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テレメンテイコ

Img_20211205_0001 ●唐突に、「テイコや、テレメンテイコ」というセリフが頭に浮かんできて、「いったいなんだったっけな……あ、高野文子のマンガの一節だ」と思い出した途端に読み返したくなり、書棚の奥から引っ張り出してきた(思い出したときに運よく手の届く場所に見つかるのは、私にしては珍しい)。

高野文子の最初の単行本(短編集)、「絶対安全剃刀」。奥付を見たら「昭和57年1月19日 初版発行」とあった。古いなあ……。

後には割とほんわかした感じのマンガを描いていたように思う高野文子だが、この最初の単行本(短編集)のマンガはどれも尖っていて、しかもとてもよい。

ページをめくって最初がカラーの小品、「たあたあたあと遠くで銃の鳴く声がする」。

何と言うか、ビートルズのアルバム「Let It Be」の最初の「I dig a pigmy!」という叫び声とか、ピンク・フロイドの「Dark Side of The Moon」冒頭の徐々に高鳴る心臓の鼓動とか、もうそこで一気に引き込まれてしまうような「口開け」感が、この小品にもある。題名も素敵。たあたあたあ。

●最初に書いた「テイコや、テレメンテイコや」(正しくは最後にも「や」が付いていた)は、「早道節用守(はやみちせつようのまもり)」に出てくる。(wikipediaによると)どうやら杉浦日向子に触発されて描いたものであるらしい、

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江戸に天竺、中国(秦)と、空間も時間も飛び越えて話が展開する摩訶不思議感は澁澤龍彦の「高丘親王航海記」にも通じるものがあるが、物語そのものはこっちのほうがずっと古く、江戸時代の山東京伝の原作のマンガ化。

「テレメンテイコ」は秦の始皇帝に呼びつけられる廷臣(小坊主)の名前。私はずっと「高野文子のマンガに出てくる名前」という認識でいたのだが、実際には、この珍妙な名前は山東京伝の原作にすでにあるそうだ。

最後に出てくる「三囲りの鳥居と幽霊は腰から下が見えねえはずだ」の三囲の鳥居は、現・墨田区向島の三囲神社の鳥居のことで、隅田川の対岸から見ると、堤越しに鳥居の頭だけ見えたことが下敷きになっている。同神社には三本足の鳥居があることで有名だが(一度見に行きたい)、この三本足の鳥居はちょっと奥まったところにあり、「腰から下が見えない」のは別の(普通の)鳥居らしい。

●軽妙な「早道節用守」もいいが、個人的に(初めてこの本を読んだ時から)好きなのは「ふとん」。基本、無神論者の私だが(論者というほど強固ではないが)、もしも「衆生を救う神仏」というものが在るとしたら、厳かな仏像のようではなく、この作品に出てくるかんのんのようではないだろうか、と思ったりする。

痴呆症の老婆を精神年齢ベースで絵本風の幼女の姿で描いた「田辺のつる」も、最初読んだ時は衝撃だった。

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(ここまでの画像は全て、高野文子「絶対安全剃刀」白泉社(1982年)より引用)

●4日土曜日。ふと思い立って三浦富士~砲台山~武山不動の三浦半島横断ハイキングをする。初めて砲台山に行った時と同じく、最初に電車で(東京湾側の)京急長沢まで行って、相模湾側の武山まで。

京急長沢で降りて、あっ、そういえばここはモデラー仲間のMさんのいるところでは!と思ったのだが、考えてみれば電話番号を知らないし、知っていても「もしもし? 今近くに来てるんだけど、一緒に山登りません?」というのも唐突過ぎる。というわけで、おとなしく1人で歩く。

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上写真は左が三浦富士から見下ろした東京湾。右が砲台山山頂下の展望台から見た三浦半島南部と、その向こうの伊豆大島。ここから見る三浦半島南部はほぼまっ平らで、要するに、三浦富士~砲台山~武山不動と連なる尾根が三浦半島の山の南端であることが判る。

砲台山探訪は、2017年8月の第1回目、2018年11月の第2回目に続いて今回が3回目。

わざわざ砲台山まで行かなくても、我が家の近所にほぼ同型の砲台が(披露山公園に)あるにはあるのだが、何も手を加えられていない砲台が藪にも覆われず、実際にすり鉢の中に入ってあれこれ見ることができるのはやはり貴重だと思う。贅沢を言えば、山頂広場の樹と藪はすっかり丸裸にして、もう一基、藪に埋もれている方の砲座や機銃座も併せて見てみたい。

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1枚目・2枚目:三浦富士からの尾根道が、砲台山の砲台道に突き当たった地点で、砲台道の下手・上手を撮ったもの。海上保安庁の通信施設が建っているため、砲台道は藪に狭められることもなく、車が通れる道幅をキープしている。

3~5枚目:砲座全景と、砲が据えられていた中心の穴。今回新たに得た知見だが、中心の穴の周囲には、ほぼ等間隔?にくさび型の刻み目のようなものがある。一部エッジが削れて不明瞭になった部分もあるが、たぶん全周で18カ所。

6枚目:砲台道から、武山不動方面に向かう枝道に入ってすぐの場所にある、衛兵所(と、サイト「東京湾要塞」では説明されている)とされる建造物のコンクリートの基礎。さらにこの先に、第1回目の記事にも載せた、コンクリート製の天水桶状の構築物(7枚目)がある。

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コメント

そういえば高野文子の「絶対安全剃刀」は本棚にあったな、とゴソゴソと引っ張り出して読み返しました。
白い紙を引っ掻くようなカリッカリの描線の高野ワールド。久しぶりに読んだら、以前のようには「読めなくなってている」自分に気がついて、なんだか歳取ったのかあなと。。 
「ふとん」は何度読んでも好きですね。観音様が人間くさくて、なんとなく連れてってしまうところとか。
杉浦日向子の漫画も好きでよく読みましたね。

三囲神社の鳥居の脚の考察している人がいましたよ。どの分野にもこういう人がいて楽しくなる w
【隅田川】三囲神社の鳥居、いつまで土手上から顔を出していたか(まとめ)
https://okab.exblog.jp/30289073/

投稿: ミカンセーキ(hn-nh) | 2021年12月12日 (日) 18時27分

>hn-nhさん

おおぅ。
本当に、いろいろなマニアの人がいるもんですね。

ちなみに現在の「三囲の鳥居」は、堤の一番川沿いの道からのストリートビューで見ると、「腰から下」とは言えないものの、一応足元は見えない感じですね。

https://www.google.com/maps/@35.7155494,139.806089,3a,45.4y,136.42h,76.89t/data=!3m6!1e1!3m4!1sv7VIT2zmVoiZIO5bubdgVw!2e0!7i16384!8i8192

神社を囲む柵沿いの道からのストリートビューではこの鳥居が全然見つからず、

「なんでだ! やっぱりオバケと三囲の鳥居は似たようなものなのか!?」

と早とちりしかけたんですが、単純に目線が間違えていただけで、自分の後ろに立っていました。

投稿: かば◎ | 2021年12月12日 (日) 19時42分

ストリートビューで見る「三囲の鳥居」は、首都高速の柱脚で邪魔されて..というか参道のど真ん中に柱を立てる近代の都市計画の無粋さには言葉を失いますね。渡し舟で参拝するから、土手際に鳥居が立ってるのに..

渡し舟を前提にした参道の構成は、佃島の住吉神社の鳥居も同じです。
https://www.google.co.jp/maps/@35.6686024,139.7817576,24a,35y,112.67h,79.33t/data=!3m1!1e3
(ストリートビューの3Dモデリングのバグでそれこそ脚のない幽霊鳥居になってます)

投稿: ミカンセーキ(hn-nh) | 2021年12月12日 (日) 22時14分

>hn-nhさん

佃島の住吉神社、今でも鳥居の前に船着場があるんですね。なかなか素敵度が高いです。

すぐそばの「石川島灯台」もいいですね。
この辺は、私はほとんど行ったことがないです。

投稿: かば◎ | 2021年12月13日 (月) 01時24分

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