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えろえろタイヤ

Thunder Modelから、ボフォース37mm対戦車砲が発売されるそうだ。

同社は少し前に、CMP F30にボフォースを搭載した、英LRDGのガントラックを出しているので、そのボフォースの別売ということだろう。

ボフォース37mm対戦車砲の1:35インジェクションキットは、確か1990年代にTOM Modellbauから出て、その後ポーランドのMirageからも出たので、今度のThunder Modelは3作目。実はなかなかの傑作火砲ではあるものの、一般にはそれほど知名度が高くない、大戦前半に使われた砲としては、なかなかキット化状況は恵まれている。

ちなみに、SCALEMATESのページでは、TOMとMirageのキットは同一キットの箱替えということになっているが、実際はまったく別のキット。発売潤もSCALEMATEの「Product timeline」とは全く逆で、

 TOMのイギリス軍仕様
  ↓
 TOMの(レジンのタイヤがセットされた)ポーランド軍仕様
  ↓
 Mirageのポーランド軍仕様

が正しい(はず)。

下の写真は、左がTOM製の作りかけ(たぶん20年以上この状態で放置)、右がMirageのパーツ。出来は五十歩百歩といったところ? 作りかけのTOM製の一部がエッチングになっているのは、PartかAberのもの(うろ覚え)。

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ちなみに、両方の脚に付いているクッションは、砲手と装填手の「座席」ではなく、ここに半身を当てて寝そべって操作するらしい。

なお、私は今まで、TOMで最初に発売された、ホイール部が単純な皿形で薄いタイヤを履いているのが本国スウェーデンの生産型(で、輸入して使ったイギリスやフィンランドの仕様)、ホイールディスクにドーナツ型の盛り上がりがあって、ややタイヤが太いのがポーランド・ライセンス生産型だと思っていたのだが、今後発売されるThunder Modelのキット(箱絵には英兵が書かれていて、明らかにイギリス軍仕様を想定)のタイヤは後者になっている。ということは、両ホイルの形状は使用国/ライセンス生産国による違いではなく、もともと、スウェーデンでの前期・後期生産型の差、みたいなものなのだろうか。

何はともあれ、30年前後の期間を隔てて出る新キットでもあるし、Thunder Model自体なかなか評判のよさそうなメーカーだし(私は今までに買ったことがない)、ボフォース37mm砲はポーランドで大活躍した砲でもあるし、ちょっとこの新キットは買ってみたい気もする。

ちなみに、上に書いた「ホイール部が単純な皿形の薄いタイヤ」は、トレッドパターンが「HOHOHOHO……」、あるいは縦書きカタカナで「エロエロエロエロ……」となっていて、個人的に「えろえろタイヤ」と呼んでいる。実物については、盟友かさぱのす氏のこのページ、最下段の写真を参照のこと。

さすがにTOMの最初のキットでは、このトレッドパターンは再現されていない。どこか、3Dプリントで、この「えろえろタイヤ」をパーツ化してくれないかしらん。

●3日金曜日午後、突発的に、三浦半島最高峰の大楠山を登りに行く。

昼食もとった後で、いきなり思いつき、しかも食後しばらくのんびりしてから出掛けたので、逗子駅からバスに乗って、主要ルートの出発点である「大楠芦名口」に着いたのは午後3時頃。真面目に山歩きをする人間の姿勢とは言い難いが、大楠山の、特にこのルートは、頂上付近の国交省の気象レーダーやNTTの施設へのアクセスのため、頂上直前まで車が通れるほど整備されており、さくさくと歩きやすい。この日も、特に問題なく1時間ほどで頂上に着いた。

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写真は山頂広場からの眺めで、左が東京湾側。写っているのは(たぶん)NTTの無線鉄塔。右の逆光で霞んでいるのは相模湾側。電柱と重なっているのが国交省の気象レーダー塔。

大楠山には確か昨年春も、兄と兄友人と3人で登っていて、その時も、旬よりも少し早めなのに、もうまばらにクサイチゴが実り始めていて味見ができた。今回も少し期待して行ったら、予想通りちらほら。さすがに数は少なく粒も小さかったが、そこそこ熟しているものをいくつかつまみ食いした。

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国交省レーダー近辺(大楠平というらしい)のツツジには、カラスアゲハが多数。色と輝きはいまひとつな感じだったが、2個体、割と近寄って写真を撮ることができた。前翅に特徴的な暗色部がないので、どちらもメスのようだ。

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●ここ最近数度の大楠山ハイキングでは、「大楠芦名口から登って、前田橋に降りる」行程が半ば固定化しつつあったのだが、今回は、行きに大楠芦名口付近で申請した「ポケモンgo」のルートが申請直後に受理されたのでそれを自分でも制覇済みにしたかったこと、行きに見そびれた「芦名城址庚申塔」をみたかったこと、などの理由で、同じルートを往復した。

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ちなみに「芦名城址庚申塔」は、「この地点が芦名城址であることを示す庚申塔」ではなく、「芦名城址であった隣の丘の上(現小学校敷地)から移してきた庚申塔」だそうだ。

芦名城址庚申塔を見た後は、(逗子方面行きのバスはそこそこ頻繁に来ることがわかったので)適当に歩き疲れたところでバスに乗ろう、くらいの感じで国道沿いをのんびり逗子方面に歩く。

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左は前田橋交差点あたりで見えた夕景の富士山。「ビルの谷間から登ったばかりの満月はやたら大きく見える」効果により、普段逗子で見るよりも大きく迫って見えた。右はさらに歩いて、秋谷の立石。海岸に巨大な岩が立ち上がっているのが「立石」の名前の由来。右写真のほうが明るく見えるが、これはおそらく、単に右のほうが広く空をレンズ内に入れているためで、時間的には右のほうが15分ほど遅い。

●上の「立石」は、海岸に立てられた案内板によれば、「三浦七石」の一つであるという。同様のことは横須賀市の観光案内にも書かれているのだが、「では、あとの6つは何なのか」は書かれていない。

帰宅後にあれこれ検索してみて、ようやく、神奈川のweb情報紙「タウンニュース」三浦版のコラムで顔ぶれが分かった。

うち一つは、「多分入っているんじゃないかな」と思った、立石のすぐ近くの「子産石」(正体は海岸の地層から出てくる大型の丸いノジュール)。あとはまったく見当がつかなかったが、最北のものは、我が町・逗子の小坪の「鍋島石」だった。これは江戸時代初期、江戸城の普請で石垣用の石材を運んでいた鍋島藩の船が小坪の海で座礁難破、浅瀬に沈んでいたその石垣用巨石を呼んだものとか。ちなみにその「鍋島石」(のうちのひとつ?)は、近代になって引き上げられ、今は逗子海岸の外れに「不如帰碑」として再利用されている。

上記「タウンニュース」のコラムによれば、どうも「三浦七石」の出どころは、江戸時代に書かれた「三浦古尋録」なる本であるらしい。一応、7つを下に並べておく。

  1. 小坪の「鍋島石」
  2. 秋谷の「立石」
  3. 久留和の「子産石」:上記のように、地層中のノジュール。ノジュール(団塊)とは、例えば貝化石などが核となり、その石灰分が染み出すなどの原因で、そこだけが周りの地層より硬い「ダマ」状になっているものを指す。
  4. 公卿・曹源寺の「拭眼石」:寺発行の「曹源寺略縁起」によれば、その石を撫でてから目をこすると眼病が治るとの伝承があるそうだが、「謎の伝承であり、どの石であるかも不明」だそうな。だめぢゃん。なお、「タウンニュース」には「眼拭石」とあったが、寺のパンフ(略縁起)では「拭眼石」だった。
  5. 吉井の「飛石」:吉井安房口神社の御神体の磐座(いわくら)。巨石に大きな穴が開いていて、その口が安房国を向いているというので「安房口」、また安房国から飛んできたというので「飛石」とも言うとか。
  6. 三戸の「三石」:これも小坪の「鍋島石」同様、江戸城普請のため運搬中に水没してしまった石材であるらしい。三浦市三戸浜海岸には「サンコロ石」「天神丸」と呼ばれる(元)石材が、それぞれ3個ずつあるとか。そのどちらかが「三石」ということか。
  7. 小網代・白髭神社 の「金鳴石」:小網代・白髭神社社殿の横に置かれている細長く大きな石で、叩くと金属音がする由。「鳴石」「カンカン石」とも呼ばれているらしい。

所在自体が判らなくなっているものが混じっているのがなんだかもう。

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コメント

ご無沙汰しております。
「立石」と聞いてびっくり!
私の地元のことかと思いました...(笑)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E7%9F%B3%E6%A7%98

投稿: vol de nuit | 2024年5月 8日 (水) 14時40分

内容からちょい外れてしまいますが…。
「子産石」という名を見て『ヨコハマ買い出し紀行』に「子海石先生」というキャラクターが登場するじゃないですか。あと巨大飛行機「ターポン」にも「子海石アルファ」室長が乗ってますよね。この子海石って「子産石」から来てそうな雰囲気がしますがどうなんでしょうね。

投稿: セータ☆ | 2024年5月 8日 (水) 21時12分

>vol de nuitさん

おお。お久しぶりです。

「立石」っていう地名は、結構、全国あちこちにあるようですね。
記事で書いた、横須賀の立石のように、海にそそり立っている岩は、だいたい「立石」とか「立神」とか呼ばれているようですし、陸地でも、メンヒル的な遺跡があると、そんな地名が付くことが多いようです。

葛飾区の「立石様」、リンクのwikipediaの記事を読みましたが、

===============
立石様を欠いて持つと病気に効くという信仰や日清・日露戦争時に弾よけのお守りとして削って持つ人が現れたことや地盤沈下などの結果、現在では地表より数センチ程度の高さしかない状況である。
===============

……すでに寝てますね(^^;

投稿: かば◎ | 2024年5月 8日 (水) 23時53分

>セータ☆さん

私も、横須賀の子産石の地名を聞いた時に、真っ先に「ヨコハマ買い出し」の子海石先生を思い浮かべましたよ!

そもそも「ヨコハマ買い出し」は三浦半島が舞台なので、子海石先生の名前の由来は、確実にココだろうと、私は思ってます。

若き日の「おじさん」と「子海石先生」が、江の島近辺のR134(が砂に埋もれている姿)を見に行くとき、その出発あたりで「あ、go!」と言って波かぶりの道路を突っ切りますが、あれはまさに、上に書いている立石のところの道路らしいですよ。

「北の大崩れ」の名で出てくるのも、横須賀と葉山の境の岬、長者が崎だと、聖地巡礼系のサイトで読んだような覚えが。

(5/10追記)

「あ、ゴー!」「どっぱぁん」「うひゃー」の道候補。どうでしょう。合ってますかね。
https://www.google.com/maps/@35.2431782,139.5955114,3a,40.9y,306.03h,89.89t/data=!3m7!1e1!3m5!1sJvSh8u1pISU2Fqotyzxxlg!2e0!5s20210901T000000!7i16384!8i8192?entry=ttu

投稿: かば◎ | 2024年5月 9日 (木) 00時18分

最近の円安で輸入プラモが一層縁遠くなってしまって、チェックしてても買ったりはしなくなってしまって、
ちょっとさみしい今日このごろです。

三戸浜の石は一個だけ砂に埋まらず黒く存在感を示しています。
江戸時代からそこにあるって知った時はちょっと感動でした。
結構長い直方体です。

投稿: みやまえ | 2024年5月10日 (金) 00時19分

>みやまえさん

ほんと、輸入プラモは気軽に買えなくなりましたね。
私が今いじっているIBGのII号a2型(スペシャル版)は、掘出物で安く買いましたけれど、普通に買ったら1万円超えですよ!(その値段なら買わなかった)

三戸海岸は、先ほどマップで見てみましたが、京急「三崎口」駅の先なんですね。私、三浦半島付け根の住人ですが、京急長沢と武山を結ぶラインから南には、たぶん数回しか行ったことがないです。

子どもが小学生の時、確か、三崎口から逗子まで、夜中ずっと(明け方まで)歩くナイトウォークってイベントに参加したなあ……。

投稿: かば◎ | 2024年5月10日 (金) 12時23分

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