●GW中の模型製作。
確か発売されてさほど経っていない時に買ったminiartの「TACAM T-60」だが、ふと気になってストックの山から掘り出して箱を開けたら、パーツの枝が多すぎて、元通りに収めるのが大変(バリエーション展開が多いうえにパーツ枝をやたら小分けにする“miniartあるある”)。
多少なりと嵩を減らすためにいじり始めてしまった。
とりあえずは(組立説明書の手順でもそうなっているように)車内だけある程度組んでいたのだが、その過程で削り落とすリベットがもったいなく感じたので、流用先としてもう一種類のTACAM、CMK製の「TACAM R-2」のキットも取り出してきて、こちらもなし崩し的にスタート。
さて、このCMKの「TACAM R-2」はオープントップなのに車内がほぼがらんどうで、そのままではどうしようもないので、車内再現があるブロンコの「Skoda LT vz.35/R-2」(Pz.Kpfw.35(t)の東欧小国軍仕様のキット)からパーツを流用することにして、これまた連鎖反応的に開封。
そんなこんなで、連鎖反応的に3つも新たにお手付きにしてしまった。
●実車について。
TACAMは「Tun Anticar pe Afet Mobil」、ルーマニア語の対戦車自走砲の頭文字で、ソ連の強力な戦車群に対抗できる車両を持たなかったルーマニアが、ドイツのマーダーに倣って、手持ちの兵器ででっち上げたもの。
最初、1943年に、ソ連から鹵獲したT-60に、これまたソ連から鹵獲したF-22 76.2mm野砲を搭載した「TACAM T-60」が34両生産され、翌1944年には、後継車両としてR-2(Skoda LT vz.35のルーマニア輸出型)にZIS-3 76.2mm野砲を載せた「TACAM R-2」が20両(ほか試作車1輌)が生産されている。
TACAM T-60は、1944年前半の対ソ戦終盤(防衛戦)に投入され、戦時中の写真も、さほど多くはないが残っている。ただし、残念なことに実車は残っていない。wikipediaの解説はこちら。
もう一方のTACAM R-2は、配備早々にルーマニアが連合国軍側に転向、その後のドイツ軍への追撃戦に限定的に使用されたようなのだが、戦時中の写真は極めて少ない。しかし奇跡的にというべきか、こちらは実車が1両現存していて、ブカレストの中央軍事博物館で野外展示されている。wikipediaの解説はこちら。現存実車の写真はwikimedia commonsにもあるが、prime portalにも大量にUPされている。
●まずはminiartのTACAM T-60。
T-60(実車)は生産工場や生産時期の違いでいろいろ仕様の差があるが、TACAM T-60のベース車体もそのバリエーションを反映していて、現存写真を見ても、ディスクタイプの転輪、スポークタイプの転輪、緩衝ゴム内蔵の鋼製リム転輪と、転輪の別で3種が確認できる。
miniartは細かい仕様の別でアホみたいにT-60を出しているのだが、TACAM T-60についても、ディスク転輪のものと鋼製リム転輪のもの、2種発売している。これを含め、miniartのT-60系キットのバリエーションに関しては、scalematesのページを見て頂くのが早い。Product timelineの項を見ると、発売中止になった1種を除くと全12種……。いや、そんなに出して大丈夫なのかminiart。
私の持っているTACAM T-60のキットは、鋼製リム転輪を履いたタイプ(キット番号、35230)。転輪が違う、というだけではなく、車体自体も大幅に溶接が取り入れられた、スターリングラードの第264工場製車体ベースのもの、ということになる。
この鋼製転輪付きのTACAM T-60については、今ほど情報がなかった頃、ルーマニアのとあるミリタリー系のサイトの掲示板で、ルーマニア人と
(ル)「あの転輪はTACAM用にルーマニアで独自開発されたもの」
(私)「いや、あれはスターリングラードの工場製車輛に用いられた、ソ連オリジナルのもののはず」(当時すでに、グランドパワーにこの転輪を履いた、放棄or撃破されたT-60の写真が高田裕久さんの解説付きで出ていた)
と軽く論争になったことがある。結局この時はロシア人が
(ロ)「いや、ルーマニア製って、一時ザロガ先生が言ってただけのことだから」
と割って入ってくれて決着したことがある。たぶん「ザロガ先生が言っていた」は、STEEL MASTERS誌に掲載されたザロガ先生によるTACAMの製作記事が元なのではと思う(私も当該号を持っていたはずで、今回の製作の参考に掘り出しておきたいところだ)。(6/16追記。『STEEL MASTER』誌のTACAM製作記事掲載号、No.27・No.28を無事発見。しかし記事の著者はDidier Kamowski氏という人で、ザロガ先生ではなかった)
それにしても、「ザロガ先生が言ってたことだから」で、世界をまたいで皆が一応納得してしまうところが面白かった。いや、ソ連軍・東欧小国軍AFVの研究におけるザロガ先生の功績が非常に大なことは全く否定しないけれど。
ちなみに私が第二次大戦の小国陸軍車輛にはまった最大の要因も、ザロガ先生の著書、squadron/signalの「BLITZKRIEG」と「THE EASTERN FRONT」にある。
話が脱線した。
miniartでは、この鋼製リム転輪付きの、第264工場製T-60そのもののキットも出していて、車体側面板も、ちゃんと溶接仕様のパーツが入っている。このオリジナルの戦車型の第264工場製T-60については、ミカンセーキさんが素晴らしい製作&考証記事をUPしているので、興味のある方はぜひご一読を。
ミカンセーキさんによると、いわゆる「第264工場製独特」と考えられている各部の特徴には、系列工場からの部品供給の時期の差のようなものがあり、miniartのキット番号35219のような、「独特ポイント全部載せ」みたいな車輛は、実は当時の写真では確認できないのだとか。特にオイシイ特徴と言える「鋼製リム転輪と砲塔八角ハッチの組合せは1両も確認できない」というのが(戦車型を作る際には)結構問題だったりする。
とはいえ、TACAM T-60の場合は。
- 砲塔ハッチに関しては、砲塔自体が撤去されているので無問題。
- これまた選択肢がある操縦手ハッチに関しても、TACAMでは溶接で塞がれているので関係なし。
- トランスミッション点検パネルもキットパーツは3種あるが、当時の鋼製リム転輪のTACAM実車写真で「横ボルト4つ、縦ボルト3つ」タイプ(ミカンセーキさんが横列基準で4-2-4ボルトタイプと表現しているもの)を使っているのが確認でき、キット指定のBc30で問題ない。
- 車体前面パーツはミッション関連の取付リベット?の無いタイプ(Dc3)が指定されているが、これははっきり確認できる写真がない。
……などなど。
●というわけで、とりあえず車体に関しては、「miniartさんの言う通り」に組み立てておけば間違いないかな、くらいの感じで作業を進める。
1枚目は車内をある程度組み進めて、とはいえパーツ枝はほとんど減っていなくてぎっしり状態の図。それにしても、「うわ、ちょっと勘弁してよ」と思う極小パーツが平気で付属していて参る。2枚目写真は、エンジン下部のオイルパンのキャップ。取り落としたらその時点で行方不明は必定。なんとか取り付けることができたが、「うん、失くしたらその時点で諦める! どうせエンジンの下側なんて組み上がったら見えない!」と覚悟しながら作業した。

床面のトーションバーにはカバーパーツ(Cb4)が付くが、4つ付属しているパーツのうち、なぜか半分の2本は、金型の押し出しピン部分が貫通していて「3つ穴」になっていた(私のキットだけ? みんなそう?)。幸い、実際の製作には3本しか使わないし、一本は完全に他パーツに隠れるので、修正作業などはせずに済んだ。
床の中央左端あたりには楔形の溝のモールドがあるが、これは戦車型の弾薬ラックの取付ダボ穴。側面板を接着してから気付いて埋めたので、ちょっと汚い処理になってしまった。
なお、上写真で床に白いリブが2本走っているのが、これは、(側面板は専用パーツが入っているものの)床パーツが他工場製車輛と共通で鋲接仕様を表現しているため、264工場製では溶接リブがあるものと想定して元のモールドを削り落として作り替えたもの。
実際にはキットのモールドもリブ上にリベットが並んでいるので、単純にリベットを削り落とせばよかったのだが、当初は「単純に一直線の溶接痕があるだけ?」と思ってリブごと削り落としてしまった。余計な手間を掛けてしまった。リブがあるとの解釈は、側面板裏側に倣ったもの。
なお、車体裏面も装甲板接合部分のリベットは不要になるが、そちらは横着して、現時点では前端部の列だけ削り落としてある。

というわけで現時点での車内。エンジンは塗装の便を考えて接着しておらず、ドライブシャフトや吸気・排気系、バッテリーなども取り付けていない。戦闘室左後部の台座(?)と折り畳みの丸椅子はTACAM独自の仕様としてminiartがパーツ化しているものだが、少なくとも私はTACAM T-60の車内写真など見たことがないので、どれほどの確度があるのか不明。特に強硬に否定するだけの材料もないのでそのまま取り付けただけ。
一応、今後はミカンセーキさんの製作記なども参考に、若干の配線とかも追加するつもり。持つべきものは優れた考証力の模型友。……他力本願過ぎる。
……と、ここまでは(タミヤなどでは有り得ない極小パーツなどに手を焼きつつ、かつよく判らないところは適当にスルーしつつ)のほほんと工作を進めてきたのだが、この後でいきなり大きな壁にぶち当たった。
●車体上面板を取り付けてみる。車内工作が終わっていないので、当然ただの仮組。

TACAMへの改修にあたり、本来の戦闘室上面板と、戦闘室右側(エンジン上部)にあった大きな通風カバーは撤去され、右側面上部にあった切り欠きは溶接で埋められている。直上に砲が来る操縦手ハッチも溶接で塞がれている。
それはいいとして、上面が撤去された戦闘室には、新たに前後に板を差し渡し、この上に砲が据え付けられている、というのがminiartの解釈。ちなみに右側開口部(エンジン上部)にはメッシュが張られて(エッチングパーツが付属)作業スペース?が確保されているということになっている。うーん、どうなんだろうな、これ。
さらに、これまたある程度組み進めた主砲を載せてみる。
まず、新設の天井板の上にベタで砲架が載せられていることもあり、砲尾(駐退レール後端)が天井板や車体後部に干渉して、仰角にかなりの制限が掛かる(2枚目写真が最大仰角を掛けてみたところ)。対戦車用途だからそんなに仰角は要らないんだよ、と言われればそうなのかもしれないが、それでも何か頼りない気がする。
TACAM T-60は前述のように実車は残っておらず、当時の写真でも、後方から戦闘室を覗けるようなものは多くない。
そんな中で数少ない、貴重なクローズアップが、グランドパワー2006年6月号、p128、p129に出ている。
それを見ると、まず
- 戦闘室上部を前後にまたぐ(新設の)天井板は存在しない(ただし、エンジン側に寄って、前後に梁が一本ある。確か、昔出ていたAZIMUTのTACAM T-60のコンバージョンキットでもそういう解釈だったような。
- 一方で、戦闘室前方には狭いながらも横方向に天井板があり、さらにその下はフレームで強化され、その上に砲が載っているらしい。
- 戦闘室上部、右側装甲板可動部は、外側に開くのではなく、内側に倒れてエンジンルーム上部の開口部をカバーするらしい。それ自体はminiartのキットの解釈でもそうなっているが、その下に、前述のメッシュは存在しない。
- 細かい話だが、ラジエーターキャップ直上の長円のフタは、キットでは撤去されてそのまま穴が開いている解釈だが、実車ではフタが残っている。
- もひとつ細かい話だが、エンジンの吸気パイプは、キットのように右前方のエアフィルターに向かって真っすぐ斜めに走っているのではなく、エンジンをまたいでから、右壁に沿って前方に向かっているらしい。
- 主砲砲架に付けられた小防盾も、キットでは「くの字」に曲げられた単純な長方形だが、実際にはもう少し凝った形状?
- 砲駐退レール後端は、実はギリギリ、車体後部天井に引っかからないように見える。要するに砲の搭載位置自体が、もうあと僅かに前方であるべき?
……という感じ。
もちろん、撮影対象の車輛がどういう状況だったのかが判らないので、天井板やメッシュは「実際にはあったが撮影時には撤去されていた」と考えることもできなくないが、どうも「最初からない」可能性のほうが大きそうな。
miniartのキットはだいぶそれらしくあれこれ作り込んでいるので、「ふむふむ、なるほど」と言いつつ、おおよそはそれを信用して組み上げるつもりだったが、これはちょっと、一度立ち止まってじっくり考証(というよりは確実な資料が少ないので想像?)してみる必要を痛感。
●というわけで、TACAM T-60についてはここで「一回休み」。
次回は並行して手を付けたTACAM R-2に。
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