進める」のではなく「無心に単純作業をする」のを息抜き代わりにすることが多い。

今回それで取り出したのは、ハセガワの1:8「ル・ローヌ110馬力エンジン」。

同社がかつて出したミュージアムモデル(と銘打った)、フォッカーDr.Iからの別売で、同じくフォッカーDr.I搭載のシュパンダウ機銃、シリーズの別製品ソッピース・キャメルF.Iからの別売として、クレルジェ9Bエンジンとヴィッカース機銃も出ていた。

その昔、シュパンダウとヴィッカース機銃は作った(そしてどこか行ってしまった)。クレルジェは未組立で棚で仮眠中(熟睡中?)。

ル・ローンは初期のもっと低馬力のものも含め、多数の航空機に搭載された大ベストセラーのフランス製ロータリー・エンジン(マツダのそれではなくて、「エンジン自体が回る」という意味のロータリー)。フランス製なのに、なんで敵国ドイツのDr.Iに載ってるねん、という話だが、これは第一次大戦前にきっちりライセンス契約が結ばれている。もっとも、110馬力の9Jが開発されたのは戦争が始まってからだから、やはり若干のパチモン要素はあるかもしれない。

個人的には、ハセガワは(もちろん国内メーカーだけにある程度以上の質は保持されているものの)「ちょっと信用ならないところがある」印象があるメーカーだが、このル・ローンはそれなりによくできていると思う(と、言い切れるほどル・ローンのエキスパートというわけでもないが)。とはいえ、組立上の一大課題は、張り合わせ式のシリンダーの、細かいフィンの間にしっかり張り合わせラインが出てしまうこと。

ナイフでほじほじというのも間に合わないし、極細のヤスリも入らないので、結局は800番のペーパーを2つ折りにして、その折り目部分を突っ込んでヤスリ掛けをした。

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左写真、左側が作業後、右側が作業前。それなりに目立たないレベルまで消せていると思う。

なお、数日前、この作業をしながら何の気なしにシリンダーの数を数えたら、本来9本あるべきところ、8本しかない! 作業の途中で失くしたのか? それとも、そもそも過去いじっているときに、どこか別の場所に間違えて入れてしまったのか? ……と思って焦ったのだが、しばらくして、自分が座っているすぐ脇の、別の模型箱の上に1つぽつんと立っているのを発見した。

というわけで、めでたく9本に戻った記念撮影が右写真。手前右に転がっているのは、ル・ローンのシリンダーのヤスリ掛けの前に作っていた、SU-100用の増加燃料タンク。「それこそ、パーツを張り合わせるだけだろう!」と言うなかれ。SU用のタンクはちょっと面倒なのだ(という話はまたいずれ)。

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ポーランド・メタボ士官

●まさに現在進行形で鋭意製作中というわけではないのだが、たまには模型話でもしないと、モデラーとしてのアイデンティティが自分自身でも怪しくなってくるので、ちょっとヒマネタを一本。

ちなみに、盟友・青木伸也氏がかつて言ったことだが、単純に「模型を作る人」は「モ↑デ↓ラー↓」であるのに対して、「模型作りに入れ込んじゃってる人」(いわゆるマニア層)は「モ↓デ↑ ラー→」と、同じモデラーでも呼称が(イントネーションが)異なるのだそうだ。なんだそりゃ。

●まあ、そんなこんなでヒマネタ。

私は基本、車両は作るがフィギュアは作らない(作れない)ので、フィギュアのセットは滅多なことでは買わないし(たまにネタとして面白いものは、単純に「持っている」目的のために買う)、車両キットに付属のフィギュアも“持ち腐れ”状態にしてしまうのだが、なんとなく気に入って、ちょっとだけいじっているフィギュアが一体。

IBG社製、TKS豆戦車 20mm砲装備型(通常仕様キット)に付属の、「見るからにメタボ体型のポーランド機械化部隊士官」である。

4,5年前に同キットのレビューを書いた時にも触れたが、特定の個人を表現したわけではない無名将兵のインジェクションキットのフィギュアで、ここまでのデブはいなかったのではないか、とも思う(今ならICMとかMBとかで、これと競るくらいの体格が出ているかもしれないが)。これ、2人乗りの車両に2体入っているフィギュアの片割れだから、当然、TKSの車長兼砲手っていう設定のはずだよなあ……。あの小さいTKSに、この腹でちゃんと乗れるのか。そもそも、2人乗りの豆戦車にこんなヤツが乗ったら、車体が右に傾いちゃったりしないのか。

ちなみに同じIBGのTKSでも、機銃装備型にはまた別のフィギュア2体がついている。

さて、問題のフィギュアは下のような感じ。

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1939年戦役までのポーランド陸軍戦車兵の標準的な軍装は、カーキ色のツナギに編上げショートブーツで、IBGのTKS付属のフィギュアも、他3体(20mm砲型の残り1体と機銃型の2体)はすべてその格好をしている。

このメタボさんだけは、黒革のハーフコートと乗馬靴。

1939年時点で、ポーランド陸軍で唯一の完全機械化部隊であったという第10自動車化騎兵旅団は、独特の黒革コートから「黒旅団」と呼ばれていたそうな。このフィギュアの乗馬靴とハーフコートは、同旅団所属であることを示すのではないか……と思うのだが、どうもこれについてはキットの説明書でも一言も触れられていないし、手元に詳しい資料があるわけでもないので、いちはっきりしない。

下写真はwikimedia commonsから、戦争直前の第10自動車化騎兵旅団の1シーン(File:01938 10th Motorized Cavalry Brigade, Zaolzie, col. Stanisław Maczek.png)。

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ご覧のように、「同旅団の独特の黒コート」といっても、一般の兵のものはロングコート。ドイツ軍の第一次大戦型ヘルメットを被っているのも、ポーランド軍のなかでこの部隊だけの特徴。そして中央2人のベレー帽の高級将校のみ、乗馬ブーツとハーフコートを着ている。このハーフコートも第10旅団だけの軍装なのか、それとも他部隊でも着用例があるものなのかは、よく判らない。

ちなみにオスプレイ「Men-at-Arms」シリーズの一冊、ザロガ先生の「The Polish Army 1939-45」のカラー図版にも、黒革コートを着た第10旅団の兵士が出ているのだが、その黒革コートはほぼ膝丈で、上写真のロングコートとハーフコートのちょうど中間くらいの感じ。そういう丈の第三のコートもあったのか、単なる誤りなのか、これまたよく判らない。

ちょっと脱線話を足しておくと、上写真の中央右側のちょっと背が低めなのが、第10自動車化騎兵旅団長、スタニスワフ・マチェク。この当時は大佐かな? 後にはフランス軍下の亡命ポーランド部隊(部隊名も本国時代を引き継いで第10装甲騎兵旅団)を率い、さらには英軍下で編成されたポーランド第一戦車師団を率いてノルマンディー以後の北ヨーロッパ戦線で戦っている。タミヤのクロムウェルには、マチェク将軍乗車の指揮戦車のデカールも入っている(ただしキット自体に指揮戦車仕様に組むためのパーツはない)。

●さて、このメタボさんのフィギュアは、胴体はごろんと一体成型、脚はハーフコートの裾のラインから下が別部品。

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というわけで、コートの裾の内側はスパッと一平面に埋まっている(昔のタミヤのフィギュア、例えば「将校セット」とか「BMWサイドカー」のコート姿の兵士などと似た感じ)。まあ、普通に立てておけばまず見えない部分ではあるが、なんとなくキモチワルイので、脚を接着した後に、自作のノミやペンナイフでカリカリと削り込んだ(右写真)。

ついでに、コート裾近くの前合わせ部分も深く削り込み。ブーツの靴底も(昔のタミヤふうに)ペッタンコだったので、かかとが独立するよう段差を削った。もともと、それほどモールドがシャープというわけでもないので、他もできる範囲でちょっとずつ彫刻を強調した。

●このフィギュアの頭部は、前にも書いたが、メタボ体型によく似合った感じのヒゲのおっさん顔。モールドの甘さはあるが、「シュラフタ(ポーランド貴族)って、こんな感じかな?」と思わせるものがある。いや、知らんけど。

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そんなわけで、頭部はそのままキットのこれを使いたいのだが、残念なことに、頭部と一体成型されたヘルメットの形状がよくないうえに、そもそも小さい(「風の谷のナウシカ」のジオラマか何かに城オジとして使うにはよさそうだが)。

ポーランド装甲車両乗員用のヘルメットはフランス軍式のもので、第一次大戦中に開発された、世界初の近代戦用ヘルメットとして有名なアドリアン・ヘルメットのバリエーション。戦車兵用ヘルメットは、通常のアドリアン・ヘルメットの、四周に張り出した“つば”部分のうち前部・左右部を除き(バリエーションによって若干の差があるものの、後部のつばは逆に拡大してある場合が多いようだ)、前面には革製?のパッドが取り付けられている。頭にかぶさるクラウン?部分の形状は基本のアドリアン・ヘルメットと変わりない感じで、IBGのフィギュアのように後ろ広がりになってしまっているのはやはり格好が悪い。そこで、ヘルメット部分だけを他社製と挿げ替えることを計画する。

右写真は、その検討用に手元の同型ヘルメットのパーツを並べてみたもの。右端がこのフィギュアの頭部、上のモールド色が最も濃いのがエレールのR35/H35付属のもの、左がタミヤのルノーUE付属のもの。後になって「あ、そういえばminiartのも持ってたな」と思い出したが写していない。

ご覧のように、エレールのものも全体の形状バランスは悪くないが、昔のエレールのフィギュアは、他社製フィギュアでよくある「頭を半分切って(中の埋まった)ヘルメット部品を付ける」式ではなく、「中空のヘルメットパーツを実際にフィギュアの頭にかぶせる」形式のため、やや大きめになっている。先述のようにIBGの頭部のヘルメットは小さいが、同時に頭部自体もかなり“小顔”なので、エレールのヘルメットでは似合わないかもしれない。――で、結局タミヤ製を採用することにした。

●ここからまたひと手間。

アドリアン・ヘルメットは、頂部に前後方向の「とさか」が付いている。ちょっと古めかしく見える理由でもあるが、これは塹壕の中で、頭上で炸裂する砲弾の破片や降ってくる岩などの衝撃をそらし、頭部を守る役割を担っている。ちなみに、ソ連軍の戦前型ヘルメット(СШ-36)も頂部に「とさか」があるが、これは通風孔のカバーだそうだ。

さて、戦車兵用ヘルメットの場合、ポーランド軍用ではこの「とさか」が残っているのだが、この時期の本国フランス軍仕様では通常付いていない(フランス軍用でも時期によっては付いている模様)。当然、タミヤやエレールのフランス戦車兵用ヘルメットには付いていないので、流用に際しては「どうにかする」必要がある。

形状的にもなんだか面倒くさく、ここはタミヤのキットに一緒に入っている通常型のアドリアン・ヘルメット(とさか付き)からつばを削り落としてパッドを付けるほうが、もしかしたら楽なのでは?とも考えたのだが、結局は「戦車兵用にとさか増設」の道を選んだ。この際、フランス軍仕様では付いている、ヘルメット前面の兵科エンブレムを削り落とした。

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●そして腕も付けた。

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正規の接着位置だと、まさに双眼鏡を覗き込んでいる格好になるようなのだが、それだとせっかくの「シュラフタ顔」(←勝手な決め付け)が隠れてしまうので、肩の接合部があまり不自然にならない範囲で、やや腕を下ろして、双眼鏡を少し目から離した状態にした(双眼鏡自体は、この写真では未取り付け)。

ただ、腕側に、肩章に対応した位置にちょっと出っ張りがあって、これがやや前方にずれてしまったので、今後削って付け直すかも。

なお、キットのままだとやや後ろへの「そっくり返り」がきつい感じがしたので、ブーツのかかと部分に0.2mmのプラペーパーを貼り増しした。

●現時点での製作に関しては以上。

ただ、ここから先に関しては個人的にちょっと悩みどころ。

当記事の最初に、「私は基本、車両は作るがフィギュアは作らない(作れない)」と書いたが、実際、私はここ数十年(!)ミリタリーフィギュアは作って(塗って)いない。いや、ミリタリー以外でも作っていないけれども。

もともと私はちまちまと対象のディテールをいじるのは(いつも面倒くさいと言いつつも)好きだが、塗装にはあまり熱意を持てないでいる。車輛においてもそうなのだが、特に製作上、組立:塗装の重要性の比率が大きく後者に傾いているフィギュアの場合は、はなから製作しようという気が起きないくらいに縁遠い。

そんな私がフィギュアについてあれこれ言うこと自体がおこがましいのはもちろんのことなのだが、そもそもが、無生物で基本「金属の塊」である車輛(やら飛行機やら)と、柔らかく固定した形状がない生物とでは、「模型にする」切り口自体がまったく異なっている、ような気もする。

もうちょっと補足すると、形がきちんと定まっている「モノ」である車輛や航空機を縮小して模型化するのはあまり無理がないのに対して、「ある一瞬を固定化して縮小する」という過程が一つ加わってしまうフィギュアの場合は、より実物と模型との間に距離があって、「ホンモノらしさ」の追求はさらに難しい気がしている。実際のところ、模型の展示会や、あるいはweb上の写真でフィギュア作品を見て、「うわっ、これスゲー!」と思うことはしばしばあるのだけれど、それは、その作品が「まるで人間に見える」からではなくて、「フィギュア作品として素晴らしい完成度を持っている」から、という場合が多い(と、個人的には感じている)。現実の精緻な復元ではなく、何か、フィギュア製作ならではの la bella maniera がある、というか。

だからといってフィギュア製作を車輛製作より一段下に見ている、ということではなく、単に、例えばテレビで素晴らしい職人芸を見て、「うわ、こりゃスゲーな!」と思いはするけれど、それを自分でする気にはならない、という感じ。

もちろん、車輛やら砲やらを作るうえで、「これはフィギュアが欲しいな」と思う場合もある。例えばトラックや砲の場合など、国籍マークなど付いているのは稀なので、それだけでは何軍所属かもわかない場合も多い。そんな時は、特徴的な軍装のフィギュアを添えておきたくなる。

とはいえ、そのために改めてフィギュア製作のスキルを磨くのも面倒だし、特に最近は老眼が進んで1:35フィギュアの細部塗装などますます無理感が強くなってきたこともあり、「フィギュアを作るだけは作って、サーフェサー吹いてスミイレだけして車輛(ほか)の隣に置いておくのもアリかなあ、などとも思い始めている。この「ポーランド・メタボ士官」も、もしかしたらサーフェサー仕上げになるかも。

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つれづれSU-100(5)

●ドラゴンのSU-100制作記の続き。しばらくブログ更新をさぼってしまったので、生存報告を兼ねて。

とはいっても、目立った進捗があるわけではなく、割と小ネタの寄せ集め。

●現状の全体像は、以下のような感じ。

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戦闘室周りの工作はほぼ終了、ただし金属線に作り替えた各部の手すりは未接着。エンジンルーム左右の予備燃料タンクステイも未工作。

キットに含まれる後期型燃料タンクステイも、大戦末期からすでに使われ始めているらしいので、仕様的にはそのままで構わないはず。キットのパーツはちょっと厚みがありすぎるのだが、薄いプラバンで作り替えると、今度は強度的に頼りなくなる(しかも突出しているので壊れやすい)ので、キットパーツをそのまま使用する方向に傾き中。

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ほか、細かい進捗としては、フェンダーの破線状の溶接痕と、グローサーの取り付け金具を工作。フェンダー外側は金属線、車体側はキットのモールドを削り取り、キット付属のパーツを使用。キットパーツのほうが少しだけ太いが、塗ってしまえばあまり目立たない(はず)。

車体前面は、記事第一回にも書いたように、実車では前端の三角材と上部正面装甲板との間に明瞭な段差があるのだが、キットでは無視されているので、これを再現。キットの三角材をわずかに削って小さくし、下側にずらして接着することで段差を付けた。段差部にはプラペーパーで小口の荒れも表現したが、最終的には予備履帯でほとんど隠れてしまう。

初期型の特徴である丸フェンダーの内側ディテールは未工作。

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車体前側の各ハッチには、開閉補助用の棒バネがついている。キットでもモールドで表現されているが、前端部はハッチ側・車体側で分裂してしまっているので、この部分だけ削って作り替えた。蝶番の軸も兼ねた後方部も一緒に作り替えたほうがよりよい……とは思うが、ドリルの刃が届かないので分割工作が必要になり、面倒くさいのでパス。

それはそれとして、前側のハッチにはこのように開閉補助バネがあるのに後ろのハッチにはなく、一方で後ろのハッチにはロック機構があるのに前側のハッチには(少なくとも見える表側には)ない、というのがちょっと不思議。

キューポラの両開きハッチは、実車では自由に回転する。私は別に可動にこだわるほうではないが、お行儀よく方向を定めて接着してしまうのも何だし、かといって載せておくだけでは落としてなくしてしまいそうなので、簡単な差し込み部を作った。

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これまた記事第一回に書いたように、ABERの100mm砲身は砲口部が明らかに狭すぎる。どのみち内部のライフリングも再現されていないので、ヤスリを突っ込んでゴリゴリと削った。

砲身は外部防盾に接着(防盾に開いた照準口はやや小さく開け直した)。後々の塗装の便を考えて、基部との接続は、金属線を埋めて着脱式とした。

●足回りの工作も少々。

転輪は以前に書いたように、頂き物のminiarm製品(#35178、SU-100,SU-85,T-34 Pressed roadwheels set (Sormovo Factry))を使用する。キットの転輪と比較すると、以下のような感じ。

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基本はほぼ同じタイプの転輪(ディッシュタイプでゴムリムは穴・刻み目無しのソリッド)だが、ゴムリム部の細い凸筋ディテールが僅かに違う。時期の差なのか、同時期生産でバリエーションがあったのかは不明(そもそも現存博物館車両のクローズアップとかでないと、ゴムリムのこんな細部までは判らない)。

ドラゴンのキットの転輪はご丁寧に凸筋がトレッド部分にもモールドされているが、パーティングラインやゲート痕を綺麗に消そうと思ったら、このモールドも一緒に削り取らざるを得ない。まあ、実車でも、こんな筋があったとしても使用後ほどなく摩耗してしまうと思うけれど。

転輪本体のディテールに関しては、miniarmのパーツは外周内側に溶接痕がモールドされていること、転輪ディッシュ部内側の、内外の隙間とその間のボルトシャフトも再現されていることなどはアドバンテージ(ただし後者は組んでしまえばほぼ見えない)。転輪全体の幅はドラゴンのもののほうが僅かに厚い(どちらが正確なのかは不明)。

miniarmのパーツは(これも以前書いたように)ハブキャップが初期型・後期型の2種が入っているが、どちらも戦後タイプの特徴である、中心のグリースアップ用ボルド頭(?)がモールドされているので、戦中型で作るのであれば、それを削り取る必要がある。

また、miniarmのパーツは基本、モールドはシャープで美しいのだが、ゴムリムの外周およそ半分くらいまで湯口があり、さらにその脇がややヒケたように窪んでいたりするので、その削り/埋めにやや手間取った。

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起動輪は、ドラゴンのキットのパーツ(写真2枚とも左側)はローラーピン部の頭が平たくなった戦後仕様となっているので、miniartの転輪セットに入っていた戦中型(右側)に取り換えることにする。戦中型(の後期仕様)は、表側がキャッスルナット、裏側が(初期仕様で表側となっていた)円錐形のピン頭となっている。

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ドラゴンの起動輪とminiartの起動輪は、仕様の差以外にぱっと見の大きな違いはない感じだが、実際には厚みは結構違っていて、miniartのもののほうが薄い(ただし内外の間隔はminiartのほうが広い)。直径はminiart製のほうが僅かに大きく、車体に取り付けると、第5転輪との間隔はだいぶキツキツ。

なお、転輪と起動輪、それぞれキットのパーツではないので、車体に取り付ける際、縦方向(車体前後方向)の中心線がきちんとは揃わず、若干の調整が必要となった。

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つれづれSU-100(4)

●さらに行き当たりばったり度が増している、ドラゴンのSU-100製作記。4回目。

前回書いたように、キューポラと操縦手ハッチの改修もとりあえず終えて(操縦手ハッチはペリスコープ周りの工作を残しているが)、「もう山場は越えたぜ!」みたいな気分でいたのだが、戦闘室周りの溶接痕を入れながら、現存実車の写真を改めて見ていて、これまで見落としていたディテールの差異に気が付いた。……いまさら!!

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写真はキットのままの戦闘室上面だが、戦闘室前部ハッチの右側のヒンジは、その横の長方形のバルジと干渉するような形で、左側に比べ半分くらいの幅になっている(黄色矢印)。

また、戦闘室後部ハッチの前方ヒンジは、後面に掛かる後方ヒンジや前部ハッチのヒンジ同様、噛み合わせが2・2の4つになっている(赤矢印)。

実際にこのような仕様の車輛もあるのだが、それは、もうちょっと後の生産型のようで、少なくとも、戦闘室後面が組み継ぎの戦中型(初期型)の場合は、

  • 前部ハッチ右側と長方形バルジとの間隔がもう少し開いていて、ヒンジ幅も削られていない。
  • 後部ハッチ前方ヒンジは、噛み合わせが3・3の6つ。

すでにキューポラもベンチレーターカバーも付けてしまった後で、上面ディテールを修正するのはかなり面倒臭く、一時は見なかった振りをしようかとも思ったのだが、結局(ため息をつきつつ)改修に着手。

前部ハッチ右側ヒンジと長方形バルジとの間隔が広い点に関しては、(1).長方形バルジ自体の幅が狭い、(2).前部ハッチの幅が狭い(あるいは左に寄っている)、(3).その複合――などの理由が考えられるのだが、砲基部カバーのボルトなどとの位置関係から、とりあえず(1)の可能性が高いと判断、バルジのモールドを削り取って作り替えることにした。

キューポラとヒンジに挟まれた長方形のバルジ部分を削り取るのは、案の定面倒くさかった……。

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このあと、(当然ながら)後方ハッチの前側ヒンジも削り取っている。

そして、バルジと後部ハッチ前側ヒンジを作り替えた状態が以下。

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長方形バルジ上にある、内部機器と関連しているらしい“ミステリーサークル”は、初回に書いたように、戦闘室後面が組み継ぎの初期型でもドラゴンのキットが表現している「後端に横並び」タイプも見られるのだが、作り直したついでに「前端・後端に縦並び」タイプに変更した。

●さらに、作り直した後部ハッチ前方ヒンジ上に、ロック爪とダンパーを作る。

キットのような後期標準の噛み合わせ4つヒンジの場合は、右ヒンジにロック爪、左ヒンジにダンパーなのだが、噛み合わせ6つヒンジではロック爪・ダンパーの両方が右ヒンジに付いている。おそらく、6つ→4つに変更した際、小型のヒンジに両方は乗らなくなったので、ダンパーを左に振り分けたのではないかと思う。

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こうして写真で拡大すると工作の粗さが目立つが、そのへんは「メガネをしていても老眼をカバーしきれない」&「工作力自体がそんなもん」の相乗によるもの。

ダンパーに対応するコの字ストッパーは、プラバンかプラペーパーで作ろうかとも思ったが、それではちょっと触っただけで壊れそうなので、面倒ではあったがエッチングパーツの枠の余白から切り出して作成した。見えているより脚は長く作ってあって、プラパーツ側に差し込み穴を作って固定してあるので丈夫。

なお、このストッパーのダンパーに当たる面はやや後傾していて、そのため、全開時のハッチは垂直ではなく、やや前に傾いた形になる。

何はともあれ、この手の極小パーツは、作る面倒もさることながら、「作っている最中に飛ばして作り直す羽目になる」というのがコワイ(そして悲しい)。実際この部分の工作では、ヒンジの噛み合わせ部をひとつ、ロック爪の根元の軸受け部をひとつ、行方不明にした。

●戦闘室上面ディテールの作り直し前に進めていた溶接跡追加工作。

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いつもながら、主に伸ばしランナーの接着剤溶かし方式。一部、戦闘室後面・上面間や、戦闘室後部の「三角コーナー」肩部などは伸ばしランナーは足さず、「キットのパーツを彫り込んで接着剤でちょっと溶かしてぐりぐり」式で処理した。

T-34系列、KV系列の工作をする際には、いつも「ソ連戦車っぽい溶接痕にしたいなあ」と思いながら作業しているのだが、なかなか思ったようにはできない。

車体とフェンダー間の溶接痕は未工作。

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つれづれSU-100(3)

●行き当たりばったりなドラゴンSU-100(初版)製作記、3回目。

今回はドライバーズハッチのディテール修正と、キューポラ改造の続き。

●まずはドライバイーズハッチから。

SUとT-34(戦車型)のドライバーズハッチの違い、さらにSUの中でのSU-85用とSU-100用の違いについては、(前回も書いたが)セータ☆さんの記事、gizmolog「SU-85&SU-100・操縦手ハッチの鋳造刻印文字」に詳しいので参照のこと。

修正工作としてはポイントは3つで、

  1. ドラゴンSU-100初版のドライバーズハッチのパーツは、最初のT-34-85キットと共通で、ペリスコープカバーの嵌る窪みがない、ロックハンドルの軸(がハッチ表面に貫通している部分)の位置が高く表現もイマイチ、などの問題があるので、これらを修正する。
  2. T-34系列のドライバーズハッチは仕様や生産時期によって(おそらく下請け工場の差で)仕上げに差が大きく、SU用やスターリングラード・トラクター工場製車輛のハッチは鋳造肌がかなり粗いイメージなので、その表現を付加する。
  3. 戦車型との違いを含め、SU-100用の特徴を盛り込む。

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1枚目はキットのパーツ。良くも悪くも「綺麗な」パーツ。

ロック機構の軸部分は、実物では貫通させた軸を溶接で固定しているので、もっと「ぐちゃぐちゃ」している。また、周囲が一段窪んでいるので、キットパーツの半球形のモールドを削り、やや下に大きめの穴を開け、ランナーを挿し込んで僅かな窪みを再現。中央に輪切り伸ばしランナーで軸部を付ける。

ペリスコープカバー部が当たる部分は、一段低く削り込む。

SU用ハッチは中央に巨大な湯口の削り跡があるので、プラペーパーを貼って再現。

SU-100用は中央下に「P.」の刻印があるので、これもプラペーパーで再現。

2枚目はおおよそ形状修正を済ませたものと、ズベズダのSU-85用のパーツとの比較。ズベズダのキットはSU-85用、SU-100用ともそれぞれきちんとディテールの特徴を盛り込んでいる、鋳造肌や切削跡などはまったく再現されていない。「C.」と「P.」の位置が違うのは実車同様。

ハッチ表面は接着剤を塗って荒らし、最後にサーフェサーをベタ塗りして様子を見たのが3枚目。ペリスコープ自体や、ペリスコープカバー操作ロッドの穴などは未工作。

●キューポラ工作。

基本形状の修正(ハッチの偏心)は前回までに済ませているので、視察スリットの工作と鋳造肌の再現を行う。

キットは、キューポラ本体のパーツ表面に、スリットの「リップ」のパーツを貼りつけるようになっているのだが、スリット自体開口していないし、形状もやや実感に欠ける。以前、SU-85Mを作った時にはキットパーツに直接ホットナイフを当ててスリットを開けたのだが、その場合、形状はキットパーツとどっこいどっこいだし、正確に望む位置にホットナイフを当てられる気もしなかったので(SU-85Mの時はどうやったんだろう?)、今回はもうちょっと面倒臭い方法を採ることにする。

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まずは、スリット位置にドリル、ペンナイフ、ヤスリをあーだこーだして大きめに穴を開ける(写真1枚目)。

次に、その開口部の上下に0.3mmプラバンを貼って、リップ部の“もと”を作るとともに均一な幅のスリットを作る(写真2枚目)。

スリットの両側にもプラバンを貼ってから、いい具合に突出するように削り、さらに溶接跡を追加。並行して、流し込み系の接着剤でキューポラ表面を荒らして鋳造肌を作る(写真3枚目、4枚目)。キューポラと車体との接続部も、キットのパーツはいかにも「別部品」感が高かったので、削ったり荒らしたりして溶接跡の感じを加えた。

ハッチは、実車では基部ごと回転するので、生きている状態の写真を見ると、割と方向はまちまち。ペリスコープの位置を考えると前後開き方向が基準のようだが、左右開きにしている例も結構ある。わざわざ回転可能に工作するのも面倒だが、方向固定で接着するのももったいない気がして、現時点ではただ載せているだけ。

●さあ、これで面倒臭い工事はほとんど終わったぞ~。

……と思ったら、結構大きな落とし穴を発見して茫然。

そちらの工作もすでにある程度進めたが、それに関しては次回。

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