かば◎の迂闊な日々

たこ焼き食いてえ

●19日水曜日。仕事で小金井の情報通信研究機構(NICT)に行く。

往路、ちょうど昼頃渋谷を通ることになるので、東急東横店地下の「道頓堀・くくる」で是非ともたこ焼きを買って食おう!と心に決めて出掛ける。

というのも、先週末の逗子の鎮守、亀岡八幡のお祭でたこ焼き屋台を見て以来、無性に食いたくなっていたため。

以前に書いたように現在はカロリー制限中であり、たこ焼きを食うとなると、一食分をそれに充てるくらいの覚悟が必要。しかも相手は「粉もん」(=炭水化物)なので、カロリー制限内に収めていてもそう頻繁に食っていいものでもない。

それだけの貴重な機会を消費して、味がいまいちだとガッカリ感が半端ないので、屋台のたこ焼きは諦め、折角なら(数日後に)「くくる」のものを食べよう、と思っていた次第。

――が、結構余裕をもって出掛けたつもりだったにもかかわらず、渋谷到着時点で、待ち合わせに遅れかねない時間になってしまい、たこ焼きは諦めざるを得ない状況に。くううううう。

たかがたこ焼きで、と言うなかれ。人間、好きなように物を食えないとなると、それだけ「食い物の恨み」も深くなるのだ。……もちろん、きちんと所要時間を計算せず、「まあ、こんなもんか」で余裕を持ったつもりになっていた自分が全面的に悪いわけだが。

●NICTのとある建物の屋上に、なぜかカブトムシ、クワガタムシのアタマ(頭部と胸部)だけがゴロゴロしている。聞くと、どうもカラスがこれらを獲って来て腹のほうだけ食うらしい。ホントかなあ。

いずれにせよ、周りにまだ武蔵野の森が残っているので、カブトムシやクワガタムシも豊富らしいことは判る。

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●都内に出たついでに、大きく回り道して、四谷仙波堂に寄る。先日、hnさんから「MasterClubの0.6mm丸頭リベットが入荷してたよ」という話を聞いていたので、リベットの買い足しを兼ねて。

……が、0.6mmはさっさと売り切れてしまったらしく無し。wz.34装甲車に使った分、補充しようと思っていた0.7mmと0.5mmも、0.7mmが一袋あっただけだった。また近々入るかなあ。MS modelsに注文するかなあ。

というわけでその他の買い物。

20170721_024741「TRACKSTORY No.12 LES AUTOMITRAILLEUSES CITROËN KEGRESSE」

P.ダンジュー氏によるWW2フランス軍AFVのモノグラフ・シリーズ、トラックストーリーの最近の号(といっても、出たのはしばらく前らしい)。シュナイダーP16装甲ハーフトラックは昔から非常に気になっている車種で、「こんな号が出ていたのか!」と即買い。

もっとも、さすがにP16だけでは間がもたないと見えて、前史である最初のシトロエンのハーフトラックから綴っていて、P16に関しては分量的には半分くらい。

なお、シトロエン・ケグレスをベースとしたハーフトラックの最初期のものにP4Tというのがあるが、これは、私が今作っているwz.34装甲車の原型であるwz.28装甲車にそっくり。それも当然で、ポーランドがシトロエン・ケグレス・ハーフトラックのシャーシを輸入し、P4Tを参考に装甲ボディを作って載せたのがwz.28装甲車だからで、wz.34装甲車にもそのまま引き継がれた六角キューポラはP4Tにもすでに載っている。

シュナイダーP16はP4Tの直系子孫のような車輌なので、wz.34装甲車とP16は「はとこ」くらいの関係になる。

P16はとにかく表面ディテールが半端なく入り組んでいて、さすがにこれをスクラッチで作る度胸はない。以前、DESで1:35のレジンキットが出ていたのだが、出来はどうだったのだろうか。

20170721_025452Passion Models 「Sd.Kfz.231/232(6rad)」用エッチングパーツセット

パッションの新作、ドイツ6輪装甲車用。

そもそもイタレリの6輪装甲車のキットは、「昔のイタラエレイの爪の垢を煎じて飲ませたい」くらいのどよ~んとしたキットで(それでもHiPMの簡易インジェクションよりはマシだと思うが)、そんな相手にディテールアップパーツを張り込むのは、負け続けのギャンブルでさらにレイズするようなもの、という気もする。

実際、四谷仙波堂のサイトでこのセットの紹介を見た時も、「これはなるべく我慢する方向で……」と思っていたのだが、現物を見ると、「いやいや、それでもイタレリの6輪は持っているんだし。好きな車両だし」と、つい衝動買い。

中身は、「とにかくこの車輌を好きな人が凝り性炸裂で作った」感がヒシヒシ。一昔前のありがちなエッチング・セットのように、「とりあえず金属に置き換えただけかよ!」的なパーツはない。……が、その一方で、工作の難易度は「これ、オレ、作るの? 作れるの?」と不安になるレベル。

曲面上に付く雨どいや、凸部のあるクラッペは、冶具が付属していて自分でプレスして形状を作れという指示。各部のヒンジは、土台部分だけあって、軸部は伸ばしランナーで、リベットはどこかから削り取って流用するか、伸ばしランナーの輪切りで作ることになっている。いやまあ、アベールのように軸部を巻いて作れというのも、それはそれで困っちゃうけれども。ちなみにそのリベットは頭の径が0.45mmと0.3mmという指定。うーん、MasterClubにもないサイズだな……。

とにかく、これで2000円という値段は内容を考えれば割安感があり、設計者の熱意に押し切られて買ってしまった感じもあるが……。うーん。これ、作る日来るかな……。

理性的に考えれば(ぶっちゃけた話)、イタレリのキットにこのセットを奢るよりも、ブロンコあたりから6輪装甲車の新作が出るのを気長に待った方がいいような気もする。もちろん、こういうちょっとマニアックなアイテムのエッチングセットを今後も出してくれることを願って、それなりに売れて欲しいな、とは思うけれど。

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改めて披露山(後編)

●軍事遺構としての披露山公園の観察記オマケ。

長くなったので、前編に貼った終戦直後および現状(2014年)の航空写真比較を再掲しておく。繰り返しになるが、写真は国土地理院地理空間情報ライブラリー、「地図・空中写真閲覧サービス」より。終戦直後のものは1946年2月に米軍が撮影したUSA-M46-A-7-2-84、現況は上写真と同じCKT20141-C5-8より切り出し・加工。

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披露山公園山頂広場は写真のように南北に細長いが、3つの高角砲台跡(⑤花壇、⑥展望台、⑦猿舎)がほぼ同一レベルにあるのに対し、猿舎より南の海側は、1段低くなっている(1~2m程度?)。

●公園南端から、逗子湾側を見下ろす(下左写真)。

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逗子湾との間にまだ山並みが少々続いているため、こちらも鎌倉側同様、湾奥(逗子海岸)は見えず、わずかに湾口と、その向こうの葉山の海が見える程度。やはり海岸線防衛用途は考えていないようだ。

右写真。南端近くにはベンチと、元は藤棚かバラ棚かだったのだろうが、現在はワクだけになった展望スポットがある(⑨)。写真左端に見えているのは猿舎。写真中央に写っている木立の位置には、終戦直後の写真を見ると、何か小さな建物があるのが判る。監視所分室のようなもの、あるいは兵員の詰め所か。

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その場所には、現在、水道施設の小さな建物がある。建物自体は古いものではなさそうだが、一段掘り下げてコンクリートで作ってある土台部分は高角砲陣地時代のもののように見える。

●山頂広場から西側への遊歩道を降り、披露山庭園住宅を挟んで向かい側には、大崎公園がある。披露山山頂よりは一段低い場所にある。

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この表示を見ると、披露山公園の山頂広場より15mちょっと低い。下写真2枚は、大崎公園から見た披露山山頂を見上げたもの。

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左写真中央に披露山公園展望台、右写真中央に山頂広場突端のベンチ周りの「ワク」が見える。

披露山山頂より低いとはいえ、こちらのほうが海に突き出した岬の真上にあるので見晴らしはよく、逗子湾も一応砂浜が(全部ではないが)確認できる。

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ちなみに、大崎公園突端あたりは昔は「よばわりやま」と呼ばれたそうで、岬の上から魚の接近を見張って大声で知らせたのだという。逗子市教育委員会発行の「逗子市内の地名調査報告書」(1998年)には、

昔は「ヨバワリヤマ」から知らせが来ると、かじきまぐろなどを突きん棒でよく獲ったものです。

という回想が載っている。

このサイトによれば、この大崎公園の場所にも、披露山山頂の高角砲陣地と関連して、聴測所等があったらしい。もっとも、披露山山頂ほどの旧軍事施設らしい痕跡は見当たらない。

よくよく探すと、当時のものであるらしい、何かの機器か機銃の台座の可能性もあるコンクリートの小構造物(の残骸)があるそうなのだが、今回は(そこまで本気で探さなかったので)見つけられなかった。

●なお、この大崎公園西側(小坪漁港側)の崖下には、大戦中のものかと思われる壕がいくつか開口している。写真は何年か前に撮ったもの。

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最後の写真に見るように、これらの壕は奥でつながっているらしい(オオゲジ等がワサワサいそうな気がするので入ったことはない)。

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改めて披露山(中編)

●逗子市立披露山公園、元・小坪高角砲台レポートの続き。

ちなみに(前回書かなかったが)、この披露山山頂は現在の住所で言えば「逗子市新宿」であって「逗子市小坪」ではない。それがなぜ「小坪砲台」なのかと言えば、昭和18年まで新宿は小坪の一部(東小坪)であったため。

●入口から数えて2番目の砲台跡である展望台(前回現況航空写真の⑥)。

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ただし前述のように、小坪高角砲台には3基分の砲台跡があるものの、実際には12.7cm連装高角砲は2基しか配備されず、この展望塔になった場所には、探照灯か測距儀か、要するに高射砲の「周辺機器」が据えられていたらしい。

ちなみに小坪高角砲台は日米開戦前に建設されているが、なかなか砲は配備されず、一度決まった砲が軍艦に回されてしまったりして(もともと12.7cm連装高角砲は艦載用途なのでそちらが優先されたものか)、実際に配備されたのは1942年6月になってからだった由。その2カ月前にはドーリットルによる日本本土初空襲があったから、それを受けて慌てて配備したのかもしれない。

さて、展望台は中心の太い柱で支えられ、その柱の両側に螺旋階段を添わせた形状。展望台下の崖側はウッドデッキ(左写真で奥側)、反対側(階段入り口側、左写真で手前側)はコンクリートで地面と同レベルになっているが(階段手前はさらに一段高かったかも)、北側(左写真で右側)一部だけは一段窪んでいる。この窪みの外周が、猿舎と相似の傾斜面になっているのは、hnさんの記事を読んで改めて気付かされた部分。

展望台階段脇には(東日本大震災後にあちこちに掲示されるようになった)標高掲示があり、この地点(おおよそ山頂広場全体)が92.5mの高さであることが判る。

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展望台に上らずとも、この展望台下の崖際は披露山山頂広場の中でも見晴らしのいいポイントのひとつ。暑い日の午後、もやっているうえに逆光なのでこんな感じだが、時刻や天候、季節によっては、正面の江の島の向こうに富士山が綺麗に見える。

もっとも砲台の立地として考えると、手前の(現在の披露山庭園住宅の)高台に遮られて小坪湾は見えず、右手中景に出っ張った飯島崎のために鎌倉湾も見えない(さらにその向こうは稲村ケ崎)。もともと12.7cm連装高角砲(四十口径八九式十二糎七高角砲)は対空・対艦両方に使える両用砲として作られたものだそうだが、仮に山頂西端にあるこの場所に砲が据えられていたとしても、こちら側の海からの侵攻への対処は考慮されていなさそうだ(そもそもほとんど俯角が取れないすり鉢砲座になっている時点でそうだとは思うが)。

ちなみに飯島崎の崖面には、まさに対艦の防衛用として、洞窟型の「西小坪海面砲台」が作られていた。この洞窟砲台では、終戦後、地元の子供たちが入り込んで遊んでいる際に未回収の弾薬が爆発、14人が死亡、23人が負傷する事故が起きている。これについては以前にも記事にしている。

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上2枚は展望デッキの写真。

砲台とは関係ない話だが、デッキ外周の壁が外側に向かって広がる形に傾いているためなのか(加えて、天井が中心に向かってわずかに下がっていることも関係しているかもしれない)、この展望デッキは、「常に自分がいる場所が一番高く、反対側に向けて床が低くなっているように感じる」という、非常に不思議な感覚というか、ある種のだまし絵的不安感を抱かせるものとなっている(最初は、「あれ? この展望台、もしかしたら傾いてる?」と思った)。写真ではうまく伝わらないだろうし、もしかしたら、たまたま私がそう感じただけなのかもしれないが。

もちろん、展望デッキに上がって、遠くの景色を眺めて「うわー綺麗だねー」と言ってすぐ降りてしまえば気付かないままだと思う(それが本来の用途ではあるが)。もし披露山公園においでになる機会があったら、展望台に上って景色とは逆に柱側を向いて確認してみて欲しい。

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花壇および猿舎は、直径12mの「コンクリートのすり鉢」の外側はそのまま地面だが、この展望台だけはさらに1m幅くらいにコンクリートが打ってある。よく見ると、コンクリート表面に点々と穴を補修した跡があり、すわ、機銃掃射の跡か!?と思ったのだが、よくよく形を見ると、どうも犬の足跡のようだ(あるいはもしかしたらタヌキ?)。コンクリートが固まる前に迷い込んだものか。

展望台から落ちる雨水などで周囲がぬかるまないようにとか、そんなような理由で展望台建設時、あるいはその後に追加で打設されたものではと思う。

●3つめの砲台跡である猿舎(前回現況航空写真の⑦)。……ようやく!

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先述のように、コンクリートで作られたすり鉢状の構築物は、ほぼ当時のまま。その上に、ドーム状の金網と、金網から1mほど?離れて柵が設けられている。

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猿舎内は2m程度すり鉢状に掘り下げられており、斜めになった周囲の壁面には弾薬の仮置き場か、四角い壁龕が並んでいる。

これまではボンヤリと「要するにこういう形に作った猿舎なんだな」という先入観で見ていただけだが、実際、他の場所の遺構の写真と比較しても当時の高射砲陣地の形状をほぼそのまま残しており、猿舎内も、目立つ変更点は南西側に作られた猿山と中央の水飲み場、さらにその中央の檻の支持柱程度。

自分の立っている側の壁面は見えないので(しかも猿舎の間近に立っていると、この暑い季節、結構匂いがきついので)念を入れて数えてはいないのだが、壁龕の数はおそらく8つ。ただし、8つの壁龕は45°の等間隔ではなく、階段とその隣の四角い小檻のある部分の左右の壁龕は離れていて、その分、他の壁龕間の間隔は45°より狭くなっているようだ。上写真でも、よく見ると一つ置いた壁龕間の角度は直角には足りていないように見える。

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この小檻の中の構造に関しては、たまたま猿の飼育員さんがいて聞くことができた。檻の奥は壁龕よりもずっと大きな空間(地下室)になっており、「外に出ている檻の2倍くらい奥行きがある」由。猿舎としてわざわざ小檻を作った理由は聞き忘れたが、小檻の扉は通常は開放してあり、暑い日には猿が地下室に入って涼んでいることも多いそうだ。

砲台当時の用途は、警戒態勢時の兵員の詰め所、もしくは銃爆撃の際の避難所かと思うが、私にはよく判らない。

なお、「すり鉢」周辺は基本は土の地面だが、この小檻(地下室)の入り口付近の上だけは若干コンクリートが露出している。hnさんがレポート前編で引用しているほぼ同形の砲台の戦時中の写真(山口県大津島高角砲台のもの?)では、この「控室」は天井がないので、ここも戦後に天井を被せて地下室化した可能性はあるかもしれない。

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猿舎内に降りる階段。階段そのものは砲台時代のままのようだが、扉は階段の約半分の幅しかない。猿舎を囲む金網の下にはコンクリートの脚(土台)があるが、これはすり鉢状の砲台の構築物の上に、金網を被せる際に継ぎ足して作ったものと思われる。このコンクリートの脚は、階段部分も(扉の直下を除いて)コの字に囲んでいる。

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中央の現・水飲み場が、もともと高射砲の砲架が据えられていたところで、元は前回冒頭に貼った猿島の台座跡のように砲据え付け用のボルト列があったのではないかと思われる。

hnさんは「底の部分にコンクリートが全面に敷かれてるのは、戦前にはなかった仕様。」と書かれているが、ここ以外の同形式の高角砲陣地遺構の例を見ても、ある程度広い面積でコンクリート床になっていたのではと思われる。右写真には、水飲み場の外側に何かを取り外したような、鉄製の輪が埋まっているのが確認できる。砲台時代からのものである可能性があるが、正体は不明。

●付け足しのあれこれをあともう一回続ける予定。

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改めて披露山(前編)

●逗子市西北端に近い披露山の山頂一帯は市営の披露山公園として整備・公開されているが、ここはかつて海軍の高角砲陣地であり、円形の花壇・展望台・サルの檻は高角砲の台座を流用している。

――という話は以前から何度かここで話題にしているのだが、これに関し、hnさんがブログで面白い探訪・考察記事を上げていて、改めて興味をかきたてられたので、8日土曜日、散歩がてら出掛けてみた。

●そもそも「高角砲(高射砲)の台座を流用」といったところで、花壇・展望台・猿舎に作り替えるために掘り返してしまい、当時の名残りというのはせいぜい「円形であること」程度なのではないか……と、ずっとボンヤリ思っていた。

要するに、元の状態として、横須賀・猿島の高角砲台座のような状態を思い浮かべていたのである(下写真)。ちなみに、終戦直後に書かれた横須賀海軍警備隊「砲術科兵器目録」によれば、据えられた火砲は披露山(小坪砲台)も猿島も同じ12.7cm連装高角砲(正式な名称は四十口径八九式十二糎七高角砲)であったらしい。なお、猿島要塞探訪記についてはこちら

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しかしhnさんの記事によれば、特に猿舎は、ほとんど当時の高角砲陣地の原型をとどめているのだという。

猿舎はすり鉢状に2m近く窪んでいて、コンクリートの壁面には8カ所?の壁龕があるが、これは弾薬仮置場ではとのこと。hnさんが紹介しているこちらのサイトでは、山口県にある高角砲台跡(および当時の写真)が載っており、確かに披露山公園の猿舎内と瓜二つ。

これに関しては私が繰り返すよりも、hnさんの考察記事を読んでいただく方が早い。

披露山公園、あるいは小坪防空高角砲台(前編)
披露山公園、あるいは小坪防空高角砲台(後編)

実際にどのような感じに砲が据えられていたのか、hnさんは簡単に図面も起こされていて、これも判りやすい。

改めてウェブ上で披露山の高角砲陣地について検索すると、猿舎がほぼ砲台の原型を保っていることについて言及しているところもいくつかあり、私がそれらを読み飛ばしていただけだった。迂闊。

●そんなわけで、改めて撮ってきた写真を中心にあれこれ。その前におさらい。

以下は逗子市西北部の航空写真(国土地理院地理空間情報ライブラリーの「地図・空中写真閲覧サービス」、2014年9月撮影のCKT20141-C5-8より切り出し・加工)。

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中央やや右の黄色矢印が披露山公園、中央下のオレンジが大崎公園(後述)、左端上のピンク矢印が西小坪海面砲台跡。

その他の大まかな説明をしておくと、右下の砂浜が逗子海岸。中央の小判型の住宅地が、逗子のビバリーヒルズ的高級住宅地である披露山庭園住宅。他と比べて1軒ごとの建物のスケール感がちょっとおかしい。大崎公園左上が小坪漁港で、その隣の埋め立て地が逗子マリーナ。写真左上端にある岩礁のようなものが、鎌倉時代に船着場として作られた和賀江島

下は、披露山山頂付近のみを切り出し拡大、終戦直後の状態と現在を比較してみたもの。写真は同じく国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」からで、終戦直後のものは1946年2月に米軍が撮影したUSA-M46-A-7-2-84、現況は上写真と同じCKT20141-C5-8より切り出し・加工。

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前述のように、高射砲の台座は3基分作られたのだが、実際の砲は2基しか配備されず、現在展望台になっている場所には測距儀か何かが据えられていたらしい。実際、上写真でも、真ん中のマルは上下とちょっと違って写っており、いくぶん窪みが浅いようにも見える。

●山頂の北東側、一段低くなった平場は、現在駐車場として利用されている(上写真①)。終戦直後の写真に写っているように、この場所には、もともと兵舎と思しき大き目の建物があったらしい。

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駐車場の東側突き当りからは細い山道があり、その先には憲政の神様と呼ばれた尾崎行雄(咢堂)の旧宅「風雲閣」跡がある(その向かい側は三文文士の元東京都知事邸だ)。これを記念して、駐車場中ほど北側には、尾崎行雄の記念碑が立っている。

駐車場の南側からも浪子不動(高養寺)に降りる山道があり、ハイキングコースの案内板が立っている。駐車場からこの道筋を少し降りたあたりに数カ所、コンクリートブロックでふさがれた横穴がある(上写真②のあたり)。高射砲陣地用の弾薬庫だったのではと思われるが詳細は不明。この2枚の写真は1年半ほど前に撮ったもの。

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駐車場から山頂広場に向けてゆるいスロープになっており、その中途にもコンクリートでふさがれた横穴跡のようなものがある(上写真③)。

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これも弾薬庫だったのか、それともこの上にも監視所・指揮所関連の建物があったようなので、その地下室と連絡していたのか。

スロープを登った右手には現在レストハウスがある(上写真④)が、これは監視所跡であった由。上の建物は新しいが、スロープ側に入口がある半地下はコンクリートの頑丈そうなもので、おそらく当時まま流用されているのではと思われる。

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●スロープ上から山頂広場を望む。手前に花壇、中央奥に展望塔、左手奥にちょっと隠れて猿舎が写っている。

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まずは花壇(上写真⑤)。二重の縁石に囲まれていて、その間は細いドーナツ状の池になっている。こんなにせせこましい池なのに(公園案内板によれば、3つの高射砲台座跡はすべて直径12mだそうだ)ザリガニが繁殖していて、子供たちのザリガニ釣り場になっている。ちなみにここのザリガニは結構スレていて、エサのさきいかを挟むまでは行くのだが、釣り上げようとするとするとすぐに離してしまうため、小さな網を持って行かないとなかなか捕まえられない。

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閑話休題。流石にこの花壇こそ原型との共通点は丸いことくらいしかないんじゃないか、と思ったのだが、hnさんによれば、他の2つ同様、もともとのすり鉢状のコンクリートの構造物はそのまま残っているらしい。どのように改造されたかの詳しい推察はhnさんの記事に譲るが、hnさんが実際に池に手を突っ込んで確認したところ(偉い!)、池の外周の壁面は垂直でなく、内側に向けて斜めになっていたという。外周は砲台そのままで、単にその上に縁石を載せてあるらしい。

長くなったので続きはまた改めて。

●「RWBY」のテレビ放映が始まったのだが、なんと大幅に中身が端折られていた。なにこれ。DVDプロモ用の撒き餌か何か? 吹き替え版で話が分かりやすいので続けて観たいとは思うけれど、かなりガッカリ。

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人工衛星

●人工衛星のルービックキューブを貰った。

……なぜルービックキューブ?

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なお、一度絵を崩したら、私自身はもう復旧できない(2、3面くらいなら揃えられるが)。

●合わせて、人工衛星の扇子も貰った。

……なぜ扇子?

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もっとも季節的にはちょっと有り難いかも。うちわも常備しているけれど。

香木の香り付き(本物はかなり高いものだそうなので、当然人工的に付けたもの。消えたらそれっきりらしい)。

20170703_232114 ●その昔、東神奈川にあった「模型ラッキー」の特売品で買ったスティックタイプのヤスリが妙に使い勝手がよく、「ヤスリ掛けといえばとりあえずコレ」的に愛用してきたのだが、さすがにくたびれてきた。右の上になっているのがそれ。

いつ買ったのかよく覚えていないが、東神奈川の模型ラッキーは2006年?に閉店しているので、少なくとも10年以上は使っていることになる。

ヤスリ面がボロボロになるまで使い続けるというのも、諦めが悪いというかビンボ臭いというか、我ながら呆れるが、もともと粗目(200~300番くらい?)と中目(400番くらい?)だったヤスリ面の粒子がいい具合にヘタレてきて、割と細かいパーツの粗削りと仕上げとに都合よく使えたのだ。芯材は固めのウレタンフォーム(?)の中心に硬質ゴムが挟んであり、適度な厚みと固さが良い。

もっともここまで剥げてしまうとさすがに問題なので、まったく同じ時に買って10数年、引き出しの中で眠り続けていたもう一本を引っ張り出してきた。それが右の下側。……これも今後10年間使えるかな?

これまで使ってきたボロボロの1本は……。やたらに寺社がある鎌倉のこと、針供養のように、どこか一軒くらい、ヤスリ供養とかしてないかしらん。針供養は豆腐に針を刺すそうだが、ヤスリ供養は豆腐の角を削るのか?(むしろ難易度が高そう)

なお、似たようなヤスリスティックはネイリストの娘から一束(10本くらい?)貰ったりしてだいぶ在庫があるのだが(左の2本)、どれも先のものより番目が粗すぎて汎用性が低い。ただ、一番左のライトグレーの1本は粗削り専用としてしばしば使っている。やたらにゴリゴリよく削れるので、削り過ぎに注意する必要がある。

20170703_232202 ●ヤスリに関してもうひとつ。SUMICON掲示板で、hnさんに教えて貰った「神ヤス!」を2種買ってきた。布裏地のペーパーにちょっと固めのスポンジのベースが付いたもの。上記のスティックタイプは基本、曲げることはできないが、こちらはベース付きの使いよさをある程度持ちつつ、曲面にして使うことができる。

番手が5種類、スポンジのベースの厚みが3種類あるなかで、とりあえず、2mmの240番、3mmの600番を買ってきた。

●夏アニメ。なんと「RWBY」の日本語吹き替え版がテレビ放映されるそうだ! うぉう!

あとは、原作を読んだ「異世界食堂」は観るかなあ。

●4日火曜日。家の前の坂道を降りていたら、道の脇の草むらの葉の上に、ムラサキシジミが止まっていた。

逗子近辺でも時々見かける蝶なのだが――見かけるといっても、年に1、2度見るかどうか。しかも、翅裏は(蝶にはよくあることだが)ひどく地味な、ちょっと斑のある茶色で、せっかく目撃しても、止まった状態では翅を畳んでその翅裏しか見せてくれないことも多い。

ところが今回は翅を広げて止まっていて、焦げ茶の縁取りに、深い青紫の構造色の美しい模様を見せていて、思わずゾクゾクした。もちろん、さっそく写真を撮ろうとしたのだが……。そんなに近付いてもいないうち、スマホを向けただけで飛び去ってしまった。まったくもって残念無念。

せっかくスマホをカメラモードにしたので、近くの葉上にいたハエを写した(ヤドリバエ科?)。何この落差(泣)。

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ちなみに、何年か前に鎌倉で撮ったムラサキシジミはこんな感じ

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やまなみルート

●17日土曜日。2か月前にも歩いたばかりだが、池子弾薬庫跡地の北辺の尾根を辿る「やまなみルート」を再び歩く。

出発点は久木大池。東岸から階段状になった急斜面を登る。はっきり言って、全行程中でここが一番きつい。逗子・鎌倉近辺の尾根上のハイキングコースはたいていそうだが、登ってしまえばあとはそれほど起伏は多くない。

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時季的にヤマユリが咲いているだろうと思ったのだが、尾根上に上ってしばらくは見当たらず。期待外れかと思いかけたが、そのうち、こんな場所が。なんとも豪華。そういえば昔は、披露山入口バス停付近の急斜面の上でこれでもかというくらいヤマユリが咲いていた記憶があるのだが、今ではすっかりコンクリートで塗り込められてしまった。

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前回は十二所果樹園で朝夷奈切通の鎌倉側入口へ降りたが、今回はその先へ。下はヤマユリ同様にこの時期が旬のオカトラノオ(左)と、十二所果樹園奥で見つけた面白い色模様の葉(右)。

このような種類の植物なのかとも思ったが、実際には、葉脈黄化ウイルスに侵されたヒヨドリバナ、であるらしい。それなりにしばしば見られるもので、「キモンヒヨドリバナ」の別称で呼ばれることもあるとか。この模様のヒヨドリバナの葉についての記述は万葉集にもあるのだそうで、植物のウイルス病害について記された世界最古の例だそうだ。

その記述とは孝謙天皇の歌で、行幸の際に色づいた「さはあららぎ」を見て、これを摘み詠んだものとされ、その「さはあららぎ」はヒヨドリバナ属を指すのであるとか。

この里は 継ぎて霜や置く 夏の野に 我が見し草は もみちたりけり

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当初は、切通の金沢側入口脇の熊野神社へ降りるつもりでいたのだが、手前で分岐があり、もっと先まで尾根を辿れることが判明。さらに三信住宅へ降りる分岐も越えて歩く。大池から十二所果樹園までの間には、軍事遺構的なものとしては、前回写真を載せたコンクリート壁があるが、果樹園を超えて六浦方面への尾根道の途中でこんなものを見つけた。

左は池子弾薬庫跡地境界の鉄線柵の向こうに、唐突に立っているコンクリート門柱の残骸。門柱左右には塀などは残っていない。それにしても、何もない山の尾根上に、何の用事でこんな「裏口」が構えられていたのかどうにも謎。

右は正体不明の標石。文字も風化して不鮮明だが、「軍校」もしくは「重校」と読めなくもない。

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ネットで調べてたどり着いたこのブログでは「重校」であるとし、横須賀にあった陸軍重砲兵学校(うちの親父の母校!?)関連のものではないかと推察している。実際、横須賀・大津にあったという重砲兵学校校長邸跡に、よく似た「重校」と書かれた標石が立っているそうだ。

さらに六浦方面に歩くと、海軍標石があった。私が確認できたのは3基(と、もしかしたら海軍標石であったかもしれない破損した根元だけのもの)。十二所側から六浦側への順番で写真を並べておく。

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水道路沿いの海軍標石とは違うのはもちろん、同じ池子弾薬庫跡地外周でも、逗子市山の根の裏山尾根の標石とも字体・作りが少々異なっている。

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モリミー

●森見登美彦の小説はとても好きでよく読むのだが、なぜか読んでいなかった一冊、「聖なる怠け者の冒険」。書名は馴染み深く、すでに読んだ気になっていたのかも。

BOOKOFFで文庫版を見かけてペラペラめくってみて、どうやら読んでいないようだと判断。

買おうかどうしようか、ちょっとカバーなどに折りじわがあってクタビレ加減だけれど100円コーナーじゃないし、しかしたまたま文庫本(通常価格コーナー)全200円均一セール中だし……などなど迷っていたら、中にサイン入りメッセージカードが挟まっていて、即購入。

20170607_161630 よくよく調べてみると、文庫版「聖なる怠け者の冒険」の初版のみ、4種類のメッセージカードのどれかひとつが付属、カバーがリバーシブル仕様という特典付きだったのだそうだ。さすがに自筆サインカードじゃなかったかあ。でもちょっと嬉しい。

ちなみに、私が入手した以外の3種のメッセージは、ネットで検索した結果によれば、

「僕は人間である前に怠け者です」
「役に立とうなんて思い上がりです」
「人生いたるところに夏休みあり」

よいね。

●先月、ものすごく久しぶりに市の健康診断に行き、先週結果が帰ってきたのだが、「糖尿病」と診断され、予約を取って火曜日に専門医に。

(潰瘍性大腸炎のからみで)毎年血液検査は受けているのだが、「なんでそこで何にも言われていないんだ」(大意)等々言われ、栄養士のレクチャーも受けて、とにかく食事療法を開始することに。

……何でもいいが腹一杯食いてえ。

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キイチゴ

●このところ連日妙に暑い。

●アケビの芽も時季を過ぎて、春の山菜類は打ち止め。

それに代わって夏前のこの時季、楽しみなのがキイチゴ類。

▼ご近所のモミジイチゴ。同じ種類でも生えている場所や時季で味が違ったりするが、ここのものは毎年甘くて美味しい。何株かあってたくさん成るのだが、急斜面に張り出して生えているので、枝垂れた先の手が届く範囲についている実しか収穫できない。

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▼鎌倉の佐助で見つけたモミジイチゴ。崖のギリギリ手の届かない場所に生えていて採れなかった。ちょっと悔しい。

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▼カジイチゴ。甘みはモミジイチゴよりわずかに少な目? 後味に少し苦みがあるが、これはこれで美味しい。枝にトゲがないので気軽に枝を掴んで引っ張れるのもポイント。

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▼キイチゴではないけれどオマケ。同じように甘酸っぱいクワの実。

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これらが過ぎると、あとは秋まで、まともに食えるものは近所の野山にはあまりない気がする。残念。

●散歩の途中、ハイランドの鎌倉市(浄明寺)側の公園のヒメジョオンの花の上に、チラリと青く光る、小さな虫がいた。

翅の重なり具合から、最初はハナバエか何かかと思ったが、どうも違う。帰って調べたら、お初(少なくとも写真を撮るのは)のセイボウだった。

腹の赤いセイボウの仲間は何種かいるようだが、ちょっと丸っこい印象からみて、ハラアカマルセイボウという種類らしい。

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本当はもっとキラキラして綺麗だったのだが、全てがオートのスマホのため、ヒメジョオンの花びらとのコントラストで暗く写っている。

●その他最近の虫たち。

▼久木川にかかる橋の脇のオオキンケイギクに何匹も来ていたムナカタハキリバチのメス。スミゾメハキリバチの別名通り真っ黒。ハキリバチの仲間共通の特徴で、平べったい腹の下側にたっぷり花粉を塗り込んでいて、「邪魔すんじゃないわよ」という示威行動なのか、3枚目の写真はやたらにエビ反って見せている。

4枚目はムナカタハキリバチのオス(たぶん)。もふもふの前足を抱えるように畳んだ格好、先端がしゃもじのようになった独特の触角はムナカタハキリバチのオスの特徴であるらしい。

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▼散歩途中のカミキリムシたち。

1枚目は今年初目撃のラミーカミキリ。2枚目はトガリシロオビサビカミキリ。とりあえず特徴を羅列しました的な、やっつけ仕事感満載な和名。まあ、ちょっとマイナーな種の昆虫にはありがち。3枚目は今のところまだ名前がよく判らない小型のカミキリムシ。いずれも名越切通とその付近で。

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▼その他甲虫。

1枚目。ベニホタル。名越切通脇の平場で、赤い羽根の虫が飛んでいて、止まってくれないかと待っていたら、運よく近くの葉の上に。

2枚目はホホジロアシナガゾウムシ。脚が長いかどうかよりも、妙に握るとグリップ力が高そうな翅のディンプルが気になる。体型もなんだか変だけれど。

3枚目はイタドリの葉の上にたくさんいたハムシ。サルハムシの仲間ではないかと思う。妙にすばしこかった。

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▼若干ピンボケだが、ミズイロオナガシジミ以外で初めて撮れたゼフィルス(樹上性シジミチョウ)、アカシジミ。報国寺奥の谷戸で。小川の対岸から精一杯腕を伸ばして最大ズームでようやくこの大きさ。ほかにちらりとウラナミアカシジミは大切岸で見たことがある。

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洞窟寺院

20170511_135654 ●かみさんから、「大船の観音様の向こうに、洞窟があるらしい」という、何やらえらくざっくりした話を聞く。

防空壕の跡でもあるのかと思ったのだが、ネットで調べてみるとそうではなく、お寺にある洞窟で、しかも結構有名な存在であるらしい。

ちょうど仕事が途切れて暇なので(←営業しろよ!)、11日木曜日、その通称「田谷の洞窟」を見物に行く。

なお、湘南方面の方にはまったく見慣れた風景だろうが、冒頭の「大船の観音様」というのは右写真。JR大船駅のすぐ脇の山の上に、巨大な観音のバストアップが鎮座している。子供が小さい頃には、

「実はあの観音様は山の中に下半身が埋まっていて、一年に一度山が開いて、鎌倉の大仏と対決しに行くんだ」

とかいういい加減な話を考えたこともあるが、当然ながらまったく信用されなかった。

なお、比較的ご近所に20年以上暮らしているにも関わらず、私はまだ山に登って間近に見たことがない。

20170511_142658 ●「大船の観音様の向こう」といっても、その山の裏側とかではなく、大船駅西口からバスに乗る。大船駅は鎌倉市と横浜市の境にあるが、目的地は横浜市側。

目指す洞窟は定泉寺という真言宗の寺の境内にある。ほぼ寺の真ん前に「洞窟前」というバス停があり、しかも「田谷の洞窟」と大書された看板まで立っていて判りやすい。

洞窟の正式名称は田谷山瑜伽洞(ゆがどう)。なんとwikipediaにも出ていた。真言密教の修行場として人工的に掘られたもので、戦国時代に建てられた定泉寺よりむしろ古く、鎌倉時代初期にまで遡るという。

拝観料400円を払い、ろうそくを貰って洞窟に入る。残念ながら洞内は撮影禁止。

そんな、ろうそく一本持って洞窟に入って、途中で消えたらどうすんのよ!?……と思ったが、実際には洞内は点々と照明が下がっていて、ろうそくは気分演出アイテム的な感じ。歩く風圧で3,4回消えたので、本当にこれしか照明がなかったらヤバイところだった(洞内に何カ所か立っていたろうそくで再点火した)。

写真のように入口は小ぢんまりと素っ気ないが、江戸時代まで拡張が重ねられた洞内は想像以上に深い。現存部分で500m以上、すでに崩れた部分も合わせると総延長は1kmを超えるそうな。順路をゆっくり歩いて、出てくるまでに30分ほど掛かった(ちなみに洞内は息がなんとなく白くなる程度に冷やりとして、しかも平日とあって私一人しかいなかった)。

通路は、広いところは十分に立って歩けるが、ところによっては天井が低く、かがんで進む必要がある。所々に小部屋があり、壁面や天井に仏像や霊獣その他のレリーフがある。坂東三十三観音霊場、四国八十八霊場ほか、全国百八十八霊場が勧進されてそのご本尊が並んでおり、この洞窟をめぐると百八十八カ所を巡礼したことになるらしい。なんてお手軽な!……はっ、まさか逗子の巡礼古道の「奉納百八十八番」石碑は、ここで巡礼を済ませてないだろうな!?

そういえば、「横浜市内に現存する磨崖仏は、鼻缺地藏白山道奥磨崖仏の2つしかない」と聞いたが、この石窟内のレリーフは「磨崖仏」に勘定されないんだろうか? 文字通り崖にないとダメ?

鎌倉近辺のめぼしい寺社は行き尽したような気になっていたのだが、まだこんな見応えのある場所が残っていたとは思わなかった。寺マニアも洞窟マニアも見に行って吉なり。

●帰り、大船駅の東口側に渡ってBOOKOFFに寄り(何も買わず)、そのまま北鎌倉駅まで歩く。

20170511_165848 ●判る人には判るロケーション。常楽寺交差点北側の坂。

「タケシくんもやっぱり『どうでしょう』のペースつかんでいかないと。
いいですか。四六時中面白いわけじゃないんですよ『どうでしょう』は。
……
あせっちゃダメだよタケシくん。
どうしてもね、あせって面に寄っちゃったりするでしょ?
ダメダメ。そうそう出ないんだから。
釣りと一緒だよ。何回もバラすんだから。
でもね、どっかで『クッ』と掛かるから。」

ちなみに「つるおかはちまんぐう」じゃないですよ、「つるがおかはちまんぐう」ですよ藤村D。

20170511_171545 ●北鎌倉駅近くの踏切。権兵衛、who?

このサイトによれば、昔のこのあたりの大地主の名前だそうだ)

ちなみに北鎌倉駅下りホーム沿いの道の素掘りの洞門(通称:緑の洞門)を「崩す/崩すな」の問題はまだ決着しておらず、ロックアウトされたままになっている。釈迦堂切通もそうだが、素掘りの外観のまま固めて補強するといったような技術ってないんですかね?

●このところの散歩途中の花や虫など。

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近所のウツギ。咲き揃ってしばくすると、例年通りにウツギヒメハナバチが来始めた。小さな体を黄色く花粉まみれにする働き者。といっても、年間、この半月くらいしか働かんしな。コマルハナバチ以上の短期限定季節労働者。なお、今年は去年までよりマルハナバチを見かけることが少ない気がする……。実際に数を減らしていたりしないか、ちょっと心配。

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大切岸、モミジイチゴやナワシロイチゴと一緒に藪を作っている、同じくバラ科っぽい小灌木がちまちました花を付けていた。調べてみると、コゴメウツギというらしい。(上の)本家ウツギはアジサイ科、こちらは枝葉の印象通りバラ科で、「小さな白い花がまとまって咲く」以上の共通点はないようだ。よく見ると花びらが大小交互になったような花の形が面白い。

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ホウチャクソウはほぼ終わりだが、山道のあちこちでタツナミソウが咲いている。確かに名前通り、北斎の神奈川沖の波頭のような。ご近所ではこれの白い園芸種もよく見かける。

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1枚目はちょっと前に新宿の路地の生垣で見つけた、やたら肩の角が立派なカメムシ。その立派な角と背中の白紋2つでウシカメムシと判断。闘牛の風格。2枚目は大切岸で撮ったツヤツヤメタリックなハムシ。割とたくさんいる。おそらくバラルリツツハムシ。3枚目はハイランドの端のツツジの生垣に何匹も飛来していたジャコウアゲハ。

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世話もしていないのに毎年よく咲く玄関先のラベンダーにやってくるミツバチ(おそらくニホンミツバチ)。

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春の雑記(2)

●かみさんが今使っている湿布薬は、かみさんがいうには「めんそーれ」がキツイそうだ。……沖縄成分?

20170411_150444 ●我が家のちびの最近の粘土作品。「初音ミクふうの人形」(あくまで「ふう」であって、初音ミクではない、と言い切るところに何か妙なこだわりが)。細かい……。7歳児すげぇな(なんて言っている間に誕生日が来て8歳になった)。

●4月10日、逗子駅前に買い物に行く途中、久木川でカワセミを目撃。

昔(確か20年以上前)に葉山の森戸川上流で初めて見かけ、逗子近辺でも川の上流に行けばカワセミが見られるのか!と大いに感動したのだが、その後、割と最近になって、住宅地からすぐ近くの久木大池公園でも見られるというのを知った。

しかし今回見たのはまるっきり平地の住宅街。こんなところでも見られるものなのか……。

20170410_164414 久木川は、久木の町内はほとんど暗渠になっていて、横須賀線をまたぐ辺りから開渠となる。カワセミを見つけたのは久木川が久木町内を抜けて、逗子市逗子・新宿の境界を流れるところ。最初は、深いコンクリの掘割を上から覗き込んだら、足元を一直線に猛スピードで飛びぬけていく小鳥がいて、飛んでいく先で一瞬きらりと青く光った。流石にその時は、「カワセミ? まさか?」と半信半疑だったが、もう少し下流の川面が開けた場所で再発見。岸から飛び出た小枝に止まり、そこから何度もダイブして魚を獲っていた。

肉眼では青く光る背中も、オレンジがかったお腹も確認できてちょっと感動したが、スマホでは最大に拡大しても「……川の写真だね」程度のものしか撮れなかった。写真ほぼ中央辺り、枝の先で、河岸の石垣下部のコケで色が帯状に変わっている部分に重なっているが……わっかるかなあ?。

Kawasemi 拡大してみたのが次の組写真。カワセミかどうかより、鳥かどうかさえ怪しいレベル。残念。

●4月15日土曜日、赤板先行、でんでん両氏と川崎で飲む。

川崎らしく、タッカルビなど韓国料理のメニューの多い居酒屋で料理をつつきながら焼酎を飲む。赤板は途中から椅子に座ったまま居眠りをしていた(前回飲んだ時も寝ていたような)。「社長業が忙しいから」(でんでん)らしいが、赤いシャツを着て背中を丸めて居眠りをしているとダルマのようだ。

だいぶ飲んで食って、赤板を起こして店を出てから(前回もそうだったが)3人でBOOKOFFに寄ってから帰る。

酔っぱらって東海道線に乗って帰るのはなかなか危険なのだが(大船を乗り越して西に行ってしまう)、今回は大丈夫だった。

Screenshot_20170418144605 ●ポケモンgo、ついに図鑑登録200種を突破。右は201種類目。さすがにこのへんになると野生で新しい種類を捕まえることはほとんどなくなり、もっぱらすでに持っている種類からの進化か卵からの孵化(その後さらに何種か増えて、4月22日現在、204種)。

●20日。午後になって散歩に出掛ける。久木大池から、たぶん10年近くぶりくらいに、十二所果樹園方面への「山なみルート」を歩く。

逗子市久木~池子と鎌倉市十二所の境界の尾根道で、逗子市側は米軍管理地である例の池子弾薬庫跡地(正式な名称は池子住宅地区及び海軍補助施設)なので、久木大池方面から歩くと、道の右側はずっと柵がある。有刺鉄線ではなく、単に鉄線だけで、しかもそれが切れたままのところもあるので、セキュリティ的にはそう厳重ではない。

途中からは、およそ2mほどの高さのコンクリート塀が150mくらいだろうか、尾根上に続いている場所もあるが、旧海軍が作ったものなのか、米軍管理地になってからのものなのか、よくわからない。

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●散歩の途中でアケビの芽を精力的に収穫する。

そろそろ、特に日当たりのいいところに生えているアケビには、アケビコンボウハバチの幼虫が出始めている。春も深いこの時季になると、アケビの芽の収穫はコイツとの食うか食われるかの勝負になる。もちろん、食うのも食われるのもアケビだけれど。

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アケビコンボウハバチもまだ出始めなのでちんまりしたのが「の」の字になっているだけだが、以前に見た記憶からすると最終的には結構でかくなる(4cmくらい?)。ハバチなんてそんなに巨大にはならないと思うのだが、幼虫はなんでデカイんだ……(それを言うなら、スズメガも幼虫のほうがはるかにデカイ場合が多い気がする)。

山道でホウチャクソウも咲き始めた。てっぺんにヤブキリの幼虫が陣取っている。右は草藪で見かけた深い赤色の翅の甲虫。久しぶりのベニカミキリか!?と思ったのだが、どうもちょっと様子が違う。初めて見るアカハネムシという虫の仲間らしい(類似の種類がいくつかある)。残念ながらこのピンボケ1枚だけで逃げられてしまった。

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●21日。鎌倉の二の鳥居脇ですれ違った時に漏れ聞いた、小学校3,4年生くらいの女の子の会話。

「そういうの借りる人って、心情的にわかんない」

いきなり普通の会話に「心情的」なんて単語が入るところにまず驚いたが、そもそも何の話? まさかその歳でサラ金の話じゃないよね……。

●環境省生物多様性センター、「いきものログ」事務局から小さな包み。現在「いきものログ」ではプレゼントキャンペーン中で、その第一期で報告数がランクインしたので、感謝状とエコバッグ、クリアファイル、ふせん紙を頂いた。どうもありがとうございます。

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ちなみにトートバッグはA4が入る程度の大きさなので、買い物にはちょっとツライ感じ。図書館に本を借りに行くとき用?

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