かば◎の迂闊な日々

大宮公園ぶた公園

●前回、東武アーバンパークライン(略してあーぱー線)で、埼玉県の大宮公園に言及したついでの話。

食事中に口の横などにご飯粒(あるいは他の食べ物の欠片)が付いてしまったのを見て、

「おべんと付けて~どこ行くの~」

と節をつけて囃すのは、日本人なら誰でもとは言わないが、(地区や年代にもよるかもしれないが)それなりに広まっている俗習なのではないかと思う。私自身の子どもの頃からの標準で言うと、この囃し言葉は上のフレーズだけで完結している。しかし、かみさんの場合は違っていて、

「おべんと付けて~どこ行くの~、大宮公園、ぶた公園」

と、続きがあるのだ。別にかみさんの創作ではなく、子供の頃からそう歌ってきた(あるいは聞かされてきた)そうだ。以来、いったいこれはどこの習慣なんだろう、(かみさんの出身地である)千葉県北西部限定なのか? あるいはかみさんの家限定なのか? などと、結構長い間、頭の片隅に引っかかっている(物心ついて以来ほぼ神奈川在住で、埼玉にほとんど縁がない私が「大宮公園」という名前を知っていたのもそれによる)。今回、改めて検索してみて、若干知見が広がった。

  • 「おべんと付けてどこ行くの」に続けて「大宮公園ぶた公園」と歌うのは、別にかみさんの実家限定ではなく、実際にそういう言葉で歌ってきたという人の例が複数ヒットした。
  • 地域的には、千葉県北西部限定ではなく、どうやら、埼玉県(南部?)で、「大宮公園ぶた公園」派がそれなりに存在しているらしい。というわけで、別に千葉県民が埼玉県を揶揄して歌っているわけではなく、むしろお膝元の大宮方面から東武野田線経由で、かみさんの実家方面に伝播した可能性のほうが高そう。
  • バリエーションとして、「大宮公園ひとまわり」というものもあるらしい(こちらも複数ヒットした)。どちらが元なのかは判らないが、子供に品のない囃し言葉を歌ってほしくなくて改変したものが別途広まったのでは、と勝手に想像。
  • 一方で、群馬・栃木あたりまでにかけて、「丸山公園ぶた公園」「花山公園ぶた公園」「前橋公園ぶた公園」「森林公園ぶた公園」などの、それぞれ近隣の公園名が入っているらしいバージョンもあることが判明。
  • さらには、「おべんと付けて~どこ行くの~、丸山公園ぶた公園、オリがないから逃げちゃった~」など、その先がある例もあるようだ(mixiの群馬関係のコミュにあったのを検索で発見)。

これらから思うに、どうやら、北関東一円に、「おべんと付けて」行く先に関し、「ぶた公園文化圏」的なものがあるようだ。

ちなみに、他地域の例として、公園関係ではない別の歌詞もいろいろあるようだ。興味深い。

●春も後半になってくると、キイチゴの仲間があちこちで実を付けはじめる。というわけで、近所の某所にて、カジイチゴを初収穫。

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まだまだ熟していない実も多く、しばらく楽しめそう。

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アーバンパーク

●平成から令和になって、なんだかんだボンヤリしているうちに、もう半月近く経ってしまった。

考えてみれば、平成という元号も馴染んだのか馴染まなかったのかよく判らないうちに過ぎ去ってしまった感じ(もちろん、あくまで個人的に)。

なお、元号というのはある種の文化・伝統として残っているのはいいが、使用を強制されるのは御免被りたい。しばらく前に市役所で、何かの申請書類で年の欄に西暦で書き込んだら、「こういう正式な申請書類には元号を使って書くのが常識でしょう!」と窓口のおばちゃんに頭ごなしに言われて非常にむっとした。その時は特段言い返しもせずに書き直したのだが、今でも何だかモヤモヤする。

そのタイミングのテレビがやたら能天気な祝賀ムード一辺倒だったのも何だかモヤモヤする。

●抱えている仕事が一息ついたこともあって、薄らボンヤリとGWを過ごす。休みの最初に息子一家が泊りで遊びに来て、5月に入って3日は川崎の実家に行き、兄とドイツ人Pと大いに飲む。令和最初の飲み会。

翌4日、久しぶりにガッツリ歩きたいと思い、初めて葉山の風早橋から、いわゆる「三浦アルプス」を通って三浦半島横断をしようと思ったのだが、出発した時はいい天気だったのに、仙元山を過ぎ、その先のピークを1,2越えたあたりで突然の雷雨。しばらく木の下で雨宿りして(さすがにピークでは雷が怖いのでちょっと下った尾根で。しかし結構濡れた)、小降りになったところで、早々に脇道にそれて下山(結局また葉山側に)。降りた頃にはやんでいたが、逗子駅前まで戻ったあたりでまた激しく降られた。

20190505_2300165日の晩、自室にオオゲジが出る。我が家では、ムカデ(トビズムカデ)は毎年必ず数回は侵入するが、オオゲジはちょっと久しぶりで、何しろ存在感が大きいのでぎょっとした。ムカデと違って積極的に咬むこともしないが、好んで同居したいども(決して)思えないので窓から退去していただいた。写真は外に追い出した後、サッシのガラス戸と網戸の間にいるオオゲジ。その数日後だったと思うが、自宅近くの夜道で、トビズムカデの、これまた久しぶりに十センチ超えクラスの大物を見かけた。家に入ってこないことを切に願う。

6日には久しぶりに千葉の野田のかみさんの実家に行き、義母に会う。なお、その際に久々に乗ったが、「東武野田線」が、いつの間にか「東武アーバンパークライン」という、オシャレハズカシイ(というより若干痛々しい)名前に変わっていた。先ほど調べたら、この名前が付いたのはもう5年も前だった。ずいぶん長いこと、野田に行ってなかったんだなあ……。なお正確には、野田線の名前がなくなったわけではなく、「アーバンパークライン」は野田線の愛称という位置付けだそうだ。とはいえ、乗換駅での案内などは全て「アーバンパークライン」になっている。

東武本線(東武伊勢崎線)の浅草/押上から東武動物公園までの区間も「東武スカイツリーライン」になっているようだが(2012年からだそうなので、もっと古い)、そちらは実際にスカイツリーの根元を走っているので(個人的に)許容範囲。しかし「アーバンパークライン」のほうは、どこがどうして「アーバン」で「パーク」なのか謎。少なくとも「船橋がアーバンで大宮がパーク」とかではない気がする(大宮には埼玉県営の大宮公園というそれなりに大きな公園があるそうだが)。

●母の介護保険の更新に伴う担当者の訪問があったので、12日-13日と泊りがけで実家。ちょうど兄がシフト明けだったので、12日の晩は兄が料理を作ってくれて2人でビールを飲む(このスケジュールなら担当者の訪問も兄に任せても良かったのだが、一応、更新の申請なども私がやったのでそのついでで)。

朝、散歩に出たら、向丘南原近くの道路沿いの中古車屋?の駐車場に、大戦型のジープが置いてあるのに気付いた。柵越しなので、限られた方向から一部しか撮れなかったのだが、それでも何かの足しになるかもしれないので、写真を上げておきたい。なお、何年も前に、池袋・東武百貨店のタミヤ・モデラーズギャラリーで撮ったフォードGPWの写真はこちら

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後面パネルのロゴは確認できないので、ウィリスMBなのか、フォードGPWなのか、はたまたオチキスM201なのかよくわからない……と思ったのだが(どこかに埋まっている資料「JEEP JEEP JEEP」を見れば少しは判るが)、3者の識別に関して、検索したらそのものズバリのページが見つかった。フロントグリル直後に見える最前部クロスメンバー上面が平たいこと、ボンネットの蝶番の噛み合わせが11のように見えることから、(キメラでないとしたら)フォードGPWのようだ。それぞれ該当部分の拡大も添えておく。

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破損か変形を補修したらしい斜め支柱付きのフロントウィンドウ下部、何か装備を追加した跡らしいバンパー前面の複数の小穴、フェンダー上に追加されたバックミラー、フロントウィンドウを倒した際の固定フックの欠如など、ちょこちょこと改造の跡もある。

●令和最初のキットの買い物は、たぶん、先日横浜のVOLKSで予約したズベズダのT-28になるんだろうなあ……と思っていたのだが、それが入荷する前に、(今日帰りに寄った横浜VOLKSで)IBG(THE WORLD AT WAR)1:72 II号戦車b型を買ってしまった。キットレビューについてはまた改めて。

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逗子拾い食いの会

●ここ最近のあれやこれや。

仕事が滞っていたこともあり、模型製作はすっかり開店休業状態。平成の世の間にもうひとつ完成品、というのは無理そう。

20190415_061426 ●4月中旬、ご近所のM夫妻に誘われて、かみさんと一緒に(それからM夫妻の末娘も一緒に)熱海まで一泊旅行。M夫妻はポケモンgo友達でもあり、その勧めで、(いままで「えー。やらないよー」と言っていた)うちのかみさんもついにポケモンgoをインストール。熱海の街を歩いてポケモンを捕まえたり、5人でトランプやウノやジェンガをしたり、温泉に入ったり。

写真は宿からちょっと歩いたところにある、伊豆山神社の鳥居脇の小公園で見かけた、遊具というよりほとんど前衛芸術か、あるいは逆に歴史的遺物かのような木馬。

●4月21日。FaceBookの逗子のニュースグループ内のゲリラ的集まり、「逗子拾い食いの会交流会2019春」開催。逗子の自然の中の身近な食材をみんなで持ち寄って、それを肴に飲みましょうという会。

20190421_152358 昨年春、鎌倉の焼き鳥屋でごく少人数で逗子の山野菜を持ち寄りって飲んだが、今回はその発展形で、正式にFBで声を掛け、20人ほど集まった(午前中にはうち有志5人で桜山で尾根歩きをして若干の採集もした)。逗子市内のキッチン付き貸しスペースで数時間。

当初想定よりもずいぶん大勢集まったなー、というだけではなく、食べ物も大量かつバリエーション豊かに集まった。ここに写っているほかにも、かなりの種類の山野草をその場で天ぷらにして食べた。私はノビルの出汁醤油漬け、茹でたアケビの芽、イタドリのピリ辛メンマ風、タケノコのピリ辛、ツワブキのきゃらぶきを持って行ったほか、現地でノビルのパジョンを数枚焼いた。

・逗子市内ではないが、近場の野島(横浜市金沢区)で採れたというアサリを、和風に実山椒と、台湾風に五香粉と、2種の佃煮に仕上げて来た方がいて、ものすごく美味かった。

・天ぷらは採れたてのタケノコのものが絶品。カキの若葉も意外に美味かった。「天ぷらで食べられる」と前々から見聞きしていたユキノシタの葉は「それなり」。ヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)の若い実(さや)は、「食べられるけれど好んで食べたいとは思わない」レベル。

・もともと逗子の山野菜ネタでFBを通じて数年来の付き合いのTさんは私の作り方をアレンジしたイタドリ、酢醤油漬けのノビル、自宅の庭でできたというブルーベリーで作ったジャムなどを持ってきた。ブルーベリージャムが非常に美味かった。

・地場のものではないと思うが、ヒジキ入りの一口蒸しパン、ベニバナてまり寿司の差し入れがあり、これもなかなか美味しかった。

1555547382600 ●先週半ば、朝9時過ぎ、自宅電話が鳴ったので出たら、ひどく切羽詰まった娘の声。呼ばれて行ってみると、近所の坂を歩いている途中、車が脇を猛スピードでかすめていき、今にも轢かれそうだったという。

そしてその車はというと……そのまま坂下まで行って、電柱に激突してご覧の有り様。いや、とにかく娘が引っ掛けられずに済んでよかった。運転していたおばさんも、幸い軽傷だったらしい。ブレーキが利かなかったと言っていたらしいが、どうかなあ。

●CAMsから、フィンランド軍仕様の6t戦車が発売されるらしい。これはちょっと欲しい。なお、ズベズダのT-28はとりあえず横浜のVOLKSで予約した。令和になって初めて買うキットになるかも。

●ポーランドの、IBG社の「THE WORLD AT WAR」は、基本、1:72のシリーズのはずなのだが、比較的最近出たIV号戦車B型は「1:76」と表記されている由。どうも、その前のA型で1:72よりも小さく作ってしまい、それを指摘されて、続けて出した(同じ大きさの)B型は表記のほうを改めて誤魔化したようだ(なお、A型は変わらず72で売られている模様。再生産がかかるようなら、どうなるかわからない)。なかなか小粋なアイテム&キットのシリーズなので気に入っていたんだが、ちょっとがっかり。

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続・ココログ謎メンテ

●「続」ひとつで終わるのか、それとも「続々」「続々々」……と続くのか。現時点では不透明。
とりあえず、今日(24日)までの段階で、
  • 私自身は投稿した記事、コメントを通常画面でも閲覧できるようになった。
  • 20190324_200141画像の投稿に関しては右の通り。位置は「指定なし」「左回り込み」「右回り込み」「中央寄せ」が選択でき、これに関しては「右回り込み」を指定してある(文章が右に回り込むのではなく、画像が右寄せになる、という意味らしい)。一応、クリックして拡大表示もできるようになったらしい。ただし、これまでのように別窓がポップアップするのではなく、別タブが開いた。一応、編集画面の「画像の挿入」タブでは「別ウィンドウで原寸大表示」という欄にチェックを入れているので、別窓でなく別タブなのは、微妙にバグではないかと思う。個人的には面倒なので「htmlタグで指定し直せばいい」などという解決策は却下の方向で。
  • 投稿(編集)フォームの画面における「PCプレビュー」ボタンが使えるようになった。またプレビューはメンテ前とは違い、まったく通常のブログ表示画面と同じになった(以前は「プレビュー」ではなく、単純に投稿内容の確認だけだった)。
  • リッチテキストでの投稿において一行空きを行っても、やはりタグはただの改行の<div></div>で、最終の表示画面では一行空きは反映されないままのようだ。ちなみに、冒頭「~不透明。」と、「とりあえず」の間に、編集画面では1行ブランクを入れてある。
  • hn-nhさんからメールでご連絡を頂いたが、どうも環境によってはコメントの投稿そのものが行えないらしい。hn-nhさんは「海外IPが云々」というコメントが出て、投稿が受け付けられなかった由。というわけで、hn-nhさん以外にも投稿できん!という方がいらっしゃったら済みません。
  • 一度記事投稿ボタンを押すと、「記事の保存が完了しました。」ページが表示される。そのページ下半分は、当該ページの編集画面がそのまま表示されている。おそらく、本来の意図としてはそこで追加の編集ができるようになっているのだが、その編集欄では「通常エディタ」と「リッチテキスト」の切り替えボタンが無効。またそこで変更を行って「保存する」ボタンを押しても、現時点では変更が反映されないようだ。
まだいまひとつ信用しきれない感じもあるので、なお数日様子見の予定。

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ココログ謎メンテ

●ココログの大幅リニューアルがあり、昨19日は昼過ぎまでメンテナンスのために投稿等々ができなくなっていた(ブログの閲覧はできた)。
これがメンテが終わってからの初投稿なのだが、以前と投稿画面が全く違っていて、どうも勝手がよくわからない。そもそも以前の投稿フォームだと、段落を変えると自動で1行空きが入るようになっていたのだが(段落が<p></p>タグで括られる)、今度のフォームだとそうはならない(<div></div>タグで括られる)ようだ。なんだかよくわからん……。
●それはそれとして、もっとよくわからないのは、記事に対してコメントを書き込んでも、それがブログ画面に反映されず表示されないこと。
そもそもコメントの投稿が受け付けられていないのかと思ったのだが、管理画面のコメントのページを見ると、しっかり公開承認済みのなかに投稿コメントが入っている。
実際には「コメントが反映されない」というのは、同じくココログを利用しているme20さんのところに今日(20日)投稿しようとしてダメで、さすがにme20さんのところで出禁を食らうような悪さをした覚えもないので、試しに自分のところにも投稿してみて「そもそもココログでコメント投稿ができない」というのが判明したもの。
もっとも、ココログのお知らせ画面にはそのような不具合が発生中であるとは出ていないので、もしかしたら私の環境下だけのことなのかもしれない。よくわからん……。
そして、下にその管理画面と実際のブログのコメント欄の画像を貼ろうとしたのだが、画像の貼り付け方法がこれまたよくわからない(画像が貼られた状態になっているのかどうかすら判らず)。
●(追記)この記事を書いて、とりあえず「公開」状態で保存してみたのだが、コメント同様、管理画面のリストにはちゃんと存在しているのに、実際のブログ画面にはやはり反映されなかった(つまり、私の環境下では依然「かに!」が最新記事として表示されている)。
しかし、投稿してしばらくしたら、みやまえさんからこの「ココログ謎メンテ」記事宛てにコメントが付いた!!(登録メールアドレス宛にコメントが付いた旨のメールが来て気付いた)。確かに管理画面のコメント欄では、みやまえさんのコメントが加わっている。
……が、以前として、記事も、(もちろんそれについたみやまえさんのコメントも)私には見えないんですよ!
みやまえさんがコメントを付けたということは、少なくともみやまえさんの環境では、(どう見えているかは別として)「ココログ謎メンテ」の記事が表示されているらしい。ちなみに、私の環境下では、firefoxでもchromeでもedgeでも表示されないので、ブラウザの問題ではないようだ。
●(追記2)ココログのお知らせページには、3月15日付の「メンテナンスのお知らせ」が最新で、その後の状況につき何も言及がないが(21日17時過ぎ現在)、その記事に対するユーザーのコメントを見ると、私と同様の「書き込んで管理画面で確認できても閲覧できない」を含め、かなり大規模にトラブっている模様。私自身はタダで使わせて貰っているので偉そうに意見できる立場ではないが、そういう状態が起きているくらいちゃんとアナウンスしようよ……>ココログ
上の追記を書いて以降、donjiさんからもコメントを頂いたが(iPadでは閲覧できる由)、私の環境では、PCでもスマホでもなおブログ記事、コメントとも閲覧不能。そもそもこうして書いているものがどんな体裁になっているのかさえよく判らない(作成フォームの「プレビュー」ボタンも機能しない)ので、何か変な状態になっていてもご容赦を。

続きを読む "ココログ謎メンテ"

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かに!

●複数の仕事が滞っていて、その一方で、昨年末より義弟(といっても私よりも年上)の革鞄工房に不定期で手伝いに出かけるようになったため、まともな模型製作はご無沙汰。

ただし、いじりかけの模型とか工具とかは目の前に置きっぱなしなので、ブロンコのKV用履帯(という製品名のKV-1S/IS用履帯)をちょっと繋いでみたり、ブレゲー27の風防を切り出して削ってみたりなど、半端な模型いじりはしている(息抜き、という名目の現実逃避)。

当「かばぶ」もすっかり更新が滞ってしまっているが、生存報告としてあれやこれや。

●「Yahoo!」がブログサービスを今年末で終了してしまうのだそうだ。身近なところでは、例えばTFマンリーコさんのところとか……。あるいは、時々覗きに行く範囲では、デビグマさんvkさん戦車大好きさんのところなど。

ブログという媒体自体が、なんとなく「ひと昔前のもの」感が出てきて、大手の撤収ではYahoo!が最初なのかもしれないが、ココログもいつまで継続するものやら。そう考えると、決して他人ごとではない。

その昔、NIFTYで開いていた個人HPの「河馬之巣」も、HPサービスの終了であっちに流れこっちに流れして結局閉じることになったが、いずれ、ブログでも同じようなことになるのかもしれない。別に未来永劫残って欲しいとも思わないが、何かしら書く気があるうちになくなってしまうのは困るなあ……。

●日中に散歩に行けなかったので夜中に逗子駅前まで出かけたら、逗子銀座商店街の歩道をのそのそとカニが歩いていた(3月4日)。

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脚まで含めると手のひらに近いくらいの大きさがある。おそらくモクズガニ。この写真ではハサミ部分はあまりよく写っていないが、もしもきちんとハサミの細部写真を撮っていれば、もっさり毛が生えているはず(とはいえ、水から上がっているのでハサミに沿って撫でつけられた状態だが)。

今から20年以上前、逗子銀座商店街の裏手に住んでいた時、やはりこの日と同じように雨の日だったと思うのだが、玄関先でカニを見かけたことがある。ペットが逃げ出したとかではなく、野生のカニが(川からそこそこ離れているが)放浪してここまでやってきたのだと思う。

ちなみにモクズガニは上海ガニとごく近縁で、美味いそうだ。

●早春の採集食い物記録。

2月、結局3度ほどフキノトウを収穫して食べた。フキ味噌、オリーブオイル漬け、天ぷらと、一通り(フキ味噌の写真は2月初めに載せたものと同じ)。

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4枚目は、オリーブオイル漬けにブルーチーズ入りのベビーチーズを散らして、さらにとろけるスライスチーズを載せてチーズトーストにしたもの。はちみつをちょっと垂らして食べるともっと美味いんじゃないか……と想像したのだけれど、はちみつがなくて試せず。

もう今ではフキノトウは伸びきってしまったが、その前に多めに収穫したものは冷凍保存してあり、そのうちまたフキ味噌を作る予定。

1枚目右側ののびるは、まだ今季1回収穫して、軽く塩漬けで食べているのみ。

このあたりの春の山菜で、個人的にはいちばん美味いと思っているアケビの芽は、まだようやく芽吹き始めた程度。本日(3月9日)でこれくらい。

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せめて20センチくらい伸びないと。

知人がヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)をおひたしにしたと聞いて、改めて試してみる。柔らかそうな芽先だけ摘んできた。見た目綺麗で、虫など付いていなさそうなものを選んだつもりが、すすいでみたらアブラムシだらけ(下の写真左でも、画面右端に1匹歩いている)。それでも根気よくゆすいで、その後さっと茹でた。昨年初めて試したときはそのままおひたしにしたが、今回はもうひと手間かけてゴマ和えに。

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……うーん、ゴマ和えの味だな。もさっとしていて、取り立ててよい風味が感じられるわけでもなく、不味くはないけれど積極的に採って食べる価値があるか微妙。って、去年も同じような感想を抱いた気がする。

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小坪高角砲台補遺(その2)

●唐突な続編。今までの関連記事は、

改めて披露山(前編)
改めて披露山(中編)
改めて披露山(後編)
砲台山
小坪高角砲台(改めて披露山)補遺
季節労働の終わりと砲台山再訪

●逗子市役所のサイトには、「逗子フォト」という素敵なミニ・アーカイブがあり、古今の逗子の写真がストックされている。確か、去年か一昨年あたりに開設されたばかりで、写真も随時追加中。

実のところ、写真のタグの設定の仕方があまりよくないのか、「こういう写真が見たい」と思った時に上手く検索で出て来なかったりして、その辺、改善の余地はあるのだが、ぜひこのまま着々と充実を目指してほしい。

さて、そんな「逗子フォト」に、どうやら最近のことらしいが、披露山の「小坪高角砲台」の、公園に改装される前の写真が掲載された。

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すでに雑草に覆われているものの、砲が撤去されたのみのプレーンな状態の砲台の状態が見られる写真として非常に貴重。ちなみに、披露山山頂に構築された3つの砲座のうちのどれなのかは、逗子フォトの説明文では明記されていないが、現・猿舎である可能性は高いように思う。

たった一枚なのが残念だが、これだけでも、いろいろと興味深い点が見て取れる。

(1).中央の砲架据付部は、現在の猿舎では小さな池+金網屋根の柱基部に改装されており、また、ほぼ同型の横須賀・砲台山では埋まって土の地面になっているが、単純にコンクリート床面に穴が開いているのではなく、がっちりと砲を固定するために、何やら凝った段差形状になっているのが判る。砲台山と同様、穴の最外周部分は、うっすら細く1、2センチの幅の段差があるようだ。

また、穴の向こうには現在も残る「何かの器具の取付基部の円環鉄パーツ」がいくつか並んでいるのがボンヤリ確認できる。

201808091250203 (2).正面の穴(階段の向かってすぐ左)は、他の壁龕と異なり、上部がアーチ状の背の高いものになっている。ここは、現在の披露山猿舎ではコンクリートで埋められ、ディテールが判らなかった部分。砲台山では他と同一形状の四角い壁龕で、披露山も当然そうだとばかり思っていた。

以前の記事で、ここがコンクリートで埋められている理由について、「どうも、壁龕の上部分が少し壊れていて、それをわざわざ手間をかけて補修するよりも、いっそ壁龕ごと埋めてしまった方が楽だったための措置という気がする」と書いたのだが、実際には、「上部が崩れた」のではなく、もともと上に長い独特の形状の穴だったことになる。

なお、「逗子フォト」には猿舎の檻の内側からこの部分を写した写真も上がっており(右写真)、それを見ると、私が以前の記事に載せた写真よりも、埋めた痕跡がより明瞭に判る。披露山の砲台では、なぜ一つだけこのような形状だったのか、大いに謎。

もしかしたら、他の(弾薬仮置き場と思われる)壁龕と違い、地下通路入り口という可能性もあるのかもしれない(また、それなら埋められた理由も想像しやすい)。方向的には他の2基の砲台跡とは(現売店の観測所跡とも)若干ずれていて、まっすぐ行くと山の斜面に出てしまいそうだが、例えば連絡用通路だったとしても、爆風がストレートに来ないように曲げて作ってあるとか。あるいは山の斜面への脱出用通路とか?

20170708_151443 (3).その隣の兵員詰所?部分に関しては、現在の猿舎では他の部分と同一円周上までコンクリートで屋根が付けられているが、もともとは、砲台山と同様、一段窪んでいたことが確認できる。こちらは上と逆に、もともと披露山の砲台がちょっと変わった形状だったのか?などとも思っていたのだが、実際には後からの改修だったわけだ。猿舎の檻を被せるにあたって、ここだけ形がいびつなのは不都合だったので新たに天井を設けたものか?

現在のこの部分を外側から見ると、右写真のようになっている。砲台の円周から一部外側にうっすらとコンクリート地がはみ出しているのが詰所部分で、このコンクリート部分が本来は窪みだったことになる。

(4).詰所入り口は、一段下に窪んでいるらしい。砲台山では崩れた土砂で埋まって確認できない部分だが、やはり窪んでいるのだろうか?

大雨の時、すり鉢状の砲台に流れ込んだ水が、さらに詰所に流れ込んできたりしないのかなあ。いや、まあ、排水口くらい作ってあるか……。

(5).特に写真右手の壁龕は、周囲が枠状に出っ張っているように見える。現状の猿舎では、ここは面取りが施されている部分で、単に写真写りの問題で(エッジがこすれて白くなって)出っ張っているように見えているだけか? わざわざ後から縁を削って面取り加工した、などという可能性は低そうな気がするが……。

●週末、いきなり左足の親指が痛んで腫れあがってしまった。まさかこれが話に聞く痛風というやつか!?と焦ったのだが、痛風の場合は親指の付け根関節が腫れるはずが、私の場合は指それ自体。また、痛風なら痛み始めて1日目くらいが痛みのピークで居ても立っても居られないほどになるらしいのだが、そこまで痛いという感じにはならなかった。

どうやら、うっかりトゲか何かを刺してしまって化膿した可能性が高そう。数日して、だんだん痛みも治まってきた。

20190204_223717 ●本来ならまだまだ収穫には早いのだが、ぽつぽつとフキノトウが出始めているのを見て、フキ味噌の味を思い浮かべたとたんにどうしても食べたくなり、月曜日、今年の初収穫。早速フキ味噌を作る。

毎度、各材料の分量は行き当たりばったりだが、今回はかなり美味く出来た気がする。これをつまみに日本酒でも飲みたい感じ。

●hn-nhさんのブログ「ミカンセーキ」のコメント欄でお知り合いになった、vol de nuitさんのブログで、ワルシャワ蜂起時の国内軍の車輛のリストアップと同定で盛り上がっている(基本、3人であーでもないこーでもないと言い合っているだけだが)。記事直通のリンクはこちら

私自身、特にソフトスキンについては生半可な知識しかなく、先日の記事で紹介した資料“Pojazdy ARMII KRAJOWEJ w Powstaniu Warszawskim”まかせの部分が多かったので、いろいろと勉強になる。

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浮島

●盛大に仕事が行き詰まり中。

●先週土曜日(1月26日)、逗子マリーナからの海越しの光景。

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小坪漁港に出る手前、小坪寺手前の坂上からちらりと見えた海に、伊豆大島がいつもよりやけに大きくくっきりしていると思ったのだが、よくよく見ると、島の左右端で、海と陸の合間に空が少し入り込んでいた。

程度としては小規模ではあるものの、「浮島」と呼ばれる蜃気楼(逃げ水などと同様の「下位蜃気楼」)で、気温に比べ海面のほうが温度が高い場合に起きる現象だそうな。その右手、伊豆半島の突端も若干浮いていた。

3枚目は江の島越しの富士山。なんだか大噴火を起こしているかのような雲。しばらくすると雲はつぶれて、割とどうということもない景色になっていた。

4枚目は、日本の特攻戦術の中でも恐らく最も愚劣な「伏龍」出撃用の稲村ケ崎の洞窟陣地。国道に面した内陸側の入り口はだいぶ以前に塞がれていてよく確認できない。

●京浜急行が、来年3月、(他のいくつかの駅と同時に)京急新逗子駅の駅名を「逗子・葉山駅」に変更するのだそうだ。

駅は逗子にあるのに、無理やり葉山をくっつけなくても……みたいに(逗子市民としては)一瞬思うが、葉山に最も近い鉄道のアクセスポイントであることを明らかにしたい的な理由が挙げられており、言われてみれば尤もだという気もする。

しかしそれよりも、一般に京急の駅のプラットフォームの方面案内は「**・**・** 方面」とナカグロで列記されており、その中に「逗子・葉山 方面」と書かれると、逗子と葉山という別々の駅があるように思われてしまうのでは……と、facebookでコメントされている方がいて、なるほどと思った。

なお、「新逗子(しんずし)駅」は一つ手前の「神武寺(じんむじ)駅」とまったく母音の並びが一緒なので、車内放送で聞いているとちょっと紛らわしい。その点からいえば、聞き分けやすくなっていい、とも言えるかもしれない。

●このところの日産のCM。「すべての答えは、技術で出す」「技術の日産」と、とにかく技術の一言だけを執拗に押し出しているのを見ると、「うちは技術だけなんです、その他(経営とか組織とか)はダメダメなんです、だから技術以外のことでツッコむのはやめてください」と泣きを入れているように思えてしまう。

●hn-nhさんのブログ「ミカンセーキ」で、miniartから最近発売されたケーブルドラムを出発点に、ワルシャワ蜂起のネタを不定期掲載中。「ケーブルドラム→ワルシャワ蜂起」という連想ゲームは、ワルシャワ蜂起のAFVにある程度の興味のある人ならお馴染みの鹵獲ヘッツァー「Chwat」号の写真から。

ネタ自体は昨夏以来のものだが、ここ最近の一連の記事の出発点はこちら

F1015931 そんなこんなで、じわじわと「ワルシャワ蜂起熱」が掘り起こされてしまい、そろそろMirage HOBBYのクブシュ(Kubuś)をいじり始めようか、などを思い始めた。Mirageのクブシュについての、私自身のレビュー記事はこちら。もう4年以上前か……。

実を言えば、このキットに関しては「いつかSUMICONのネタにしよう」などを思っていて、SUMICONは基本、お手付き禁止なのでそのままストックしていたもの。しかし昨年でSUMICONが(ひとまず)終了になってしまったので、後生大事にストックしている理由が減じたためでもある。

●クブシュのディテール、塗装等に関しての私自身の考証は上記記事の時点からまったく進んでいないのだが、hn-nhさんにこんな資料も紹介してもらった。

Jan Tarczyński, "KUBUŚ Pancerka Powstańczej Warszawy"

私も何冊か持っているタルチンスキ氏著の、クブシュの1冊本。「比較的最近(2000年代以降)出たクブシュの1冊本がある」ということは知っていたのだが、私が知っていたのはMirage HOBBYがキットと一緒に出しているこの本(Antoni Ekner, "Samochód pancerny Kubuś 1944"で、上記、hn-nhさん紹介とは別物。こんな(ワンオフの)車輛の1冊本が複数あるなんて、ポーランド人のクブシュ愛はスゴイな、と思う。ちなみにタルチンスキ氏の著書のほうは、2008年刊行のようだ(つまりキット発売前に出ていたことになる)。

欲しいなあ! と思う一方で、ちょっと躊躇してしまうのは、(1).エクネル版の中身紹介を見ると、当時の写真はweb上で見覚えのあるものが主、中身の結構な割合を占めていると思しき現存実車のwlkaroundもそれなりにwebで閲覧できてしまうため、(2).タルチンスキ版もページ数はそれほど多くなく、写真的にはあまり変わりない可能性があるため。

解説自体はいろいろ興味深いことが書かれていそうではあるが、たぶん両方とも全編ポーランド語。

●もう一冊、hn-nhさんに紹介してもらったのが、

Jan Tarczyński, "Pojazdy Powstańców Warszawskich 1944"

やはりヤン・タルチンスキ著で、書名は「ワルシャワ蜂起軍の車輛、1944」くらいの意味。こちらはクブシュを含め、蜂起軍が使った車輛全般を扱っているらしい。

ちなみに私はこれをよく似た本を持っていて、書名は"Pojazdy ARMII KRAJOWEJ w Powstaniu Warszawskim"(ワルシャワ蜂起における国内軍の車輛)、1994年刊。書名もよく似ているうえに、著者も同じタルチンスキ氏。ついでに出版社も同じWKŁ。もしかしたら上記は私の持っている本の改訂版だったりするんじゃなかろうか……。

20190128_181034 ●というわけで、私の、ワルシャワ蜂起におけるポーランド側車輛の知識のベースとなっている、後者の本の紹介。

確かその昔、ポーランドの模型屋(模型問屋?)であるPELTAから通販で買ったのだと思う。もうPELTAの名を聞かなくなって久しいので、なくなってしまったか、別の社名になったか、どこかに吸収されたかなのだと思う(ちなみに先日紹介したレミのバキュームフォーム・キットもPELTAから仕入れたもの)。

ハードカバーの立派な装丁……とはいっても中身は120ページしかないので、だいぶ薄い。しかも本文テキストはポーランド語。ようやく、写真キャプションだけは英訳併記なのが有り難かった。とにかくこれ以前に時は、ワルシャワ蜂起のポーランド軍車輛に触れている資料は(私の手近にあるものでは)スコードロンの「THE EASTERN FRONT」くらいしかなく、Chwatや鹵獲パンターの写真が複数枚出ていたり、その他ソフトスキンも出ていたりと、この資料は、結構感動ものだった。

とはいえ、特に模型製作のための資料としてみると、だいぶ不足があるものだったのも確か(特に今の目で見ると)。以下、中身の数カットと問題点。

20190128_181424 20190128_181222 20190128_181145 20190128_181250

・基本、写真主体の資料ではないので、「もっとコレの写真ないの?」と思わされるネタも多い。
・写真の質が悪い。現在、webで漁れる写真と同一のカットも多いが、本来、もっと鮮明なものが、ここではボケでいたりする。
・「あの夏のメモリアル」的雰囲気の演出なのか、中身は全て(本文も写真も)セピア色のモノクローム。おかげで、質の悪い写真がますます見づらい(いや、そもそもセピア色印刷のおかげで写真の質が悪く見えるのか?)。

しかし、4枚目写真のChwatの写真の英語キャプションには、「テスト走行中の「Chwat」。装甲板に添えられた木の枝はカムフラージュ目的のものではなく、単に走行中に林に突っ込んだため」などという、「えー、そうなの?(笑)」的な話が書かれていたりして、本文が読めないのが残念。

……とりあえずそんな具合なので、hn-nhさん紹介の新資料が、もしもこれの増補改訂版だったとしても、ちょっと中身は覗いてみたい気がする。

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平成最後のシュトレン

●ウージェーヌ・イヨネスコ作の「禿の女歌手」(La Cantatrice Chauve)という不条理劇があって、以下のような柱書き(状況設定)から始まる。

シーン1。イギリスの中流家庭の屋内、イギリスの肘掛け椅子。イギリスの夕刻、イギリス人のスミス氏は、イギリスのスリッパを履いてその肘掛け椅子に腰掛け、イギリスの火に当たりながらイギリスのパイプをくゆらせ、イギリスの新聞を読んでいる。彼はイギリスのメガネをかけ、イギリスの小さな灰色の口ひげを生やしている。彼のそばにはもう一つのイギリスの肘掛け椅子があり、イギリス人のスミス夫人がイギリスの靴下を繕っている。長いイギリスの沈黙の間。そして、イギリスの時計がイギリスの17の時を打つ。

昨今、あまりに何にでも「平成最後の」という枕詞が付くので思い出した(もちろん、上の一節を暗記していたなどということはなく、先ほど調べた)。そんなわけで。

平成最後のあけましておめでとうございます。平成最後の今年もよろしくお願い申し上げます。

●例によって大晦日に川崎の実家に行き、実家で新年を迎える。

大晦日には大船近くに住んでいる息子一家とも待ち合わせ、一族郎党揃って川崎へ。昨年初夏に生まれた息子のところのチビを、母に初お目見えさせる。まだ人見知りも始まっていないので、それなりに愛想も振りまいてくれて母も喜ぶ。

私を除いては全員日帰り。息子嫁は1日にチビをつれて新幹線で実家の青森へ帰省予定。ご苦労様。

私は川崎の実家に2泊。以前は、正月(ほか年に数回)は母が(奄美大島の郷土料理)鶏飯を作ってくれていたのだが、流石に歳なので最近はなくなった。代わりに、兄が寄せ鍋だの雑煮だのを作って食べさせてくれた。マメだ……。

我が家の家族一同が帰った後、大晦日の夜は叔母と従弟夫婦が来る。1日夜は兄と、兄の息子2人と麻雀。兄のところの長男が「麻雀を覚えたい」というのでレクチャー込み。

2日はドイツ人Pが(ふだんはイギリスにいる)長女Jを連れてやってくる。奥さんと次女は風邪でダウンしている由。三女はイギリスだかドイツだかにいて帰ってきていない様子。Pと大いに話して大いに飲む。

夕方、帰るPらと一緒に実家を辞す。「いやー、久しぶりに飲んだな―」と思ったのは確かなのだが、今になってみると、最寄り駅まではP父娘と一緒に歩いたはずなのに、その記憶がない。ヤバ過ぎ。

20190102_223144 ●先日Pと会った時に約束していたのだが、その約束通り、Pから月遅れの自家製シュトレン(クリスマス菓子)を貰う。感謝。20センチほどもある大きなかたまり。ドイツの実家のオーパ(おじいちゃん=P父)お手製かな?

それなりに日持ちがするし、寝かせておくほどフルーツの味が地にしみ込んで美味しくなるので、今月一杯くらいちびちびと楽しむ予定。

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東京AFVの会2018(2)

●23日、東京AFVの会参加録の続き。

そういえば会場で司会の方が「平成最後の東京AFVの会です」と言っていた。そこをあえて2月ごろに臨時で!(誰がやるんだ)

午後のトークは、グムカの高田裕久氏。模型業界裏話。「この話は会場を一歩出たら忘れるように」とのことだったので、ここに書くわけにはいかない。

トーク内容とは関係ないが、高田さんは現在、ズリーニに入れ込んでいて、その資料本を出すそうだ。本来今年中に出す気で進めていたものの遅れ、実際の出版は来年春ごろ?

同人誌形式で出すものの、YSその他大手模型店には卸すそう。これは買い逃すわけにはいかない(個人的に)。

●1年ぶりに“ハラT”青木伸也氏に会う。相変わらず、模型(および実車考証)1割、脱線9割みたいな話を大いに楽しむ。

ケン太さんとも1年ぶり。お初のhn-nh氏とも会う。hn-nhさんについては、緻密な考証と工作から、(失礼ながら勝手な想像で)鋭く厳しい感じの方をイメージしていたのだが、実際には人あたりの柔らかい気さくな方だった。不良在庫(^^;)のエレール72「コードロン・シムーン」を進呈。代わりにブロンコのマチルダの後期型履帯を10数リンク(予備履帯用)、さらにATTACK 1:72のタトラ版アエロサン(Tatra V855)を頂く。

20181224_231835 前者は、タミヤの「ソ連軍版マチルダ」でカマボコ状センターガイドの穴が塞がっており、せめて予備履帯だけでもなんとかしたい……と言っていたことに関する救いの手。後者は「2つ入りキットで、でも2つは作らないから」とのこと。どうもありがとうございます。

昼食は、ケン太さん、hn-nhさん、hiranumaさんと青木氏、総勢5人で本多劇場前のインドカレー屋。

ちなみ青木氏はますます膨張している感じで、本人にもそう指摘したのだが、本人曰く、それは私のイメージの中にある青木氏が痩せていて、相対的に太って見えるだけであり、実際には(以前より)太っているわけではないと強硬に主張。閉会後に寄ったサニーでも「詰まって井伏鱒二の山椒魚状態になるから(特に狭い)横通路に入るな」と囃したら「回転も可能だ」と返された。いや、金子辰也さんだって「確かに危ない」って言ってたし(笑)。

いやまあ、からかってアレコレ言ったけれども、マジで食生活は改めれ。健康が心配だから。

●昼食時の、ハラT青木氏によるT-34関連話題。

T-34・ナット砲塔の「上側面一体・鍛造型」砲塔の装甲の厚みについて。「加工について考えると、実は通常の鋳造型よりかなり装甲が薄いのでは」説があるが、少なくとも、下端の縁部、および砲耳カバーの付く前面開口部に関しては、それなりに厚みが確認できる写真がある。したがって、(それだけで薄かったものがある可能性を全面的に否定はできないものの)鍛造でそれなりに厚みのある砲塔があったのは確か。

T-34.・ピロシキ砲塔溶接型で、砲塔後面が台形ならスターリングラード工場、エッジが丸く後面板が長方形ならハリコフ工場と即断するのは安直過ぎ、実際は砲塔はある程度融通があったのでは。

T-34のリアパネルのヒンジが各工場で形が違うのは、開閉の機能だけで部品を注文・調達した結果、たまたま形が違ってしまっただけはなく、実は各工場製で細部の部品にいろいろ違いがあるために、補給上識別しやすいようにあえて変えてあるのではないか。

ちなみに3番目の新仮説に関し、「しかしベルリン戦あたりで、同一部隊で183(ウラル工場)製と112(クラスナエ・ソルモヴォ工場)製が混じっている写真があるだろう」と言ったら、「そこはそれ、現場ではガンガン叩いてはめ込んじゃう訳ですワ」と言われる。いやまあ、それはそれでありそうだけれども(笑)。

●お初ではないけれども顔は覚えていなかった(失礼)めがーぬ氏とも会う。美しく筆塗りされた氏の作品に関しては前回記事参照のこと。

スキャメルとラフリーはハンブロール、BT-42はライフカラー。使用感覚など聞く。私はどちらもまだ使ったことがない……。

高野さん、サンダースさんらとも会場で少し話す。他にもSUMICON関係、JAPANミニチュアフォーラム関係、あるいはfacebookのAFV模型製作研究会関係で見知っている人が何人もいたはずだが、会場がかなり込み合っていたこともあってあえて声を掛けて回ることもせず、すれ違い状態。「かば◎のヤツ、オレに一言の挨拶もなく!」と思った方は失礼。

●ここ2年ほど、「次回の課題」の会場発表はなく、しばらく経ってからTwitterで発表されていたのだが(去年など、会場に行って初めて課題を知った)、今回は会場発表あり。次回の課題は「ソ連」だそうだ。

ソ連陸物ファンモデラーとしては、この挑戦に応えないわけには行かぬ!

などと思ったりもするが、あまりにストレートに「ソ連」などと言われると逆にヒネりようが判らない。いや、ヒネらなきゃいけないってもんじゃないけれど。

●反省点。

ケン太さんに、私の作品梱包の(毎度の)いい加減さについて厳しく指摘される(ちなみに今回は百均の取っ手付きケースに、周りに適当にティッシュを詰めて、横倒しに車輛を突っ込んで持って行った。

「壊れそうで怖い。その梱包を見るたびにケースを作ってあげたくなる」

いや、うん。ええと。善処します。ちなみに今回の梱包は、昨年持って行って詰めたままになっていたT-34を表に放り出して入れ替えただけ。T-34はそのまま机の上に乗っている。

●閉会後、ぞろぞろとサニーへ行く。

「サニーに行ったら買おうと思っていたものがあった気がするんだけれど思い出せない」と言ったら、青木氏に「前も同じことを言っていた」と指摘された。ブログを遡ったところ、確かに一昨年の記事にも同様のことが書いてあった。もしかしたらサニーに行くたびに同じことを言っているor考えているのかもしれない。年寄くさいなあ……。

上記「買おうと思っていたもの」ではないが、FTF 1:72 C4P牽引車を購入。詳細はまた改めて。

(今ふっと思ったのだが、IBGのシュコダ100mm榴弾砲が欲しかったのかもしれない。いやしかし、不良在庫を増やすだけのような気も)

●例年、東京AFVの会の後は青木氏と、サニーの後は四谷仙波堂にハシゴし、その後、適当に夕食&酒をして別れるというスケジュールだったのだが、今年は「家族サービスの予定を入れていない」というケン太さんと、さらにめがーぬさんも誘って軽く飲むことに。

青木氏のリクエストもあり、九段下の「おかってや」を目指したのだが、なんと閉まっていた。ネットで調べると定休日とある(最初に調べろよって感じ)。しかし、以前にAFVの会の後(当然日曜日)に、青木氏と行って飲んだことがあるんだよなあ。

いきなりハシゴを外されてしまった感があって途方に暮れるが、結局、神保町すずらん通りの中華料理屋で夕食&飲み。その後4人で秋葉原まで歩き、マクドナルドでコーヒーを飲んで駄弁って解散。

青木氏とお馬鹿な話をしていると、ケン太さんに「双方突っ込まないまま、互いにボケ倒すだけで話が進んでいく」と大いに呆れられる。多くは語らなかったが、めがーぬさんも呆れていたと思う。み……見捨てないで……。

●当日の話のネタの補遺。

・ドイツ戦車の履帯を履いた鹵獲T-34について。

「II号戦車D型の履帯を履いてる」と私が言ったのは、Mark IV巡航戦車の鹵獲仕様と混同したもので、もう一度画像(動画)を見てみたら、明らかにもっと幅広のものを履いていた。

上記動画はドイツ軍の対戦車戦闘の教材用フィルムの断片だが、1分36秒あたりから件のT-34が登場する。サイト「Beutepanzer」にも同一車輛が出ていて、それによれば、II/zBV-66所属車で、使用されている履帯はI号F型/II号J型用(この2種って同じ履帯なの?)だそうだ。

履帯のピッチが細かく、起動輪は通常の歯車形式でガタ付きも少なそうなので、元より乗り心地はよくなっていそうだ。

・「ラフリーW15 TCC」の1:35キットについて。

めがーぬさんが72で作った「ラフリーW15 TCC」(ラフリーの47mm砲搭載自走砲)に関して、会場で「35の新キットが出るんですよ」という話を(めがーぬさんに)したのだが、実際には、BLITZ(というメーカー)が以前に出したものを再版する、という話だった。最近ARMORAMAの新製品情報ページでチラ見して、早とちりして覚えていたもの。

ちなみにめがーぬさんとは、「どこかのメーカーで、前にレジンキットが一度出てましたよね」という話もしたのだが、調べてみたところ、AL-Byから。ほか、DESから1:48でも出ていた模様。

・ポーランド、レミ(REMI)社のバキューム・ストラクチャーについて。

4人で移動中、レミのバキュームキットの話に。青木氏は(なぜか)風車小屋のキットを持っているそうだ(ちなみに私は、その風車小屋も、そして水車小屋も持っている)。

20181224_013507 東欧で共産政権が倒れて雨後の筍のようにわらわら小メーカーが出現し、一方で円も高かったころ、レミのバキュームは通販だと二束三文で買えたので、かなり多種を買い、今でもそこそこストックがある。……ほぼジオラマなんて作らないのに、どうするんだ。

そして話に出した、私の同社キット唯一の完成品「泉」というのはこれ。下に敷いてあるカッティングマットのマス目は5cm。

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