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2010年5月

ムカデ捕獲記

●水曜日、神保町の事務所に出掛け、帰りに秋葉原イエローサブマリンに寄る。KORA製。1:48の中国空軍ヘンシェルHs123用デカールを買うが、肝心のキットはそもそも押し入れのどこにあるやら。

同じくKORAの1:72デカール、ユーゴスラビア空軍サボイア・マルケッティSM79用も惹かれたのだが、よく考えてみれば使う相手であるSM79の初期型は買ってもいなかった。

●帰宅後、自室でPCに向かっていると、視線の向かう右手の方で何やら動くものあり。よくよく見ると、LANケーブル上をムカデが這っていた。5cmほどの中クラス。慌てて捕獲しようとしたが、コード類があれこれ下がっている中、しかもケーブル上にいるのでは何かを被せることも叩くこともできず、手直にあった箱のフタに追い落とそうとしているうちに落下して逃げられてしまった。

雑多に物が積み重なっている私の部屋の中では追跡は不可能で、これから一夏、いつ何のはずみで噛まれるか怯えながら、この節足動物多足類と同居しないといけないのかと考えるとげっそりしたが、しばらくしたら、今度は私の座っている左側の模型の箱の山の上(に重なった本の上)に出現した。

手早く箱のフタの縁で押さえたが、今度は、その箱のフタを浮かしたら逃げてしまうだろうし、お互い身動きできないまま数分睨み合う羽目になった。結局、フタで押さえたままもう片方の手を伸ばしてピンセットを取り、これで改めて押さえつけた後、アクリルの箱の中に幽閉して決着。現在判決待ち。

●神保町に出掛けた際にコンビニで今季の変り種ペプシ、「ペプシバオバブ」を買って飲む。

そもそもバオバブって、食ったり飲んだりできるものなのか? 実を食うのか? 葉を煎じるのか? ……と思ったら、実も若葉も食うんだそうだ。

もっともバオバブの味を知っている人間が日本にそれほどいるとも思えず、味についてはやりたい放題なんじゃないかと思ったが、実際製品にもバオバブのエキスが入っていたりなどするわけでなく、製造元のサントリーのリリースを見ると、「バオバブをモチーフにした」とか「バオバブの実の味をイメージ」とか書かれている。微妙な表現だなあ。

肝心の味は、個人的な好みで言えば昨年の「あずき」よりずっとマシで、「これならもう一度飲んでもいいかな」と思えるものだったが、とはいえ「どうしてももう一度飲みたい」というほどでもなかった。もっとも、この一連のシリーズについて、とあるインタビューで担当者は「2本目を買ってもらうことは期待していない」と語っていた由。

一発芸かよ!

なお、今日は逗子のコンビニでやはり新発売の「グリーンコーラ」を買って飲んだ。普通にイメージするコーラと、ガラナあたりとをちょっと合わせたような感じで、こちらはかなり好み。消え去らないことを祈ろう。

P1000025 ●本日木曜日は家で仕事をしたりしなかったり。午後に散歩に出たが、我が家の玄関を守るシーサーの片方が、シャボン玉用の吹き口か何かを咥えさせられて、ラッパを吹く大天使ガブリエルみたいになっていた。春先に菜の花を咥えさせられていたのもコイツだが、どうも犯人は両方かみさんらしい。

なお、散歩に行った先の逗子海岸の波打ち際で、哀れ昇天して打ち上げられたハコフグを目撃(ツノのないやつ)。

●N女史と電話で仕事の打ち合わせをし、その余談で、日米の研究者が蝶型の羽ばたき模型飛行機を製作した、という話を教わる。

「チョウの飛行の生体力学を理解する」目的である由だが、そもそも蝶のヒラヒラした飛び方はエネルギー消費的には非効率的で、にもかかわらずそのように進化したのには、相応の理由があるはず、とのこと。

言われてみれば、胴体がほぼ同じ大きさのハチなどと比べると数十倍の面積の羽がなぜ必要なのかというのは確かに謎だ。

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神保町シーズン始まる。

●月曜日、打ち合わせで神保町へ。また今年も“季節労働”の始まりで、来週あたりからはほぼ毎日、神保町に通うことになる。C社長の采配のもと、K女史、P女史と今後の割り振り。I君がトンヅラこいたので(笑)、今年は3人チーム。

●久しぶりに通称「さる」こと猿之亟で食べたい!と、打ち合わせ後4人で夕食に出る。何品か肴に酒を飲み、最後に本命の塩ラーメン。ほっとする味の澄んだスープに心が洗われるようだあ、などと言いつつ食い過ぎで苦しくなる。阿呆である。

2人して腹が苦しいと呻きつつ、C社長と連れ立って帰る。

●donjiさんから来月末に“週末生春巻隊”off(ただし生春巻抜き)のお誘い。楽しみ。

●前回の「謎の骨」、正体が判ってしまえばいくらでも情報はあるもので、ちゃんと泳ぐ姿の動画もあった。

今の世の中、名前が判ればwebで一通りのことが調べられるが、やはり「姿は判るが名前が判らない」ものは調べにくい。生き物系の図鑑サイトは、それぞれ「色から調べる」「大きさから調べる」「形の特徴から調べる」など、形を一度言葉に置き換える工夫を凝らしていたりするものの、やはり単に言葉から言葉を調べるものに比べると“ヒット率”は低い。画像でダイレクトに検索できる仕組みなどがweb上で簡単に出来たりなどすると面白いがいろいろ難しそうだ。

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謎の「骨」

Hone_front  ●かみさんが小物入れか何かを片付けていて出てきた、何かの骨のようなもの。前後のツノの部分を除き、本体部分の長さで約5cm。

Hone_side何年も前に海で拾って、あまりに謎な形状なので持ち帰って、そのまま仕舞い込んであったもの。

その「海」も、息子は「オレが逗子の浜で拾ったんだと思う」と言っていて、私もボンヤリそんなふうに記憶しているのだが、かみさんは「奄美の海じゃなかったっけ」と言っていて、どうもあやふや。

Hone_back いずれにせよ、何かの海洋生物の骨格ではないかと思うのだが(内骨格か外骨格かはともかく)、一応ほぼ左右対称形で前後に1対ずつツノが生えている。頭のように見えるが、顎や、顎に繋がるような部分はないので頭骨でないことは確か。

表面はヘビのウロコのような模様があり、本来柔らかかったものが干からびてこんな形になった可能性も無きにしも非ず。といっても、これをふっくらさせてみたところで、そんな形のイキモノはどうも思い付かない。

Hone_top それにしても妙に怪獣っぽいというか悪魔っぽいというか、中世ヨーロッパでこんなもんを持ち歩いていたらたちまち火あぶりにされそうな。

というわけで、心当たりのある方はぜひごコメントを。

**************

追記:お尋ね記事を立てておいて数時間しか経っていないが、なんと自己解決してしまった。何となく、ハコフグっていうのはこんなシルエットだよな、などと思って「ハコフグ」で画像検索していたら、正体に行き当たった。

コンゴウフグというハコフグの一種で、骨ではなく、硬い体表がそのまま乾燥してしまったものらしい。

軽くて薄いもののカチカチで骨っぽいし、妙に立派で頑丈なツノが前だけでなく後にも生えているし、いくら全体形が魚っぽくてもそれらしい関節がないから魚じゃないだろう、と考えたのだが、なんと外形そのままだったとは。目のように見えるところがそのまま目、口のようなところがそのまま口だったわけだ。

どうも振るとカラカラ音がすると思ったが、要するに本来の骨が中で転がっているらしい。

ハコフグの仲間は体表が骨盤化して甲羅のようになっていて、食べるときも甲羅を器のようにして(お腹側をフタにして)中に味噌を入れて焼いたりするそうな。

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ひねもすのたり。

●土曜日。娘とチビ助と3人で大船のBOOKOFFへ行く。暑くて帰りにどこかで一休みしたかったが、どの店も満席で入れず。鎌倉で小町団子を買って帰る。

●日曜日。しとしと雨。donjiさんから借りたBeatlesを聴く。

●mixiにある「サンシャイン牧場」という中国製アプリで、他人の牧場にいって動物を脅かすと出る(動物がフキダシで喋る)コメント。

「先ほど誰かは驚かさせたの?酷すぎますよ!」

「驚かされると病気になり、それでもしますか?」

かつてのドラゴンの塗装指定「フヤ消レブラソワ」を思い出させておかしい。もっとも、こういうのを見るとすぐに「これだから中国製は云々」と鬼の首でも取ったように言いたがる輩もいるが、どうもあれは大人気ないというかみっともない。

まあ、たまに海外のサイトに書き込む自分の英語のコメントもこんなもんなんだろうな、と思ったりもする。

Ninjin ●もし静岡に行けたら、かさぱのす氏のサルミアッキへの有力対抗馬としてぶつけてやろうと思った高麗人参飴だが、実は2袋あったものをほとんど自分で食べてしまい、数個しか残っていなかったので、もし静岡に行けたとしても威力不足であった。

これでは近々OFF会などあったとしてもそれまでもたないなと思っていたのだが(何がしたいんだ私は)、知人からまた2袋頂いた。

……いや、だから高麗人参フェチなんじゃないって! 高麗人参ガムは好きだけど、飴はそんなに好きじゃないって!(嫌いでもないけれど)

写真の左が新しく頂いた2袋で、右が以前のもの。古いほうは「高麗紅蔘ビタミン・ケンディ(キャンディ)」、新しいほうは「秀紅蔘サラン・ケンディ」で銘柄が違う。味はまあ、どっちもどっち?

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遥かなる静岡

●県の公式キャッチフレーズ。

「未来への挑戦・あふれる活力・輝く静岡」

……文化祭かよ! (by ラーメンズ)

などと負け惜しみで毒づいてみたり。

●結局、「今年こそは」とあれほど言いつつ、某サークルに参加表明までしたにも関わらず、静岡ホビーショー/モデラーズクラブ合同展には今年も行かず。まるっきり狼少年状態。

特に今年は、

  • タミヤがいきなり発表した新製品、BT-7のテストショットをブースで直に確認する。
  • 日本AFV界のベテルギウス、某腹丁先生の腹の膨張具合を確認する。
  • 前回書き込みへのKWAT氏のコメントにもある「しずおかコーラ」を試す。
  • かさぱのす氏がもしも来た場合サルミアッキを持ってくるであろうから、高麗人参飴で対抗する。

などなどの課題もあり、参加できなかったことは誠に残念であった。ちなみに「しずおかコーラ」に関しては、KWAT氏のコメント以前に私自身もニュースを見て気になっていたもの。とはいえ、このコーラを出している木村飲料なる会社の他の製品、「辛口わさびらむね」と「大辛カレーラムネ」は以前に飲んだことがあるが、その両方とも、はっきり言って、発案者であるという社長を呼んで小一時間問い詰めたくなるような味であった。

なお不参加の直接の理由は直前までの仕事がどうにもうまく片付かずグズグズになってしまったからだが、しかし以前ならどうにかやりくりを付けていただろうに、いや仮に終わらなくても何か言い訳を考えて静岡に走っていただろう(それはそれで大いに問題だが)と思うと、どうにも自分に腹が立つ。

もっとも直前のバタバタで作品の塗装も未完だったし、また我が家の場合ずいぶん前から私には決まった小遣いというものがなく、出費はかみさんにいちいち申請せねばならず、それもまた面倒というか悔しかったりするのだった。

●そんなこんなで、最終的に静岡行きを諦めた日曜日午前中、失意のあまり仕事も手に付かずボーっとしていると(結局仕事しないなら行っても同じなわけだが)携帯が鳴り、見ると、はほちん氏よりの着信であった。

「今どこよ?」

と言うので事情を話して謝罪す。途中で激しく久しぶりのばお氏に代わって同じ話をする。

ちなみに模型関係の友人の多くは、かつてのnifty模型フォーラム繋がりなので、皆HNを持っており、私の携帯にはその名で登録されている。は行なんて、いきなり「はほちん」「はるとまん」「ばお」と並んでいるので人外魔境(もっとも“ばお”氏は小学校時代の綽名だ)。

●静岡に行く代わり、逆方向の都心へ。週末、麻布十番の事務所に行く。途中、mixiのtwitterもどきの伝言板で、P女史が「ギトギト油ギッシュなラーメンが食べたい」と言っていたのを思い出して自分でも食べたくなり、大門の「福気」に寄る。

ラーメンマニアではないので○○系といった系統や分類は判らないのだが、この店は結構こってりしたとんこつ醤油。

●週末が過ぎてしまうと、今度は急に仕事も途切れてしまい(それはそれで収入的にヤバイが)、ますます静岡に行けなかったことが悔しい。

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静岡へ静岡へと草木もなびいておりますが。

●仕事が終わらず錯乱中。オレに空港について何を語れと?

●「今年こそは静岡に」計画をずいぶん前から標榜していたにも関わらず、土曜の晩に都内での仕事が入ってしまった。というわけで2日フル出動は無理で、日曜だけでも日帰りで行こうかと計画を縮小しつつなお画策中。某先生の腹もチェックしないといかんしな。

模型の仕上げなんぞやってられーん。というわけで、ここ1年、いつになくマジメに模型製作に勤しんでいたくせに持っていける完成品がない。……って、あれこれ次々に別のものにお手付きしているからいけないのだけれど。

●以前に書いたスパムコメント問題について。ココログは「スパム庫」に溜まったコメントは自動的に30日で削除されていく設定になっているのだが、特定記事への膨大なスパム投稿がピタッと止まってから30日以上が経過したため、1万数千件あったスパムがみるみる減って、その後もポチポチ来るものを除いてほとんど消え去ってくれた。すっきし。

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シマウタ

●いろいろと行き詰る。

●先週金曜日。歯車メーカーに行って歯車の話を聞く。

一仕事終わって、秋葉原経由で麻布十番の事務所へ。秋葉原のVOLKSでドラゴンの新製品III号戦車F型とブロンコのKfz.14が2.5割引で売られていた。どちらも欲しいキットだが昨今のフトコロ事情ではいきなり2つ買うわけにも行かず、さてどちらを買おうか、Kfz.14はhobbyeasyから通販したほうがよいだろうか、III号F型はいずれE型も出るとするとそちらのほうがいいなあ、などと悩んだ末に、結局どちらでもなく本を買う。何をしとるんだ私は。

もっとも買った本というのも「世界の傑作機:ヤコヴレフ戦闘機」。出ていたのは知っていたのだがなぜか身近な本屋で見掛けず、この日が初見。“ヤッケ”のまとまった資料というとこれまで手元にin actionしかなく、しかも今回のコレは、単にヨコのものをタテにしたのでなくあれこれ資料を比較しつつ独自の考察も入っていて読み応えがあった。しかし一部のキャプションはほとんど本文の繰り返しだったり、明らかな変換ミスが放置されていたり、編集はちょっと心もとない。

麻布十番の事務所では情報紙の発送作業。後輩Mが急用で出てしまっていたので、一人で侘しく内職仕事。終わって帰宅途中に後輩Mより電話で作業のミスを指摘され、結局終電近くで事務所に戻りやり直し。そのまま事務所で夜明かし。何をしとるんだ私は。

●麻布十番のたい焼き屋「浪花屋」のおっちゃんが亡くなった由。近頃はほとんど店で見掛けることもなくなっていたが、事務所が麻布十番に越して浪花屋に行き始めた頃はおっちゃん自身が焼いていることも多かったように記憶している。

●日曜日、川崎の実家に、叔父が来るので島唄を歌いに来いと呼ばれる。

ヒット曲の題名になったおかげで島唄(シマウタ)というと沖縄民謡のように思う人が多いのかもしれないが、もともとは奄美民謡を指す言い方で、沖縄民謡を島唄と呼ぶのは比較的近年のことらしい(もちろん、奄美以外でもどこかの島の民謡を昔からシマウタと呼んできた、なんてのもあるかもしれないが)。父母が奄美出身の私にとっては、島唄はやはり奄美民謡のイメージである。

もともと奄美の人は集まれば酒を飲み、酒を飲めば誰かが三線を持ち出して歌が始まるというふうで、しかも母方の祖父が「シマ一番のウタシャ(歌い手)」と(一部では)呼ばれるほどだったので、私も子供の頃は親戚が集まる席などでよく聞いた。もっとも爺さん婆さん世代が次々に亡くなって、最近はそんな機会もめっきり減った。

私自身、爺さん婆さん世代に島唄を習ったというわけではなく、CD等で聞きかじって我流に歌っているだけ。血筋はシマンチュー(島の人間)でも、生まれも育ちもヤマト(日本)なので言葉も翻訳が付かなければ判らない部分が多く、はっきり言って英語の歌を歌っているのとそう変わりはない。もっとも何年か前に奄美で親戚の小父さんに1、2時間の“特訓”を受けたことはある(笑)。

そんな具合なので、「口開けの唄」「場を清める唄」などと言われる定番オープニング曲の「アサバナー(朝花)」を歌って、あと2、3曲歌うとレパートリーが尽きてしまうし、そもそも三線は弾けないのでアカペラで歌うしかないという情けないウタシャなのだが、それでも島唄があれば島の人間が集まって飲んでいる感が高まるし、他に歌える人もいないので(父母も歌えない)デリバリーサービスを頼まれた次第。妻子は他に用事もあるので一人で出かけたが、もし一緒に行っても意味の判らない歌を声を裏返して歌っているのを聞いてげっそりする可能性は大。こうして島唄は滅びていくのかしれん。

とはいえ、元ちとせのヒット以来、日本の流行曲でも高い音程で歌い出して裏声を多用する島唄特有の歌い方がなんだかじわじわ浸透してきた気がして、密かにほくそえんでいたりもする。

ちなみに奄美の島唄は、島の北東部で歌われるカサンウタと南西部のヒギャウタとに大別され、同じ曲であっても歌い方も歌詞も違う。カサンウタとは「笠利(奄美北部の地名)唄」、ヒギャウタは「東唄」の意である由だが、笠利唄はいいとして、なぜ島の南西部の歌が東唄なのかは謎。さらに細かく言うと、山がちな奄美大島では集落ごとの交通の便が悪かったこともあって、カサンウタ、ヒギャウタの中でも集落ごとに違いがあるのだそうな。

というわけで、祖父が「シマ一番のウタシャ」と言ったが、これは全島一の歌い手であったということではなく、せいぜい村一番くらいの意味しかない。なんてったって、他の村では歌詞も歌い方も違うのだから、ランキングの対象外なのだ。先に題名をあげた「アサバナー」の合いの手に「シマヌイチバン、ムライチバンヨー」という一節があるが、まさに「シマ一番イコール村一番」なのである。そもそもシマという言葉自体、奄美大島を指すというよりは、住んでいる周辺の地域、くらいの意味で使われることが多い。

さらに言えば、同じ集落出身でレコードも吹き込んで島唄の第一人者とも呼ばれた故・南政五郎氏という重鎮もいたので、我が祖父の「シマ一番」は一部の親戚の身贔屓半分と言うところ臭い。しょぼっ(笑)。

私の父母は奄美大島の北端の佐仁という集落の出身なので、我が親戚一同の島唄はカサンウタ系。元ちとせや中孝介はヒギャウタなので、元ちとせの昔の島唄のCDなど聴くと、知っている歌でもずいぶん歌い方が違っていて面白い。

●そんなこんなで日々バタバタしている上に仕事も煮詰まっているので、模型は全然進まず。静岡危機!

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薄幸のJSU-152(17)

Cimg1236b ●一応コイツも組立終了。Vanatorul de care R-35とコレ、どちらか塗り上がれば静岡に持って行くつもり。静岡前日にベソかきながら塗装なんてもうしません。大人だし。

●先日のアクシデントでなくなった燃料タンクベルトを再工作。

以前にも書いたように、フィンランド軍「薄幸のJSU」は予備燃料タンクそれ自体は失われているようだが、数少ない写真から判断すると、左側は1本?、右側は4本とも、装着ベルトだけはあるようだ。

実車の再塗装時の写真、および被撃破時の写真を参考に、ベルトはへろへろに取り付け。

●「薄幸のJSU」は上側が判る写真がなく、天井中央のロッドは有無が確認できない。

ただし、ほぼ同時に鹵獲した「1212号車」にはこの位置に留め具があり、一応、初期生産車でも通常位置にロッドを装着する仕様であったことが、戦後すぐの回収車の状態の写真から判る(現在パロラに展示してある同車では留め具も失われている)。

ロッド自体揃っていたかどうかは判らないものの、留め具だけ工作するのも面倒だし、なかったと積極的に言い切る理由もないのでそのままキットのパーツを取り付けた。

●さて、この「薄幸のJSU」が3色迷彩であることが判るのは再塗装作業中の1枚の写真だけで、それには戦闘室左後部しか写っていない。生きている状態の写真ではボンヤリ2色にしか見えないので、どう塗り分けるか悩ましい。

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Vanatorul de care再び。(20)

Cimg1219b ●前回の全体形には写っていなかった、ルノーR35用ジャッキ。

戦時中の写真で、どうもこれがはっきり写っている写真がなく、ディテールはいまいち。ソミュールのルノーR35の2両の実車のうち、短砲身装備型のほうはジャッキを載せているのだが、戦時中の写真のものと比べるとどうも細部が違う。

水差しのような珍妙な形で、横に突き出た“注ぎ口”部分にクランクハンドルを繋いでクルクル回すと上下するらしいことは判るが、どういう形にギアが納まっているのかは謎。

なお、オチキスH35系は一応同じジャッキを使っているようだが、クランクのハンドルは形が違っている。シャベルも違うようだし、どうもドイツのように工具の規格統一はされていないらしい。

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Vanatorul de care再び。(19)

●先日のアクシデントから多少は気を持ち直し、静岡に向けた工作を再開。

とにかくこのGW中に一つは塗装まで持ち込みたいと思い、(ようやく)Vatatorul de care R-35に最後の細部工作をして、塗装前の表面洗浄。「これでオシマイ」の踏ん切りに、現時点での状態を撮影した。

もっとも、いきなり直前になって仕事が切羽詰らないとは限らない。今年こそ行けるかなあ……。

Cimg1199b ●これまでの記事と多少重複するが、ランダムに考証の補遺と反省点など。

砲塔:ルーマニア軍使用車輌の砲塔の視察装置は、もともとのルーマニア輸入分にポーランド軍からの接収分も含め、確認できる限り全車がシュレティアン(というメーカー名なのか形式名なのか不明)式の双眼鏡タイプのもの。エレールの視察装置のパーツは穴の位置が高く、張り出し具合も実物と若干違うので上側にプラバンを貼って削り直したがちょっと工作が粗かった。

結局、Vanatorul de care R-35の通常型R35との外見上の違いは砲だけだが、以前にも書いたようにここがバッチリ判る写真は今のところ見当たらず、防盾形状は想像半分。しかし、防盾内部の砲架が判る写真はあり、防盾の穴やボルトの位置はそれから推理した。砲架については穴位置などが微妙に異なりBT/T-26あたりからの流用ではなさそう(セータ☆氏の考証に感謝)。右下に(定説とは異なり)同軸機銃用と思しき大穴がある。

車体前部:鋳造のノーズは、エレールのパーツでは左側の角度変化が一つ無視されている。かなり省略されている起動輪基部や、トランスミッション用カバー部(?)を含めちまちまいじった。

なお、ルーマニア軍装備車輌には見当たらないが、フランス軍車輌では車体前部上面に増加装甲(と言うにはだいぶ薄そうだが)を貼っているものもある。エレールのキットはうっすらとそのモールドがある(段差はなく筋とリベット表現だけ)。

ただ、車体側面板とフェンダー内側がそのままの厚みで一体パーツになっているのを放置して組んでしまったのは失策。そのぶんフェンダーが内側に食い込んでいるため、操縦手ハッチ下側がホーンに当たってきちんと開かない位置関係になってしまった。

Cimg1201b 足回り:エレールのキットは足回りの再現もあまりよくない。上部転輪位置と誘導輪位置を少しいじり、第1スプリングを太くし、起動輪にスクレーパーを付けた。ただし、転輪形状や、ボギープレート形状は未修正。

なお、ルーマニア軍装備車輌の誘導輪は、穴を薄板で塞いだタイプ。薄板の各4箇所のリベットは省略してしまった……。

履帯の交換オプションはいくつかあるが、カステンの可動式は軸穴も表現されていて精密感が高い。

また、シャーシ下部側面にいくつか埋め込みのボルト頭があるのだが、気付いたのが遅く表現していない。

Cimg1197b 車体上部:操縦手席左右のスリットは、ルーマニア軍車輌ではひさし状の張り出しのあるものとないものが混在している。作例は張り出しのないタイプとしたが、この部分の形状を表現するのに削ったり盛ったりを繰り返した結果、糸魚川市の地質もかくやと思えるほどの複雑な素材積層になってしまい、綺麗にスリットを切削できなかった(素材というよりはウデのせい)。なお、スリットを入れてみると、前面形状はなお微妙に違っていることが判る。

鋳造の車体上部の形状は、キットのものは側面形状も微妙に違う。本来はもう少しふっくらとしていて、下辺あたりに鋳造のパーティングラインがある。

Cimg1205b エンジンルーム上面のルーバー類は表現がお粗末だが、形状がだいぶ違う左の三角ルーバーだけ1から作り直した。

左後方のものは枠だけ追加したが、幅が広すぎた。なお、実物はこの左後方ルーバー部分だけ、基本車体のラインが前方に向けて一段削り込まれていて、ルーバーは地面と平行になっている。作例は未修正。まあ、このあたりの再現とか足回りの形状とかは、いずれタミヤのルノーR35が発売されるのを待とう(妄想的観測)。

右の大きなルーバー(ラジエーターグリル?)の前の隅には小さな丸いキャップ状のものがある。ラジエーターの水キャップではないかと想像。

なお、後期の生産型はルーバー周囲に防弾(?)リブがある。ルーマニア軍装備車輌でも、一部これを持つものがある。

車体後部:ここの鋳造パーツも、キットのものはラインがちょっと曖昧。

Cimg1203b

起動輪基部は、キットの状態では一段窪んだところに基部パーツを付けるようになっているが、実車ではむしろ土台は一段盛り上がっている。未修正。

よく見える予備転輪だけは少しだけ形をいじった。本来は他の転輪もいじるべきだが手を抜いた。

後部シャックルの小チェーンは、車体側との留めは省略してしまった。金属線を潰したチェーンは悪くない見栄えだが、斜めに掛かっていると平べったいのが目立つ気がしたため。

排気管とマフラーはいろいろいじったが、結局マフラー取り付け具やカバーの正確な取り付け方は判らず、適当な工作で済ませた。

装備品類:右側面の、後ろ半分がオープンの物入れになっている工具箱は前後が同じ高さのものと前半が高いものの2種がある。ルーマニア装備車輌はほぼ後者のようだ。

結局、ジャッキ台ホルダーの押さえ金具基部は、メガネをかけても目と指先が追い付かず工作を断念。

ジャッキ本体も工作しているが載せるかどうかは思案中。台があって本体もハンドルもないのは(本来ハンドルはジャッキ台の外側に付く)変だとは思うが、生きている実車写真でもそういう状態のものはあるし、変な形のジャッキ受け(フェンダー上の白い部分)を見せたい気もする。

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