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2022年11月

東京AFVの会2022

●27日日曜日、下北沢で開催の「東京AFVの会」に行く。

コロナ禍のため去年、一昨年と開催は見送られており、今回は3年ぶりの開催。前回開催時の記事はこちら

割と真面目に朝、家を出て会場には10時半頃?に到着。3年ぶりの開催ということもあってか、「すみません、三密という言葉はなかったことにしておいてください」的な大盛況。例年、スペースの半分近くは午後の講演用に椅子を並べたりしているのだが、今年は全面展示スペースになっていた。

私は当ブログの状況で分かるように今年は晩春以降、模型製作的にはさっぱりなので、自分自身の持ち込み作品は昨年完成し今年3月の「横浜AFVの会(仮)」にも持って行ったSOMUA MCG5ハーフトラックのみ。ちなみに東京AFVの会は展示スペースが比較的細かく部門分けされていて、レジンキットである私のMCG5ハーフトラックは、本来なら「スクラッチ ガレージキット」部門のスペースに飾るべきところ、うっかり普通の「単品」部門のテーブルに置いてしまった。

●会場で「ハラT」青木伸也氏、ミカンセーキさん、ケン太さん、hiranumaさん、M.Nさん、めがーぬさんらお馴染みの面々と会う。Kakudouさん(はい人28号さん)ともご挨拶。facebookでいつもお顔を拝見しているせいか、こちらはもうお馴染な気になっていたが、実際に会うのはお初だった。どうも失礼しました。

むーさん、シェルさんにも久しぶりに会う。毎回、AFVの会で(だけ)会う知り合いと言えば大学時代からのお付き合いの中尾さんだが、数日前にご夫婦でコロナ罹患が発覚したとfacebookに書き込みがあってお休み。

●会場の作品群。主に友人・知人の作品、加えてちょっと気になった作品を少々。例によって、全出品作の1割も撮っているかどうかレベル。

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前から実物が見たかった、KakudouさんのIII号式戦車2題。D1型に関しては、Kakudouさんの製作記事を読んで初めて、「えっ?戦車型とそんなに違うの?」と気付かされる点が多々あった。車体幅からして違うなんて……。

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ミカンセーキさんの新作SASジープ。ジープ本体――というよりはそれに載せた「お茶セット一式」についてはご自身のブログに詳しいが、新たに疾走状態を強調するための特製長~いベース付きで登場。こうしてクローズアップ写真で見ると砂埃の綿の繊維が見えるが、実際に見る分には個々の繊維はほとんど目立たず、モコモコ感が非常にそれらしかった。

青木氏によれば、かつて私は「煙とか爆発とか、『動き』を静物である模型に作り込むのは無理」みたいなことを言ったらしい。本人は全く覚えていないものの、実際、その辺を嘘くさくなく模型にプラスするのはかなり難しいと思うのだが、一方でその辺の難しさはセンスとか工夫で縮められるものなんだなあ、と改めて思った。

4枚目写真は何か特定のディテールを写そうと思ったわけではなく、たまたま切り取られた構図が妙に格好良く感じたので。

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めがーぬさんのTACAM T-60。向こう側にちらりと写っているのは、横浜AFVの会(仮)時にも出品されていたカルロ・ベローチェ。コメットはM.Nさんの作品。ブロンコのものである由。会場には別にタミヤの新製品のコメットの完成品もあった。

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ケン太さんの新作、アカデミーのK2と、青木氏のタミヤKV-2。再びKakudouさんのM20装甲車。hiranumaさんのBA-6と、会場で見せてもらった作りかけのwz.34装甲車。まさかこれをスクラッチしようという人は世界に何人も居まいと思ったwz.34を、自分以外の作例で見るとは。ドッペルゲンガーを見ているような奇異感もある一方で、よく見ると作風とか解釈の違いも結構あって、一応別の作品なんだなと安心?したり。

そういえばケン太さんから「大戦物、JS-2は作ったことがあるんだけど覚えてない?」と詰問されて、「そういえば見たことある??」とうろ覚えで答えたのだが、改めて過去記事を見ると、前回(3年前)出品作だった。オレ、失礼な奴だなあ。作品を前にくしゃっと潰れた右フェンダーの話をしたのも今頃思い出した。

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むーさんのホイペットは昔懐かしい?エマー製。履帯はフリウルかな? シェルさんの作品2題はマガフとアチザリット。アチザリットは後ろ姿の写真も追加。自分では絶対作らないアイテムだとは思うけれど、実はアチザリットは結構好き。

前線慰問するモンローが載ったジープは、昼食もご一緒した、ミカンセーキさんの知人のORIBEさん。奥さんもモデラーで、モンローは奥さん製作、車輛はご本人作の合作だとか。

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ほか、気になった作品等々。ウクライナ戦ものは、もっとたくさんあるかも?と思ったがそうでもなかった。

現在進行形の生々しい戦争を模型で作ることに二の足を踏む人もいるかもしれないが、「じゃあ、過去だからといって膨大な戦禍を生んだ大戦の兵器はなぜOKなのか」と言われても答えはない。「それはそれとして」で作りたくなってしまうのも、モデラーの業というものかも。

写真のT-64BVは生活感あふれる小物と相まって、いかにも「今そこにある戦争」感がある。2両並んでいるのはT-64AVとBVで、形状差は間違い探しレベル(砲塔右前部の管制装置?が違うのが識別点らしい)。

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A13Mk.II(巡航戦車Mk.IV)とスキャメルの組み合わせは、ともにエンジンまで細かく作り込んである。工作力はもとより、そこまで作るモチベーションが維持できる気がしない。ルーマニア軍のR-1軽戦車は、自作3Dプリントである由。他にも、3Dプリントのアフターパーツはもとより、自作3Dプリントパーツを使ってある作品も多く、すっかり3Dプリントは定着した感あり。自分自身に関して言えば、いまさらCADを覚えられる気がしない……。

MIRAGEのクブシュは完成品を初めて見た。ポーランド騎兵の突撃大ジオラマは、人づてで(野田君から)聞いたところによると、ズベズダのコサック騎兵からの改造とか。(追記:その後、facebookで直接作者の方に伺ったが、ズベズダの騎兵だけでなく、MBの各種騎兵(南北戦争ものも含めて)からの改造に、ポーランド製のそのものズバリのレジンキットなど、多種多様使用しているとのこと)

●昼は友人知人+αの10人で台湾料理屋へ。夕方はサニーに寄った後、まだ日も暮れないうちに、5人(青木氏、ミカンセーキささん、ケン太さん、めがーぬさんと私)で「鳥貴族」。模型談義をしながら飲み食い。

「模型における煙(or砂埃etc.)表現のリアルさ」に関し、青木氏が「繊維が見えないようにバイブレーターを仕込んで細かく振動させ……云々」と思い付きを披露する。ケン太さんがネタ扱いして盛大に突っ込んでいて、まあ、実際に適当な思い付き半分とは思うものの、人の体のように「柔らかく、動きはあっても、きちんと形があるもの」でさえ作り方・塗り方・見せ方は車輛等とは異なっているわけで、そもそも不定形な煙etc.は、何かしらもっと新しいアプローチやらマニエラやらがあってもいいようには思う。自分でそういうのをやろうと思うかは別として。

●会場でKakudouさん/M.Nさんから、カステンのT-34初期型履帯、MiniarmのT-34ディッシュ転輪(112工場製車輛用後期型?)、それから3DプリントのKV初期型フェンダーステイを頂く。

もちろんご厚意で頂いているのだが、「うだうだしとらんで、ちゃんと模型作らんかオラ」と暗に言われているような……。いや、作ります、作りますとも。

Img20221127101749 ●実は昨27日は、ゲーム「ポケモンgo」のとあるイベント日だった。下北沢に行く途中、渋谷駅前でなんと号外まで配っていた。なんだそりゃ。……と、プレイヤーである私でさえ思う。

で、せっかくのイベントだったが、流石に「AFVの会」優先でほとんどプレイできず、この日限定のポケモンはゲットできず。まあ、そのうちまた何かの機会に出てくることに期待。

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最後のセスキプラン

●発作的に、在庫の中の、戦間期のニューポール「セスキプラン」のキットを掘り出す。

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「え? 復帰早々、そういう話題?」と思う方もいそうだが(というか、「いきなり通常営業だな」と思う人もいそうだが)、何のことはない、この記事は今年の春に書きかけて未投稿で放置してあったもの。

●「セスキプラン(Sesquiplan)」のSesquiとはラテン語由来で「1.5(倍)」の意だそうだ。セスキプランは日本語で「一葉半」と訳されるが、要するに、複葉形式の飛行機で、片方の翼(通常は下翼)がもう片方より著しく小さい場合をこう呼ぶ。

Nieuport_23_colour_photo この形式で特に有名なのが第一大戦中のニューポールの一連の機体(ニューポール10、11、16、17、23、24、24bis、27)で、特に「ベベ」の愛称で呼ばれた11は、一時期圧倒的優位を誇ったドイツのフォッカー単葉機を空から駆逐する原動力となった。(写真は17の小改修型23。wikimedia commonsから、パブリック・ドメイン)

しかしニューポール機の天下は、そのセスキプラン形式を真似たドイツのアルバトロスD.III、D.Vによって覆され、フランス軍の主力機は液冷エンジン搭載でより大馬力・高速のスパッドに替わってゆくことになる。

セスキプラン形式のメリットは、簡単に強度を得やすい複葉機の構造(スパンを切り詰めて翼面積を稼ぐことができ、桁などはそこそこでも張り線などを使って簡単に剛性を得られる)を保つ一方で、複葉機の欠点である上下翼の空力的な干渉や視界の問題などを軽減するところにある。

実際にこの形式を採用したニューポール「べべ」シリーズ(特に11、17)は見るからに軽快で、英海軍航空隊のパイロットが「魔女みたいに上昇する」と称賛した性能に、このスタイルは一役買っている気がする。

一方で大きな欠点もあり、翼弦長の狭い単桁の下翼は、V字支柱のせいもあって、激しい機動をするとねじれ、下手をすると空中分解に繋がる恐れがあった。この「呪い」はニューポールを真似たアルバトロスにも受け継がれた。ちなみにファルツD.III/D.IIIaはアルバトロスによく似ているが、こちらは一葉半に近いレイアウトを持つものの下翼は複桁で、翼間支柱もV字に近い逆台形で、強固な構造を持っていた(が、戦歴はいまいちパッとしない)。

そんなこんなで、小刻みな改良による性能向上にも限界が見えてきたため、次のニューポール28では、下翼が上翼に比べわずかに小さいだけの、普通の複葉形式に改められた。これが出たころには、すでにフランス軍の主力機はスパッドに切り替わっていて、この「新型ニューポール」は要らん子扱いされて、アメリカ陸軍航空隊の装備機に回されている。米軍のトップ・エース、リッケンバッカーの初期の搭乗機にもなっているが、米陸軍航空隊もほどなくスパッドXIIIに乗り換えてしまっているので、やはり地味な機体のイメージは拭えない。

ちなみに、ジョン・レノン愛用のギターで有名なリッケンバッカーは、メーカー創始者の1人、アドルフ・リッケンバッカーが、エースのエディー・リッケンバッカーの遠縁で、その知名度にあやかってメーカー名としたらしい。テニスの全仏オープン開催地で名高い「ロラン・ギャロス」とか、フェラーリのエンブレムとして今も使われるフランチェスコ・バラッカの「カヴァリーノ・ランパンテ」とか、第一次大戦エースゆかりのものは結構多いようだ。

閑話休題。

Nieuportdelage_nid29_c1 結局、ニューポールのセスキプラン・シリーズは27で途切れ、28の後に作られたニューポール・ドラージュ29(終戦間際に初飛行、終戦後に生産。なおニューポール社は戦後に主任設計者のギュスターブ・ドラージュが経営陣に加わりニューポール・ドラージュと社名変更している)は、二張間で上下翼のスパンが一緒と、ますますド直球な複葉機になっている。この機体はそこそこ評価されて、本国フランスだけでなく数か国で使われ、日本陸軍にも採用されて、中島でライセンス生産が行われた。(写真はフランス空軍のNiD29。wikimedia commonsから、パブリック・ドメイン)

しかし、一貫してこれらの機体を設計してきたギュスターブ・ドラージュは、どうしても過去の栄光を忘れられなかったのか、1920年頃から、改めて「近代化したセスキプラン」の設計に着手する。

その最初のものが試作戦闘機ニューポール31で、1919年に初飛行している。「セスキプラン」といっても、かつてのべべ・シリーズのように、「通常の複葉の下翼を縮めました」式ではなく、上翼は胴体から直接生えた肩翼形式。一方で下翼は胴体から離れ、主車輪フェアリングと一体化している(したがって割と地面スレスレ)。英語版wikipedia(en:Nieuport 31の記述によれば、テストでは高性能を示したらしいのだが、少なくとも写真を見る限り、デザイン的には「迷機・珍機」の類でしかない。

その後も若干のデザイン的迷走を経て、1920年代半ば、ニューポール・ドラージュ29の代替機として採用されたのが、セスキプランのニューポール・ドラージュ42だった(これも最初の試作機はパラソル翼形式だったのが、あーじゃこーじゃの末にセスキプランにたどり着いている)。

で、これの小改良型が、冒頭にキット写真を挙げたニューポール・ドラージュ(イスパノ・ニューポール)52やニューポール・ドラージュ622になる。あー。ようやく話がここまで戻ってきた。

●ニューポール・ドラージュ(NiD)42シリーズについて。

当初のあーじゃこーじゃの末に27機が生産されたNiD42c.1(単座戦闘機型)以降は大きなデザイン的変更はなく、主にエンジン換装や機体構造の小改良などで、最終的にニューポール・ドラージュ82に至るまでかなりのバリエーションが生み出されている。多くは試作止まりで、ある程度以上量産されたのは、

  • NiD42:最初の量産型。c.1が27機。
  • NiD52:スペイン向け。原型機1のほか、スペインでのライセンス生産機(イスパノ・ニューポール52)が125機。
  • NiD62:フランス空軍向け。322機生産。
  • NiD622:62の小改良型。フランス空軍向け。314機生産。
  • NiD626:ペルー向け。12機生産。
  • NiD629:エンジン換装型。フランス空軍向け。50機生産。
  • NiD72:ブラジル、ベルギー向け。16機生産。

Nieuport_delage_nid_42_c1_3view_laronaut 上の箱絵写真や右の図面を見てわかるように、スマートな紡錘形胴体を持った液冷エンジン機で(主にイスパノ・スイザを搭載)、かなり大きめの上翼から、極小の下翼を貫いて車輪間翼まで斜めにつながるY字型支柱もオシャレで、妙に格好よい。(右図面はNiD 42c.1。wikimedia commonsから、パブリック・ドメイン)

……いや、格好いいんだけど。性能がよさそうな、切れ味のいい格好よさというより、なんだか「無駄に格好いい」感じもしないでもない。確か、佐貫亦男先生が「飛行機のスタイリング」でこの機を辛口に評していて、それが頭に引っ掛かっているせいかもしれないけれど。

とにかく、そんな目線で改めてよく見ると、物申したくなる部分がちらほらある。

そもそも、このあまりに小さい下翼は、性能にどれだけ寄与しているのだろうか。その下翼を突き抜けて脚まで降りている支柱は、確かにデザイン的にはオシャレだし、構造的に翼から脚までをがっしりひとまとまりにしているが、そもそもそこまで強固な構造にする必要があるのか。同じく戦間期の単座戦闘機を見渡せば、主脚はV字ストラットどころか、一本足のものもある(さすがに張り線はあるのが普通だが)。そもそも胴体からの脚柱も車輪間翼を支える都合もあってN字支柱が付いているので、それに加えて主翼柱まで降ろしてくるのはやりすぎな気がする。42、62の場合は脚柱に取り付けたラジエーターも相まって、この下半身は無駄に空気抵抗が大きそうだ。

小さすぎる下翼は廃して、単純なパラソル翼機にしてしまったほうが、よっぽどスッキリしているのではないだろうか(そもそもNiD42試作機はパラソル翼だったそうだが)。中央の胴体支柱だけで主翼を支えるのに不安があるのなら、胴体から直接斜めに支柱を配せばよいだけだし。どうも、純粋に戦闘機としての性能を追求するより、知らず知らず「セスキプランにすると、こんなに構造的に強固にできて、イイトコばっかりですよ」をアピールするほうが主目的になってしまったのでは、という気がしてならない。まあ、実際、ここで書いたような形態にした戦闘機、NiD120シリーズが1930年代に入って試作されているそうだが、この時にはより高性能の(そしてもっと素直な形態の)ドボワチンD.500シリーズが登場していて、結局不採用になっている。

なお、イスパノ・ニューポール52は、スペイン内乱前のスペイン空軍の主力戦闘機だったが、内乱開始までに事故で多数が失われ、1936年、内乱が始まった時にはすでに当初の半数以下の56機まで減っていたらしい。実際の戦闘ではファシスト側でドイツ、イタリアが持ち込んだハインケルHe51やフィアットCR32に敵わず、内戦の初期段階で一線から退いたようだ。20年代の戦闘機と30年代の戦闘機を比べるのがそもそも可哀想だと言えるかもしれないが、そもそもスペインの52は、ニューポール社が言うカタログデータ上の最高速度260km/hに対し、だいぶ下回る225km/hしか出せなかったというから(英語版wikipedia、en:Nieuport-Delage NiD 52)、やはりあまり大した機体とは言えなそうだ。

結局、この一連のリバイバル版セスキプランは、第二次大戦スタンダードの低翼単葉スタイル登場・定着までの過渡期のものでしかなく、これを最後に姿を消すことになる。フランス軍の62(およびその小改良型)も30年代後半には一線を退き、少数は第二次大戦勃発時まで練習機として使われていたようだが、すべてスクラップにされ、戦後まで生き残った機体はないらしい。

とまあ、いろいろ貶すような話を書いてしまったが、以前からお読みいただいている方ならご存知のように、こういう「無駄な格好良さ」とか「そこはかとなく漂うポンコツ感」というのは私は大好き。当然ニューポール・ドラージュも大好きな機体だ。「こじらせてるなあ」と思っていただいて結構。

●とってつけたようなキット紹介。まずは冒頭写真左側の、エレール 1:72 ニューポール・ドラージュ622。

もともとNiD42の小改良型として試作されたNiD52、NiD62のうち、胴体外板などが金属製になった52はスペインで採用されたが、フランス空軍は木製のままの廉価版の62を選んだらしい。622はそのまた小改良型。上の解説では314機生産と書いたが、エレールの説明書によれば、初期オーダー(1930年)が180機、追加オーダー(1932-33年)が130機で計310機。まあ、要するに「そのへん」ということだと思う。うち62機が海軍航空隊向けに振り分けられている。キットの塗装例には含まれていないが、海軍機はグレー2トーン塗装でなかなか格好いい。

自国フランス機に関しては、戦間期の(他国の人はおよそ知らなそうな)マイナー機も精力的にキット化していたエレールらしいキットで、私も、ニューポール・ドラージュについてはこのキットで初めて知った(大学生の頃)。

SCALEMATESによれば発売は1979年、ハンブロール傘下に入る前の時期の末期の製品で、同社戦間期フランス機のなかでも質の高いほう。現在もチェコのスムニェル(Směr)版などが流通しているはずだが、その辺はたぶん今でもお買い得感のある価格で流通しているし、好きな人は手を出して損はないと思う。

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コクピット内も、どれだけ形状的に正しいかはよく判らないが、床板も椅子も計基盤もパーツ化されている。胴体にぐるりと打たれたリベットが若干うるさいと感じられるかもしれないが、それは各自好きなようにヤスればいいレベル。

上のNiD42の図面や、この後紹介するAZURのNiD52と比べて上翼前縁左右が割と角ばった形状だが、このあたりはタイプによってかなり細かく変化があるようなので、とりあえずは「622はこういうもの」と思うことにする。ちなみにポーランドのStratusから“Nieuport-Delage NiD 29 & NiD 62 family”という割とよさそうな本が出ている。見てみたいなあ。

やや気になるのは、主翼支柱や、車輪間翼の目に付くところに押し出しピン跡が入ってしまっていること。特に車輪間翼はリブに掛かっている。風防はこのまま使うのはややためらわれる厚み。デカールは30年代初頭のフランス空軍機が2種。私のストックは古いキットなので黄ばみが激しいが、まあ、新しいスムニェル(Směr)版とかなら、綺麗なデカールが入っているはず。

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●ニューポール・ドラージュ42系のスチロール樹脂製キットは長らく上のエレール製しかなかったが、2000年代になって、Azurから新キットが出た。私が入手したイスパノ・ニューポール52が、おそらく最初のキットで、その後バリエーションとして、フランス軍仕様のNiD62とNiD622(エレールと同型)、およびベルギー他向けの輸出仕様のNiD72が出ている模様。

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キットの構成は主要パーツがスチロール樹脂、コクピット他小パーツがレジン。計基盤、シートベルト等が小さいエッチングシートで入っている。風防は2種類が平らな透明樹脂板にプリントされたものが入っている。2枚目写真の尾翼・支柱ほかの枝は、下翼が2種類入っているので、おそらくバリエーション各型共通。主翼と胴体の枝はバリエーションキットごとに適宜入れ替えだと思う。

この写真を見ても、主翼(上翼)平面形が上のエレールのNiD622と結構違うのが判ると思う。ちなみに42~62はエルロンが主翼の外側だけ。622や72など、後期のバリエーションは中央の切り欠き部を除き主翼後縁全体がエルロンになっているようだ。翼の厚み、上反角もエレールのキットとこのキットとでは違うが(AZURの52のほうが翼が薄く、上反角はきつめ)、限られた実機写真からは、厚みはエレールのほうがそれらしく、上反角はAZURのほうが近そうな感じがする。とはいえ、そもそも主翼の形状が違うのだから、タイプの差もあるかもしれない。翼のリブ表現の差もタイプによる違い?

デカールはスペイン共和国軍機が3種。ナショナリスト側のデカール入りの特別版も別途出ているらしい。

エレールのキットと比べると、さすが現代のマニア向けレーベルのキットだけあって、コクピットの再現度なども上がっている。機首のディテールは、寸法等はエレールに比べ正確なようだが、ややノッペリ感がある。

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Jichau Jichani

Img20221121170031 ●お久しぶりデ~ス(ラーメンズの「不思議の国のニポン」の調子で)。

前回更新が7月末。……そしてあれよあれよともう11月も下旬。

ハードディスクが壊れた余波とか、とにかく身辺あれこれ続きのうちに毎夏~秋のお決まり季節労働が始まってしまい、そんなこんなで、サイトによっては「このページは**間にわたり全く更新がありません」とタグが表示されてしまうようなブランクが。こういうのって、書かなくなると、どんどん書くための敷居が高くなってくるんだよねー。

右写真は数日前の富士山(逗子マリーナの外れから)。

●そんな感じでブログも書かず、模型製作もまるっきり停滞していたのだが、特に今月に入ってからの追い込みではかなり大焦りした「季節労働」も、先週前半ですっかり終了。

今度こそ! ちゃんとブログも模型も復活させたい。

というわけで、ではないけれど、表題「Jichau Jichani」(リンクはYouTube)はフォルクローレの一曲で、題名は「今だ、今こそ」というような意味なのだそうだ(と、ネットで見ただけなので適当)。歌詞はさっぱりわからないので、スペイン語ではなくケチュア語とかなのだと思う(正確には、「ケチュア語」という単一の言葉はなく、かなり差異の大きい範囲も含めた「ケチュア語族」というグループがあるのだそうだ)。もちろん、スペイン語ならわかる、と言いたいわけではない(単純に「聞き覚え感」があるかどうかだけ)。

フォルクローレでは割とお気に入りで、たぶん20年、あるいはもっと前に、首都圏の駅前で演奏していた出稼ぎ楽団の皆さんが至っていたのを聞いたのが最初だと思う。一小節の長さが時々変わる「字余り」感が楽しい。こういうのって変拍子というのだろうか?

もっとも、季節労働がやっと終わって「いや、ちょっとしばらくはボーッとしていたいし」とか思っているのも事実。……ぐだぐだ過ぎる!

●もう一つ歌の話。兼、以前に書いた「ノームかグノームか」「ポテかポテーズか」と似たようなフランス語発音話。

「玉ねぎの歌」というフランスの軍歌がある。ナポレオン時代からの歌で、「オーパッキャマラド~」というリフレイン部分が「クラリネットをこわしちゃった」にメロディも歌詞もそのまま流用されている。「ガールズ&パンツァー」でも使われたことで、ちょっと知名度が上がったかも。歌詞(一番)は、

J'aime l'oignon frit à l'huile,
J'aime l'oignon car il est bon.
J'aime l'oignon frit à l'huile,
J'aime l'oignon, j'aime l'oignon.

Au pas camarades, au pas camarades,
Au pas, au pas, au pas,
Au pas camarades, au pas camarades,
Au pas, au pas, au pas.

(和訳)

油で揚げた玉ねぎが好き
美味しいから玉ねぎが好き
油で揚げた玉ねぎが好き
玉ねぎが好き、玉ねぎが好き

進め戦友よ、進め戦友よ
進め、進め、進め
進め戦友よ、進め戦友よ
進め、進め、進め

歌詞の内容自体は(同じく革命期の軍歌である)国歌「ラ・マルセイエーズ」のほうがよほど軍歌らしく、むしろ「何で玉ねぎ?」って感じ。この歌を知るまで、「クラリネットを壊しちゃった」の「オー・パッキャマラード」は「クラリネットの音色かな?」みたいにボンヤリ思っていて、まさか(英語でいうところの)comradeだとは思わなかった。

発音話と言ったのはそこではなく、「主役」の玉ねぎについて。玉ねぎはフランス語では「oignon」と綴るのだが、フランス語の読みの法則に従えば、これは「ワニョン」と読むはず(以前にも書いたが、フランス語は発音の規則性は英語よりもずっと高い)。なのに、これはワニョンでなく「オニョン」と読むのだそうだ。……というのを、この歌を聞いていてつい最近気付いた。大学は仏文だったのに!(恥)こんな日常的で基本的な単語の読みを知らないなんて!

ちなみに、フランス本国でもこの読みの乖離はちょっと問題になったらしく、1990年には、正書法として読みに合わせた「ognon」という綴りが採用されたそう(以前の綴りである「oignon」も禁じられたわけでなくそのまま通用している)。

なお、この歌はAメロ(ヴァース)とサビの部分とで8分の6拍子から4分の2拍子に変化する。えーっと。変拍子って正確にはこういうののほう?

●身の回りの秋のお便り。

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逗子・鎌倉近辺は寒暖差がそれほど大きくないので秋の紅葉はだいぶ「寝ぼけた」感じなうえ、近年は毎年のように台風とか大風による塩害とかで山の木々がやられてしまう事態も多かったのだが、今年は比較的大きな台風もなかったので、ちょっとはマシな状態。

写真1枚目は久木の法性寺・奥の院、山王権現から見下ろした逗子中心市街地と、その向こうの左端は逗子最高峰の二子山。2枚目は同じく山王権現からの大切岸(中世の石切場跡)。あとはノブドウ、ハゼノキ、サルトリイバラの実、タンキリマメの莢。

サルトリイバラの実は熟すと食べられるとネットで見たので、初挑戦してみたのだが、渋いばかりで甘くも酸っぱくもなかった。もっと熟さないとダメなのかと、さらに赤くなっているものも試したが、そちらも渋いだけ。解せぬ。

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サルトリイバラは「ハズレ」だったが、今年は初めて逗子産のアケビの実を食べた(というよりアケビの実自体が初めて)。近所の山道はどこもアケビが伸び放題だが、なぜか実を付けているものには滅多に出会わない。……が、珍しく手の届くところになっているのを見つけた。皮の部分(というか普通の果物だと果肉の部分?)もアク抜きすれば炒めものなどで食べられるそうだが、今回は果物として、中の種の周りのゼリー状の部分。種は吐き出すので可食部分は極めて少ないが、和菓子のような上品な甘みだった。

2枚目写真は椎の実(スダジイの実)。我が家の玄関先目の前にあったスダジイの木は切り倒されてしまったのだが、今年は法性寺の坂道でそこそこ拾えた。

3、4枚目はヤマノイモのムカゴ。子供らが食べないので「ムカゴごはん」にはせず、安いサーディン等を使ってアヒージョ(もどき?)にする。ムカゴは一度茹でて、その後、耐熱皿にサーディンと、今回はスモーク牡蠣オイル漬けも奢って、そこにニンニクと唐辛子。そしてムカゴを大量投入。ブナシメジを敷き詰めたら、オリーブオイルを足してオーブンに。バゲットを買ってきて、オイルに浸して食うのが美味しい。

●相変わらず毎日のように(というか毎日何通も)「偽amazon」メールが届く。

文面も前回紹介したものだけでなく、「鳥取県伯耆町で別端末(機種名付き)からアクセスがあった」などとやけに具体的なものも含め、さらにバリエーション展開中。なかには差出アドレスが「.cn」ドメインの判りやすいものではなく、「"Amazon.co.jp" <****@Amazon.co.jp>」になっているものもあった(amazonの頭が大文字になっているのに注意)。念のためamazonのメッセージセンターで確認してみたが、やはりそんなメールは発送されていなかった。

amazonだけでなく、自称「ETC利用照会サービス事務局」からも偽amazonと似たような文面のメールが来たが(これも「.cn」ドメイン)、そもそもオレ車乗ってないし。ほかにも「三井住友カード」とか「エポスカード」とか「えきねっとサポート」とか……。

一方で、スマホに見知らぬ電話番号から「Googleによる電話番号の確認」というショートメッセージが届いていて、これまたアヤシイと思ったら、こちらは本物だった。紛らわしい!!

●まあ、そんな感じで、とりあえず生存報告を。今週末の東京AFVの会も、とりあえず参加のつもり。

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