資料・考証

wz.34装甲車リベンジ(2)

週末模型親父さんのところの「SUMICON2017」にエントリーした、wz.34装甲車製作記の続き(というか、ここからスタート)。

●車体に関してはなお考証・検討中。

先述のようにwz.34装甲車の寸法には2種類あり(実際にはシャーシは3種類だが、wz.34-Iはwz.34と同寸法?)、装甲ボディも2種類ある。「PIBWL Military Site」の解説ページでは、キットが表現している新型装甲ボディの車輌は、シャーシはむしろ初期型の、wz.34もしくはwz.34-Iだったのではと考察している。

「Wydawnictwo Militaria No.318」には、新型装甲ボディの車輌の4面図が出ている(その他の型も側面図だけ出ている)。各面で微妙に寸法にズレがある怪しい図なのだが、少なくとも側面図はwz.34の寸法(全長3620mm)の解釈で描かれているようだ。装甲ボディ後端とシャーシ後端の関係など、「これでいいのか?」と思う部分もあるが、そのへんの誤差を含めても、CERTI/Mirageのキットの装甲ボディはやや小さいようだ。

なお、新型装甲ボディに関しては、hnさんから、「Wydawnictwo Militaria No.318」の図面と実車の側面写真とを対照し、寸法を検討した図面画像を頂いた。本当にどうもありがとうございます。

新型ボディで作る場合は、CERTI/Mirageのキットの装甲ボディにプラバン1枚被せて、装甲形状も一部手直ししつつやや拡大するという方法もいいかなと思う。面の数も旧型に比べ少ないので、その点でもメリットがある。しかし、シャーシ後端(特に後輪スプリング保持部)の形状が旧型ボディ車輌以上に判らないのがワジワジする。

どのみちボディもある程度以上のプラバン工作が必要になるなら、35では見たことがない旧型装甲ボディにしてしまうのも(長丁場のSUMICONなら)アリかな、と思ったりする(毒を食らわば皿まで的な)。

なお、「Wydawnictwo Militaria No.318」の図面では前輪はまっすぐに地面に当たっているが、「WRZESIEŃ 1939」では若干のポジティブ・キャンバーが付いている(キットもだいぶきつめにキャンバーが付いている)。実車写真を見ると、「ややキャンバーあり」が正しいようだ。

●装甲ボディに付いては前記のように「やや小さい(全長で3~4mm?)」程度のようだが、砲塔に関してはそれどころではなく小さい。初めてCERTIのキットを作った時には、キットの砲塔パーツ底面に1.2mmプラバンを貼って嵩上げし、若干大きくすることでお茶を濁したが、今回は最初からプラバン工作する。

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今回の工作では、先日購入した方眼プラバン(WAVEの「プラ=プレート【グレー】目盛付き 0.5mm)を使用した。確かme20さんに教えて貰ったもの。これを使うとかなり楽に精度の高いパーツを切り出せる。もちろん、本人の工作精度の問題もあるので、出来上がったものは「それなり」。

さて、この砲塔はほぼ前述の2図面に準拠した寸法で作ったのだが、出来上がったものを実車写真と並べてためつずがめつすると、どうも各面が、実車はもうちょっと縦長で角度も立っている気がしてきた(この辺は写真によっても見え方が違うので微妙)。

というわけで、工作開始直後からいきなり迷走状態だが、わずかに寸法を変えて、砲塔をもう一個製作した。

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左が新たに作ったほう。縦横比はこちらの方が近いような気もするのだが、今度は明らかに面が立ち過ぎ。砲塔ばかり3個も4個も作っても仕方ないので、最初に作った砲塔を採用する。ああ、回り道した。

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wz.34装甲車リベンジ

●5月アタマから、週末模型親父さんのところの「SUMICON2017」がスタートしている。

期間は10月末までの長丁場の、AFVモデルのwebコンペで、レギュレーションは例年通り、製作過程を掲示板で報告し、あれこれ皆でコメントしあって盛り上がりつつ完成を目指そうというもの。

今度こそクブシュを作ろうかとも思ったが、結局、あれこれ考えてwz.34装甲車を作ることにした。

wz.34装甲車は、かつてポーランドの小メーカーCERTIから初のインジェクション・キットが発売された。CERTIはこのキット一つだけで消滅してしまったが、キットは数レーベルを転々として、現在はMirage HOBBYから出ている。現在でも35のインジェクションはこれが唯一。

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上段がCERTI版とその中身、下段がMirage版とその中身。基本パーツは同じだが、Mirage版は、

  • 箱絵がまともになった。
  • タイヤが別物になった(ただしディテールは五十歩百歩)。
  • 説明書が豪華カラー印刷。
  • デカールが大判で綺麗(ただし中身はだいぶ疑問有り)。
  • 砲塔上に掲げられるペナントが両面印刷の紙で付属。
  • Mirage製のMG34のパーツ枝が付いてドイツ軍鹵獲仕様に対応。
  • 金型の手入れをしたのか、あるいは単に成型状態の差か、若干パーツ表面が綺麗。

などの違いがある。なおCERTI版には写真の白箱と、グレー箱の2種がある。グレー箱が初版だったような気がする。なお、初版はプラ色がダークブルー(ホイールのみこげ茶)だった。

私自身はCERTI版が発売された直後に一度作ったことがあるが、当時は「wz.34装甲車が出た!」というだけで嬉しかったので、パタパタ組んでタミヤエナメルを筆塗りして完成させた記憶がある。

さすがに自分でもかなり不満の残る出来で、いつかもうちょっと気合を入れて作りたいと思っていて、このブログでも、過去、(その後あれこれ出てきた資料をもとに)若干の考証をまとめたことがある。

wz.34装甲車メモ
wz.34装甲車メモ(2)

なお、wz.34装甲車のインジェクション・キットは、その後、1:72ではFTFから旧型・新型2種の装甲車体それぞれのキットが発売されている。レビューはこちら

●CERTIのキットが出た当時に比べるとかなり資料的に充実してきたとはいっても、実のところ、なお謎の部分が多い。

wz.34装甲車は、もともとハーフトラック形式だったwz.28装甲車を改装して作られているが、エンジン・駆動系の違いによってwz.34、wz.34-I、wz.34-IIの3形式があり、さらに装甲ボディ形式に新旧の2種がある。MirageおよびFTFは、キット名称として、新型装甲ボディのものを指してwz.34-II(旧型をwz.34)としているのだが、これは少々怪しい。

基本の数値データ(全長、全幅、全高、ホイールベース)などは各資料にあるのだが、これも所々「えっ、それホント?」という部分がある。以下は「WRZESIEŃ 1939」(WKŁ)より。最初の数字がwz.34、カッコ内がwz.34-II(ということになっている)。

全長:3620mm(3750mm)
全幅:1910mm(1950mm)
全高:2220mm(2230mm)
前輪トレッド:1180mm
後輪トレッド:1470mm(1540mm)
ホイールベース:2570mm(2405mm)
グランドクリアランス:250mm(230mm)

「Wydawnictwo Militaria No.318」ではwz.34-IIの前輪トレッドが後輪と同じ1540mmになっているが、これは明らかに間違い。あとはwz.34のグランドクリアランスが257mmとやや大きくなっているだけの差。

さて、ここからがだんだんややこしくなってくるのだが、前述のように、wz.34、wz.34-IIという形式名称は駆動系の差にあり、それでホイールベースやトレッド(全幅)が変わってくるのは納得できる。が、全高あたりは装甲ボディの形状で決まりそう。

また、上記数字を信用すると、ホイールベースが約15cmも短いwz.34-IIのほうが全長が10cm以上長く、wz.34-IIは、wz.34に比べ、シャーシ後端が後輪よりもかなり後ろに出っ張っていることになる(前輪端が前端であるのはどの形式でも変わらないと思われるので)。

20170513_011228 このあたりに関する考察に関しては、「PIBWL Military Site」の中のwz.34解説ページがなかなか詳しく説得力もあるが、そこでは、(キット名称や一般的な印象とは逆に)旧型装甲車体のほとんどはwz.34-IIだったのでは、というようなことが書いてある(英語なので読み間違えていたら失礼)。また、上記数字データのうち「wz.34-II」のものとなっているのは、旧型装甲ボディのものではないかと推察している。

図面に関しては、一応、手に入る既存資料のものを比較してみたのが右上写真。一番奥のマンガっぽいカラー図は「WRZESIEŃ 1939」。右下の外形図と中上のシャーシ図は「Wydawnictwo Militaria No.318」のコピー。左の2枚は「PIBWL Military Site」の参考図を1:35相当に引き延ばしたもの。

一見、一番もっともらしいのが「Wydawnictwo Militaria No.318」の図面なのだが、実はこれはだいぶ怪しい(そもそも側面図と平面図で寸法が合わなかったりする)。特に旧型装甲ボディの図面は明らかにおかしく、実車写真と各部バランスが食い違っている。むしろ見た目では牧歌的な「WRZESIEŃ 1939」のカラー図や、同じAdam Jońca氏の図面を元に若干の手直しをしたという「PIBWL Military Site」の(図面というには小さすぎる)図のバランスの方が信用できそう。

結局のところ、上記諸元数字を信用するとしても、装甲ボディ等々細部寸法は、後2者の図等を参考に、自分で「えいやっ」と決めるしかないようだ。

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バレンタインの日(2)

●タミヤのバレンタインMkII/IVに関する、あるいはバレンタインそのものに関するアレコレ。前回の若干の補足というか続きというか。

●タミヤのバレンタインの転輪、もうちょっと“ふっくら”していてほしいよー問題に関して若干の試行。

20170413_000045 0.3mmプラバンをゴムリム内径で丸く切り抜き、内側をサンドペーパーで緩やかに薄くしてキットのゴムリム部に接着。さらに外径部分もヤスって丸めてみた(あくまで試行ということで、誘導輪の、おそらく使わないであろうタイプを実験台にしている)。ちなみに裏側は面倒くさいのでキットのままで角だけ丸めている。

うーん、履帯に接する面自体にも、もうちょっと丸みが欲しいなかあ……。

もっとも、これを全転輪でやる気になれるかどうかが、まず問題。

●誘導輪基部のリブについて。

下は1942年、ジブラルタル防衛に配備されたバレンタインで、誘導輪基部はリブ付き。写真はインペリアル・ウォー・ミュージアム(Imperial War Museum/IWM)より。車体番号「T27632」は、NEW VANGUARD 233「VALENTINE INFANTRY TANK 1938-45」に従えば、メトロポリタン・キャンメル社製で1941年5~11月間に引き渡されたMk.IIの1輌。

前回書いたように、リブ無しは比較的初期の形質と考えられるのだが、どうやらリブの有無でMk.IIとMk.IVは分けられなさそうだ。

車輌番号と対応できる例が他に探し当てられなかったので、ヴィッカース社製、メトロポリタン・キャンメル社製、バーミンガム・レイルウェイ・キャリッジ&ワゴン社(BRCWC)製での導入時期の差などはよく判らない。

Iwm34

●もうひとつややこしい問題。Mk.I/II/IVの防盾には2種類の形があるそうだ。Britmodeller.comのこのトピックに詳しい。

簡単に言うと、同軸機銃の部分が防盾カバー部より窪んでいるか(キットのパーツの形状)、出っ張っているか(上写真、または下のカナディアン・ウォー・ミュージアムの実車写真参照)の違いで、窪んでいる方がより初期の仕様であるらしい。また、窪んでいる方のタイプの場合、2ポンド砲は付け根部分に明瞭な段がなくスムーズに繋がっているタイプ、出っ張っている方では明瞭な段差があるタイプが一般的であるらしい。

ただし、比較的有名な、ソ連に向けてのバレンタイン送り出しセレモニーの際の写真で、窪みタイプの防盾で段付き砲身のMk.IIも確認できる(リンクページの最初の写真、BRCWC製のMk.II、BRCWCのスメジック(Smethwick)の工場における撮影、1941年9月28日)。したがって、マーキングとの整合性はさておき、キットの状態が仕様として間違いであるとは言えない。

20170413_142442 私はより一般的なタイプとしたかったので、防盾にプラ材を貼り付けて削り中。「プラ材」というとそれなりのものを使っていそうに聞こえるが、何のことはない、単にキットのランナータグ。

なお、どうもキットの防盾は前後方向にと寸詰まり傾向にあるようで、砲身基部の高さに合わせると、機銃部バルジの高さはちょっと足りない感じがする。

●ついでに。インペリアル・ウォー・ミュージアムの写真で「あれ?」と思ったのが以下の写真。

Iwmh30178

キャプションには次のようにある。

Troops attack a 'German' tank (in reality a Valentine) with 'sticky bombs' during training at No. 3 GHQ Home Guard School at Onibury near Craven Arms in Shropshire, 20 May 1943.

要するに、バレンタインがドイツ戦車に扮して国内で対戦車訓練中の写真なのだが、よく見ると、スプロケットが複列になっていて、非常に珍しい履帯を履いている。

wikipediaのバレンタインの項を見ると、カナダ製のMk.VIIAで新型履帯が使われたとあるが、この写真の車輌番号、「T15963」は、NEW VANGUARD 233によればMk.Iのもの。またMk.VIIAに使われた新型履帯というのは、これもNEW VANGUARD 233の記述によれば「ice-studs on tracks」とのことなので、カナディアン・ウォー・ミュージアムに展示されている車輌が履いている、1リンク置きに接地リブにトゲの生えているヤツのことだろうと思われる(下写真はwikimedia commonsより)。

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というわけで、上のMk.Iが履いているのは、テストされたものの採用されずに終わった新型履帯、という感じのものか?

ちなみに車体前部が鋳造になったカナダ生産型はMiniartからもキットが出ていないようなので(Mk.Iとほとんど同じMk.VIは出ている)、ちょっと惹かれなくもない(ほとんどがソ連に行っている、という点でも)。もっとも、砲塔前後面も一体鋳造というのが面倒かな……。

●追記。wikimedia commonsに、もう一枚、上記の「変な履帯」を履いた車輌の写真があった(これももともとはIWMの写真らしい)。むう。1輌だけじゃなかったのか。後からそれなりの数が交換装備されたものか? グランパあたりに「この履帯は……」って出てるかな?

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「T16357」は(NEW VANGUARD 233によれば)メトロポリタン・キャンメル社製の生産第一ロット。T16221に始まる125輌のうちMk.Iが44輌、Mk.IIが81輌だったらしいから、番号順になっていればMk.IIということになる。ただし、エンジンルーム後部ハッチは左側だけだったりと、初期生産車の特徴を残している。

起動輪との噛み合い方、外側形状はクルセーダーの履帯にそっくりだが、ガイドホーンが複列なので当然別物。

ちなみに、上で紹介したBritmodeller.comのトピックでもこの写真は紹介されていて、そこに載っている写真はnarrow tracks云々というキャプション付き。すでにこのタイプを取り上げている資料本もあるようだ。

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バレンタインの日

●前回書いたように、珍しく、おそらく発売日当日(?)にタミヤの新製品、バレンタインを買ってきた(MM352、イギリス歩兵戦車バレンタインMk.II/IV~BRITISH INFANTRY TANK Mk.III VALENTINE Mk.II/IV)。

以下、ネタバレ(旬のネタであるタミヤのバレンタインの紹介、の略)。

20170411_024518 箱絵は北アフリカのサンド(ライトストーン)単色のイギリス英軍所属車。バレンタインと言えば、本家イギリス軍の戦車としてはほぼ「北アフリカ用」「本国での訓練用」というイメージだから、これは妥当なところかと思う。

箱を開けてパーツをざっと見て最初の印象は、「うわ、バレンタインて、小せえ……」というもの(Miniart、AFVクラブのキットは持っていないが、VMのキットは持っているので「1:35のバレンタイン」は初見でないはずなのに)。

デカールは箱絵になっているイギリス軍1種と、レンドリースのソ連軍2種。もともとレンドリースのソ連軍車両を作りたい私としてはそれでもいいのだが、「バレンタインはイギリス戦車なのに!」と思う派にとってはちょっと不満の出そうな構成。選ばれたイギリス軍車両も、右側面にのみ大きく「3」と書かれているだけで目立つマーキングは他になしという地味な例で、2色以上の迷彩塗装だとか、目立つ部隊マークや識別帯入りとか、もう1,2例あってもよかったんじゃないかと(そっちでは作らない私でも)思う。

20170409_015746 プラパーツは枝が5枚。うち2枚は同一の足回りのパーツだが、実際にはそれぞれさらに2つの枝が合体した形になっている(Aパーツ+Pパーツ)。転輪部分(Pパーツ、写真左側)を差し替え可能にしてあるのは、いずれ後期型転輪のキットも出せるようにという含みだと思う。タミヤがミニアートのように小刻みにバレンタインの各形式を出すようにも思えないので、最有力候補はアーチャーかな? ちなみにビショップはこのキットと同じ中期型転輪が普通のはず。

20170409_015229 車体上部+フェンダーパーツの枝(Bパーツ)は、ランナー裏に大きくリブがくっついていて、車体上部やフェンダー、サイドスカートのパーツに反りが生じづらいようになっている。

ちなみに車体床面・側面パーツ(Dパーツ)のほうにはリブが入っていないが、こちらは形状的に反りが生じづらいか、それとも箱組で修正可能レベルという判断なのではと思う。

ちなみに車体箱組に関しては、車体前面・後面は側面に挟み込む形状になっているが、わざわざ接着の手順をややこしくしてまで(説明書でも注意喚起されている)挟み込み式にした意味はいまいちよくわからない(前面は上下ラインが違うので間違える可能性は低いし、後面は両側ダボ以外にも工夫のしようはあったはず)。

ほか、ちょっと組んでみた感じでは、タミヤらしく丹念な削り合わせなどなくてもピタピタと部品が組み合わさり、「買って、切り離して、組み立てる」プラモデルという工業製品の完成度の高さではやはり他の追随を許さない感じ。もちろん、それだけがプラモデルじゃない、というところにタミヤのツラさもあると思うのだけれど。

●このように「流石はタミヤの新製品!」という感じのキットであり、ささっと組んで旬のネタを楽しむ、というのも十分ありだと思うが、やはり私自身のスタンスとしては、それなりに手を加えられる部分があるなら加えたい。というわけで、現時点でちょっと気になる/気付いたポイントを以下に。

なお、私自身はバレンタインに関しては「う~ん、タミヤから出るなら作るか~」くらいの入れ込み度。タイプの変遷・細部の特徴に関してもほぼ付け焼刃の知識なので、以下も、そんな「割といい加減な知識ベース」であり、思い込みで適当なことを書いてしまっている可能性もあるかもしれない。ご了承いただきたい。

また、前述のようにAFVクラブ、Miniartのキットは持っていないので比較もできない。どなたか詳細レポートしてくれないかしらん。

砲塔

20170409_010919 ▼パーツの抜きの関係で、前面下の「ベロ」部分のボルト頭(4つ)が省略されている。

右写真では、トライスターのIV号戦車で大量に余るサスペンション基部パーツのボルトを削ぎ取って移植した(割と使い勝手のいいサイズのボルト頭なので、結構重宝している)。

それにしても、このバレンタイン初期型砲塔もそうだが、どうしてイギリス軍AFVというのは、こんなふうに砲耳を奥まった位置に持ってきているものが多いのだろう。バレンタインもMk.IIIでは砲塔容積を稼ぐために砲耳位置を前進させているが、初期の巡航戦車や軽戦車Mk.VI、ダイムラー装甲車、コメットなども奥まった感じだから、何かそうしたい理由が(しかも、たぶん「えー。内部容積を狭めてまで、そこにそんなにこだわる必要ないじゃん」と思うような“イギリスらしい”理由が)あったのではないかと思う。

20170411_021022 ▼主砲の照準口と思われるものは防盾左側にあるが、防盾カバー部の右側に、もう一つ穴がある。クルセーダーMk.I/IIの砲塔も形状は違うが同様の配置で、車長用の前方視察装置か何かではないかと思う。(追記。ラヴァさんよりコメントを頂きました。この穴は擲弾(発煙弾)発射機だそうです。情報ありがとうございます。)

この部分、キットのパーツでは防盾カバー外側と同心円(同心円筒)状に窪んでモールドされているのだが、実際には、窪んだ内側の円筒面の中心は砲耳中心よりもちょっと前寄りになっていて、内側円筒面は下部よりも上部でより深くなっている(キットでは同じ深さ)。

そこで、窪みを彫り直し、さらに、この部分の軸線に対応するボルト(キットでは省略されている)を側面に追加した。ちなみにこの尖頭ボルトは六角ではなく四角なので、手近に流用できるものがなく、プラ材から削り出した(おかげでいびつ)。

掘り直した結果、長円の穴の底も深さが不均等になってしまったので穴を貫通させ、ほぼ同じ深さになるように裏側から削り込んだ。内側の工作は未完。

なお、この防盾カバー部分(パーツD19)に関しては、砲塔上面部分は実車と分割線が異なっている(本来一体であるところに分割線が来る)ので注意。天井板(パーツD23)側の前端左右にモールドされているパイプ断面のようなものはボルト穴。最初は、タミヤが取材した車輌で欠損していたのをそのまま再現してしまったのかと思ったが、戦時中の実車写真でもボルトがないように見えるものもあるので、何か外付け装備用のボルト穴なのかも。

20170411_005900 ▼砲塔後部の通風孔部分は、本来一体の鋳造部品であるところがいくつかのパーツに分割されているので、丁寧に接合線を消す必要がある。また、通風孔のヒサシ下は、実車ではちょっとエグレたような形状になっているようだったので、そのように加工した。小さなボルト頭はいったん削り落とし、後で再生した。なお、この鋳造の通風孔張り出しの上面左右にも(砲耳カバーパーツ同様に)本来はボルト穴があるようだ(本体側のふくらみは表現されている)。砲耳カバー部分同様、ボルトが植わっているのがデフォなのかどうかはよく判らない。

足回り

20170409_015628 ▼キットの転輪のゴム縁部分は、他の戦車と同様の角ばった形状をしている(いわば長方形断面)。しかし、実際のバレンタインの転輪のゴム縁は、側面が丸く膨らんだ(いわば角丸長方形断面)独特の形状をしている。

このゴム縁形状は、履帯のガイドホーン内側がゆるやかに曲線で立ち上がっていることにも対応しているのではないかと思う。キットの転輪は上記のように単純な角ばったゴム縁を持つため、ガイドホーンとの間隔も開き気味になる。これは単純に「ゴム縁の角をやすって丸くする」では対応できない問題で(ゴム縁全体の幅が足りないので)、修正するとなるとかなり面倒くさそう(というか、いい対処法が思い付かない)。個人的にはだいぶ残念。

20170409_015444 ▼履帯は、実際にはガイドホーン外側の窪みと対応して表から裏に貫通する穴が開いているのだが、キットでは埋まった状態になっている。これは先に発売されたSU-76Mも同様だったので、最近のタミヤ・スタンダードの処理なのだろうか? II号戦車では開いていたので、やってできない処理じゃないと思うんだがなあ……。箱を開けてチェックして、「ああ、ついでにAFVクラブかブロンコの別売履帯があったら一緒に買ってくればよかったな……」と思った(ピッチは合うのか、またAFVクラブとブロンコのどちらの出来が良いかなど未チェック)。

20170409_015656 ▼ごっついサスペンション基部は、パーツの抜き方向の都合で、フランジの横方向のボルトは省略されている。ちなみに、V字のフランジの内側がボルト頭、外側がナットのようだ。

そもそも奥まっていてそれほど目立つ部分でもないと思うので、追加するかどうかはお好み次第という感じではないかと思う。裏側とか内側とかにもボルトがたくさん植わっているようなのだが、さすがにそこまでは知らん。

20170409_015959 ▼誘導輪基部は、車体から突き出た部分が、キットのようにつんつるてんのものと、リブ付きのものとがあるようで、特定車輌を作る時には注意が必要ではと思う。Mk.Iとされる現存車輌ではリブがなく、Mk.VやMk。IXではリブ付きなので、前者が初期仕様のようだ。誘導輪の変更とリンクしてたりしないといいなあ……。

またリブ付き、リブ無しに関わらず、グリース注入口なのか、本来はボルト頭付きの突起が数カ所にある。

写真の起動輪基部上部の四角く欠けた部分には、誘導輪位置調整装置のロックレバーのパーツ(D7、D8)が付くが、本来は、そのレバー中途から垂直に伸びたロッドが、フェンダーの穴を通して上に突き出ている(キットは、フェンダーの穴が浅いくぼみで表現されているのみ)。

また、誘導輪基部(D13、D14)には、本来、回転用のバー(工具箱上に装着されるパーツC21)を差し込む長四角の穴が2箇所にあるが、キットのパーツは抜きの都合で穴が埋まっている。

●資料など。

▼現存車輌のwalkaround(主なもの)。

REGION AFV

形式的にキットと合致するのは上2つ。ソミュール、クビンカともに誘導輪基部にリブあり。クビンカの車輌は、車体前面・操縦席前面に、増加装甲を貼り増し、砲塔リングガードもある。

SVSM Gallery

Mk.VIはカナダ生産型で、基本はMk.IVと同仕様。外形的特徴に関しては、この写真で見る限り、転輪は初期型、砲塔左に小ハッチはなく、Mk.II/IVというよりむしろMk.I仕様に近い。このMk,VIの写真集はDishModelsにもUPされている。

DishModels

カナダ製車輌。レンドリースでソ連に渡り、ウクライナで発掘されたもの(Dishmodels表紙からの検索で探し出せなかったが、セータ☆さんのところからリンクが張ってあったので再び行き着けた。セータ☆さんどうもありがとー)。Mk.VIよりさらにカナダ独自の仕様が加わったもの。

Primeportal

ダックスフォードのジオラマ仕立ての展示品の写真はあまり点数もなく、妙にスッキリとレストアされているが、とりあえず、誘導輪基部がつんつるてんタイプなのは判る。

Surviving Panzers website

▼大戦中の写真

鳥飼行博研究室

IWM由来の写真が多数。

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大村用オチキス

●絶対完成させる!と公言していたのに、10月に入って仕事が切羽詰まって来てほとんど作業を進めることができず、結局、週末模型親父さんのところのSUMICON2016はリタイアしてしまった。

むう……また口だけモデラーに逆戻りだ。

もっとも、これまではリタイアしてしまうと、その作品自体もそのまま放置してしまうのが常だったのだが、今回のT-34は東京AFVの会目指して完成させるつもり。

そんなわけで、仕事もようやく山を越えた感じなので、塗装を再開した。

若干(いまさら)手を入れた箇所などもあるのだが、それはまた今度。

●D.トランプが大統領選を制したそうだ。いいのかそれでアメリカ人。まあ、日本だって安倍だしなあ。

なお、私も制作に関わっている、宝島社から5月に出したトランプ語録&解説本は「あんまり売れてないんですよ」だそうだが、これを機会に売れ出したりするんだろうか。

●ほとんどずっと家に閉じこもって仕事をしていて、先月末からまた限定公開が始まった、まんだら堂やぐら群に2度ほど行った程度。散歩途中のアレコレに関してはまた改めて。

もっとも、このところの季節労働はようやく最後のまとめ作業的なフェイズに入ったので、資料やら何やらの受け渡しがあり、若干神保町通いが増えそう。実際、7日、8日と神保町に行った。7日は帰りに秋葉原に寄ったら、YS店内で、珍しいことに桜樹ルイ16世君に会った。

8日は仕事というよりは飲み会。新天地を求めてベトナムに引っ越して仕事をしているM志氏が年に一度の帰郷してきたため。

●先月、水没させてしまった携帯電話は、オートフォーカスが効かなくなってカメラが使えなくなった……だけで済んだかと思ったのだが、やはりそう都合よくはいかないもので、7日、外出途中で急にキーボタンが効かなくなった。その晩一時的に復旧したが、また使えなくなって、さらに7日、キーボードユニット全体が使えなくなってしまった(一度リセットしたら何とかなるのではと思ってバッテリーを外したら、それっきり電源をいれられなくなってしまった)。

早急に買い換えないといかんなあ。

以上、駆け足近況。

●web上でフランス戦車に関して調べたいと思ったら、まず訪ねるべきは「char-francais.net」だろうと思う。

そんなchar-francois.netを見ていて気になったのが、このオチキスの写真。添え書きに従えば、第14BCC所属車である由。

ブロンコのキット(#35019 FRENCH HOTCHKISS LIGH TANK H38/39)のデカールの一つに選ばれているのもこれだと思うのだが(車輌番号は入っていないが)、本来は小隊を示すトランプの4つのスーツがすべて描かれていることから中隊長車だと思われる。それはそれとして、問題は車体左肩の部分。

ちょっとトリミングしてみたのが下写真(char-francais.netより引用・加工、マル印はこちらで付けたもの)。

40486s

最初は「何か人型の模様?」とも思ったのだが、改めて見直すと、漢字で「大村用」と書いてあるようにも見える。1940年のフランス戦線に大村が!?(誰だよ)

ハッピー・タイガー」に続いて(というにはだいぶ間が開いているが)、「大村用オチキス」がブレイクか? いずれは「シャア専用ザク」と並び称される存在に?

もっとも、若干ボケているので「どう見ても『大村用』だ!」というわけではなく、例えば「大林風」と読めなくもない。……石段から転がり落ちるとルノーR35と入れ替わっちゃうとか?

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ウルススの迷宮(2)

●ジェニファー・ウォーンズの「I Know A Heartache When I See One」(1979年)と、カスケーズの「悲しき雨音」(1962年)って似てるよね。

って、数十年前から思っているのだが、そもそもジェニファー・ウォーンズなんて「愛と青春の旅立ち」の主題歌(「Up Where We Belong」)しか知らねえよという人が(あるいは「それも知らねえよ」という人が)ほとんどかも。

●昨日締切の仕事を昨日のうちに終わらせることができず、今日の昼まで掛かった。昨晩あまり寝ていないので午後ちょっと昼寝。夕方、寒気を感じてぶるっと身震いして起き、「やべぇ。こりゃ風邪でもひいたかも」と思ったのだが、そうではなくて、単純に外気が寒かったのだった。

つい先週、ぎんなんを拾いに出掛けた時は半袖のシャツで汗だくになったのに!

今年は秋がなくて夏の後にすぐ冬が来た、と、かみさんが言っている。

●「ストライク・ウィッチーズ」という、第二次大戦のエースパイロットを萌え系女の子変換した変なアニメがあって、今季、その続編というか外伝というか、「ブレイブ・ウィッチーズ」というのが放映される。それにニルス・カタヤイネン(の女の子版)が登場する予定だそうだが、設定(というかwikipedia)を読むと、アニメのなかでもやっぱり不運だそうだ。可哀想に。まあ、それを外してしまったらわざわざカタヤイネンを出す意味もなくなってしまうけれど。“グラーフ”プンスキ(クルピンスキ)の女の子版も登場するようで、いやに人選がマニアック。

カタヤイネンといえば、“ハッセ”ウィンド最後の出撃(たぶん)で、重傷を負って帰投したハッセ・ウィンドがコクピットから担ぎ出される時、「まだ“ニパ”がいる」(まだカタヤイネンが帰ってきていない)と言うエピソードがある。たぶん「北欧空戦史」ではなくルーッカネン隊長ユーティライネンの著書の中だったなあと記憶していて、先日、何かのはずみでふと思い出して2冊の中を探してみたのだが見つけられなかった。ありゃ……?

(たった今、あ、そういえば!と、梅本弘「流血の夏」を引っ張り出してみたら、その中に書いてあった。こっちだったかあ。……しかしなんでこのエピソードを探していたのかを忘れた。)

●もう一本、今季のアニメの話。「終末のイゼッタ」というアニメが始まっていて、架空のヨーロッパ(実在の国は出て来ず、すべて架空の国になっており、一部国境線なども異なる)の第二次大戦が舞台。出てくる兵器は基本実在のもので、主舞台であるアルプスの小国に攻め込んだ「ゲルマニア」の軍隊は、メッサ―109のE型、シュツーカのB型、III号戦車E/F型などを使っている(割とよく特徴を捉えている)。攻められる小国の方は、まだOPあたりにしか出ていないが、モラン406を使っているようだ。アニメの公式サイトを見ると、早速ハセガワ(たぶん)とタイアップでアニメのマーキング入りキットが発売される(発売された?)ようだ。

というわけで大きな兵器の方は見て判るのだが、一話目でヒロイン(サブヒロイン?)の魔女がまたがって飛ぶ対戦車ライフルの種類がわからない(もともと小火器はそれほど詳しくないけれど)。

●ノーベル文学賞にボブ・ディラン。なんだそりゃ。それこそ「時代は変わる」ってことですなあ、というベタな感想が、おそらく全世界に満ち溢れるだろうと想像(私もそう書いてしまった時点で五十歩百歩)。

ちなみに私はカラオケで「ローリング・ストーン」と「タンブリン・マン」を歌えるようになりたいと思いつつ、いまだに歌詞を覚えられない(画面に出てもそれなりに覚えていないと曲に合わせて読み取れない)。

特に「タンブリン・マン」は、ニューポート・フォーク・フェスのこのライブが好き。

●青山学院大学・相模原キャンパスのチャペルでの来週の「2016チャペル・ウィーク」、連日、著名なクリスチャンを招いて講演があるそうなのだが、10月21日の講演の表題は、

「イエスぱねえ マジ神すぎてワロタ ww」

だそうだ。むしろ青学ぱねえ。

前回に続き、「こんなとこにレバーがあっていいのかよ、ウルススA型!」問題について。

前回はSPA 25C/10バスを紹介したが、今度はSPA 25C/12消防車(ポンプ車)。

写真が小さいので見づらいのだが、この写真この写真でレバーを確認でき、特に2枚目ではやはり運転席床の右側、「お前は法隆寺中門の柱か!」みたいに、乗降の邪魔になりそうな位置にあるのがわかる。

もちろんこれもウルススA型それ自体ではないし、クローズアップ写真もないので、前回同様、「右ハンドルなのにレバーが右側にあること自体は間違っていなさそうだ」以上のことは判らない。隔靴掻痒。

●さらにネット上をうろうろと探し回っていたら、ポーランドで「Samochody ciężarowe URSUS 1928-1930(ウルスス・トラック 1928-1930)」(Andrzej Glajzer)というピンポイントな本が出ているのを見つけた。

ウェブ上で立ち読みしてみると(買えよ!)、黒く潰れてディテールははっきりわからないものの、ハンドルやレバー類の付いたシャーシの写真と、シャーシの平面図が出ていた。

それらから判断すると、レバー類は右側のシャーシフレーム位置辺りから生えているようだ。平面図での描き方からすると、どうもその位置で直立しているのではなく、外側(右側)に傾けて付いているようにも見える。

もっともそれでも、キットでシャースフレーム位置と合わせてしまうと内側に寄り過ぎな感じなのだが、これは、キットのシャーシフレーム幅自体が実車より狭い可能性がある。いずれにせよ、ハンドル位置から考えると、現在作ってある座席の運転席・助手席の分割線は間違いである可能性が高そう。うー。

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ウルススの迷宮

●先日採ってきたぎんなんは、バケツのなかでざぶざぶ何度も揉み洗いをして果肉を落とし、濡れ縁で干した。

臭い思いをして、これでマズかったら悲しいなあ、と思ったのだが、月曜から食べ始めてみると、苦みがほとんどない上にほんのり甘く、すこぶる美味かった。むしろ、もうちょっと苦みがあってもいいかも、なんて贅沢なことを思うほど。採ってきたばかりで新鮮なので、炒って殻と薄皮を剥くと綺麗な色。

我が家では私以上にぎんなん好きのちびも、「このぎんなん、おいしい!」と感動していた。とはいえ、ちびはまだちびなので、ぎんなん中毒を防ぐため。基本、「年齢の個数以上は食べてはいけません」制限付き。かみさんはもともとぎんなん好きだが、アレルギー持ちになって以来食べられない。

新鮮で美味しいうちにせっせと食べて、食べ尽してしまおう。そして近いうちに、もう一度くらい拾いにいってみよう……。

kuhinitoさんのT-34が完成した。183工場製1942年型の比較的初期の仕様、例のスミェリ号を再現している。ドラゴンのT-34(特に1942/1943年型)の抱える問題をきっちり直してある上に、実車の細かい仕様を丹念に再現していて、こういう工作をみると、「オレって工作粗いなあ」とつくづく思わされる。

しかも転輪はゴムリム付きも緩衝ゴム内蔵転輪もドラゴンママではなく(ゴムリム付きは薄いタイプを履いているので当たり前だが)、ゴムリム付きは改造、緩衝ゴム内蔵は1から自作したうえで複製。うわあ……。

ちなみに車輌名(というかスローガン)の「スミェリ(смелый)」は「勇敢な、大胆な」といった意味で、ポーランドの装甲列車「シュミアウィ(śmiały)」と要するに同じ名前。カタカナで書くと「スミェリ」と「シュミアウィ」はだいぶ違っているように見えるが、耳で聞くと「ああ、同じ単語なんだな」と思えるくらいには近い(こういうときにForvoは非常に便利だ)。

●先日の、「ウルススA型トラックのレバー類ってどこから生えてるんだ」問題の続き。

F1011391 その後、改めてキットをよく見てみると、ミッションから横に四角く突起がある。写真は裏側から見たところで、実際には車輌の右側(運転席側)に向かって突き出している。

これがレバーの根元に繋がるのであれば、「ミッションから直接レバーが生えている=車輌中心線あたりにレバーがある」という比較的アタリマエの配置とは違っていることになる。

F1011317

もっとも、以前も載せた写真で判るように、キットの床板にケガかれたレバーの根元位置は、シャーシフレームよりさらに外側にある。

仮にシャーシフレームのぎりぎり内側位置でレバーを生やすとなると、もろに運転手の両足の間にレバーが来ることになる。……なんだそりゃ。あるいは、ミッション横のバルジ自体はそこそこ大きいが、レバーはその端ではなくもっと内側、ミッションのすぐ横あたりから出ているとすると、比較的常識的な位置になる。もちろん、その両方ともキット床板のケガキ位置とはまるでズレる。

ちなみに椅子の座面はバキュームフォームの余りプラバンで作ったもので(元のパーツは横幅が合わなかったので)、座面が左右に分かれているのも元パーツにおおよそ合わせている。しかし、狭い方を運転席側に、広い方を助手席側にしたのは、オペル・ブリッツあたりに合わせたもの。キットの説明図では明示されていないので、実は運転席側のほうが広い、などということもあり得るのかもしれない。というわけで、この分割線の位置はレバー位置を考える際にあまり基準にはならない。

●もちろんこんな「あーだこーだ」は実車写真があれば一発で解決することなのだが、URSUS A型の外見の写真さえあまり多くなく、キャビン内の写真などまるで見つからない。

そんなわけで、URSUS A型の原型にあたる、イタリア製トラックSPA 25の写真を探してみることにした。正確にはURSUS A型の原型はSPA 25C Poloniaというのだが、一応、SPA 25系列であればコクピット周りのレイアウトはある程度の共通性があるかもしれないので、その辺は適当に探した。

そこで見つかったのが、SPA 25/10バスの写真。特に注目がこの写真この写真「右ハンドルの車輌であるにもかかわらず、床のレバーが右側(車体外側)にある」という、「なんだそりゃ」な配置が、とりあえず同系の車両で実在する、というのが確認できたわけである。いやもう、ほんとに、なんだそりゃ……。

もっとも、このSPA 25/10というのは、URSUS A型の原型であるSPA 25C Poloniaよりちょっと古そうで、キャビンもURSUS Aよりだいぶ幅が狭い。キャビン前部で、おそらくシャーシフレームの幅しかないから、フレーム内側いっぱいでシフトレバー他が立っていても、キャビン内でだいたいこの位置になるのかもしれない。というわけで、URSUS A型の場合のレバー位置の直接の資料にはならないのが惜しい。あくまで参考という感じ。

(続く)

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T-34こぼれ話(3)

●脈絡のないT-34およびそのキットに関するあれこれ。なお過去記事は、

T-34こぼれ話
T-34こぼれ話(2)

●しばらく前にドン川から引き揚げられたスターリングラード・トラクター工場(STZ)製1942年生産仕様のニュース動画を紹介したが、セータ☆さんによれば、あの車輌はクビンカに運び込まれたのだそうだ。

そろそろどこかにwalkaround写真でも上がっていないかと思い、とりあえずDishModelsをしばらくぶりに見に行ってみたら、目当ての車輌はまだのようだったが、それとは別のT-34の新しいwalkaround写真がいくつか上がっていた。

T-34 1941戦時簡易型(スターリングラード・トラクター工場製、1942年初め頃生産の仕様?)

新型操縦手ハッチを付け、車体側面装甲と前後の装甲とが組接ぎになっているが、砲塔はエラの削れていないタイプを載せているもの。以前紹介した、narod.ruにwalkaroundが出ているボルゴグラードの展示車両に近い仕様。

St.ペテルスブルクの冬宮前広場(たぶん)での撮影なので、何か記念イベント等の展示であるらしい(ページの説明には「Exhibition “We Fought up to the Last-Ditch at the Walls of Leningrad.”」とある。

ボルゴグラードの車輌はラジエーターグリル等が補修されていたが、この車輌ではオリジナルらしい。側面の増加燃料箱留め具なども残っている。もっとも、オリジナルに似せた補修という可能性もないわけではない――それを考えると、補修部分はある程度「ニセモノとわかる」形状になっているほうが親切な場合もあるかもしれない。車体後面にかなりボコボコに撃たれた跡があるので、元はスクラップだったはず。それをここまで綺麗にレストアしているからには、補修部分も結構ありそうな気もする。

ボルゴグラードの車輌と全く同一仕様というわけではなく、後部の牽引フックは錨型ではなく、「つ」の字型を付けている。えっ。この形の後部フックって183工場製だけじゃないの?

OT-34 1941戦時簡易型(112工場製初期型)

おそらく上記と同じイベントでの写真で、1枚目に、後方にもう2輌のT-34が並んでいる。3輌目が上記のSTZ製か?

車体後面の点検ハッチが4本ボルトで中央にあるので、もともとガソリンエンジン搭載のクラスナエ・ソルモヴォ工場(第112工場)製の初期型車輌であるのは間違いないと思うのだが、砲塔だけ第27工場で施されたという増加装甲付き、車体は増加装甲無しで、112工場製1941戦時簡易型の後期型に準じた跳弾リブや手すりの装着が行われている。しかも火炎放射戦車型(OT-34)。

戦時中の写真では(少なくとも私は)見たことがない取り合わせで、もともとこういう仕様であったのか、どうも判断が付きにくく悩ましい。

T-34 1941年型(スターリングラード・トラクター工場製、1941年8月生産)

これも同じイベントでの写真で、上記112工場製車輌1枚目の写真で、2番目に写っている車輌がこれであるらしい。

スターリングラード・トラクター工場で1941年8月に生産された仕様であるというのは写真ページのタイトルに素直に従ったものだが、この車輌がスターリングラード工場製であるという根拠が、正直言って私にはさっぱりわからない。

もともと、スターリングラード・トラクター工場がT-34の生産を開始した当初は、ハリコフ機関車工場製車輌とほとんど同一の仕様のものを生産していて、その後、だんだんと独自仕様が加味されていった……という流れだと思うが、では、その独自仕様が加わる前の生産車を、ハリコフかスターリングラードか見分けるポイントはどこにあるのだろうか?

左フェンダー前部の背の高い工具箱もハリコフ工場製車輌の特徴だと思っていた(これはレストア品かもしれないが)。増加燃料箱を縦にして(いや、横にして?)2段重ねにするのはスターリングラード・トラクター工場製の特徴?

「どうなのよアオキ!」と言いたいところだが読んでるかなあ。

追記:Wydawnictwo Militariaの#265「T-34 vol.II」に、STZ製の1941年秋生産仕様とされる図面が出ている。その図面に描かれた車輌は、砲塔が、スターリングラード・トラクター工場製車輌に独特の、264工場製とされる砲塔後部に湾曲部のない台形一枚板の溶接砲塔に変わる前、そして足回りも緩衝ゴム内蔵転輪に変わる前のもので、上記写真の車輌の仕様と若干近い。ただし、前後のフックは錨型に変わっており、トランスミッション点検ハッチもすでにコの字の取っ手タイプになっている。)

さらに追記:書いているうちに自分でもわけがわからなくなってきていて、いつの間にか1番目の写真車輌の特徴がごちゃ混ぜになった記述になっていたのを整理。)

▼オマケ。やはり同一イベントにおけるKV-1。いわゆる1940年型の最後期のタイプ。そういえばこのタイプのそのものズバリのキットって出てないっすね。

私が作りかけで放ってあるKV-1と近い仕様。このブログを始める前から絶賛放置中。いかんね。

●同じくDishModelsに上がっていた、ロシア人モデラーによるA-32の作品写真(ドラゴン改造)。素敵。

操縦席周りが大きく出っ張っているのは試作2号車の特徴で、1号車は後のT-34生産型に近い形状になっている。

●いつのまにか「T-34 maniacs」が引っ越していた。

新アドレス(IS maniacsなども含めた表紙ページ)はこちら

F1011386 ●「T-34こぼれ話」初回で書いた、ドラゴンのT-34の車体上部パーツの(たぶん)最新版にある上面ラジエーターグリル前方の筋彫りだが、この部分が別体なのは、やはり1942年型あたりからであるらしい。というわけで、作りかけの1941年型は筋彫りを埋めた。

40年型で一体であるらしいことは、「グランドパワー」95/6、84ページの写真で確認でき、STZの1941年型、112工場の1941戦時簡易型でもそうらしいことが上の実車写真でわかる。いや、知っている人には先刻ご承知のネタなのかもしれないけれど。

おそらくこのパーツ改修は1942年型シリーズ発売の際に行われたものなのではないかと思うのだが、側面には増加燃料箱用のモールドが残っているので、1941年型以前のキットも、再生産分はこの改修車体上部が入っている可能性がある。

ドラゴンの場合、こっそりパーツが改修されていることが頻繁にあるが、場合によっては「こちらを立てればあちらが立たず」状態になっているので注意が必要。もっとも、エンジン点検ハッチの形状が合わないことに比べれば、筋彫りを埋めるほうが楽だと思う。もちろん、各仕様に細かく合わせたパーツになっていてくれればそれに越したことはないのだけれど。

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T-34こぼれ話(2)

●ドラゴン/サイバーからは、何種類かのドイツ軍鹵獲仕様のT-34が出ている。

ドイツ軍はかなり多数のT-34を鹵獲使用していて、もちろん、単純にバルケンクロイツを書き加えただけのものも多く、ドラゴン/サイバーの通常仕様のキットでもそれらのデカールが含まれていたりする。

一方で、III/IV号のキューポラを増設してみたり、ゲペックカステンを取り付けたりという独自改装を施しているものもあって、わざわざドイツ軍鹵獲仕様として出しているキットは、そういった仕様を再現している。

●そんななかで一番最初に出たのが(そしてベース車両としても一番旧タイプなのが)キット番号6185、「T-34/76 German Army」で、旧型車体ハッチ/溶接砲塔の1941年型にIII/IV号用のコマンダーズキューポラを増設したもの。車体周囲にもいろいろ工具箱やら工具やらを追加している。キット内容に関してはこちら(PMMSのレビュー)を参照のこと。

さて、キットではもともとの砲塔ハッチにそのまま穴を開けてキューポラを装着した状態になっている。もちろん、実際にそういう例がなかったとは言い切れないが、車外装備品から見て、ドラゴンがモデルにしたと考えられる仕様は、実際にはそうなっていない。

お馴染みのBeutepanzerの写真の話なのでご存知の方も多いかもしれないが、同一位置に装備品を装着した車両が出ている(このページでは、2.Kompanie/Panzer-Abteilung z.b.V.66所属車としている)。興味深いのは上から5番目の写真で、これを見ると、キューポラの隣にハッチがあって、開いたハッチに腰かけて砲塔内部に足を突っ込んでいる。

さらに、おそらく同じ修理廠で改造されたと思われる、ほぼ同一仕様の車輌が、「Germans repair  plant modified」と題されたページにも出ている。良い写真が載っているのは、その2ページ目3ページ目

2ページ目のクローズアップ写真を見ると、もともとのハッチは取り払い、新たに鋼板を溶接して塞ぎ、その上にキューポラを装着。さらに右側は砲塔縁にヒンジを持つハッチとしている。キューポラはぎりぎり左に寄せているのだが、それでも新設のハッチはやけに狭く、体を横向きにしないとくぐれそうにない。

他写真を見て判るように、砲塔側面にはハッチ受けが新設されていて、ハッチは水平か、それよりやや高めで止まるようになっている。残念ながら、ここに出ている写真ではヒンジ形状は判らない。

3ページ目2枚目の写真を見ると、同様の改装を施された車輌にも多少のバリエーションがあることがわかる。キットは標準的な1941年型車体に溶接砲塔だが、ここに写っている実車の3輌は、

  • 一番手前:1941年戦時簡易型の比較的初期の車体(もしかしたら車体ハッチも旧型の基部を残している仕様)に溶接砲塔。
  • 二番目:1941年型に溶接砲塔でキットの仕様に近いが、装着されたキューポラが旧型(Kommandantenkuppel 021 B 9261)。直線的な前部フェンダー。
  • 一番奥:1941年型で鋳造砲塔。直線的な前部フェンダー。

基本、ドイツ軍鹵獲仕様にはあまり惹かれないのだが、これはちょっと面白い。いやまあ、面白いと言っているだけで作らないだろうけど。

ちなみに、III/IV号キューポラ付きT-34に関しては、興味深いことに、ソ連軍が使用中の写真もある(CONCORD、“SOVIET TANKS IN COMBAT 1941-1945”、p50上段)。1944年夏、レニングラード戦線(フィンランドから奪取した街で、とあるのでカレリア戦線と言うべき?)での写真。溶接砲塔搭載の1941年型で、旧型キューポラを装着。ソ連軍が同様の改装をした車輌である可能性もなくはないが、ドイツ軍から再鹵獲して使っているという可能性の方がもっと高そうな気がする。

●上記、「Germans repair plant modified」の4ページ目もなかなか興味深い内容で、こちらには、II号戦車F型のキューポラを装着したT-34の写真が出ている。全部がそうなのかは判らないが、こちらはもともとのハッチをそのまま活かしていて、しかも開閉機構も残している。

3枚目の写真がちょっと謎で、両開きハッチが付いている。III/IV号キューポラから、上部のハッチ部分だけ持ってきたのだろうか。

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スターリングラード・トラクター工場(19.5)

前回書いた、スターリン・グラード・トラクター工場製T-34に主に用いられているタイプの牽引フックのツメについての若干の考察。

Wm01 このツメは、台座先端に軸を溶接し可動式となっているが、もちろんそのままでは(少なくとも車体前部のツメは)内側に倒れたままになってしまう。ツメを閉位置に保持するためのバネがあると考えるのが妥当だが、「Wydawnictwo Militaria、#265、T-34 Vol.II」には右のように図示されている(Wydawnictwo Militariaより引用、マル印は筆者)。

丸で囲んだ部分のコの字型の線材がバネではないかと思われ、また実際にこれが写っている実車写真も見たことがある気がする(うろ覚え)。前回示したメディンの実車写真でも、ツメの車体側先端に、この線材が入るらしい穴の痕跡のようなものが見える。

しかし。本当にこの図に示したような形が正規の状態なのだろうか。ツメにテンションを掛けるにしては、この位置はちょっと変な気もする(もちろん、線材がうまい具合に車体側に固定されていればバネとして機能するとは思うが)。

それよりも、この線材はこの図と逆に、ツメの下側(台座側)に畳まれているものなのではないだろうか。それなら、ツメの軸周りの凸部に引っかかって、ツメを閉位置に保持する形になりそうだし、車体側に固定する必要もない。車体後部のフックの場合、逆に爪が勝手に外側に開いてしまわないかという気もするが、それはこの線材が台座のV字に引っかかってくれれば問題がない。

この線材が図のように台座と反対側に出てしまっているのは、ツメが内側に倒れ過ぎた時にツメの下部から“すっぽ抜け”てしまった結果なのでは、などとも思う。

もちろん上記はこの線材が本当にバネだとしてという仮定の話で、これはバネじゃなくて何かを繋ぐためのリングだよ?ということもあるかもしれない。

……なんだかほとんど証拠も何もない、仮定に次ぐ仮定の妄想話ですが。

「いやいや、バッチリの細部クローズアップ写真があって、それで仕組みも一目瞭然よ?」という例をご存知の方はぜひご一報を。そういえば、後期のフックのツメの場合、バネってどうなってるんだっけ。

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上を書いてしばらくして、後期のフックのツメについて調べていたら、以下のような写真に行き当たった。

183工場製のT-34-85のフックのツメ写真

これを見ると、向かって右側に、おそらくフックを起立位置に保持している線バネの尻尾らしきものが見えていて、それとは別に、上で話題にしているのとほぼ同形状のコの字の線材が付いている。それぞれが別のものなのは、線の太さが明らかに違うことで判る。

ということは、上で話題にしているコの字も、ツメを支えるスプリングとは別の用途のものである可能性が高そうだ。あれこれの妄想、まるで空振り!?

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