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2009年12月

2009年回顧。

●私生活ではいろいろややこしいことなどもあったが、まあそれはそれで。

「河馬之巣」を再開。

  • といってもコンテンツの補修やら更新やらは、当初ちょこちょこやってその後はサボり気味。いかんねどうもね。
  • 結局はオマケの当ブログを書いてばかりだが、もともと旧「河馬之巣」も日記サイトのようなものだったから、あまり変わっていないのかも。
  • まあ来年はもそっと何とかしたいと思います。

●初夏からの神保町の事務所の仕事。

  • 半年強の間に事務所の隣のビル入り口の100円自販機で1回だけアタリが出た。
  • C社長は今年は一度も線路に転落しなかった。
  • 事務所内の「ホセ濃度一定の法則」など正体不明の法則を次々に打ち立てる。
  • 一緒に仕事をしたK女史に「ラーメンズ」を教わり、共に「不思議の国のニポン」に大ハマリする。
  • 代わりといっては何だがK女史に「もやしもん」を教えて大いにかもされてもらう。
  • 誰も会ったことがないP女史の姉について皆でトンデモな設定を次々に設ける。P女史のお姉さんごめんなさい。

●久々に模型を結構作る。

  • が、塗装まで終えた完成品、1つも無し! だめじゃん!
  • ただし春頃にペーパークラフトは(仕事がらみで)大量に作った。
  • まあ来年はもそっと何とかしたいと思います(こんなんばっかし)。

●大晦日から元旦に掛けては恒例の実家めぐり。というわけで皆様、よいお年を。

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薄幸のJSU-152(9)

●防盾基部は先述の通り、初期型では標準型よりちょっと「痩せた」感じではあるが、付け根上端部はもう少し角ばっていて、結局削るだけでは済まずパテ盛りをする。使ったのはラッカー系のホワイトパテ(MR HOBBY)だが、固まるのが遅いので、防盾の工作は小休止。

●前部フェンダーは、延長部を除いた上で、さらに4mmほど切り詰めた。写真では確認できないが、延長部も仕様としては本来はあったものと考え、取付用のビス孔を改めて開けた。

短縮すると車体側への取り付けベロがフェンダー本体より飛び出してしまうが、それはそういうものであるらしい(といっても、そのままでは長過ぎるかもしれない。もっとも、このベロの形状もあれこれあって、どういじればいいのか迷う)。

短縮は写真を見つつ目検討で行ったが、あとからドラゴンのキットと比較したら、ほぼ同じ長さになっていた。ただし、本体に仮合わせをしてみると、車体前端部や誘導輪との位置関係から、どうも短い感じがする。タミヤのキットは少し長っ鼻かもしれない。正確な寸法が判らないのでどちらが正しいと断言はできないが、ドラゴンと比較すると車体全体で4~5mm長く、特に前端部で差が大きい。

●燃料タンクステイの工作を始める。タミヤのパーツは、本来はタンクを締めるベルトの両端にあたるロッドと、その取付金具がステイにおとなしめにモールドしてある。タンクを載せるなら陰になるので目立たないが、生憎「薄幸のJSU」はタンクが失われ、ベルトだけ残っているので、ステイとベルトの接続部は一応それらしく表現する必要がある。といっても、今日のところはまだステイのパーツを切り離し整形しているだけ。

●青木氏が「流血の夏」を買い直したそうな。342-343ページだぞー。

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年末の光景。

●27日夜、近所の忘年会。義理の妹のところの家族も含め、町内の親しい数家族がI家に集まって飲み食いするというもので、ここ数年の恒例。

奥さん連中は丸テーブルで噂話に花を咲かせるというよりは鼻を鳴らすくらいの勢いで、ダンナ連中+うちの息子の5人は時折面子を入れ替えつつ麻雀をする。トップを走っていたのだがオーラスで義弟に大きなのを振り込んで2位転落。うがー。

●28日。麻布十番の事務所に出る。今年最後の出掛け仕事。行き掛けに秋葉原へ寄り、瞬着と真鍮線を仕入れる。ラジオ会館7階のYSにTechmodの1:48フリードリヒスハーフェンが入荷していたが、7000ナンボというお値段。円高ってどこの話!?

JSU-152のベンチレータ・カバーを作り直すのに、ロボットものの汎用ディテールアップ・パーツに各サイズの半球形が入っているものがあったような、と思ったのだがYSにはなかった……考えてみればキャラものは置いていない店なのだから当然か。

ボークスにもなかったが、そういえば下の通り沿いにキャラものの専門店があったなと思い出し、LAOXナントカ館へ。そんなようなパーツがあるにはあったが、思ったより小さかったので買わず。

●秋葉原からだったので日比谷線で六本木に出る。久しぶりに六本木交差点を通ったがアマンドが建物ごとなくなっていて驚いた。仮店舗の案内など出ていたので建て直した後に新装開店するのかもしれないけれど。

●事務所で、片付け好きの後輩Mに、下手したら10年以上手付かずで放り出してある私物の段ボール2箱を整理するよう申し渡される。片付ける時間はなかったので、次回までの執行猶予を貰う。確か、仕事を始めた頃から数年間分くらいの名刺ホルダーとかが入っていたはず。

●すでに忘年会ピークは過ぎてしまったらしく、帰りの電車(終電)もそれほど混んでいなかった。先週22日はひどいもので、終電の時刻に、品川駅では横須賀線も東海道線もホームへの階段がすでに大渋滞。もちろん電車もラッシュアワー並み。だいたい、それ以前に地下鉄大江戸線のホームで柱を相手に人生を語っているオジサンがいた時点である程度覚悟はしていたが、横須賀線の中もちょっと勘弁して欲しい状況だった。

体の向きを変えたとたんに女の子が前にずるずると“流れて”来たが、その子がぐんにゃりしている上に、「ふうぅ……」「むふぅ……」と息をついていて、これが朝なら周囲の人から痴漢と間違えられかねないが、その子の場合は明らかにまさに酒の上での臨界点を迎えつつある状態。幸い、大惨事に至る前に保土ヶ谷で降りてくれてほっとしたが、ついでにようやく床が見えるくらい空いた車内で、つい足元のところに、別の女の子が一人うずくまっていた。二重のトラップが仕掛けられていたとは(泣)。

友人らしき女の子がもう一人ついて介抱していて、酔っている方は「○○ちゃん、ごめんねぇ……迷惑かけちゃって……ふうふう」なんて言っていて、友人のほうは「ううん、大丈夫、ぜんぜん迷惑じゃないから」なんて答えているのだが、

いやいや、そこでメルトダウンなんかしたら、こっちは大迷惑だからっ!

なんとかその子も無事に次の駅で降りてくれた。

●年明け早々の締切仕事をたんまり抱えているので、全然区切りの気分無し。

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薄幸のJSU-152(8)

●いろいろと細かな工作中。

200912271608000b●防盾は現在こんな感じ。

キットの防盾はJSU-152の標準型としては鋳造表現のメリハリも効いていい感じなので、削るのは多少もったいなくもあるが、初期型として手を付け始めてしまった以上致し方無し。なお、キットの防盾は側面の上部にパーティングラインが入っているが、これはモスクワの中央軍事博物館等にある実車でもそうなので、標準型を作る際には活かしたい。

さて、初期型の工作としては、基本的には全体的に角を落とし、削った部分は接着剤を塗布して表面を荒らして鋳造表現を復活。ただし“うにょうにょ”した造形だけに、ある程度出来たと思っても角度を変えるとなんだか違って見えたりで、なお試行錯誤中。形が決まってから、先端ボルト4つの窪みを付けて、ボルトを復活させる予定。

防盾基部もリブを消してさらに削り中。キットの標準型に比べ、基本形自体もちょっと痩せている感じ。

●和歌山方面より、「給弾ハッチにL字金具がないJSUなぞ!」(大意)という毒電波が飛んできたので、悔し涙に暮れながら件の金具を作る(んなワケあるかい)。

追加する方は、例えばこのあたりを参考に。

エッチング・ソーがどこに行ったか判らないので、細い切り込みを入れるのに面倒な思いをしたが、考えてみると、今後増加燃料タンクステイのベルト固定具で、同様の工作を8つ分しないといけない。お手軽な方法を考えないと。

●青木氏の以前の指摘にもあったが、キットは前部フェンダーがちょっと長過ぎるようだ。tankmasterにあるこの写真を見る限り、戦闘室前端と第1ステイの間隔はキットのままでよく、そこから前が長い。タミヤが参考にしたらしい、モスクワ中央軍事博物館のJSU-152は、フェンダー前端が補修されていて別の形になっているので、それをオリジナルの状態に戻そうとして寸法を取り違えた可能性はある、と思う。

今回の工作ではどのみち前端の延長部は除去するので、ついでに多少切り詰めた。

●排気管後ろの整流板は、キットは結構かっちり綺麗なモールドだが、実車ではペラペラの薄板なので、キットのモールドを両側から削り込んで、多少ヨレた感じにした。いっそ削り取ってしまってプラペーパーや金属板などに替えてもいいのだが、プラペーパーではいじっている最中に取れてしまいそうだし、金属板は……瞬着が固まってしまって使用不能だったのでパス。ここが戦場なら即死!

●JS/JSUは誘導輪基部が一段窪んだようになっていて、そのため、車体前端が鋳造の車体の場合、シャーシ前面の形が上部で狭く、下部で広い。

パロラの車輌では、その段が下から4分の1くらいと、ずいぶん低い位置にある。これが初期型の共通形態だと面倒だなと思ったのだが、同時期にカレリアで撃破されたソ連軍車輌では普通の位置にあるようで、パロラのそれは、「まあこういうのもあったのか」という手合いのものであるらしい。結局、段差位置はキットのままで、ただしもう少しなだらかに繋がるよう少しだけ削った。なお、標準仕様の場合は、段差がどこにあろうと予備履帯に隠れてほとんど判らない。

●操縦手用バイザーは、スリット部中央に縦に金属線が溶接してある(例えばこの写真参照)。最初は博物館で、展示車輌にゴミなど突っ込まれないように付けてあるのかと思ったが、ちゃんと部隊使用中の実車写真でも付いていた。パロラの展示車輌にも、針金自体はないが溶接痕は残っており、初期型からすでに付いていたことが判る。

模型としては伸ばしランナーでも接着すれば終わりだが(12/29追記、タミヤのキットにはきちんとモールドしてあった!)、実車での存在理由は謎。操縦手が直接照準などしないだろうし、砲列を敷く時の車体の方向合わせ用?

まあ、現時点ではよく判らないので、マヌケな兵士が自走式巨大郵便ポストと間違えて手紙を差し入れたりしないための防止用としておく。

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薄幸のJSU-152(7)

●青木氏からあった、戦闘室側面の角の下にある、パッチ状の部分について。

青木氏によれば「フェンダーの底面(水平面)の板材を折り曲げて戦闘室へのノリシロとしている部分」とのことだが、現存車輌を見ても、どうもこの部分の処理にはいろいろありそう(と言うほど、まさにここをクローズアップしている写真などあまりないが)。

タミヤのキットは、どうやらモスクワ中央軍事博物館に館外展示されている実車を基本に設計されているらしく、この車輌では、キットのような大き目のベロが付いている。

「薄幸のJSU」や同日捕獲された「1212」号車はどうだったかというと、はっきり写っている写真はなく、その後1212号車は回収車輌に改造された際にフェンダーも改修されてしまったため、パロラの現存写真を見てもどうにもならない。ただし、「薄幸のJSU」の撃破時の写真を見ると、フェンダーは取れてしまっているが、前後と同じ高さでフェンダー取り付けの「のりしろ」痕が角部分に連続しているように見える。

というわけで、キットのパッチ状モールドは除去することにするが、このモールドだけを綺麗に削り取り、さらに通常ののりしろモールドと連続させて凸部を残すなど至難の技のように思えたので、結局、戦闘室横のフェンダーを全部切り取り、モールドを削り取ったあとでフェンダー丸ごと新たに作り直した。どのみち、シャックル装着具も作り直さないといけないし。

といっても、KVのフェンダーのように小リベットが打ってあったりもしないので、大掛かりな割にそれほど難しい工作ではない。フェンダー本体は0.5mm板で、のりしろのアングルはプラペーパー、外側折り返しは前後との連続性を考慮して0.3mm板の細切り。

●車体後面板下のヒンジに、ストッパーの小ブロックを付ける。これはどうということもなく、単に1mm板を極小の角切りにして付けるだけ。

ちなみにJSU-152のヒンジ形状には、比較的よく見られるもので3種あり、「薄幸のJSU」でもキットと同じ形状だったと思われるが、他に取付部ベロが三角形のもの、あるいは長円形の孔の開いているものなどがある。例えばキットに含まれる大きく「43」の数字が書かれた車輌は三角ヒンジだったりする(グランドパワー97/10、p126に写真あり)ので、個別の車輌を再現する際には注意が必要。

なお、この「43」号車の写真はベルリン市内で撮られたものとのキャプションが付いているが、左右とも後部フェンダーは取れ、タグロープも1本だけいい加減な積み方をし、背中に雑多な荷物を積み、履帯は左右フランジにリブが入って中央の模様もちょっと違うものも合わせて3種の履板を混ぜて履いているなど、なかなか題材として魅力的ではある。しかし、3種目の履板はアフターパーツでも出ていなかったかも。

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納まらない仕事納め。

●神保町の事務所が25日、仕事納め。さらに半年、神保町の事務所でやっていた仕事の元請某社(やはり神保町)より“反省会”を行う旨通達があり出掛ける。

●昼過ぎ、神保町着。打ち合わせテーブルに簡易コンロを据え、先日仕入れたアルマイトの大鍋を乗せ、真昼間からすでに打ち上げムード。買出しに行ったというC社長もほどなく帰り、K女史、P女史も到着して、ちゃんこの出汁で鶏鍋を煮始める。

●2時過ぎから某社に行き1時間ほど“反省会”。件の仕事の結果の“商品”の売れ行きが芳しくないとのことで、どこがどうだったんじゃないか、あそこはこうだったんじゃないか云々、なんとも締まらない話をあれこれ。

●“反省会”前にもお椀に1、2杯食べ、戻ってからは酒も飲みつつ、さらにきしめんまで入れてだらだらと食べる。

「名古屋の喫茶店でスパゲティミートソースを頼むと、きしめんに八丁味噌が掛かって出てくる」

と言ったところ、P女史が「美味しいですかっ?」と意気込んで聞く。……ナイーブ過ぎるよP女史。しかし実際、味噌を溶く出汁と具次第で結構美味いかもしれない。と言うより探せばありそうだ。

●「遅くなったけれど」と、K女史とP女史より誕生日のプレゼントを貰う。K女史より、小魚の佃煮だか味醂干しだかの携帯ストラップ……どうしろと!? P女史より高麗人参飴。ガムとキャラメルと飴で3種目制覇?

帰宅後食べてみたが、「ベタ甘の泥の味」であるガムとキャラメルに比べ、この飴はハッカ系で泥臭さは薄く、ちょっと新味がある。高麗人参の味にハッカ系の味が加わると、ちょっとコーラかドクペみたいな味。しかしその分、珍奇さは薄い。いや、そのほうが皆食べられていいのかもしれないけどさ。

●何となく食い足りたところで、仕事関係の人が新たに2人来るとのことで、さらに鶏肉など買い足して再び鍋一杯煮始める。

「何か、鍋って延々とだらしなく食っちゃいますよねぇ……」

「それだよ。それがいいんだよ。な? 鍋っていいだろう。いいよな」

と“事務所で鍋”の野望を叶えたC社長はご満悦。結局、午後から夜にかけてずっと鍋をつついていた。8時過ぎには「もう何も食べれん」状態になり、C社長とともに早々帰宅。

●しかし週明けには六本木の事務所で仕事があるし、個人的にはまだまだ仕事納マラズ、なのであった。

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薄幸のJSU-152(6)

●クリスマス・イブである。クリスマスと言えばサンタクロースで、サンタクロースと言えばフィンランド。従って、聖しこの夜、生臭物である戦車とはいえ、フィンランド軍JSUを製作するのは当然であると言えよう。いやまったく。

そういえば今夜の我が家の夕食は、塩鮭とおでんと牡蠣フライとキムチと味噌汁(要するに“ありものごはん”というヤツ)だった。今の今まで、チキンやケーキがなかったことに気が付かなかったよ……。

200912242332000b ●初期型のエンジンルーム上面板の“ベロ”はこんな感じ。これはパロラの車輌だけでなく、手すりは標準型だが防盾は初期仕様のミンスクの車輌も同様。おそらく、比較的初期に生産された車輌は5つボルト・切り欠き無し仕様であったものと思われる。

ただし、パロラの車輌に比べ、ミンスクの車輌はもっとフランジの上下幅が狭い。

ハッチが黄色いのは先述の「ヒンジ位置が違う」のを再現しようと一度ヒンジを削ぎ取って窪んでしまった表面を再生したため。実はその後、カレリア戦区で撃破されたソ連軍のJSU――つまりフィンランド軍が鹵獲した2輌の元“同僚”の後方からの写真では、同車のハッチヒンジは標準位置であり、さらに第4回への青木氏のコメントで指摘されているようにプロトタイプでも標準位置にあるとのことで、どうやらパロラの車輌が特別であるらしいことが判明。つまり余計な事をした名残り。

しかしパロラの車輌は後面板にヒンジを移したような痕跡もなく、また鹵獲時の写真を見てもハッチが壊れているようには見えないから、これはこれで当初からこの位置にあったと考えるのが自然で、いよいよ謎。

ハッチヒンジのシャフトは初期型では受け金具までの長さのようなので、その部分は切り詰め、ドリルで両端に穴を開けてある。

●上面のスプリングはあったのかどうかなお悩み中。ただしあったとしても、タミヤのキットのそれはハッチ本体に接続していないので、手を入れたほうがいいのは確か。

●戦闘室側面の継ぎ目下にあるモールドは、第4回への青木氏のコメントによればフェンダーのノリシロとのことなのだが、現存の各車を見てもなかなかしっかり写っている写真がなく、しかも僅かに写っているものの仕様がバラバラでどうしたらいいやら。

ちなみにパロラの車輌ではまったくこのノリシロは見当たらないが、フェンダー自体、全面的に作り直されている可能性があるので何とも言えないところ。ただし「薄幸のJSU」の撃破時の写真を見ると、ちょうどこの部分のフェンダーが取れているのだが、前後から繋がる普通のアングル材のノリシロ痕しか見えない。

この角部分だけのノリシロのない車輌ってのもあるんですかね>青木先生。

●ようやくJSUの“顔”である防盾を本格的にあれこれいじり始める。基部のほうの周囲にいくつか開いている小穴は、特に右側では中途半端に表に見えているものもあるのでどうやればうまく再現できるか思案中。

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薄幸のJSU-152(5)

200912232134000b ●車体後面板の工作。

上部の標準位置のアイボルト2つを、パロラの車輌の写真に従って左右に移設。先述のように、「流血の夏」に出ている「薄幸のJSU」実車写真では、「少なくとも中央寄りにはない」ことは確認できるが、左右にあるかどうかは断言できない状態。ただし、初期JS-2ではこの位置にあることから、JSUの初期型でもここにあったと考えるのが妥当。

さらに、当初見逃していたが、下部のアイボルトも、標準仕様に比べもっと下寄りにある。これはパロラの車輌だけでなく、「流血の夏」における「薄幸のJSU」の撃破後の写真でも確認可能。初期JS-2でもこの位置にあり、今後JS-2初期型を作る方は手を入れて吉なり。

パネル中央、2つの丸ハッチの間にあるアイボルトは、パロラの車輌ではリング付きだが、上記「薄幸のJSU」の写真ではリングは付いていない。

●それにしてもここ数日の、このJSUネタの連続更新。まるで模型サイトのようだ!

……って、一応そのつもりではあるんですが。

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薄幸のJSU-152(4)

●戦闘室周りの若干の追加考証。

●前回のハッチヒンジに関する書き込みに対し、青木氏より「ハッチのヒンジの絶対的な位置は同じで,むしろハッチ自体の位置が違う?」との推察コメントあり。

昨日、さっそくコメントへのresを書こうとしたら、長すぎたのかURLを混ぜたのがいけないのか、当ブログの持ち主であるにも関わらずスパム疑惑が掛けられてハネられてしまった。ココログめ!

いやいやいや。それにしても、この和歌山方面からの悪魔の囁きはどうしてくれよう。くわっ。

……などと一瞬浮き足立ったが、これに関しては、「やはりハッチは標準位置でよさそう」というのが私の現時点の評価。

まず、「ハッチのヒンジ位置が違う」というのに気付いたのは(明らかにハッチ本体上で位置が違うにも関わらず、そちらは見落としていた)、当初ハッチヒンジ位置に合わせて目分量で作った件のエンジンルームのフランジが、仮合わせしてみたらエンジンルーム上面板本体に比べ短めだったからで、やはりヒンジ位置そのものが初期型は標準型より若干外側にあるのはまず間違いなさそう、というのが1つ。

さらに上面側ハッチは、“SUOMALAISET PANSSARIVAUNUT”ほかを見ても(上面そのものをしっかり写した写真は見当たらないので正確なところはわからないが)、左辺が戦闘室上面パネル前端ボルト列の左から2番目の僅かに内側あたりに位置し、また同上面パネルの後端ボルト列は、この写真を見ても、標準型と変わらない位置・間隔であるように見えるというのが2つめ。

また、パロラの車輌では後面側ハッチは上面側に比べ、右辺が若干はみ出しているのだが、左辺はそうズレているように見えないので、これは単に実物のハッチの工作自体がいい加減である結果ではと思う。

●なお、第2回で言及した、戦闘室上面のキャップ状のもの(?)に対し、青木氏より「ハッチ開閉ヒンジのシャフト軸受けでは」とのコメントを貰っているが、これはたぶん別のものを見ている。

先の写真この写真にかろうじて写っているが、ハッチのすぐ横に出っ張っているのが軸受け、その左側、軸受けとアイボルトの間に写っているのが問題の謎キャップ。エンジンルームの点検ハッチ中央、およびエンジンルーム上面板後方左右、戦闘室左前隅にあるものと同じ、「丸に小さな角穴」のものと同じではないかと思う。

ただ、周囲の盛り上がりはその他の場所に比べ小さく、その点が、オリジナルではなくフィンランドが回収車に改造した際に付け加えたのではないかという疑いを抱かせる。

●その他戦闘室周りあれこれメモ。

・角ハッチのヒンジの軸は、標準型では軸受けから外側にだいぶ出っ張っているが、少なくともパロラの車輌では軸受けまでの長さしかない。これは1945年(終戦後)の写真ですでにそうなっており、最初からの仕様か?

・角ハッチの開閉補助スプリングは、1945年時点の写真でないように見える。最初からなかったのか、単に失われたのか不明。

・展示車輌では失われているが、1945年時点の写真では天井の標準位置にロッド(標桿?、キットパーツG21)の、留め具だけはちゃんと存在している。その両端に位置する、これに関係しているのかしていないのかよく判らない留め具(キットでは天井にモールド)は、少なくとも左側にはある。右側はなく、最初からなかったのか失われたのかは不明。

・ベンチレーターカバーはキットのパーツの標準仕様に対し、パロラの車輌では若干大きめのように見える。足部分に比べ開口部も小さい。これが初期型の特徴なのか、個体差なのかはよく判らない。

・2ヶ所の円形ハッチ周囲の盛り上がりが、パロラの車輌ではキットのようなしっかりした立ち上がりでなく、もっと斜めに削ぎ落ちている。

●一昨日は急ぎの仕事があったので、3個目の上部転輪を結局仕上げ切れず、昨日は忘年会だったので作業進まず。これでは安息日がなくなりそうだが別に私は戒律に縛られていないので良し。

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薄幸のJSU-152(3)

●長年モデラーをしているが、ここ数日ほど大量に伸ばしランナーを作ったことはないような気がする(穴埋め用)。しかし、最終的には「ああ、そういえば手すりが違うね」くらいしか外形上の目立った差異が無いというのがショボい。

●というわけで、そのまま作れば世話のない折角の新キットを、深くリサーチもせず珍しい初期生産型仕様に変えることにしたがゆえに、泥縄的あっちをつつき、こっちをつつき。短期集中連載化の感あるタミヤJSU-152の「フィンランド軍・薄幸のJSU化」の続き。

200912210025000 ●恐らく今回の工作で最も手間のかかる初期型上部転輪は、昨日までに2つ作り、現在3つ目を工作中。1日1個、3日で3個、3個作って2個壊……したりはしない。1週間で1両分出来て、ちゃんと安息日には休める計算で、仮に戒律の厳しいモデラーだったとしても安心だ。

●戦闘室後面板下部にある、6ヶ所がボルト止めされた板の、2ヶ所の三角の切り欠きを一度は埋めたが、パロラの車輌では幅自体も短く、結局削り取って作り直すことになりそう。

組立前なら簡単な作業だが、先述のように組んで車体前後を繋いだ後なのでえらく面倒。やれやれ。

初期型がこうであったと戦時中の写真では確認できないが、そもそもこんな部分をわざわざ作り直す必然性もないし、そもそもボルト位置が違う。標準型と同じ仕様であったら、左右に余分なボルト穴が露出しているはずだが、そんなものは確認できないので、当時からこの状態であったと判断できる。

なお、標準型の三角の切り欠きは、ハッチのヒンジに対応しているのは位置的に明らかなのだが、開閉に従って当たるような部分でもない。おそらく、この板自体はエンジンルーム上面板にくっついているフランジで、エンジン交換時など、上面板を取り外して吊上げた際、このフランジがヒンジ下部に当たるのを防ぐために切り欠きを設けることになったのではないかと思われる。

切り欠きがなくても後ろ上がりに斜めに吊り下げれば抜けるには抜けるが、わざわざそんな調整をするのも面倒だし、この切り欠きがあれば平行に上げても、後部のグリルの山形をクリアする高さまで上げられそうだ。

●と、フランジの長さを写真で検証していてもう一つ。

ハッチのヒンジの位置が標準型と初期型(パロラ)で違ーーーーーーーうっ!

それにしてもハッチの軸受けがハッチそのものの角に食い込んでるっていう作りの悪さは何なんだ?(初期型)

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はんがりあんヴェローチェ。

●昨日曜日。後輩YO君に誘われ、数年前のクリスマス・イブに急逝した後輩であり友人のビデオ・ジャーナリスト/TVディレクター、M君の家に(命日も近いので)線香をあげに行く。彼が好きだったと言う、母上の手作りカレーを昼食にご馳走になりつつ、ご両親と思い出話をあれこれ。

●帰りに秋葉原YSに寄り、JSUの手すり新造用にエバグリの0.75mmロッドを買う。本来はパイプなので真鍮パイプを使うべきかもしれないが、取り付け個所も多いし工作の容易さを優先。まあ端に穴くらい開けてやろう。

●JSU-152がらみで青木氏より教えてもらったサイトに、なんと先日「捜索依頼」を出したクビンカのハンガリー仕様・指揮車仕様のCV35の写真が出ていた。検索にも引っかからず、しかしこうしてあるところにはあったりするのでネットはコワイ。

●本日は午後イチで後楽園近くの某社に。帰り、小石川後楽園入り口脇を通る。考えてみれば、その昔水道橋(三崎町)に職場があったこともあるのに、小石川後楽園は一度も行ったことがない(ついでに言えば後楽園ゆうえんちにも行ったことがない)。

●N女史と飯田橋Beckersで打ち合わせ。自家製ジンジャーエール、というメニューに引かれて飲んでみたが、まあ普通のジンジャーエールだった。その後神保町の事務所に寄る。

●西尾維新「化物語」を読み進み中。文章のテンポが楽しい。ちなみにこの本は息子が高校の図書室で借りてきてくれたのだが、なんと「化物語」上巻に、間違えて続編の「偽物語」下巻という取り合わせで持ってきた。どうしろと!

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薄幸のJSU-152(2)

●タミヤの新キットをお手軽に組み立てるつもりが、フィンランドが鹵獲仕様した特定車輌がいろいろ細部の違う初期型で、いきなり冥府魔道。言ってみれば、定食屋のつもりで入ったらボッタクリバーだった、みたいな。

ただし、同じくフィンランド軍が鹵獲使用したT-34-85が183工場製の極初期型であったのと同様、デビュー当時のJSU-152の姿が判るという点で、考証の対象としては非常に面白い。いえ済みません負け惜しみです。

●いずれにせよ、こちらの見落とし多数を含めメモを公開してくれた青木氏に感謝。

▼足回り

・キットが再現している標準型に対して、初期型では誘導輪位置調整装置の取付角が違っているというのはまったく見落としていた。すでに接着してしまった後だったのでもぎ取って不要なモールドを削り取って再接着。ちなみにこの調整装置、いつ頃の生産型なのか不明だが、ミンスクの車輌ではやはり後ろ上がりだがパーツが細長く、後端がダンパーの上まである。どうも奥深い。

200912200107000 ・上部転輪はパロラの車輌では大穴のないタイプ。これはJS-2の初期型でもよく見られるもので、「薄幸のJSU-152」自体ははっきり判る写真がないが、おそらくこのタイプが使われていたと思われる。しかしそれにしても、防盾はなんだかんだ言っても1つだけだし、その他も大きな改造が必要な場所はないのだが、この上部転輪だけは(地味なくせに)厄介。奥まった部分の穴を綺麗に埋めるのはどうも至難の業のように思ったので、結局、裏から円盤部を削ぎとってプラバンで張り替えた。……結局これも異様に面倒な作業であることが判明したが後の祭り。これを6つもやるのかよっ!(もちろん裏側は穴を埋めるだけ)

・上部転輪基部が6つボルトであるか8つボルトであるかは現時点では不明。この写真を画像ソフトで明るくすると、どうも上側は3本組になっているような感じはするが、センターガイドが被ってしまいよく判らない。ただし、標準型にはある、ボルト間の“不要な穴”がないことは、こちらの写真を明るくしても判る(こっちもセンターガイドが被っている!)。

・パロラの車輌は最前部サスアームが丸型。初期のJSはどうだったっけ。

▼基本車体

・青木氏が言及している、パロラ現存の旧「1212」号車の車体前部上面に貼られている増加装甲は、切り欠き部がフィンランド製フェンダーステイの形状に合わせてあるようで、フィンランドでの改修と考えてよさそう。砲を撤去して軽くなった分、贅沢をしてみたか?

・機関室後部グリルの後ろに標準型では三角の小リブが3つある件は、キットではもともと省略してあるため没問題。ただし普通にJSU-152を作る際には追加したい部分。

・車体後面板の上端2ヶ所のアイボルトがない。パロラの車輌では、これよりずっと外側、キットのパーツではワイヤー掛けのモールドがある部分にアイボルトがある。初期のJS-2でも同じ配置であるため、当初からこの仕様であったものと思われる。「薄幸のJSU」でも、「流血の夏」の写真で少なくとも通常位置にアイボルトがないことだけは確認できる。なお、同写真では、標準型より内側にワイヤー掛けらしきものが見える。これも初期型JSと同様の配置か。

・ワイヤー用ターンバックル掛けは、青木氏の指摘のように、パロラの車輌では車体横にある。「薄幸のJSU」写真では判らないが、これは初期JSと同じで、当時からの仕様であったものと思われる。

・後部フォーメーションランプについても排気管後ろにあるのは初期JSと同様で、これも当時からの仕様であったものと思われる。

・円筒形電装部品(キットのパーツG40)が車体横にある点は、フィンランドの改装ではないかと思ったのだが、“SUOMALAISET PANSSARIVAUNUT”にある、鹵獲時の「1212」号車の写真で、この位置に突起らしきものが写っており、最初からここにあったらしい。しかし、ブザーのボタンではないかと言われるこの部品だが、仮にそうだとすると、増加燃料タンクを積んでいたら押せないのでは……。

・青木氏が言及している、車体後面下部に予備履帯を装着しているという点に関しては、「薄幸のJSU」の写真では判らなかった。初期JSでは、車体前部に付けていない場合はこちらにあるので、確かにそう言われればあって当然な気はするが、これはソ連軍車輌で確認できる写真が?>青木氏

▼戦闘室周り

・戦闘室後面下端にあるボルト止めの“ベロ”は、標準型では左側2ヶ所に三角の切り欠きがあるが、パロラの車輌には切り欠きはない。わざわざ作り直す必然性もなさそうで、当初からその仕様であった可能性は高い。パーツ状態なら修正は楽だったのに、もう車体上部繋いじゃったよ……。

・戦闘室側面の工具は、少なくとも右側面は標準と変わらない様子。撃破時の「薄幸のJSU」写真では右側面に工具は付いていないが、ツルハシ装着用の留め具は確認でき、さらに前方の毛布取付用?のベルトの残滓のようなものも見える。撃破時にはないが、“SUOMALAISET PANSSARIVAUNUT”p180に出ている鹵獲後の再塗装の際の写真では、右側面後部の「カマボコ箱(クリーニングロッドの頭用だったっけ?)」も、多少ひしゃげているがしっかり付いている。

・一方、左側面は、前方フェンダー上のシャックル留め具はあるが、カナテコとシャベルは付いていないように見える。少なくとも「1212」号車では、鹵獲時点でシャベルは留め具もない。

・パロラの車輌では、戦闘室上面後部、角ハッチの左にキャップ状のものが確認できる。1945年秋時点の写真ですでにあるのだが、当初からあったものかどうかは不明。

▼砲周り

・意外に、防盾基部は“湯流れリブ”がないタイプがそこそこ現存していることが判明。初期型らしい防盾を付けているものもある。

●前回の書き込みでは、「薄幸のJSU」について、「おそらくグリーンにブラウンの、境目のはっきりした2色迷彩」と書いたのだが、前記、“SUOMALAISET PANSSARIVAUNUT”の鹵獲後の再塗装の際の写真で見ると、どうやらフィンランド軍正規の3色迷彩に塗りなおされている様子。前線での写真では写り具合で2色に見えているだけらしい。これは「1944年夏に鹵獲されたソ連製車輌はソ連軍との識別のためにフィンランドの3色迷彩が施された」という“SUOMALAISET PANSSARIVAUNUT”の記述とも合う。その昔、「ひぽぽたまんデカール」を買ってくださった皆さん、いい加減な解説を付けてどうも済みません。

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薄幸のJSU-152。

●パソコン不調で呆然としつつ寄り道のそのまた寄り道で作り始めてしまったタミヤのJSU-152。

もともと、JSU-152を作るならド派手な多色迷彩の車輌を作りたいと前々から思っていたのだが、どうもアレは結構な人気アイテムのような気もするし、それよりも来年は静岡で「フィン空くらぶ」に参加すると大見得を切った手前、何かフィンランド・ネタに手を付け始めないといけないなあと思い始め、いきなり方針転換。パタパタ組めそうなタミヤの新キットだし、これをフィンランド陸軍車輌にしてやろう、と考える。一応2色迷彩だし。

……って、空モノじゃないぢゃん!

●ちなみに、フィンランド軍は、1944年夏のソ連軍の攻勢を迎え撃つ中、6月25日に2輌のJSU-152を鹵獲。1輌は砲を取り外して回収車輌に改装され、そしてもう1輌は整備の後に戦闘に投入されるのだが、4日後にはT-34-85に滅多撃ちにされて破壊されてしまった。何とも哀れな身の上の車輌である。

なお、回収車にされた方は戦争を生き延び、退役後に再び砲を付けた形に戻されて、こちらは現在パロラに展示されている。

●さて、フィンランド軍車輌にしようと考えた当初は、ただ説明書通りに組んでしまってハカリスティを付ければイケルような気でいたのだが、よくよく写真を見ると、どうも細部に差がある。

資料を見てもJSU-152は1944年から生産が始まったとあるだけで、何月からなのかはよく判らないが、どうもフィンランド軍が鹵獲したのは(つまりこの夏季攻勢に投入されたのは)、JSU-152の中でも最初期に生産されたものではないかと推測される。

これら初期生産型の特徴を(いくらか推測交じりだが)列記すると、

  • 戦闘室側面・後面、およびエンジンルーム左右の手すりは標準型の鉄棒を曲げたタイプではなく、“足”を溶接した上に長い鉄パイプを差し渡した、SU-152とほぼ同様の仕様。
  • エンジン点検ハッチの取っ手代わりのリング付きアイボルトは2つではなく左中央に1つだけ。これはパロラに現存する回収車から再改修された車輌で確認できる。
  • 車体前部は鋳造タイプ。ただし、予備履帯は装着しておらず取付具もない。前面中央に、標準型では戦闘室左前部にある何かのアタッチメント(タミヤのパーツではG24)。したがって戦闘室左前部はプレーン。
  • 防盾および基部砲耳カバーは、SU-152に似た特徴を持つ。防盾はSU-152と同じ可能性もあるが現時点では判断保留。ただし標準型に比べれば丸みが強く、駐退器カバー部上部左右が三角に出っ張っているのもSUと同じで、防盾左右のフックもない。砲耳カバーは、標準型では周囲に湯流れをよくする小リブが多数あるが、おそらく初期型にはない(パロラの展示車輌はだいぶ“魔改造”している上に、砲は退役後に改めて載せたものなので100%鵜呑みにはできないが、砲はオリジナルのものを保存してあった可能性は高いように思う)。

今のところの私の考証はこんなところ。他に何かありますかね青木先生。

●加えて、フィンランド軍の「薄幸のJSU-152」固有の仕様は

  • おそらくグリーンにブラウンの、境目のはっきりした2色迷彩。
  • 前照灯、予備燃料タンクは欠損。
  • フェンダー再前部の継ぎ足し部は無し。
  • 少なくとも左フェンダー最後部は“生きている”時から変形。
  • 戦闘室左右と前面に大きなハカリスティ。

200912182027000b そんなこんなで、おもむろに手すり用の穴を埋めたり、予備履帯のアタッチメントを削り落としたり、新たな手すり用の穴を開けたり。

なお、ハカリスティは以前、はるとまん氏と作った「ひぽぽたまんデカール」フィンランド用にちょうどこの車両用のものを含めてあったのでそれが使える。と思って取り出してみたら、当時作ったデカールの説明書にすでにいくつか仕様の特徴が解説してあった。すっかり忘れていましたよ私ゃ。

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PCトラブル(2)

●起き出して、まずPCの電源を入れてみる。怖々。……立ち上がらない。昨晩同様、「DELL」のロゴ画面で止まってしまい、ウンともスンとも。

DELLのサポートに電話する。出てきた中国系のおねーさんにあれこれと説明。昨晩のうろ覚えの知識同様、結局静電気が疑わしいらしく、しかしより本格的対処をということで、筐体カバーを開けて、マザーボードのボタン電池を抜き差ししてからもう一度電源を入れてみるよう指示される。

→状態さらに悪化。

DELLのこのマシン(inspiron530)は起動時にまずファンが一度激しく回ってから、通常時の静かな回転に落ち着くのだが、今回は電源を入れるとファンがゴーゴー回りっ放しとなり、さらにディスプレイには何も信号が送られていないらしく黒画面のまま。

ディスプレイに何も表示されないのでは遠隔で何も対処のしようがないので、修理に出してもらうことになりそうだ、等々言われる。ただし、PC内の静電気が起動時の信号に悪さをしている(というような)可能性もあり、電源プラグも電池も抜いたままで数時間放置し、さらに試すよう薦められる。

●夕刻、状態変わらず。数時間後、こちらからまた電話します、というようなことを言っていたおねーさんから結局電話が来なかったので、再度DELLサポートに電話。今度は中国系のおにーさんが出る。

状況を説明。先の対処でロゴ画面すら出なくなったことに関し、メモリの接続が不良になっている可能性があるとのことで(電池の抜き差しの時に緩んだか?)、4枚のメモリをとりあえず全部外した後、2枚だけ挿して試すよう指示される。さらにBIOSのセッティングを何たらかんたら。

→問題なく立ち上がる。

その後に、さらに残りの2枚を挿して起動。

→今回も問題なく立ち上がる。

とりあえず安堵。が、購入してほぼ丁度1年で、あと数日で引取り修理サービス期間が終了してしまうため、期間延長するよう薦められる。……なんという計ったようなタイミング。

ただし、2度のリモート・サポートは懇切丁寧で、その点は感謝。

●そんなこんなで、なんとか起動するようになったのだが、改めて外付けHDDも付けて再起動すると……。

→また「DELL」ロゴ画面でストップ。

なんてこったい! 結局、これは巷で噂の「USB地雷」ってヤツなのか!? これまで1年間問題なく使ってきたHDDで? どうやらまた明日も電話することになりそう。

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PCトラブル。

●とある方面の仕事仲間との忘年会。本探しを兼ねて神保町の事務所に立ち寄ってから出席。地球堂でAZのスタガーウィングを購入。

DTM/MIDI関係の大家としてその方面では名高いF君が某軽音楽部系アニメに最近ハマったとか、出席者の中で唯一マジメに企業人をしている一方でバイクレーサーでもあるもう一人のF君が最近大枚12万をはたいて買ったバイクマフラーが調子いいとか、まあそれでいて皆さん本業のほうは不景気とか、なんやかんや。飲みつつ大いにダベる。

●終電で帰宅。

●帰宅後、PCの電源を入れたら、DELLのロゴ画面でピタリと止まって動かない。USB接続の外付けHDDがどうのこうの、という話もあったなと思い、外してみたが症状は変わらず。どのみち仕事も趣味もデータ類は外付けHDDの中なので、OS再インストールも覚悟でOSのDVDを入れて電源を入れなおしてみたが、最初DVDドライブが回る音がするものの、やはり「DELL」で止まってしまう。

購入してほぼ丁度1年、この慌しい年末に仕事道具がイカれてはお手上げだと暗澹たる気持ちに。

しばらくマブイ(魂)を落としたような気分のまま、他に何もしようがないのでボンヤリISU-152の転輪を削っていたが、そのうち、そういえば以前、「PC内に静電気が溜まって云々、電源も引っこ抜いたうえで電源スイッチを押して云々」といったような話があったようななかったような……という、何だか怪しげな記憶が浮かんできたので、試してみる。

……果たして本当にそれが効を奏したのかどうか判らないが、今度はちゃんと起動した。

で、現在はその「とりあえず復活しました」状態でこれを書いており、これでOFFにしたあと、またちゃんと立ち上がってくれるのかどうかは未確認。明日以降、当「かばぶ」の更新が数日途絶えた場合、「ああ、やっぱりアカンかったか」と思って頂きたい。

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またまた星見。

●昨夜12時過ぎ。

ガゼルさんが「今夜~星を~見に行こう~」と歌うので、夏の大三角ならぬ双子座流星群を見に夜中の散歩に出掛ける。どこに居ても街灯の光が視野に入る住宅地とはいえ、西の空にうっすらと靄のような雲がかかるだけ、月も無く空気も澄んだ(その代わりクソ寒い)絶好の星見条件。

……だったのに、20分ほどぼーっと夜空を見つつ散歩している間、結局1つも流星を見なかった。すでにピークを過ぎてしまったからなのか、じっと立ち止まって空を凝視しているのではなく歩き回っていたから注意力散漫だったのか、それとも最近とみに視力が落ちているからなのか(いやそれでもオリオンの首の三角星も手に提げた毛皮もちゃんと見えたし)。

ほとんど凍えるためだけに出掛けたような格好になったが、久しぶりに冬の星座をほぼくまなくじっくり見たので良しとしよう。ち。

200912161804000b ●仕事で銀座、その後、新宿。初めて都庁上の展望室に上る。夜11時まで開放されているそうな。はあ、ここって観光名所だったのか。

●夜、麻布十番の事務所。おそらく最後になるだろうウェンディーズで夕食。デザートに浪花屋で久しぶりに元祖・たい焼きを買って食す。

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トライスター IV号戦車B型(3)

履帯はカステンのものを使ってもよいが、夢にマータイさんが出てきてモッタイナイと言うので、キットのパーツのセンターガイドを低めて使うことにした。

200912150600000b 先述のようにキットの履帯は、センターガイドの穴が、故意なのかたまたまなのか低いタイプに対応しているかのような状態。そこで、写真のようにちょうどガイドがはまって余分な高さがはみ出るような治具を作って、ガイドの先を切り詰めた。

切った後で、若干先を丸めるとともに、穴の形があまりよくないので少しほじって広げる。それ以外にも、妙に細かいバリが多かったりするので、そこそこ手間が掛かる。

200912151520000b 整形の終わったものを繋いでみたのが写真の状態。まあそれなりの感じにはなる。ただ、キットのパーツはスナップで繋ぐ仕組みにはなっているものの、連結はあまりしっかりは行かない感じ。ちょっと力が掛かると外れてしまう。この履帯を使う場合、最終的には接着固定してしまったほうがよさそう。

40枚程度整形して繋いだら流石に飽きてきたので、残りは別の作業の合間にでもゆるゆる続行の予定。

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アームストロング砲!

●仕事がらみで幕末のあれこれの勉強中。アームストロング砲について検索したり新選組の本(ただし入門書)を読んだり。web上でアームストロング砲の機構を説明したGIFアニメを見て、なるほど、こんな感じなのかと見入っていたら、作者が「ハードな冒険」の宮前さんだった。飛行機の脚からアームストロング砲まで!

ちなみに家で「図書館の幕末関係の本、見繕って借りてきてよ。アームストロング砲とか載ってるのがあったらそれも」と言ったところ、かみさんも娘も「アームストロング」だと思った由。しかもなんだか強力な。……ええと、ハガレン?

●忘年会シーズンである。例年、それほど頻繁に忘年会に出たりしないのだが、このご時勢なのに今年は多め。昨日月曜日は神保町の事務所のそれ。事務所の内輪で打ち上げではなく、関係各所より大人数が集まり、大会場を借りて立食パーティ。会社設立時より仕事をしている事務所だが、この忘年会には例年用事が重なったりなんとなく逃げたりで、参加は今年初めてだった。今年は年越しで仕事を貰っているので逃げられなかった(笑)。

●他人ネタで申し訳ないが、和歌山某氏の日記更新情報に「あっちこっちで牡蠣豚玉」とあって驚く。だいたい氏の食生活は普段からちょっと如何なものか的なところがあるが、いくらなんでも牡蠣豚玉をハシゴして食うのはイカンだろう。

と思ったら、実際に読んでみると、どうやら「あっちこっち」という店名であるらしい。

●ウェンディーズが閉店になるそうな。知ってました?

私はごくたまに大門と麻布十番のウェンディーズに寄ることがある程度だが、チリは割と好きだし、なくなるとなると惜しい。少なくともハンバーガー屋がマクドナルドばかり、という世の中はイヤだ。

ちなみにマクドナルドはチキンタツタの復活が多少ニュースになっているらしい。その昔、一度、注文して一口食べてみたら、チキン抜きの単なるキャベツバーガーだったことがあるのがチキンタツタがらみでは唯一の記憶である。

その時はあまりの不意打ちにムッとするよりもウケてしまった。当然、まともなチキンタツタに交換して貰った覚えがあるので少なくとも一度は食べているはずなのだが、味のほうはとんと印象に残っていない。

●昼からどうもモニタの前をショウジョウバエが一匹頻繁に横切るのだが退治できず鬱陶しい。

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トライスター IV号戦車B型(2)

●ちょっと「大きい戦車」が作りたくなり、先日シャーシの箱組みだけして放置してあったトライスターのIV号戦車B型に手を付ける。相変わらず、塗装前模型のみ(じわじわと)量産中。

●先日書いたように、とにかくあちこち微妙に合わないところがあるのだが、サイバー/ドラゴンのT-34 STZ Mod.1942のように「これって製品/商品としてどうなのよ」レベルではなく、丹念にすり合わせをすれば、それなりに合ってくれる。それだけ手間は掛かるが、組んでいてなかなか楽しい。

まだ組立も半ばだが、砲塔・車体の基本組みは終わったので、中間メモを。

(○は済み、▼は未着手)

車体下部

○シャーシ箱組はかなり擦り合わせが必要だが、丹念に行えばパテなど使わなくてもなんとか合う。擦り合わせについては前回参照。シャーシ後面板は裏側に何やらガイドのようなリブがあるが、これはまったく接着と無関係なので注意。ここでどれだけきちんと合わせるかが、多分、後で車体上部と合わせる時にも関わってくる。

○車体前端のシャックル基部は、ダボの通りだとほんの僅かに上寄り・内側寄りな感じ。C-8、9の裏の突起を削って心持ち接着位置を移動。

○誘導輪基部(C-53、54)は上側の三角リブが若干、後面板のリブと干渉する。

足回り

○シーソー式なので、バネなど仕込まなくてもそのまま可動にできる。短いほうのアームはちょうどスプリングの通る穴裏部分にモールドと間違えそうな突起(押出しピン跡)があるので削り落とす。シーソーのキャップ部分は3種から選択だが、これは時期的な差があるのか、手持ちの資料ではよく判らなかった。

▼転輪は薄い初期型転輪を再現している。ゴム縁は同社38(t)同様に別部品となっている。おそらく塗装の便と、ダメージ再現の便とを考えてのことなのだろうが、ホイール本体との間に僅かながら隙間ができるのは考え物。出来てしまえばそう目立たないと思うので埋めたりはしない予定。ちなみにトライスターはハブキャップを3種と緩衝ゴム内蔵転輪をセットしてIV号足回りセットを別売していたのだが、今度新たに40mm履帯用にセットPart2を出したらしい。となると、やはり最初のセットはホイール本体は初期型のみ?

▼履帯ははめ込み式。実際にはB型時点ではセンターガイドの低いタイプが使われているはずで、キットのものは背が高い。カステンのものに交換するか、あるいはキットのものはガイドの穴が小さいので、削って背を低くするのもアリではないかと思う。

車体上部

○戦闘室側面装甲板(A-8、9)は例によって合いがよろしくない。入念に擦り合せが必要。

○エンジンルームのハッチとパネルは、左側に行くほど車体より窪んでしまう。プラペーパーを挟んで調整した。

○フェンダーは先に発売されたD型ではドットパターンになっているそうで物議を醸していたが、B型(たぶんC型も)では、細かくて一見ドットに見えるが、

|―|―|―|―|―
―|―|―|―|―

のパターンになっている。フェンダー左右後方、通風口下部分はIV号キットの常で別パーツだが、この部分だけ妙に外側ベロに高さがあって前方と合わないので、接着後ヤスって均一にした。

○フェンダー前部内側(C-22、23)はディテール再現のために別部品だが、ここは幸い、僅かな擦り合せだけできちんと合ってくれる。

200912131243000b砲塔

○前下部の三角部分は別部品だが、ここは説明書の図示の通り、前面板を取り付け後にはめ込むべきか。私は前面版取り付け前に三角板を貼ってしまい、それなりに注意していたつもりが、前面板との間に微妙に段差が付いてしまった。反省。いずれにせよ、この三角板は若干小さめで、主要部・前面板と比べ、下辺に隙間が出てしまう。私は0.3mm板を貼って削って調整した。

○砲塔天井板は、そのままだとだいぶ本体から浮き上がる。ベンチレーション・ハッチ・ガードと一体成型されているのがちょっと擦り合わせを面倒にしているが、充分に削り合わせる。

○説明書では、ベンチレーション・ハッチはB-29を使うよう指示されている。しかしこれはD型用天井板に合わせたパーツで、天井板La-1とはヒンジ位置がズレている。ちゃんとLa-1に合うハッチ・パーツが付属している(La-2)ので、こちらを使う。ちなみにパーツ図ではちゃんとB-29が不要パーツ、La-2が使用パーツとなっている。

○前側面のクラッペは、左側は砲塔側の「」リベットを削り落とすよう指示がある。右側の上下のリベットはB型の場合も存在するのでついでに削ってしまわないよう注意。

○側面ハッチは、なぜか左側(L-1)だけ若干合いが悪く、若干の擦り合せが必要。どこが当たっているのか判りにくいが、ハッチの上辺と、砲塔側開口部の上辺を軽くヤスったら合った。

○砲塔後面のピストルポートは右側にE-25、左側にL-15を使うよう指示されているが、L-15は軸部リベットが左に、円周の一部切り欠いた直線部が右にある形状となっている。実際は直線部もリベットも左で、右側ポートと対称形になっているはず。幸いE-25が2つ入っているので、余ったほうの裏面ダボを削って左右向きを逆にして接着。

○キューポラ基部のリブ(L-16)は、平面パーツを湾曲させて取り付けろというちょっと御無体な指定。ゆるゆると指で曲げた後になんとか綺麗に取り付けられたが、プラの質もそれほど柔らかくないので、下手をすると折りかねない。D型用の、すでに湾曲しているパーツもあり(B-39)、これはリベットの数が違うのだが(D型用は5個、B型用は6個)、場合によってはD型用を使ってリベットを植え替えるというのもアリだろう。

▼キューポラは上辺外周に小穴(雨水抜き?)があるはずだが省略されている。

▼砲耳カバー部(La-3)は側面のギザ・モールドがない。これって左側(照準口側)だけだっけ……。

●マフラーあたりもなんだかピタッと行きそうになく、組立進行とともにもうちょっとアレコレありそう。

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ラーメン鍋。

●水曜日、朝から仕事に出掛け、「ロードローラー」について門前の小僧的に詳しくなる。

ついでに秋葉原に寄り、ついにタミヤのJSU-152を入手。

●木曜日、神保町の事務所のC社長と午後から市ヶ谷に打ち合わせに行くことになっており、昼には神保町に着くよう予定していたのだが、9時過ぎにそのC社長より、「11時に来いってメールしたのに見てないか」とTelあり。

実際、そちらのほうのアドレスは数日見ておらず未確認で、打ち合わせそのものが早まったのかと慌てるが、続けてC社長曰く、

「昼飯にラーメン鍋を煮るんだから早く来い」

なんじゃそりゃああ!

●ちなみにC社長は以前から

「事務所で皆で鍋をつつくのが夢だったんだよ」

と、事あるごとに言っており、「鍋を買おう、鍋を買おう」と騒いでいたのだが、ついに野望を達成したらしい。

11時半頃に事務所に着くと、すでに簡易コンロに、K女史が合羽橋だかで買ってきたというアルマイトの大鍋が載っていた。

煮るラーメン自体は、すでに半年くらい前にP女史がグアム土産に買ってきた現地仕様のサッポロ一番(ビーフ味&シュリンプ味)で、調理器具がないためにそのまま事務所キープとなっていたもの。要するにラーメン鍋といっても、単に大鍋で数人前のインスタントラーメンを一度に作るだけの話だが、ネギだのハムだのタマゴだの突っ込んで、皆でつつく。

次の目標は、我が実家から鶏飯のスープと具材をケータリングし、この鍋を使って事務所で鶏飯会を開くこと。

●1時過ぎ、C社長にK女史、P女史とともに市ヶ谷某社に打ち合わせに出掛ける。時折意識が遠のきつつ、8時過ぎまでなんだかんだ。その後酒飲みに移行。

先日までの仕事とはまた別に、この件で年明けまでしばしば神保町の事務所に出向くことになりそうなので、回数券を購入する。

●9日は誕生日だったのだが、そのお祝いにと、なぜか息子と息子の友人がコンビニのロールケーキを買ってきており、本日有難く頂く。

●珍しくタミヤのサイトを覗きに行ったら、先日発売された「1/35 ドイツ大型軍用乗用車 シュタイヤー 1500A/01・アフリカ軍団休息セット」において「成形品の一部に不具合が判明」したとかで、「当商品をすべて回収」させていただきたい旨の告知あり。

いったいシュタイヤーに何が?

いやそれよりも、新商品として40数年前のSU-100「ジューコフ」がウェザリング塗料付き、モーターライズ機能抜きのディスプレイモデルで出るという告知にびっくりする。もともとがゴムキャタピラ付きで、私の小学生時代ですら、スケールモデルとしてはつらい出来だったものを、なぜ今頃? なぜディスプレイモデルで? 

いったいタミヤに何が!?

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風邪治らん。

●ジョン・レノンの命日でありニイタカヤマノボレって感じだ。

一応それらしいことをして悼もうと、youtubeで「ワーキング・クラス・ヒーロー」を流しながら歌う。……CD持ってるのに!

●先週からの風邪が治らず、痰はからむし鼻水は出るしで、相変わらずボンヤリして仕事進まず。

●そんなこんなで、発売されているはずのタミヤのISU-152もまだ見ていない。和歌山方面某氏は早々と何個も買っている様子。他人の趣味を云々してはイカンが、そんなに買っていったい何を……。

●前回書いた「網戸の鳥」続報。翌日もまだぶら下がっており(これは自分で確認)、昨日も娘が言うにはまだ下がっていたそうで、「あれはそういう飾りか何かなのではないか」疑惑浮上。……って、畑のカラス避けじゃあるまいし、網戸に鳥をぶら下げるデコレーションなんてあるのか? 未だ日本では知られていないどこぞの地域のクリスマス向け魔除けか何か?

なんてことを言っているうち、今日になったら撤去されていた由。アーメン。

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ザ・タワー(2)

200912052037000b ●先日、一度書き込んだ中国・武漢市の黄鶴楼の模型。とりあえず、外形的には完成に持ち込んだ。

 とにかくパタパタ組もうという当初からの目論見だったので、ディテールアップの類はほとんどしていないが、最下層と最上層のそれぞれ4面にある扁額のうち、上層の4面のみに(実物写真を見て)縁を付けた。実際には下層の4面の扁額は上層のものの半分程度の大きさしかないが、キットはすべて同じ大きさ。これは潔く無視。だいたい、そんなことを言い出すと屋根の先の鯱だか鯉魚だかもだいぶ大きいし。

 先日書いたように、どうも縦横比がおかしくて実物よりだいぶスマートに見えるが、各階を切り詰めるような手術は止め。ただし、屋根と壁面とがうまくはまり込むように削り合わせをした結果、仮組時よりも全体で1センチ近く低くなっているのではと思う。きちんと塗るか、このまま置物にしてしまうかなお思案中。

Ismfilegetb ●娘が、近所の家で鳥が網戸に刺さってぶら下がっている、と言う。その娘の撮った写真が右。

 どうもこれではピンボケな上に小さくてよくわからないが、夕方見に行ったら、確かにムクドリくらいの大きさの鳥がぶら下がっていた。

 たまに何かの弾みでガラス戸に激突死してしまう野鳥というのはいるが、激突した上に、くちばしが網戸に刺さったままになったのではないかと思える。しかし、鳥のくちばしに逆棘のようなものがあるわけでもなし、そのまま引っかかるなんてことがあるんだろうか。

●本格的に風邪をひきこんでしまった。水曜日頃から喉が痛く、それはほとんど収まったのだが、今度はくしゃみ、鼻水が出て頭がぼんやりする。インフルエンザで喉や鼻水ということもないだろうから、時流に逆らって(?)普通に風邪の模様。

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けいはん食う人おけいはん。

●ここ半年、神保町の事務所に通い詰めた仕事の“チーム内打ち上げ”で新宿・歌舞伎町、奄美料理の店「まれまれ」に行く。数日前まで、P女史、K女史ともインフル?で発熱していたそうで、どうなることかと思ったが、無事チーム全員とC社長も揃って騒ぐ。

●我が田舎(正確には私の父母の郷里)である奄美大島の料理で、唯一誰にでもお薦めできるのが鶏飯(けいはん)である。鶏飯と書くと、炊き込みのようなものを想像する人もいそうだが、これは軽く盛った飯に細かく裂いた鶏肉、金糸卵、漬物、椎茸、あさつきなどを乗せて、鶏スープをたっぷりかけて茶漬け風にして食べるもの。

以前、チームメンバーで食事に行った際に話が出て、やはり鶏飯ファンである編集長I君と「あれは美味い」と言ったところ、皆がその気になって「この仕事の打ち上げはぜひ鶏飯が食べられるところで」という話に。

都内に沖縄料理の店というのはたくさんあるが、奄美料理の店というのはあまりなく、中で鶏飯の美味そうなところというのでK女史やI君が検索してくれた結果が今日の店だった。

どうも奄美の料理と言うのは沖縄料理に比べて食材も彩りも乏しく、子供の頃は田舎に行くとどちらかというと辟易したものだが、それでも今日の店は塩豚も野菜も美味く、何より鶏飯も期待通りで、皆も満足。いやいや。薦めた手前、「なんだ、こんなもんか」と言われずに済んでよかった。でもウァンプネ(豚骨)とターマン(田芋)もあればよかったのにな……。

●その後、歌舞伎町内でC社長行きつけの店に移動。セミプロ歌手のE君に生歌を歌ってもらいたかったが、店にあったギターが誰がどういじってもチューニングできず。マスターが言うには、近くに捨てられていたものを拾ってきた品である由。

というわけで軽く飲み直しつつカラオケ。ボブ・ディランを歌ったりCCRを歌ったり。「ラバウル小唄」までもカバーするK女史のレパートリーに驚愕する。

●酔うと行動が怪しくなるC社長を無事に大船まで送り届けるよう皆に言いつけられて終電で帰宅。

●トライスターからSd.Kfz.222中期型が発売になった由。ドイツ4輪装甲車はブロンコからシリーズ展開があるかもと思っていたが、トライスターからの発売は、前からアナウンスはあったのかもしれないが見逃していて、ちょっとビックリ。中期型ならブルガリア軍所属車もアリだなと思ったら、何とキットにそのデカールも付属しているそうな。

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