よいお年を/2015
●毎年恒例ですが、本日はこれから川崎の実家に行って年を越します。
今年も、あれこれお世話様でした。
皆さま、よいお年を。
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●毎年恒例ですが、本日はこれから川崎の実家に行って年を越します。
今年も、あれこれお世話様でした。
皆さま、よいお年を。
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●「アルミサッシとサルミアッキくらい違う」というののバリエーションで「シーケンサーとシークァーサーくらい違う」というのを不意に思いついたのだが、やはり使いどころがなさそう。
●ハチミツのボトルに何も絵がないのは寂しいからと、我が家の6歳児がミツバチの絵でデコレーションを施した。
「この配色はミツバチじゃない! これはむしろコマルハナバチのオスだ!(ビシッ!)」とは言わない。大人だからね。
●市立図書館の年内開館が28日までだったので、郷土資料の閲覧ついでに、特に必然性もなくクマムシの本(岩波科学ライブラリー122 「クマムシ!? 小さな怪物」 鈴木忠著)を借りてくる。
本を開いて1行目に、
「この本は、クマムシについて日本語で書かれた一般向けの本としては最初のものになる。」
と書かれている。ちょっとワクワクするね(……そうか?)。
名越切通を、ハイランド方面に折れるのではなく、久々にストレートに大町に降りて駅前まで歩く。名越坂踏切脇の公園の河津桜に、ひとつだけ紅く膨らんだつぼみが付いていた。
鎌倉駅近く、濃厚に闇市的雰囲気を残す丸七商店街の中にある牛乳の自販機でコーヒー牛乳を立ち飲み。以前から通りかかるたびに、一度は飲んでみなきゃなあ、などと思っていたもの。さすがに丸い紙フタの牛乳瓶ではないが、それでもガラス瓶入りというだけで、なんとなくレトロに感じる。
小町通りの脇道に新しく出来た店、バインミー・カフェ「TapHop」に行き、チキンのバインミーをテイクアウト。バインミー各種、ひとつ780円はちょっとお高いが、お店のサイトに300円引きのクーポンがあって、それをプリントして持って行った。
肉のサンドイッチ、というよりは猛烈に野菜テンコ盛りで、しかも思ったよりジューシー。パクチーも効いていて美味。うーん。クーポンなしでも500円切るくらいなら何度でも食べたいがなあ。
ちなみに、海岸に行って風景でも見ながら食べようかなどと思っていたのだが、よく考えてみるまでもなく、逗子・鎌倉で海辺で何か食べるのは自滅行為だ(トンビに襲撃される)。というわけで、江ノ電の稲村ケ崎のホームのベンチで頂いた。
稲村ケ崎駅前の食料品屋で、今年も地場産ぎんなんを買う。お店で「去年よりも大粒ですね!」なんて言ったのだが、1年前の記事を見たら、「昨年よりちょっと大粒な気がする」と書いてあった。アテにならねえなオレの記憶!
大入り500gで、値段は昨年と同じ380円(税別)。一冬もつくらいの量がある。江ノ電の交通費まで入れてしまえば特にお得ではないのだが、一応「散歩がてら」の名目なのでいいのさ。
稲村ケ崎では、きっとハマボッスが綺麗に色付いているだろうと思ったのだが、ほとんど緑のままだった。一部色付いているところが、この程度。昨年同時期に比べるとだいぶ差がある。やはり暖冬のせいだろうか。もっと冷たい潮風に当たらないとだめらしい。
極楽寺坂切通を通って長谷まで歩き、再び江ノ電で鎌倉駅前まで戻る。初めて、facebookの鎌倉ニュースグループでしばしば話題に上る「ウテシ専用長谷液」を見る。
ウテシ=運転士で、要は窓拭き用の洗剤。ラベルに折々メッセージが書かれているのだが、今日見たそれは、
「大晦日は、終夜運転実施します。(中略) 過酷な労働で、年を越します(笑)」
だった。……ご苦労さんです。
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●「軽戦車コンペ」(K-CON)参加作品、CAMsのビッカース水陸両用戦車(Vickers Carden-Loyd Amphibious Tank A4E12 Early Production)の製作記の続き。
細部の工作を行って、とりあえず、組立は終了させた。
●前回からの進捗部分は、まずは前照灯と尾灯。
前照灯はフロート上に付く。ビッカース製戦車に標準的に装備されている前照灯で、パーツはカバー付きのもの、カバー無しのものと両方入っているが、中国軍のビッカース水陸両用戦車の場合はカバー無しのほうを使う。
コードは何の工夫もなく単純にライトの後ろから出ている模様。しかしここで問題は、ライトのコードの車体への引き込み部が何処なのかがわからない!
数少ない写真をためつすがめつしてみても、どうも、「なんだかそのあたりに引き込まれている」程度のことしか読み取れない。困った。
キットはU字金具の直後、右の作例写真だとボルトが植えてあるが、その部分が凹モールドになっていて、もしかしたら、これがコードの引き込み部を表現していたのかも。ただし、クビンカの展示車両ではごく普通にボルトが植わっていて、車体にも他に穴が見当たらない。
とはいえ、付けてしまったコードは何とかしなければならないので、とりあえずフロートと車体の隙間に挟んでおいた。……なんていい加減な!
これまた、コードが何処に繋がっているのか不明。まあ、だいたい写真で「こんな感じ?」と思える場所に適当に繋いだ。
●昨日も書いたように、秋葉原で「抗戦陸軍武備図誌」を見たときに、パラパラめくってあまりに写真が鮮明だったので、
「やったぜ! これでビッカース水陸両用戦車のディテールも解決だ!」
なんて思ったのだが、さすがにそこまで話はうまくできていなかった。
●後部ボギーのショックアブソーバー?……と言えばいいのだろうか、とにかく後部ボギーの振れ過ぎを抑えるスプリングのロッドも取り付けて、とりあえず、取り付けなければいけない部品は全部付けて、工作終了。
もう一度足回りを仮組みして記念撮影した。
年が明けてから塗装に入る予定。
●追記。
T.Wongさんから、前照灯のコードの接続位置について、証拠写真付きで指導のメールをいただいた。重ね重ね、どうもありがとうございます!
やはり、元から車体パーツにモールドしてあった窪みがコード引き込み部を表していたらしい。
もっとも、車体に穴があって直接コードが引き込まれているのか、それとも何か接続部が飛び出していて、そこにコードが繋がっているのかは、頂いた写真からもよくわからない。まあ、そこであまり引っかかっても何なので、単純に前者の解釈でコードを繋ぎ直した。
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●当ブログにも時折書くが、ここ数年、春先には近所でノビルを摘んできて軽く塩漬けにしたり、刻んでお好み焼き粉でネギ焼(スジ肉の入ったいわゆるネギ焼ではなく、韓国のパジョンとかチヂミとかに近い感じ)を作ったりする。
そういえば「ノビルのチヂミというのはダジャレっぽいな」と、以前青木氏に言われたんだった。今後「ノビチヂミ」と呼ぶことにしよう。
閑話休題。基本、ノビルは春先が旬とされているのだが、実際には秋の終わりに生え始めて春の終わりに枯れるというサイクルなので、今でも一応収穫可能。しかも、どうも春先に私がノビルを採ろうとするとその直前に目当ての野原が草刈りされて丸坊主になっていたりする。そこで、今季はまだ年も変わらないうちに、すでに2度ほど収穫した。
25日、神保町の事務所の仕事納め宴会だったので、前日少し採って来て、これは初めての試みだが、先日実家でもらってきた出汁醤油に一晩漬けてみた。宴会に持って行ったら意外に好評で、小さなタッパー一杯に持って行ったものが綺麗になくなった。
●仕事納めの宴会は、夜になってわらわら人が増えてきて座る椅子も足りない有様。これからますます盛り上がりそうな感じのところ、9時前くらいに引き上げて(それでもだいぶ食い過ぎた感じがする)、川崎の実家に行って一泊。
●田園都市線あざみ野駅ホームにパン屋があって、「さーたーあんだぎー」が売られていてちょっと食べたいような気もしたのだが、5個入りは持て余しそうだったので結局買わず。
それはそれとして、「さーたーあんだぎー」という名称は「さーたー+あんだ+あぎー」で、さーたー(砂糖)、あぎー(揚げ)はいいとして、「あんだ」って何だっけ? and? 「ガールズ&パンツァー」みたいな? などとオバカなことをつらつら考える(単に思い出せなかっただけ)。
帰宅して改めて調べたら、「あんだ=油」だった。砂糖油揚げ。
●実家からまた少し化石を持ち帰ってきた。例によって「理科ハウス」に寄贈予定。
▼レプトダス(おそらくLeptodus nobolis)。右端のシダのような、肋骨のような模様の部分。
古生代二畳紀。宮城県気仙沼市産。最初、魚の歯だと思われてレプトダスという魚系の名前を付けられたが(どこがどう魚系なのかは私もよくわからない)、後に腕足類と判明し、「リットニア」と再命名されるも、「先に付けた名前が有効」の原則で、現在は科名がリットニア、属名はレプトダスになっているとかなんとか。肋骨のような模様は、腕足貝の貝殻の内側の構造に由来しているらしい。
▼エントモノチス(Entomonotis sp.)。中生代三畳紀の示準化石。東京都あきるの市五日市産。
最も有名な露頭はだいぶ以前から天然記念物指定されていたはずで、その周辺のどこかで採ったのか、それとももっと昔に誰かが採った標本を貰い受けたのか記憶が不確か。
同一種が固まって採れることが多いので、密集して海藻などに固着して生活していたのでは、などと言われているらしいが、なお生態不明の部分が多いとか。
▼イノセラムス(Inoceramus)。中生代白亜紀の示準化石となる二枚貝。北海道留萌郡、小平蘂(オビラシベ)川上流産。
ネット上で調べてみると、近年、研究が進んだ結果、以前は十把一絡げに「イノセラムス」だったのが、だいぶ細かく種の分類が進んだそうな。
もちろん、私はその辺の判別はできないので、ここは大雑把にイノセラムスの仲間(Inoceramidae)としておく。
▼トウキョウホタテ(Mizuhopecten tokyoensis)。新生代第四紀更新世。千葉県市原市瀬又産。
古東京湾にいたホタテガイ。もっとも、瀬又で採ったこの化石は確かに「古東京湾産」なのだが、それ以外にも結構広く生息していたらしい。昔の記憶だと、学名(属名)は単純に「Pecten」だったのだが、いつの間にか変わっていた。ところが変わった属名が「Mizuhopecten」か「Patinopecten」か、あちこちバラバラで、現在どちらが正しいのかよくわからない(一応、wikipediaの現生ホタテガイで記述されている属名に倣った)。
そもそも私の中学高校時代には、時代の名称も更新世ではなく洪積世だったし。ホタテガイの仲間は殻に表裏があり、写真右肩の一枚は裏の貝殻で、全体が若干平らなうえに肋の形状が違う。
●週末模型親父さんのところの「軽戦車コンペ」(K-CON)で、me20さんが豆戦車タイプ(AMX設計のケースメート型)ルノーUEを作っている。俗に「中国型」と言われるのは、中国からの注文で少量生産されたからだが、実際に輸出はされたものの日本の妨害で中国軍の手には渡らず、結局、仏領インドシナのフランス軍に接収されて使われた……というのが今までの私の認識だった(実際に、仏領インドシナ軍で使用中とされる写真もある)。
しかし、実際にこの車両が中国に届いて使用されていた、という証拠写真が出てきた。
me20さんのブログへのセータ☆氏の書き込みで、「抗戦陸軍武備図誌」という台湾で出版された本に掲載されていたとのこと。その本に掲載されているものより不鮮明だが、ネット上にもいくつか写真が上がっていた(このページ、真ん中あたりの細かい写真)。驚愕。
ちなみに、これとまったく同じ写真だが、もっと不鮮明で小さいものがどこかに「中国軍のUE」として上がっていて、すでに私のPCの中の、ネットから落とした資料写真フォルダの中に入っていたのだが、あまりに不鮮明だったので「マユツバもの」として流していた。
……私もどこからかケースメート型の改造キット(あるいはミラージュのインジェクション)を仕入れてくるべき?
●そして25日、仕事納めの宴会に行く前に立ち寄った秋葉原で、私もその「抗戦陸軍武備図誌」を立ち読みしてきた(買いたいところだが高い)。もっともその本自体は厚みも4センチほどあるハードカバーの大冊で、およそ立ち読み向きではない(しかも帰宅後に調べたら、それだけ立派な本なのに「同人誌」なのだそうだ)。
書名の「陸軍武備」には装備全般あれこれ入るので、こちらが主に見たいAFVやソフトスキン、火砲などのページばかりというわけではないが、見たことがない写真、見たことがあってもそれよりずっと鮮明な写真が数多く収録されている。
ただし、どうも例えば現在私が作っているビッカース水陸両用戦車に関しては、中央軍が直接購入した後期型の写真だけで、広東軍が輸入した初期型写真は載っていなかった。また、惜しくも前照灯のコード引き込み部ディテールがわかる写真はなかった。
●問題のルノーUEだが、直接本を見て改めて判ったのは、
などなど。
●ほか、その本で得た新知見。戦前に中国陸軍が輸入配備したM3A1スカウトカーは、同時期に配備していたSd.Kfz.221、222、223と異なり、国籍マークが記入されている写真が見当たらない……と今まで考えていたのだが、なんと、
運転席横の窓の装甲フラップを倒した陰に青天白日が記入されている!
ということが分かった。フラップののぞき窓から一部が見えていて、それ自体はこれまでの不鮮明な写真にも写っていたのだが、青天白日だとは判らなかった。ちょっと作りたい感沸いてきました。
●me20さんがもしも中国軍仕様で作るならと、藍天鳥工作室製、青天白日デカールを少し切り分けて送り、お礼にとブロンコの蝶ネジを一枝頂いた。
もっとも当初は単純にAFV向けの小さな「青天白日」だとしか思っていなかったので、普通の丸地のものを送ってしまった。四角くトリミングして使えそうな、青地が大きい現用青天白日を追加でお送りしようか検討中。
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●「軽戦車コンペ」(K-CON)参加作品、CAMsのビッカース水陸両用戦車(Vickers Carden-Loyd Amphibious Tank A4E12 Early Production)の製作記の続き。
(実物は)左右3カ所ずつの支持架を介して車体に取り付けるようになっていて、キットでは支持架はエッチングで表現されている。
それ自体は精度もよく、位置決め用ダボもあるので、それほどストレスなくぴったり決まるのだが、車体側、フロート側それぞれ2つずつのボルトを、極小のエッチングパーツで付けろという「いったいこれは何の修行?」みたいな組立指示がなされている。
さすがに手に負えない気がしたので、垂直面(車体側)は、例によってタミヤ48のマーダーIIIの床板から削いできた平頭リベットを接着。それでも数カ所は歪んでついてしまって、削ってやり直したので、数がピッタリしかないエッチングのリベットで成功できた気はしない(もちろんエッチングの場合は瞬着で汚れても、火であぶるなりすれば再利用可能だが)。
水平面(フロート裏側)に関してはどうせひっくり返さなければ見えないので放置の方針に傾き中。
●エンジンデッキ上の通風孔は、以前に書いた通り、ダクト部を薄く削った結果、付属のエッチングのフラップが使えなくなってしまった。
0.3mmプラバンで新調したが、クビンカの実車を見ると、可動のための軸部らしきものがあるようなので、伸ばしランナーで追加した。
写っているのでついでに説明すると、この戦車唯一の車外装備品である左フロート上の工具箱は、両脇にエッチングの取っ手+クランプが付く。T.Wongさんによれば、このフタは蝶番などはなく、クランプを外すとそのままフタが外れるようにできているそうだ。
砲塔の左後ろ側にある蛇口のようなものは、おそらく車内に入った水を汲み出すためのビルジポンプの排出口。
車体前端の波切板と車体の接続部は、細かい蝶番を表現するベースと、平頭リベット(ボルト)の表現された表側の帯金と、計4枚を貼り重ねる構成。ピッタリと付けるにはちょっと苦心する。
SUMICON掲示板でme20さんに「あちこちプラ材に置き換えたい衝動に」と言われたが、実際、平頭のボルト頭もちょっと薄い感じがするし(平頭なのは合っているが)、プラバン+マスタークラブなどで作り替えるのもありかも。
帯金の後ろ側の小さな四角はビッカース社の銘板(のはず)。フロート内側にこれまた極小のエッチングパーツが付く。
排気管の前には謎の金具が付く。説明書ではエッチングパーツP3を折り曲げて貼るよう指示されているだけだが、中心に三角の板(P4)を立てるもののようだ。
この際、そのままだとP3は直角に曲げる――つまり、接着位置の車体上面板に対し垂直に立ち上がることになるが、実際には、もう少し「地面から直角」に近い(完全にではない)ようだ。そのため、C4の短い辺を若干削り込んだ。
さて、そもそもこのパーツは何なんだろうと思ったのだが、開けた操縦手ハッチが排気管に激突しないようにするストッパーなのではないだろうか、というのが現時点での私の想像。
実はこのあたり、T.Wongさんにメールで問い合わせて答を頂いているのだが、私の拙い英語だと、どうもその内容がちゃんと掴めているのかどうか心もとない。T.Wongさん曰く、日本軍が鹵獲した204号車ではホーンが付いていて(現存写真で確認可能。ホーンはキットにも不要パーツ扱いで付いている。部品番号B18とB19)、上記パーツはホーンの台座にもなっているらしい。ただし、204号車では、その装着位置はもっと前にある。
●エンジンデッキ上には、燃料注入口と思われる、丸いパッチが2カ所にある(両方とも燃料注入口なのか、片方は潤滑油なのかは不明)。
この注入口は、周囲にゴムシーリングか何かがあって、フタをがっちり締め付けて防水する構造らしく、それぞれ周囲4カ所で蝶ネジで止めるようになっている。右が実車写真で、TRACK-LINKの掲示板で、T.Wongさんが説明に使っていた画像から切り出し引用させてもらった。もとは英軍もしくはビッカース社の記録写真ではないかと思う。
さて、この蝶ネジがまた、「ご無体な……」と言いたくなる大きさのエッチングパーツで付属している(右写真の左側)。どうすればうまく取り付けられるかも悩む。web上で海外のレビューや製作記事を見ても、この蝶ネジパーツをちゃんと付けている例を見たことがないので、皆諦めてしまっているのではないかと思う。
もうちょっと作業性のよいパーツはないものかと、ドラゴンのパンターに付属している蝶ネジパーツ(小)を出して来てみたが(写真右側のグレーのパーツ)、これはだいぶ大きさが違う。
ちょっと考えてみた末に、エッチングパーツのゲート部分を細く削って、ある程度の長さを「脚」としてパーツ側に残して切断。車体側は取り付け指示の凹部にドリルで穴を開けて、そこにパーツの脚を差し込んで位置決めをすることにした。
とりあえず一つだけ作業してみたが、もしピンセットで弾き飛ばしたらほぼ絶対に見つからない大きさだし(しかもピッタリの数しか入っていないし)、その一つだけでかなり(主に精神的に)消耗した。取り付けた結果が右写真だが、しかし、これを実車写真と見比べると、どうもフタに比べて蝶ネジが小さい感じがする。実車写真では、蝶ネジの高さとフタの高さがほぼ同じレベルだが、キットのパーツはだいぶ低め。
そんなわけで、一度は「面接落ち」したドラゴンのパンターの蝶ネジに再登場してもらった。
これはこれで、逆にちょっと大きめで、回転させると羽の部分がフタの凸部と干渉しそう。拡大すると羽の厚みもちょっと気になる。とはいえ、キットのエッチングパーツよりは上の実車写真に近い感じだし、何しろプラパーツなので作業性もよい(ただし、8つ取り付ける間に1つ紛失した)。
作業結果が右写真。……なにしろこれでも部品が微小すぎるので切り出し時にゲート処理がうまくできていないし、接着時に若干溶けるので、こうして拡大写真にするとあまり綺麗ではないですな。
ブロンコやカステンのインジェクション別売の蝶ネジパーツが使えるかどうかは、手元にパーツがないので未確認。誰かお持ちの方、大きさを教えてください。
●追記。
上記、「ブロンコやカステンの別売の蝶ネジパーツ」に関して、早速、SUMICON掲示板で、me20さん、OTOSHIさんから写真付きで情報を頂いた。持つべきものは模型友だー。
まずはブロンコのもの。連合軍用(左)とドイツ軍用(右)の2種類が出ている。
こちらがカステンのもの。
大きさとしてはどれも私が使ったドラゴンのパンター付属の小さいほうとほとんど変わりなく、一応、「若干大き目」くらいの感じで、キットパーツの代替品として使うことは可能ではないかと思う。
パッと見た感じでは、カステンのものが羽の下の切れ上がりの角度が大きいように見え、ビッカース水陸両用に使うにはキャップのでっぱりとの干渉が少なそうだが、一方で、ブロンコのものは脚が長くモールドされているので、作業性ではだいぶこちらに分がある。
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●Dellに注文したパソコンが届いたのでセッティングをする。
なにしろ、windows XPから一足飛びに10への移行なので、違うことが多すぎて戸惑うことが多い。
そもそも、パソコンが届いた段階で「え?」と思ったのが、これまでパソコンを買うと、ハードウェアからOS、標準搭載のソフトウェア等々、あれこれマニュアル類がテンコ盛りでついてきていたのが、ほとんどその手のものが入っていない。いくつかぺらっとした注意書き程度のものがあったくらい。
とりあえず、入出力機器を繋いで電源を入れると初期設定のアレコレの手順が始まったのだが、一応(たぶん)、すべて必要な設定が終わり、「お待ちください」(とかなんとか)になった後に、ディスプレイがさまざまな色で目まぐるしく点滅し始めた。
え? なにこれ? ドッキリ?(←そんなわけあるか)
いきなりの初期トラブルで返品決定? とはいえ、サポートに電話しようにもネットにもつながっていないので連絡先もわからん!
結局、とりあえず強制終了してしまって、もう一度電源を入れ直したら、何事もなかったように、初期設定が終わった状態でシステムが立ち上がった。トラブルの原因は不明。なんだかこの先不安。
●いろいろ常用ソフトを入れて行こうという段になって、これまで使っていたソフトのかなりのものがwindows10に対応していないことがわかって、さらにあたふた。
とにかく「外界との連絡手段」は確立していないといけないわけだが……あれ? IEどこ? Microsoft Edge? ナニソレ? まあいいや。とにかくfirefoxは入れておこう。
メールソフトは「電信八号」を使っていたのだが、どうやら10には対応していない様子。ところが、もともと入っているメーラーにアカウント設定を行おうとしたら、設定の項目があれこれ違っていて、電信八号時代の設定画面の控えを見てもうまくいかない。うがー。どうすんだコレ。
などなど苦闘する一方で、ダメモトで電信八号をインストールしたら普通に動いた。よかった。画像ローダーのsusieがまったく動かないのが判明したのはちょっと痛い。
●というわけで、この投稿が「かばぶ」における新マシンでの初記事なのだが、これまた、ひと悶着あった。
記事の投稿は、投稿画面の本文入力欄に普通に書き込めば、リッチテキストモードでほぼそのまま本記事の画面に反映される。この際、文章入力画面で改行を行うと、見た目上、1行分スペースが開くのがデフォ(HTML上は<p></p>のタグが使われている)なのだが、以前の環境だと、それがIE上でしかうまくいかず、firefoxだとなんだかおかしな具合になっていた。
ところが、今回投稿しようとすると、当初はwindows EdgeやIEではスペース空きの改行にならず、逆にfirefoxだと正常に動いた(しかしその後、Edgeでやり直したら正常稼働した)。なぜんだかよくわから~ん。
●12月20日日曜日、下北沢にて東京AFVの会。
今年の課題は「WW1」で、以前から、ロールス・ロイス装甲車を完成させて持って行こうという心積もりもあったのだが、パソコン新調だの何だので結局間に合わなかった(いやまあ、そんなことの前に完成させておけよって話なのだが)。
ほぼ工作終了状態で放り出してあったキットを掘り出してきて、未工作だった燃料タンク周囲の防弾板を工作。実のところ、第一次大戦型における防弾板の形状はいまいちよくわからず、どうも取り付けられていない車両もあるような。
というわけで、割といい加減な工作なのだが、そんな姿勢が精度にも表れてしまって、実はちょっと歪んでいる。荷台を付けると判らなくなってしまう程度なのでそのまま。
さて、それでは塗装をしようかと、洗濯までしたが、ここで問題に直面。
一応、工作中はバルカン戦線で使われたという、以下の2枚の写真に近い感じに仕上げようと思っていたのだが、色について思い悩み始めてしまった。
そもそも、この写真はおそらくモノクロ写真に後から着色した可能性が高いと思うので、結局のところ、「どうやら2色迷彩が施されていたらしい」くらいしかわからない。最初は装甲車両らしく、グリーン地にブラウンの縞だろうとボンヤリ思っていたのだが、よくよく考えると、海軍車両なのでグレー地ということもありそうだ。
そんなこんな、思い悩んで結局塗装に入れず。下地はグリーンかグレーか、皆様のご意見募集。なお、諦めてサンディブラウンに塗って南西アフリカ戦線の車両にしてしまう方向性も検討中。
ちなみに東京AFVの会のWW1課題作コーナーには、非常にきっちり作って美しく塗装された、同じローデンのこのタイプの完成品が展示されていた。うっ。こんなに綺麗に仕上げられない! 持って行かなくてよかったかも!
なお、ロールス・ロイスをほぼ諦めた後、急ぎ、MBの1:72のオースチン装甲車Mk.IIIを組み始めるという暴挙に出たが、当然ながらこれも「お手付きした」程度。
●静岡ホビーショーは長らくご無沙汰だが、東京AFVの会には2年続けて出席。無事会場で“ハラT”青木氏と落ち合う。
昨年に続いて、SUMICON参加者のケン太さんと会って、氏のエイブラムスをじっくり見せていただく。ほか、SUMICON関係では1-colorさん、戦車大好きさん、よっしーさん、Tom Lawgunさんらと会う。SUMICON関係以外では、コウ中村さんやむーさん、非常にお久しぶりの元MGSの中尾さん。また、facebookでお付き合いのあるCanioさんがゲストで来ていてご挨拶。
まるで写真を真面目に撮っていないのだが、一応、お知り合いの作品等。
1枚目から。
ちなみに、つぁぎ青木氏はレーニン立像を出品。昔懐かしいバーリンデン・プロダクツ製とのこと。「気泡とか結構あったんじゃないの?」と聞いたら、ほとんどなかったとの答だったが、実はキットはもともと「戦火にさらされたレーニン立像」であって、表面は弾痕だらけにモールドしてあったのを埋めて「人間のレーニン」に先祖返り(?)させたのだそうだ。……気泡どころじゃないぢゃん。
ほかあれこれ。
▼昼食はケン太氏、1-color氏、青木氏と4人で。時間もなかったので近所のファーストキッチンで軽く。来年も来るなら、若手ホープの1-color氏に不良在庫を押し付けよう!という、よからぬ計画を立ち上げる。
▼会場で久しぶりにGUMKAの高田さんにお会いした。GUMKAの新製品、T-34-85 1943年型の話になって、「まだ買ってないんですが、なくならないうちに必ず買います」と調子のいいことを言ったのだが、あとから青木氏に「そんなこと言わずに今買え!と高田さんは思ったに違いない」と鋭く指摘される。仕方ないぢゃん! 金欠だし!
▼そのグムカの1943年型は、ベースキットとしてアカデミーの112工場製が指定されていて、T-34者であればその選択には異論はないものと思うが、アカデミーのキットにもあれこれ問題はあり、その点を青木氏からちょこちょこ話を聞く。エンジンデッキ、ラジエーターグリル後部の形状の違い、などなど。なお、この点に関しては、高田さんの「やっぱり東側な品々」にも解説があるので、作る予定の人は参照して吉なり。
なお、112工場生産車は、だいぶ遅くまで古い形質の起動輪を使っているのだが、それに関しては「抜かりなく、ドラゴンのパーツのリムの溝を埋めて作ってます」とドヤ顔された。加えて、青木氏は「ディッシュタイプで、ゴムリムに穴だけあって溝のないのが欲しい」由。穴を開けるのと溝を埋めるのとどっちが楽か聞かれたが、溝を埋めるほうが楽だと思うなあ。
▼ドラゴンのIS-2は、オレンジボックスになって「シャコタン問題(シャーシの高さ不足)」は一部解決。車体後部がかさ上げ改修されているのだが、前部は直していないので(なぜ?)手を入れる必要がある由。しかし、履帯もマジックトラックに変わっていたりするので入手するメリット大。
砲塔後面がとがりすぎていて傾斜がきついなどなどあるものの、総合的に見てタミヤ、ズベズダなどより良い部分が多く、青木氏曰く(いつもの言い方だが)、
「もしも今この瞬間強盗が入って来て、鉄砲を突き付けられて(それなりに出来の良い)35分の1のスターリンを作れ、と言われたら、当然(ベースキットとして)ドラゴンを選ぶでしょうな」
だそうだ。そこまで切羽詰まった状況なら、楽にタミヤをストレートで作れよ……。
▼しばらく前にネット上で見つけた写真なのだが、大戦中のチェコ部隊のT-34で、ナット砲塔の最初期に生産されたはずのいわゆる「ラミネート」タイプの砲塔なのにキューポラ付き、という妙な車両があった。写真はたとえばコレとかコレ。
他にも一連の写真があるので、興味のある方は元ページを。
青木氏曰く、古い砲塔を再生してキューポラ付きにしたのでは?とのこと。あるいはこのタイプも、より一般的なハードエッジやソフトエッジが登場した後も細々と作り続けられていた、ということもあり得るのかもしれない(単純に鋳型の問題だし)。
ちなみに2枚目の写真の「リディツェ」と書かれた車両だが、砲塔周囲にリブが付いている点では112工場製車体だが、燃料タンクの搭載法が112式ではない、という青木氏の指摘あり。
●閉会後、青木氏とともに下北沢のサニー、さらに四谷仙波堂に寄る。四谷仙波堂でマスタークラブのポーランド型尖頭ボルト、0.5mm径を買う。TKシリーズに使うには、厳密にはちょっと大きいかもしれない。
その後、九段下の「おかってや」に移動して飲み食い。御徒町で宿を取っている青木氏と東京駅で別れて帰宅。
●T.Wongさんから、またまたCAMsの新製品の予定についてメールが来て、ビッカース6t戦車のポーランド型も発売されるそうだ。楽しみだー。
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●パソコンも買い換えたし、週末のAFVの会にロールス・ロイス装甲車を持って行きたいし、などなどあって、「軽戦車コンペ」(K-CON)参加作品、CAMsのビッカース水陸両用戦車はペースダウン中。
とはいえ、一応履帯は両方繋いだので、また全体を仮組みして記念撮影した。ううむ。なかなか格好いいじゃないかキミ(手前味噌)。
●履帯のほか、わずかながら進めた工作は、
▼排気管に穴(というかスリット)を開けた。
▼唯一の車外装備品である左フロート上の工具箱を接着。上面のフロート取付金具の上に乗る形になるが、そのままだと金具のモールドが若干強調してあるせいで、箱がちょっと浮き上がり気味になる(上、一枚目の写真は仮置き時のものなので隙間が開いている)。実際は隙間はごくわずかなので、金具のボルトモールドを削り落とした。
▼車体前端、波切り板の取付金具を工作中。この部分のエッチングパーツは妙に凝っていて、(平板だが)蝶番表現のあるベースを車体側、波切り板側両方に取り付け、その上からまたボルト表現のある帯金を重ねて貼る。
車体側は取り付け位置にボルト列がモールドされていて(波切り板を付けない場合のことを考えているのだと思う)、エッチングのベース板にはそれに対応して穴が開いている。
波切り板側のベースパーツにも2ヵ所の穴があって、波切り板のプラパーツ(C3)にもそれに対応しているらしい凸があるのだが、位置が合わない。
▼車体全部上面のU字金具(A26)の直後に、部品取り付け穴のような凹がある。前照灯のコードの引き込み穴?とも思ったのだが、それにしては穴が大きすぎるので、とりあえず埋めた。
この戦車、右写真で判るように、砲塔も操縦席も左寄りに付いている。一方、排気管が車体中ほどの右端から出ているが、エンジンはこの下、車体右側にあって、要するに、その重量バランスを砲塔と人員で取っていることになる。
試作車ではそのバランスの取り方がうまくいかなかったらしく、左足回りのサスボギー外側に、ガーダービーム形式にバラスト(おもり)を取り付けている。浮くためにとことん軽く作ったために、無理をすると車体がゆがみかねないという逸話もトホホ感が漂うが、そこに今度はバラストを付けるというのがまた何とも。
実際に、試作車の走行/航行シーンを撮った、おそらくVickers社製のプロモーション・フィルムが残っていて、「Tanks Swim Now !」と誇らしげなタイトルが付いているのだが、実際の航行はかなりアップアップな感じで、進むたびにどんどん車体後部が沈んでいっているようにも見える。もうちょっと川幅が広かったら水没しているんじゃなかろうか。危ねえなあ(笑)。ちなみに、動画の20秒前後のところで、足回りのバラストが確認できる。
その後の改良でどうにかなったらしく、生産車ではバラストがなくなっている。先の動画の試作車を見ると、どうも生産車よりも(主に前後方向に)小さいような気もするので、車体を拡大して浮力を稼ぐとともに、内部の機器の配置をいじって対処したのではないかと思う。
それにしても、砲塔(武装)と乗員でエンジンと釣り合いを取るというのもちょっと不安を感じる設計な気がする。乗員の体格によっては、2人分で結構差が出てしまいそうだし、弾薬を消費すると、それもまたバランスに影響しそうだ(あるいは弾薬庫は車体中心線近くにあるのだろうか)。
そもそも、車体後半はかなり薄く切れ上がっているので、エンジンは前後方向で見ると車体中央近くに搭載されているはず。つまり戦闘室の真横にあるはずなので、排熱で居住性もかなり悪そうだ。
後部車内は燃料タンク等になっているのだと思う。上の3枚目写真で、車体後部上面にある2つのキャップの配置が判る。両方とも燃料注入口なのか、あるいは片方はオイル用かもしれない。CAMsのキットで気づかされたが、2つのキャップは蝶番などではなく、3つの蝶ネジで締め付けるようになっている。おそらくゴムシールなどが付いていて、水密性を高めているのだと思う。もしかしたら、燃料を使って重量バランスの微調整が出来るようになっているのかもしれないが……うーん。そんな高級そうな装備が付いてるかなあ。
●上写真でも判るように、この車輌は、車体後部中央にダクト上に上方に延長した開口部(吸気口?)がひとつ、あとは操縦手ハッチと砲塔ハッチがあるだけで、他に開口部やハッチはない。
おそらく、エンジンのオーバーホールなど行う場合には、上面装甲板の周囲にびっしりあるボルトをいちいち全部外して、砲塔だの何だのひっくるめて外さないといけないのだとおもう。うわっ、面倒くせえ。
(おそらく)世界初の水上航行ができる水陸両用戦車という興味深い存在でありながら、ほとんど売れなかったのはそのあたりに問題がありそうだ。
いやまあ、そういうトホホなところが模型的には逆に面白いのだけれど(注:個人差があります。me20さんみたいな但し書き……)。
●CAMsのT.Wongさんからメールで、いよいよ中華民国国民党の中央軍が購入した後期型は発売される旨、案内をいただいた。
基本、今私が作っている前期型とは砲塔上面とハッチが違うだけ、先に発売されたオランダ東インド軍仕様とはデカールが違うだけ、ではないかと思う。……でも「龍」のマークは格好いいなあ。
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(オギー・ベン・ドギー、突然頭を抱えてうずくまる)
フルーク・スターバッカー どうしたの、オギー・ベン・ドギー? ……もしかして、突然フォースの大きな乱れを感じた? 何百万もの人々が悲鳴を上げたような!?
オギー・ベン・ドギー いや、ただの頭痛。
●「スター・ウォーズVII、フォースの覚醒」公開間近。年末、いろいろと余裕がないので劇場に見に行くことはないと思うのだが、第一作世代としてはやはりちょっとわくわくしてしまい、youtubeで公開されているトレーラーをあれこれ見る。ついでに久しぶりに「HARDWARE WARS」を見たりする。
●実は前回日常話を書いた時に書き忘れたネタなのだが、しばらく前に我が家のチビから「ねーねー、かわいいでしょー?」と、粘土細工の新作を見せられた。
いやいやちょっと待てよ、犬のうんちに「かわいい」という形容詞はちょっと違うだろう? ……と思ったのをぐっとこらえて「ああ、うん、そうね」的にその場はごまかしたのだが、あとでかみさんに聞いたところ、実は犬のうんちではなくプラナリアだったそうだ。
6歳児の作る粘土細工の対象がプラナリアとはどういうことだというツッコミはさておき、とにかく思ったままを口にしなくてよかった。泣かれるところだった。
●この期に及んでまだXPマシンを使い続けていたのだが(ハード自体はVista世代のものだが、あえてXPを載せて使っていた)、さすがにこのところ、だいぶ挙動が怪しげになってきた。firefoxを多数のダブを並立させて使っていたり、動画再生をしようとしたりといった場合に、いきなりハングしてしまうとか、画面全体が真っ暗になってしまうとか。
ここ最近は、電源ボタンを押しても素直に起動しない(コンセントを抜いてしばらくして挿し直してから押すと問題なく起動する)、などというアヤシゲな兆候も出てきた。
さらに決定打で、仕事の都合でとあるアプリを動かす必要が出てきたのだが、それが7以降にしか対応していない由。ちょうど歳末セールの時期でもあるし、ついにPC新調に踏み切ることにした。
仕事上でちょっと縁があったHPのPCにも惹かれたのだが、値段とスペックの兼ね合いで、結局dellの比較的ベーシックなデスクトップを選んで注文(まだ届いていない)。
合わせて、大船のヤマダ電機で2TBの外付けHDDを買ってきた。比較的最近、1TBの外付けHDDが昇天してしまい、だいぶ年季の入った640GBの外付けを戦線復帰させていたのだが、これで「うわあ、データがあ!」の恐れがだいぶ減る。
……もっとも、注文したPCはwindows 10搭載機なのだが、その後、仕事で使う某アプリは8、10ではうまく作動せず、7でしか正常に使えないらしい、という事実が発覚した。なんだそりゃ。もっとも8、10でも7モードにして動かすことができるとか何とか。いや、まだ実際に触っていないのでどうすればいいのかよく判っていませんが。
●まだPCを注文していなかった先週水曜日。仕事の打ち合わせの帰り、「もしもPC新調が滞った場合」に備え、仕事仲間のE君から7搭載ノートPCを借りるため、府中のE君宅に寄る。その行き帰り、京王線東府中駅近くと、JR府中本町駅前で丸ポストを見た。
上は東府中駅近くの路地のもの。製造年も比較的新しく、銘もよく読める。ただし、なぜか前面円形部の下が欠けている。なんでこんなところが壊れるんだろう?
こちらは府中本町駅前。とっぷり暮れてしまい駅改札の明かりが反射する悪条件で、どうも綺麗には撮れなかった。
●先週、木金と天気が荒れて激しい強風が吹いていたのだが、そんな後には何かちょっといい拾い物があるかもしれないと思って、土曜日、駅前に出た帰りに久しぶりに逗子の砂浜に寄り道した。
集合写真は、
右上:カガミガイ
右中:桜貝あれこれ。一般に「桜貝」と呼ばれるのは、(狭義の)サクラガイ、カバザクラ、モモノハナガイ、ベニガイなど、ニッコウガイ科の数種にまたがっている。もっとも、形が特徴的なベニガイ以外あまり見分けが付かない。
右下:ヒオウギガイ?
左:ムラサキガイ
2枚目はムラサキガイの内側。名前のとおり鮮やかな紫色。つやつやしているのは砂を洗って濡れているため。ムール貝も俗に「ムラサキガイ」と呼ばれるが、それとはまったく別種。ムール貝の正式和名は「ムラサキイガイ」。やはり別種のウチムラサキも時々逗子の浜で拾えた気がする。
3枚目、今回「あ、ちょっといいもの拾った」と思った深紫色のイタヤガイ科。拾ったときはアズマニシキだと思ったのだが、肋の太さがそろっているのでヒオウギガイかも。横幅2.5cm弱。
久しぶりに貝殻を拾って名前調べをしたら楽しかったので味を占め、PCの代金を振り込みに行った月曜日にも浜に寄り道した。
1枚目。
右上:オオヘビガイ。通常、岩に固着して生活しているもの。こんな形だが味はよいそうだ。
右下:ヤカドツノガイ。
左上:スダレガイもしくは近似種のサツマアカガイ。縦方向の色模様がないので後者ではないかと思う。
左下:キサゴ。
2枚目。
右:例によって桜貝あれこれ。
左上:あまりにつやつやだったので思わず拾ってしまったハマグリ(たぶん)。
左下:上写真にあるものより大きめ、ただしなんだか斑模様のカガミガイ。
3枚目。逗子の浜で拾える桜貝の中ではおそらく最大種のベニガイ。
ちなみに、昆虫の種名調べは形態からある程度絞り込めるが、貝殻の場合、腹足綱(巻貝)とか斧足綱(二枚貝)レベルまでしか分からないので面倒。
ある程度ポピュラーなものは、その昔、千葉県木下(きおろし)で散々、成田層群の洪積世化石を掘った経験で(すでに現生貝類と変わりないので)判るが、自然科学というものは意外に変転が激しく、生物の分類も「これ、同じだと思ってたけど違った」とか「違ったと思ってたけどやっぱり同じじゃない?」とかが頻繁にあって、昔覚えた種名(学名)が通用しなくなっていたりする(これについては以前にも書いた)。いや、そもそも地質年代の「洪積世」も使われていないんだった(→更新世)。
●しばらく前からRiich Modelsのサイトに出ているのだが、CAMsからいよいよ6t戦車が出るようで、その内容紹介画像がこちら。ああ、楽しみ。おそらくこの後、無線機バッスル付きのものも出るのだろう。
旧河馬之巣掲示板にT.Wongさんが画像を貼って下さったが、ビッカース水陸両用戦車の中国軍仕様後期型(国民党中央軍輸入型)の発売も決まったようだ。
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●「軽戦車コンペ」(K-CON)参加作品、CAMsのビッカース水陸両用戦車(Vickers Carden-Loyd Amphibious Tank A4E12 Early Production)の製作記の続き。
●履帯は、いわゆる「Link and Length」方式。
最初のキットレビューの際にも書いたように、履板が細かいので、この方式がふさわしいとは思うが、だいぶ金型はタイトなようで、離型の際にパーツにも若干負担が掛かっている様子。
本来、まっすぐに成型されているはずの、ある程度の長さが一体になっている「Length」部分も若干波打っていたり、目立たない程度だが、わずかに樹脂のショートや欠けなどもある。
web上で海外の製作記事など見ても、この履帯パーツの接続があまりスムーズではない作例が多く、皆さん苦労している感じ。とはいえ、カステンのユニバーサルキャリア用を使うにはガイドホーンを半分切り飛ばす改造が必要になるので、それはそれで面倒。
とりあえず、キットのパーツでできるだけのことはしてみようと考えたのだが、結論から言うと、そこそこ綺麗につなぐことができた。
キットのパーツは、起動輪にかかる部分は3リンクずつ(×6ピース)、若干それより小径の誘導輪にかかる部分は2リンクずつ(×9ピース)、その他は下側が2連、上側が3連。接続部分はかなり丁寧にすり合わせる必要があるので、そこそこ手間取る。ちなみに余分なパーツはないので失敗しないよう注意すること。
ただ、最初は足回りにがっちり接着してしまって、ロコ方式に一体にしてしまうしかないかと思っていたのだが、履帯だけループに組んでも後から嵌めることが出来るのが判った。塗装手順上はこう出来たほうが有難い。
●とりあえず片側は組めたので、足回りとともに仮組みしてみたのが右写真。前述のように履帯の「Length」部分は微妙に波打っていたりするので、接地面はまっすぐ、上部は自然なたるみにするには、パーツが破損しないよう注意しながら、指先で曲げ伸ばししてやる必要がある。
なお、(少なくとも私の入手したキットでは)接地面の一番長いパーツの端のホーンが1本折損していたので、起動輪の裏に隠れるところから移植した(もう片側は転輪に隠れるので補修しなくてもOK)。
……さて、これをもう一組作るのかと思うと、ちょっとため息が出るが、それを済ませてしまえば、製作は山場を越したと言えるかも。
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●「軽戦車コンペ」(K-CON)参加作品、CAMsのビッカース水陸両用戦車(Vickers Carden-Loyd Amphibious Tank A4E12 Early Production)の製作記の続き。
●夏前に、片側分の足回りの組み立てはほぼ終えていたのだが(履帯は除く)、もう半分も終了させた。
以前の工作の振り返りだが、サス・ボギーの一部に樹脂のショートがあり(現在は修正済みであるらしい)、0.3mmのプラバンで補修工作をした。写真を撮り直したので右に。
足回りのパーツは右左用にまったく同じパーツの枝が2枚入っていて、その両方とも同じパーツの同じ箇所に樹脂ショートがあったのだが、新たに組み立てたほうは、エラー部分が車体内側に面していて見えなくなるので未修正。
また、起動輪に関しても、残る1枚の歯を(履帯にはまるよう)薄く削り、極小ボルト頭を3つ取り付けた。とりあえず紛失せずに付けることが出来てほっとしたが、このパーツは数個余計にセットしておいて欲しかった気がする。
●車体側面に付くフロートも、以前に片側だけ組んであったが、これももう片側も組み立てた。
フロートのパーツは、コの字形の上側面パーツに、前後2分割された底面パーツを接着するという、至極当たり前の部品分割なのだが、これがそのままではピッタリ合わず、接着面をかなり頑張って削り合わせる必要がある。
●とりあえず両側ぶん、足回りが組めたので、モチベーション向上のために全体形を仮組みしてみた。
ところで、今回仮組みをする過程で、この戦車のサスペンションが、前後ボギーとも「スプリングが前側」であることに今さら気付いた。I号戦車A型からの刷り込みか、ずっと「スプリングが前後で向かい合わせ」の配置だと思い込んでいた。最後まで気付かずに組み上げてしまった、なんてことがなくてよかった。
●砲塔を仕上げた。
上面ハッチの取っ手は、キットのパーツが折れそうに曲がっていたこと、ちょっと太めなのが気になったことの2点から、金属線(0.5mm)に取り替えた。
後面小窓のスライド部エッチングはルノーFTの砲塔パーツ内側に押し当て、ヤスリの柄をコロコロさせて曲げた。
前面バルジ下のリベットが付く帯金はエッチングパーツが入っているのだが、クビンカの車輌で確認する限り、リベットが砲塔のメインと同サイズの丸頭が使われているようだったので、プラバンと、例によってタミヤ48・マーダーIIIのリベットを使った。
機銃先端の周囲10カ所の小穴は0.4mmドリルで。
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●前回書いたように「週末模型親父」さんのところで「軽戦車コンペ」(K-CON)が始まっている。今回はお手付きスタートも可、ということなので、CAMsのビッカース水陸両用戦車で参加することにした。
前回SUMICON前にすでに組み立て始めていて、SUMICONと並行して組み立てるなどと調子のいいことを言って、案の定、そのまま製作がストップしていたもの。
前回のI号戦車A型は、「砲塔を除けばほぼキットのストレートでいけるはず」なんて思って結局かなり手を入れる羽目になったが、今回のビッカース水陸両用戦車はキット設計者のT.Wongさんもアピールするように、かなりこだわりのあるキットであり、(合わせなどで気を使う部分はあるものの)ほぼ箱の中の部品だけできっちり組み立てられるはず。
春までに、各面分割の車体と砲塔は貼り合わせ、特に砲塔部に関しては成型の都合で一部形がおかしかったリベットも修正。転輪ボギーは湯流れ不良の修正も合わせて片側分だけ組み立て。起動輪も片側だけ工作。すり合わせが難儀なフロートも片側分だけ組み立て(これらに関しては以前の製作記事を参照のこと)。
……などなどが工作を済ませていた部分で、「K-CON」スタート前夜の状態が右。
●エンジンルーム上面の吸気口は、航行中に水が流れ込まないよう、ダクト状に高くなっている。その底はキットではツツヌケで、車内まで覗けてしまう。以前、T.Wongさんにメールで、この部分はメッシュか何かないのか訊ねたところ、「わからん」というお返事だったのだが、そのままというのも気になるので、目隠し用にメッシュを貼った。
わずかに斜めになってしまったが、ダクトの底で見えづらいし、所詮は目隠し用なのでそのまま。
●砲塔基部~運転席にかけてのバルジの垂直面は、エッチングパーツを貼ることでリベットを表現する構成になっている。
実車では、この部分のリベットは丸頭のようだが、特に車体内側に向いた面など、綺麗に整列させてリベットを植えるなど難しいので、ここは素直にキットのエッチングパーツを使用する。
ただし、このエッチングパーツを綺麗にずれないよう貼るのは、これはこれで難しく、なかなか気を使った。単純に丸めればよい砲塔基部はまだましだが、運転席部分は直線と曲線が混じっていて難易度が高い。
あれこれ考えた結果、エッチングパーツを貼る面にあらかじめドリルで多数穴を開けておき、パーツを合わせた後に裏側から瞬間接着剤を注入する方法を採った。なお、場所によっては前記の2つの方法も併用している。
●上記のメッシュを貼る工作、エッチングを貼る工作の都合で未接着だった床面を貼り、車体箱組みも終了。以前にも書いたように、箱組みはきちんとすり合わせを行えば、パテ要らずできちんと組み上がる。
床板接着後、車体後部のスクリュー周りを工作する。支柱や筒型舵下部の支持架など、なかなか繊細な部品が多いが、きちんと整形すれば右のように組み上がる。
この際、車体から舵下部に渡された2本の支柱(C13、C14)は、十文字になった支持架のアーム(C17)の下面に接続するように指示されていて、実際、パーツのポチ穴もそのようになっているのだが、クビンカの実車写真も参考に、支持架の上側に繋がるように工作した。もっとも、クビンカのこの部分はちょっと補修も入っている感じがあるので、あまりアテにはならない。
12/13追記。あまり鮮明ではない写真しかないが、広東軍の車輌では、支柱の取付は十字の支持架の下側に接続されているようだ。もっともその場合、ちょっとキットのパーツでは支柱が短めかも。
下部の支持架など、キットパーツは厚めの印象だが、若干やすり掛けする程度に抑えた。
●なんだか行ったり来たりだが、エンジンルーム上面吸気口の工作の続き。ダクト部分は4面のパーツを貼り合わせる構成だが、この部分、実車はペラペラの板なので、キットのパーツを半分程度の厚みに削り飛ばした。
定規の上に乗せた左側が削る前、右側が削った後だが……この写真だとよく判りませんな。
この工作の結果、ダクト内にある仕切りは、キット付属のエッチングパーツでは幅不足で使えなくなってしまった。
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●金曜日(4日)から泊りがけで実家。荷造りだの障子張りだのする。
ついでに床下の物置に潜り、中学・高校時代に採集した化石をまた漁る。先日持ってきたいくつかの標本同様、「理科ハウス」に寄贈予定。
今回持ってきたのは、
▼ウミユリ。古生代二畳紀。大垣市、美濃赤坂金生山産。石灰岩の表面が風化し、細かなウミユリの茎(支持体)部分がびっしりと浮き出ている。
金生山では茎の太さが3~4センチもあるような巨大なウミユリの化石も算出し、実際にそんな太い茎化石の一部も採集した覚えがあるが、これはせいぜい径5mmくらいまでの細かいものが固まりになっている。
▼フズリナ(パラフズリナか?)。古生代二畳紀。たぶん栃木県佐野市葛生(当時は栃木県葛生町)産。風化して、フズリナだけが残ったもの。前回持ち帰ってきた標本と同じ時、同じ場所で採集したのだと思う。
石の入った箱の中にパラパラと落ちていた。実際にはもっとたくさん採って、瓶詰めにしておいたように思うのだが、そこからこぼれ落ちたものか?
▼アンモナイト。中生代白亜紀。これも前回持ち帰ってきた標本と同じ、北海道留萌郡、小平蘂(オビラシベ)川上流産。かなり大きなアンモナイトの、ごく一部分(それでも握りこぶしより大きい)で、表面の貝殻は失われ、縫合線が見えている。
専門家が見れば縫合線からある程度種類を絞り込めるのかもしれないが、私は「ああ、アンモナイトだなあ」くらいしかわからない。
ほかにもたくさん床下から出してきたのだが、ウミユリ石灰岩が大きくて重かったので、今回はこれだけ。
●毎年恒例、兄弟分のドイツ人Pの実家で作ったシュトレンを今年ももらってきた。発作で倒れて以来、ママは思うように体が動かないらしく、今年もママの監督総指揮のもと、パパが作ったものであるらしい。
それでも(さっそく一切れ味見してしまったが)甘すぎず、しみじみと美味しい。
「ああ、これを何切れも贅沢に食べてみたい!」と思うが、そこをぐっと我慢して、クリスマスまでちびちびと食べる予定。それにしてもこう並べると、シュトレンも化石に見えてしまう。
●我が家のある逗子市の外れから鎌倉市に入ってすぐ、名越坂の途中に小さな古い工場というか作業場があったのが、しばらく前に取り壊されて更地になっている。
建物の向こう側にあって見えなかった崖面に横穴があるのが判明したが、入り口からすぐにいくつか部屋か通路が分かれていて、やぐらなのか、防空壕なのか、あるいは物置用に掘った穴なのか、あるいは元あったやぐらを掘り進めて防空壕なり物置なりにしたのか、よくわからない。
それはそれとして、この作業場?の建物の前には、「海軍用地」と書かれた花崗岩製の標石があったのだが、更地にした際に同時に撤去されてしまったらしい。1本は建物入り口近くに立っていて、もう1本は元はどこに立っていたのか、建物前に転がされていた。右写真はかつての姿で、今年3月に撮ったもの。
名越坂は鎌倉・逗子を横断する、海軍が敷設した水道路の一部で、道沿いに「ダブル山形+海」と彫られたコンクリート製の海軍標石が点々と残っている。しかしこの場所にあった「海軍用地」の標石は材質も書式(?)も違っていて、他では見ないタイプだった。何か特別な設備か何かでも置かれていたのかもしれない。
いずれにせよ、もしもそのまま捨てられてしまったのだとしたら惜しい。
なお、建物があったときには(おそらく完全に埋まっていて)判らなかったのだが、道のすぐ脇に、別の標石があった。頭だけしか見えないので確認は出来なかったが、材質、大きさからみて、「ダブル山形+海」の標準タイプの海軍標石の可能性があるのでは、と思う。
●12月1日より、「週末模型親父」さんのところでSUMICON2015に続いて、「軽戦車コンペVol.1(K-CON)」がスタートした。
SUMICON2015参加作、I号戦車A型改は未完成で放置してある状態だが、懲りもせずにエントリー。これの製作記も当ブログにアップしていく予定。
ちなみにやはり「組立終了・未塗装」でSUMICON2015を終了したme20さんは、そのまましっかり、FIAT3000の塗装工程を終了。実に美しく、しかもその塗装がディテールをくっきり浮き立たせていて、こんなのを見てしまうと、「ああ、ウチのタウロのFIAT3000はもう死蔵しておくしかない……」とさえ思えてしまう。
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