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2024年12月

銀の亡霊(6)

●いよいよ年の瀬。

模型ライフに関して言えば、結局、今年も盛大にお手付きを増やしただけの感じだが、それだけでは何なので、今年唯一の完成品(暫定)の、ウクライナ・RODEN社製、第一次大戦仕様のロールス・ロイス“シルバー・ゴースト”装甲車(キット名称 "British Armoured Car (Pattern 1914)")の写真を。

今年11月初めの東京AFVの会に持って行ったもの。

タイトルは工作記事からの続き番号だが、工作していたのは10年も前。その1、2年後にとりあえずざっと全体を塗るところまでは持って行って、そのまま放置熟成(?)していた。

「完成品(暫定)」なのは、もうちょっと何か荷物類を載せて、「生きている車輛感」を付けたかったからで(東京AFVの会前はバタバタしてそこまで手が回らず)、今後の課題。

おおよそ工作が終わって未塗装の状態に関しては、「銀の亡霊(5)」を参照のこと。

工作全体の流れは、タグ「ロールス・ロイス装甲車」にて。

●東京AFVの会に持って行った状態で箱詰めしたまま放り出してあったが、改めて取り出して写真撮影した。

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おおよそ以前の記事の繰り返しになるが、仕様とか工作のポイントとか。

▼キットはローデンの35陸物としては初期の(うろ覚えだが最初期の?)キット。全体的にかなり野暮ったく、表面の梨地、パーツの厚みが表に出て目立つ部分など、あれこれ削りまくった。

▼おそらく、「戦間期に掛けて長く生産された」「もともと生産数がそれほど多くない」「後の改修も多い」などの理由から、写真ごとに細かな仕様の差異が大きく、「これが正しい第一次大戦型(Pattern 1914)」というのがなかなか定めにくいが、数少ない写真から、以下の点を改修した。

  • 車体後部の荷台を低め、垂直の泥除け部を除去。
  • 装甲ボディ後部ドア形状(上下パネルの比率)を変更。
  • 車体横の専用ステップを除き、泥濘脱出板だけの仕様に。
  • 前輪フェンダーは、戦前~戦中のクラシック・カー感が出るようディテールアップ。
  • 操縦席前面フラップの作り替え。
  • より単純なパターンのタイヤトレッドに彫り直し。
  • シャーシ後部、燃料タンク保護のための装甲板を追加。

――などなど。他、細部ディテールも華奢感が出るよう手を入れた。

▼全体の感じ、塗装に関しては、以下の写真を主に参考にした。

マケドニアにおけるロールス装甲車(1)

マケドニアにおけるロールス装甲車(2)

もっとも、上掲リンクの写真はおそらく後世の人工着色写真であり、色に関しては想像の域を出ない。なお、写真の車輛と作例とでは前照灯の形式なども違っているが、これの理由については過去記事参照のこと。

▼ゴムタイヤに関しては、まだカーボン添加による強化が一般的になり切っていない時代ということで、白系の塗装にした。これだけでなんだか第一次大戦っぽい感じが(勝手な決め付け)。

●なお、現在はMENGから、おそらくずっと出来のいい新キットが出ている(とはいえ、これも出てから5年くらい経っているが)。

こちらは1914年仕様、1920年仕様のコンパチで、ワイヤースポークの細いタイヤ、第二次大戦で使われた幅広のバルーンタイヤが両方入っている。贅沢な!

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安曇野

●14、15日の週末、長野・安曇野に出掛ける。

数か月前に兄が引っ越していて、休みが取れたので遊びに来い、と誘われたため。ドイツ人Pと誘い合わせ、土曜朝の特急あずさで、兄と待ち合わせの穂高駅へ。

ちなみに乗ったあずさは、大昔のヒット曲通りに新宿8時ちょうど発だが、2号ではなく5号(ダイヤ改編で、だいぶ昔に下りは奇数になった)。

しかも、JRの「えきねっと」で逗子~穂高で予約を取ったら、そもそも新宿乗車ではなく横浜線経由で八王子乗車になっていた。気付くのが遅かったら新宿に行ってしまうところだった。P(新宿乗車)とは別々に予約を取っており、乗った号車も離れていたので現地集合。

●14日は駅で落ち合った後、兄の車で、町の東側に連なる低山の麓まで。光城山の登山口に車を止め、光城山長峰山とトレッキング。

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どちらも1000mに満たない低山で、そもそも登り始めで標高600mくらいあるから、「山登り」というよりは「山歩き」だが、このところだいぶ鈍っているので、光城山山頂までの登りでへろへろになった。前日に海外出張から帰ってきたばかりのPはケロリとしていた。くそお。

光城山に登ってしまえば、あとは高低差がそれほどない尾根歩き。途中、あられ(氷粒ではなく雪霰)が吹き付けるように降ったりもしたが、長峰山の頂上に着く頃にはいい天気で、正面に北アルプスの常念山脈がいい感じに見えた。

長峰山山頂でおにぎりなど食べて下山。出発点に置きっぱなしの車まで、山すそをだらだら歩く。

●その後、車に乗って北上。信濃大町駅を過ぎて西へ折れ、ずんずんと山奥へ。いきなり周囲は雪景色。

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山が迫って険しくなり、ダム湖を越えたさらに先に、目的地の兄お勧めの「葛温泉」。日が暮れ行くなか、3人で屋内の温泉と露天風呂をハシゴして温まる。

その後、人里に引き返して兄宅へ。安曇野の地酒「大雪渓」各種で酒盛り。

●翌15日は、午前中、兄宅から徒歩で、大町の南にある「仁科神明宮」に行く。

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1枚目は、神明宮に行く途中で立ち寄った「鬼の釜古墳」。最初、「ただの小さい土盛じゃん……」と思ったのだが、横手に回ったらやけに立派な石室が開口していた。

2枚目は仁科神明宮の手水舎。ひしゃくにつららが出来ていた。

3枚目は仁科神明宮の神門。手前の拝殿を越えて、中門~本殿は「神明造の建築物としては日本最古(江戸初期)」とかで国宝指定。

4枚目。兄宅からそれほど遠くない、田んぼ脇に建つ妙に立派な扁額付きの小屋。……ゴミ置き場だそうだ。

昼前に兄宅に戻り、車で穂高駅方面へ。「碌山美術館」を見て、駅前で蕎麦を食って、それから「大王わさび農場」を見学。

●碌山美術館は、当地出身で若くして亡くなった彫刻家、荻原碌山(荻原守衛)および関連の作品を集めた美術館。そもそも「隣の中学校の敷地を分けて貰った」という一角に、いくつかの小さな展示棟に分かれて作品が収められている。本館とも言うべき、碌山の主要作品を収めた碌山館は、レンガ造りの小ぢんまりした教会風の建物で素敵。

それにしても、車に乗って走っていると、沿線に、やたらに「〇〇〇兵衛 記念館」的な施設の案内板を目にする。地域の〇〇の整備・振興に力を尽くしたとか、この地出身の有名人とか、この地で活動した〇〇家とか、そんな人々らしい。兄に聞いても、おおよそは「誰だろうねえ?」的リアクション。

●「大王わさび農場」というのも何だかスゴイ名前だが(しかも運営母体は「株式会社大王」)、これは、その昔(桓武天皇の時代)、この地に勢力を張っていた「八面大王」という鬼に由来するものだそうな。「八面大王」は、かの坂上田村麻呂に成敗され、身体はバラバラに切り刻まれたが、そのうち、胴体を埋めて祀ったとされる神社が、農場敷地内にある。

伝説上は「鬼」だが、そもそもはこの地を荒らしまわった盗賊(集団)であるとか、(特に戦後に広まったものとして)この地の支配を固めようと侵攻してきた大和朝廷に対し最後まで抵抗した地元の英雄であるとかいった両極端の説がある。ちなみに、「大王わさび農場」内の案内板の解説は、さすがに名前を冠しているだけあって後者寄り。

そもそも史実としては坂上田村麻呂が安曇野の平定にやってきた記録はなく、仁科氏の一党である田村守宮なる武将が討伐軍の指揮官であったのが、「田村」繋がりで、いつのまにか有名人の坂上田村麻呂にすげ変わってしまったとか何とか。

●長野の郷土料理として有名な「おやき」。これまでは、両面きつね色に焼き色が付いた、白くて平べったい形状のものというイメージだったのだが、穂高駅前、穂高神社の脇鳥居の横にある、(兄お勧めの)ばあちゃんがやっている饅頭屋のおやきは、それとはだいぶかけ離れた感じのものだった。

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そもそも大きい。成人男性の握りこぶしに近いくらいあるし、形状も平べったくないので、ぱっと見のボリューム感がすでにスゴイ。

生地はまるでスコーンのような感じ。具は、少なくとも私たちが行った時は(14、15の両日行った)「野沢菜」と「なす」の2種。写真は野沢菜で、中身はぎっしり。なすは味噌で甘辛く煮たヤツで、こちらも具はぎっしり。食べていて脇からあふれた。「なす」が、個人的にはメチャ美味かった。次の機会にもまた食べたい。

1つ220円。ただし、前日売れ残りの冷めて固くなったヤツは150円。「持って帰るなら、レンジで暖めればこれでもいいよ」とのこと。お土産に何個か買って帰ればよかった。店の名前は「池田屋餅店」。おやき以外にも「おからまんじゅう」「大福」など売っている。「おからまんじゅう」も食べたが、こちらもなかなか。

●2日目の散策中に見た、安曇野一帯のマンホール蓋あれこれ。

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1枚目は大町市のマンホール蓋。山並みとライチョウ。カラー版もあり、マンホールカードもあるのだが今回は貰いそびれた(というか、帰ってから存在を知った)。

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左は、大町市と安曇野市に挟まれた北安曇郡池田町の下水道マンホール蓋。図案の「てるてる坊主」は、童謡の「てるてる坊主」作詞者が同町出身であるから、らしい。これもカラー版があるようだ。右も同じく池田町だが、「農集排」という見慣れない文字入りで、これは通常の下水道事業ではなく、「農業集落排水」の略。市街地でなく農村での下水処理を担っている事業。中心は北アルプスの山並みに、左下は松で右は桜?と思ったら白樺らしい。周りはコスモスかと思ったら、とあるサイトによればカモミールだとか。

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安曇野市のうち、旧・豊科町のカラーマンホールと、通常版の親子蓋。同地に飛来するコハクチョウをデザインしたもの。

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安曇野市のうち、旧・明科町のマンホール蓋と、旧・穂高町のカラーマンホール蓋。明科町のものは「アヤメとニジマス」。穂高町のものは、北アルプスの山とシャクナゲ。

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途中兄に頼んで立ち寄ってもらった「長野県犀川安曇野流域下水道事務所(アクアピア安曇野)」と、穂高駅前の安曇野市観光案内センターで貰ったマンホールカード。左はこの地に多い双体道祖神の図柄。右は、安曇野を流れる犀川由来のサイの下水道マスコットキャラクター「サイサイ」が、やはり犀川に飛来する白鳥をモチーフにした“おまる”に乗って飛び回っている姿だそうだ。いや、それってどうなんだ……と言いたくなる感じだが、まあ、いわゆるゆるキャラってそんなもんだよね。

両者とも、上掲の市町村管轄の下水道とは別の、県管轄の市町村をまたぐ「流域下水道」のもの。さすがに安曇野市に合併された旧町村は、マンホール蓋は違っても現在は安曇野市の下水道として統一されているのかもしれないが、市町村の下水道、県流域下水道、農業集落排水と、結構あれこれ入り組んでいそうだ。

Img20241215162754 ●帰りの「あずさ」(穂高駅16時発)は、穂高駅着時点で5~10分の遅れ。到着した列車を見ると、どういう状況でそうなったのか、先頭部下(連結部)に、付け髭のように草藪のかたまりを纏っていた。「連結部整備(おそらくその付け髭の除去)」のためにさらに穂高駅でしばらく停車。結局八王子着は20~30分遅れた。

帰りの列車では、偶然、Pとは同じ号車で席も2列ズレた程度。座席変更ができれば隣に移ろうかと思ったが、穂高駅にはみどりの窓口などなく、車内で回ってきた車掌に聞いたら、ごく大雑把に要約すると「おとなしく予約した席に座っててくださいよ」的なことを言われたので諦め、穂高駅前で買ったビールを1本飲んで、息子に最近進められて図書館で借りた「文字渦」(円城塔)を数ページ読んだり、位置ゲー「ニッポン城めぐり」をポチポチしたり、うとうとしたり。

さらには京浜東北線、横須賀線も遅れていて、だいぶ遅くなって帰宅した。

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I号戦車B型のあれやこれや(5)

●I号戦車の寄り道工作。

今回はタミヤでもアカデミーでもなく、脱線でいじり始めてしまったI号sIG33自走重歩兵砲用の車体工作。

●結局、車体はやはりイタレリのものを使うことにした。

以前書いたように、イタレリ(発売時はイタラエレイ)のI号は、古さゆえの誤りもあれこれあるものの、基本設計は最新キットに比べても遜色がない。いわんやドラゴンをや。

とはいえ、新キットに劣る部分もあることは確かなので、若干手を入れることにした。

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1枚目写真。I号戦車の車台床面は単純な長方形でなく、ギアハウジング部下に若干の張り出し(平面部)がある。トライスターのA型新版以降のキットはおおよそこれが表現されているが、イタレリやトライスター旧版、ドラゴンB型では表現されていない。

どのみちひっくり返さない限り誰も気が付かないような部分だが、以前A型を工作した時にはいじったので、なんとなく勢いで。

単純に削って平面部を出せるなら楽なのだが、床を延長するとともにギアハウジングそのものも「盛って削って」が必要になるので、最終的な見た目上の変化はほとんどないのに工作は面倒という不毛な作業。

2枚目写真。イタレリの車体のフェンダーは、工具類取付用の穴などもなく、改造やバリエーション車輛への流用にはうってつけ。ただし、左フェンダー前部にはノテク・ライトの基部が一体にモールドされているので、これを付けたくない場合には何らかの処理が必要になる。

予算と気力に余裕のある人ならエッチングのフェンダーを張りこむところだが、私は、使わないことにしたドラゴンのシャーシから、穴の開いていない部分のフェンダーを切り出して移植した。都合の良いことに、イタレリとドラゴンとではフェンダーのメッシュパターンがほとんど同じ大きさなので、違和感なく継ぎ足すことができる。

ついでに右側先端部も取り換えたのは、工作ついでに、ドラゴンの車体前部上面版に合わせて、フェンダーの継ぎ目を僅かに後方に移動させたかったため。

●同じくI号sIG33自走重歩兵砲用のエンジンルームの工作の続き。

アカデミーとタミヤのI号戦車の右後方グリルの下にはエッチングでメッシュを貼ってしまったが、その後、どうも標準的にはメッシュはなかったらしいということが判明。

その場合、グリルの下が筒抜けになってしまうので、今度はそれらしく整流板を追加した。

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左右は不均等に2分され、左側のみ中央に仕切り板がある。

エンジンルーム上のハッチ類も取り付け。中央のエンジン直上は、どうやらI号sIG33自走重歩兵砲の場合は戦車型のような観音開きのハッチではなく、取り外し式の1枚板のパネルが使われているらしい。確かに、観音開きのハッチでは、整備のたびにsIG33歩兵砲を下ろさないと、砲架が邪魔して開くことができない。

とはいえ、「1枚パネルが使われているらしい」というのは、以前どこかネット上で読んだおぼろげな記憶があるのと、この写真のみが頼り。写真ではエンジン上が開口しており、エンジンルーム右に立てかけてあるのがそのパネルらしい。作例で前後に持ち手を付けたのは、「何かその手のものがないと開けられない」ためと、リンク先の写真をよく見ると、手すり(持ち手)がおぼろげに「あるようにも見える、いや、あるんじゃないかな」というのが根拠(薄弱)。

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I号戦車B型のあれやこれや(4)

●なおも漫然と「I号戦車いじり」続行中。

特にスゴイ進展もスゴイ工作もしていないが、戦車としての形ができてきたので、若干テンションは上昇中。

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●両社とも、履帯は部分連結式。英語のレビューだと、link and length track(リンク&レングス方式)と言われているヤツ。

ディテールも両方ともまずは満足すべきレベルで、その意味では「両社おおよそ同じ」なのだが、組み立て易さは格段に違った。

タミヤは起動輪・誘導輪に巻き付ける部分は2リンクずつ(起動輪、誘導輪とも×5ずつ)で、あとは上、下、起動輪-転輪間、転輪-誘導輪間。つまり1リンクずつのパーツはないので、正確には「links and length方式」と言うべきかも。また、最後部の上部転輪と履帯間とで位置決めのダボがあり、巻き具合が正確に同じになるように設計されている。

一方、アカデミーは上、下、起動輪-転輪間、転輪-誘導輪間がlength(連結済み状態)なのは同じだが、起動輪・誘導輪に巻き付ける部分は1リンクずつ。また、下、起動輪-転輪間、転輪-誘導輪間のlength部分はタミヤよりリンク数が少なく(短く)、その分も1リンクずつのパーツで補う必要がある。

さて、もともとI号戦車の履帯は1リンクあたりが小さいうえに、先祖のビッカース由来のスケルトンタイプ。にもかかわらず、アカデミーの1リンクずつのパーツは、1つあたり5か所もランナーゲートがある。そんなわけで、まずはランナーから切り離す時点で、(最初はあまり深く考えずにニッパーを入れてしまったこともあって)余計な力が掛かって連続して数コマ破損させオシャカにしてしまった。

その後は、「片側を丁寧にナイフで切り離し、そちら側のゲートを綺麗に処理してから、もう片側の切り離しを行う」という方法を確立して、なんとか残りは破損無しで切り抜けた。しかしおかげで、不足せずにきちんと両側履帯を巻けるかどうか、最後までハラハラさせられる羽目になった。最終的に、1リンクしか余らなかった。イヤ本当にギリギリ。危なかった……。リンクごとのゲート処理も非常に面倒だった。

さらに、基本。同じように巻いていったにもかかわらず(位置決めダボはないものの、タミヤ同様に上側のlengthは上部転輪に合わせたたるみが付いているので、おおよその位置は定まる)、なぜか、片側はうまく巻けたのに、もう片側はリンク半分ぶんのズレが出た。結局、すでに接着してあった誘導輪軸をエナメルシンナー剥がし技で外し、僅かに位置を前方に振ることで調整した。

もちろん、余裕のある方は他社製の連結可動履帯を奢れば、こんな余計な苦労はせずに済むのだが、「キットのパーツで組もう」という人は、最初から誘導輪軸の根元の角度決めダボを削っておき、履帯連結を最後に誘導輪部で調整できるようにしておくとよいかも。

なお、タミヤは足回りに巻く分きっかり、アカデミーも(全部無事に切り出したとしても)数コマ分(たぶん4~5リンク)しか余りがないので、電撃戦終盤以降に見られたような、「増加装甲代わりに車体前部に予備履帯」の姿は、両社とも箱の中のパーツだけでは表現できない。

●砲塔の車長用ハッチの右側にある信号弾発射用(あるいは信号旗用?)小ハッチの丸いパッチは、タミヤは一体成型だが、アカデミーは別パーツ。

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なんでわざわざこんなところを別パーツに? と思ったのだが、改めて実車写真を見ると、ここはベンチレーション用に僅かに隙間が設けてあるのだった。アカデミー偉い!

なお、前回記事に追加したように、「横型フック」の側面穴(アカデミーの方)は、外側の穴を0.5mmドリルで広げた。

●なお、アカデミーの砲塔は車体の穴に比べ砲塔側のはめ込み部が細く、あまりにガタガタして気になるので、プラペーパー0.2mmを巻いて調節した。

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実はこれでもまだ若干緩かったので、このあとさらにもう一巻きしたのだが、今度は太くし過ぎて入らなくなり、外側に巻いたプラペーパーをだいぶ削り落とす羽目になった。やっつけ仕事だなあ。

●車体ハッチは、本来、下側のハッチに上側のハッチが被さって固定されるようになっている。

……のだが、タミヤは綺麗にそのように表現されている一方、アカデミーは、なぜか、下側ハッチと上側ハッチの縁がツライチになってしまう。というわけで、アカデミーのほうは、0.2mmプラペーパーを貼り増して段差を付けた。

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●車体前右に付くブレーキ放熱パイプは、アカデミーはキットのパーツを使ったが、タミヤのパーツはちょっと貧弱な感じがしたので、コトブキヤの「スプリングユニット(2.0mm径)」に交換した。

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以前にI号戦車A型(ブレダ20mm型)を製作した際にもこの部分に使うため購入したもの。ただし、逆にちょっと太過ぎたようで、アンテナ基部とフェンダーとの間にちょうど嵌ってキツキツ状態。私は他に使い道も思いつかないこの素材が、I号戦車換算で10輌分くらい余っているのでそのまま使ったが、これから素材を用意して同じような工作をしようという人は、1段階下の1.5mm径がお勧めかも。

「サスペンションのコイルスプリングの径が、とか偉そうに言ってるヤツがいい加減だなオイ」と言われそうだが、「いや、その通りですスイマセン」としか。

A型の時はどうだったんだ、と思ったが、この時はアンテナ基部も自作したので余裕で付けられたらしい。

この放熱パイプ、中ほどと先端の2か所に固定金具がある。当然、作り替えたタミヤのほうはその金具も追加工作の必要があるのだが、先端はアンテナケースに隠れる(および干渉する)ので取り付けなかった。なお、改めてA型工作時の記事を読んでみたら、固定金具のフェンダーへの取付の「足」が短すぎたようだ。過去の自分の工作くらい、ちゃんと読んでおけよ……。

●作っている間に資料写真など見ていて気付いたこと。

エンジンルーム前方の吊り下げフックは、前回記事で工作中写真を載せたようにA型以来の「縦型フック」を、側面前端に付けているのが標準。しかし、同じ場所に新型の「横型フック」が付けられているケース(実車写真)、あるいは「横型フック」が上面に付けらているケース(実車写真)もある。

「アハトゥンク・パンツァー第7集」に掲載ののB型の図(第2刷、p34)では上面に「横型フック」が付けられた仕様が描かれていて、「あれ、こんなところにフックがあったっけ」と思ったのだが、実際にそういう仕様があったわけだ。

もしかしてトラクツには書いてある? と思って探してみたが、見つけられなかった(読み落としているだけの可能性も)。

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I号戦車B型のあれやこれや(3)

●漫然と「I号戦車いじり」続行中。

最初のレビューにも書いたように、タミヤの第一転輪サスペンションのコイルスプリングは、線径が細く巻きが多い、A型標準に近い見た目(写真1枚目)。一方で、アカデミーのキットはA型後期~B型に用いられた強化型の外見になっている(写真2枚目)。

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単純に模型としてみた場合には、タミヤはサスアームからスプリング、ショックアブソーバーまでまとめて1パーツなので組立が非常に楽。ただし、スプリングやサスアームの台座部分は一部が車体側にモールドされているので、仮に他社製パーツに交換しようというような場合には余計に手間がかかる(タミヤあるある)。

一方アカデミーは4パーツ。前述のようにパッと見た目はこちらほのうがずっといいが、実はスプリングがちゃんと螺旋になっていなくて、裏側で逆傾きの「斜め蛇腹」になっている(組んでしまえば見えないので、そのままで十分だが)。

タミヤのサスのほうも、完成時にはあまり目立つ部分ではないので「サクっと作りたい」人の場合はスルー推奨だが、私はA型で一度いじった経験もあり、せっかくなのでコイルスプリング部を作り直すことにした。

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線材は0.7mmのアルミ線を利用(ちなみに、以前のA型では0.5mm径を使った)。VOLKSで購入。確か50cmで1本200円弱だった。

むしろ、適度な太さの芯材探しに手間取ったが、こちらは、結局アカデミーのキットの車台前端部のツッパリ棒パーツ(B49)を使った。特に使わなくても問題ない部材だったので、箱の中に余っていたもの。

基本、アルミ線はあまり弾性がないので、きつく巻くと巻かれたままになるのだが、とりあえず、間隔を調整したらあとの加工中にずれないように瞬着で固定。キットパーツのスプリング部分を切除し、見合う長さに切った新造部分をはめ込んだ。

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バネの巻きは両方とも右巻き(右上がり)。ちょっと巻きが緩かった(巻き数が少なかった)かも。A型の時は「ちょっと巻き過ぎた」感があった。なかなか一度では決まらんもんですな(でも面倒なので作り直さない)。

●車体各部の吊り下げフックを付ける。

細かい部分だが、ここもアカデミーとタミヤのキット化に対する姿勢が伺える。

B型になってから使われ始めた「横型フック」(私が勝手にそう呼んでいるだけで、他で通用する名称ではない)は、タミヤは座金部分は車体/砲塔側にモールド。フック部分だけが別パーツ。その分パーツ自体は小さくなるが、ランナーゲートは接着部分側ではなく、フック上側にあるので、一部ランナーを「持ち手」として残したまま接着し、しっかり固定した後に切り離し/ランナーゲートの処理を行うことが可能。

こういう極小パーツは「ピンセットミサイル」「カーペットモンスター」のダブル攻撃で紛失してしまうことも多いので、これは有り難い。しかも、後述の「縦型フック」も合わせ、必要数より数個余分に入っている。これまた有り難い。

一方、同じ「横型フック」について、アカデミーは座金も含めて1パーツ(つまり、実物と同様)。フック部分の横腹に開いている2つの穴に関しても、貫通はしていないものの凹モールドで表現している。再現性に関して言えば、タミヤのパーツよりもはるかに高い。ただし、こちらはランナーゲートが接着部にあるので、パーツの切り離し後に、極小パーツをつまんで処理する必要があるうえ、パーツ数も必要数きっかりしかない。神経を使う。

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私は、アカデミーの方は、0.4mmドリルでフック横腹の穴を追加。前述のように、もともと凹モールドがあるので穴あけ加工は楽(当然、ランナーに付いた状態で加工)。(その後、資料写真を見直したら、2つの穴は同じサイズではなく、外側のほうがやや大きいことが判ったので、外側を0.5mmドリルで拡大した)

タミヤの方は、フック部分に厚みがあって外形的にはイマイチ感あり。背も低めなので、2か所の穴を表現するのは諦めた。このフックに関しては、どこからか3Dプリントパーツも出ていたような気がするので、お金とやる気に余裕のある人は交換してみても良いかも。

A型以来の「縦型フック」に関しても、同様の傾向がある。

こちらはタミヤも座金と一体で1パーツとなっているが、やはりランナーゲートを接着面とは別のところに設けてあり、接着後に処理ができるのが非常にありがたい。

アカデミーもパーツの形状自体はタミヤと大きくは変わらないが、横型フック同様、ゲートは接着面にあるので処理が面倒。

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この「縦型フック」は、フック下側の折り返し部分に2連の穴があり、これはさすがに両キットとも再現されていない。

「横型フック」の穴の再現をスルーしたタミヤのキットの方は、キットパーツそのままで組み立てたが(写真1枚目)、アカデミーは「横型フック」と統一性を持たせる意味もあって、折り返し部分を穴を開けた0.3mmプラバンに取り換えた。

パーツ形状が下側に向けて絞りがきついので、折り返し部と幅が不連続になってしまった。こうして写真で拡大すると粗が目立つが、堪忍してつかぁさい。

●防盾の中央には照準器用の小穴がある。

タミヤはモールドがあるのだが、アカデミーは(結構ディテールに凝っているこのキットには珍しく)忘れられているので、0.4mmのドリルで開口した。うーん。こうしてみると、ごくわずかに横にずれてますね。

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●この後、車体・砲塔各部のクラッペを取り付けた。

両社とも薄くモールドされていて好感が持てるが、タミヤがクラッペ用の開口部にポッチを設けて配置や向きを間違えないよう配慮しているのに対し、アカデミーはそれがないので少々気を遣う。さらに、車体右前部の「視察スリットがあるようでない」クラッペについて、アカデミーは、一応、説明書で図示してはいるものの、ランナー上の配置では天地が逆になっていて、間違えて取り付けてしまう人もいそう。

もっとも、クラッペを開けたい人の場合、タミヤの「間違い防止」用ポッチは綺麗に削り取るひと手間が増えることになる。

●脱線のI号sIG33自走重歩兵砲についても若干の続き。

エンジンデッキに関しては、前方グリル部も自作し、基本形はほぼ出来上がった。

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デッキ上面はキットの不要パーツ(4.7cm対戦車自走砲用)を利用。右後方グリルはキットパーツから一旦切り離して加工したもの。上面パーツの後縁をわずかに切り詰めることで、グリルが後面版と接するように調整している。エンジンルーム四周は0.5mmプラバン、前方グリルは0.3mmプラバン。

エンジンルーム前面形状は、キットのようではなく、訓練用車と似た形状ではと推察して、そのように工作した。

さて、このエンジンデッキを、キットの車台と素直に組み合わせるつもりでいたのだが……。

あれこれつつきまわしているうち、どうもドラゴンの車台の寸法の違いが気になってきた。全体的にあっちこっち微妙に違うのだが、一番気になったのは車台前面板の高さと形状。というわけで、いっそ古いイタレリのものと交換してしまおうか、という方向に傾き中。

というわけで、イタレリの車台、後端下に省略されている丸パネルとリベットを追加した。横一直線のリベット列は、ちょっと横幅が広すぎたかも。向かって右のバルジのベージュの丸はヒケを埋めた跡。

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改めてイタレリをいじっていて驚いたのは、最古のキットであるにも関わらず寸法的には最新のタミヤやアカデミーと遜色ないこと、ボルト頭こそないものの、タミヤやアカデミーでも忘れられていた起動輪基部の装甲カバーがちゃんとモールドで表現されていること、カマボコ型に一体成型であるものの、第一転輪のサススプリングの巻きと傾きが適切だったこと(削り取ってしまったが)、など。

イタラエレイ(このキットの時代の正式会社名)、パねぇ。

ちなみに「ITALAEREI」は「ITAL(イタリアの)+AEREI(航空機)」の意味で、同社がもともと航空機模型メーカーで出発したことを示す。会社ロゴマークはその当時から変わっておらず、イタリアのトリコロールと飛行機のシルエットで描かれたAEREIの頭文字A。

イタレリ(ITALERI)に社名変更されたのは、「海外で読みやすいように」という配慮からとのことだが、それ以前から日本のモデラー間では「イタラエリ」という、新旧入り交じったような呼び方が定着していた。新社名「イタレリ」は、日本語の「至れり尽くせり」にも引っ掛けているんだという、どうにも嘘くさい説も聞いたことがある。

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I号戦車B型のあれやこれや(2)

●わすかな進展(というより手戻りからの作り直し)。

誘導輪基部の補強の仕様については、とりあえずは前回書いたように、

  • タミヤはキットのまま、後期標準の太いシャフト(というかパイプ?)付きの仕様。
  • アカデミーは不要パーツを利用し、やや初期の、細いロッドが追加装備された仕様。

にしたのだが、その後、「大きいピントルに細いロッドの仕様ってあったのかなー」とやや不安になり、両仕様を交換することにした。タミヤのほうは排気管基部カバーにもボルトがないやや初期な仕様なので、そちらのほうが似合ってるかもなー、などと思ったのも一因。

ちなみに以上は、ほぼ印象と好みの話なので、「え? そういう仕様はないの?」などと早とちりしないこと。

アカデミーのほうはロッドの両端をがっつり接着してあったので、剥がして作り替えるのにちょっと面倒な思いをした。だから思い付きでホイホイ工作を進めず、きちんと製作計画を練っておけとあれほど!(誰目線?)

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アカデミーの方はもともとキットの指定はこちらの仕様なので、本来のパーツを使ってそのように。タミヤは、アカデミーのロッド両端の取付架がやや貧弱な気がしたので、基部のみドラゴンのパーツを流用(端を薄削り)、ロッド自体はアカデミーのものを使用。

が。

ここで改めてトラクツを読んでみたら、現存車輛(たぶんアバディーン)の当該部分のクロースアップ写真のキャプションに「バーが内側に曲がっているけど、本来は真っ直ぐだよーん(Note: The bar has been bent inward - it was originally straight across the rear.)」という一文が。うは!!

というわけで、ロッドそれ自体も真っ直ぐにパーツ化されていたドラゴンのものを流用して付け替えた。

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取付架にボルト頭を追加。牽引ピントル下面の、太シャフトとの連結用モールドも削り取った。

……何をやってるんだか。

●さらに脱線。

ディテールの比較のためにドラゴンのI号sIG33自走重歩兵砲のキットを取り出しているうち、こちらも少しいじり始めてしまった。

このキットは、ドラゴンのI号戦車B型の大きな弱点である短い戦闘室・小さい砲塔が丸ごとない一方、かなり出来のいいsIG33重歩兵砲の出来にも助けられ、さらにI号戦車用のパーツも少なからず改良が加えられているので、「いつかそれなりにきちんと作ってやりたいキット」としてストックしていた。

が、改めて取り出してみていると、エンジンルームにB型キットから引き継いでいるようなディテール上の難点もあり、眺めているうち、つい、エンジンルームを作り直し始めてしまった。

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1枚目写真がキットのエンジンルーム。ここまですでに組んであった。右後端のグリルの位置がおかしい(右壁・後壁から若干の距離がある)、前方グリルの形状がおかしい、などなど、改めて見てみると、ちょっとよろしくない。

というわけで、不要部品として入っていた4.7cm対戦車自走砲用のエンジンデッキとプラバンで、改めてエンジンルームを作り直すことにした。現状、2枚目写真のような感じ。右後ろのグリルは、ここに使用しているエンジンデッキのパーツから一度切り離したものを改めて付け直す予定。

なお、このエンジンルーム前端(戦闘室側の縦面)形状なのだが、キットの形状はどうも違うような気がする(限られた写真によれば、もっと垂直に近く立っているように見える)。戦闘室上部装甲板が取り払われて、この部分の形状がばっちり判る写真がどこかにないものか。

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I号戦車B型のあれやこれや

●I号戦車B型に関しては、タミヤのキットを買ってアカデミーと比較して、というところまでやって、あとは作りかけもたくさんあるし、しばらくは寝かせて置こうくらいの心づもりだったのだが、結局悪い癖が出て、両社キット並行していじり始めてしまった。

●まずは、タミヤの新キットで最もトホホな感じを受けた、エンジンルーム右後方のグリル。

キットのパーツは、再掲になるが、下写真1枚目のような出来。一応ルーバーは斜めになっている状態を表現しているものの、まるで鋳造のよう。流石にこれはなんとかしたいところ。

現在すでに(他社用に)エッチングパーツなど出ており、また今後タミヤ用にも3Dプリントパーツなど出そうな感じで、「いや、オマエ、エッチング組むか新パーツ待つかしろよ!」と言われそうな感じだが、ついコリコリと自力でシェイプアップしてしまった。もしこれでオシャカにしてしまったら、その時は諦めて新たに自作するかエッチングを組むかするつもりだったが、まあ、なんとかそこそこ削れた。

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その後、四隅に取付用のベロ表現を加え(リベットまで表現するのは面倒くさくて放棄した)、車体側もルーバーに合わせて若干の加工をして取り付け。

「説明書通りに作るならサクサク行く代わりに、ちょっといじろうと手順を逸脱すると途端に面倒臭くなる」というのが「タミヤのキットあるある」。このキットの場合も、排気管カバーのエッチングの取付のために車体後面板の部品構成が変な凝り方をしていて、しかも本来の手順では車体後面板を車体組立の最後に付けるようになっていたりするので、ちょっと余分な手間がかかった。

グリル奥には、アカデミーのI号と合わせて、先日の東京AFVの会の折にサニーで仕入れてきたエッチングの菱形メッシュを貼った。

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……さて、ここで問題が、このメッシュ。

実はドラゴンのI号戦車B型キットには、このメッシュがエッチングパーツで付属していて、アカデミー、タミヤにはない。「いや、そもそも実車は、ここにメッシュがあるのか?」というのは、取付前にやや不安になったところなのだが、結局付けることにしたのは、前記事でも書いたように、ボービントンのI号指揮戦車にはメッシュがあるため。

もちろん、現存車輛は貴重な資料ではあるものの、補修やら、保存や試験の都合やらで余計なものが付け加わることがあるから、現状を鵜呑みにはできない。とはいえ、ボービントンのI号指揮戦車はもともと状態が比較的よく、あまり手は加わっていないように感じる。さらに確証が欲しくて当時の写真をパラパラ見てみたものの、都合よくグリルがクローズアップされているものが見当たらず、とりあえずは、ボービントンを信じることにして工作したのだった。

が!

ふと、すぐ横に積んであった古い「グランドパワー(94/6号)」をめくってみたら、なんとエンジン点検中を間近に撮った一枚が。でもって、

「メッシュないじゃーーーーーん!」

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もちろん、例えば生産時期とか、あるいは現場部隊での追加などでメッシュ付きの仕様があった可能性は無くはないが、少なくとも、「わざわざメッシュを調達してきて追加しなくてもOK」とは言えそう。アカデミーもタミヤも、一応は根拠があってエッチングメッシュを入れなかった可能性もある。

もっとも私はメッシュを貼ったうえで車体をほぼ組んでしまったし(タミヤの方はまだ車体上下は接着していないが)、もしもメッシュがないとその下が覗けてしまうので何らかの追加工作が必要になりそうなので、このまま行くつもり。それでも、今後I号B型ベースの自走砲とか作る時にはメッシュ入れないかも。

●エンジンルーム前方のグリルも、タミヤはいささかプアな出来なので、プラバンで作り直した。

夜中にボンヤリしながら適当に現物合わせで工作していったので、ちょっと奥まりすぎた。反省(……でも作り直さない)。

タミヤ、アカデミーとも、そのまま戦闘室方向まで筒抜けになるのも何なので目隠し程度に隔壁を作った。

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●タミヤのキットのエンジンルームは標準仕様で、全ハッチは閉状態で一体モールドだが、アカデミーはエンジン上のメインハッチと左後方の小ハッチ(ラジエーター点検ハッチ)が別パーツ。私の買った現行キットでは不用部品扱いながら、熱帯型の通風孔付きハッチもパーツ化されている。

なお、イタレリの時代から熱帯型はパーツ化されていることもあって、「I号戦車はA型もB型もアフリカ戦線に行ってるんだね」程度に漠然と思っていたのだが、尾藤満さんのサイト「パンツァーメモ」の「Study 考察雑記帳」コーナーに新たに上がった記事「北アフリカのI号戦車B型」によれば、第5軽師団(後の第21装甲師団)の戦車連隊に配備されたI号戦車はA型のみ。B型は同師団の戦車駆逐大隊、および第15装甲師団の工兵部隊に少数が配備されたのみであるらしい。

なお、ドラゴン、アカデミーの左後ろ小ハッチの熱帯型パーツは、通風孔にU字断面の整風板というか、目隠し板がモールドされているが、実際には後方が開いたL字型だったようだ。これについても尾藤満さんが別にページ「I号戦車B型の熱帯地仕様」を立てて、ムンスターのバックヤードにあるレストア前の車輛の写真も上げて解説してくれている。

私はアカデミーのキットも標準仕様で組んで熱帯型のパーツは使わなかったが、熱帯型で組みたいという人はぜひ両記事を参考に。

●車体後端、誘導輪基部内側の仕様に関しては、タミヤは太い補強バーが付いた後期標準の仕様。

一方アカデミーもキットの指定では同じ仕様なのだが、不要パーツとして、より初期の細いロッドが付いた仕様のパーツもセットされている。せっかくだし、タミヤとの違いを出す意味から、そちらの仕様で組んでみた。

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この場合、

  • 誘導輪基部張り出し(B14、B15)にある補強バー取付用の穴は埋める。
  • 牽引ピントル部はキットの指定ではB33、A35だが、A35の代わりに、補強バーとの接続部のモールドがないA36を使う。
  • 細い補強ロッドA19を取り付け。

なお、タミヤとアカデミーとで牽引ピントルの形状が異なっているが、尾藤満さんの製作記によれば、これは実車にもみられるバリエーションだとのこと。タミヤのタイプはアバディーンの現存車輛、アカデミーのタイプはクビンカの現存車輛で確認できる。ちなみに両博物館の車輛の補強の仕様は、アバディーンが細いロッド、クビンカが太いシャフトなので、作例とは組み合わせが逆。

なお、タミヤは今回のキット化に際してスペイン(マドリード)の実車を取材したとのことなので、タミヤの仕様(小さい牽引ピントルと太いシャフト)の組合せはその車輛に倣ったものか(当該車輛のwalkaroundなどがnet上で見つからなかったので推測)。また、ドイツにある47mm対戦車自走砲も「小さい牽引ピントルと太いシャフト」の組合せ。また、ボービントンの指揮戦車は、クビンカと同じ「大きい牽引ピントルと太いシャフト」の組み合わせ。

……「大きいピントルと細いロッドの組み合わせはなかった!」なんてことがなければいいなあ。

●起動輪基部は、博物館現存車輛でも陰になっていてなかなか確認しづらいのだが、前半分に保護用の装甲カバーがボルト止めされているらしい。TAKOMのキットでは再現されているようなのだが、アカデミー、タミヤともに省略されているので、0.3mmプラバンで追加。

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アカデミーとタミヤとでは、基部の形状がちょっと違っているので、装甲カバーの巻き方もそれぞれ。ボルトは4カ所と判断した。

●サスペンションボギーは、前記事で書いたように、アカデミーではスライド型を用いて横の窪みがモールドされているなど、総じて再現性が高い。が、それでも不足もあるので、それぞれに手を入れた。

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1枚目、タミヤはサスボギー横の窪みを彫り込んで、ナットを追加。また、ボギーシャフト上の部分に、グリースニップルと思われる小突起を足した。

2枚目はアカデミーのサスを下側から撮ったもの。こちらはこちらで、タミヤでは表現されている板バネ根元の「たが」の下側部分と、端のボルト頭がないので追加した。

なお、青矢印で示したダンパーパッドは、アカデミーでは表現されているのだが、タミヤではあっさり省略されている。「え、これも追加工作が必要なのか」と一瞬げっそりしたが、よくよく考えるとサス外側の補強桁に隠れてほとんど見えないはず。ここは「アカデミー、偉い!」と褒めるだけに留めて、タミヤに追加はしないことにした。

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