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BT-42の重箱の隅(2)

●オリジナルのBTのあれこれの続き。

・車体側面のボルト/リベット列はキットでは画一化された形状だが、実車では、

  • 車体後面板との接合部は尖頭ボルト、
  • 側面リブ上は丸頭リベット、
  • サスペンション用内部隔壁接合用の(主に)斜めに走っている列は平頭ボルト

という具合に形状に差異がある。もっとも組んでしまえばほとんど見えないので(特にBT-42では)、今後特大サイズのBTのキットでも発売された時に再現されていればいいや、くらいの感じ。

・起動輪基部のギアハウジングのパーツB10、B11内側垂直面には4箇所の穴が開いているが、ここは実際には貫通しておらず、窪みの中に六角ボルトの平頭があるようだ(グリスの注入口か何か?)。しかも最上部の穴はなく3箇所。パロラのBT-42だけでなく他の1937年型でも確認できるので、(どこまできっちり連動しているかはともかく)どうやら37年型では3箇所が標準であるらしい。

では35年型は皆4箇所かといえば、今度は35年型で下側の穴が少ないらしいものもあったりして、どうもよく判らない。

Rear01 ・このギアハウジング切り欠き部外側には、三角形にベロが少しだけ見えている。ここはEECのBT-7系のキットでは再現されている。EECが一箇所、タミヤに勝っている! スゴイ! 切り欠き内側垂直面の円周外縁にはボルトがある。右図の数だの位置だのはまるでいい加減だが、まあこんな感じ、ということで。

・車体前部の斜め部と誘導輪基部を結ぶ三角板のパーツ(B27、B28)の四角い開口部前側に小さな出っ張りがあるが、これは組立を進めていくと判るように最前部転輪サスのダンパー。実際にはもうちょっと凝った形状で、しかも三角板のほうではなく誘導輪基部のほうにがっちり付いている。

なお、今さらの話ではあるけれど、ここではキットの説明書に合わせて1937年型と言っているが、傾斜砲塔を載せたBT-7は文献によっては1938年型と呼ばれていたりもするので注意。

●BT-42の話。

キットに付いて来ている実車解説リーフレットにもあるように、BT-42は18両がBT-7/1937年型から改装されている。

フィンランド軍はソ連戦車を大量に鹵獲して自軍戦車として使っているが、その大多数はT-26系列で、BT系、特にBT-7/1937年型は戦車のままの形態で使ったのはR-100号車1両だけとのことなので、ほぼ37年型の全車両がBT-42に化けたことになる。

37年型は砲塔換装に伴って砲塔リング径が拡大されているそうなので、大砲塔化に都合がよかった、ということなのだろう。もっとも「大砲塔」と言っても元の37年型の傾斜砲塔を切ったり継いだりしたもので、オリジナルのバスル底面まで残っているらしいことは、かさぱのす氏の実車リサーチにある通り。いやあ、いいなあ、このビンボ臭さ。

なお、かさぱのす氏は早速バスル下に溶接ラインを作っているらしい。わははははは。

それにしても何が悩ましいって、たった18両しかないくせに、妙に個体差があり、しかもその個体差がちゃんと判る写真が少ないのが、もうもうもう、って感じ。

というよりも、「フィンランド軍2代目突撃砲」であるIII突が、ほぼ全車写真が残っており、それぞれの素性が判り、ある程度各車の仕様やディテールが追えるのに対して、BT-42はそもそも写真自体が少ない。しかもまともな写真のほとんどは、ヴィープリ戦で撃破されてソ連側で写されたものである。

苦しい戦いのさなか、メルスやブルーステルやシュトゥルミ相手にはあんなにニコヤカに並んで写真を撮りまくっているフィンランド軍の中で、この扱いの悪さはどうよ!?

いや、それとも未発表なだけで、まだまだどこかに鮮明なBT-42の写真が大量に眠っているのか?

その他ディテールにしても、パロラに現存している車輌(R-708→Ps.511-8号車)を鵜呑みにしてよいのかどうか、という問題もある。8号車特有の仕様ではないか、あるいは戦後の追加改修ではないか、確認する術がない部分も多いためである。

・仕様上の「個体差」のポイントは、

  • 装備品の位置。特にクリーニングロッドの搭載場所は車体右前部か、車体後部かの2択で、これは有り難いことにタミヤもしっかりキットでフォローしてくれた。
  • 車体前部の謎の板状張り出し。これは少なくともR-717号車、Ps.511-19号車で確認できる。乗員が個人的にくっ付けるようなレベルのものとも思えないので、改装時に工場で付けられたものだとは思うが用途は不明。個人的にはヘッジローカッターの類のものじゃないのかと思っていて、先日青木氏と会った際に話したら「BT程度で倒せるもんならあんなん付いてなくても倒せるのでは」と疑義を呈された。うーん、まあ……。R-717号車はキットの指定塗装にも取り上げられているので注意。
  • 砲塔の謎の増加装甲? スコドロのEASTERN FRONTにも取り上げられている有名車輌のPs.511-19号車で確認できる。本来、オリジナルのBT-7砲塔が残っている前半部分が一段盛り上がり、リベットが並んでいる。単に増加装甲なら、フィンランドで継ぎ足した上方にもそのまま付けそうなものなのに、オリジナル装甲部分にだけ付いているのが謎過ぎる。Ps.511-19号車は珍しく、後ろからと前から、両方の写真が残っており、この増加装甲様のものが左右両側面にあるのが判る。したがって、たまたま砲塔装甲のその部分が損傷したので張り増しました、というものではないらしい。

なお、バトルダメージによると思われる個体差として、Ps.511-19号車は車体前面、操縦手用上部ハッチ左に弾痕を補修したと思しき四角いパッチを当てている。712号車の砲塔にもパッチがあるが、これは鉢巻アンテナ受けの座板である可能性もありそう。

・以前よりかさぱのす氏との間で話題になっていたことの一つが、主砲基部脇、オリジナルのBT-7砲塔面に付いている左右3つずつの尖頭リベット(いわゆる「ザクのショルダースパイク・リベット」……どこの“いわゆる”だよ)である。

これはオリジナルのBT-7の防盾外側カバーを付けていた左右3箇所ずつのボルト穴の名残りなのではないか、と推察したのだが、ご存知のようにBTやT-26の防盾はやや右にオフセットされているため、カバーを止めるボルト位置は左右でやや異なる。それにしてはBT-42の尖頭リベットは左右対称にあるっぽいし、では主砲用張り出しが中央にあると見せかけて、実は右に寄っていたりするのか? ……などと話していたのである。

が、タミヤのキットで確認すると、微妙に右ボルトが外側に寄っている! 改めて実車写真を見ると、確かに僅かに位置が違うように見える(なぜ今まで気付かなかった!?)。というわけで、「位置が左右で違うらしいこと」「やはりオリジナルの防盾カバー止め跡らしいこと」「やはり主砲は中心線上だったこと」がまとめてキットで確認できた。すっきり。

・車外装備品は多くがフィンランド独自のものに置き換わっているが、車体左側部に付く箱状のもの(パーツS5)はただの工具箱ではなく、鋼板で新たに作られた車体張り出し部で、側面装甲とは溶接で継がれている。おそらく実車はこの箱の前後でフェンダーが切れているのではと思う。

これについては、大口径榴弾砲搭載に伴い、戦闘室の容積を稼ぐためにはじき出された何かで、燃料タンクあたりかと以前から想像していたのだが、キットの説明書にはバッテリーボックスとあった。へー。

・砲塔上面ハッチの砲塔側の受けは、キットのモールドでは左右同じ形の角状になっているが、実車は左側はハッチ固定用の爪が掛かるように、少し前側に張り出しがある。キット同梱の資料写真リーフレット、表の下から2段目左端の写真参照。ヒンジ自体、オリジナルのBT-7/1937年型から持ってきているようで、ここはオリジナルも同じ。

・ラジエータ上の通風孔(パーツE5、E8)には内部にシャッターがあり、その操作つまみが付いている。キットの写真リーフレット、裏面中左を参照のこと。開口部が3面あるのに合わせ、つまみは後部に2つ、前部は外側のみに1つ。さすがにこう小さいとエッチングだな、と、既存のBT用エッチングをいくつか見たが入っておらず、それもそのはずでBT-42独自の追加装備だった。芸が細かすぎるぜフィンランド人。

問題は、戦時中の車輌ですでにこれが付いていたかどうかだが、珍しくフィンランド側撮影の鮮明な、1943年撮影のグリーン一色塗装の写真(R-705号車)でなんとか確認できる(しかしヴィープリ戦の撃破車輌では写っていなかったり、そもそもこの部分が破損してなくなっていたりで全滅)。

あまり中身はないが長くなったので次回に続く。

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