つれづれSU-100
●つれづれなるままに、さもほどなや。
「がっつり模型を作りたい」というよりは、「漫然と模型をいじりたい」という気分で、何ということなしに、ドラゴンのSU-100の“下ごしらえ”工作をする。
きっかけは単純で、昨年末の東京AFVの会で頂いた、MINIARMのT-34用転輪(#35178、SU-100,SU-85,T-34 Pressed roadwheels set (Sormovo Factry)と、ABERのSU-100用砲身(#35L-39、Russian 100mm D-10S tank Barrel for SU-100 (for Dragon model))が机の上でそのままになっていたのを眺めでいるうち、これらを、半ば戸棚の肥やしになりかけていたドラゴンのSU-100とともに、まとめて成仏させてやろうと思ったため。
ちなみに上のアフターパーツ2品はkakudouさんに頂いたもの(……ですよね? M.Nさんからのものも混じってます?)。どうもありがとうございます。
そのkakudouさんもT-34シリーズを積極的に次々と完成させていて、SU-100も比較的最近、ズベズダのものを完成披露している。さすがにあの作品レベルまで迫れる気はしないので、こちらはヌルめに製作予定。
ちなみに冒頭に(そして以前にも)「さもほどなや」と書いたが、SU=СУ、Самоходная Установкаをカナ表記すると、「サマホードナヤ・ウスタノーフカ」がより近いらしい。直訳すれば自走式装置、とか何とか。ざっくり意訳して自走砲。
●素材の説明。
ドラゴンのSU-100は、初版が1995年発売。(今となってはあれこれ古さも目立つが)スケールモデルとしてそれまでと一線を画した新世代のT-34キットとして発売された同社T-34-85のバリエーションとして、ほぼ共通の車体のSU-85Mと共に出されたものなのだが、
(1).発売当初、セットするパーツの選択を間違えてSU-100のキットにSU-85M用の防盾しか入っておらず(うろ覚え)、後から模型店経由でSU-100用防盾パーツを大量に配布した(私も初版を買って、後から防盾を手に入れた。右写真)。
(2).その後、2000年代になってプレミアム版を発売。履帯をマジックトラックにし、エッチングをセットしただけでなく、キューポラもきちんとSU用形状に、砲基部カバーもSU-100用に改修した新規パーツをセット。戦闘室側面を別パーツ化し、戦闘室後面との接合状態を、後期型(というか標準型?)としてより正確なものに。戦後型標準の戦闘室後面もセット。車体底面を、それなりにSU専用車体に見せる改修パーツなども有り。
(3).そこまではよかったが、その後発売されたSU-85Mのオレンジ箱(廉価版)では、上記プレミアム版で戦闘室側面を別パーツ化したにも関わらず、その側面板の新規パーツが入っていない。車体上部自体は、側面パーツを貼り増すのが前提の改修パーツが入っているので、そのまま作ると、戦闘室側面が一段窪んだ情けない姿に。
――という、なかなかに「お騒がせ歴史」付きキットとなっている。
発売当初は、(雰囲気はどうあれ、寸法バランス的にもディテール的にもあっちこっち問題があるタミヤを除いて)初のかっちりした35スケールのSUキットとして大いに価値があったこのキットだが、さすがに発売から30年近く経つともなると、そこそこ気になる点も多い。
(1).左後ろのハッチが戦闘室後面まで回り込んだ、とりあえずは戦中型と言える仕様を再現しているが、起動輪は(先に発売されたT-34-85同様に)戦後型だったり、「戦中型に成り切れていない」点がちらほらある。ほか、先に発売された戦車型に引きずられたディテールも若干あり。
(2).砲基部カバーは本来、SU-85MとSU-100ではやや大きさが違い、大きめのSU-100では右側面にボルトアクセスの逃げのために明瞭な縦溝がある(極初期車輛か試作型には溝無しもあるようだ)。キットはSU-85M用の形状のものしか入っていない。上述のように、プレミアム版ではSU-100用に改修された新規パーツが入っている。
(3).SU-122/85/100はT-34のバリエーションだとはいえ、車台は戦車用とSU用では別物。キットは、下部前面装甲板はSU用に新たに起こしているものの、車体下部自体は戦車型をそのまま流用している。ただし、上述のように後に発売されたプレミアム版では、エッチングパーツ等を用いてSU車体に近付ける工夫をしている。
などなど。
これらは(繰り返し言うが)プレミアム版では若干改善されているし、もっと言えば、ズベズダの新キット(確か新旧2種あるが、その新しい方)ではほとんど解消されているので、そもそも、これからカッチリした戦中型SU-100を作るなら(ウクライナ侵攻が続いている今、そもそもズベズダのキットは手に入りづらいとか、姿勢としてロシア製キットは避けたいとかいった理由は抜きにすれば)素直にズベズダ製を作るべき。いやもう、本当に早く侵攻は諦めてくれませんかね。
もっとも今回の主眼は「カリッカリに戦中型SU-100を突き詰めて作る」のではなく「せっかく頂いたパーツの活用を兼ねて、在庫のドラゴンSU-100をやっつける」方にあるので、とりあえず、適当に「やる気になった部分だけ手を入れる」を基本方針に工作していくことにする。
●頂き物の2パーツについても若干。
MINIARM製の転輪は、さすがにT-34やKVの各種パーツを積極的に出しているメーカーだけにかっちりした出来。裏になるパーツのほうはボルト頭が気泡で潰れている部分が少しだけあったが、表は基準を厳しくしているらしく問題なく美しい。もっとも、このタイプ(ディスク型でゴムリムに穴・刻み目無し)はキットの転輪も基本同一タイプで、キットのパーツも決して悪い出来ではないので、取り換える必然性はそれほどは高くない。今回は「せっかく頂いたものだし、他に使うあてもなさそうだし」ということで、贅沢な気もするが使ってしまう。
MINIARM製パーツの最大のアドバンテージは、リム部に溶接跡が再現されていること。キットの転輪とは、ゴムリム部の筋のパターンにわずかに違いがあるが、これはどちらが正しいとかがあるのか、あるいは工場や時期の差なのかは、私にはよく判らない。またMINIARM製は内外の転輪の接合部分がより正確で、若干の隙間と、その間のボルトのロッドも再現されているが、これはどのみち組んでしまうと見えない。製品名に「ソルモヴォ工場」とあるけれど、ゴムリムの模様が、基本112工場への納入のみの仕様とかだったら怖いなー。
ABER製の100mm砲身は、外形はキットのパーツとそう大きな差はないが、張り合わせ式のキットパーツに比べれば、歪みの心配も継ぎ目消しの苦労もないのはメリット。しかし、砲口は100mmにしては明らかに狭すぎ、口径80mm程度しかないため、そのままではちょっと使いづらい。幸い?内側にはライフリングの再現もないので、ゴリゴリ内側から削って、100mmに近付け中。
●というわけで、下ごしらえ工作の現状。
キットの戦闘室後部の装甲板の組み方は、後面装甲板左右をを側面装甲板が挟む、(おそらく)大戦末期から導入された仕様になっているが(ただしその場合、側面装甲が若干後方に張り出す。ドラゴンプレミアム版ではこれを再現)、これを生産当初の組み継ぎ形状に修正、ドイツ戦車のようなかっちりした組み継ぎではなく、かなりいい加減な組み方で、逆にうまく再現するのに苦労する。とりあえず装甲板の組み上げだけ行って、このあと溶接跡をちまちま入れていく予定。
ちなみに、戦闘室後面に後部ハッチが回り込んでいる初期型形質であっても、組み継ぎになっておらず側面装甲に挟まれた形状に改まったものも確かにある。私が極初期型?と誤解して、後面装甲を傾けて作ってしまったポーランド軍所属のSU-85Mも、実際にはこの過渡期の仕様だったようだ。整理すると、
- 後面装甲/側面装甲の継ぎ方が変更されてからも、しばらくは後部ハッチの後面への回り込みがあって、期間を置いて(戦後になって?)廃止される。
- 後面装甲/側面装甲の継ぎ方の変更は、SU-85Mの生産終了以前(戦時中?)に導入されている。……たぶん。
閑話休題。
キューポラ下の張り出しや、戦闘室後ろの三角コーナーの装甲は、キットパーツは綺麗に土台の装甲に繋がる形状となっているが、実車の場合は明瞭に段があって溶接跡も大胆なので、それがある程度再現できるよう、エッジ部分を若干削ってある。
ドラゴンのT-34系定番工作の、グローサー取付用のU字金具のモールドの削り取りは、戦闘室裾部分は場所的にナイフの刃を装甲板に沿って当てられず、ちょっと往生した。
前面装甲下部左右、そして右上にもうひとつある調整ボルト?は、キットのモールドはやや窪んだ形状、かつ周りのスジ彫が広かったので、一旦削り落として穴開けし、2016年(!)に、これまた東京AFVの会で1-colour君に頂いたTMD製のレジンパーツを、若干装甲板表面から出る形で取り付けた。174工場製用リアパネルヒンジは使うあてが今のところまったくないが、同梱ののこ調整ボルトは、T-34-85/D-5T型に続いて活用2例目。ありがとうございます。
キューポラと前方ハッチの間にあるバルジ表面には、後方に横並びにミステリーサークル?が2つある。これは初期の車体だと前方中央に1つ、後方中央に1つの縦並びだったりする(ズベズダのキットではそうなっている)。おそらく、内部装備の配置の変化に関係しているものなのだと思う。しかし、現存車輛を見ると、戦闘室後面が組み継ぎの初期型でも、キットのように「後端に横並び」の例も確認できるため、とりあえずそのままとしている。
エンジンルーム後端カバーは、後々、メッシュ部分にどこかのエッチングパーツを使うことを想定してくり抜き工作をした(プレミアム版ではエッチングパーツと、元から開口しているカバーパーツが入っているはず)。
ついでに、カバー後端/リアパネル間の蝶番に似た見た目の固定具のモールドを一旦削り落とした。これはキットの固定具の位置が183工場製戦車車体に準拠していて、SU(というかUZRM製車体?)ではもっと内側にあるのが普通であるようなので。
もともと車体裏側はまともに塗装もしなかったりするので、きちんと再現するつもりはないのだが、一応(おざなりに)SU車体への改修を実施。戦車型(というか183工場製車体?)では底面は前後2分割だが、SUでは4分割なのでスジ彫りを追加。UZTM(ウラル重機械製作工場)ではSU生産に専念するまでは戦車も一部生産していたので、同工場製戦車は同様の装甲板構成になっているかも。
戦車型では右舷前端に小判型の脱出用ハッチ?があるが、SUでは第二パネルに移動、90度回転して縦長形状になっている。新たに彫り直したりしていないが、とりあえず前方の脱出ハッチのモールドは消した。
後方、ギアハウジング直下のドレン穴の開口はドラゴンのT-34系キットの定番工作(と言うほどでは……)。
なお、シャーシ後面装甲が若干底面に回り込んでいるのは初期型T-34でエッジが丸く底面に回り込んでいた名残なのだと思う。丸み付きの初期型後面装甲を持つタイプを生産していない112工場では、底面がギリギリ後端エッジまである形態をしている、らしい。
SUを含め、多くの仕様では下面後端がキットのように後面装甲と一体化しているが、この場合、後面装甲に続く部分は底面より一段窪んでいるのが普通。ただし、ここでドラゴンは設計をちょっと間違えてしまったらしく、ここが底面とツライチになってしまう。「間違えてしまったらしく」というのは、真ん中につく小さい丸パッチの、後面パーツ側の土台部分は底面とツライチになるよう出っ張っていて、これはドラゴンも再現しているため。しかし前述のようにベース部分が底面装甲とツライチなので、半月状の出っ張りは、逆に底面と不連続になってしまっている(戦車型キットを含めての問題)。
もちろん、普通にしていれば見えない部分なので、私は半月状の出っ張りを安直に削り落とすだけの対処をした。なお、ドラゴンのキットではこの半月状の出っ張り(=円形パッチの取付位置)はちょうど中央にあるが、実際には多くの仕様ではやや右舷寄りになっている。また、この円形パッチ自体、多くの仕様では受け部分が一段窪んでいて、パッチは底面に対し出っ張らないことが多いようだ。
●(一応、SU-100として)今後手を入れたい点。
・砲基部カバー形状は、ボルト逃げ溝付きに替えたいところ。これがないと、やはりSU-100らしくないので。
・戦闘室前面装甲は、SU-100ではSU-85の45mmから75mmへと大幅に増厚されていて(85Mも同様)、そのため車体前端の三角材と戦闘室前面装甲との間に明瞭な段差が生じている。ズベズダでは表現されているが(少なくとも新キットの方では)、ドラゴンでは表現されていないので何とかしたい。
・キューポラは(以前にSU-85Mを作った時にもそれなりに頑張ったが)、偏心した戦中型に改修予定。SU-85Mの時はハッチ部も新造したが、キットのパーツをそのまま使えないか検討中。
・操縦手ハッチは戦車型もSU-85もSU-100もそっくり同じような見た目をしているが、細部に差があり、例えばSU-85用は表側中央に「C.」と刻印されている。おそらくこれは「СУ(エス・ウー、SU)」用であることを示しているというのは、確かセータ☆さんから聞いた話。実際、戦車型とSUとでは前面装甲板の角度が違うから、ハッチへのペリスコープ取付穴の角度も異なっているはずで、パーツに識別記号を入れておくのは理にかなっている。そして今回のお題のSU-100の場合は、SU-85ともまた違って、たいていの場合は中央に「P.」と刻印されている。SU-85よりも装甲自体が厚くなっているので、ハッチも別物になっていて当然だが、「P(エル、ローマ字のRに相当)」が何の略なのかは不明。重箱の隅の話に前置きが長くなったが、これは再現しておきたい(ズベズダのキットでは最初からモールド有り)。
・起動輪はMiniartの大戦型パーツに素直に交換。履帯もMiniartにしようか考え中。
・予備燃料タンクのステイはMiniartの初期型パーツに交換するか、それともキットの後期型(標準型)にするか迷い中。IS用のステイに似た後期型(標準型)は、大戦末期にはすでに登場していたはず。ただしドラゴンのパーツはちょっと厚みが気になる。Miniartのパーツは、ズベズダのSU-85に使いたい気もする(ズベズダのステイはタンクと一体で表現も今ひとつなので)。
●今回の製作にあたっての参考資料等。
主にネット上の現存車輛walkaround写真。特に「LEGION-AFV」「Dishmodels」などから、戦闘室後面装甲が組み継ぎになっている仕様のものを中心に。
Wydawnictwo MilitariaのSUの号も見たりしているが、本文は読めないし写真もあまり多くはないので情報量はそれほどでもない。
ドラゴンのSU-100を作るのであれば、そのものずばり、青木伸也氏の「ハラショーT-34」で、2000年代中盤に(2000年代というのは2000~2009年の意味で使っているが、どうも21世紀中ごろの意味にもなってしまいそうで、いつもちょっと躊躇う。いや、そう取る人はいないだろうけどさ)ドラゴンのSU-100の製作記を数回に渡って掲載している。
これを読めば、(たとえその後分かったこととかがいくつかあるとしても)製作上の注意点のベース部分は、あれこれ考えるまでもなく「おまかせ」にできそうだが、模型雑誌類の保管が悪く模型の山の向こうに埋もれてしまっているうえ、SU-100掲載号のうちどれだけ手元にあるかも不明。何かのたびに「T-34の(あるいはKVの)ここって、どう思う?」とか青木氏に聞いているくせに、いざという時に氏の労作を見ないとか、失礼この上ない気がする。青木センセ、まったくもって済まん。
それはそれとして、大日本絵画は、「ハラショーT-34」の単行本化とかしてくれないものですかね。いや、同社が許可してくれれば同人誌化でも。
●ちなみに前回記事以降、2月末の土曜日には予定通り、兄と兄の友人と一緒に、追浜から鷹取山、二子山とハシゴ・ハイキング。この週は1週間合計で100km以上歩いた。流石に歩きすぎてその後数日は足がガクガクした。
その後、老健に入所していた母がまた倒れて緊急入院になったり、仕事が進まなかったりであれこれ心配事多し。あ。申告も終わらせないと。
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コメント
SU-85とSU-100の操縦手ハッチにある"C."と"P."の文字刻印について、現在「こうではないか」と思われているところをブログに軽く纏めてみました。
こちらにコメントしようと思ったんですが、長くなりそうだったのと正確を期したかったので、ブログの方で。
投稿: セータ☆ | 2023年3月18日 (土) 14時37分
>セータ☆さん
「つれづれSU-100」更新しました。
「C.」と「P.」のまとめ、「おおおおお!」とうなりながら読みました。
実は「P.」って何かなー、などと思いながら、google翻訳さんで「ロシア語で『厚い』って何?」とか引いてみたんですが、エルで始まる単語に行きつかず、モヤモヤしていました。
「同等に強い」って……そんなん想像つくかー!(笑)
投稿: かば◎ | 2023年3月19日 (日) 12時09分
ズベズダのSUー100(完成)MiniArtのSU-122(完成)SU-85(塗装中)を所持しています。
セータ☆さんのSU-85&SU-100・操縦手ハッチの鋳造刻印文字の記事を拝見し確認したところ、それぞれそのように刻印されてました。
私がSU系列で苦労したのは、あの独特の丸型予備燃料タンクの支持架でした。支持架両脇からタンクを挟み込み、ネジで固定する方式の再現にいろいろ試行錯誤しました。
かば@様の工作もこれから進んでいかれるものと記事をたのしみにしております。
投稿: はい人28号 | 2023年3月21日 (火) 22時28分
>はい人28号さん
はい人28号さん(Kakudouさん)の「バリエーション一気製作」力にはまったく頭が下がります(しかも1つ1つの完成度が高いのがこれまた……)。
取付ベルトが両側で分かれていて、中央でベルト同士を接続するUZTM式や112工場式の増加燃料タンク固定法は、確かに再現が面倒ですね。
大昔、発売当時にSU-85Mを作った時は、燃料支持架そのものもプラバンで自作したのでかなりの手間でしたが、「ベルト接続位置を揃える」というのも地味に面倒くさかったような記憶が。
ちなみに戦時中の実車写真を見ると、支持架にタンクは載せているものの、ベルトで止めていない例もあったようです。不整地で荒い運転をするとタンクが転げ落ちそうですが、実車もあれをいちいちあれを締めるのは面倒臭かったのか……。
投稿: かば◎ | 2023年3月22日 (水) 12時29分
ドイツ軍捕獲車等車両によっては取付ベルトを撤去しているものもあったりして。燃料タンクを置かずに泥濘地脱出用の丸太を置いたり・・・色々な利用状況が見られますね。
投稿: はい人28号 | 2023年3月22日 (水) 19時24分