38(t)戦車

スロヴァク・プラガ(3)

週末模型親父さんのところの「K-CON」の余波で塗装しているスロバキア軍の38(t)の進捗報告。

ちなみに「SUMICON~K-CON」掲示板は、執拗なスパム攻撃への対策でURLが変わった。これまでの記事に付けてあるリンクは無効になってしまうのでご了承を。

●現状こんな感じ。2種の茶色でウォッシングし、ウェザリングマスターを少しだけ入れたところ。地色の部分のノッペリ感は多少減じたのではないかと思う。……が、やっぱり場当たり的な塗装だなあ。

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スロヴァク・プラガ(2)

●いよいよ仕事の切羽詰まり度MAX。明日の昼までには仕上げます、って言っちゃったしな……。

F1014035 ●そんなこんなで、スロバキア陸軍のLT-38(Pz.Kpfw.38(t))は前回から特に進捗があるわけではないが、とりあえず工具の塗り分けだけはしたので写真を1枚上げておきたい。

前回、ワイヤーカッターについて「頭部:金属、柄:木質、柄の末端:黒い樹脂製のキャップ?……というような構成らしい」と書いたのだが、これに対し、“ハラT先生”こと青木伸也氏より「ベークライト製では」とコメントを頂き、さらに実物写真が出ているSTEINERさんのページを紹介してもらった。

STEINERさんのところは私自身もしばしば見に行っているので、このページもおそらく見ているはずなのだが、すっかり失念していた。

なお(これまた前回記事コメント欄の繰り返しになるが)、ドイツ戦車の車載工具の3Dモデリングのページがあり、ここではワイヤーカッターと、その他長物工具の柄の色が違えてあった。ワイヤーカッターはベークライト、その他は木製、ということらしい。

というわけで、なんとなくそんなふうに塗装。

なお、ワイヤーカッターの柄の先は、STEINERさんのページの解説では柄の末端の暗色部分もベークライトということになっているが、色が違うということは何かしら特性が違うはずで、硬質ゴムに近いものなのかも。もちろん、模型製作に際しては、何色であるかがわかればよいわけなので、素直に黒っぽく塗る。

ちなみに、タミヤの車載工具セットの塗装説明では各工具の塗装指示はどうなっているのだろうとちょっと気になった、パーツ自体は見つかったがインストが行方不明だった。毎度のことながらストック品の管理が悪過ぎる。

ジャッキ台も何となく木製っぽく見えるように塗ったが、考えてみれば、木質部は無塗装で、金属ベルト部分だけ綺麗に車体色で塗り分けるなんてことはありそうになく、もっと「車体色が剥がれてるんです」的表現にすべきと思う(これからどこまで手を入れるか判らないが)。

左フェンダーの「チェコ装備」であるバールとハンマーも塗ったが、留め具であるベルトは(ジャッキのベルト同様)まだ塗り分けていない。……ベルト、何色だろう。

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スロヴァク・プラガ

「週末模型親父」さんのところの軽戦車コンペ(K-CON)も終わったばかり。しかも仕事もかなり切羽詰まってヤヴァイ状態になっているのだが、何となく引き続き模型製作中。というより塗装中。

一頃、まるっきり完成品のない年月を重ねていたのだが、ここ最近、SUMICONのお陰で、時折は「とりあえず完成」と言える作品が上がるようになった。それでも、結局は組み上げるだけで塗装前に息切れし、未塗装で放置したりして、完成はおおよそ年一作くらいのペースなのだが、今年は奇跡の複数完成か?(地味な奇跡だなあ)

F1014029 ●というわけで、トライスターのPz.Kpfw.38(t)、E/F型。

最近、数回取り上げているので繰り返しになるが、以前、マウルティアのついでにベース塗装までは済ませてあったもの。ビッカース水陸両用戦車のついでで若干の細部塗装とデカール貼りを行い(「ついで」ばっかり)、そのままなんとなくいじっている。

国籍マークで判るようにスロバキア陸軍所属車。スロバキア陸軍のLT-38/Pz.Kpfw.38(t)の仕様等々については、以前の記事、

スロバキア陸軍LT-38メモ
スロバキア陸軍LT-38メモ(2)

を参照していただきたい。

●もっとも、進捗と言ってもそう大したことをしているわけではなく、

(1).「グラウの上にいい加減にゲルプを再塗装した結果、下地がちょこちょこ顔を出している」風の塗装を目標にチッピング表現(タミヤアクリルとタミヤエナメル)。ちなみにV-3131号車は実車写真が残っているが、クローズアップの鮮明な写真があるわけではなく、剥がれ表現はほぼフィクション。最近はやりの「剥がし」手法などはせず(できず)、昔ながらの「剥がれを重ね塗りで表現」を行っている。

コントラストが強すぎると何なので、パンツァーグラウというよりはだいぶ明るめのグレーを使用。剥がれの周囲はタンで退色表現。まだゲルプの基本塗装部分はノッペリしていて、剥がれ部分は何となく浮いて見えるが、このあとスミ入れやウォッシングで落ち着いたらいいなあ、くらいの感じ。

(2).工具と予備履帯をタミヤエナメルで。予備履帯は再塗装前から取り付けられていて、車体と一緒にゲルプで塗られてしまった、という状態に仕上げたいなあ、とボンヤリ思っていたのだが、私のような「塗装未熟者」がそれをやると、「単に塗り忘れた」ふうにしか見えない可能性が大だったので、結局ちょっと錆の浮いた鉄色ふうで塗り分けた。根性無し。

なお、V-3131号車の実車写真では車体下部前面の予備履帯は失われているが、どうも全体塗装が履帯で「マスキング」されていたような形跡が確認できる。

(3).工具のうち、ジャッキは全体を鉄色にすることなく、本来車体色のものが剥げたり汚れたり、という感じに。ワイヤーカッターはどこがどういう材質なのかちょっと迷ったが、頭部:金属、柄:木質、柄の末端:黒い樹脂製のキャップ?……というような構成らしい。今さらドイツ戦車の工具の色が、なんて言っているところがにわかモデラーっぽい。……だってドイツ戦車なんてあんまり作らないんだもん(追記:コメントで、青木伸也氏より、ワイヤーカッターの柄は絶縁体のベークライトでは、という指摘あり)。

ちなみに、フェンダー上の工具類のうち、右前のワイヤーカッターとオノがドイツ仕様の追加品で、残りはチェコ仕様(のはず)。細部塗装の続きに関しては、砲塔上面左前方のペリスコープ根元のカバーを何色にすべきかちょっと悩み中。ゴムまたはゴム引き布の解釈で、黒っぽく塗っておくか?

●並行して、ミニスケールのGAZ-AA、GAZ-67、57mmZiS-2も塗っている。すごい。まじめなモデラーみたいだ。

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インレタが売っていない愛のテーマ

●タイトルは、単にわんかっぷPの「~がやってこない愛のテーマ」を最近再び聞いて頭に染み着いてしまったため。ママローヤルあるふぁ~♪

F1011278 ●というわけで本題。

日曜日に散歩に出たのは、ついでに鎌倉駅前で買い物をしたいという気もあったからだが、その目的がインレタ(インスタントレタリング)。一応説明しておくと、フィルムに印刷された文字や模様を、こすって転写させるもので、模型用には(水転写式との対比で)「ドライデカール」などの名称で売られていることもある。

理由その1:現在製作中のビッカース水陸両用戦車の車番デカールはサイズが2種類入っているのだが、その片方がどうも大きいので、インレタで似た書体のものが欲しかった。

理由その2:ビッカースのついでに転輪ゴムと排気管を塗ったスロバキア軍の38(t)の車番にもインレタを使いたかった。ゴシック体の小さい白数字のインレタは2枚持っていたが(右写真)、これももう少し小さいものが欲しかった。

●まず最初は鎌倉・大町の画材屋(というより額縁屋?)に行ったのだが、「置いていない」との返事。駅前の島森書店の文具コーナーにもなかった(スクリーントーンならあるんですが、と言われた)。

藤沢の世界堂(関東近辺では大手の画材屋チェーン)にはあるかもしれない、あるいは横浜にもルミネの上に世界堂がある、と言われたので、より捜索範囲が広そうな横浜に出てみることにする。

まずはルミネの上の世界堂。店員さんに「インスタントレタリング、ありますか?」と訊ねたところ、「インスタント……レタリング、ですか? それ、どういうものですか?」と逆に質問されてしまった。え?そこから?

そもそも私の感覚では、インレタなんて、その辺の文房具屋さんでも売っているもので、画材屋(特にデザイン関係のあれこれ素材を扱っているところ)ならより豊富に取り揃えているものと思っていたので、これはちょっとショック。もしかしたら、いつのまにかインレタが存在しない並行世界に迷い込んだのか? どこかでウッドロウ・ウィルソンの10セントを使っちゃったのか?(←持っていても使う場所がありません)

次にMORE'Sの上の東急ハンズで、年配の(といっても同年代くらい?)の店員さんに「インスタントレタリングあります?」と聞いたら、「ああ、インレタですか!」と即座に略称で返って来て安心した。よかった。SF的展開にはなっていなかった。……が、品物自体は、特大の文字以外無し。「昔はカセットテープのラベルとかによく使いましたよね~。でもプリンタの普及で、今はほとんどなくなっちゃったんですよ」とのこと。

言われてみれば、モデラー的にはまだまだ使い道があるかもしれないが、その他の一般的な用途は、今となってはあまり思いつかない。そうか。あれって「カセットテープ」の時代のものだったのか……。

その後、VOLKSや鉄道模型屋2軒を回ってみたが、代替できそうなデカールもインレタ(ドライデカール)もなかった。2軒目の鉄道模型店で、

「インレタ、銀座の伊東屋なら……」

と言われたので、おお、伊東屋ならまだ揃ってるのか!と一瞬期待したが、続けて、

「作ってもらえるそうですけど」

と言われた。がっくし。

ちなみに、その昔、町の文房具屋さんでも当たり前に置いていたインレタの代表的ブランドが「デカドライ(DECA dry)」だが、手元にある一枚を見ると、元々ベルギーの会社が作っていたものらしい。日本の総代理店であったユニオンケミカー株式会社のサイトを見に行くと、とりあえず製品情報のページに載ってはいるものの、「2010年12月で販売を終了致しました」と添え書きされていた。

F1011336 ●ところで、VOLKSで、エアフィックス再版の1:32にこんなPOPがついていた。

あれ? イタレリのMk.IIIって絶版?

ついでに、ファレホを2色と、クレオスのマークセッターを買ってきた。

●スロバキア陸軍の38(t)は、その昔、はるとまん氏に作ってもらった「ひぽぽたまんデカール」第一集(前世紀の遺物!)にも国籍マークと車番を含めてあるのだが、自分でデザインしておきながら、その車番(V-3081)チョイスの根拠がよく判らなくなってしまった。

以前の記事に書いたように、V-3063以降のスロバキア軍LT-38は、元々ドイツ軍の38(t)の中古車で、雑多な形式が混じっているため、適当に番号を付けると、「ありゃ、形式違ってた」なんてことにもなりかねない。

そんなわけで、砲塔の国籍マークは「ひぽぽたまんデカール」を使ったが(こちらもよく見ると赤の部分に細かい縞模様がでてしまっているのだが)、車番はE/F型であることが確実な「V-3080」か「V-3131」に変更したいと思ったのだった。

F1011393 手元にあるインレタ2種――デカドライの「14」と、マクソンの「212N ALTERNATE GOTHIC 12pt」はどちらもちょっと大き目だが、新たなインレタを手軽に入手するのは無理そうなので、これを使ってどうにかすることにした。縦幅はマクソンのほうが大きいが、横幅は狭い。結局、こちらの数字を切り詰め、クリアデカール(ひぽぽたまんデカールの余白)の上に一度貼りつけて使用した。

右写真は、右下の黒地のものが「ひぽぽたまんデカール」(改めて見直すと、これもちょっと文字がキツキツ)。上端がデカドライをそのまま使用したもの。残り2つがマクソン使用のもので、3の数字は上・中・下の三分割し、縮めて貼り重ねてある。1の数字は貼ってから下端を削り落として短くした。また、数字のみのシートでアルファベットは入っていないため、Vは1を2本重ねてはみ出し部分を削った。なんという余計な努力!

ちなみに、4つの「3」を作るために3のインレタを11個も消費した。細切れにする過程で断片がハサミにくっついて無駄になったりしたため。すでに貴重品となったインレタをここまで贅沢に!(←ばか)

それはともかく、少なくとも20年くらい死蔵していたインレタが問題なく使えたのもラッキー。

F1011396 ●実際に貼ってみたのがこちら。

よ~く見ると、3の字がちょっとギクシャクしているのだが、許容範囲ではないかと思う。

なお、ビッカース水陸両用戦車製作の山場なのに38(t)のデカールなど貼っているのは、戦車の仕上げ塗装自体が久しぶりなので、まずはこっちでウォッシングなど練習してみようかな、などと(珍しく)殊勝なことを考えたりしたためだが、どうもそんな余裕はなくなってきたかも。

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スロバキア陸軍LT-38メモ(2)

●スロバキア陸軍、LT-38/38(t)の考察その2。塗装とマーキング。

スロバキア陸軍のLT-38/38(t)の塗装は、主に次の3種に分けられるのではと考えられる。

▼チェコスロバキア陸軍制式の3色迷彩(ただし前回書いたように、完成はチェコスロバキア解体後)。最初の5輌(V-3000~V-3004)のみ。チェコスロバキア軍の3色迷彩は、例えばタトラのOA vz.30装甲車では全車同じパターンで塗られていたが、LT-38では各車パターンはまちまち。色はダークグリーン、アースブラウン、オーカー。3色の面積はほぼ同じくらいで、塗り分け線はくっきり。転輪類の中に塗り分けはなく、いずれか1色に塗られている。これに関しては、ロールアウト直後の写真で確認しやすい(V-3000とV-3001とされる)。

配属されて間もない頃と思われる写真(資料3、p12など)を見ると、マーキングは当初、車体の前後に軍登録番号(黒地長方形に白文字)のみ。

1941年夏、ソ連侵攻に伴い、若干のマーキングが付加されるようになる。1941年7月22日、ウクライナのリポヴェツ(ルィーポヴェツィ)近辺で撮影されたV-3003号車の写真(資料2、p49など)では、砲塔側面に白のスロバキア十字(いわゆるロレーヌ十字と同形)、およびドイツ式の3桁の砲塔番号「314」が確認できる。砲塔番号は白縁付き赤か、白縁のみか、モノクロ写真からは判別し難いが、同時期・同様の塗装のLT-35の写真では、数字内側と、外の地色に明らかにトーンの差が確認できるものがあり、白縁付き赤の可能性は高そう。

「314」という砲塔番号は、V-3000~V-3004が当初第3中隊の第1小隊に配属された(資料2)という記述とも合致。また、後述の「V-3000/311号車」と考え合わせると、登録番号順に砲塔番号が割り振られたらしいことも判る。なお、この斜め前から写されたこの写真では確認できないが、後述の「211号車」から判断すると、3桁の砲塔番号は砲塔後面にも記入されていた可能性が高い。

やはり3色塗装のV-3000号車のパレード時の写真で、砲塔に「3**」の番号が書かれているものの、スロバキア十字はないものも確認できる。V-3000は早い段階で撃破され全損しているが、その時の写真ではスロバキア十字と数字「311」が確認できるので、V-3000~V-3004の砲塔番号とスロバキア十字は、砲塔番号が先に書かれたらしい。ちなみに同時期のLT-35の場合は、「十字のみ」「番号のみ」「十字と番号両方」などが確認でき、記入法はあまり厳密でなかったらしい。

これら3色塗装のLT-38は、ソ連遠征から本国帰還した後に、それ以降の生産車に準じてカーキ一色に塗り直された。また1942年5月からは、砲塔側面に楯状の国籍マークが記入されるようになった。先のV-3003号車の、この状態の写真も残されている(資料1、p40)。

▼V-3005号車以降のLT-38(MBB社からの直接購入分、つまりV-3057号車まで)は、「カーキ」の単色塗装。モノクロ写真で見てもだいぶ暗めに写っている写真が多い。資料2には「brown-tinted color(茶色がかった色)」との説明がある。

1年目の戦闘に加わったLT-38はV-3009までの10輌のみのようだが、後半の5輌、V-3005~V-3009号車は、第2中隊の第1小隊に配属された(資料2)。前半5輌同様、開戦前は車体前後の登録番号のみ。ただし、この写真を見ると、どうも登録番号の黒地に白縁のないもの、あるものが混じっているようだ。

開戦後、第3中隊の5輌と同様のマーキングが施されたらしく、カーキ単色に、砲塔側面前方にスロバキア十字、側面と後面に砲塔番号「211」を記入し、LT-35やLT-40と一緒に写っている写真がある(資料2、p58)。登録番号は写っていないが、「314」の例から類推すると、V-3005号車ではないかと思われる。資料2にはこの車輌のカラー図も掲載されている(p37)。番号は白縁のみで記入されているように描かれているが、白縁付き赤の可能性も捨て難い。

また、行軍中のV-3006号車の写真もあるが、これは車体前部上面に対空識別用のナチ党旗(スワスチカ)を載せ、砲塔側面前方にスロバキア十字。その後方に番号があるかどうかは、光が反射していてよく判らない。ただし、V-3006は7月27日にソ連軍のトーチカとの戦闘で撃破され失われており、その時の写真(資料1、p67)では、うっすらと「212」の番号が見える、ような気がする。

前述のように、1942年5月には、国家色の白・青・赤に塗られた楯形の新国籍表示が導入された。これ以降は、砲塔側面ほぼ中央にこの国籍表示、車体前後に登録番号という、いささか地味な塗装で統一された。配備後に訓練中とされるV-3020番台と思われる一群の写真(資料3、pp50-51)などで確認できる。web上では、例えばこれ

ところで、前回の記事で、この一群までの登録番号の、特に車体後部のナンバープレートに関し、

車体後部にもほぼ同じ大きさでナンバープレートが、車体と右フェンダーにまたがるような形で取り付けられているらしい。

と書いたが、新たにネット上でこんな写真を見つけた。これを見ると、この時期のナンバープレートは、どうやら正規のブレーキランプ用のステイの上に取り付けられているらしい。

▼V-3063以降の“元Pz.kpfw.38(t)”、つまりドイツ軍のデポから受領した中古車輌は、基本的にドイツ軍当時の塗装で使われたらしい。資料2の塗装の項の説明には、「国籍表示の楯と登録番号を書き加えたのみで、元のダークグレイかサンドイエローのまま」とある。実際にはモノクロ写真だけなので、スロバキア軍基本色のカーキなのか、ドイツ軍の色なのかは判りようが無く、「そう書いてあるならそうなのかな」くらいのことである。

ドイツ軍塗装だった場合には、受領した時期(1943年夏以降)から考えて、すでにドイツ軍車輌の基本色はダークイエローに切り替わった後であり、ダークイエローの車輌が多かったはずである。この後期の登録番号を持つ「元38(t)」の一群の写真は、1944年のスロバキア対独蜂起時の写真だが、多くの写真で、車体色は初期の一群の単色塗装よりもだいぶ明るく写っており、これもダークイエローであることの傍証となる。

また、V-3131号車(資料1、p95)では車体前面の予備履帯が外れた後にまだら模様が付いているように見え、予備履帯を装着したままで全体を塗装し直した(つまりグレーからダークイエローに塗り直した)ようにも見える。

ただし、デポに置きっ放しの中古車輌ということで、旧塗装のままのものも混じっていた可能性はないとは言えない(役に立たん考察だなあ)。

また、「ドイツ軍時代の塗装のまま」ということであれば、2色迷彩、3色迷彩の車輌も混じっていてもよさそうだが、とりあえず、V-3063以降の車輌で、はっきりと多色迷彩と言い切れる写真は、いまのところ見たことはない。

マーキングは戦争中盤以降の規定通りで、砲塔側面中央に国籍表示の楯、車体前後に登録番号。ただし、前回書いたように、車体前面は予備履帯ラックになっているため、前部の番号は右フェンダー上に移動。後部の番号も外側にずらされている。

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スロバキア陸軍LT-38メモ

●製作中のスロバキア陸軍のLT-38(ドイツ軍呼称、38(t)戦車)に関する覚え書き。判っていること、判らないことなどランダムに。

●スロバキア陸軍のLT-38は五月雨式に調達されていて、その調達年と数量、スロバキア陸軍の登録番号の関係は以下の通り(資料1)。末尾のカッコはMBI(資料2)にある調達年月で、若干の差異がある。

1940 10輌 V-3000~V-3009 (1941.2)

1941 10輌 V-3010~V-3019

1942 10輌 V-3020~V-3029

1942  7輌 V-3051~V-3057 (1943.2)

------------------------

1943 20輌 V-3063~V-3082 (1943.8)

1943 12輌 V-3099~V-3110 (1944.2)

1944  5輌 V-3129~V-3133 (1944.6)

破線より前はメーカーであるBMM社(元のČKD社)から購入しているのに対して、破線以降はドイツから38(t)の中古品を入手している。

●というのが一応、スロバキア陸軍のLT-38の基本情報なのだが、破線以前の新品(?)車輌に関しては、若干の謎がある。

▼最初に調達した10輌のなかでも前半5輌(V-3000~V-3004)は、チェコスロバキア軍制式の3色迷彩が施され、スロバキア軍でも当初そのままの塗装で用いられている。

しかしチェコ解体は1939年3月であり、調達時期から考えても、これらの車輌はチェコ解体後の生産であると思われる。それなのにチェコスロバキア軍迷彩である理由がよく判らない。“輸出用”としてわざわざ旧迷彩を施したのか?

ちなみにそれ以降の車輌はカーキ単色で塗られている。資料2のカラー図版では、ほぼオリーブドラブで表現されている(もっともオリーブドラブ自体、茶系から緑系まで幅広いが)。

なお、破線以降のドイツ軍の中古品群は、全車がそうなのかどうかわからないが、明るく写っている写真が多く、デュンケルゲルプ単色に塗られている可能性が高そう。

▼破線以前の車輌、つまりV-3000~V-3029、V-3051~V-3057は、全車、戦闘室前面が段付きの初期型(アンテナ架から見てA/B型相当)であると思われる。

一方、ドイツ軍向けの38(t)戦車の生産は、40年末にはすでに戦闘室前面が一枚板のE型になり、41年10月には戦車型の最終型であるG型の生産が始まっている。1941年11月から42年3月にかけて100輌余りを受け取っているハンガリーでは、最初の十数輌がF型、残りがG型という構成になっていて、生産時期とほぼリンクしている。

それなのにスロバキア向け車輌は、なぜ1942年になっても段付き装甲板の初期型車輌なのだろう、と不思議に思っていたのだが、これはそもそも、V-3057までのLT-38に関して、「何型か」と考えること自体が間違えているのかもしれない。

ハンガリーの車輌はドイツ軍向けに生産された車輌の中から輸出に振り分けたもの、つまり「Pz.kpfw.38(t)」であるのに対して、スロバキア向けの車両はもともとスロバキアからの発注で生産された「LT-38」であって、スウェーデン向けのS型同様、最初から輸出仕様で作られているものであるらしい。要するに、ライバル・シュコダ社のルーマニア向け「R-2」のような感じ。

もっともそこで再び不思議なのは、41年半ばに生産されたS型が「すでに砲架・機銃架の取り付けが厚くなった装甲板用しかない」という理由から段無し装甲に改修されたのに対して、LT-38は1942年になってもそのまま古い形質で完成していること。予め、LT-38用には旧型のマウントが確保してあったのだろうか?

●破線以降、生産終了後にドイツ軍のデポから譲り受けた中古品は、各型が入り混じっていたのだが、なんとこれらはすべて車台番号が判明している(ただし、ここに記した車台番号順が、そのまま登録番号順に対応しているわけではない)。

V-3063~V-3082(20輌):
 25、35、47、60、61、90、93、95(以上A型)
 152(*1)
197(以上B型)
 
261、324(以上C型)
 388、435、447、463(以上D型)
 522、532、735(以上E型)
 
1203(G型)

V-3099~V-3110(12輌):
 767、802、824、879、896(以上F型)

 1200、1291、1326、1334、1454、1580(以上G型)
 1603(H型)(*2)

V-3129~V-3133(5輌):
 505、514(以上E型)
 874、984(以上F型)
 
1086(S型)

*1:資料2では125。その場合はA型となる。
*2:G型車台の1454、1580とともに自走砲として製作されていたが、戦車型に再改修されたらしい(資料2)。

●スロバキア軍LT-38/38(t)のディテール考察。

当然ながら、スロバキア軍では全部ひっくるめて「LT-38」と呼んでいたと考えられるが、ここでは便宜的にV-3057以前を「LT-38」、V-3060以降を「38(t)」と呼ぶことにする。

・LT-38は戦闘室前面装甲板が段付き、車体機銃装備。車台前面装甲には内部機構用のボルト頭が露出。アンテナ基部は筒型。右フェンダー上に円錐形カバー付きのバックミラー。最前方・最後尾フェンダー架の車幅表示反射板は基本、付いているようだが、ない車輌もあり(もともとあったものが欠損したか)。ターレットリングガード付き。

・LT-38は、ドイツ軍仕様の車間表示灯は付けていない。

・ドイツ軍の38(t)は、1940年の対フランス戦あたりまではガイドホーンが袋状になっている初期型履帯を履いている車輌が多いが、スロバキア軍のLT-38は、最初期のものも、最初から標準型履帯を使用しているらしい。

・LT-38は車台前面中央に軍登録番号。黒の長方形に白字。カーキ単色塗装の車輌は細い白縁付き? 車体後部にもほぼ同じ大きさでナンバープレートが、車体と右フェンダーにまたがるような形で取り付けられているらしい。

・主砲照準器は、ドイツ軍仕様(38(t))では単眼式(TZF38(t))に改められたが(資料3)、スロバキア向けのLT-38では、オリジナルのLT vz.38同様の複眼式であったらしい。その場合、砲塔前面左のドラムの照準孔は2つになる(資料3、p21など)。ただしLT-38の最終ロットであるV-3050番台で照準孔の数が確認できる写真が(私の手元には)なく、最後まで複眼式であったかどうかは確認できない。なお、V-2021号車の写真は、照準孔が2つのもの、1つに見えるものがあり謎。また、当然ながらV-3063以降はドイツ軍仕様なので単眼式のはずである。(2/5追記)

・後半に調達した38(t)は、確認できる限り初期型・後期型の別なく(といっても、確認できる車輌はそう多くないが)、車台前面に予備履帯を装備、車体前端左のG型スタンダードの位置にノテク・ライト装備などの特徴がある。

・38(t)は確認できる限り、初期型・後期型の別なく車体銃は未装備で、指揮戦車型同様、円盤で塞がれている。ハンガリー軍装備38(t)でもこの状態のものは多いので、輸出仕様の標準か? あるいはドイツ軍の車輌でも、装甲列車警備用は車体銃未装備が多いので、戦争中盤以降は、ほとんど装備しなくなっていたのかも。

・前面に予備履帯を装着しているためにLT-38と同じ位置に登録番号は表示できないため、右フェンダー上に新たにナンバープレートを装着。また、後方ナンバープレートはLT-38では車体側に掛かっていたのが、38(t)では完全にフェンダー上に移動。これは、後期型車体ではマフラーが上側に移動したために、従来位置ではプレートが見づらくなったためかとも思う。マフラー位置が低いままの旧型車体の場合はどうなっているのかは未確認。

・38(t)は、右フェンダー後部にブロートーチ収納箱を標準装備。ドイツ軍でこれを装着している例はあまり多くないが、なぜかスロバキア軍の38(t)は全車装備しているようだ。

・スロバキア蜂起時の写真を見ると、砲塔側面後ろ寄りにヘルメットを下げている38(t)がちらほら。この位置には正規にはフック等はなく、何からぶら下げているのか不明。

・トライスターのキットの説明書では判りにくく、同社の38(t)用別売履帯では逆に説明しているので念のため。LT-38/38(t)の履帯は、前から見たときに、起動輪部分で、1リンクごとに、接地リブが上に来る方向になっているのが標準(E/F型の箱絵でもそのように描かれている)。ただし、ドイツ軍の車輌ではたまに逆になっているものもあるようだ。他のドイツ戦車では接地リブが(前から見たときに)下に来る方向で装着するのが標準であるためか。(2/5追記)

●スロバキア軍38(t)のナンバープレートの工作。

F1017794F1017795シャーシ前面の予備履帯ラックを避けて、右フェンダー上に移動したナンバープレート。

ただし、この部分がクローズアップで写っている写真は手元になく、取り付け方、位置とも詳しくは判らない。

一応、戦闘室前面装甲板より若干前方にあるものと判断、前面装甲板横のフェンダーステイから取付架のようなものを介してナンバープレートが付いているという形にしてみたが、そのあたりは完全に想像の産物。

F1017796 後部のナンバープレートは、車体から取付架を横に伸ばし、それに付けられているらしい。これはV-3080号車の後方からの写真に比較的よく写っている。

最初は純正部品の尾灯取付架のままでいいのかと思ったが、実際にはもっと単純な板材のようだったので、エッチング枠の切れ端で工作。車体側はボルト2つで固定されているらしい。

黄色の箱は以前に書いたが、ブロートーチ収納箱。

●工作そのものは履帯の面倒くささにメゲメゲ中。

●参考資料

(1)."GERMANY'S FIRST ALLY -- ARMED FORCES OF THE SLOVAK STATE 1939-1945"
C. Kliment / B. Nakladal
Shiffer Military History

(2)."PRAGA -- LT vz.38/Pz.Kpfw.38(t)"
V. Francev / C. Kliment
MBI

(3).「グランドパワー」1999/9 特集:ドイツ38(t)戦車
佐藤光一
デルタ出版

●話は変わるが、Riich.Modelsから、「プラガAV」が出るそうだ。

と、名前だけ言って判る人は少ないと思うので少し説明すると、実車はLT-38と同じチェコČKD社製、6輪の大型乗用車。ドイツで言えばメルセデス・ベンツG4あたりに相当するのではと思う。ドイツ軍でも高級将校用に使われ、ほか、スロバキア、ブルガリアでも使われている。

ICMを中心にドイツ軍のソフトスキンは「え? こんなものまで?」というのがやたらに出ているが、まさかチェコ製車輌、しかももうちょっと一般的であろうタトラのキューベルあたりをすっ飛ばして、プラガAVが出るとは思わなかった。

なんというか、この頃、予想の斜め上的新製品のアナウンスが多過ぎ。

●いやいやもちろん、タミヤのナスホルンだってびっくりですよ。

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タシュ!?

●いくつかの仕事の締切が重なって泣きべそ状態になっていたが、何とかクリア。

●そんなわけで、ようやく一息ついたので、久々に模型製作。何か一つでも完成させようというわけで、ほぼ組み立ては終了しているトライスターの38(t)を引っ張り出し、ちまちまと履帯つなぎを始める。

トライスターの38(t)履帯は、接続部両側に小さく凹凸があり、いわゆる「パチハメ式」に繋ぐことができるようになっている。しかしレジンパーツほどの弾力はないので、だいぶ頼りない状態でしか繋げない。細かいバリなども部分的に出ているので、クリーニングにもちょっと気を使う。

それが面倒ならカステンの可動式を使えということになるのだが、キットの履帯の彫刻が悪いわけではないので、そこまで奢る気にはなれない。

すでにフェンダーまで付けてしまった状態で、上側に自然なたるみを付けながらうまく這わせることができるか、ちょっと不安。

●トランペッター、ホビーボスが今年から来年にかけての新製品予定を一気に公開しているが、まさに怒濤の展開。

特にホビーボスの予告が驚きで、私の個人的興味にひっかかる部分だけ書いても、

  • T-34-85:……としか書いていないが、出ている写真は43年型。
  • T-26シリーズ:傾斜装甲型、火炎放射型に加え、馬蹄形砲塔の対空機銃架付き後期型もいよいよ(私の認識だと33年型後期型ということになるのだが、キット名称は36/37年型としている。何らかの新資料に基づいているのかどうかは不明)。
  • ルノーR35シリーズ:本命の戦車型もいよいよ。
  • T-37シリーズ:確か無印T-37はもう出ていたはず。
  • T-40シリーズ:これでSTARTのは御役御免だなあ。
  • GAZ-AA/AAA:なぜ!? しかしMiniartのキットは高いので、それなりの出来なら需要はあるのかも。
  • コムソモレッツ:先般出た簡易のキットはそれほどの出来とは思えなかったので、ちょっと期待。今のところ中期型、後期型を予告。
  • タシュ:驚愕! タシュ(TAS)は70口径75mm搭載のハンガリーの試作重戦車……というよりも、車体を組み立て始めたところで爆撃で壊されてさっさと計画放棄になってしまったので、計画重戦車と呼んだほうが近いかも。ちなみに当時のハンガリー軍では75mm搭載で重戦車の扱い。そのうちタシュ駆逐戦車も出すのだろうか。

「読書メーター」というサイトがあって、自分が読んだ本を登録し、感想文なども書き込み、さらには他人の感想文も読んで交流もできる。

また、読んだ本の傾向によって、自分に近い読書傾向を持った人がリストアップされたりする。

……そんなサイトを数年前から利用しているのだが、ここのところ、「ソードアート・オンライン」とか「まおゆう」とか「はたらく魔王さま!」とか、そのあたりのライトノベルをの登録が比較的多かったためか、近い読書傾向の人として、萌え萌えなライトノベル専門の若者の読書家さんが相性トップにリストアップされてしまった。しかも相性度90%ってどういう計算なんだ。

●明日(23日)日中は、晴れていたら散歩にでも出掛けよう……。

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ユーティライネン(兄)とラー油入り日本蕎麦と「人生のへそ」

●あほか、何をゆうてぃらいねん(フィンランド風ツッコミ)。

なるほど、フィンランド人には「アホ」とか「アホカ」とかいう苗字もあるもんな、と思った人はフィンランド通。

●なんてことはどうでもよくて、ペトリ・サルヤネン著「白い死神」(古市真由美訳、アルファポリス刊)を読了。この本の中核になっているのはシモ・ヘイヘ本人へのインタビューだということなのだが、何しろ本人が無口だからなのか、周囲の人々のエピソードやら回想やらがだいぶ分量がある。

シモ・ヘイヘの直属上官の中隊長は、かの撃墜王エイノ・イルマリ・ユーティライネンの実兄アールネ・ユーティライネンだが、こんなにも型破りな人物だとは思わなかった。人呼んで「モロッコの恐怖」って何やねん(笑)。

●有川浩「ヒア・カムズ・ザ・サン」読了。何というかさらっと読めて終わり、みたいな。

●水曜日。12時に神保町の事務所でC社長と落ち合い、昼食後にS社に行く。およそ来週一杯くらい目処の仕事の打ち合わせ。しかし来週一杯では終わらなさそうな予感もひしひし。

ちなみに昼食はC社長の知る某蕎麦屋。

もりそば、鶏そば、肉そばの3種しかメニューにない店で、鶏そばを注文する。蕎麦そのものは精白していない黒々とした田舎蕎麦で、その点では日本の蕎麦に間違いないのだが、

  • まず、そばはどんぶりに山盛り(一応、どんぶりの底に小さなスノコは敷いてある)。
  • さらにその上にこんもりと刻みねぎ、大さじ2、3杯もあろうかというごま、さらにちぎった海苔を積み上げ、それら薬味だけで軽く茶碗1杯くらいある。蕎麦を食おうとすると、海苔がパラパラと回りにこぼれる。「海苔をこぼさないで食うのは不可能なんだよ」と事前にC社長に言われた通りだった。
  • 蕎麦のつけ汁もまた大きめの茶碗になみなみ入ってきていて、鶏そばの場合はその中に茹でた鶏肉が少なくとも4、5個。さらにつけ汁の表面にはたっぷりのラー油。

こんな大胆な蕎麦は初めて食った。確かに美味かったのだが、かなり腹にこたえた。しっかり腹の空いた時でないと対抗しづらい店と判断。なお、肉そばは鶏そばと具が違うだけだが、もりそばはラー油がなくわさびが付いてくるという常識的なもののようだ。

帰りに久々に秋葉原に寄って、YSとVOLKSに行く。エデュアルド48のИ-16の10型は、また新しくweekend版が出ていて、今度は新疆空軍。以前に買ったスペイン共和国軍版も手を付けていないくらいなので買いはしなかったけれど。

F1032010●木曜日。古川橋にて仕事。仕事後麻布十番まで歩き、浪花屋で久々にたい焼きを買って食う。相変わらず混んでいて30分待たされた。

●金曜日。恵比寿にて仕事。フランスが昨年末に打ち上げた高分解能の地球観測衛星についてのプレゼンを聴きに、日仏会館に初めて行く。

お土産に、宇宙をバックにその衛星「プレアデス」が描かれた図柄の、プラペーパーのような素材のふにゃふにゃした50センチのものさしを貰ったが、これはその衛星の分解能が最高50cmのため。ふにゃふにゃしているのは特に衛星の特徴とは関係ない(と思う)。この次のSPOT-6の打ち上げ後に、1.5mのものさしをくれたりはしないだろうなあ。

●38(t)戦車の「謎のランドセル箱」改メ「ブロートーチ収納箱」に関してだが、ルーマニア軍所属車で、これをスロバキア軍所属車と同じ場所に載せている写真が、ポーランド・ミリタリア(Wydawnictwo Militaria)に出ていた(“Pz.Kpfw.38(t) vol.2”)。そんなわけで、ドイツ軍車輌では今のところ見掛けたことはないのだが、一応正規の装備品ではあるらしい。

●なんだか季節外れでマヌケな感じがするが、明日は逗子海岸の花火大会。

●その逗子市が発行している「広報ずし」の「連載市民インタビュー」のタイトルは、「人生のヘソは逗子にあり」……まるで意味わからん!

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スロヴァク・プラガ

●偉っそうにポルスキ・フィアット製作記を立ち上げておいて、いきなり浮気な話で何なのだが、先日来ぼちぼちと組み立てていたトライスターのPz.Kpfw.38(t) E/F型の組立が、履帯を除いてほぼ終了した。

といっても、ほぼ説明書通りにパーツを組み上げただけで、組立に関してはあーだこーだ言う部分は多くはない。

●作り上げる対象として想定しているのはスロバキア軍所属のLT-38(スロバキア軍での呼称)。

もっとも、38(t)のキットでは、同じトライスターのB型、G型、ドラゴンのG型にそれぞれスロバキア軍所属車輌のデカールが付属しており、わざわざそれが入っていないE/F型で作るのはちと酔狂かも。ただし、基本はデカールの有無だけで、特別にスロバキア軍向けのパーツが何か入っているわけではない、と思う。

●スロバキアは、開戦前に最初のLT-38を10輌入手(V3000~V3009)したのを皮切りに、最終的に延べ74輌のLT-38を使用している。調達が五月雨式だったり、調達した品が中古だったりしたせいもあって形式はA型からG型、S型までぐちゃぐちゃで、その点、保有した車輌のほとんどがG型のハンガリーなどとは少し趣が違う。

最初の5輌はチェコスロバキア軍迷彩が施されていたが、その後調達したものはオリーブドラブ単色になり、チェコ迷彩の車輌も塗り直されている。

ただ、私が作ろうとしている車輌の写真(1944年秋のスロバキア民衆蜂起時のもの)を見ると、どうも車体色が明るく見える。スロバキア軍が43年8月以降入手した37輌(V3063~V3082、V3099~V3110、V3129~V3133)は、すでにBMMでの生産が終了していたため、ドイツ軍のデポから中古品を回してもらったものなので、これらはスロバキア軍用オリーブドラブではなく、ドイツ軍のダークイエローだったのではないかと想像される。

もっとも写真では、国籍マーク中央の青と車体色とのコントラストがほとんどなく、単に「暗い色の車体が明るく写っているだけ」の可能性もある。悩ましい。

F1031940●スロバキア軍車輌にするためのほぼ唯一の特別な工作が、右フェンダー後部に載せた、ランドセル型の妙な箱だかタンクだかダクトだか、とにかく謎の物体。rを出すために妙に凝った工作をしてしまった。

F1031939 とにかく全体形は「こんな感じ」というのは判るのだが、クローズアップ写真は見当たらないので、細部ディテールが判らない。もしかしたら表側に何か付いているのかもしれないが、あるように見える写真も、ないように見える写真もある。

最初はフェンダー上にイモ付けで接着してしまうつもりでいたが、後々細部の情報が手に入った時に修正できるよう、フェンダーに穴を開けてプラ棒を付け、そのプラ棒に接着することにした。これで後々、もぎ取ることになってもフェンダーにも箱にも損傷が生じない。もっとも、追加情報が出たとしても、「まあ、作った時には判らなかったからこうなんだよ」と放置してしまう可能性のほうが大きそうだけれど。

●それにしてもこの「ランドセル箱」の正体は何なのだろう。

  • ドイツを含め、他国の38(t)に装備されている例は(少なくとも私の手元の資料では)見られないようだ。また、戦後のチェコスロバキア軍車輌にもない。
  • スロバキア軍所属車輌でも、大戦中盤までの写真では見られない。が、スロバキア民衆蜂起あたりでの写真では、おそらくLT-38の全車が装備している。
  • 同じくスロバキア軍のLT-40やLT-35でこれを装備している例はないようだ。
  • しかし一方で、スロバキア軍に供与されたものとされるマーダーIIIHの写真で、戦闘室内にこれが置かれており、スロバキア軍の38(t)系列では不可欠の特有の装備であったらしいことが想像できる。

●(追記)なんと、この“ランドセル箱”について、MBIの“PRAGA LT vz.38 / Pz.Kpfw.38(t)”にちゃんと載っているのを見つけた。東大モトクロス部。

っていうか、今回の製作にあたって常に横に置いてあった資料なのに、なぜ見落とすか! ちゃんと読め!

もっとも載っているといっても、各型説明の間にさらりと図が混ざっているだけ(p25)。ちなみに用途はブロートーチ収納箱だそうだ。というわけなので、よく探せばドイツ軍車輌でもこれを積んでいるものがありそうだ。

F1031935

●その他は別に特殊な工作はなし。前回書いたように、ノテク・ライトの位置はG型と同様(基部パーツはE/F型キットにも入っている)。

他国供与の38(t)の(おそらく)標準的仕様として、車体前面機銃は装備されておらず、指揮戦車同様に塞がれている。これはたまたま、(おぼろげな記憶では)水道橋時代のオリオンで手に入れたバラ売りのG型用指揮戦車パーツ枝があったので、その純正パーツを使用。もっともプラバンを丸く切り抜いてリベットを移植してもそれほど大きな手間ではないはず。

戦闘室左側面は、本来ツルハシとシャベルが付くが、どういうわけか1944年のスロバキア軍車輌では止め具ごとない。

車体後面も、G型同様に各部にカバーが付けられた状態。なお、スロバキア軍車輌は発煙筒ボックスは装備していない。当初何も考えずに付けてしまったパーツをもぎ取ったので、ちょっと跡が汚い。

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岬めぐりのバスは走る(誤)

●しばらく前に、かみさんから、「(図書館に)『鎌倉の岬めぐり』っていう本が入ったけど、借りてくる?」と訊ねられる。

そもそも鎌倉は海に面した街ではあるが、岬となると、江ノ島のちょっと手前の小動(こゆるぎ)岬、とある武装集団が日本刀を海中不法投棄したことで有名な稲村ガ崎、それから鎌倉と小坪の間の飯島崎の3つしかなく、しかも半島の突端というわけでもないのでどれもちっぽけな岬である。山本コータローも歌にしづらい。

たった3つの小さな岬で本を一冊書けるんだろうかと訝しく思ったものの――実際には、鎌倉の岬は3つとも歴史物語と考古学的調査で結構書くことがありそうだが、それではどうもマニアックすぎる気がする。まあ、何はともあれ「いったいどんな本なんだ?」という興味もあり、借りてきてくれるよう頼む。

で、実際に借りてきた本を見ると、

「『鎌倉の』めぐり」(稲葉一彦、表現社)

「え? これ『みさき』っていう字じゃないの?」――偏も旁も合ってねえ! 強いて言えば図形として「田」が合ってるだけだぞ妻よ!

なお、旧跡案内の石碑は、特に大正年間から昭和初期にかけ、地元青年団だかが建てた共通様式の粘板岩の大きな石碑が、岬と違って鎌倉の街中にたんまりある。この本はそれを区域別にまとめたもの。段葛は鎌倉時代のものではなくもっと後世のものであるらしいとか、意外に基本的なところで知らないことが書かれていて勉強になる。岬については詳しくならないけれど。

●我が家の前の坂道の途中に、10センチ級の大きなムカデが2匹も轢死体になっていた。かみさんが言うには、反対側の道にも2匹、大きいのが潰れているらしい。もうこんなのがさまよい出る季節か。

●9日水曜日。午後に神保町の事務所のC社長から電話が掛かってきて、今日の会議はどうだといきなり聞かれる。いや。どうだと言われましても。メールボックスを覗いたら、確かに前夜に召集メールが来ていた。

もともと外出の予定はなかったが、夕方、雨がぱらつき始めた中を出掛ける。例によって会議の後、出席者皆で近くの居酒屋に移動して軽く飲み食い。そういえば、数ヶ月前にここでひっくり返って救急車で搬送されたんだっけ。……というのを皆からも散々言われる。

今回は別にひっくり返りはしなかったが、久しぶりの酒席はやたらくたびれた。

●「うずまきナルト」と「くわがたツマミ」は同系統の名前だなあ、と唐突に思う。

●トライスターの1:35、Pz.Kpfw.38(t) E/F型を久しぶりに引っ張り出してきていじっている。いやもう、我ながらなぜこうもとっかえひっかえ……。以下若干の、汎用性のない考証メモ。

車外装備の工具類は、ほとんどがベルト止めだが、右フェンダー前部のワイヤーカッター、オノは金属製のクランプで止められており、これだけがドイツ軍になってからの追加装備であることが判る。なるほど。

……と思ったのだが、すでにドイツ軍向けに作られ始めて数年経つのだから、工具類もクランプもまとめてドイツ軍式になっていてもよさそうなものだ。ちなみに38(t)の場合、工具の装着場所は部隊ごとの差も激しい(部隊ごとにフェンダー上に工具箱を載せている例が多いためもある)。

戦闘室左側面にはシャベルとつるはしが付くのが標準のようだが、スロバキア軍の場合、少なくとも1944年のスロバキア民衆蜂起時には、この部分には取り付けベルトの基部さえ付かないクリーンな状態らしい。一方で、右フェンダー後部、エンジンルーム横のインテイク直後に、上部が半円弧状の、何か箱かタンクかダクトのようなものが装備されている。たまたま一つの車輌が載せているのではなく、標準装備らしい。逆に、標準装備であるはずの後部の発煙筒収納箱は持っていない。

同時期のスロバキア軍車輌はE/F型でも装備はG型準拠で、ノーテク・ライトは車体側にあり、後部の誘導輪位置調整装置やエンジン始動用シャフト部はカバー付き。

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