かば◎の迂闊な日々

洞窟寺院

20170511_135654 ●かみさんから、「大船の観音様の向こうに、洞窟があるらしい」という、何やらえらくざっくりした話を聞く。

防空壕の跡でもあるのかと思ったのだが、ネットで調べてみるとそうではなく、お寺にある洞窟で、しかも結構有名な存在であるらしい。

ちょうど仕事が途切れて暇なので(←営業しろよ!)、11日木曜日、その通称「田谷の洞窟」を見物に行く。

なお、湘南方面の方にはまったく見慣れた風景だろうが、冒頭の「大船の観音様」というのは右写真。JR大船駅のすぐ脇の山の上に、巨大な観音のバストアップが鎮座している。子供が小さい頃には、

「実はあの観音様は山の中に下半身が埋まっていて、一年に一度山が開いて、鎌倉の大仏と対決しに行くんだ」

とかいういい加減な話を考えたこともあるが、当然ながらまったく信用されなかった。

なお、比較的ご近所に20年以上暮らしているにも関わらず、私はまだ山に登って間近に見たことがない。

20170511_142658 ●「大船の観音様の向こう」といっても、その山の裏側とかではなく、大船駅西口からバスに乗る。大船駅は鎌倉市と横浜市の境にあるが、目的地は横浜市側。

目指す洞窟は定泉寺という真言宗の寺の境内にある。ほぼ寺の真ん前に「洞窟前」というバス停があり、しかも「田谷の洞窟」と大書された看板まで立っていて判りやすい。

洞窟の正式名称は田谷山瑜伽洞(ゆがどう)。なんとwikipediaにも出ていた。真言密教の修行場として人工的に掘られたもので、戦国時代に建てられた定泉寺よりむしろ古く、鎌倉時代初期にまで遡るという。

拝観料400円を払い、ろうそくを貰って洞窟に入る。残念ながら洞内は撮影禁止。

そんな、ろうそく一本持って洞窟に入って、途中で消えたらどうすんのよ!?……と思ったが、実際には洞内は点々と照明が下がっていて、ろうそくは気分演出アイテム的な感じ。歩く風圧で3,4回消えたので、本当にこれしか照明がなかったらヤバイところだった(洞内に何カ所か立っていたろうそくで再点火した)。

写真のように入口は小ぢんまりと素っ気ないが、江戸時代まで拡張が重ねられた洞内は想像以上に深い。現存部分で500m以上、すでに崩れた部分も合わせると総延長は1kmを超えるそうな。順路をゆっくり歩いて、出てくるまでに30分ほど掛かった(ちなみに洞内は息がなんとなく白くなる程度に冷やりとして、しかも平日とあって私一人しかいなかった)。

通路は、広いところは十分に立って歩けるが、ところによっては天井が低く、かがんで進む必要がある。所々に小部屋があり、壁面や天井に仏像や霊獣その他のレリーフがある。坂東三十三観音霊場、四国八十八霊場ほか、全国百八十八霊場が勧進されてそのご本尊が並んでおり、この洞窟をめぐると百八十八カ所を巡礼したことになるらしい。なんてお手軽な!……はっ、まさか逗子の巡礼古道の「奉納百八十八番」石碑は、ここで巡礼を済ませてないだろうな!?

そういえば、「横浜市内に現存する磨崖仏は、鼻缺地藏白山道奥磨崖仏の2つしかない」と聞いたが、この石窟内のレリーフは「磨崖仏」に勘定されないんだろうか? 文字通り崖にないとダメ?

鎌倉近辺のめぼしい寺社は行き尽したような気になっていたのだが、まだこんな見応えのある場所が残っていたとは思わなかった。寺マニアも洞窟マニアも見に行って吉なり。

●帰り、大船駅の東口側に渡ってBOOKOFFに寄り(何も買わず)、そのまま北鎌倉駅まで歩く。

20170511_165848 ●判る人には判るロケーション。常楽寺交差点北側の坂。

「タケシくんもやっぱり『どうでしょう』のペースつかんでいかないと。
いいですか。四六時中面白いわけじゃないんですよ『どうでしょう』は。
……
あせっちゃダメだよタケシくん。
どうしてもね、あせって面に寄っちゃったりするでしょ?
ダメダメ。そうそう出ないんだから。
釣りと一緒だよ。何回もバラすんだから。
でもね、どっかで『クッ』と掛かるから。」

ちなみに「つるおかはちまんぐう」じゃないですよ、「つるがおかはちまんぐう」ですよ藤村D。

20170511_171545 ●北鎌倉駅近くの踏切。権兵衛、who?

このサイトによれば、昔のこのあたりの大地主の名前だそうだ)

ちなみに北鎌倉駅下りホーム沿いの道の素掘りの洞門(通称:緑の洞門)を「崩す/崩すな」の問題はまだ決着しておらず、ロックアウトされたままになっている。釈迦堂切通もそうだが、素掘りの外観のまま固めて補強するといったような技術ってないんですかね?

●このところの散歩途中の花や虫など。

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近所のウツギ。咲き揃ってしばくすると、例年通りにウツギヒメハナバチが来始めた。小さな体を黄色く花粉まみれにする働き者。といっても、年間、この半月くらいしか働かんしな。コマルハナバチ以上の短期限定季節労働者。なお、今年は去年までよりマルハナバチを見かけることが少ない気がする……。実際に数を減らしていたりしないか、ちょっと心配。

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大切岸、モミジイチゴやナワシロイチゴと一緒に藪を作っている、同じくバラ科っぽい小灌木がちまちました花を付けていた。調べてみると、コゴメウツギというらしい。(上の)本家ウツギはアジサイ科、こちらは枝葉の印象通りバラ科で、「小さな白い花がまとまって咲く」以上の共通点はないようだ。よく見ると花びらが大小交互になったような花の形が面白い。

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ホウチャクソウはほぼ終わりだが、山道のあちこちでタツナミソウが咲いている。確かに名前通り、北斎の神奈川沖の波頭のような。ご近所ではこれの白い園芸種もよく見かける。

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1枚目はちょっと前に新宿の路地の生垣で見つけた、やたら肩の角が立派なカメムシ。その立派な角と背中の白紋2つでウシカメムシと判断。闘牛の風格。2枚目は大切岸で撮ったツヤツヤメタリックなハムシ。割とたくさんいる。おそらくバラルリツツハムシ。3枚目はハイランドの端のツツジの生垣に何匹も飛来していたジャコウアゲハ。

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世話もしていないのに毎年よく咲く玄関先のラベンダーにやってくるミツバチ(おそらくニホンミツバチ)。

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春の雑記(2)

●かみさんが今使っている湿布薬は、かみさんがいうには「めんそーれ」がキツイそうだ。……沖縄成分?

20170411_150444 ●我が家のちびの最近の粘土作品。「初音ミクふうの人形」(あくまで「ふう」であって、初音ミクではない、と言い切るところに何か妙なこだわりが)。細かい……。7歳児すげぇな(なんて言っている間に誕生日が来て8歳になった)。

●4月10日、逗子駅前に買い物に行く途中、久木川でカワセミを目撃。

昔(確か20年以上前)に葉山の森戸川上流で初めて見かけ、逗子近辺でも川の上流に行けばカワセミが見られるのか!と大いに感動したのだが、その後、割と最近になって、住宅地からすぐ近くの久木大池公園でも見られるというのを知った。

しかし今回見たのはまるっきり平地の住宅街。こんなところでも見られるものなのか……。

20170410_164414 久木川は、久木の町内はほとんど暗渠になっていて、横須賀線をまたぐ辺りから開渠となる。カワセミを見つけたのは久木川が久木町内を抜けて、逗子市逗子・新宿の境界を流れるところ。最初は、深いコンクリの掘割を上から覗き込んだら、足元を一直線に猛スピードで飛びぬけていく小鳥がいて、飛んでいく先で一瞬きらりと青く光った。流石にその時は、「カワセミ? まさか?」と半信半疑だったが、もう少し下流の川面が開けた場所で再発見。岸から飛び出た小枝に止まり、そこから何度もダイブして魚を獲っていた。

肉眼では青く光る背中も、オレンジがかったお腹も確認できてちょっと感動したが、スマホでは最大に拡大しても「……川の写真だね」程度のものしか撮れなかった。写真ほぼ中央辺り、枝の先で、河岸の石垣下部のコケで色が帯状に変わっている部分に重なっているが……わっかるかなあ?。

Kawasemi 拡大してみたのが次の組写真。カワセミかどうかより、鳥かどうかさえ怪しいレベル。残念。

●4月15日土曜日、赤板先行、でんでん両氏と川崎で飲む。

川崎らしく、タッカルビなど韓国料理のメニューの多い居酒屋で料理をつつきながら焼酎を飲む。赤板は途中から椅子に座ったまま居眠りをしていた(前回飲んだ時も寝ていたような)。「社長業が忙しいから」(でんでん)らしいが、赤いシャツを着て背中を丸めて居眠りをしているとダルマのようだ。

だいぶ飲んで食って、赤板を起こして店を出てから(前回もそうだったが)3人でBOOKOFFに寄ってから帰る。

酔っぱらって東海道線に乗って帰るのはなかなか危険なのだが(大船を乗り越して西に行ってしまう)、今回は大丈夫だった。

Screenshot_20170418144605 ●ポケモンgo、ついに図鑑登録200種を突破。右は201種類目。さすがにこのへんになると野生で新しい種類を捕まえることはほとんどなくなり、もっぱらすでに持っている種類からの進化か卵からの孵化(その後さらに何種か増えて、4月22日現在、204種)。

●20日。午後になって散歩に出掛ける。久木大池から、たぶん10年近くぶりくらいに、十二所果樹園方面への「山なみルート」を歩く。

逗子市久木~池子と鎌倉市十二所の境界の尾根道で、逗子市側は米軍管理地である例の池子弾薬庫跡地(正式な名称は池子住宅地区及び海軍補助施設)なので、久木大池方面から歩くと、道の右側はずっと柵がある。有刺鉄線ではなく、単に鉄線だけで、しかもそれが切れたままのところもあるので、セキュリティ的にはそう厳重ではない。

途中からは、およそ2mほどの高さのコンクリート塀が150mくらいだろうか、尾根上に続いている場所もあるが、旧海軍が作ったものなのか、米軍管理地になってからのものなのか、よくわからない。

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●散歩の途中でアケビの芽を精力的に収穫する。

そろそろ、特に日当たりのいいところに生えているアケビには、アケビコンボウハバチの幼虫が出始めている。春も深いこの時季になると、アケビの芽の収穫はコイツとの食うか食われるかの勝負になる。もちろん、食うのも食われるのもアケビだけれど。

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アケビコンボウハバチもまだ出始めなのでちんまりしたのが「の」の字になっているだけだが、以前に見た記憶からすると最終的には結構でかくなる(4cmくらい?)。ハバチなんてそんなに巨大にはならないと思うのだが、幼虫はなんでデカイんだ……(それを言うなら、スズメガも幼虫のほうがはるかにデカイ場合が多い気がする)。

山道でホウチャクソウも咲き始めた。てっぺんにヤブキリの幼虫が陣取っている。右は草藪で見かけた深い赤色の翅の甲虫。久しぶりのベニカミキリか!?と思ったのだが、どうもちょっと様子が違う。初めて見るアカハネムシという虫の仲間らしい(類似の種類がいくつかある)。残念ながらこのピンボケ1枚だけで逃げられてしまった。

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●21日。鎌倉の二の鳥居脇ですれ違った時に漏れ聞いた、小学校3,4年生くらいの女の子の会話。

「そういうの借りる人って、心情的にわかんない」

いきなり普通の会話に「心情的」なんて単語が入るところにまず驚いたが、そもそも何の話? まさかその歳でサラ金の話じゃないよね……。

●環境省生物多様性センター、「いきものログ」事務局から小さな包み。現在「いきものログ」ではプレゼントキャンペーン中で、その第一期で報告数がランクインしたので、感謝状とエコバッグ、クリアファイル、ふせん紙を頂いた。どうもありがとうございます。

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ちなみにトートバッグはA4が入る程度の大きさなので、買い物にはちょっとツライ感じ。図書館に本を借りに行くとき用?

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春の雑記

●(はっきり言ってどうでもいい)気になる事々。

▼アニメで最終回を迎えた「メイドラゴン」。トールの頭の角は2対生えているのか、それとも根元で枝分かれしているのか……。(追記:公式サイトのキャラクター紹介の横顔では明瞭にY字に描かれていた。アニメでも時々Y字になっている時があるようだ)

▼「あべのべあ」という、あべのハルカスの展望台のキャラ(あべのハルカス自体ではなく、その展望台限定のキャラというところがまた微妙)がいるそうで、つい「さべあのま」を連想してしまう。っていうか「さべあのま」自体知らない人が多そう。

▼windows10のオマケのソリテアを無料プレイしていると、強制的にいろいろ広告を視聴させられる(かなりウザイが、「広告を消したかったら課金してね」システムなので仕方がない)。そこに「Hidden City」というパズルクエスト?のゲーム広告がしばしば入る。当初英語だった解説ナレーションが最近日本語になったのだが、あれこれ解説した最後の締めの文句が、「影の街を悩ませる謎を解明!……それを達成した時、影の街の謎が明らかになるはずです」。って、当たり前ぢゃん!

▼youtubeを見ていたら、「これからお話しすることは秘匿性が高いので一度しかお話しできない……」という前振りの投資のCMが三度も出てきた。なぜそんな初っ端から怪しいCMを制作するのか、その意図をこそ知りたい。もしかしたら、「その時点で怪しいと思わないような人」を篩に掛けて探し出すためか?

▼しばらく前から、自宅周辺でも元気いっぱいにウグイスがさえずるようになった。聞いていると結構いろいろ鳴き方にバリエーションがある。先日、「きょっきょっきょっきょっきょっきょっ、ほけきょっ!」と、やたらスタッカートを利かせて鳴いている奴がいて、この鳴き方、どうも何か聞き覚えがある……と、しばらく考えていて、昔「空耳アワー」に出てきた「どっどっどっどっ、どう〇いちゃうわ!」と似ているんだと思い至った。しょうもな……。

●先月末に、千鳥ヶ淵で神保町N社の花見。この時点で、まだ花なんぞちらほらで、お堀端もシートを広げて場所取りをしている人はいるものの、実際に宴会をしているのは我々くらいのものだった。……が、所詮花見はそれなりに天気が良くて、飲み食いできればよいのだ。

逗子のアケビの芽、ノビルの塩漬けと醤油漬け、フキノトウ(春先に採って茹でて冷凍してあったもの)のオリーブオイル漬けを持って行ったが、割と好評で全部食べて貰えた。

●7日金曜日に仕事で霞が関。第3合同庁舎地下の売店は特定の銘柄の缶コーヒーが80円だった。帰りに久々に秋葉原に回り道。CAMsのビッカース6tなどはまだ出ていないようだが、たまたまタミヤのバレンタインが出たところで、ついふらふらと購入。

帰宅して部品チェックなどして、ああ、AFVクラブかブロンコの別売履帯も一緒に買ってくるんだったと思った。

●8日土曜日は灌仏会。極楽寺に忍性塔を見に行くとか(毎年この日にだけ公開)、甘茶を頂きに行くとかしようかとも思っていたのだが、あいにく天気が悪く外出せず。

9日~16日の鎌倉まつり期間中、晴れたら例によって浄光明寺に覚賢塔を見に行こう……(毎年この時期だけ公開)。去年見に行った写真はここ

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双体道祖神補遺

●先日、逗子市教育委員会編「路傍の石仏 その二」(昭和58年)を頼りに、小坪にある7基の双体道祖神を訪ねた話を書いたが、数日前、小坪漁港の端にある佛乗院の庚申塔脇にも、小さな双体道祖神があるのに気付いた。

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「路傍の石仏 その一 逗子市内の庚申塔」、「路傍の石仏 その二」、ともにこの双体道祖神には触れられていないし、造りも新しい感じなので、「その二」が出た昭和58年よりも後に置かれたものではないかと思う。

●駅近くのローソンの前を通りかかったら、入口に「ローソンのパスタが、すごいことに!」という垂れ幕が掛かっていた。

つい、どうすごいことになったのか(腹T青木氏ふうに)妄想してみる。

・夜中になると勝手にウネウネ動く。
・麺の太さが1センチくらいになった。
・お湯を掛けると約25倍に増量。
・歯が欠けるほどアルデンテ。
・合体のうえ三段階変形。
・宇宙戦に対応。

少なくとも、ちょっと美味しくなったような気がする程度では「すごいことに!」に値しない気がする(個人的に)。仮に味が良くなったというのであれば、海原雄山が「ぬう。商品開発担当者を呼べ!」と叫ぶくらいでないと。

●環境省の生物多様性センターが運営する生物情報収集・提供システム(ウェブサイト)「いきものログ」が2週間ほど(たぶん)不通だった(昨日あたりから復旧している)。

それ以前に「いきものログ」で何らかのアナウンスがあったような覚えはない。しばらく経って、それなら生物多様性センターのサイトで判るかと思って行ってみたら、そちらもダウンしていた。しかし、環境省のサイトに行っても、特にお知らせは出ていない。

あまりに長く繋がらないので、何か深刻なトラブルでも起こっているのかと、電話で「いきものログ」の運営事務局に問い合わせてみたら、多様性センターのサーバーのメンテナンスだとのことで、問い合わせた時点(先週中ごろ)で「明日には多様性センターのサイトは再開します。『いきものログ』はもう少し掛かります」と言われた。

それならそれで、環境省サイトで案内が出ていて然るべきなんじゃあ……と思ったのだが、「メンテナンスがある旨は、生物多様性センターのサイトでは3月初めにご案内していたんですが」って、いやそれ、事前に見た人はいいけど、閉まった時点で意味ないよね!?

もしかしたら、環境省の本省と生物多様性センターって仲悪いんですかね?

●義妹から、こんな謎の食物を貰った。

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小さな袋の片側にはローマン・アルファベットでSHAHI MEVA(シャヒ・メヴァ)と書かれている。もう片側もそう書かれているのだろうが、当然ながら全然読めない。「英語面」のほうに材料表記はあるが、生産国表記はない。ただ、あれこれ調べてみると、どうもパキスタン製のようだ。「読めない面」の表記も、(パキスタン公用)ウルドゥー語のウルドゥー文字、であるらしい。

youtubeで「SHAHI MEVA」で検索すると、TV CMらしい動画も何本か出てきた。どうもインド料理屋のレジなどに置いてある「お口スッキリ・スパイス」的なものらしい。一気に口に入れてボリボリ噛むと、(ものによってコーティング付きなので)「お口スッキリ・スパイス」よりずっと甘いものの、口いっぱいに広がる「いんどのかおり」。うはー。何かスゴイ。

●山道を歩いていると、日当たりなのか単に株の勢いの問題なのか、場所によってはアケビの芽がすでにわっさわっさ伸びているところもあり、先週後半、割と本気に収穫。

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ちなみに1枚目の写真は藪の奥の高いところなので収穫不能。「ちっ、あのアケビの芽は酸っぱいに違いない」と指をくわえて見ていただけ。

また、毎年採っている場所でひよひよとしか生えていないために半ばあきらめていたノビルだが、勢い良く生えている場所を別に見つけたので、こちらも収穫。

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半分は昆布出汁醤油漬け、半分は塩漬けにした。

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名越送水管路ずい道

●数日前、歩いて鎌倉駅前に出る途中、名越隧道脇の、ふだん鎖を張られているゴミ収集車駐車場が開いていたので、その奥の送水管路隧道入口の写真を間近で撮らせてもらった。

この送水管隧道についても、水道路(すいどうみち)についてもこれまでに何度も取り上げているが、基本的なところだけ繰り返すと、この隧道は、はるか中津川から横須賀まで引かれた軍港水道半原系(大正7年完成)のために作られたもの。軍港水道は戦後横須賀市に移管されたので、鎌倉市(反対側出口は逗子市)にあっても横須賀市の管轄下。

半原系水道は2007年に取水中止、2015年に廃止になっているが、この地点では鎌倉市内で合流した有馬系水道が並走しているため、この隧道は現役のはず。

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レンガは1段ごとに長手のみ・小口のみとしたイギリス積み。猿島で見られたフランス積み(フランドル積み)が明治前半によく見られるのに対し、こちらはそれ以降に一般化したもの。

最後の写真は入口の格子の隙間から撮ったもので、遠くに逗子側出口が見える。少なくともトンネル入り口付近は内壁もレンガ積みのまま保存されているのが判る。水道管は1本だけで、有馬系のものだろうか?

下は逗子・久木側。2015年5月に撮って当ブログにも載せたもので再掲。こちらはかなり手前からフェンスで仕切られて立ち入り禁止になっており、しかも夏季は両側の藪も茂るのでなかなか見づらい。

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●オマケ。久木川に架かる橋近くの、同水道の空気弁マンホール。ともに横須賀市の名と市章入りだが形が違う。鎌倉の海岸橋近くや、逗子の沼間あたりだと海軍の錨マーク入りの点検蓋もある。

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東京湾要塞

●先日、披露山庭園住宅入口の庚申塔の話をしたが、同様に、ポケモンgoの「ポケストップ」に選定されている、なかなかマニアックな小ランドマークについて。

横須賀線に乗っていて、北鎌倉駅で、何気なくポケストップの表示を開いてみると、「東京湾要塞第二区地帯標」なる石柱が出てきた。

そんなわけで、数日前、散歩の足を延ばして亀が谷坂を越えて北鎌倉まで歩いてみた。目当ての石柱はまさに駅の目と鼻の先。駅前の信号を渡った向かいにある。

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花崗岩製の四角柱で、上端はごく浅いピラミッド型。

正面:東京湾要塞第二区地帯標
右面:第四五号
左面:昭和十六年七月二十日建設
裏面:海軍省

「東京湾要塞第*区」というのは、おそらくセキュリティ上のランク設定のための区域指定で、実際の(東京湾防衛のための)要塞設備からの距離により、第一区~第三区まで設定されたらしい。水道路の標石ほかでさんざん参考にさせていただいた「東京湾要塞」のサイトに詳しい。要塞地帯標そのもののページはこちら。それによれば、「第二区」は(昭和15年の最終改訂で)防衛設備から5000m以内だそうだ。ちなみに、北鎌倉駅前から横須賀方面に線を伸ばすと、軍港ではなく、池子弾薬庫跡地あたりでちょうど5kmとなる。もちろん、この標石の位置が動いていないとした場合だが。

改めて前記のページを見て思い出したのだが、しばらく前に、みやまえさんが同じシリーズの標石の写真を、御自分のところの掲示板にアップしていたのだった。teacupの掲示板のURLの振り方がどういうシステムになっているか判らないが、とりあえず現時点ではここ)。

みやまえさんの写真の標石は先のページで言うと7番で、横須賀市武にあるもの。半分埋まっているので見えないが、おそらく「第一区」、しかもおそらく続き番号で建てられている標石の「第一号」。そのうち見に行きたいような気も。

●先のページによれば、もっとご近所にもう一本「東京湾要塞第*区」の標石がある。その脇を普段から比較的よく通るにも関わらず気が付かなかった。というわけで、そちらも改めて訪ねてみた。

場所は、鎌倉・材木座のぎりぎり小坪寄り。光明寺前の道が、逗子マリーナ方面(小坪海岸トンネル)、姥子台方面に分岐する三角地の角の先にある。

植え込みの中にあるうえ、半ば埋まっていて、これはさすがに傍を通っても気付かないわけだが、実際に探し当てても、表面の文字は読み取りづらい。そもそも民家の敷地内にあるので根元を掻き分けるわけにも(増してや掘るわけにも)いかない。

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先の「東京湾要塞地帯標」のページでは、北鎌倉駅前の標石と仕様が似ていることから、同じく昭和十六年七月二十日建設、区域指定も「東京湾要塞第二区地帯標」であろうと推定している。

ちなみにこの地点から5kmとなると、池子弾薬庫はすっかり通り越してしまう。横須賀軍港方面だと、沼間五霊神社あたりというひどく中途半端な位置。三浦半島東岸沿いに引っ張ると、ちょうど葉山御用邸が5km地点となる。謎。

●春の散歩の植物あれこれ。

アケビが芽吹き始め、花も咲き始めた。芽が食べ頃になるくらい伸びるのは、半月先くらいだろうか。

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モミジイチゴ(9日、名越切通)、ショカツサイ(9日、鎌倉大町)、ヒメウズ(11日、大切岸)、イワタバコの芽生え(11日、大切岸)。イワタバコの芽は縮緬のよう。

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つくし(9日、鎌倉扇が谷)、まだ開きかけのキブシの花(11日、大切岸)。キブシの花はおひたし・天ぷらなどで食べられると、とあるサイトに書いてあった。誰か食べたことがあるひといる?

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つい先日、「日本のタンポポとセイヨウタンポポ」(小川潔著)という本を読んで、改めてタンポポに注目中(というより、興味があったからこそ本を読んだのだが)。というわけで身近なタンポポ。

最初は近所のシロバナタンポポ。

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大切岸のタンポポ群。総苞外片の形状を見る限りでは在来種のカントウタンポポのようだが、交雑種も増えているそうなので「カントウタンポポの形質が濃い」くらいしか言えない。

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近所の野原で見たタンポポ。総苞外片の形状からはカントウタンポポっぽいが、花弁が黄色に白のメッシュ入りになっている。カントウタンポポとシロバナタンポポの交雑種の可能性はあるのか? 環境省「いきものログ」の種名調べ支援で問い合わせ中。

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双体道祖神

●先日、図書館から借りてきた資料、逗子市教育委員会(昭和58年)発行「逗子市文化財資料集(II) 路傍の石仏その二」を読んでいたら、興味深い記述があった。曰く、

昭和五十六年三月に「神奈川県の道祖神調査報告書」が県の文化財保護課から刊行された。これを見る限りにおいても三浦半島には、双体道祖神の塔は一基もないと言えそうである。ところが小坪には七基この塔が残されていたのである。

なお、この記述だと「神奈川県の道祖神調査報告書」に小坪の道祖神が漏れているように読めてしまうが、小坪の道祖神で検索してみると、「神奈川県の道祖神調査報告書」を手掛かりに訪れている人もいるようなので、おそらく「小坪のほかには一基もない」ということなのだと思われる。

主に村の守り神として置かれる道祖神のなかでも、双体道祖神は男女2神が一組となったもの。wikipediaの記述によれば、双体道祖神は関東甲信越に多いが、「山間部において濃密に分布する一方で平野・海浜地域では希薄」だそうで、それがどうして小坪にだけ7基もあるのか、なかなか面白い(といったところで理由は判らなさそうだが)。

ちなみに、みうらじゅんが「ほぼ日刊イトイ新聞」で語っているところによれば、長野あたりには歓喜天のように抱き合った双体道祖神もあるのだそうだ。ちなみのちなみに、長野の地場の出版社、ほおずき書籍出版というところから、「信州双体道祖神めぐり」という本が出ているらしい。うわ。なんかちょっと欲しいかも。

そんなこんなでいろいろ興味を惹かれたので、上記資料をもとに、散歩がてら小坪漁港あたりを歩き回ってみた(7基とも漁港周辺の神社にある)。

▼子之神社(小坪5丁目6)

小坪港前交差点脇。鳥居脇の「子之神社」と大書された石碑のそのまた脇に、庚申塔などと一緒に立っている。子之神社そのものは昭和になるまで幾度か場所を移っているそうだ。

小坪に残った7基の双体道祖神の中では、おそらく最も保存状態がよく、根元部分に若干の欠けはあるものの、2体の道祖神の衣服のディテールや顔もしっかり残っている。

もっとも、左右よく似通っていて、どちらが男神でどちらが女神なのかちょっとはっきりしない。わずかに背が低い、向かって右が女神だろうか? ちなみに「双体道祖神」で画像検索してみると判るが、べつにどちらが左右か決まりがあるわけではなさそうだ。

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▼神明社(小坪5丁目7−29)

元々の地区名で言うと西町の鎮守で、食堂「めしやっちゃん」の脇を入って山の中腹にある。その神明社の石段脇の小石塔群のなかに、3基の双体道祖神がある。まずは全景。

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個々の双体道祖神を階段上から順に。

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1基目は横一文字にひびが入っているものの、3基のうちでは最も保存が良い。

2基目はその気になって見ればうっすらと2体浮き上がってはいるものの、ぱっと見には正体不明の石板に近い。前述の資料「路傍の石仏その二」に掲載された写真だともうちょっとはっきり人の形をしているので、30年余りでさらに風化が進んでしまったものらしい。

3基目は双体道祖神であることははっきり判るものの、破損が激しく、だいぶ残念な状態。

▼八幡宮(小坪4丁目9)

旧地区名だと南町と伊勢町の境目くらい。小坪村総鎮守の天照大神社を下ったあたりにある。双体道祖神は、社殿脇の小さなコンクリートの祠の中に納められている。割と平板な浮彫調。

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▼諏訪神社(小坪4丁目19)

八幡宮裏を過ぎて、ほとんどハイランドまで上り詰めたあたり(というよりほとんど大崎公園入り口脇)にある小さな神社。八幡宮同様、社殿脇の小さな祠に納められている。保存状態は比較的良好。

ちなみに諏訪神社は、もともと佛乗院裏の山の中腹にあったものが関東大震災の時に倒壊し、その後現在の場所に移ったとのこと。この道祖神も元の諏訪神社境内にあったものか。

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▼一之宮神社(小坪4丁目3−9)

小坪郵便局裏手にある。前述の資料「路傍の石仏その二」には、「高さ41cm」「木の祠の中」とある。同神社社殿の周りには木の小さな祠がいくつかあるのだが、その中身で、双体道祖神の可能性のあるものは写真(左側)のものだけだが、表面は風化・摩耗してしまい、そもそも何か彫ってあったのかどうかさえよく判らない状態。祠正面の格子の合間から撮ったので、ますます何だかよく判らなくなっている。

前出資料の前巻にあたる「路傍の石仏その一 逗子市内の庚申塔」には、

社殿の左手に木造の祠があって、この中に双体道祖神の石塔と、丸みのある自然石に「猿田彦大神」と刻んだ、明治二十四年建立の塔が、いっしょに祀られている。

とある。実際、同じ祠に「猿田彦大神」があったので(写真右)、やはりこれが双体道祖神で間違いないようだ。なお、「路傍の石仏その二」には7基中6基の双体道祖神の写真が掲載されていて、なぜかこの一之宮神社のものだけは外されている。「路傍の石仏その二」編纂時に、すでにかなり摩耗していて「載せてもしょうがない」と判断されたのかもしれない。

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Googleマイマップで位置を記入してみた。神明社に3つ集中しているので、ポイントとしては5カ所。

●道祖神巡りの途中で見かけたスミレ(おそらくタチツボスミレ)。

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●以下、3月8日追記。

逗子市立図書館で、上記に名前が出ている資料、「神奈川県の道祖神調査報告書」(神奈川県教育庁文化財保護課発行)を読んでみた。

上で推察した通り、小坪の双体道祖神はしっかり(7基すべて)取り上げられていた。また、どうやら双体道祖神のみならず、道祖神それ自体、基本、逗子市内では小坪にしか存在しないらしい。例外として、桜山に一基、「道祖大神」と刻んだ石碑があるそうで、これは明治の末に個人が建てたものだそうだ。

さて、この「神奈川県の道祖神調査報告書」に、小坪の道祖神に関して興味深い解説が出ている。

まずその呼称なのだが、

小坪の道祖神は七基とも全部「ドウロクジン」と呼ばれている。文字ではどのように書くのか、よくわかっていない。「道陸神」なのか「道六神」と書くのか、集落の人々は知っていない。

もっとも今では「どう書くのか」以前に、「ドウロクジン」と呼んでいたことさえ知っている人は少ないかもしれない。(もともとここの出身ではない私はもちろん知らなかった。)

また、大正末期までは、「サイトウ」と呼ばれる火祭り(=左義長、いわゆるどんど焼き)のたび、「ドウロクジン」石塔を火の中に放り込んでいたらしい。いや、そりゃ割れたり傷んだりするわけだよ! そんなわけで、道祖神塔はたびたび造り替えていたのだそうだ(以上は簡単にだが最初に出した資料、「路傍の石仏その二」にも書いてある)。つまり、上写真の中でも状態のいいものは、比較的近い時代に新調されたものなのだろう。これについてのもう少し詳細な記述を引用しておく。

 大正のなかば頃までは、一月十四日の朝、六時頃、まだ船が出ないうちに各神社毎に「サイトウ」の火を焚いた。沖へ出る前に火にあたっていったのである。このときお宮から若いしが「ドウロクジン」塔を運んできて、火の中に入れて焼いた。集落によって多少のニュアンスの違いはあるが、この一年間病気とか、数々のわざわいが家々に起こった。それらの全部を「ドウロクジン」に背負っていってもらう。そして焼き払ってもらうという意味付けをしている。集落によっては塔を火の中に入れず火の傍に置いて、火が燃えている間、塔に「おみき」を振りかけ、禍いを払ってくれることをお願いするというところもある。
 ある老人は、道陸神は書き役で、村の辻に立って入ってくる禍いを細大もらさず記録している神様だから、「サイトウ」の時に禍いを書きとめた帳面を全部焼き捨ててもらうのだと話してくれた。
(中略)
 祭が終わってから、子供たちは、家々からお賽銭を集めて、菓子などを買ってたべていた。お金を集めるとき子供たちはモッコに入れた道陸神塔を天秤棒でかつぎ、次のような唱えごとを一斉に唱えながら、各戸をめぐり歩いた。「どうろくじんのかんけい(勧化ではないだとうかと一柳太郎氏は教えてくださった)ぜねくれねえとぶっこむぞ。」
 お賽銭をくれない家があると、その門口に塔を置いてきてしまったのだという。大正の終わり頃まではこのようなことが続いていたという。

道祖神が帳面に禍を書きつけているという話は、庚申の言い伝えの三尸の虫と何か混じっているような気もする。

 

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猿島

●三浦半島の付け根に暮らして20年以上になるのだが、比較的「ご近所」であるにもかかわらず、これまで行ったことがなかった横須賀の猿島に初めて行く。

「横須賀市民割2017」として、猿島航路や記念館「三笠」入館料などが、今月一杯割引になっていたため。名称は「横須賀市民割」だが、横須賀市民だけでなく(逗子を含む)近隣市町民、横須賀市の国内友好都市住民も対象。

猿島は三笠公園から船で10分と、目と鼻の先に浮かぶ小島だが、東京湾内の自然島としては最大である由。明治時代から、東京湾および軍港横須賀の防衛のため要塞化され、その軍事遺構が多く残る。

同行はかみさんとちび。かみさんは子供が小さかった頃に来たことがあり、その頃は猿島側船着き場近くのレストハウスもなく、弾薬庫も勝手に入れたようだ。ちなみに今回は案内ツアーに参加したので、弾薬庫の一つに入ることができた。

●猿島内の写真あれこれ。

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レストハウス近くの小さな建物。何やら使用中の機械設備が入っていて、屋根もトタンなのでぱっと見で判断に困るが、実際には明治時代に建てられた探照灯用の発電棟だそうだ。

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島のほぼ中央を横切る切通しと、そこに設けられた弾薬庫。もともとは明治時代、東京湾防衛用に設置された要塞砲用に作られたもので、古い時代を示すフランス積み(表面が長短長短になる)のレンガが特色(写真3枚目)。弾薬庫は砲台の直下に設けられていて、弾薬庫内に入ると、部屋の角に揚弾用の縦穴がある(写真4枚目)。

なにしろ明治時代の設備なので、弾薬庫内の照明はランタンだったそうだが、火薬に引火することを防ぐため、弾薬庫のすぐ脇に別に細いトンネルを掘り、弾薬庫との間に嵌め殺しのガラス窓を設けて、その外側にランタンを置いたとのこと。写真5枚目はそのランタン室の入口(右側にわずかに見えているのが本来の弾薬庫入口)。

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切通しを北に歩くと、やはりフランス積みレンガの長いトンネルがある。トンネル好きとしては惚れ惚れとしてしまう綺麗なトンネルで、アーチ部分のエッジが妙にだが、これはオリジナルの状態なのか、修復されているのかは知らない。出口側は下り坂になっている。

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島の北側には、割合狭い間隔で、第二次大戦前に設置された海軍の高角砲台座が並んでいる(写真1、2枚目)。逗子の披露山公園の猿山・展望台・花壇も、もとはこんな状態だったのだろうと思う。2枚目はコンクリート製台座中央の、砲を固定していたらしいボルト。

3枚目は島中央部上の、明治時代の要塞砲の砲台跡。周りの放射状の横穴は揚弾された弾薬を収めるのだろうか? 向こう側の大きな穴の用途は?

このサイトの解説によれば、島中央部の第二砲台に設置されたのは二十四糎加農砲(4門)、北部の第一砲台に設置されたのは二十七糎加農砲(2門)であったらしい。この写真は前者。

●やはり「横須賀市民割2017」の対象だったので、久しぶりに三笠にも入った。

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1枚目:海側から見た三笠(猿島からの帰りの船から撮影)。

2枚目:さかみ。

3,4枚目:副砲ケースメート内側。砲操作員はそのまま砲郭内が寝室でもあった由。

5枚目:艦首左舷の錨。オリジナルかどうかは不明。

6枚目:艦橋、操舵室。

7枚目:鎮遠の主砲弾。

8枚目:ごく一部だけ残っている、オリジナルのチーク材甲板。

9枚目:日本海海戦戦利品のロシア海軍旗と、水兵の帽子の艦名リボン(海防戦艦アドミラル・セニャーヴィン)。

●その他の横須賀ネタ。ヴェルニー公園での写真2枚。

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1枚目:以前、船の科学館にあったという戦艦陸奥の主砲がヴェルニー公園に移設されている。現在はまだ周囲が囲われていて公開に向け整備工事中。

2枚目:公園向かいの海自潜水艦基地に泊まるそうりゅう型。写真では判りづらいが、2隻サイド・バイ・サイドでぴったり並んでいる。艦尾から激しく潮吹き中。wikipediaによれば、横須賀にいるそうりゅう型は第二潜水隊群の「ずいりゅう」「こくりゅう」だが……まあ、ぱっと見の区別なんて無理ですな。

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庚申塔

●本来なら先月にとっくに終わっていなければならない仕事を引きずり中。おかげで模型関係もほとんど進展なし。

●2月6日、仕事でNICT(情報通信研究機構)に行った際に、その近所で見かけた丸ポスト(小金井市)。都心にはほとんど残っていない丸ポストだが、小平市を中心に西東京にはだいぶ現存しているようだ(以前、調布に行った時も行き帰りで2基見かけたし)。

ちなみに情報通信研究機構は、(検索時に出てくるHPのリードをそのまま引用すれば)「産学官で連携した情報通信技術の開発を目的とする独立行政法人」。日本標準時も司っているため、時々実施される「うるう秒の追加」の際には、ここの本館正面のデジタル時計がニュースに映し出されることが多い(その時には、「**:**:60」という表示を見ることができる)。

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●ポケモンgoは、妙にシブい小さなランドマークがポケストップとして設定されていることがある。ちなみに我が家に一番近いポケストップは児童公園だが、2番目は県道沿いにある石屋の店先においてあるハチ公の石造りのコピー。

先日、ちょっと散歩の足を延ばして披露山に登ったら、庭園住宅入口近くの庚申塔がポケストップに設定されていた。サイト「庚申塔探訪」の逗子の庚申塔のリストにも取り上げられておらず、道からも一段上がって奥まったところにあるので、ポケモンgoがなかったらずっと気付かなかったかもしれない。

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そんなこんなで再び庚申塔に興味を覚え、市立図書館に寄った際にレファレンスサービスで訊ねてみたら、こんな「そのものズバリ」な資料が出てきた。

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「その1」が庚申塔で、これによれば逗子市内には31カ所の庚申塔があることになっている(ちなみに上記「庚申塔探訪」では24カ所)。たぶんそのうち少なくとも10カ所以上はすでに見ていると思うのだが、いずれ機会があれば残りも回ってみたいような気もする。

●今年4度目のフキノトウ収穫(15日)。

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ひと掴みほどお向かいさんにお裾分け。ちょうど夕食が揚げ物だったので、半分は天ぷらにして食べた(若干ご近所Mさん宅にこれまたお裾分け)。残り半分は茹でて、数個はオリーブオイル和えでつまみ食い。さらに残りはそのまま冷凍保存。

●タミヤからレンドリース版ソ連軍仕様のマチルダが発売されるそうだ。単純なデカール替えではなく、パーツを組み替えて、既存キットより後期の生産仕様になっている。

作るならソ連軍仕様かなあなどと思いながら、セータ☆さんのところの「ソレマチ(ソ連軍のマチルダ〉」考証記事なども横目で見つつも、タミヤのマチルダはついついきっかけがなくて買わずに来たのだが、そうこうするうちにタミヤ自体に追いつかれてしまった的な。

●ここ2週間ほど、模型製作はほとんど開店休業状態だが、わずかに、ミニスケールのクルセーダーの予備履帯ラックを作り替え、パイロ48(旧インパクト)のマーチン・ハンダサイドの逆立ち防止スキッド先端のディテールアップ工作を行った。これらに関してはまた改めて。

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春来たるらし

●ちょっと散歩に出たらもうぽつぽつとフキノトウが出ているのを見つけ、今年の初収穫。ちなみに当ブログを遡ってみると、昨年は2月の後半に初収穫しているらしい。

まだだいぶ小さく、しかも寒さに当てられてなのか、少々傷んでいる感じもしたので、天ぷらでなくフキ味噌にした。天ぷらだと一度でなくなってしまうが、フキ味噌なら何日か続けて楽しめるから、というのもある。左写真はピンボケ失礼。

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一方、私の山野草食の原点的位置づけで、毎年楽しみにしているノビルは、今年はほとんど育っておらずがっかり。土壌の栄養が変わってしまった、とかあるのかなあ。

●そのほか、少々春っぽいもの。

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・1枚目:鎌倉大町、名越坂踏切脇児童公園の河津桜。FBの逗子のニュースグループで、「もう**では咲いてるよ」などという書き込みも目にしているが、ここはようやくつぼみがほころび始めたところ。1月21日。

・2枚目:鎌倉、本覚寺の紅梅。1月21日。

・3枚目:町内のとあるお宅の梅の木に来ていたメジロ(画面中央)。1月26日。

●じわじわとポケモン収集中。ポケストップが近所にそれほど多くないので、しばしばポケモンボール不足に陥る。

やたらにイーブイばかり出てくるが(せっかく捕まえてもボールから脱出する率が高いようで、ちょっと苦手)、これは地域的な偏りもあるのだろうか。

それはそれとして……イーブイってでんきタイプじゃなかったんだなあ、などとダジャレ系の感想をボンヤリ思ったりする。

20170125_182116 ●Vanatorul de care R-35の防盾に手を入れる。

「どこかのメーカーから新設計のキットが出る前に、エレールのルノーR35を成仏させてやろう」

という意図で作り始めたにもかかわらず10年越しの製作になってしまい(それだけ長時間かけて作っているわけではなく、単に中断期間が長いだけだが)、ホビーボスから新製品が出てもまだ出来ていないお粗末さ。

ちなみに前回製作記事は2010年5月4日だった。その後(比較的最近になって)全体のベース塗装は済ませてある。今年こそ何とかしたいものじゃのう(と、他人事のように)。

ちなみに防盾の改修は、防盾側部の形状修正。左右とも後縁を真っ直ぐ断ち切ったような形に作っていたのだが、その後鮮明な写真が出てきて、軸部をカバーするよう三角に出っ張っているのが判明したため、0.5mmプラバンを貼り増して削った。

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