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2023年1月

厄除け

Img20230125173113 ●逗子、田越川河口から、江の島越しの富士山夕景。1月25日。

●先月100歳の誕生日を迎えたばかりの母だが、正月早々、大腿骨転子部(付け根の部分)骨折。早朝、呻き声がして兄が気付き、廊下で倒れているのを発見した由。救急搬送され数日後に金属を埋め込む手術。

転んで折ったにしては打ち身や擦り傷などもなく、骨粗鬆症で折れて転んだ可能性もありそう、というのが救急隊員の話だそうだが、そのへんは、本人も(認知症で)覚えていなさそうなので真相は不明。

昨年亡くなった叔母二人も転んで脚を折って、そのまま寝たきりに――という経緯で、母もそうなることはまず避けられないと、半ば覚悟。そもそもさらに高齢の母が手術そのものに耐えられるかどうか、という懸念もあったのだが、手術後数日して病院にその後の経過を聞きにいったところ、(医師も驚いたことに)すでに起き上がって、補助具等で体を支えて歩いているとのこと(コロナ禍下のため本人との面会は不可)。100歳の根性恐るべし。

むしろ何でも自分でやりたがる人なので、再び転んで折ったりしないかが心配。

兄と相談し、短期間、老健でリハビリに励んでもらい、その間、自宅の必要部分のバリアフリー化の工事を行うことに。

Img20230121150708 ●母と同居している兄は、新年早々の母の大怪我に加え、飼い猫に出来物が出てこれも手術、さらには次男が同棲している彼女ともどもコロナ罹患とあれこれ心配事続き。「あんまりいろいろ続くから、今度来るときに、どこか鎌倉の適当な寺社でお札を買ってきてくれ」というので、大町の八雲神社でお札を買って持っていく。

いつも散歩の折に前を通る、そう大きくもない神社なのだが、実は鎌倉で厄除けと言えばココ、みたいな位置付けだというのを、ネットで調べて改めて知った。何年か前に放映されたテレビドラマ「ツバキ文具店」の文具店は(ドラマ内の設定では)この神社の隣にある。

なお、川崎の実家の近所には「身代り不動尊」という、厄除けではかなり有名で遠方からも参拝者が絶えない寺があるのだが、子供の頃から身近すぎるうえ、ものすごく儲かって建物がみるみる大きく・キンキラキンになっていく姿を見ているため、逆に「御利益なさそう」というのが兄弟の共通見解(あくまで個人的感想です)。

Img20230120153345 ●以前にも書いたように、鎌倉市は丸ポスト(郵便差出箱1号(丸型))の現存数では、日本の市町村でも1,2を争う場所なのだが、それでも何やかやの理由で、いつの間にか姿を消してしまうものもある。

先日、北鎌倉駅近くを通ったら、小坂郵便局前にあった丸ポストが、角ポストに代替わりしていた。残念至極。サイト「ポストマップ」への画像投稿によれば、昨年末(11月)時点ではまだ丸ポストだったようなので、つい最近変わったらしい。

丸ポストが消える理由としては(古くて、不便だから、という以外で)設置場所が現在の基準を満たしていないとか、そのポスト設置の理由となっていた商店等がなくなってしまったとかが多いように思うが、比較的積極的に丸ポストを残そうという姿勢の鎌倉市域で、郵便局前の丸ポストが撤去されてしまうとは思わなかった。

もっとも、丸ポスト自体が作られてからすでに70~50年経っており(生産は1949年~70年)、外見はどうあれ中がボロボロになっていて交換せざるを得なかった可能性もあるし、また、同じ鎌倉市といっても、鎌倉局と大船局とで丸ポストの扱いに差がある可能性もある。もっとも、同じ大船局でも、常楽寺交差点脇の「あっち向いてホイ」ポストは、上写真と同じ日に見たが健在だった。

●エアフィックス48、アルビオン燃料補給車の中間報告の続き。

そもそも当初は「あとは塗るだけ状態」までさっさか作ってしまう予定で、そのため前回は、製作途中での記事はせいぜい一度かな、というつもりで題名を「中間報告」としたのに、ちょっとよくない癖が出て、部分的に後戻りしてしまった。

前回も写真を乗せた、トラック車台そのものの燃料タンク周り。実車とちょっと取り付け方が違っているのが気になって、結局、一度付けたパーツを(エナメルシンナー剥がしで)もぎ取って、部分的に作り替えた。

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左が前回も載せた、未改修で燃料タンクを付けた状態。右が改修後。燃料タンク取付ステイは、正しくは燃料タンクのほぼ左右端(というか前後端?)にあるようで、さらにステイにはベルトで固定されている。ステイそのものはタンク上側のステップに隠れて見えないが、ステップもステイにリベットで固定されていて、ステイ位置に帯金とリベットがある。

というわけで、改修はやや面倒になるが、

  • 後ろ側のステイ位置を移動(ステイ自体も作り直し)。
  • それに対応し、ステップ上の帯金とリベットのモールドを削り落とし、後ろ側に移動して作り直し。
  • 燃料タンクに固定用ベルトを追加。
  • 燃料注入口下に、何やらエンブレムのようなものが付いているので追加。

なお、その後実車写真を見直していたら、実車では、キャビンの背板は二重構造になっていて、後ろ側の板はシャーシ下にまで伸びている、というのが判ったのだが、流石に今更キャビンをもぎ取って作り直すのは避けたい。

●燃料ホース用ブームの追加工作。ブームは折れ曲がったりしないよう、上側に補強用の張り線があるので、取付部に0.2mmドリルで穴開けし、0.8号の色テグスを張った。併せて、ブーム先端の「らっぱ口」部分も、変なホース受け口モールドを切り落とし、口を彫り込む。

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張り線工作は、プラが柔らかいのでテグスをピンと張ろうとするとブーム自体がしなってしまう。なるべく「しなり」が目立たないよう工作したつもりだが、考えてみれば、先日、TKSの履帯連結用に0.2mm真鍮線を買ってきてあったので、それを使えばよかったのだった。

燃料ホースそれ自体は、これから工作予定。

Img20230127201148 そのホースの材料だが、横浜ヨドバシの模型売り場の工作材料のコーナーであれこれ物色。タミヤの「曲げ自由」のロッドは、ホースに使うには太すぎるものしか無し。プラストラクトやエバーグリーンはプラ質が柔らかいので曲げやすいが、それでもこのホースを作るには熱して曲げる等が必要と思われるので少々面倒。曲げやすそうなアルミ線は、1mm径のものが50cm長3本で1200円台。結構高い。

別に普通の針金でもよくないか? それなら百均にでもあるんじゃないか?と、隣のダイソーを見に行ったら、なんと1mm径のアルミ巻き線が20m弱で100円だった。どのみちグネグネ曲げて使うので、直線である必要はなく、これで充分。

やっぱり百均は、使えそうなものがないか、たまに覗いて確認しておかないといかんなー。

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アルビオン燃料補給車・中間報告

●年末からいじっている、エアフィックス 1:48、アルビオンAM463燃料補給車の製作記の続き。

とはいえ、しっかりディテールアップするほどの資料も(そしても元々そのつもりも)ないことなので、比較的淡々と作業を進めているだけ。

●その前に一つ。

当ブログの古い記事をつらつら見ていたら、なんと!昨年末の記事以前に、このキットを入手した当初に、一回すでにレビュー記事を書いていた。すっかり忘れていた。ボケとるなこりゃ。しかも書いている内容自体、年末に書いた記事とおおよそ変化なし。特に手元に資料等ないアイテムなので当然と言えば当然だが、なんとも進歩のないことで。

●現状。塗装の便も考えて、あちこち未接着ではあるものの、ほぼ車輛の全体形が見えてきた。

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御覧のようにディテールもなかなかしっかりしていて、小粋な姿に組み上がるキットなのだが、先日も書いたように、パーツの位置決めが曖昧な個所が多いこと、「なんだそりゃ」な組立手順が随所にあることなどが問題点と言えそう。説明書はすごく丁寧なのになあ……。

以前に書いたことも含めて、組立手順上の注意を以下に纏めておく。

▼燃料タンク(C12・C13)は手順14でシャーシフレームのステイに接着するよう指示されているが、ダボなどもないので取付位置が曖昧。実際には、手順41でタンク脇のステップ(B01)を取り付けないと、タンクの正確な位置は判断できない。なお、キットではステイに対してタンクは左右不均等に付くことになるのだが、実車ではステイの間隔がもっと広く、ステイは左右対称に、タンクの両端にあるのが正しいようだ。

▼手順15、16でエンジン周りの小部品を付けるよう指示されているが、これは手順6のエンジンのシャーシフレームへの取付以前に済ませたほうが楽。ただし、パーツB19のファンベルトだけは、逆に、手順44のラジエーター(D10)の取付直前のほうがいいと思う(ラジエーターとエンジンを結ぶパーツなのに、角度を決めるダボなどがないので、いざラジエーターを付けるとき、がっちり固着した状態でズレがあると厄介)。

▼手順23で付けるよう指示されているシフトレバー(D02)は、実際にはキャビン床に空いた穴を通して、シャーシに付いているトランスミッションに取り付けるようになっているので、キャビン床をシャーシに取り付けた後でないと取り付けられない。そして組立説明書の手順通りに工作を進めると、キャビン取付時にはキャビンの屋根まで含めて箱組が済んでいるので、シフトレバーは取り付けようがない。どないせいちゅうねん。また、トランスミッションはすでに手順4でシャーシフレームに取付済みだが、実際にはきちんとキャビン床との位置調整をしながら取り付けないと、シフトレバーの取付部と床の穴の位置が一致しない。

▼手順42で取り付けるよう指示されているキャビン乗降用ステップ(B14)は、手順31のキャビン取付前に付けたほうが楽。いやまあ、キャビン取付後でも付けられるけどね……。

▼ポンプ部品(D12・D18)は手順33でポンプ室の床(B08)に、ホースの根本(D13)は手順36で天井(B09)に付けるよう指示されているが、この手順で組むと、最終的に手順37でポンプ室を組む時に、ホースとポンプをきちんと接着できない。まあ、どうせ接合部は裏に隠れて見えないからいいよ、とも考えられるが、それではどうもキモチワルイと思う人は、手順34でポンプ室の背板(A10)を接着せず、手順35で側板(B10)を床に付ける際にガイドとして添えるだけにして、最終的に、ポンプとホースを接合してから背板を付けるようにするといいと思う。私は塗装の便を考えて、そもそもポンプ+ホースと、ポンプ室をそれぞれ別に組んでしまった。この状態でもあとからポンプ室にポンプを挿し込むことは可能。

▼手順40。タンクとポンプ室の接合はしっかりしたダボなどなく、ポンプの上下がだいぶ左右回転方向にブレる。ポンプのキャップ(A12)がちゃんと真上を向くよう、シャーシフレームに仮置きして確認が必要。

▼同じく手順40。タンク前端左右のラダーだが、タンク上部の「受け」形状がちょっと変で、ラダーの一番上の横棒がと干渉して隙間ができる。「受け」部分を、横棒がうまくはまるよう削って調整が必要。

▼手順48。キャビン横のスペアタイヤの取付位置が曖昧。私は塗装説明図(の側面図)を頼りに位置決めをしたが、後から実車写真を見たら、もっと下にずらしたほうがよかったようだ(右側面が写った写真は手元に1枚しかないので、もしかしたら個体差があるのかもしれないが)。

現時点で手を入れた部分、あるいはちょっと気になったけれども手を入れなかった部分は以下。

▼フェンダー裏側の薄削り。これは先日書いた通り。後輪フェンダーも前後縁は少し削った。

▼ポンプ室内部の若干の改修。これも前回書いた通りだが、天井にあるブーム操作用のハンドルがまるっと省略されているので、今後追加の必要がある。

▼ポンプ室の箱組は、側板(B10)と床(B08)・天井(B09)の継ぎ目にやや隙間と段差が生じるので、伸ばしランナーやら瞬着やらで埋めてゴリゴリ削った。

▼タンク横のラダー(D04)は実車写真を見るともっと細くて華奢なのだが、プラパーツとしてはそこそこ頑張って細いので、ちょっとヤスっただけでそのまま使った。

▼タンク横下のステップのうち、左側のB01は前方の凹部分はプラが厚かったので、0.5mmプラバンで作り直した。また全長がわずかに寸足らずだったのも、この凹部分の作り替え時に調節した。

▼エンジンボンネット側板の手すりをプラペーパーで作り替えた。

▼バンパー(D19)の横棒部分が変形していたのでエバーグリーンのプラ棒で作り替え。ついでにステイ部分を薄削りした。

▼エンジンはそれなりに再現されているが、上にラジエーターと繋ぐパイプがあるんじゃないかなあ。いやいや、もちろん下にもね。ただし、最終的にはボンネットを閉めてしまう予定なので追加工作などはしない。

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今のところはこんな感じ。燃料ホースはアルミ線とかで作り替えかなあ……。

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謹賀新年2023

●明けましておめでとうございます。

本年も――おそらくこれまで同様に当「かばぶ」はぐだぐだな内容だと思いますが、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

●例年通り、大晦日に川崎の実家に行って、母・兄と年越し。

1日にはドイツ人Pと、Pの長女Jが遊びに来て、午後中まったり飲み食いしながらお喋り。Pらの帰宅後、甥(兄の次男)Gが彼女連れで来る。田舎の叔父宅に電話したり、なんだかんだと、それなりに正月らしかったかも。

2日は兄と墓参りに行き、そのまま、津田山の墓地から東急田園都市線の宮崎台駅まで延々と歩く。横浜に寄って帰宅。

Img20230103133901 ●3日、ふと思い立って(特に用事もなく)稲村ケ崎まで往復歩く。

初詣客で混んでいるであろう鎌倉中心部には立ち寄らず。個人的には、「初詣」というものに格段の重要性を感じていないが、たまたま前を通るし、ということで、小坪の天王社(須賀神社)でお賽銭。

この小坪天王社は、“おらが村”である小坪村の総鎮守である天照大神社の境外末社。天照大神社は披露山の端っこにあり、小坪漁港側からだと、かなり長い急階段を上がる必要がある。要するに「市役所に行くのが面倒なので出張所で」という感じ。名前の通り、本社の祭神は天照大神だが、天王社のほうは牛頭天王/スサノオノミコト。

もっとも、小坪村の夏祭り(天王祭)はこの小坪天王社のお祭りだし、さらには、小坪天王社(のスサノオノミコト)と葉山の森山神社(のクシナダヒメ)は夫婦神ということで、32年ごとに天王社の神輿が森山神社に行く「三十三年祭」というのがある(祭りがある年も1年と数えるので32年周期でも三十三年祭)。次は2028年である由。なお、小坪天王社は御覧のように祠に毛の生えた程度の小さな神社だが、葉山の森山神社は結構大きい。

●その他、(特に正月とは関係のない)正月風景。

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前々回に書いた西小坪海面砲台現状に関する補足。逗子マリーナ6号棟正面の擁壁上の柵越しに、わずかに崖裾部が見えた。どうやら、擁壁上の段(かつての親不知の崖路跡?)の向こうの崖裾部は、格子状のコンクリート擁壁で覆われているようだ。崖の左右一杯までこの処理が行われているとすると、かつての洞窟砲台の洞口も完全に覆われて、何も痕跡は確認できなくなっているかもしれない。

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小坪の飯島(逗子マリーナの端)から、目的地の稲村ケ崎越しの富士山。この日はほぼ一日中、富士山は雲被り。

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由比ガ浜の波打ち際の細かい貝殻の集積。そしていつもとは逆視点。由比ガ浜の割と端っこ(稲瀬川あたり)から材木座・逗子方面を振り返って1枚。

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稲村ケ崎突端の銃眼と、その拡大。この斜め下には「伏龍」出撃基地とされる洞口があるが、大潮の時くらいしか近付けないようだ(私自身はそんなタイミングで訪れたことがなく、洞口は見たことがない)。

しかし、(銃眼があるからには、何らかの陣地だったのは確かだとしても)波の荒い岬の突端から、重い潜水装備に刺突機雷を担いだ兵が、海底を歩いてある程度以上の範囲に展開できたとは思えない。そもそも米軍が、海岸線に急斜面が迫る七里ガ浜や、山に囲まれてその後の展開に支障が出そうな旧都鎌倉に上陸作戦を敢行するとも思えないから、対上陸用舟艇の特攻兵器である伏龍をここに配置した可能性は低いのではと思う(訓練基地だった、というならまた別だが)。

小さなモーターボートに爆薬を摘んだ「震洋」の基地だったという説もあるそうだが、写真で見る洞口は、小さな舟艇でも出入りできたのかどうか怪しい(洞内に複数の舟艇を収容できたのかどうかも怪しい)。

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夕方、再び飯島あたりまで戻ってきて、振り返って1枚。手前から和賀江島(鎌倉時代の船着き場跡)、稲村ケ崎、江の島の向こうの富士山。多少雲は残っていても、シルエットならOK。

●AIRFIX 1:48、アルビオン燃料補給車の製作の続き。

荷台の燃料タンクの後ろにはポンプ室?があって、後面の扉は開閉選択式。中には一応、それらしく機器のパーツが入っているが、若干手を加えた。

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奥の壁にあるメーター付きの筒形パーツは、もともとキットにモールドがあったが、立体感に乏しいので削り落として作り変えた。横の壁にも何やら「付属の品」を追加。

とはいえ、もともとキットに含まれていたメインの内部機器パーツ自体の形状が結構怪しく、本当はもうちょっと、向かって左側にスペースも開いていて、先述の「奥の壁のパーツ」が見えていないとおかしい。が、そこをとやかく言いだすとこのメインの機器パーツ自体、1から作り直さないといけなくなって激しく面倒なので、適当なところでお茶を濁した。機器の後ろにもう少しパイプ類もあるのだが、どこからどこに繋がっているのかが判らないので、こちらも工作は諦めた。ヌルし。

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