II号戦車b型 THE WORLD AT WAR 1:72

20190517_195110 ●先日(令和初の購入キットとして)入手した、THE WORLD AT WAR 1:72のII号戦車b型(PANZER KAMPFWAGEN II ausf.b)の簡単なレビュー。

これに先立って発売されているII号戦車a1/a2/a3型についてはこちら

以前にも書いたが、「THE WORLD AT WAR」シリーズはポーランドのメーカー、IBGのミニスケール専門のレーベル。同社では単にIBGレーベルでも1:72のAFVキットを出していて、「THE WORLD AT WAR」シリーズがどういう切り分けになっているのか少々はっきりしないが、とりあえず、今のところこのシリーズでは第二次大戦初期のドイツ戦車しか出ていない。

なお、少し前に書いたが、基本同シリーズは1:72スケールなのだが、IV号戦車系列は、どうやら設計の際に寸法を間違えてしまったらしく、最初のA型は「1:72」表記で出たものの、その後のB型以降は「1:76」表記に改められている。ミニスケールの72と76なんて誤差だよ!なんて開き直ることなく、スケール表示を改めたのは潔いと言えるが、そのため、同一シリーズで2種のスケールが並列するという妙な格好になってしまった。

また、1939年のドイツ・ポーランド戦の1:72両軍AFV/車輛/砲/フィギュアを出している「First to Fight」シリーズは、発売元は違うようだが、キットそのものはIBGが手掛けているようで一部設計データは両シリーズで共通している。

●キット内容。シリーズ共通の構成で、キャラメル箱の中身はプラパーツと、折りたたまれた実車解説の小冊子。小冊子は表紙を含めて16ページ、英語とドイツ語の併記(輸出仕様)。

プラパーツは枝3枚で、デカールが1枚。

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Lパーツ(写真1枚目):車体、足回り。おそらくプラパーツとしては、これのみがこのキット専用のもの。

Mパーツ(写真2枚目):砲塔および装備品類。a1/a2/a3型キットおよびA型キットと共通。

Nパーツ(写真3枚目):マフラー、工具箱、スリットのないクラッペ等の小さな枝。A型キットと共通。

デカール(写真3枚目):塗装例2種に対応。ポーランド戦時の黄十字と、フランス戦以降のものと思われる第10師団第7連隊所属車(ステンシルのバイソンと大きな「5」の砲塔番号)。

●車体形状は前型のa1~3型とも、後のc型とも異なっているので、前述のようにb型専用のパーツ。a1~3型とはエンジンルームのディテールがかなり違い、車体長がa1~3型のほうが短い。b型では車体後部が延長され、後の標準型II号(c、A~C型)とかなり近い形状になるが、エンジン上部の傾斜面が後部でたち切れ、後端グリル部分が独立した形になっていたり、フェンダー後半部が後ろ下がりになっていたりと、なお若干の差がある。戦闘室後ろのハッチも、c初期型までの2分割式。

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写真1枚目:b型の車体形状、特に後部ディテールはかなり頑張って再現している感じ。車体上下パーツの接合線の隙間が後端グリルに掛かっていて、何か方法を工夫して消すか、放置するかちょっと悩ましいところ。

写真2枚目:車体右側面の2つの燃料注入口の小丸ハッチ、その後ろのエンジンルーム側面吸気口は一体モールドの都合でやや不十分な再現度。これはa1~3型キットでも同様だった。右前部クラッペは、a1~3型キットでは別部品だったが、このキットでは一体モールド。なぜか、後の型の特徴であるはずの跳弾リブのようなモールドもある。

写真3枚目:車体前面に一体モールドされている牽引具と点検パネルは、a1~3型キット(右)と比べて位置がかなりずれている。小パネル上のリベットの数・位置が変更になっているのは実車もそうなのだが(a1~3型は7カ所か8カ所、b型は左右2カ所)、このキットのように、位置まで変更になっているのかどうか……。少なくとも、このb型キットの位置は(牽引具も含めて)ちょっと上過ぎる気がする。

●足回りはa1~3型と起動輪の形状が大きく異なり、後の標準型II号(c、A~C型)とよく似た形状になった。

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ただし実際には、c、A~C型と全く同じではなく、おそらくファイナルギアケースの形状が違っているためなのではと思うが、b型の起動輪のほうが、後の型よりもふくらみ方が大きい。キットの起動輪はパッと見、後の型と同じくらいのなだらかさで、膨らみ具合が不足しているように思う。上部転輪はa1~3型よりも小径化されており、その辺はきちんとフォローされている。

ただ、よく見ると、a1~3型キット同様、履帯の巻き方が逆方向になっている。ロコ方式の一体成型なのでそもそも大したディテールもないため、それほどうるさく言うほどのこともないかもしれないが。

●砲塔パーツは、おそらく「THE WORLD AT WAR」シリーズのII号戦車すべてに共通のもの。Mパーツの枝に含まれるクラッペは、a1~3型に合わせてすべてスリット付きのものになっているが、b型以降用に、スリットのないフラットな形状のクラッペが別枝(Nパーツ)で用意されている。なお、私の買ったキットでは、砲塔ハッチ上のダンパーのモールドが、片側が型抜き時の事故で?潰れていた。

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大宮公園ぶた公園

●前回、東武アーバンパークライン(略してあーぱー線)で、埼玉県の大宮公園に言及したついでの話。

食事中に口の横などにご飯粒(あるいは他の食べ物の欠片)が付いてしまったのを見て、

「おべんと付けて~どこ行くの~」

と節をつけて囃すのは、日本人なら誰でもとは言わないが、(地区や年代にもよるかもしれないが)それなりに広まっている俗習なのではないかと思う。私自身の子どもの頃からの標準で言うと、この囃し言葉は上のフレーズだけで完結している。しかし、かみさんの場合は違っていて、

「おべんと付けて~どこ行くの~、大宮公園、ぶた公園」

と、続きがあるのだ。別にかみさんの創作ではなく、子供の頃からそう歌ってきた(あるいは聞かされてきた)そうだ。以来、いったいこれはどこの習慣なんだろう、(かみさんの出身地である)千葉県北西部限定なのか? あるいはかみさんの家限定なのか? などと、結構長い間、頭の片隅に引っかかっている(物心ついて以来ほぼ神奈川在住で、埼玉にほとんど縁がない私が「大宮公園」という名前を知っていたのもそれによる)。今回、改めて検索してみて、若干知見が広がった。

  • 「おべんと付けてどこ行くの」に続けて「大宮公園ぶた公園」と歌うのは、別にかみさんの実家限定ではなく、実際にそういう言葉で歌ってきたという人の例が複数ヒットした。
  • 地域的には、千葉県北西部限定ではなく、どうやら、埼玉県(南部?)で、「大宮公園ぶた公園」派がそれなりに存在しているらしい。というわけで、別に千葉県民が埼玉県を揶揄して歌っているわけではなく、むしろお膝元の大宮方面から東武野田線経由で、かみさんの実家方面に伝播した可能性のほうが高そう。
  • バリエーションとして、「大宮公園ひとまわり」というものもあるらしい(こちらも複数ヒットした)。どちらが元なのかは判らないが、子供に品のない囃し言葉を歌ってほしくなくて改変したものが別途広まったのでは、と勝手に想像。
  • 一方で、群馬・栃木あたりまでにかけて、「丸山公園ぶた公園」「花山公園ぶた公園」「前橋公園ぶた公園」「森林公園ぶた公園」などの、それぞれ近隣の公園名が入っているらしいバージョンもあることが判明。
  • さらには、「おべんと付けて~どこ行くの~、丸山公園ぶた公園、オリがないから逃げちゃった~」など、その先がある例もあるようだ(mixiの群馬関係のコミュにあったのを検索で発見)。

これらから思うに、どうやら、北関東一円に、「おべんと付けて」行く先に関し、「ぶた公園文化圏」的なものがあるようだ。

ちなみに、他地域の例として、公園関係ではない別の歌詞もいろいろあるようだ。興味深い。

●春も後半になってくると、キイチゴの仲間があちこちで実を付けはじめる。というわけで、近所の某所にて、カジイチゴを初収穫。

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まだまだ熟していない実も多く、しばらく楽しめそう。

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アーバンパーク

●平成から令和になって、なんだかんだボンヤリしているうちに、もう半月近く経ってしまった。

考えてみれば、平成という元号も馴染んだのか馴染まなかったのかよく判らないうちに過ぎ去ってしまった感じ(もちろん、あくまで個人的に)。

なお、元号というのはある種の文化・伝統として残っているのはいいが、使用を強制されるのは御免被りたい。しばらく前に市役所で、何かの申請書類で年の欄に西暦で書き込んだら、「こういう正式な申請書類には元号を使って書くのが常識でしょう!」と窓口のおばちゃんに頭ごなしに言われて非常にむっとした。その時は特段言い返しもせずに書き直したのだが、今でも何だかモヤモヤする。

そのタイミングのテレビがやたら能天気な祝賀ムード一辺倒だったのも何だかモヤモヤする。

●抱えている仕事が一息ついたこともあって、薄らボンヤリとGWを過ごす。休みの最初に息子一家が泊りで遊びに来て、5月に入って3日は川崎の実家に行き、兄とドイツ人Pと大いに飲む。令和最初の飲み会。

翌4日、久しぶりにガッツリ歩きたいと思い、初めて葉山の風早橋から、いわゆる「三浦アルプス」を通って三浦半島横断をしようと思ったのだが、出発した時はいい天気だったのに、仙元山を過ぎ、その先のピークを1,2越えたあたりで突然の雷雨。しばらく木の下で雨宿りして(さすがにピークでは雷が怖いのでちょっと下った尾根で。しかし結構濡れた)、小降りになったところで、早々に脇道にそれて下山(結局また葉山側に)。降りた頃にはやんでいたが、逗子駅前まで戻ったあたりでまた激しく降られた。

20190505_2300165日の晩、自室にオオゲジが出る。我が家では、ムカデ(トビズムカデ)は毎年必ず数回は侵入するが、オオゲジはちょっと久しぶりで、何しろ存在感が大きいのでぎょっとした。ムカデと違って積極的に咬むこともしないが、好んで同居したいども(決して)思えないので窓から退去していただいた。写真は外に追い出した後、サッシのガラス戸と網戸の間にいるオオゲジ。その数日後だったと思うが、自宅近くの夜道で、トビズムカデの、これまた久しぶりに十センチ超えクラスの大物を見かけた。家に入ってこないことを切に願う。

6日には久しぶりに千葉の野田のかみさんの実家に行き、義母に会う。なお、その際に久々に乗ったが、「東武野田線」が、いつの間にか「東武アーバンパークライン」という、オシャレハズカシイ(というより若干痛々しい)名前に変わっていた。先ほど調べたら、この名前が付いたのはもう5年も前だった。ずいぶん長いこと、野田に行ってなかったんだなあ……。なお正確には、野田線の名前がなくなったわけではなく、「アーバンパークライン」は野田線の愛称という位置付けだそうだ。とはいえ、乗換駅での案内などは全て「アーバンパークライン」になっている。

東武本線(東武伊勢崎線)の浅草/押上から東武動物公園までの区間も「東武スカイツリーライン」になっているようだが(2012年からだそうなので、もっと古い)、そちらは実際にスカイツリーの根元を走っているので(個人的に)許容範囲。しかし「アーバンパークライン」のほうは、どこがどうして「アーバン」で「パーク」なのか謎。少なくとも「船橋がアーバンで大宮がパーク」とかではない気がする(大宮には埼玉県営の大宮公園というそれなりに大きな公園があるそうだが)。

●母の介護保険の更新に伴う担当者の訪問があったので、12日-13日と泊りがけで実家。ちょうど兄がシフト明けだったので、12日の晩は兄が料理を作ってくれて2人でビールを飲む(このスケジュールなら担当者の訪問も兄に任せても良かったのだが、一応、更新の申請なども私がやったのでそのついでで)。

朝、散歩に出たら、向丘南原近くの道路沿いの中古車屋?の駐車場に、大戦型のジープが置いてあるのに気付いた。柵越しなので、限られた方向から一部しか撮れなかったのだが、それでも何かの足しになるかもしれないので、写真を上げておきたい。なお、何年も前に、池袋・東武百貨店のタミヤ・モデラーズギャラリーで撮ったフォードGPWの写真はこちら

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後面パネルのロゴは確認できないので、ウィリスMBなのか、フォードGPWなのか、はたまたオチキスM201なのかよくわからない……と思ったのだが(どこかに埋まっている資料「JEEP JEEP JEEP」を見れば少しは判るが)、3者の識別に関して、検索したらそのものズバリのページが見つかった。フロントグリル直後に見える最前部クロスメンバー上面が平たいこと、ボンネットの蝶番の噛み合わせが11のように見えることから、(キメラでないとしたら)フォードGPWのようだ。それぞれ該当部分の拡大も添えておく。

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破損か変形を補修したらしい斜め支柱付きのフロントウィンドウ下部、何か装備を追加した跡らしいバンパー前面の複数の小穴、フェンダー上に追加されたバックミラー、フロントウィンドウを倒した際の固定フックの欠如など、ちょこちょこと改造の跡もある。

●令和最初のキットの買い物は、たぶん、先日横浜のVOLKSで予約したズベズダのT-28になるんだろうなあ……と思っていたのだが、それが入荷する前に、(今日帰りに寄った横浜VOLKSで)IBG(THE WORLD AT WAR)1:72 II号戦車b型を買ってしまった。キットレビューについてはまた改めて。

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逗子拾い食いの会

●ここ最近のあれやこれや。

仕事が滞っていたこともあり、模型製作はすっかり開店休業状態。平成の世の間にもうひとつ完成品、というのは無理そう。

20190415_061426 ●4月中旬、ご近所のM夫妻に誘われて、かみさんと一緒に(それからM夫妻の末娘も一緒に)熱海まで一泊旅行。M夫妻はポケモンgo友達でもあり、その勧めで、(いままで「えー。やらないよー」と言っていた)うちのかみさんもついにポケモンgoをインストール。熱海の街を歩いてポケモンを捕まえたり、5人でトランプやウノやジェンガをしたり、温泉に入ったり。

写真は宿からちょっと歩いたところにある、伊豆山神社の鳥居脇の小公園で見かけた、遊具というよりほとんど前衛芸術か、あるいは逆に歴史的遺物かのような木馬。

●4月21日。FaceBookの逗子のニュースグループ内のゲリラ的集まり、「逗子拾い食いの会交流会2019春」開催。逗子の自然の中の身近な食材をみんなで持ち寄って、それを肴に飲みましょうという会。

20190421_152358 昨年春、鎌倉の焼き鳥屋でごく少人数で逗子の山野菜を持ち寄りって飲んだが、今回はその発展形で、正式にFBで声を掛け、20人ほど集まった(午前中にはうち有志5人で桜山で尾根歩きをして若干の採集もした)。逗子市内のキッチン付き貸しスペースで数時間。

当初想定よりもずいぶん大勢集まったなー、というだけではなく、食べ物も大量かつバリエーション豊かに集まった。ここに写っているほかにも、かなりの種類の山野草をその場で天ぷらにして食べた。私はノビルの出汁醤油漬け、茹でたアケビの芽、イタドリのピリ辛メンマ風、タケノコのピリ辛、ツワブキのきゃらぶきを持って行ったほか、現地でノビルのパジョンを数枚焼いた。

・逗子市内ではないが、近場の野島(横浜市金沢区)で採れたというアサリを、和風に実山椒と、台湾風に五香粉と、2種の佃煮に仕上げて来た方がいて、ものすごく美味かった。

・天ぷらは採れたてのタケノコのものが絶品。カキの若葉も意外に美味かった。「天ぷらで食べられる」と前々から見聞きしていたユキノシタの葉は「それなり」。ヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)の若い実(さや)は、「食べられるけれど好んで食べたいとは思わない」レベル。

・もともと逗子の山野菜ネタでFBを通じて数年来の付き合いのTさんは私の作り方をアレンジしたイタドリ、酢醤油漬けのノビル、自宅の庭でできたというブルーベリーで作ったジャムなどを持ってきた。ブルーベリージャムが非常に美味かった。

・地場のものではないと思うが、ヒジキ入りの一口蒸しパン、ベニバナてまり寿司の差し入れがあり、これもなかなか美味しかった。

1555547382600 ●先週半ば、朝9時過ぎ、自宅電話が鳴ったので出たら、ひどく切羽詰まった娘の声。呼ばれて行ってみると、近所の坂を歩いている途中、車が脇を猛スピードでかすめていき、今にも轢かれそうだったという。

そしてその車はというと……そのまま坂下まで行って、電柱に激突してご覧の有り様。いや、とにかく娘が引っ掛けられずに済んでよかった。運転していたおばさんも、幸い軽傷だったらしい。ブレーキが利かなかったと言っていたらしいが、どうかなあ。

●CAMsから、フィンランド軍仕様の6t戦車が発売されるらしい。これはちょっと欲しい。なお、ズベズダのT-28はとりあえず横浜のVOLKSで予約した。令和になって初めて買うキットになるかも。

●ポーランドの、IBG社の「THE WORLD AT WAR」は、基本、1:72のシリーズのはずなのだが、比較的最近出たIV号戦車B型は「1:76」と表記されている由。どうも、その前のA型で1:72よりも小さく作ってしまい、それを指摘されて、続けて出した(同じ大きさの)B型は表記のほうを改めて誤魔化したようだ(なお、A型は変わらず72で売られている模様。再生産がかかるようなら、どうなるかわからない)。なかなか小粋なアイテム&キットのシリーズなので気に入っていたんだが、ちょっとがっかり。

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ANF レ・ミュロー117 SMĚR(ex-Heller)1:72

●リニューアルに伴うトラブルと仕様変更もあって更新意欲が削がれ気味なブログだが、かといって書かずにいると「書かないことが常態」化してしまうので、暇ネタ的にキットレビュー。取り上げるのは、前々回の試験投稿、「続・ココログ謎メンテ」で画像を貼った、チェコ、スムニェル(SMĚR)のミュロー117(A.N.F. MUREAUX 117)。

●逗子にはもともと、私が引っ越してきた頃には模型屋が3軒あったのだが、延命寺の斜め向かいにあった老舗の航研堂はもうだいぶ前に閉店。披露山入り口近くにあった八風堂も先日閉店。残るは延命寺前から沼間方面に行く途中のつばさ模型だけだが、こちらも最近は週末だけの限定営業になってしまった。

先月末の日曜日、前を通りかかったら開いていて、知り合いが中にいたので入ってちょっと世間話。このキットは、そのついでに購入したもの。

20190324_200141 ●スムニェル(SMĚR)は、あっちこっちの古キットを箱替え、デカール替えで出しているチェコのレーベルで、1:50のアルティプラストの一連のキットもあるが、1:72は基本、エレールなのかな?

とにかくこのミュローもエレールのキット。そもそもこんな戦前フランスの偵察機なんていうマイナー機種、エレールじゃなきゃ出さないと思う……(もっとも今はAZURという強力なフランス・マイナー機推しレーベルが別にあるが)。実際には私は昔々エレール版も買って持っているのだが、そちらは作りかけてどこかストック棚の奥底に堆積しているはず。もしかしたらスムニェル版も一つ持っていたかも。

こんなマイナー機、いったいいくつ(そしていつ)作るつもりなんだ……。

●実機については、原型機「ANFレ・ミュロー 110」の項目名でwikipediaにも立項されている。一応簡単に記しておくと、レ・ミュロー110シリーズは高翼単葉単発複座の偵察機で、ブレゲー19/ポテーズ25の代替として1930年代半ばにフランス空軍に配備されたもの。117はイスパノ・スイザ12Ybrsエンジンを搭載した後期の主生産型。wikipediaだと、爆撃能力を付加した「117R2B2」ということになっているが、キットの説明書だと、偵察専用の「117R2」と、偵察・爆撃型の「117R2B2」の2通りが生産されたような書き方がなされている。第二次大戦時にもまだ現役だったが、最高速が300キロ台の旧式機でもあり、キットの説明書でも「they were scarcely used and without remarkable success」(ほとんど使われず、目立った活躍もなかった)と、身も蓋もない。

スムニェルのキットでは名称が「MUREAUX」になっているが、本家エレールでは「Les MUREAUX」と冠詞が付いている(wikipediaでも)。mureauxという単語自体は「壁」とかいう意味で(複数形)、「いくらなんでも飛行機に壁なんて名前を付けるか?」と思っていたのだが、改めて検索すると、パリ近郊にレ・ミュロー(Les Mureaux)という工業都市がある(古くは中心部が城壁に囲まれていたのが名前の由来であるらしい)。そして、この機を開発・生産したメーカーがこの街にある「A.N.F. レ・ミュロー社」(フルネームは“Les Ateliers de Construction du Nord de la France et des Mureaux”(desはde+lesの縮約形)で、要するにこの時期の他のフランス機と同様、「メーカー名+型番」の機名だった――というのを、今頃になってようやく知った。それにしてもこの社名、「北フランスおよびレ・ミュロー製作所」くらいの意味かと思うが、なんで北フランスとレ・ミュローが並列(et=英語のand)なんだ?

●キット内容は、ざっと以下のような感じ。前述のようにもともと自国フランスのエレール製で、SCALEMATEの年表を見ると、初版発売はなんと1967年。50年以上前という大ベテランキットということになる。エレールの一連の戦間期~第二次大戦国産機キットのなかでもどちらかといえば古いほうだと思うのだが、これが妙に気合が入っている。

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上下張り合わせの長大な主翼と左右分割の胴体のほかは、小パーツ類の枝が1枚。あとは透明パーツとデカール。デカールは本家エレール版と違って一頃のチェコ製キットお馴染みのPROPACTEAM製。印刷も鮮明、ズレもなく(といってもコケイドの青丸は別印刷だが)クリアニス部も極薄のもので、キットの箱にも何やら誇らしげに「スーパー・デカール」と書いてある(ただし使い勝手のほうはよく知らない)。

「妙に気合が入っている」中身に関しては、とにかく「コリャスゴイ」と思うのが、機体側面の外板の薄さの表現。リベットに囲まれた内側が、ごくわずかに膨らんだ表現が丹念に施されている。もっとも実機のクローズアップ写真(自体、ネットを漁ってもあまり出てこないが)では、それなりに外板のベコベコが見て取れるものはあるものの、こんなふうに全部外側に膨らむということはなく、割とランダムに凹凸があるというのが真相のようだ(与圧胴体ではないのでそれが当然かもしれない)。とはいえ、キットの表現はメーカーの気合に敬意を表して、そのまま生かしたい(そしてそれがなんとなくわかるような塗装にしたい)気がする。

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一方でトホホな部分もあり、水平尾翼は裏面に押し出しピン痕が2か所。幸い裏面なので、削り落として、消えたリベット列は針先でつつく程度で誤魔化せるかな?

コクピットは年代物らしく、床板・壁に一体のプリミティブな椅子がモールドされたL字パーツ(後席も基本同様)。操縦桿もない。計器盤は一応あるが、つんつるてんの半月状の板のみ。当然ながら胴体側面内側のモールドも何もない。

後席の旋回機銃は、説明書の諸元ではルイス機銃と出ていて、キットのパーツもそんな感じだが、実際には、30年代後半には国産のレイベル機銃(MAC 1934)に替わっているらしい。円形弾倉が上部に水平に付くルイス機銃と違い、レイベル機銃は右側面に縦につく独特の形状だが、ネット上で拾ったミュロー117の塗装図等でもレイベルを付けて描かれているものが多いようだ。

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開放式コクピットなので、風防は断面がはっきり出てしまうが、キットのパーツはこれも古めかしく分厚い(ただし透明度は高い)。

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●そこまで来て、「そういえば……」と思い出したのが、昔々買った、ファルコンのクリアヴァックス(CLEARVAX)の別売クリアパーツセット。探したら、珍しくストック棚のすぐ表にあった。

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ファルコン(Falcon Models)はニュージーランドのバキュームフォーム・キットのメーカーで、クリアヴァックス・シリーズは、古くて質のあまりよくない古いキットの透明部品を代替する、バキュームフォームの透明部品セット。実質的に同じ仕立てだが、出版社のsquadron/signalとの提携(?)で一機種ずつバラ売りのものもあった。今はキットの透明部品の質が上がって、好んで古キットに手を出さない限り切実に代替部品が必要ということはあまりないため、この手の物を店頭で見る機会も少なくなった。ただ、「もうファルコンなんてないんだろうなー」と思ったら、一応、会社のサイトがあった。まだ生き残ってたのか!?

今回掘り出したのはフランス機セット第一集で、どういう基準なのかよく判らないが、戦間機から戦後のジェット機まで14機種分(そのうち、モラン・ソルニエ406、ドボアチン520、ブロック152は2機分ずつ)入っている。そして一個も使った形跡がないのがまた……とほほ。

このなかにミュロー117も含まれていて、3枚目の写真、下段中央がミュロー用。

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新霍克!(Curtiss Hawk III 1:48 FREEDOM Model Kits)

●ココログの復旧具合についての様子見を兼ねての投稿。

さすがにあまりに不具合の山積に、ちょっとは“やる気”を見せておかないとマズイと思ったらしく、ココログもお知らせページで「不具合修正状況」をほぼ毎日アップするようになった。

それを見ても「どこがどう改善されたのか」は、実はあまりよく判らないのだが、とにかく、「改行はデフォで一行空き」という仕様は元に戻ったようだ(実際にはこの仕様には最初だいぶ違和感を持っていたのだが、とはいえ、さすがに「リッチテキスト・モードで故意に一行空きを入れても実際の画面に反映されない」のは困る)。

 ●という前置きはこれくらいで、試し書き記事の本題。

今日、久しぶりに秋葉原のVOLKSに行ったら、以前マクタロウさんのところで話題になっていた新興模型メーカー、FREEDOM Model Kitsの1:48、カーチス・ホークIIIが置いてあったので、ついたまらず購入してしまった。以下、ごく簡単にレビュー。

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製品アイテム番号は18009、キット名称は「ROCAF CURTISS HAWK III」。ROCAFは「中華民国空軍(Repbulic of China Air Force)」の略で、箱絵は渡洋爆撃の九六陸攻を迎撃する第四大隊長・高志航乗機。

メインとなるパーツは大きめの枝2枚。

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これにデカールシート2枚、エッチングパーツ、透明パーツ等が付く。

●胴体部の表面ディテールは以下のような感じ。

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2枚目は胴体前半の下面。3枚目は機首上面。

4枚目は先行する同スケールのキット、Classic Air Framesとの比較。布張り表現やパネルのメリハリなどはFREEDOMに一日の長があるのは当然と言えそうだが、それ以外に、この状態だと下翼の翼厚が全然違うのが目立つ(と言っても、組み上げてしまうとあまり判らないかも)。

●細部パーツあれこれ。まずはコクピット内。

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1枚目は床板。2枚目は側壁(こんなふうになっているとは知らなかった)。3枚目は座席だが、シートベルトの類はエッチングパーツにも入っていない。この点はちょっと残念。そもそもどういう形のシートベルトなのかも(私は)ちょっとよく判らない。

エンジンと脚、翼下の爆弾架と爆弾。

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エンジン(ライト・サイクロン)はエッチングでプラグコードが付く。小爆弾はフィンが分厚すぎる気がする。実物もこんなんじゃないよね?

エッチングと透明部品。

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張り線は全てエッチングで用意されている。エッチングパーツの下の小リングはプロペラ軸を止めるポリパーツ(たぶん)。

残念なのが透明部品で、特に天蓋部分は分厚過ぎ、枠も太すぎる感じ。特にこの機の場合は密閉コクピットではなく、風防も天蓋もしっかり厚みが見えてしまう。ここはクラシック・エアフレームスから流用したい気がする(クラエアのキットには予備として2機分入っているので)が、私がストックしているクラエアの物は若干黄ばんでいるのがネック。

中国空軍パイロットのフィギュア一体付き。

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……画像の大きさ指定のやり方がよく判らない。以前の投稿フォームだと画像を投稿するたびに大きさの指定ができたのだが、今度のフォームでは、投稿全体の設定でサムネイルの大きさ指定があるだけ。

●説明書はカラー印刷。

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2枚目は機首部分のパネルの選択を示した部分。武装の違いで、機首右側のバルジの大きさにバリエーションがあるのは知っていたが、その前方の縦長パネルにも仕様(輸出先)によって違いがあるのは今まで気付いていなかった。

3枚目は中国空軍機の塗装/マーキング解説図。中央の第四大隊長機(高志航機)のほか、有名どころの李桂丹機や劉粋剛機など7種類が取り上げられているが、シートには胴体の大きな数字の0~9が別途2つずつ用意されているので、開戦時の第四・第五大隊所属機はどれでも作れそう。

キット名称は「中華民国空軍」だが、デカールはタイ空軍、アルゼンチン空軍所属機のものも(1種ずつ)用意されており、上記説明書の図示にあるように各仕様に合わせて細部パーツは選択式になっている。

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続・ココログ謎メンテ

●「続」ひとつで終わるのか、それとも「続々」「続々々」……と続くのか。現時点では不透明。
とりあえず、今日(24日)までの段階で、
  • 私自身は投稿した記事、コメントを通常画面でも閲覧できるようになった。
  • 20190324_200141画像の投稿に関しては右の通り。位置は「指定なし」「左回り込み」「右回り込み」「中央寄せ」が選択でき、これに関しては「右回り込み」を指定してある(文章が右に回り込むのではなく、画像が右寄せになる、という意味らしい)。一応、クリックして拡大表示もできるようになったらしい。ただし、これまでのように別窓がポップアップするのではなく、別タブが開いた。一応、編集画面の「画像の挿入」タブでは「別ウィンドウで原寸大表示」という欄にチェックを入れているので、別窓でなく別タブなのは、微妙にバグではないかと思う。個人的には面倒なので「htmlタグで指定し直せばいい」などという解決策は却下の方向で。
  • 投稿(編集)フォームの画面における「PCプレビュー」ボタンが使えるようになった。またプレビューはメンテ前とは違い、まったく通常のブログ表示画面と同じになった(以前は「プレビュー」ではなく、単純に投稿内容の確認だけだった)。
  • リッチテキストでの投稿において一行空きを行っても、やはりタグはただの改行の<div></div>で、最終の表示画面では一行空きは反映されないままのようだ。ちなみに、冒頭「~不透明。」と、「とりあえず」の間に、編集画面では1行ブランクを入れてある。
  • hn-nhさんからメールでご連絡を頂いたが、どうも環境によってはコメントの投稿そのものが行えないらしい。hn-nhさんは「海外IPが云々」というコメントが出て、投稿が受け付けられなかった由。というわけで、hn-nhさん以外にも投稿できん!という方がいらっしゃったら済みません。
  • 一度記事投稿ボタンを押すと、「記事の保存が完了しました。」ページが表示される。そのページ下半分は、当該ページの編集画面がそのまま表示されている。おそらく、本来の意図としてはそこで追加の編集ができるようになっているのだが、その編集欄では「通常エディタ」と「リッチテキスト」の切り替えボタンが無効。またそこで変更を行って「保存する」ボタンを押しても、現時点では変更が反映されないようだ。
まだいまひとつ信用しきれない感じもあるので、なお数日様子見の予定。

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ココログ謎メンテ

●ココログの大幅リニューアルがあり、昨19日は昼過ぎまでメンテナンスのために投稿等々ができなくなっていた(ブログの閲覧はできた)。
これがメンテが終わってからの初投稿なのだが、以前と投稿画面が全く違っていて、どうも勝手がよくわからない。そもそも以前の投稿フォームだと、段落を変えると自動で1行空きが入るようになっていたのだが(段落が<p></p>タグで括られる)、今度のフォームだとそうはならない(<div></div>タグで括られる)ようだ。なんだかよくわからん……。
●それはそれとして、もっとよくわからないのは、記事に対してコメントを書き込んでも、それがブログ画面に反映されず表示されないこと。
そもそもコメントの投稿が受け付けられていないのかと思ったのだが、管理画面のコメントのページを見ると、しっかり公開承認済みのなかに投稿コメントが入っている。
実際には「コメントが反映されない」というのは、同じくココログを利用しているme20さんのところに今日(20日)投稿しようとしてダメで、さすがにme20さんのところで出禁を食らうような悪さをした覚えもないので、試しに自分のところにも投稿してみて「そもそもココログでコメント投稿ができない」というのが判明したもの。
もっとも、ココログのお知らせ画面にはそのような不具合が発生中であるとは出ていないので、もしかしたら私の環境下だけのことなのかもしれない。よくわからん……。
そして、下にその管理画面と実際のブログのコメント欄の画像を貼ろうとしたのだが、画像の貼り付け方法がこれまたよくわからない(画像が貼られた状態になっているのかどうかすら判らず)。
●(追記)この記事を書いて、とりあえず「公開」状態で保存してみたのだが、コメント同様、管理画面のリストにはちゃんと存在しているのに、実際のブログ画面にはやはり反映されなかった(つまり、私の環境下では依然「かに!」が最新記事として表示されている)。
しかし、投稿してしばらくしたら、みやまえさんからこの「ココログ謎メンテ」記事宛てにコメントが付いた!!(登録メールアドレス宛にコメントが付いた旨のメールが来て気付いた)。確かに管理画面のコメント欄では、みやまえさんのコメントが加わっている。
……が、以前として、記事も、(もちろんそれについたみやまえさんのコメントも)私には見えないんですよ!
みやまえさんがコメントを付けたということは、少なくともみやまえさんの環境では、(どう見えているかは別として)「ココログ謎メンテ」の記事が表示されているらしい。ちなみに、私の環境下では、firefoxでもchromeでもedgeでも表示されないので、ブラウザの問題ではないようだ。
●(追記2)ココログのお知らせページには、3月15日付の「メンテナンスのお知らせ」が最新で、その後の状況につき何も言及がないが(21日17時過ぎ現在)、その記事に対するユーザーのコメントを見ると、私と同様の「書き込んで管理画面で確認できても閲覧できない」を含め、かなり大規模にトラブっている模様。私自身はタダで使わせて貰っているので偉そうに意見できる立場ではないが、そういう状態が起きているくらいちゃんとアナウンスしようよ……>ココログ
上の追記を書いて以降、donjiさんからもコメントを頂いたが(iPadでは閲覧できる由)、私の環境では、PCでもスマホでもなおブログ記事、コメントとも閲覧不能。そもそもこうして書いているものがどんな体裁になっているのかさえよく判らない(作成フォームの「プレビュー」ボタンも機能しない)ので、何か変な状態になっていてもご容赦を。

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かに!

●複数の仕事が滞っていて、その一方で、昨年末より義弟(といっても私よりも年上)の革鞄工房に不定期で手伝いに出かけるようになったため、まともな模型製作はご無沙汰。

ただし、いじりかけの模型とか工具とかは目の前に置きっぱなしなので、ブロンコのKV用履帯(という製品名のKV-1S/IS用履帯)をちょっと繋いでみたり、ブレゲー27の風防を切り出して削ってみたりなど、半端な模型いじりはしている(息抜き、という名目の現実逃避)。

当「かばぶ」もすっかり更新が滞ってしまっているが、生存報告としてあれやこれや。

●「Yahoo!」がブログサービスを今年末で終了してしまうのだそうだ。身近なところでは、例えばTFマンリーコさんのところとか……。あるいは、時々覗きに行く範囲では、デビグマさんvkさん戦車大好きさんのところなど。

ブログという媒体自体が、なんとなく「ひと昔前のもの」感が出てきて、大手の撤収ではYahoo!が最初なのかもしれないが、ココログもいつまで継続するものやら。そう考えると、決して他人ごとではない。

その昔、NIFTYで開いていた個人HPの「河馬之巣」も、HPサービスの終了であっちに流れこっちに流れして結局閉じることになったが、いずれ、ブログでも同じようなことになるのかもしれない。別に未来永劫残って欲しいとも思わないが、何かしら書く気があるうちになくなってしまうのは困るなあ……。

●日中に散歩に行けなかったので夜中に逗子駅前まで出かけたら、逗子銀座商店街の歩道をのそのそとカニが歩いていた(3月4日)。

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脚まで含めると手のひらに近いくらいの大きさがある。おそらくモクズガニ。この写真ではハサミ部分はあまりよく写っていないが、もしもきちんとハサミの細部写真を撮っていれば、もっさり毛が生えているはず(とはいえ、水から上がっているのでハサミに沿って撫でつけられた状態だが)。

今から20年以上前、逗子銀座商店街の裏手に住んでいた時、やはりこの日と同じように雨の日だったと思うのだが、玄関先でカニを見かけたことがある。ペットが逃げ出したとかではなく、野生のカニが(川からそこそこ離れているが)放浪してここまでやってきたのだと思う。

ちなみにモクズガニは上海ガニとごく近縁で、美味いそうだ。

●早春の採集食い物記録。

2月、結局3度ほどフキノトウを収穫して食べた。フキ味噌、オリーブオイル漬け、天ぷらと、一通り(フキ味噌の写真は2月初めに載せたものと同じ)。

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4枚目は、オリーブオイル漬けにブルーチーズ入りのベビーチーズを散らして、さらにとろけるスライスチーズを載せてチーズトーストにしたもの。はちみつをちょっと垂らして食べるともっと美味いんじゃないか……と想像したのだけれど、はちみつがなくて試せず。

もう今ではフキノトウは伸びきってしまったが、その前に多めに収穫したものは冷凍保存してあり、そのうちまたフキ味噌を作る予定。

1枚目右側ののびるは、まだ今季1回収穫して、軽く塩漬けで食べているのみ。

このあたりの春の山菜で、個人的にはいちばん美味いと思っているアケビの芽は、まだようやく芽吹き始めた程度。本日(3月9日)でこれくらい。

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せめて20センチくらい伸びないと。

知人がヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)をおひたしにしたと聞いて、改めて試してみる。柔らかそうな芽先だけ摘んできた。見た目綺麗で、虫など付いていなさそうなものを選んだつもりが、すすいでみたらアブラムシだらけ(下の写真左でも、画面右端に1匹歩いている)。それでも根気よくゆすいで、その後さっと茹でた。昨年初めて試したときはそのままおひたしにしたが、今回はもうひと手間かけてゴマ和えに。

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……うーん、ゴマ和えの味だな。もさっとしていて、取り立ててよい風味が感じられるわけでもなく、不味くはないけれど積極的に採って食べる価値があるか微妙。って、去年も同じような感想を抱いた気がする。

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「PW」と「WP」

●vol de nuitさんの、「ワルシャワ蜂起時の車輛」の関連話題。

ワルシャワ蜂起の記録写真を見ていると、よく「PW」という文字、あるいはぞれを繋げた錨型のシンボルマークをよく目にする。壁などに大書されていることもあるし、鹵獲パンター「Pudel」の前面装甲板に書かれていたとも言われる(ただし、私自身はそれをはっきり確認できる写真は見たことがない気がする)。

ポーランド軍関連の資料(主にポーランド語)を集めていると、「Wojska Polskiego(ヴォイスカ・ポルスキェゴ)」という単語をよく目にする。単純に「ポーランド軍」という意味で、私は「PW」の錨型マークも、その略(あるいは単語の前後をひっくり返して「Polski Wojska」とか……文法的に正しいかどうかはよく判らない)なのかと思っていた。

しかし最近、何かの弾みで調べてみて、別の言葉の略なのだというのを(今更)知った。

PWの頭文字自体は、当初は、1939年12月に発生したナチス・ドイツの占領軍による民間人虐殺事件に対する「(それが発生したワルシャワの地区名である)ヴァヴェルの報いを」(Pomścimy Wawer)というスローガンを示したもの。

150pxkotwica_jako_symbol_polski_wal それが、その後、より曖昧に「戦うポーランド(Polska Walcząca)」の頭文字として定着。1942年初頭、国内軍によるレジスタンス活動のシンボルとしてデザインコンテストが行われ、アンナ・スモレンスカという女性活動家による錨型のロゴが採用された。以後、このマークは見た目通り「Kotwica(コトヴィツァ:錨)」と呼ばれ、(ワルシャワ蜂起に限らす)ポーランドの地下政府および国内軍のシンボルマークとして使用された(右画像はwikimedia commonsより)。ちなみに、アンナ・スモレンスカは1942年末にゲシュタポに逮捕され、翌年、アウシュヴィッツで死去している由。……というような内容は、英語版のwikipedia由来。

ただし、この「PとWを組み合わせた錨」のマークは、実際には戦前から、出版社「ポーランド出版(Wydawnictwa Polskiego)」の印章として用いられていたという話も、ポーランド語版のwikipediaに出ている(何しろ機械翻訳なので細部がよくわからないが)。

なお、「ワルシャワ蜂起」自体もポーランド語で言うと「Powstanie Warszawskie(ポフスタニエ・ヴァルシャフスキエ)」で、頭文字はPWになる。ややこし。

Band_of_polish_home_army_armia_kraj ●ということで、「PW」と錨マークについてはスッキリしたのだが、一方で、蜂起軍が鹵獲使用したパンター(Pudelなのか、もう一両のほうなのか、ちょっとはっきりしない)の砲塔後面ハッチには、「WP」と書いてあったりする。蜂起軍兵士の国旗の色の識別腕章にも、WPと書かれている例が多いようだ。右の腕章写真もwikimedia commonsより。

こちらは私の以前の想像のように、「Wojska Polskiego(ポーランド軍)」の意味と考えていいのだろうか?……どうもよくわからん。

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