かば◎の迂闊な日々

ココログ謎メンテ

●ココログの大幅リニューアルがあり、昨19日は昼過ぎまでメンテナンスのために投稿等々ができなくなっていた(ブログの閲覧はできた)。
これがメンテが終わってからの初投稿なのだが、以前と投稿画面が全く違っていて、どうも勝手がよくわからない。そもそも以前の投稿フォームだと、段落を変えると自動で1行空きが入るようになっていたのだが(段落が<p></p>タグで括られる)、今度のフォームだとそうはならない(<div></div>タグで括られる)ようだ。なんだかよくわからん……。
●それはそれとして、もっとよくわからないのは、記事に対してコメントを書き込んでも、それがブログ画面に反映されず表示されないこと。
そもそもコメントの投稿が受け付けられていないのかと思ったのだが、管理画面のコメントのページを見ると、しっかり公開承認済みのなかに投稿コメントが入っている。
実際には「コメントが反映されない」というのは、同じくココログを利用しているme20さんのところに今日(20日)投稿しようとしてダメで、さすがにme20さんのところで出禁を食らうような悪さをした覚えもないので、試しに自分のところにも投稿してみて「そもそもココログでコメント投稿ができない」というのが判明したもの。
もっとも、ココログのお知らせ画面にはそのような不具合が発生中であるとは出ていないので、もしかしたら私の環境下だけのことなのかもしれない。よくわからん……。
そして、下にその管理画面と実際のブログのコメント欄の画像を貼ろうとしたのだが、画像の貼り付け方法がこれまたよくわからない(画像が貼られた状態になっているのかどうかすら判らず)。
●(追記)この記事を書いて、とりあえず「公開」状態で保存してみたのだが、コメント同様、管理画面のリストにはちゃんと存在しているのに、実際のブログ画面にはやはり反映されなかった(つまり、私の環境下では依然「かに!」が最新記事として表示されている)。
しかし、投稿してしばらくしたら、みやまえさんからこの「ココログ謎メンテ」記事宛てにコメントが付いた!!(登録メールアドレス宛にコメントが付いた旨のメールが来て気付いた)。確かに管理画面のコメント欄では、みやまえさんのコメントが加わっている。
……が、以前として、記事も、(もちろんそれについたみやまえさんのコメントも)私には見えないんですよ!
みやまえさんがコメントを付けたということは、少なくともみやまえさんの環境では、(どう見えているかは別として)「ココログ謎メンテ」の記事が表示されているらしい。ちなみに、私の環境下では、firefoxでもchromeでもedgeでも表示されないので、ブラウザの問題ではないようだ。
●(追記2)ココログのお知らせページには、3月15日付の「メンテナンスのお知らせ」が最新で、その後の状況につき何も言及がないが(21日17時過ぎ現在)、その記事に対するユーザーのコメントを見ると、私と同様の「書き込んで管理画面で確認できても閲覧できない」を含め、かなり大規模にトラブっている模様。私自身はタダで使わせて貰っているので偉そうに意見できる立場ではないが、そういう状態が起きているくらいちゃんとアナウンスしようよ……>ココログ
上の追記を書いて以降、donjiさんからもコメントを頂いたが(iPadでは閲覧できる由)、私の環境では、PCでもスマホでもなおブログ記事、コメントとも閲覧不能。そもそもこうして書いているものがどんな体裁になっているのかさえよく判らない(作成フォームの「プレビュー」ボタンも機能しない)ので、何か変な状態になっていてもご容赦を。

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かに!

●複数の仕事が滞っていて、その一方で、昨年末より義弟(といっても私よりも年上)の革鞄工房に不定期で手伝いに出かけるようになったため、まともな模型製作はご無沙汰。

ただし、いじりかけの模型とか工具とかは目の前に置きっぱなしなので、ブロンコのKV用履帯(という製品名のKV-1S/IS用履帯)をちょっと繋いでみたり、ブレゲー27の風防を切り出して削ってみたりなど、半端な模型いじりはしている(息抜き、という名目の現実逃避)。

当「かばぶ」もすっかり更新が滞ってしまっているが、生存報告としてあれやこれや。

●「Yahoo!」がブログサービスを今年末で終了してしまうのだそうだ。身近なところでは、例えばTFマンリーコさんのところとか……。あるいは、時々覗きに行く範囲では、デビグマさんvkさん戦車大好きさんのところなど。

ブログという媒体自体が、なんとなく「ひと昔前のもの」感が出てきて、大手の撤収ではYahoo!が最初なのかもしれないが、ココログもいつまで継続するものやら。そう考えると、決して他人ごとではない。

その昔、NIFTYで開いていた個人HPの「河馬之巣」も、HPサービスの終了であっちに流れこっちに流れして結局閉じることになったが、いずれ、ブログでも同じようなことになるのかもしれない。別に未来永劫残って欲しいとも思わないが、何かしら書く気があるうちになくなってしまうのは困るなあ……。

●日中に散歩に行けなかったので夜中に逗子駅前まで出かけたら、逗子銀座商店街の歩道をのそのそとカニが歩いていた(3月4日)。

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脚まで含めると手のひらに近いくらいの大きさがある。おそらくモクズガニ。この写真ではハサミ部分はあまりよく写っていないが、もしもきちんとハサミの細部写真を撮っていれば、もっさり毛が生えているはず(とはいえ、水から上がっているのでハサミに沿って撫でつけられた状態だが)。

今から20年以上前、逗子銀座商店街の裏手に住んでいた時、やはりこの日と同じように雨の日だったと思うのだが、玄関先でカニを見かけたことがある。ペットが逃げ出したとかではなく、野生のカニが(川からそこそこ離れているが)放浪してここまでやってきたのだと思う。

ちなみにモクズガニは上海ガニとごく近縁で、美味いそうだ。

●早春の採集食い物記録。

2月、結局3度ほどフキノトウを収穫して食べた。フキ味噌、オリーブオイル漬け、天ぷらと、一通り(フキ味噌の写真は2月初めに載せたものと同じ)。

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4枚目は、オリーブオイル漬けにブルーチーズ入りのベビーチーズを散らして、さらにとろけるスライスチーズを載せてチーズトーストにしたもの。はちみつをちょっと垂らして食べるともっと美味いんじゃないか……と想像したのだけれど、はちみつがなくて試せず。

もう今ではフキノトウは伸びきってしまったが、その前に多めに収穫したものは冷凍保存してあり、そのうちまたフキ味噌を作る予定。

1枚目右側ののびるは、まだ今季1回収穫して、軽く塩漬けで食べているのみ。

このあたりの春の山菜で、個人的にはいちばん美味いと思っているアケビの芽は、まだようやく芽吹き始めた程度。本日(3月9日)でこれくらい。

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せめて20センチくらい伸びないと。

知人がヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)をおひたしにしたと聞いて、改めて試してみる。柔らかそうな芽先だけ摘んできた。見た目綺麗で、虫など付いていなさそうなものを選んだつもりが、すすいでみたらアブラムシだらけ(下の写真左でも、画面右端に1匹歩いている)。それでも根気よくゆすいで、その後さっと茹でた。昨年初めて試したときはそのままおひたしにしたが、今回はもうひと手間かけてゴマ和えに。

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……うーん、ゴマ和えの味だな。もさっとしていて、取り立ててよい風味が感じられるわけでもなく、不味くはないけれど積極的に採って食べる価値があるか微妙。って、去年も同じような感想を抱いた気がする。

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小坪高角砲台補遺(その2)

●唐突な続編。今までの関連記事は、

改めて披露山(前編)
改めて披露山(中編)
改めて披露山(後編)
砲台山
小坪高角砲台(改めて披露山)補遺
季節労働の終わりと砲台山再訪

●逗子市役所のサイトには、「逗子フォト」という素敵なミニ・アーカイブがあり、古今の逗子の写真がストックされている。確か、去年か一昨年あたりに開設されたばかりで、写真も随時追加中。

実のところ、写真のタグの設定の仕方があまりよくないのか、「こういう写真が見たい」と思った時に上手く検索で出て来なかったりして、その辺、改善の余地はあるのだが、ぜひこのまま着々と充実を目指してほしい。

さて、そんな「逗子フォト」に、どうやら最近のことらしいが、披露山の「小坪高角砲台」の、公園に改装される前の写真が掲載された。

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すでに雑草に覆われているものの、砲が撤去されたのみのプレーンな状態の砲台の状態が見られる写真として非常に貴重。ちなみに、披露山山頂に構築された3つの砲座のうちのどれなのかは、逗子フォトの説明文では明記されていないが、現・猿舎である可能性は高いように思う。

たった一枚なのが残念だが、これだけでも、いろいろと興味深い点が見て取れる。

(1).中央の砲架据付部は、現在の猿舎では小さな池+金網屋根の柱基部に改装されており、また、ほぼ同型の横須賀・砲台山では埋まって土の地面になっているが、単純にコンクリート床面に穴が開いているのではなく、がっちりと砲を固定するために、何やら凝った段差形状になっているのが判る。砲台山と同様、穴の最外周部分は、うっすら細く1、2センチの幅の段差があるようだ。

また、穴の向こうには現在も残る「何かの器具の取付基部の円環鉄パーツ」がいくつか並んでいるのがボンヤリ確認できる。

201808091250203 (2).正面の穴(階段の向かってすぐ左)は、他の壁龕と異なり、上部がアーチ状の背の高いものになっている。ここは、現在の披露山猿舎ではコンクリートで埋められ、ディテールが判らなかった部分。砲台山では他と同一形状の四角い壁龕で、披露山も当然そうだとばかり思っていた。

以前の記事で、ここがコンクリートで埋められている理由について、「どうも、壁龕の上部分が少し壊れていて、それをわざわざ手間をかけて補修するよりも、いっそ壁龕ごと埋めてしまった方が楽だったための措置という気がする」と書いたのだが、実際には、「上部が崩れた」のではなく、もともと上に長い独特の形状の穴だったことになる。

なお、「逗子フォト」には猿舎の檻の内側からこの部分を写した写真も上がっており(右写真)、それを見ると、私が以前の記事に載せた写真よりも、埋めた痕跡がより明瞭に判る。披露山の砲台では、なぜ一つだけこのような形状だったのか、大いに謎。

もしかしたら、他の(弾薬仮置き場と思われる)壁龕と違い、地下通路入り口という可能性もあるのかもしれない(また、それなら埋められた理由も想像しやすい)。方向的には他の2基の砲台跡とは(現売店の観測所跡とも)若干ずれていて、まっすぐ行くと山の斜面に出てしまいそうだが、例えば連絡用通路だったとしても、爆風がストレートに来ないように曲げて作ってあるとか。あるいは山の斜面への脱出用通路とか?

20170708_151443 (3).その隣の兵員詰所?部分に関しては、現在の猿舎では他の部分と同一円周上までコンクリートで屋根が付けられているが、もともとは、砲台山と同様、一段窪んでいたことが確認できる。こちらは上と逆に、もともと披露山の砲台がちょっと変わった形状だったのか?などとも思っていたのだが、実際には後からの改修だったわけだ。猿舎の檻を被せるにあたって、ここだけ形がいびつなのは不都合だったので新たに天井を設けたものか?

現在のこの部分を外側から見ると、右写真のようになっている。砲台の円周から一部外側にうっすらとコンクリート地がはみ出しているのが詰所部分で、このコンクリート部分が本来は窪みだったことになる。

(4).詰所入り口は、一段下に窪んでいるらしい。砲台山では崩れた土砂で埋まって確認できない部分だが、やはり窪んでいるのだろうか?

大雨の時、すり鉢状の砲台に流れ込んだ水が、さらに詰所に流れ込んできたりしないのかなあ。いや、まあ、排水口くらい作ってあるか……。

(5).特に写真右手の壁龕は、周囲が枠状に出っ張っているように見える。現状の猿舎では、ここは面取りが施されている部分で、単に写真写りの問題で(エッジがこすれて白くなって)出っ張っているように見えているだけか? わざわざ後から縁を削って面取り加工した、などという可能性は低そうな気がするが……。

●週末、いきなり左足の親指が痛んで腫れあがってしまった。まさかこれが話に聞く痛風というやつか!?と焦ったのだが、痛風の場合は親指の付け根関節が腫れるはずが、私の場合は指それ自体。また、痛風なら痛み始めて1日目くらいが痛みのピークで居ても立っても居られないほどになるらしいのだが、そこまで痛いという感じにはならなかった。

どうやら、うっかりトゲか何かを刺してしまって化膿した可能性が高そう。数日して、だんだん痛みも治まってきた。

20190204_223717 ●本来ならまだまだ収穫には早いのだが、ぽつぽつとフキノトウが出始めているのを見て、フキ味噌の味を思い浮かべたとたんにどうしても食べたくなり、月曜日、今年の初収穫。早速フキ味噌を作る。

毎度、各材料の分量は行き当たりばったりだが、今回はかなり美味く出来た気がする。これをつまみに日本酒でも飲みたい感じ。

●hn-nhさんのブログ「ミカンセーキ」のコメント欄でお知り合いになった、vol de nuitさんのブログで、ワルシャワ蜂起時の国内軍の車輛のリストアップと同定で盛り上がっている(基本、3人であーでもないこーでもないと言い合っているだけだが)。記事直通のリンクはこちら

私自身、特にソフトスキンについては生半可な知識しかなく、先日の記事で紹介した資料“Pojazdy ARMII KRAJOWEJ w Powstaniu Warszawskim”まかせの部分が多かったので、いろいろと勉強になる。

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浮島

●盛大に仕事が行き詰まり中。

●先週土曜日(1月26日)、逗子マリーナからの海越しの光景。

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小坪漁港に出る手前、小坪寺手前の坂上からちらりと見えた海に、伊豆大島がいつもよりやけに大きくくっきりしていると思ったのだが、よくよく見ると、島の左右端で、海と陸の合間に空が少し入り込んでいた。

程度としては小規模ではあるものの、「浮島」と呼ばれる蜃気楼(逃げ水などと同様の「下位蜃気楼」)で、気温に比べ海面のほうが温度が高い場合に起きる現象だそうな。その右手、伊豆半島の突端も若干浮いていた。

3枚目は江の島越しの富士山。なんだか大噴火を起こしているかのような雲。しばらくすると雲はつぶれて、割とどうということもない景色になっていた。

4枚目は、日本の特攻戦術の中でも恐らく最も愚劣な「伏龍」出撃用の稲村ケ崎の洞窟陣地。国道に面した内陸側の入り口はだいぶ以前に塞がれていてよく確認できない。

●京浜急行が、来年3月、(他のいくつかの駅と同時に)京急新逗子駅の駅名を「逗子・葉山駅」に変更するのだそうだ。

駅は逗子にあるのに、無理やり葉山をくっつけなくても……みたいに(逗子市民としては)一瞬思うが、葉山に最も近い鉄道のアクセスポイントであることを明らかにしたい的な理由が挙げられており、言われてみれば尤もだという気もする。

しかしそれよりも、一般に京急の駅のプラットフォームの方面案内は「**・**・** 方面」とナカグロで列記されており、その中に「逗子・葉山 方面」と書かれると、逗子と葉山という別々の駅があるように思われてしまうのでは……と、facebookでコメントされている方がいて、なるほどと思った。

なお、「新逗子(しんずし)駅」は一つ手前の「神武寺(じんむじ)駅」とまったく母音の並びが一緒なので、車内放送で聞いているとちょっと紛らわしい。その点からいえば、聞き分けやすくなっていい、とも言えるかもしれない。

●このところの日産のCM。「すべての答えは、技術で出す」「技術の日産」と、とにかく技術の一言だけを執拗に押し出しているのを見ると、「うちは技術だけなんです、その他(経営とか組織とか)はダメダメなんです、だから技術以外のことでツッコむのはやめてください」と泣きを入れているように思えてしまう。

●hn-nhさんのブログ「ミカンセーキ」で、miniartから最近発売されたケーブルドラムを出発点に、ワルシャワ蜂起のネタを不定期掲載中。「ケーブルドラム→ワルシャワ蜂起」という連想ゲームは、ワルシャワ蜂起のAFVにある程度の興味のある人ならお馴染みの鹵獲ヘッツァー「Chwat」号の写真から。

ネタ自体は昨夏以来のものだが、ここ最近の一連の記事の出発点はこちら

F1015931 そんなこんなで、じわじわと「ワルシャワ蜂起熱」が掘り起こされてしまい、そろそろMirage HOBBYのクブシュ(Kubuś)をいじり始めようか、などを思い始めた。Mirageのクブシュについての、私自身のレビュー記事はこちら。もう4年以上前か……。

実を言えば、このキットに関しては「いつかSUMICONのネタにしよう」などを思っていて、SUMICONは基本、お手付き禁止なのでそのままストックしていたもの。しかし昨年でSUMICONが(ひとまず)終了になってしまったので、後生大事にストックしている理由が減じたためでもある。

●クブシュのディテール、塗装等に関しての私自身の考証は上記記事の時点からまったく進んでいないのだが、hn-nhさんにこんな資料も紹介してもらった。

Jan Tarczyński, "KUBUŚ Pancerka Powstańczej Warszawy"

私も何冊か持っているタルチンスキ氏著の、クブシュの1冊本。「比較的最近(2000年代以降)出たクブシュの1冊本がある」ということは知っていたのだが、私が知っていたのはMirage HOBBYがキットと一緒に出しているこの本(Antoni Ekner, "Samochód pancerny Kubuś 1944"で、上記、hn-nhさん紹介とは別物。こんな(ワンオフの)車輛の1冊本が複数あるなんて、ポーランド人のクブシュ愛はスゴイな、と思う。ちなみにタルチンスキ氏の著書のほうは、2008年刊行のようだ(つまりキット発売前に出ていたことになる)。

欲しいなあ! と思う一方で、ちょっと躊躇してしまうのは、(1).エクネル版の中身紹介を見ると、当時の写真はweb上で見覚えのあるものが主、中身の結構な割合を占めていると思しき現存実車のwlkaroundもそれなりにwebで閲覧できてしまうため、(2).タルチンスキ版もページ数はそれほど多くなく、写真的にはあまり変わりない可能性があるため。

解説自体はいろいろ興味深いことが書かれていそうではあるが、たぶん両方とも全編ポーランド語。

●もう一冊、hn-nhさんに紹介してもらったのが、

Jan Tarczyński, "Pojazdy Powstańców Warszawskich 1944"

やはりヤン・タルチンスキ著で、書名は「ワルシャワ蜂起軍の車輛、1944」くらいの意味。こちらはクブシュを含め、蜂起軍が使った車輛全般を扱っているらしい。

ちなみに私はこれをよく似た本を持っていて、書名は"Pojazdy ARMII KRAJOWEJ w Powstaniu Warszawskim"(ワルシャワ蜂起における国内軍の車輛)、1994年刊。書名もよく似ているうえに、著者も同じタルチンスキ氏。ついでに出版社も同じWKŁ。もしかしたら上記は私の持っている本の改訂版だったりするんじゃなかろうか……。

20190128_181034 ●というわけで、私の、ワルシャワ蜂起におけるポーランド側車輛の知識のベースとなっている、後者の本の紹介。

確かその昔、ポーランドの模型屋(模型問屋?)であるPELTAから通販で買ったのだと思う。もうPELTAの名を聞かなくなって久しいので、なくなってしまったか、別の社名になったか、どこかに吸収されたかなのだと思う(ちなみに先日紹介したレミのバキュームフォーム・キットもPELTAから仕入れたもの)。

ハードカバーの立派な装丁……とはいっても中身は120ページしかないので、だいぶ薄い。しかも本文テキストはポーランド語。ようやく、写真キャプションだけは英訳併記なのが有り難かった。とにかくこれ以前に時は、ワルシャワ蜂起のポーランド軍車輛に触れている資料は(私の手近にあるものでは)スコードロンの「THE EASTERN FRONT」くらいしかなく、Chwatや鹵獲パンターの写真が複数枚出ていたり、その他ソフトスキンも出ていたりと、この資料は、結構感動ものだった。

とはいえ、特に模型製作のための資料としてみると、だいぶ不足があるものだったのも確か(特に今の目で見ると)。以下、中身の数カットと問題点。

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・基本、写真主体の資料ではないので、「もっとコレの写真ないの?」と思わされるネタも多い。
・写真の質が悪い。現在、webで漁れる写真と同一のカットも多いが、本来、もっと鮮明なものが、ここではボケでいたりする。
・「あの夏のメモリアル」的雰囲気の演出なのか、中身は全て(本文も写真も)セピア色のモノクローム。おかげで、質の悪い写真がますます見づらい(いや、そもそもセピア色印刷のおかげで写真の質が悪く見えるのか?)。

しかし、4枚目写真のChwatの写真の英語キャプションには、「テスト走行中の「Chwat」。装甲板に添えられた木の枝はカムフラージュ目的のものではなく、単に走行中に林に突っ込んだため」などという、「えー、そうなの?(笑)」的な話が書かれていたりして、本文が読めないのが残念。

……とりあえずそんな具合なので、hn-nhさん紹介の新資料が、もしもこれの増補改訂版だったとしても、ちょっと中身は覗いてみたい気がする。

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平成最後のシュトレン

●ウージェーヌ・イヨネスコ作の「禿の女歌手」(La Cantatrice Chauve)という不条理劇があって、以下のような柱書き(状況設定)から始まる。

シーン1。イギリスの中流家庭の屋内、イギリスの肘掛け椅子。イギリスの夕刻、イギリス人のスミス氏は、イギリスのスリッパを履いてその肘掛け椅子に腰掛け、イギリスの火に当たりながらイギリスのパイプをくゆらせ、イギリスの新聞を読んでいる。彼はイギリスのメガネをかけ、イギリスの小さな灰色の口ひげを生やしている。彼のそばにはもう一つのイギリスの肘掛け椅子があり、イギリス人のスミス夫人がイギリスの靴下を繕っている。長いイギリスの沈黙の間。そして、イギリスの時計がイギリスの17の時を打つ。

昨今、あまりに何にでも「平成最後の」という枕詞が付くので思い出した(もちろん、上の一節を暗記していたなどということはなく、先ほど調べた)。そんなわけで。

平成最後のあけましておめでとうございます。平成最後の今年もよろしくお願い申し上げます。

●例によって大晦日に川崎の実家に行き、実家で新年を迎える。

大晦日には大船近くに住んでいる息子一家とも待ち合わせ、一族郎党揃って川崎へ。昨年初夏に生まれた息子のところのチビを、母に初お目見えさせる。まだ人見知りも始まっていないので、それなりに愛想も振りまいてくれて母も喜ぶ。

私を除いては全員日帰り。息子嫁は1日にチビをつれて新幹線で実家の青森へ帰省予定。ご苦労様。

私は川崎の実家に2泊。以前は、正月(ほか年に数回)は母が(奄美大島の郷土料理)鶏飯を作ってくれていたのだが、流石に歳なので最近はなくなった。代わりに、兄が寄せ鍋だの雑煮だのを作って食べさせてくれた。マメだ……。

我が家の家族一同が帰った後、大晦日の夜は叔母と従弟夫婦が来る。1日夜は兄と、兄の息子2人と麻雀。兄のところの長男が「麻雀を覚えたい」というのでレクチャー込み。

2日はドイツ人Pが(ふだんはイギリスにいる)長女Jを連れてやってくる。奥さんと次女は風邪でダウンしている由。三女はイギリスだかドイツだかにいて帰ってきていない様子。Pと大いに話して大いに飲む。

夕方、帰るPらと一緒に実家を辞す。「いやー、久しぶりに飲んだな―」と思ったのは確かなのだが、今になってみると、最寄り駅まではP父娘と一緒に歩いたはずなのに、その記憶がない。ヤバ過ぎ。

20190102_223144 ●先日Pと会った時に約束していたのだが、その約束通り、Pから月遅れの自家製シュトレン(クリスマス菓子)を貰う。感謝。20センチほどもある大きなかたまり。ドイツの実家のオーパ(おじいちゃん=P父)お手製かな?

それなりに日持ちがするし、寝かせておくほどフルーツの味が地にしみ込んで美味しくなるので、今月一杯くらいちびちびと楽しむ予定。

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東京AFVの会2018(2)

●23日、東京AFVの会参加録の続き。

そういえば会場で司会の方が「平成最後の東京AFVの会です」と言っていた。そこをあえて2月ごろに臨時で!(誰がやるんだ)

午後のトークは、グムカの高田裕久氏。模型業界裏話。「この話は会場を一歩出たら忘れるように」とのことだったので、ここに書くわけにはいかない。

トーク内容とは関係ないが、高田さんは現在、ズリーニに入れ込んでいて、その資料本を出すそうだ。本来今年中に出す気で進めていたものの遅れ、実際の出版は来年春ごろ?

同人誌形式で出すものの、YSその他大手模型店には卸すそう。これは買い逃すわけにはいかない(個人的に)。

●1年ぶりに“ハラT”青木伸也氏に会う。相変わらず、模型(および実車考証)1割、脱線9割みたいな話を大いに楽しむ。

ケン太さんとも1年ぶり。お初のhn-nh氏とも会う。hn-nhさんについては、緻密な考証と工作から、(失礼ながら勝手な想像で)鋭く厳しい感じの方をイメージしていたのだが、実際には人あたりの柔らかい気さくな方だった。不良在庫(^^;)のエレール72「コードロン・シムーン」を進呈。代わりにブロンコのマチルダの後期型履帯を10数リンク(予備履帯用)、さらにATTACK 1:72のタトラ版アエロサン(Tatra V855)を頂く。

20181224_231835 前者は、タミヤの「ソ連軍版マチルダ」でカマボコ状センターガイドの穴が塞がっており、せめて予備履帯だけでもなんとかしたい……と言っていたことに関する救いの手。後者は「2つ入りキットで、でも2つは作らないから」とのこと。どうもありがとうございます。

昼食は、ケン太さん、hn-nhさん、hiranumaさんと青木氏、総勢5人で本多劇場前のインドカレー屋。

ちなみ青木氏はますます膨張している感じで、本人にもそう指摘したのだが、本人曰く、それは私のイメージの中にある青木氏が痩せていて、相対的に太って見えるだけであり、実際には(以前より)太っているわけではないと強硬に主張。閉会後に寄ったサニーでも「詰まって井伏鱒二の山椒魚状態になるから(特に狭い)横通路に入るな」と囃したら「回転も可能だ」と返された。いや、金子辰也さんだって「確かに危ない」って言ってたし(笑)。

いやまあ、からかってアレコレ言ったけれども、マジで食生活は改めれ。健康が心配だから。

●昼食時の、ハラT青木氏によるT-34関連話題。

T-34・ナット砲塔の「上側面一体・鍛造型」砲塔の装甲の厚みについて。「加工について考えると、実は通常の鋳造型よりかなり装甲が薄いのでは」説があるが、少なくとも、下端の縁部、および砲耳カバーの付く前面開口部に関しては、それなりに厚みが確認できる写真がある。したがって、(それだけで薄かったものがある可能性を全面的に否定はできないものの)鍛造でそれなりに厚みのある砲塔があったのは確か。

T-34.・ピロシキ砲塔溶接型で、砲塔後面が台形ならスターリングラード工場、エッジが丸く後面板が長方形ならハリコフ工場と即断するのは安直過ぎ、実際は砲塔はある程度融通があったのでは。

T-34のリアパネルのヒンジが各工場で形が違うのは、開閉の機能だけで部品を注文・調達した結果、たまたま形が違ってしまっただけはなく、実は各工場製で細部の部品にいろいろ違いがあるために、補給上識別しやすいようにあえて変えてあるのではないか。

ちなみに3番目の新仮説に関し、「しかしベルリン戦あたりで、同一部隊で183(ウラル工場)製と112(クラスナエ・ソルモヴォ工場)製が混じっている写真があるだろう」と言ったら、「そこはそれ、現場ではガンガン叩いてはめ込んじゃう訳ですワ」と言われる。いやまあ、それはそれでありそうだけれども(笑)。

●お初ではないけれども顔は覚えていなかった(失礼)めがーぬ氏とも会う。美しく筆塗りされた氏の作品に関しては前回記事参照のこと。

スキャメルとラフリーはハンブロール、BT-42はライフカラー。使用感覚など聞く。私はどちらもまだ使ったことがない……。

高野さん、サンダースさんらとも会場で少し話す。他にもSUMICON関係、JAPANミニチュアフォーラム関係、あるいはfacebookのAFV模型製作研究会関係で見知っている人が何人もいたはずだが、会場がかなり込み合っていたこともあってあえて声を掛けて回ることもせず、すれ違い状態。「かば◎のヤツ、オレに一言の挨拶もなく!」と思った方は失礼。

●ここ2年ほど、「次回の課題」の会場発表はなく、しばらく経ってからTwitterで発表されていたのだが(去年など、会場に行って初めて課題を知った)、今回は会場発表あり。次回の課題は「ソ連」だそうだ。

ソ連陸物ファンモデラーとしては、この挑戦に応えないわけには行かぬ!

などと思ったりもするが、あまりにストレートに「ソ連」などと言われると逆にヒネりようが判らない。いや、ヒネらなきゃいけないってもんじゃないけれど。

●反省点。

ケン太さんに、私の作品梱包の(毎度の)いい加減さについて厳しく指摘される(ちなみに今回は百均の取っ手付きケースに、周りに適当にティッシュを詰めて、横倒しに車輛を突っ込んで持って行った。

「壊れそうで怖い。その梱包を見るたびにケースを作ってあげたくなる」

いや、うん。ええと。善処します。ちなみに今回の梱包は、昨年持って行って詰めたままになっていたT-34を表に放り出して入れ替えただけ。T-34はそのまま机の上に乗っている。

●閉会後、ぞろぞろとサニーへ行く。

「サニーに行ったら買おうと思っていたものがあった気がするんだけれど思い出せない」と言ったら、青木氏に「前も同じことを言っていた」と指摘された。ブログを遡ったところ、確かに一昨年の記事にも同様のことが書いてあった。もしかしたらサニーに行くたびに同じことを言っているor考えているのかもしれない。年寄くさいなあ……。

上記「買おうと思っていたもの」ではないが、FTF 1:72 C4P牽引車を購入。詳細はまた改めて。

(今ふっと思ったのだが、IBGのシュコダ100mm榴弾砲が欲しかったのかもしれない。いやしかし、不良在庫を増やすだけのような気も)

●例年、東京AFVの会の後は青木氏と、サニーの後は四谷仙波堂にハシゴし、その後、適当に夕食&酒をして別れるというスケジュールだったのだが、今年は「家族サービスの予定を入れていない」というケン太さんと、さらにめがーぬさんも誘って軽く飲むことに。

青木氏のリクエストもあり、九段下の「おかってや」を目指したのだが、なんと閉まっていた。ネットで調べると定休日とある(最初に調べろよって感じ)。しかし、以前にAFVの会の後(当然日曜日)に、青木氏と行って飲んだことがあるんだよなあ。

いきなりハシゴを外されてしまった感があって途方に暮れるが、結局、神保町すずらん通りの中華料理屋で夕食&飲み。その後4人で秋葉原まで歩き、マクドナルドでコーヒーを飲んで駄弁って解散。

青木氏とお馬鹿な話をしていると、ケン太さんに「双方突っ込まないまま、互いにボケ倒すだけで話が進んでいく」と大いに呆れられる。多くは語らなかったが、めがーぬさんも呆れていたと思う。み……見捨てないで……。

●当日の話のネタの補遺。

・ドイツ戦車の履帯を履いた鹵獲T-34について。

「II号戦車D型の履帯を履いてる」と私が言ったのは、Mark IV巡航戦車の鹵獲仕様と混同したもので、もう一度画像(動画)を見てみたら、明らかにもっと幅広のものを履いていた。

上記動画はドイツ軍の対戦車戦闘の教材用フィルムの断片だが、1分36秒あたりから件のT-34が登場する。サイト「Beutepanzer」にも同一車輛が出ていて、それによれば、II/zBV-66所属車で、使用されている履帯はI号F型/II号J型用(この2種って同じ履帯なの?)だそうだ。

履帯のピッチが細かく、起動輪は通常の歯車形式でガタ付きも少なそうなので、元より乗り心地はよくなっていそうだ。

・「ラフリーW15 TCC」の1:35キットについて。

めがーぬさんが72で作った「ラフリーW15 TCC」(ラフリーの47mm砲搭載自走砲)に関して、会場で「35の新キットが出るんですよ」という話を(めがーぬさんに)したのだが、実際には、BLITZ(というメーカー)が以前に出したものを再版する、という話だった。最近ARMORAMAの新製品情報ページでチラ見して、早とちりして覚えていたもの。

ちなみにめがーぬさんとは、「どこかのメーカーで、前にレジンキットが一度出てましたよね」という話もしたのだが、調べてみたところ、AL-Byから。ほか、DESから1:48でも出ていた模様。

・ポーランド、レミ(REMI)社のバキューム・ストラクチャーについて。

4人で移動中、レミのバキュームキットの話に。青木氏は(なぜか)風車小屋のキットを持っているそうだ(ちなみに私は、その風車小屋も、そして水車小屋も持っている)。

20181224_013507 東欧で共産政権が倒れて雨後の筍のようにわらわら小メーカーが出現し、一方で円も高かったころ、レミのバキュームは通販だと二束三文で買えたので、かなり多種を買い、今でもそこそこストックがある。……ほぼジオラマなんて作らないのに、どうするんだ。

そして話に出した、私の同社キット唯一の完成品「泉」というのはこれ。下に敷いてあるカッティングマットのマス目は5cm。

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東京AFVの会2018(1)

●23日日曜日。下北沢の「北沢タウンホール」で開催の「東京AFVの会」に出掛ける。

当「かばぶ」を遡って見てみたら、2014年末に久しぶりに参加して以降は5年連続で参加しているので、すっかり年末恒例行事と化している感あり。

朝、家を出て駅までの真ん中あたりまで歩いたところで財布を忘れて出てきたことに気付き、家に戻って「サザエさんか」と嗤われるなどのアクシデント(というより単なる迂闊)もあったものの、開場時間にそれほど遅れることなく到着。それでも、貰った作品カードの番号は確か137番だったから、出品作品の総数は200は超えていたのではないかと思う。

来場者も多く、昼前後になると作品展示テーブルの周りはすれ違うのも苦労するほど。

展示作品の写真は漫然と撮っただけで、数的にもジャンルのバランス的にも不足かつ適当で、しかも改めて見直すと、私自身が見て気になった作品、気に入った作品もだいぶ撮り忘れている。まあ、混んでいるし、見ているだけで結構「お腹いっぱい」になってしまって、どうしても写真はおざなりになるんだよな……(←言い訳)。

●というわけで、以下、なんとか写真を撮った出品作のうち、著しくピンボケでなかったものをランダムに。

▼まずはジオラマ部門から。

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1枚目はSUMICONでご一緒した高野さんの作品で、今回、大賞を受賞。SUMICON完成報告時よりもジオラマとしてさらに進化していた。手前に伏せさせられている現地の人々は、各社立ち姿のフィギュアを改造したものである由。3枚目のサン・シャモンが主役のジオラマは、シチュエーション的にちょっと珍しいロシア革命の内戦時。

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ちょっとピンボケで申し訳ないが、(個人的にも)かなり懐かしいマッチボックスのB1bis&FTを、キット付属のベースに載せた「ストレート・フロム・ボックス」仕様で鮮やかに仕上げたものが出品されていた。4枚目の朝鮮戦争の1シーンは、朽ちたGAZのシートのスプリングが凝っている。

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2枚のフィンランド軍ジオラマは、写真で見ると大きく見えるが、2つとも1:72。素敵。作者と少しお話したが、フィンランド軍保有のT-28E(増加装甲付きT-28)の増加装甲は、本国ソ連の標準仕様と形状に差があり、本国版に倣ってフィンランドで独自改修した可能性が高い由。……えっ、そうだったの?

その下のドイツ国内市街戦のシーンは、表の「市電を踏み潰すJS」に加え、手前下段に「地下水道に身を潜める避難民&ドイツ軍残党」の2段構成。実は最初のうち気付かなかった。

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hn-nhさんのプラハ蜂起の即製自走砲2景。web上で見て感じていたより、さらに迷彩塗装が「ふわっ」とした感じで美しかった。後出のロレーヌ自走砲もそうだが、オープントップの装甲板から内部機構も含め見るからに繊細で、絶対に作者以外は触れちゃイカン的。

3枚目は個人的にかなり気に入った、北アフリカへの戦車移送シーンの(特に縦方向に)大きなジオラマ。いろいろと「ええっ!?」というポイントがあって、クレーンの吊り下げワイヤが途中で切れているにもかかわらず(戦車自体は舷側から支えている)結構リアルだったり、普通は黒塗りの板で表現して終わりそうな裏側(船の内側)が作り込んであったり。最大の特徴は(実はそれも他人に言われてようやく気付いたが)、強い日差しで出来た車輛等の影が、全部塗装表現されていること。その手の塗装は、実際の証明による影とダブってしまって不自然に見えるのではという先入観があったが、照明の陰よりもコントラストが強く、きちんと効果が上がっていた、と思う。

▼単品、ガレージキット、スクラッチ部門。

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hn-nhさんの新作ロレーヌ。(ロレーヌのキットは3社のものをストックしているので当然判っているはずにもかかわらず)第一印象は、「わ、小さい」。戦闘室後部に置かれた「夜間飛行」のミニチュア本をしげしげと観察するのを忘れた。というよりも、そもそも老眼鏡を掛けていないとその辺は無理(一方、老眼鏡を掛けていると歩き回る際は、遠近感が狂ってちょっと危ない)。あ、SUMICON完成報告時よりも誘導輪が上がってる!

駆逐戦車マレシャルはスクラッチ作品。頭の中でボンヤリとイメージしていたよりもさらに小さかった。足回りはアエロプラストかな? 会場で誰かから「足回りも自作だって」と聞いて、後から再確認しようと思っていて忘れた。

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ケン太さんのエイブラムスは今回SUMICONでリタイアで終わったものの完遂版。現用には詳しくないが、ハリネズミのような砲塔上部の機銃群、屋根瓦風補助装甲など、いかにも現代市街戦対応な感じ。ケン太さんらしい作り込みが映えている。

次の3枚はめがーぬさんのスキャメル、BT-42、ラフリー自走砲。筆塗りの迷彩は、写真で見て思っていたよりさらに表面に粗さがなく綺麗な気がした。奥まったところに固めて置いてあって、あまりじっくり見られなかったのがちょっと残念(ラフリーは撤収前に目の前で見たけれど)。

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青木センセの新作M3スチュアート。「スターリネッツ」の文字はドラゴンのT-34かどこからかパクッてきたそうだ。「新キットをサクッと作る」のはいいなあ……。って、私自身、RODENのホルトを買った時にはそうしようと思っていたのだった。

2枚目は「戦車大好き」さんのPT-76B。この国籍マークってどこだっけ(と思ったが、北ベトナム軍のようだ)。車輛についてもキットに付いても詳しくないが、イースタン製品をここまでの状態に仕上げるというのを想像しただけで何となくゾクッとする。

次の2枚はhiranumaさんの作品。アランのBA-20とイタレリI号B。ミゼット/釣り/スイカのジオラマも出展されていたのだが、撮り忘れた。I号戦車はピンボケ失礼。イタレリのI号B、あるいはI号指揮戦車は、いずれ挑戦したいテーマだが、hiranumaさんの「尖頭ボルト自作植え」は到底私の工作力の及ぶところではない。

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zhukovさんのT-72系ほか3枚。相変わらずソ連・ロシア現用の各形式の見分けは付かないが、補助装甲類をこれでもかと貼り付けたハリネズミ的姿には惹かれている。

4枚目はロシア製レジンキット(たぶん)の自走舟艇とトラクター。アイテム的にも民生用と思われる派手な塗装にも、個人的にかなり惹かれた作品。ピンボケ失礼。

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上段2枚は、前回は未塗装の白い状態で出品されていたパッヘルベルさんの10.5cmカノン砲K-17。今年は塗装されてベースとフィギュアも付いて登場。下段はリベットさんのインデペンダントとT1。確か前者がレジンキットで後者はスクラッチ。

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クルセーダー・ベース?の17ポンド砲牽引車。ちらりと移っているのは巨大スケールのミサイルランチャーの足回り(現用に疎いので形式名を忘れた)。メルカバの地雷処理車、ティーガーの中期型。

4枚目のミニスケールはパンツ化―グラウ縛りの(おおよそ)初期のドイツAFV群(オーバーラップ転輪の新型II号等もちょっと混じっている)。全体的に写真が黒っぽくディテールが不明になってしまって失礼。キットはS-modelやIBGのThe WORLD at WARなどさまざま。基本72だが、I号戦車はフジミの76である由。作者と「フジミのI号は傑作ですよね!」と意気投合する。

▼課題、フィギュア、なつかし部門。

今回の課題は「ハーフトラック」。私のホルト75もこの部門で出品した(会場での自作品は撮らなかった。というか撮り忘れた)。

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課題コーナーで出品されていたが、懐かし部門でも(ジオラマ部門でも)そのまま通用する、中尾さんのモノグラム製ハーフトラック2作。モノグラムのAFVは全部1:32なのかと思っていたら、中尾さん曰く、ハーフトラック(およびパットン?)は1:35なのだそうだ。実際、近くに展示されていた他社の1:35のM3ハーフトラックと比べても、大きさに差は感じられなかった。

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作者のお名前は控えてこなかったが、同一作者による課題作コーナーの作品数点。イーゼル風の作品札や、外したボンネット側板を「机」に置いた演出がオシャレ。

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課題コーナーの37mm機関砲搭載5tハーフ。トラペのキットで、とんでもなく組みづらかったという説明がついていた。柴田和久氏のパンターとヤクパンは「懐かし部門」に出品されたニチモ製。次も懐かし部門のタミヤ製ダイムラー・スカウトカー。最後の一枚はフィギュア部門から。この部門もそれなりの数が出品されていたのだが、相変わらず力尽きて全然撮っていない。

最後に、入賞作品の集合写真を。

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●私のホルト75は、前日にちょっと塗装を追加した。

ラジエーターからのナナメ支柱で塗装の剥げている部分をタッチアップし、排気管や履帯にパステルでさび色を追加。接地面への銀のドライブラシや鉛筆磨き、さらにウェザリングマスターのホコリ汚れも改めて少し重ねた。

チッピングもそれなりに追加しようと思ったのだが、こわごわ始めてみたもののあまりうまく行かず早々に諦めた。

20181224_111537 何しろ2018年発売の新キットでもあり、一方でマイナー車輛なので実車に関してもキットに関してもあまり浸透しておらず、そのまま出すと「ふーん、珍しい車輛だね」「なるほど、そういうキットなんだね」で終わってしまいそうな気がしたので、あざとく工作中のポイントの写真を数点まとめて1枚の紙に印刷、作品に添えて展示した。

そのあざとさが功を奏し?、課題部門で第一位を頂いた。私の作品に票を入れてくれた皆さん、本当にどうもありがとうございます。2014年の東京AFVの会でも、ポーランド軍用ソクウ・サイドカー(Sokół 1000/CWS M111)でガレージキット部門3位を頂いているのだが、その時は、確かガレージキット部門の出品自体が5つくらいしかなかった。その点、今回はそれなりの数から選んでいただいていて、結構ウレシイ。

長くなったので、当日の「交遊録」等については改めて。

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「ポテ」か「ポテーズ」か

●ブレゲー27のついでに、戦間期フランス機(とそのキット)について少々。

そもそも戦間期の機体などというものは、軍用機の場合は実戦での活躍もなく、民間機やレース機などでも、当時の記録飛行などに対して現代ではあまり知られていないことも多く、キット的には恵まれていないのが普通。

しかし、ことフランス機に関しては、かつて、エレール(Heller)が自国フランスの誇りに掛けて(?)、かなりの種類を出している(加えて、今ではAzurもある)。エレールのキットはパネルラインが基本凸筋だったり、布目表現がオーバーだったり、全体的にモールドが手彫り感あふれていたりと、今の目で見ると多少古さも感じるものの、基本、実機への思い入れも感じる好キットが多い。

1940年戦役当時の新型機(ドヴォアチンD520やポテーズ631、63-11、リオレオリヴィエLeO45など)のキットが(おそらくそちらの方が相対的に有名機なので)発売時期が古く、さすがにちょっとつらい出来なのに比べ、マイナーな戦間機はエレールの技術がそれなりに上がってからのキットが多いことも、その理由となっている。

もともと戦車モデラーだった私が、第一次大戦機以外の飛行機にも入れ込むようになったのは、大学の時に作ったエレールのPZL P.11cからなので(それもどうなのか、という選択だが)、エレールというメーカーにはそれなりに愛着があり、同社のフランス機(戦間期~大戦)のキットは、古い黄箱や黑箱、再版の白箱、チェコのスムニェル(SMĚR)版等取り混ぜて、かなり持っている。

――そのくせ、ほとんど完成させることもなく死蔵されているのはお恥ずかしい限り。

戦間期のフランス機は、どうも何と言うか、「空飛ぶ軽トラ」というか「空飛ぶオート三輪」といいったデザインのものが多い(実用一点張り、という意味ではなく、「空を飛ぶ機械としてその形はいかがなものか」という意味で)。1940年時の主力戦闘機であったモラン・ソルニエMS406もそうだが、少なくともあれを格好いいと思う人は、世の中、あまりいないと思う(ヒネたモデラー的には「ブサ格好いい」と思うが)。少なくとも、その辺の機体を見ている限り、「フランス人のファッションセンス」というものは、実はだいぶ怪しいのでは、と思えてくる。

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上3つは、たまたまストック棚の表層近くにあってすぐに取り出せたもので、どちらかといえば普通にそれなりに格好いい系になってしまった。「うわ、格好悪い」系だと、アミオの角ばった双発爆撃機とかを出したかったところ。

1つ目は、第一次大戦末のモラン・ソルニエA1に連なるパラソル翼戦闘機、モラン・ソルニエMS225.。2つ目は前回の話の中にも出てきたニューポール・ドラージュの一葉半(セスキプラン)戦闘機、NiD42系のNiD622。3つ目のキットは、hn-nhさんのところでも話題になった、サンテグジュペリも乗っていた(そして不時着させた)コードロン・シムーン。

ちなみにサンテグジュペリを、日本では「サン=テグジュペリ」と書くことが多いが、実際の綴りは「Saint-Exupéry」(サン(ト)・エグジュペリ)であり、t音はリエゾンで現れているわけなので、「サン」と切り離して「テグジュペリ」と書くのはちょっと抵抗がある(個人的にそう感じるだけで、サン=テグジュペリと書くのはおかしいよ!と主張するつもりは全くない)。

ところで、箱を開けたらシムーンが2機入っていて、しかも他にもストックがあるようなので、hn-nhさん、一機貰ってくれません?

●さて、表題の話。

フランス語は、英語や日本語のローマ字の感覚で言うと綴りに対して「変な読み方」をすることが多いが、実際には英語よりも規則性は高い(と思う)。単語末の子音は読まない、aiは「エ」、ouは「ウ」、auは「オ」、oiは「ワ」、inは「アン」と読むことなどを覚えていると、なんとなくフランス語らしい、くらいの読みにはなる。

とはいっても、特に単語末の子音に関しては固有名詞では変則読みも多く、飛行機(のメーカー)名でも迷うことがある。

その一つが、戦間期にそれなりに多くの機体を製造した「Potez」で、日本語の資料だと、「ポテ」だったり「ポテーズ」だったり、中には「ポテツ」と書いてあるものもある。日本語版wikipediaの記述でもそのへんが揺れていて、現2018年12月中旬時点で立項されている記事だと、航空機メーカーは「ポテ」、個別機種は、「ポテーズ 25」「ポテ 630」「ポテ 63.11」「ポテ 75」となっている。

ここだけ見ると「ポテ」が多数派だが、英語版wikipediaの「Potez」の項を見ると、名称に [pɔtɛz] の発音記号を添えている。また、外国語の発音に関しては個人的に非常にお世話になっているサイト、「発音ガイドFORVO」には、「potez」単体でのフランス語での登録はないものの、人名らしい「Louis Potez」が出ていて、明らかに「(ルイ・)ポテーズ」と発音している。どうやら「ポテーズ」が正解らしい。単純に「potez」だけだと、クロアチア語での登録が2件ある。もしかしたら創業者のアンリ・ポテーズは元をたどるとクロアチア系だったりするのかもしれない(フランス語版wikipediaにも、そんなような記述はないので、まるっきり想像だが)。

同じくフランスの航空機メーカーだと、「Bloch」も日本語表記が「ブロッシュ」だったり「ブロック」だったりしてややこしい。これも創業者(Marcel Bloch)の名前なのだが、ユダヤ系で、どうも「ブロック」と読むのが正しいらしい。創業者自身が、戦後、(兄のレジスタンス時代の変名を貰って)マルセル・ダッソーと改名、メーカー名もダッソーになった。

このへんは、フランス人だと(慣れで)何と読むかパッと判ったりするんだろうか? 綴りで読みが規則的に導き出せないなんて不便じゃないんだろうか――などと思ったのだが、考えてみれば、日本語の名前なんて、字を見ただけでは読めないものがあふれかえっているのだった(そのぶん、日本語は「フリガナを振る」こともよくあるが)。

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TACAMキターーーー!

●アナウンスはしばらく前にあったので発売されるのは知っていたが、とうとうメーカーのサイトで近日発売と発表された。

miniartのTACAM T-60、キターーーー!

miniartのT-60シリーズが開始された直後は、まさかここまで同社が手を伸ばしてくるとは思わす、「TACAMのためにT-60を買おうか」なんて思ったりもしたのだが……。うむ。これは何としても買おう。

骨までしゃぶりつくすようなバリエーション展開をしてくる同社のことなので、緩衝ゴム内蔵転輪にフレームアンテナ付きのTACAM T-60もそのうち出して来たりして……。

ちなみに、キットの塗装指示図3例のうち1つは連合国側に付いてからの星のマーク。そうやらキットでは「白丸に赤星」のデカールを付けてくるようだが、実際には、このマークは「白丸の星ヌキ」で、星の部分は下地の基本塗装のカーキらしい。ここ最近になってまた新説が出てきたのでなければ、だが。

●そういえばフユイチゴ(この寒い季節に熟す変なキイチゴ)の時季だなと思い、池子弾薬庫跡地と鎌倉との市境の尾根道を久々に歩く。

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真っ赤な色だけ見ると、オレンジ色のカジイチゴやモミジイチゴよりも甘そうだが、実際には、いくつか食べると額に汗がにじんでくるほど酸っぱい。一応甘みもあり、爽やかな酸っぱさなのでそれなりに美味しいが、量が採れるならむしろジャムか何かにしたほうが美味いかも。

●午後遅めに行ったので、先日の三浦富士での「山道でどんどん暗くなって大焦り」の反省に立ち、十二所果樹園までは行かずにもっと手前の光触寺に降りる。

こちらはハイキングコースから外れた踏み分け道程度のものなので、途中でちょっと迷いそうになったり、倒木に道を塞がれていて焦ったり、「横須賀軍港境域標」を再確認したり。いや、前回もちょっと迷ったんだった。あんまり経験生かせてないな……。

なお、下の写真はそれなりに明るく写っているが、これはスマホの自動修正の結果で、この時はもうすでに4時を過ぎて薄暗くなりかけていた。

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●我が家のチビ(小学3年生)が自分で作った小さなテディベア。

最近の子供はナイフも針も使えない、なんてことがよく言われるが、少なくともウチは、その辺だけは心配ない。常に何か作っているし。

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季節労働の終わりと砲台山再訪

●毎年秋は、とある年刊のムックの制作に携わるためしっちゃかめっちゃかになるのだが、特に今年は(スタートが遅かったこともあって)泥沼化。11月に入って当「かばぶ」の更新がまったくストップしていたのもそれが理由なのだが、とりあえず、それも1週間ほど前にすっかり終わった。もう何があっても知らん。

そんなこんなで、先月にはほぼ組立が終わっていたホルト75トラクターも放置状態。はっと気づけば、SUMICONの終了まで1週間を切ってしまった。……この週末のうちに色を塗り始めよう。間に合うかなあ。

●一応、健康上の理由により毎日ある程度は歩くようにしているのだが、上記のように「大物」が片付いたので(実を言えば、その分しわ寄せを食った別の仕事が押しているのだが)、久しぶりに“がっつり”歩く。

先週日曜日(18日)は家から歩き始めて鎌倉旧市街を横切り、極楽寺から尾根に上って鎌倉山に抜け、藤沢市境直前の手広まで。その後また歩いて鎌倉駅前まで戻ってバスに乗って帰宅。

散歩途中、大町の「アルモリック」で、カヌレをとうとう購入。これまで、行くたびに「売り切れ」「夏の間はやっていません」「定休日」等々で買えなかったもの。さらに長谷の「なみへい」で焼きピロシキを購入。これまた夏の間はやっていなくて試しそびれていたもの。昼食(の一部)およびそのデザートとして食べた。

アルモリックのカヌレは表面がカリッとほろ苦甘く、中はトロモチな食感で美味し。なみへいの焼きピロシキは、餡がなんとなくインド料理っぽい香辛料の配合の感じがしたが、味それ自体は私好みでこれも美味かった。

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ついでに、鎌倉市内で未見の数基の丸ポストのうちの2基に新たに会って写真を撮ることができた。1基目は鎌倉山ロータリーのもの。桜の木の下にあるので、春には見栄えがしそう。

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2基目は手広の、鎌倉消防署深沢出張所斜め向かい。

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日が暮れて鎌倉駅まで戻る途中、常盤あたりの某キリスト教系幼稚園の前にあるのを見掛けた彫像。

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なんだか、天使が崖っぷちにいる子供にそーっと近寄って突き落とそうとしているように見えるんですが……(バチあたりな奴)。

●24日土曜日。逗子から自衛隊の武山駐屯地のあたりまでバスに乗り、武山-砲台山-三浦富士の三浦半島横断ルートを歩く。

昨年8月に歩いたルートをほぼ逆にたどったもの。登り始める前、一騎塚交差点近くで、出掛ける前にGoogleマップを見ていて所在を知った「永野プラモデル店」に寄ったが、結局何も買わず。申し訳無し。

武山山頂の不動院を経て、砲台山へ。前回行ったのは真夏で下草も多く、hn-nhさんに「調査なら冬にやれ」と笑われたため、捲土重来。いや確かに仰る通りです。とりあえず、全景に関しては前回を見て頂くとして、今回は、改めて撮った細部等を少々。

まずは、前回は草に覆われていてクローズアップが撮れなかった、兵員詰め所?と思われる大きな窪み部分。

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出入口の階段から、反時計回り方向に、砲弾仮置き場の壁龕一つを隔てて存在しているのは披露山(小坪高角砲台)と同一。ただし、窪みの手前の広い部分左右壁は上部まで表面が綺麗で、もともと(少なくともこの部分には)天井がなかったのが判る。これは披露山の砲台との大きな違い。

また、手前の広い部分の突き当り壁には鉄骨が飛び出ているので、当初はもうちょっと複雑な形状をしていたようだ。

奧の狭まった部分は、元々は天井があったらしい。現在は積もった土砂(その下には崩れた天井のコンクリートもあるかも)で見えづらいが、左右は奥行きがあり、全体ではそれなりの広さの小部屋になっている(それでも4,5人が入れば一杯なのでは、という感じだが、もしかしたら半分埋まっているのでそう見えるだけで、もっと広いのかもしれない)。

狭まった部分の(向かって)右側は壁の崩れた痕跡があるので、この小部屋の入り口は本来はもっと狭かったようだ。

hn-nhさんに教えて貰った「 大津島高角砲台遺構」の記事にある写真では、この詰め所?入り口部分は天井がなく、披露山よりもこちらの仕様に近そう。

ほか、細部写真をランダムに。

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1枚目:中央の砲架跡部脇にある、何かの機器の取付部。前回も撮ったが、今度は大きさを見るために手を添えて撮ってみた。

2枚目:中央の砲架跡の穴周囲は、軽く段付きの二重縁になっている。この段に金属製の台座がはまっていたのか?

3枚目:とりあえず地面上に出ているコンクリート製砲座外周の厚み。

4枚目:出入口の階段。その向こうに詰め所?跡がある。

5,6枚目:改めて、仮弾薬置き場の壁龕。5枚目で奥の壁の上部がボヤッと光っているのは心霊現象ではなく、写真を撮るときにも見えたので、何かに反射してきた西日らしい。

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若干引きの全景っぽいものもいくつか。しっかり全景で撮っていないのは、この時、写っていない端で、数人の方が木にロープを引っ掛けて、何かの作業か訓練かをしていたため。

なお、砲台がある山頂へは、資材搬入用に拓かれたらしい、一応自動車も通れる道が渦巻き状に斜面を上がっていくのだが、山頂手前でショートカットの細道が分かれている。前回来た時には気付かなかったので、夏は藪に埋もれてしまうのかも。

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左が渦巻き状にゆるやかに上がっていく本道、右が近道で、これを通ると上の砲台の裏側――というか、上の砲台からさらに奥の藪に分け入る道の途中に出る。

よく参照させてもらっているサイト「東京湾要塞」の砲台山のページによれば、実際にはこの山頂には(披露山同様に)砲座が3つ作られていたらしく、上写真のものは中央の一基。もう一つ(本道から上がってきた時の手前側)は海上保安庁の通信施設の下になって現存せず(あるいは埋められているだけかもしれないが)。さらにもう一つは、上の砲台の奥の藪の中に、こちらはかろうじて現存している。

前回は藪も深くて確認しなかったが、今回は(先の細道のおかげで奥に小道が続いているのもわかったので)、どんな状態になっているのか覗いてみた。

小道を突き当りまで歩いてみたが、足元に何カ所かコンクリートの角が顔を出している(下写真3枚目)ほか、それらしいものがない……と思ったのだが、脇の藪の暗がりを覗き込んでみたら、コンクリートのすり鉢の一部が確認できた。

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1枚目の写真は藪の上からの写真で、藪がゆるやかに窪んでいるのが、ほぼすり鉢状の構築物の形状をなぞっている。2、4、5枚目はちらりと覗くコンクリート製構築物の一部。藪と落ち葉等に隠れてよく見えないが、入口階段か詰め所?部分の角のようだ。足元もよく確認できないので、不用意に近づくといきなり穴に落ちそうで怖い。全体をはっきり確認するには、徹底的に草刈りするか山焼きをするしかない感じ。この季節でこんな具合なので、夏季にはほとんど確認できない可能性も高い。

オマケ。前回よりちょっと明るい状態で撮った、アプローチの本道脇にある、計算所施設の台座。

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●砲台山からなるべく早く降りるルートを辿ればよかったのだが、欲をかいて(当初予定通り)三浦富士まで尾根伝いに歩いたら、三浦富士の頂上でちょうど日没を迎えてしまった。

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YRP野比駅方面に降りたが、急勾配の山道がどんどん暗くなり、足元も見えなくなってきて大いに焦った。前回と同じく昼食後すぐに出掛けたのになぜ……と思ったが、考えてみれば前回は真夏で日が長かったのだから、余裕があって当たり前。迂闊。ここが戦場なら即死。

●話は前後するが、23日金曜日、祝日だが仕事で新宿。ミーティング相手の1人であるポーランド人は、先日、母国の田舎の村で農業をしていたお兄さんが亡くなり、その整理のために一時帰国していたのだが、「トラクターが処分できなくてまだ倉庫に残っている」由。「それって、もしかしてウルスス(URSUS)ですか?」と聞いたら、「そう! ウルスス! なんでそんなの知ってるの!?」と大いに驚かれた。

……オタク知識の発露。でもさすがに「ウルススA型トラックが」とか「wz.29装甲車が」というような話はしない。

●逗子銀座商店街にある古いおもちゃ屋、「のんきや」さんが来年早々にもついに閉店だそうだ。もともと、逗子に引っ越してきた当初は逗子銀座商店街裏に住んでいて、「のんきや」さんとはご近所付き合いもあったので残念。

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