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シマウタ

●いろいろと行き詰る。

●先週金曜日。歯車メーカーに行って歯車の話を聞く。

一仕事終わって、秋葉原経由で麻布十番の事務所へ。秋葉原のVOLKSでドラゴンの新製品III号戦車F型とブロンコのKfz.14が2.5割引で売られていた。どちらも欲しいキットだが昨今のフトコロ事情ではいきなり2つ買うわけにも行かず、さてどちらを買おうか、Kfz.14はhobbyeasyから通販したほうがよいだろうか、III号F型はいずれE型も出るとするとそちらのほうがいいなあ、などと悩んだ末に、結局どちらでもなく本を買う。何をしとるんだ私は。

もっとも買った本というのも「世界の傑作機:ヤコヴレフ戦闘機」。出ていたのは知っていたのだがなぜか身近な本屋で見掛けず、この日が初見。“ヤッケ”のまとまった資料というとこれまで手元にin actionしかなく、しかも今回のコレは、単にヨコのものをタテにしたのでなくあれこれ資料を比較しつつ独自の考察も入っていて読み応えがあった。しかし一部のキャプションはほとんど本文の繰り返しだったり、明らかな変換ミスが放置されていたり、編集はちょっと心もとない。

麻布十番の事務所では情報紙の発送作業。後輩Mが急用で出てしまっていたので、一人で侘しく内職仕事。終わって帰宅途中に後輩Mより電話で作業のミスを指摘され、結局終電近くで事務所に戻りやり直し。そのまま事務所で夜明かし。何をしとるんだ私は。

●麻布十番のたい焼き屋「浪花屋」のおっちゃんが亡くなった由。近頃はほとんど店で見掛けることもなくなっていたが、事務所が麻布十番に越して浪花屋に行き始めた頃はおっちゃん自身が焼いていることも多かったように記憶している。

●日曜日、川崎の実家に、叔父が来るので島唄を歌いに来いと呼ばれる。

ヒット曲の題名になったおかげで島唄(シマウタ)というと沖縄民謡のように思う人が多いのかもしれないが、もともとは奄美民謡を指す言い方で、沖縄民謡を島唄と呼ぶのは比較的近年のことらしい(もちろん、奄美以外でもどこかの島の民謡を昔からシマウタと呼んできた、なんてのもあるかもしれないが)。父母が奄美出身の私にとっては、島唄はやはり奄美民謡のイメージである。

もともと奄美の人は集まれば酒を飲み、酒を飲めば誰かが三線を持ち出して歌が始まるというふうで、しかも母方の祖父が「シマ一番のウタシャ(歌い手)」と(一部では)呼ばれるほどだったので、私も子供の頃は親戚が集まる席などでよく聞いた。もっとも爺さん婆さん世代が次々に亡くなって、最近はそんな機会もめっきり減った。

私自身、爺さん婆さん世代に島唄を習ったというわけではなく、CD等で聞きかじって我流に歌っているだけ。血筋はシマンチュー(島の人間)でも、生まれも育ちもヤマト(日本)なので言葉も翻訳が付かなければ判らない部分が多く、はっきり言って英語の歌を歌っているのとそう変わりはない。もっとも何年か前に奄美で親戚の小父さんに1、2時間の“特訓”を受けたことはある(笑)。

そんな具合なので、「口開けの唄」「場を清める唄」などと言われる定番オープニング曲の「アサバナー(朝花)」を歌って、あと2、3曲歌うとレパートリーが尽きてしまうし、そもそも三線は弾けないのでアカペラで歌うしかないという情けないウタシャなのだが、それでも島唄があれば島の人間が集まって飲んでいる感が高まるし、他に歌える人もいないので(父母も歌えない)デリバリーサービスを頼まれた次第。妻子は他に用事もあるので一人で出かけたが、もし一緒に行っても意味の判らない歌を声を裏返して歌っているのを聞いてげっそりする可能性は大。こうして島唄は滅びていくのかしれん。

とはいえ、元ちとせのヒット以来、日本の流行曲でも高い音程で歌い出して裏声を多用する島唄特有の歌い方がなんだかじわじわ浸透してきた気がして、密かにほくそえんでいたりもする。

ちなみに奄美の島唄は、島の北東部で歌われるカサンウタと南西部のヒギャウタとに大別され、同じ曲であっても歌い方も歌詞も違う。カサンウタとは「笠利(奄美北部の地名)唄」、ヒギャウタは「東唄」の意である由だが、笠利唄はいいとして、なぜ島の南西部の歌が東唄なのかは謎。さらに細かく言うと、山がちな奄美大島では集落ごとの交通の便が悪かったこともあって、カサンウタ、ヒギャウタの中でも集落ごとに違いがあるのだそうな。

というわけで、祖父が「シマ一番のウタシャ」と言ったが、これは全島一の歌い手であったということではなく、せいぜい村一番くらいの意味しかない。なんてったって、他の村では歌詞も歌い方も違うのだから、ランキングの対象外なのだ。先に題名をあげた「アサバナー」の合いの手に「シマヌイチバン、ムライチバンヨー」という一節があるが、まさに「シマ一番イコール村一番」なのである。そもそもシマという言葉自体、奄美大島を指すというよりは、住んでいる周辺の地域、くらいの意味で使われることが多い。

さらに言えば、同じ集落出身でレコードも吹き込んで島唄の第一人者とも呼ばれた故・南政五郎氏という重鎮もいたので、我が祖父の「シマ一番」は一部の親戚の身贔屓半分と言うところ臭い。しょぼっ(笑)。

私の父母は奄美大島の北端の佐仁という集落の出身なので、我が親戚一同の島唄はカサンウタ系。元ちとせや中孝介はヒギャウタなので、元ちとせの昔の島唄のCDなど聴くと、知っている歌でもずいぶん歌い方が違っていて面白い。

●そんなこんなで日々バタバタしている上に仕事も煮詰まっているので、模型は全然進まず。静岡危機!

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かば◎の迂闊な日々」カテゴリの記事

コメント

最近ちょっとしたきっかけで蘇鉄の実を木から掴み放題しましたが、そのさい、ちょっと痛い思いをして、
何故か手がかぶれました・・・何かに噛まれた?

島唄といえばちょっと方向違いますが
田端義男の歌手生活70年記念CD買いました。
90歳のバタヤントークが入ってて
最近吹き込んだ「花」とか「涙そうそう」とか痺れました。

前回は名前書き忘れてごめんなさい・・・

投稿: みやまえ@ハタキとインコ | 2010年5月13日 (木) 22時18分

バタヤンといえば、やはり「赤い蘇鉄の~」ですなぁ。

それにしても蘇鉄の実の掴み放題とは……。
真っ赤なアレをざくざくと?

毒があるので、食べるなら粉にして充分水にさらして……って、今時あれを食う人はいないかな(笑)。

もう何年も前、奄美大島に行った時に「あやまる岬」という海っぺたの公園でデカい蘇鉄が生い茂っていて、あの実が詰まっているアタマの部分を覗いたら、実と一緒にうじゃうじゃ虫がいました。

ってことで、“何かいた”可能性もあるかもしれませんが、蘇鉄自体もかぶれることがあるらしいですよ。

ちなみに我が家にも蘇鉄が一鉢あるのですが、もうかれこれ10年か、あるいはそれ以上前、何かのイベントで、その頃は手のひらに乗るくらいの小さな株を貰ったのがいつの間にかでかくなって、しかも植え替えた鉢の下の穴から地面にがっちり根を張ってしまい、移動できなくなってしまいました。

あまり日当たりもよくない玄関の脇にあるので植え替えたいのですが、どうにもならずに困ってます。……鉢を叩き割って下の地面ごと掘り返すしかないのかなあ。

投稿: かば◎ | 2010年5月14日 (金) 02時12分

大きくなったということは、そこが気に入ったのではないかしら>蘇鉄

つかみ取りさせられたのは、かあちゃんがいっぱい欲しいから取ってくれってわたしに頼んだのですよ。>服のボタンにしたかったらしいです。
わたしの掴みッぷりに不満だったかあちゃんは自ら欲張りばあさんになって掴み取ってましたが
かぶれませんでした・・・

投稿: みやまえ | 2010年5月14日 (金) 21時49分

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