« ベッカライ | トップページ | 覚えているコト、忘れるコト »

完成しないダンジョン

●題名は模型友みやまえさんのサイトのコンテンツの丸パクリ。

●特に完成を目指しているわけでもなく、ただ無心に「模型をいじりたい」という衝動に見舞われることがよくあって(特に何かしらの用事で心身が慌ただしい時)、そんなネタの一つとして、現在、エレール 1:72のモラン・ソルニエ225をいじくり中。

キットに関しては、以前に、記事「ポテかポテーズか」でごく簡単に紹介したことがある。以下、若干重複するが、改めて。

Img20240228224125 Img20240228224142

箱は潰れてボロボロ。1980年代の黒箱になるまえのキャラメル箱。キットは、scalematesによれば1967年に初版発売。表左下の「メーカータグ」的な部分に「Heller Echelle 1/72eme」と書かれているのは、1969年の第2版であるらしい。

裏側には「DANS LA MÊME SERIÉ(同一シリーズ)」として当時すでに出ていたキットが並んでいるが、1:75のアルカンシエル、1:40のスパッドVIIなども入っているから、単純に「シリーズ=飛行機キット」くらいの意味しかない。下に書かれた「DE NOMBREUX AUTRE MODÈLES A PARAITRE」は、おおよそ「新製品続々登場予定」といった意味。

ちなみにこのキットは、今世紀に入ってからも、まだチェコのSMĚR(スムニェル)から販売されている(本家エレールの方では、現在では絶版状態のようだ)。

実機は、上の箱のキット名称では「MORANE 225」となっているが、より詳しく書くと「Morane-Saulnier M.S.225」。戦間期のフランスの機体で、当時のフランス式分類記号では「c.1(単座戦闘機)」。第一次大戦末期から戦間期の一時期に掛けて、モラン・ソルニエがこだわっていたパラソル翼の一連の機体のうちのひとつで、1932年に初飛行している。

英語版wikipediaによれば、「開発中のより高度な航空機の導入前の一時しのぎとして作成された」機体だそうで、そのため生産機数は75機と少な目。そんなのを、よくもまあキット化したもんだ。53機が空軍に、16機が海軍航空隊に納入され、3機が中国に輸出されたらしい。3機は行方不明?(普通に考えると、テスト用にメーカー側でキープされたとか、そんなところだろうが)。

……というようなことを聞くと、私としては中国仕様で作ってみたくなるのだが、ネット上には根拠が不明な塗装図は2例ほどあるものの、実際の写真は見当たらない。どなたかこ存じの方がいれば教えて下さい。

●ちまちまいじって、現状、主要パーツ群は以下のような感じ。

Img20240228224342

エレールは自国の誇りに掛けて戦間期のマイナー国産機のキットを精力的に出していたが、このキットは同社72の中でも比較的初期のものとあって大らかというか、再現度も「プラモデルとしての出来」もイマイチ。かといって、カリカリにチューンするほどの資料も気力も足りていないので、「どうしても目に余る」部分を訂正しつつ、若干なりと「シュッとした」状態に持っていく、程度の工作を目標とする。

しっかり製作記等を書くつもりもなかったので、いじったパーツのbefore状態の写真を撮っていないので、どういじったかの比較はできないが、以下、主に手を入れた部分など。

Img20240228224617 Img20240228224601

主翼は外翼部上面が別部品。そのパーツ分割線がエルロンの前辺と外側を兼ねているのだが、内側の切れ目はなく、しかも主翼下面に至ってはエルロンの影も形もない。というわけで、上面の内翼・外翼間の接合線を消すとともに、エルロン内側・外側にエッチングソーで切れ目を入れた。下面はエルロン前辺をスジボリ。下面のエルロン・主翼間は若干リブの山をヤスって、「エルロンと主翼はきちんと別ですよ~」感を若干プラス(どうせ裏なので気持ち程度)。

Img20240228224728

水平尾翼は、安定板と昇降舵の分割線が間違えている。キットでは昇降舵外側分割線が後ろ側(赤矢印部分)にあるのだが、実機は前側(黄色矢印部分)で、要するに昇降舵にデカいバランスホーンがある形状。というわけで、後ろの溝は埋めてリブ表現に。前側には切れ目を入れた。

Img20240228224418 Img20240228224503

コクピット内は、キットのパーツとしては床板、椅子、操縦桿があり、古いキットとしては「まあ、マシ?」な感じ。とはいえ、オープンコクピットで、中を覗いてそれだけだと寂しいので、両側にフレームを付けた。あとは若干の機器類、計器盤、フットペダルくらいは足そうかな。

Img20240228224447 Img20240228224540

カウリングは、キットのパーツのままだと「円筒形+前面」くらいの感じだったが、実機はもうちょっと、前半部で緩やかに絞っている感じなので、適当に削り直した。もともとパーツには変な梨地モールドとかパネル分割表現とかタガとかのモールドがあったが、その辺も一旦全部削り落とした。カウリング前面は排気管で、左右に排気口がある。キットは「ただの穴」状態だったので、プラペーパーを突っ込んで、なんとなくそれらしく。

エンジンは、向きを決めるダボなどなかったので、シリンダーが「Y」状態になるように付けたが、実際は逆(真上にシリンダー1本が来る)かも。

木製2翅のプロペラは、ブレードの片側がほぼ直線、もう片側がゆるくカーブしている。キットは直線側が前縁になっているのだが、実機ではカーブを描いているほうが前縁なので、キットのプロペラの軸部を切り取って、表裏をひっくり返した。

昔々、とある模型誌で、「キットのプロペラのピッチが逆なので、表裏逆にして取り付け」という記事を読んだことがあるようなおぼろげな記憶があるのだが、表裏逆にしても、ピッチは逆にならないよね……。記憶違いかなあ。

●と、いじってはいるものの、そのまま完成まで突き進む気力がいまいち湧かないのは、

  • 前記のように、生産機数があまり多くなく、塗装バリエーションに乏しいこと。
  • そもそも徒然にいじっている古キットに別売デカールなどを奢る気にもなれないこと(かといって、キットのデカールは今でもちゃんと使えるかどうか怪しい)。
  • さらに胴体前半+カウリングは金属地、しかもどうやら胴体前半側面は、細かい三角の整然とした磨き模様付きなので、塗るのが面倒。というよりも、そもそもどう塗ったらいいかも考えたくない感じ。

などによる。

|

« ベッカライ | トップページ | 覚えているコト、忘れるコト »

製作記・レビュー」カテゴリの記事

怪しい在庫」カテゴリの記事

コメント

自分の作ったのを見ながら読みました。
カウリングは初代パッケージの絵のが似てるのですね。
わたしはプロペラをまるごとひっくり返そうかな。止めるボルトのモールドが惜しいですね。
水平尾翼は、治せるけどリタッチの塗料が30年前の塗装に合わないだろうな・・・
エンジンとカウリングとプロペラはもいでしまいました。
エンジンは、たぶん機関銃の関係で逆Yでしょうね・・・エレールにしては珍しくヒダの再現がありますね。
いろいろどうしようかなぁ・・・これはこれで楽しい悩みですね。

ところでこの飛行機の照準器ってどうなってるんでしょう・・・

投稿: みやまえ | 2024年3月 2日 (土) 20時22分

>みやまえさん

え? 一度作ったやつ、分解しちゃったんですか?
何だか少し、もったいないような。
(私は一度作ってしまうと、おおよそ何があろうと「もうこれでいいや」派なので)

>>エンジンは、たぶん機関銃の関係で逆Yでしょうね

あ、なるほど。
(特に古い)模型にはありがちな、プラが厚いカウリングにも余裕で収まる「小径エンジン」なので(笑)、機銃溝との関係が、まるっと頭から落ちてました。
「エナメル剥がし」して、向きを変えて付け直そうっと。

>>ところでこの飛行機の照準器って

海軍機は機軸方向のバー付き(最初は望遠鏡式照準器かと思ったのですが、それにしては細いので前後の照準の架台のバーだと思う)、空軍機は非常に見づらいものの、バーなしで、風防の直前と、さらにその前方に照準器(照準ワク?)が付いているようです。

投稿: かば◎ | 2024年3月 4日 (月) 21時43分

 唐突ですが、大砲の仕組みについてお教えください。15サンチカノン砲が有難いです。当方知識がなく、昔の、丸い黒い球を上から入れ、ひもを引っ張って打ち出す、という漫画みたいな絵しか浮かびません。
 小坪の砲台に残された細長く黒い鉛筆状の火薬は何なのか、どのように使うのかが知りたいのです。

投稿: 山田淑江 | 2024年3月22日 (金) 16時32分

>山田淑江さま

お久しぶりです。

丸い砲弾を先込め式で入れる大砲とは……それは中世~2世紀くらい前までの大砲です。

近代の大砲は、基本、後装式(大砲の後ろから弾を込める)式、かつ、弾薬は山田さんの言葉を借りると「鉛筆のような形」のものです。

言葉だけでどれだけ説明できるか怪しいのですが、

(1).弾薬は、弾丸と装薬が一体のものと、別々のものとがあります。西小坪海面砲台に配備されていた砲はどちらかなあ。15センチクラスの榴弾砲だと、弾丸と装薬が別々かもしれません。

ここでいう弾丸とは「大砲から撃ちだされて対象に向けて飛んでいくもの」、装薬とは「弾丸を撃ちだすエネルギーとして、大砲内部で爆発する火薬」を指します。

一体型の場合は、「薬莢(やっきょう)」と呼ばれる、主に真鍮製のケースの中に装薬が詰まっていて、そのケースの先端に弾丸がはまった形状になっています。

弾丸は、撃ちだす大砲の種類や用途によって、いろいろな別があります。特に小坪砲台に配備されたような榴弾砲が打ち出すのは、主に「榴弾(りゅうだん)」と呼ばれる弾種で、飛んで行った先で対象にあたると爆発するよう、弾丸の内部にも炸薬が詰まっています。

(2).大砲を撃つ際には、砲身のお尻の部分の「尾栓(びせん)」と呼ばれる栓を開けて弾薬を、大砲後端の「薬室」と呼ばれる部分に送り込んだ後に、尾栓を閉じます。

この時、弾丸・装薬一体型では、そのまま一つの弾薬を送り込めば済みますし、別々のタイプでは、まず弾丸を入れ、その後に装薬を押し込みます。別々になっているタイプは、ここで装薬の種類や量を調整することで、弾の飛距離を変えることが出来ます(もちろん、大砲の砲身の角度でも飛距離は変わります)。

(3).弾を込めたら、照準を合わせて、引き金を引き発射します。小口径の砲の場合は、砲の脇に砲手用の座席があり、砲を操作するハンドルに文字通り「引き金」がついていたりしますが、大口径の榴弾砲の場合は、「拉縄(りゅうじょう)」と呼ばれる索を引っ張って、激発装置を作動させる場合がほとんどです。

激発装置が作動すると、薬室内の弾薬(装薬)の中に仕込まれた雷管・火管(いわば着火剤)を通して装薬が爆発し、弾丸を砲身をから激しい勢いではじき飛ばします。

この時、近代のほとんどの火砲では、砲身内部にライフリングと呼ばれるゆるいねじ切りが施してあって、このため、弾丸は高速で回転しながら飛んでいくことになります。回転運動が与えられることで、弾丸はまっすぐ飛ぶことが出来、命中率や射程が向上します。

(4).榴弾の場合、通常は弾丸の先端に「信管」と呼ばれる装置が仕込んであり、(着発信管と呼ばれる装置の場合は)弾丸が当たった瞬間に弾丸内部の炸薬が爆発する仕組みになっています。

――西小坪海面砲台の爆発事故では、未処理の弾薬が山積みになっていたとのことですから、最初に爆発したのが何であれ、装薬(弾丸を撃ちだす火薬)と弾丸(炸薬が中に詰まった弾丸)の両方に引火して大爆発したのではと想像します。

投稿: かば◎ | 2024年3月23日 (土) 14時52分

このほかにも、近代以降の大砲には、「駐退復座機構」(弾丸を発射すると砲身が後ろに下がって衝撃を逃がす仕組み)とか、いろいろ付随する仕組みがあるのですが、そのあたりは略します。

投稿: かば◎ | 2024年3月23日 (土) 14時56分

ご参考までに。
現在の陸上自衛隊の155mm榴弾砲の発射シーンです。
https://www.youtube.com/watch?v=LokRpR72EdI

現代のもので、あれこれ進歩しているものの、基本的な仕組みは大戦中の砲と変わりません。

発射のシーンで、一番手前の人が、キコキコとレバーのような(手押しポンプのような)もので操作しているのが尾栓で、砲身後端の栓が、そのキコキコに合わせて開いているのが判るかと思います。

栓が開いたら、砲身後端付近に置かれた弾薬を、薬室内に押し込んでいます。この時、大口径の砲の場合は、弾薬がそれなりに大きく重く、薬室も深いので、人間の手ではなく、装填用の竿を使って押し込んでいます。

手前の人が隣に立てかけている、先端にクッションのついた銀色の棒がそれですね。このあたりも、大戦中の砲とは変わりないと思います。

この自衛隊の砲(155mmFH)の場合は「拉縄(りゅうじょう)」を引っ張っていないので、何らかの引き金的なものが砲の脇に着いているのだと思います。

投稿: かば◎ | 2024年3月23日 (土) 15時19分

こちらはアメリカ軍の155mm榴弾砲。

弾丸と装薬を別々に装填している様子、
尾栓の開閉の具合、
「拉縄(りゅうじょう)」で発射している様子などがわかります。

https://www.youtube.com/watch?v=I7iRBEA5hG8

投稿: かば◎ | 2024年3月23日 (土) 15時27分

 早速に、ご丁寧なお返事ありがとうございました。
本日或る会合がありまして、終わった後、うちの会の人が3人残りましたので、カバブ様のお返事を読み上げ、皆で知識を共有させていただきました。仕組みがよく分かりました上に、お添え頂いた動画で、その何とも言えない迫力に圧倒されながら、一同納得いたしました。感謝申し上げます。打てば響く、とは、この前も申し上げた気が致しますが本当に、カバブさまは、頼りになります。
 それで、この29日に、草刈りをして見やすくなっている、という元の現場を何人かで見に行くつもりです。現場で、カノン砲のあったことに思いを馳せながら話し合ってみようと思っております。有難うございました。    山田淑江

投稿: 山田淑江 | 2024年3月24日 (日) 21時27分

かばぶさま。
29日は天気が悪かったので砲台見学は取りやめになりました。
別の日に行きます。
小坪は15サンチ砲2本のみ、と思っておりましたら、⒓サンチ短砲もあったんですね。事故の洞窟では話に出てきませんので、もう一つの方にあったのでしょうか。お聞きではありませんか。   山田

投稿: 山田淑江 | 2024年4月 4日 (木) 10時58分

>山田淑江様

飯島の砲台(西小坪砲台)に関しては、一般には「十五糎砲2門」ということになっているようですが、終戦直後に、引渡用にまとめられた、横須賀海軍警備隊「砲術科兵器目録」(昭和20年11月18日)には、確かにそれに加えて「短十二糎砲台之部」の項に、

西小坪 一

と書かれています(西小坪に1門配備の意味)。
ただ、同項目の下の弾薬の欄は斜め線になっていて、「弾薬無しで砲だけ置いておくものか?」という疑問もあります。

私自身はそれ以前に、「主武装」である十五糎砲そのものが、いったい何だったのかが知りたいです。


・基本は海軍の陣地なので、置かれている兵器は海軍のもののはず。
・しかし、海軍の火砲は艦載用のものが多く、洞窟陣地に置くような、該当する十五糎砲というのが見当たらない。
・防衛陣地用に、特別に陸軍から譲り受けていることも考えられるが、その場合も、何年式のどの砲なのか不明。

投稿: かば◎ | 2024年4月 4日 (木) 15時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ベッカライ | トップページ | 覚えているコト、忘れるコト »