1897年式75mm野砲 IBG 1:35
●先日購入した、IBG 1:35 「75mm Field Gun Mle 1897 Polish Forces in the West」(IBG 35057)の簡単なレビュー。
前回も書いたように、キット名称の「Polish Forces in the West」は、イギリスで再編成された(亡命)ポーランド軍を指すらしい。この仕様自体については後述。今のところ、同社からはバリエーションとして、このポーランド軍仕様の改修型のキットと、フランス軍仕様のゴムタイヤ付き改修型のキット(IBG 35056)の2種が出ている。IBGのこれまでの製品ラインナップ傾向から考えると、この後、木製スポーク車輪付きのオリジナル状態のものや、1939年戦役時のポーランド軍仕様の改修型(フランス軍仕様とは異なるホイール形状の大径ゴムタイヤ付き)なども、ほぼ確実に出るものと思われる。
さすがに対空砲型まで出るかどうかは判らないが、個人的には、ぜひIBGにはハッチャけてもらって、ド・ディオン・ブトンに搭載した対空自走砲まで行って欲しい。無理かなー。
●実物について。
「1897年式75mm砲(Canon de 75 modèle 1897)」は、フランス国営工廠製の野砲で、名称にある通り、登場は第一次大戦前に遡る(実際に正式採用されたのは翌年の1898年だったようだ)。世界初の油気圧式駐退復座機を持った、近代火砲の祖と呼べる砲で、戦車におけるルノーFT、レシプロ戦闘機におけるポリカルポフI-16のような存在(判りにくい例え)。しばしば「シュナイダーの75mm」と呼ばれるが(昔のTOMのキットのように、模型でもその名前で出ていることがある)、これはシュナイダー製であるという誤解に基づくもので正しくない。
第一次大戦ではフランス軍に多数使われたほか、サン・シャモン戦車の搭載砲にもなった(後期型のみ)。アメリカ軍にも供与され、その後、アメリカでは独自の発展も遂げて、M3ハーフトラックに搭載された対戦車自走砲も作られた。M3リーに搭載されたM2 75mm戦車砲もこの砲の流れを汲むものという話もあるが、そちらはどうやらガセらしい。
ポーランドは戦間期に多数を入手、第二次大戦勃発時には1000門を超えるこの砲を保有していたらしい。1939年戦役におけるポーランド軍の本砲に関しては、毎度のことながら、PIBWL military siteを参照のこと。フランス本国でも1940年当時多数が現役で、結果、ドイツ軍もごっそりとこの砲を入手し、以前に私が作った「ぼいて75mm対戦車砲」、PaK97/38に化けることになる。ちなみに私が作ったPaK97/38は、この状態のまま放置されている。しょうがねーなー。
上記の通り、この砲の最大の特徴は「世界初の油気圧式駐退復座機」装備にある。それに付随した、この砲独自の見た目上のポイントが、砲口近くの下側に付いている“エラ”のような突起。PaK97/38作成時に調べて判明したことだが、この突起は、砲身が最大に後退した際、複座レールに入り込むガイドで、模型のパーツを使った解説はPaK97/38作成時の記事を参照して欲しい。ほか、“リボルバー”式の尾栓も、他の砲ではあまり見ないような気がする。砲架はこの時代にはオーソドックスな単脚式。
●キット内容は、プラパーツの枝が5枚と、小さなエッチングシート、デカールが各1枚。カラー印刷8ページの組立説明書。
……というのが私が買ったキットの箱の中身だったのだが、組立説明書には、プラパーツは3種4枚分しか図示されていない。どうも、本来入っているはずのない他バリエーション用のパーツが間違えて紛れ込んでいたらしい。とりあえず、私が買ったキットの中身は以下の通り。
パーツA(写真1枚目):大きめの枝で、砲の基本パーツ一揃い。一応、それなりのディテールの細かさを持った、今風の火砲のキットという感じ。この砲の1:35インジェクションの先行キットとしてはTOM/RPMのものがあるが、砲身と駐退レールが一体で非常に大味だった同キットよりは格段に優れる。
パーツD(写真2枚目):防盾と照準器。当然ながら、実物はペラペラの鋼板だが、キットのパーツは厚みが0.7mm程度ある。このあたりは、インジェクションキットとしては仕方のない部分といえそう。
パーツG(写真3枚目):このキットの仕様独自の部分で、本来の位置からクランク状に一段低められている車軸と、他の仕様よりも小径のゴムタイヤ。
パーツB(写真4枚目):もともとの木製スポーク車輪や、それと同径のゴムタイヤ用の車軸、ブレーキ、ブレーキ用ロッドなどなど。一部使う部品があってセットされているのかと思ったが、どうやら単純に入れ間違いだったらしい。
エッチング&デカール(写真5枚目):デカールは個別の砲の愛称?と思われる女性名が3種。説明書の塗装解説によれば、1942年英本土、ポーランド第一装甲師団第一機械化砲兵連隊。
説明書(写真6枚目):組立の図説は割と細かくステップ分けされていて、それなりに判りやすそうな感じ。
●細部について少々。
砲身は(砲口部分を除いて)PaK97/38と同じだが、イタレリでも無視されていた、砲尾部分の左右非対称がちゃんと表現されていて好感が持てる。砲尾は右下部分が左下に比べ余計に外側に膨らんでいる(オレンジ矢印部分)。
防盾上端には、細かいリベットが並んでいる。キットのパーツは表側(左)も裏側(右)も同じ表現で、そもそもこのリベット列が何のためにあるのかもわからない具合になっているが、実際には、このリベット列は防盾裏側に細いL字材を止めるためのもの。もしもどこからか、このキット用のエッチングのアフターパーツが出るようなことがあればセットされそうだが、出るかなあ……。
また、表側の中央に縦に帯材がモールドしてあって、中央にリベット列がある。しかし実際には、この帯材は、左右分割された防盾の隙間をカバーするため、右側防盾にリベット止めされたものなので、当然ながら、リベット列もそちら側に(表側から見れば左側に)寄っていなければおかしい。
なお、キットは砲本体だけで、砲弾も弾薬箱もセットされていない。個人的には、弾薬リンバーも追加でキット化して欲しいところ。
●前回書いたように、私は「ポーランド」という単語だけに反応して、1939年戦役時のものだと思い込んで買ってしまったのだが、それはそれとして、この「亡命ポーランド軍仕様」というのが、(前回、hn-nhさんにもコメントで聞かれたのだが)いまひとつよく判らない。
キットの説明書は上記のように組立説明は丁寧だが、砲自体の解説は一切なく、手掛かりは塗装図の「1942年英本土、ポーランド第一装甲師団第一機械化砲兵連隊」しかない。
もちろん、ポーランド本国から持って逃げたわけはなく、フランス軍下で再編成されたポーランド軍は本砲を使っていそうだが、それもまた、ダンケルクから持って逃げる余裕があったとは思えない。
PIBWL military siteも1939年より後のことには触れていないのではっきりしたことは判らないのだが、英語版wikipediaの「Canon de 75 modèle 1897」の項に若干のヒントがあった。
これによれば、イギリスは第一次大戦時、対空砲仕様の本砲をフランスから購入、また通常型(?)の本砲も追加で輸入したが、これもまた対空砲架に載せた仕様に改装されたらしい。というわけで、これが亡命ポーランド軍に渡った可能性はなさそう。しかし1940年、ダンケルクで大量の装備を失った穴埋めに、アメリカから1897年式75mm野砲を、ある程度まとまった数(wikipediaによれば895門)、輸入したらしい。ただし、アメリカ製の本砲は、1930年代にほとんどが開脚砲架付きに改修されたようなことが「US Service」の段に書かれているし、そもそもアメリカ製の砲は、後期の型は(M3自走砲に見られるように)外観自体が大きく違うので、「1940年にイギリスが買った」ものが、ほぼオリジナルのままだったのかどうか、という疑問もないわけではない。が、とりあえず現時点では、
「イギリスがダンケルクの損失を補う目的でアメリカから購入した旧式砲を、亡命ポーランド軍の装備として一定量下げ渡した」
という可能性が最も高そう。独特の小径タイヤに関しては、(1).アメリカにおける改修、(2).イギリスにおける改修、(3).自由ポーランド軍独自の改修、という3つの可能性があるが、とにかく現時点では情報が少なすぎて何とも言えない。
なお、この仕様の本砲に関しては、あれこれ検索した結果、IWM(Imperial War Museum)由来の写真をようやく一枚見つけることができた。wikimedia commonsより引用。
牽引車の後面に掲げられた「PL」で、イギリス軍下のポーランド軍であることが判る。キャプションによれば、キットの塗装例と同じく第一機械化砲兵連隊の所属。時期はキットの塗装例より若干早く1941年、スコットランドのセント・アンドリュース近郊における撮影。牽引車はモーリスC8 FATであるらしい。
というわけで、由来はどうあれこの仕様の砲が実在することは確認できたが、補給等々の問題を考えても、ノルマンディ上陸以降の実戦では25ポンド砲あたりが使われて、この砲はイギリス本土での訓練用だけだったのではないか、という気がする。
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コメント
ポーランド軍のゴムタイヤバージョンは木製スポーク転輪の形式をそのままゴムに置き換えた結果の大口径ゴムタイヤなのか、間違った近代化兵器の風情がなんともそそられます。このバージョンが出たら買おうっと!
防盾はペラペラにしたいところですね。裏のモールドはいったんそぎ落として、全体を薄く削り込んで、モールドを復元したほうが雰囲気がよくなるかも。
>>ノルマンディ上陸以降の実戦では25ポンド砲あたりが使われて、この砲はイギリス本土での訓練用だけだったのではないか、という気がする。
常識的に考えればそうなんでしょうね。ただ自由ポーランド軍となると25ポンド砲の装備の不足を補うためにこの旧式の砲も持っていた可能性は残りますね、旧式装備ゆえ写真には残らないだけで。
ノルマンディ戦役でドイツ軍がかなりの数のルノーR35やらオチキスH35/39をそのまま使っていたことが連合軍側が撮った写真でわかりますが、ドイツ軍側の写真ではそんな旧式兵器は撮ってないのと同じ構図で。
タミヤからルノーR35が出ますね。その勢いでオチキスH35の決定版を出して欲しいっ!
投稿: hn-nh | 2019年10月20日 (日) 17時37分
>hn-nhさん
すでにキットが出ている、本家フランス版の改修型も、木製スポーク車輪と同径の大型車輪です。ブレーキも木製スポーク車輪と同じ、鉄道の車輪みたいに外周からシューで抑えるタイプがそのまま使われていて、「これ、ものすごくゴムタイヤが傷むんじゃ……」という感じです。
防盾は確かに薄くしたいですね。キットの裏側モールドで一番繊細なのは上端のリベット列ですが、ここは上記のように「そもそも間違えている」ので、心おきなく削り落とせます(笑)。
ポーランド第一機甲師団は、英本土での訓練時代には戦車もクルセーダーやバレンタインだったのが、ノルマンディ上陸前にシャーマンやクロムウェルに代わっているので、砲もそんな感じなのかなー、と。
投稿: かば◎ | 2019年10月20日 (日) 20時13分
>M3リーに搭載されたM2 75mm戦車砲もこの砲の流れを汲むものという話もあるが、そちらはどうやらガセらしい。
アメリカの75ミリの戦車砲はみんな半自動式なんで、1897とは似てもにつきませんよね。砲身のオートフロッタージュ製法とかがフランス流って言いたかったんでしょうかね。
ただ、フランスのシュナイダーに設計してもらった我が陸軍の九○野砲と、アメリカの75mmパックハウザーや105ミリ野砲の半自動じゃない閉鎖機は結構似てるんで、155ミリ砲とかとともにどこかしらにフランス流が紛れてるような気もしますです。
投稿: みやまえ | 2019年10月22日 (火) 20時28分
あと、IBGって、自由ポーランドものが好きな気がします。
もしかしたら資料持ってる人がそっちに偏ってるだけかもですけれども。
投稿: みやまえ | 2019年10月22日 (火) 20時30分
>みやまえさん
一応自国軍と言うことで自由ポーランドにもそれなりの思い入れはあるのでしょうが、個人的には、最初にちょっと人気が落ちる(と思われる)バリエーションを出しておいて、そのあとで“本命”と考えている1939年仕様のポーランド型と、原型の木製スポーク仕様をおもむろに出してくる、という感じなのではと思っています。
ランチアのトラックも、たぶん一番人気の、ごっついターンテーブル付きの自走砲は最後に出してくるようですし。
投稿: かば◎ | 2019年10月26日 (土) 21時45分