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KV maniacsメモ ― KV-2のおさらい(2)

●タミヤのKV-2発売前の、KV-2の仕様とディテールのおさらい。

第2回目は具体的に場所(ポイント)ベースで、いわば「ゆびさしかくにん」的イメージで。

ココログの仕様上、写真をクリックするとページ自体が切り替わってしまうので、写真を見る際には右クリックで「(リンクを)新しいウィンドウで開く」にすると、写真を参照しつつ本文を読めると思います。

砲塔

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1.駐退機カバー側面に、ボルトアクセス用の溝がある(左2カ所、右1カ所)のが、MT-2砲塔後期型(1941年5~6月生産車)の大きな特徴。ただし写真のコントラストによっては判別しづらいことがある。MT-2砲塔前期型(1940年11~12月生産車)では溝がなく、おそらく駐退機カバーそのものがやや狭い。

2.砲口部分に「たが」状に段があるのはMT-2砲塔に搭載された主砲の特徴で、MT-1砲塔時代にはこの段差はない。リング部分には4方向にネジ穴(MT-1砲塔時代にも、リング状段差はないがネジ穴はある)。

3.砲身は全体にスリーブがかぶせられていて、途中2カ所に継ぎ目がある。細い継ぎ目なので、通常の写真では判別できないことが多い。写真の作例では(トラペのキットの砲身長を修正したので)元の筋彫りを埋めたあと、継ぎ目を彫り直していない。

4.砲耳カバー位置決め用に溶接されたリブは、MT-2試作砲塔(U-7に搭載)には見られない。

5.埋め込みボルトの溶接跡(前後面左右、前面は1列あたり8カ所、後面は7カ所)があるのはMT-2砲塔後期型(1941年5~6月生産車)の特徴で、MT-2砲塔前期型(1940年11~12月生産車)にはない。

6.前面装甲はMT-2砲塔前期型、後期型ともに小口が側面に出る。後面装甲は、前期型では小口が側面に出ず、溶接線がエッジにある。

7.上面3方向の固定ペリスコープのカバーに取付用ベロがあるのはMT-2砲塔後期型(1941年5~6月生産車)。MT-2砲塔前期型(1940年11~12月生産車)ではベロ無しらしい。

8.前回記事をUPした日の晩、nifty F模型時代の仲間たちとオンライン飲み会をしていたら、“ハラT”青木伸也氏に、「タミヤの新KVのツノ形ペリスコープは下の方にタガ状に段があるけど、段の有無と時期の関係はどうよ?」と聞かれた(共通枝の部分に入っているので、KV-2でも同一パーツを使うことになるはず)。いやオレ、タミヤのツノ形ペリスコープに段があること自体に気付いてなかったよ……。ヌルし。

改めて調べてみると――といっても、ここがはっきり写っていて仕様が判別できる当時の写真が少ないのだが、とりあえず、MT-2砲塔後期型(1941年5~6月生産車)でも、段付きツノ形ペリスコープの使用例は見つかった。KV-1でも、1941年春頃に生産されたと思しき車輛で、明らかに段付きを使っている例がある(「グランドパワー」97/10、p29下)。また、MT-2砲塔前期型(1940年11~12月生産車)でも、「これは段付きじゃないかなあ」という例もあり。

一方で、沼にスタックしている有名なMT-1砲塔搭載車のツノ形は段無し。MT-2砲塔後期型でも、「これは段無しっぽいな」という写真もあり。というわけで、現時点での私の見解は、「少なくともMT-2砲塔型では段付き・段無し混在じゃない?」という玉虫色のもの。なお、ツノ形ペリスコープカバーの頂部には小穴がある。

9.砲塔後面には、MT-1はアクセスパネルとピストルポートだけだったが、MT-2になってからは機銃マウントが付く。MT-2砲塔前期型(1940年11~12月生産車)の時期、KV-1のほうの砲塔後面の機銃マウントは外部防盾無しの半球形のものだったが、KV-2では最初から外部防盾付きのもの(ただしKV-1でも車体機銃は当初から外部防盾付き)。MT-2試作砲塔(U-7に搭載)は搭載位置が丸く窪んでいるだけで、機銃マウント自体は未装備。

車体前部

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10.車体前端の装甲板接合用のアングル材の埋め込みボルトは、MT-1砲塔搭載型(試作車および生産第1シリーズ)では17カ所。MT-2砲塔搭載型(生産第2、第3シリーズ)では11カ所(上下列とも)。

11.戦闘室前面、シャーシ前面とも、KV-2は一貫して増加装甲無しのベア(裸)状態。KV-1でもここに増加装甲が付くのは1940年型エクラナミ以降。

12.MT-1砲塔搭載型(試作車および生産第1シリーズ)は車体機銃がなくピストルポートの装甲栓。MT-2砲塔搭載型(生産第2、第3シリーズ)では機銃マウント付き。MT-1砲塔搭載型の装甲栓はその後の機銃マウントよりもやや内側。

13.前照灯、ホーンの配線引込部は、MT-1砲塔搭載型ではMT-2砲塔搭載型よりやや内側。ただし、その「内側」度合いにバリエーションがある感じ。なお、ホーンやアンテナベースの位置は、試作車では生産車と異なっているものがある。

14.操縦手用の固定ペリスコープカバーは、砲塔のものと違って後期まで一貫してベロ無しの直付け。

20211229_235546 15.作例の鋳造?の牽引ワイヤーのヘッド部はMT-2砲塔搭載後期型(第3シリーズ)より。MT-2砲塔搭載前期型(第2シリーズ)以前はワイヤー自体を丸めたヘッド部で、トラペのKVのキットにはそのパーツも入っている(右写真)。

16.後期の一部車輌には、車体ハッチ前方に跳弾リブが追加されている。

17.後期の一部車輌では、戦闘室側面に、砲塔リングガード保護を兼ねた増加装甲が溶接されている。KV-1の1940年型後期型にも見られるものだが(生産時期はKV-2より数カ月遅い)、KV-1の場合、増加装甲下部にはアーチ状の切れ込みがあるもの(軽量化のため?)、ないものの2種が確認できる。今回改めて写真をひっかき回したところ、KV-2ではアーチ形の切れ込みがあるものは確認できたが、切れ込みのないタイプは、はっきりと確認できる写真が見当たらなかった。また、そもそも下部を切り詰めて、上端部だけになったタイプもあるようだ。

18.後期の一部車輌では、砲塔リング前方に、楔形のリングガードのリブが増設されている。「Тяжелые танки КВ-1(重戦車KV-1)」の記述によれば、これら増加装甲類は、一度前線部隊に配属された車輛が、修理のためにレニングラードに戻された際に追加で装着されたものであるらしい。1940年末生産のMT-2砲塔搭載前期型(第2シリーズ)でも同様の改修を受けた車輌があったかどうかは未確認。

19.後期の一部車輌では、フェンダー上に角型増加燃料タンクが搭載される。これについても上記増加装甲、跳弾リブと同様。16以降の改修が必ず4点セットになっているかどうかは確認しきれていないが、その可能性は高そうな気がする。

車体後部

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20.エンジンデッキの取付ボルトは、少なくとも初期は尖頭ボルトが基本ではないかと思う。後には(っていつから?)平頭ボルトが使われ始めている可能性あり。ただし、KV-1でも1940年型の後期(装甲強化砲塔搭載の1941年後半生産型)で尖頭ボルトの例がある。同じくKV-1で、1941年6月生産とされる車輌のデッキで、尖頭ボルトと平頭ボルトが混用されている例もある。

21.ラジエーターグリルのメッシュカバーは、MT-1砲塔(7角砲塔)搭載型(第1シリーズ)では前端まで凸だが、MT-2砲塔搭載型(生産第2、第3シリーズ)では、KV-1同様に前端が平らにつぶれている。

22.エンジンデッキ前端両側のボルトは左右3つずつ。タミヤはOKだがトラペのキットは2つしかないので真ん中1つを追加する必要がある。

23.エンジン点検ハッチのふくらみ中央には、KV-1の場合は生産時期によって(?)通風孔のポッチが付いている場合があるが、KV-2は、全型を通じて、当時の写真でポッチが付いているものは確認できない。現存車輛であるモスクワ中央軍事博物館の展示車輛は通風孔のポッチがあるが、同車輛の細部部品はかなりの部分が寄せ集めなので、ハッチも他から持ってきたものである可能性が高いと思う。

24.車体上部後端の曲面装甲は、MT-1(7角砲塔)搭載型(第1シリーズ)ではエンジンデッキに合わせて上部が面取りされている。MT-2砲塔搭載型(生産第2、第3シリーズ)では未処理のためエンジンデッキよりやや盛り上がっている。

20211229_235531 25.フェンダー上の工具箱は、MT-1砲塔(7角砲塔)搭載型(第1シリーズ)とMT-2砲塔搭載型の前期(第2シリーズ)では左右にベロがなく、蓋中央に取っ手がない初期タイプで、左フェンダーに2つ、右フェンダーに1つ。1941年に生産されたMT-2砲塔搭載型の後期(第3シリーズ)では、蓋の左右にベロがあり、蓋中央に取っ手がある後期タイプで、左フェンダーに1つ、右フェンダーに2つ搭載。トランぺッターのKV-2のキットには初期タイプのパーツ(右写真)も入っている。ただし、幅を広く間違えているフェンダーに合わせて作ってあるので、フェンダーを修正、あるいはタミヤに流用の場合にはそのままでは使えない。

26.フェンダー内外のフチのL字材は、少なくともKV-1では小リベット止めの場合と溶接の場合とがあるようで、タミヤのキットは(少なくともKV-1では)リベット表現がないので溶接タイプということになる。KV-1では、1940年型エクラナミと、その後の1940年型の装甲強化砲塔搭載型で溶接タイプが見られる。KV-2の場合、小リベット止めであると確認できる写真はあるが、溶接止めであると確認できる写真は今のところ見付からない。このフェンダーの構造と仕様、戦車の生産時期との関係についてはセータ☆さんの記事に詳しい。

27.車体後部オーバーハング下には整流板と尾灯。作例では尾灯にカバーを付けているが、全車標準でこれが付いているかどうかはちょっとあやふや。整流板も尾灯も見当たらない車輛の写真もあるが、これは撃破時に脱落したものか(後端中央部に弾痕もあるようなので)。KV-1でも、開戦前に製造されたと思われる車輌で尾灯も整流板もない写真があったりするので(「グランドパワー」97/10、p29下)、ちょっと気になるが。

28.シャーシ後面装甲の下端は、タミヤの新KV-1では車体床面から一段出っ張っているが、これはおそらく、工場がチェリャビンスクに移転して以降の特徴で、KV-2では全車、床面に合わせて面取りしてある。ただし、タミヤの同パーツ(B16)は、フェンダーや誘導輪基部と一緒のB枝なので、もしかしたらKV-2発売にあたって初期仕様に丸々交換されているかも。されていたらいいなあ(希望)。

足回り

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29.転輪は緩衝ゴム内蔵型。試作車~MT-1砲塔(7角砲塔)搭載型(第1シリーズ)は、SMKでも用いられた、ゴム抑え板の穴が8穴のもの。MT-2砲塔搭載型(生産第2、第3シリーズ)では6穴のKV用標準型が使われている。リムに小リブ付きだったり、穴がなかったりするバリエーションは、おそらくKV-2生産終了後に登場したものなので、修理時に紛れ込んだとかのレアケースがあるかどうか、程度。

30.上部転輪は、写真ではなかなかタイプの判別がしづらいが、少なくとも、MT-2砲塔搭載型の前期(生産第2シリーズ)までは小リブ付きのものが、MT-2砲塔搭載型の後期(第3シリーズ)ではリブ無しのものが使われているようで、それぞれの組み合わせの例は写真で確認できる。

31.起動輪は一貫して、ハブ部の皿形カバーのボルト数が16個の初期型。

32.サスペンションアーム基部、トーションバーとの接続ボルトは6つの初期型。

33.履帯はKV初期標準、700mm幅の1ピースタイプ。試作車~MT-1砲塔(7角砲塔)搭載型(第1シリーズ)の一部では、SMK由来の650mm幅も用いられているようだ。

(文中でリンクを張っている当時の実車写真はサイト「Тяжелые танки КВ-1(重戦車KV-1)」のもの)

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