ANF レ・ミュロー117 SMĚR(ex-Heller)1:72

●リニューアルに伴うトラブルと仕様変更もあって更新意欲が削がれ気味なブログだが、かといって書かずにいると「書かないことが常態」化してしまうので、暇ネタ的にキットレビュー。取り上げるのは、前々回の試験投稿、「続・ココログ謎メンテ」で画像を貼った、チェコ、スムニェル(SMĚR)のミュロー117(A.N.F. MUREAUX 117)。

●逗子にはもともと、私が引っ越してきた頃には模型屋が3軒あったのだが、延命寺の斜め向かいにあった老舗の航研堂はもうだいぶ前に閉店。披露山入り口近くにあった八風堂も先日閉店。残るは延命寺前から沼間方面に行く途中のつばさ模型だけだが、こちらも最近は週末だけの限定営業になってしまった。

先月末の日曜日、前を通りかかったら開いていて、知り合いが中にいたので入ってちょっと世間話。このキットは、そのついでに購入したもの。

20190324_200141 ●スムニェル(SMĚR)は、あっちこっちの古キットを箱替え、デカール替えで出しているチェコのレーベルで、1:50のアルティプラストの一連のキットもあるが、1:72は基本、エレールなのかな?

とにかくこのミュローもエレールのキット。そもそもこんな戦前フランスの偵察機なんていうマイナー機種、エレールじゃなきゃ出さないと思う……(もっとも今はAZURという強力なフランス・マイナー機推しレーベルが別にあるが)。実際には私は昔々エレール版も買って持っているのだが、そちらは作りかけてどこかストック棚の奥底に堆積しているはず。もしかしたらスムニェル版も一つ持っていたかも。

こんなマイナー機、いったいいくつ(そしていつ)作るつもりなんだ……。

●実機については、原型機「ANFレ・ミュロー 110」の項目名でwikipediaにも立項されている。一応簡単に記しておくと、レ・ミュロー110シリーズは高翼単葉単発複座の偵察機で、ブレゲー19/ポテーズ25の代替として1930年代半ばにフランス空軍に配備されたもの。117はイスパノ・スイザ12Ybrsエンジンを搭載した後期の主生産型。wikipediaだと、爆撃能力を付加した「117R2B2」ということになっているが、キットの説明書だと、偵察専用の「117R2」と、偵察・爆撃型の「117R2B2」の2通りが生産されたような書き方がなされている。第二次大戦時にもまだ現役だったが、最高速が300キロ台の旧式機でもあり、キットの説明書でも「they were scarcely used and without remarkable success」(ほとんど使われず、目立った活躍もなかった)と、身も蓋もない。

スムニェルのキットでは名称が「MUREAUX」になっているが、本家エレールでは「Les MUREAUX」と冠詞が付いている(wikipediaでも)。mureauxという単語自体は「壁」とかいう意味で(複数形)、「いくらなんでも飛行機に壁なんて名前を付けるか?」と思っていたのだが、改めて検索すると、パリ近郊にレ・ミュロー(Les Mureaux)という工業都市がある(古くは中心部が城壁に囲まれていたのが名前の由来であるらしい)。そして、この機を開発・生産したメーカーがこの街にある「A.N.F. レ・ミュロー社」(フルネームは“Les Ateliers de Construction du Nord de la France et des Mureaux”(desはde+lesの縮約形)で、要するにこの時期の他のフランス機と同様、「メーカー名+型番」の機名だった――というのを、今頃になってようやく知った。それにしてもこの社名、「北フランスおよびレ・ミュロー製作所」くらいの意味かと思うが、なんで北フランスとレ・ミュローが並列(et=英語のand)なんだ?

●キット内容は、ざっと以下のような感じ。前述のようにもともと自国フランスのエレール製で、SCALEMATEの年表を見ると、初版発売はなんと1967年。50年以上前という大ベテランキットということになる。エレールの一連の戦間期~第二次大戦国産機キットのなかでもどちらかといえば古いほうだと思うのだが、これが妙に気合が入っている。

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上下張り合わせの長大な主翼と左右分割の胴体のほかは、小パーツ類の枝が1枚。あとは透明パーツとデカール。デカールは本家エレール版と違って一頃のチェコ製キットお馴染みのPROPACTEAM製。印刷も鮮明、ズレもなく(といってもコケイドの青丸は別印刷だが)クリアニス部も極薄のもので、キットの箱にも何やら誇らしげに「スーパー・デカール」と書いてある(ただし使い勝手のほうはよく知らない)。

「妙に気合が入っている」中身に関しては、とにかく「コリャスゴイ」と思うのが、機体側面の外板の薄さの表現。リベットに囲まれた内側が、ごくわずかに膨らんだ表現が丹念に施されている。もっとも実機のクローズアップ写真(自体、ネットを漁ってもあまり出てこないが)では、それなりに外板のベコベコが見て取れるものはあるものの、こんなふうに全部外側に膨らむということはなく、割とランダムに凹凸があるというのが真相のようだ(与圧胴体ではないのでそれが当然かもしれない)。とはいえ、キットの表現はメーカーの気合に敬意を表して、そのまま生かしたい(そしてそれがなんとなくわかるような塗装にしたい)気がする。

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一方でトホホな部分もあり、水平尾翼は裏面に押し出しピン痕が2か所。幸い裏面なので、削り落として、消えたリベット列は針先でつつく程度で誤魔化せるかな?

コクピットは年代物らしく、床板・壁に一体のプリミティブな椅子がモールドされたL字パーツ(後席も基本同様)。操縦桿もない。計器盤は一応あるが、つんつるてんの半月状の板のみ。当然ながら胴体側面内側のモールドも何もない。

後席の旋回機銃は、説明書の諸元ではルイス機銃と出ていて、キットのパーツもそんな感じだが、実際には、30年代後半には国産のレイベル機銃(MAC 1934)に替わっているらしい。円形弾倉が上部に水平に付くルイス機銃と違い、レイベル機銃は右側面に縦につく独特の形状だが、ネット上で拾ったミュロー117の塗装図等でもレイベルを付けて描かれているものが多いようだ。

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開放式コクピットなので、風防は断面がはっきり出てしまうが、キットのパーツはこれも古めかしく分厚い(ただし透明度は高い)。

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●そこまで来て、「そういえば……」と思い出したのが、昔々買った、ファルコンのクリアヴァックス(CLEARVAX)の別売クリアパーツセット。探したら、珍しくストック棚のすぐ表にあった。

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ファルコン(Falcon Models)はニュージーランドのバキュームフォーム・キットのメーカーで、クリアヴァックス・シリーズは、古くて質のあまりよくない古いキットの透明部品を代替する、バキュームフォームの透明部品セット。実質的に同じ仕立てだが、出版社のsquadron/signalとの提携(?)で一機種ずつバラ売りのものもあった。今はキットの透明部品の質が上がって、好んで古キットに手を出さない限り切実に代替部品が必要ということはあまりないため、この手の物を店頭で見る機会も少なくなった。ただ、「もうファルコンなんてないんだろうなー」と思ったら、一応、会社のサイトがあった。まだ生き残ってたのか!?

今回掘り出したのはフランス機セット第一集で、どういう基準なのかよく判らないが、戦間機から戦後のジェット機まで14機種分(そのうち、モラン・ソルニエ406、ドボアチン520、ブロック152は2機分ずつ)入っている。そして一個も使った形跡がないのがまた……とほほ。

このなかにミュロー117も含まれていて、3枚目の写真、下段中央がミュロー用。

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新霍克!(Curtiss Hawk III 1:48 FREEDOM Model Kits)

●ココログの復旧具合についての様子見を兼ねての投稿。

さすがにあまりに不具合の山積に、ちょっとは“やる気”を見せておかないとマズイと思ったらしく、ココログもお知らせページで「不具合修正状況」をほぼ毎日アップするようになった。

それを見ても「どこがどう改善されたのか」は、実はあまりよく判らないのだが、とにかく、「改行はデフォで一行空き」という仕様は元に戻ったようだ(実際にはこの仕様には最初だいぶ違和感を持っていたのだが、とはいえ、さすがに「リッチテキスト・モードで故意に一行空きを入れても実際の画面に反映されない」のは困る)。

 ●という前置きはこれくらいで、試し書き記事の本題。

今日、久しぶりに秋葉原のVOLKSに行ったら、以前マクタロウさんのところで話題になっていた新興模型メーカー、FREEDOM Model Kitsの1:48、カーチス・ホークIIIが置いてあったので、ついたまらず購入してしまった。以下、ごく簡単にレビュー。

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製品アイテム番号は18009、キット名称は「ROCAF CURTISS HAWK III」。ROCAFは「中華民国空軍(Repbulic of China Air Force)」の略で、箱絵は渡洋爆撃の九六陸攻を迎撃する第四大隊長・高志航乗機。

メインとなるパーツは大きめの枝2枚。

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これにデカールシート2枚、エッチングパーツ、透明パーツ等が付く。

●胴体部の表面ディテールは以下のような感じ。

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2枚目は胴体前半の下面。3枚目は機首上面。

4枚目は先行する同スケールのキット、Classic Air Framesとの比較。布張り表現やパネルのメリハリなどはFREEDOMに一日の長があるのは当然と言えそうだが、それ以外に、この状態だと下翼の翼厚が全然違うのが目立つ(と言っても、組み上げてしまうとあまり判らないかも)。

●細部パーツあれこれ。まずはコクピット内。

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1枚目は床板。2枚目は側壁(こんなふうになっているとは知らなかった)。3枚目は座席だが、シートベルトの類はエッチングパーツにも入っていない。この点はちょっと残念。そもそもどういう形のシートベルトなのかも(私は)ちょっとよく判らない。

エンジンと脚、翼下の爆弾架と爆弾。

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エンジン(ライト・サイクロン)はエッチングでプラグコードが付く。小爆弾はフィンが分厚すぎる気がする。実物もこんなんじゃないよね?

エッチングと透明部品。

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張り線は全てエッチングで用意されている。エッチングパーツの下の小リングはプロペラ軸を止めるポリパーツ(たぶん)。

残念なのが透明部品で、特に天蓋部分は分厚過ぎ、枠も太すぎる感じ。特にこの機の場合は密閉コクピットではなく、風防も天蓋もしっかり厚みが見えてしまう。ここはクラシック・エアフレームスから流用したい気がする(クラエアのキットには予備として2機分入っているので)が、私がストックしているクラエアの物は若干黄ばんでいるのがネック。

中国空軍パイロットのフィギュア一体付き。

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……画像の大きさ指定のやり方がよく判らない。以前の投稿フォームだと画像を投稿するたびに大きさの指定ができたのだが、今度のフォームでは、投稿全体の設定でサムネイルの大きさ指定があるだけ。

●説明書はカラー印刷。

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2枚目は機首部分のパネルの選択を示した部分。武装の違いで、機首右側のバルジの大きさにバリエーションがあるのは知っていたが、その前方の縦長パネルにも仕様(輸出先)によって違いがあるのは今まで気付いていなかった。

3枚目は中国空軍機の塗装/マーキング解説図。中央の第四大隊長機(高志航機)のほか、有名どころの李桂丹機や劉粋剛機など7種類が取り上げられているが、シートには胴体の大きな数字の0~9が別途2つずつ用意されているので、開戦時の第四・第五大隊所属機はどれでも作れそう。

キット名称は「中華民国空軍」だが、デカールはタイ空軍、アルゼンチン空軍所属機のものも(1種ずつ)用意されており、上記説明書の図示にあるように各仕様に合わせて細部パーツは選択式になっている。

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続・ココログ謎メンテ

●「続」ひとつで終わるのか、それとも「続々」「続々々」……と続くのか。現時点では不透明。
とりあえず、今日(24日)までの段階で、
  • 私自身は投稿した記事、コメントを通常画面でも閲覧できるようになった。
  • 20190324_200141画像の投稿に関しては右の通り。位置は「指定なし」「左回り込み」「右回り込み」「中央寄せ」が選択でき、これに関しては「右回り込み」を指定してある(文章が右に回り込むのではなく、画像が右寄せになる、という意味らしい)。一応、クリックして拡大表示もできるようになったらしい。ただし、これまでのように別窓がポップアップするのではなく、別タブが開いた。一応、編集画面の「画像の挿入」タブでは「別ウィンドウで原寸大表示」という欄にチェックを入れているので、別窓でなく別タブなのは、微妙にバグではないかと思う。個人的には面倒なので「htmlタグで指定し直せばいい」などという解決策は却下の方向で。
  • 投稿(編集)フォームの画面における「PCプレビュー」ボタンが使えるようになった。またプレビューはメンテ前とは違い、まったく通常のブログ表示画面と同じになった(以前は「プレビュー」ではなく、単純に投稿内容の確認だけだった)。
  • リッチテキストでの投稿において一行空きを行っても、やはりタグはただの改行の<div></div>で、最終の表示画面では一行空きは反映されないままのようだ。ちなみに、冒頭「~不透明。」と、「とりあえず」の間に、編集画面では1行ブランクを入れてある。
  • hn-nhさんからメールでご連絡を頂いたが、どうも環境によってはコメントの投稿そのものが行えないらしい。hn-nhさんは「海外IPが云々」というコメントが出て、投稿が受け付けられなかった由。というわけで、hn-nhさん以外にも投稿できん!という方がいらっしゃったら済みません。
  • 一度記事投稿ボタンを押すと、「記事の保存が完了しました。」ページが表示される。そのページ下半分は、当該ページの編集画面がそのまま表示されている。おそらく、本来の意図としてはそこで追加の編集ができるようになっているのだが、その編集欄では「通常エディタ」と「リッチテキスト」の切り替えボタンが無効。またそこで変更を行って「保存する」ボタンを押しても、現時点では変更が反映されないようだ。
まだいまひとつ信用しきれない感じもあるので、なお数日様子見の予定。

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ココログ謎メンテ

●ココログの大幅リニューアルがあり、昨19日は昼過ぎまでメンテナンスのために投稿等々ができなくなっていた(ブログの閲覧はできた)。
これがメンテが終わってからの初投稿なのだが、以前と投稿画面が全く違っていて、どうも勝手がよくわからない。そもそも以前の投稿フォームだと、段落を変えると自動で1行空きが入るようになっていたのだが(段落が<p></p>タグで括られる)、今度のフォームだとそうはならない(<div></div>タグで括られる)ようだ。なんだかよくわからん……。
●それはそれとして、もっとよくわからないのは、記事に対してコメントを書き込んでも、それがブログ画面に反映されず表示されないこと。
そもそもコメントの投稿が受け付けられていないのかと思ったのだが、管理画面のコメントのページを見ると、しっかり公開承認済みのなかに投稿コメントが入っている。
実際には「コメントが反映されない」というのは、同じくココログを利用しているme20さんのところに今日(20日)投稿しようとしてダメで、さすがにme20さんのところで出禁を食らうような悪さをした覚えもないので、試しに自分のところにも投稿してみて「そもそもココログでコメント投稿ができない」というのが判明したもの。
もっとも、ココログのお知らせ画面にはそのような不具合が発生中であるとは出ていないので、もしかしたら私の環境下だけのことなのかもしれない。よくわからん……。
そして、下にその管理画面と実際のブログのコメント欄の画像を貼ろうとしたのだが、画像の貼り付け方法がこれまたよくわからない(画像が貼られた状態になっているのかどうかすら判らず)。
●(追記)この記事を書いて、とりあえず「公開」状態で保存してみたのだが、コメント同様、管理画面のリストにはちゃんと存在しているのに、実際のブログ画面にはやはり反映されなかった(つまり、私の環境下では依然「かに!」が最新記事として表示されている)。
しかし、投稿してしばらくしたら、みやまえさんからこの「ココログ謎メンテ」記事宛てにコメントが付いた!!(登録メールアドレス宛にコメントが付いた旨のメールが来て気付いた)。確かに管理画面のコメント欄では、みやまえさんのコメントが加わっている。
……が、以前として、記事も、(もちろんそれについたみやまえさんのコメントも)私には見えないんですよ!
みやまえさんがコメントを付けたということは、少なくともみやまえさんの環境では、(どう見えているかは別として)「ココログ謎メンテ」の記事が表示されているらしい。ちなみに、私の環境下では、firefoxでもchromeでもedgeでも表示されないので、ブラウザの問題ではないようだ。
●(追記2)ココログのお知らせページには、3月15日付の「メンテナンスのお知らせ」が最新で、その後の状況につき何も言及がないが(21日17時過ぎ現在)、その記事に対するユーザーのコメントを見ると、私と同様の「書き込んで管理画面で確認できても閲覧できない」を含め、かなり大規模にトラブっている模様。私自身はタダで使わせて貰っているので偉そうに意見できる立場ではないが、そういう状態が起きているくらいちゃんとアナウンスしようよ……>ココログ
上の追記を書いて以降、donjiさんからもコメントを頂いたが(iPadでは閲覧できる由)、私の環境では、PCでもスマホでもなおブログ記事、コメントとも閲覧不能。そもそもこうして書いているものがどんな体裁になっているのかさえよく判らない(作成フォームの「プレビュー」ボタンも機能しない)ので、何か変な状態になっていてもご容赦を。

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かに!

●複数の仕事が滞っていて、その一方で、昨年末より義弟(といっても私よりも年上)の革鞄工房に不定期で手伝いに出かけるようになったため、まともな模型製作はご無沙汰。

ただし、いじりかけの模型とか工具とかは目の前に置きっぱなしなので、ブロンコのKV用履帯(という製品名のKV-1S/IS用履帯)をちょっと繋いでみたり、ブレゲー27の風防を切り出して削ってみたりなど、半端な模型いじりはしている(息抜き、という名目の現実逃避)。

当「かばぶ」もすっかり更新が滞ってしまっているが、生存報告としてあれやこれや。

●「Yahoo!」がブログサービスを今年末で終了してしまうのだそうだ。身近なところでは、例えばTFマンリーコさんのところとか……。あるいは、時々覗きに行く範囲では、デビグマさんvkさん戦車大好きさんのところなど。

ブログという媒体自体が、なんとなく「ひと昔前のもの」感が出てきて、大手の撤収ではYahoo!が最初なのかもしれないが、ココログもいつまで継続するものやら。そう考えると、決して他人ごとではない。

その昔、NIFTYで開いていた個人HPの「河馬之巣」も、HPサービスの終了であっちに流れこっちに流れして結局閉じることになったが、いずれ、ブログでも同じようなことになるのかもしれない。別に未来永劫残って欲しいとも思わないが、何かしら書く気があるうちになくなってしまうのは困るなあ……。

●日中に散歩に行けなかったので夜中に逗子駅前まで出かけたら、逗子銀座商店街の歩道をのそのそとカニが歩いていた(3月4日)。

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脚まで含めると手のひらに近いくらいの大きさがある。おそらくモクズガニ。この写真ではハサミ部分はあまりよく写っていないが、もしもきちんとハサミの細部写真を撮っていれば、もっさり毛が生えているはず(とはいえ、水から上がっているのでハサミに沿って撫でつけられた状態だが)。

今から20年以上前、逗子銀座商店街の裏手に住んでいた時、やはりこの日と同じように雨の日だったと思うのだが、玄関先でカニを見かけたことがある。ペットが逃げ出したとかではなく、野生のカニが(川からそこそこ離れているが)放浪してここまでやってきたのだと思う。

ちなみにモクズガニは上海ガニとごく近縁で、美味いそうだ。

●早春の採集食い物記録。

2月、結局3度ほどフキノトウを収穫して食べた。フキ味噌、オリーブオイル漬け、天ぷらと、一通り(フキ味噌の写真は2月初めに載せたものと同じ)。

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4枚目は、オリーブオイル漬けにブルーチーズ入りのベビーチーズを散らして、さらにとろけるスライスチーズを載せてチーズトーストにしたもの。はちみつをちょっと垂らして食べるともっと美味いんじゃないか……と想像したのだけれど、はちみつがなくて試せず。

もう今ではフキノトウは伸びきってしまったが、その前に多めに収穫したものは冷凍保存してあり、そのうちまたフキ味噌を作る予定。

1枚目右側ののびるは、まだ今季1回収穫して、軽く塩漬けで食べているのみ。

このあたりの春の山菜で、個人的にはいちばん美味いと思っているアケビの芽は、まだようやく芽吹き始めた程度。本日(3月9日)でこれくらい。

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せめて20センチくらい伸びないと。

知人がヤハズエンドウ(カラスノエンドウ)をおひたしにしたと聞いて、改めて試してみる。柔らかそうな芽先だけ摘んできた。見た目綺麗で、虫など付いていなさそうなものを選んだつもりが、すすいでみたらアブラムシだらけ(下の写真左でも、画面右端に1匹歩いている)。それでも根気よくゆすいで、その後さっと茹でた。昨年初めて試したときはそのままおひたしにしたが、今回はもうひと手間かけてゴマ和えに。

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……うーん、ゴマ和えの味だな。もさっとしていて、取り立ててよい風味が感じられるわけでもなく、不味くはないけれど積極的に採って食べる価値があるか微妙。って、去年も同じような感想を抱いた気がする。

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「PW」と「WP」

●vol de nuitさんの、「ワルシャワ蜂起時の車輛」の関連話題。

ワルシャワ蜂起の記録写真を見ていると、よく「PW」という文字、あるいはぞれを繋げた錨型のシンボルマークをよく目にする。壁などに大書されていることもあるし、鹵獲パンター「Pudel」の前面装甲板に書かれていたとも言われる(ただし、私自身はそれをはっきり確認できる写真は見たことがない気がする)。

ポーランド軍関連の資料(主にポーランド語)を集めていると、「Wojska Polskiego(ヴォイスカ・ポルスキェゴ)」という単語をよく目にする。単純に「ポーランド軍」という意味で、私は「PW」の錨型マークも、その略(あるいは単語の前後をひっくり返して「Polski Wojska」とか……文法的に正しいかどうかはよく判らない)なのかと思っていた。

しかし最近、何かの弾みで調べてみて、別の言葉の略なのだというのを(今更)知った。

PWの頭文字自体は、当初は、1939年12月に発生したナチス・ドイツの占領軍による民間人虐殺事件に対する「(それが発生したワルシャワの地区名である)ヴァヴェルの報いを」(Pomścimy Wawer)というスローガンを示したもの。

150pxkotwica_jako_symbol_polski_wal それが、その後、より曖昧に「戦うポーランド(Polska Walcząca)」の頭文字として定着。1942年初頭、国内軍によるレジスタンス活動のシンボルとしてデザインコンテストが行われ、アンナ・スモレンスカという女性活動家による錨型のロゴが採用された。以後、このマークは見た目通り「Kotwica(コトヴィツァ:錨)」と呼ばれ、(ワルシャワ蜂起に限らす)ポーランドの地下政府および国内軍のシンボルマークとして使用された(右画像はwikimedia commonsより)。ちなみに、アンナ・スモレンスカは1942年末にゲシュタポに逮捕され、翌年、アウシュヴィッツで死去している由。……というような内容は、英語版のwikipedia由来。

ただし、この「PとWを組み合わせた錨」のマークは、実際には戦前から、出版社「ポーランド出版(Wydawnictwa Polskiego)」の印章として用いられていたという話も、ポーランド語版のwikipediaに出ている(何しろ機械翻訳なので細部がよくわからないが)。

なお、「ワルシャワ蜂起」自体もポーランド語で言うと「Powstanie Warszawskie(ポフスタニエ・ヴァルシャフスキエ)」で、頭文字はPWになる。ややこし。

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こちらは私の以前の想像のように、「Wojska Polskiego(ポーランド軍)」の意味と考えていいのだろうか?……どうもよくわからん。

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小坪高角砲台補遺(その2)

●唐突な続編。今までの関連記事は、

改めて披露山(前編)
改めて披露山(中編)
改めて披露山(後編)
砲台山
小坪高角砲台(改めて披露山)補遺
季節労働の終わりと砲台山再訪

●逗子市役所のサイトには、「逗子フォト」という素敵なミニ・アーカイブがあり、古今の逗子の写真がストックされている。確か、去年か一昨年あたりに開設されたばかりで、写真も随時追加中。

実のところ、写真のタグの設定の仕方があまりよくないのか、「こういう写真が見たい」と思った時に上手く検索で出て来なかったりして、その辺、改善の余地はあるのだが、ぜひこのまま着々と充実を目指してほしい。

さて、そんな「逗子フォト」に、どうやら最近のことらしいが、披露山の「小坪高角砲台」の、公園に改装される前の写真が掲載された。

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すでに雑草に覆われているものの、砲が撤去されたのみのプレーンな状態の砲台の状態が見られる写真として非常に貴重。ちなみに、披露山山頂に構築された3つの砲座のうちのどれなのかは、逗子フォトの説明文では明記されていないが、現・猿舎である可能性は高いように思う。

たった一枚なのが残念だが、これだけでも、いろいろと興味深い点が見て取れる。

(1).中央の砲架据付部は、現在の猿舎では小さな池+金網屋根の柱基部に改装されており、また、ほぼ同型の横須賀・砲台山では埋まって土の地面になっているが、単純にコンクリート床面に穴が開いているのではなく、がっちりと砲を固定するために、何やら凝った段差形状になっているのが判る。砲台山と同様、穴の最外周部分は、うっすら細く1、2センチの幅の段差があるようだ。

また、穴の向こうには現在も残る「何かの器具の取付基部の円環鉄パーツ」がいくつか並んでいるのがボンヤリ確認できる。

201808091250203 (2).正面の穴(階段の向かってすぐ左)は、他の壁龕と異なり、上部がアーチ状の背の高いものになっている。ここは、現在の披露山猿舎ではコンクリートで埋められ、ディテールが判らなかった部分。砲台山では他と同一形状の四角い壁龕で、披露山も当然そうだとばかり思っていた。

以前の記事で、ここがコンクリートで埋められている理由について、「どうも、壁龕の上部分が少し壊れていて、それをわざわざ手間をかけて補修するよりも、いっそ壁龕ごと埋めてしまった方が楽だったための措置という気がする」と書いたのだが、実際には、「上部が崩れた」のではなく、もともと上に長い独特の形状の穴だったことになる。

なお、「逗子フォト」には猿舎の檻の内側からこの部分を写した写真も上がっており(右写真)、それを見ると、私が以前の記事に載せた写真よりも、埋めた痕跡がより明瞭に判る。披露山の砲台では、なぜ一つだけこのような形状だったのか、大いに謎。

もしかしたら、他の(弾薬仮置き場と思われる)壁龕と違い、地下通路入り口という可能性もあるのかもしれない(また、それなら埋められた理由も想像しやすい)。方向的には他の2基の砲台跡とは(現売店の観測所跡とも)若干ずれていて、まっすぐ行くと山の斜面に出てしまいそうだが、例えば連絡用通路だったとしても、爆風がストレートに来ないように曲げて作ってあるとか。あるいは山の斜面への脱出用通路とか?

20170708_151443 (3).その隣の兵員詰所?部分に関しては、現在の猿舎では他の部分と同一円周上までコンクリートで屋根が付けられているが、もともとは、砲台山と同様、一段窪んでいたことが確認できる。こちらは上と逆に、もともと披露山の砲台がちょっと変わった形状だったのか?などとも思っていたのだが、実際には後からの改修だったわけだ。猿舎の檻を被せるにあたって、ここだけ形がいびつなのは不都合だったので新たに天井を設けたものか?

現在のこの部分を外側から見ると、右写真のようになっている。砲台の円周から一部外側にうっすらとコンクリート地がはみ出しているのが詰所部分で、このコンクリート部分が本来は窪みだったことになる。

(4).詰所入り口は、一段下に窪んでいるらしい。砲台山では崩れた土砂で埋まって確認できない部分だが、やはり窪んでいるのだろうか?

大雨の時、すり鉢状の砲台に流れ込んだ水が、さらに詰所に流れ込んできたりしないのかなあ。いや、まあ、排水口くらい作ってあるか……。

(5).特に写真右手の壁龕は、周囲が枠状に出っ張っているように見える。現状の猿舎では、ここは面取りが施されている部分で、単に写真写りの問題で(エッジがこすれて白くなって)出っ張っているように見えているだけか? わざわざ後から縁を削って面取り加工した、などという可能性は低そうな気がするが……。

●週末、いきなり左足の親指が痛んで腫れあがってしまった。まさかこれが話に聞く痛風というやつか!?と焦ったのだが、痛風の場合は親指の付け根関節が腫れるはずが、私の場合は指それ自体。また、痛風なら痛み始めて1日目くらいが痛みのピークで居ても立っても居られないほどになるらしいのだが、そこまで痛いという感じにはならなかった。

どうやら、うっかりトゲか何かを刺してしまって化膿した可能性が高そう。数日して、だんだん痛みも治まってきた。

20190204_223717 ●本来ならまだまだ収穫には早いのだが、ぽつぽつとフキノトウが出始めているのを見て、フキ味噌の味を思い浮かべたとたんにどうしても食べたくなり、月曜日、今年の初収穫。早速フキ味噌を作る。

毎度、各材料の分量は行き当たりばったりだが、今回はかなり美味く出来た気がする。これをつまみに日本酒でも飲みたい感じ。

●hn-nhさんのブログ「ミカンセーキ」のコメント欄でお知り合いになった、vol de nuitさんのブログで、ワルシャワ蜂起時の国内軍の車輛のリストアップと同定で盛り上がっている(基本、3人であーでもないこーでもないと言い合っているだけだが)。記事直通のリンクはこちら

私自身、特にソフトスキンについては生半可な知識しかなく、先日の記事で紹介した資料“Pojazdy ARMII KRAJOWEJ w Powstaniu Warszawskim”まかせの部分が多かったので、いろいろと勉強になる。

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浮島

●盛大に仕事が行き詰まり中。

●先週土曜日(1月26日)、逗子マリーナからの海越しの光景。

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小坪漁港に出る手前、小坪寺手前の坂上からちらりと見えた海に、伊豆大島がいつもよりやけに大きくくっきりしていると思ったのだが、よくよく見ると、島の左右端で、海と陸の合間に空が少し入り込んでいた。

程度としては小規模ではあるものの、「浮島」と呼ばれる蜃気楼(逃げ水などと同様の「下位蜃気楼」)で、気温に比べ海面のほうが温度が高い場合に起きる現象だそうな。その右手、伊豆半島の突端も若干浮いていた。

3枚目は江の島越しの富士山。なんだか大噴火を起こしているかのような雲。しばらくすると雲はつぶれて、割とどうということもない景色になっていた。

4枚目は、日本の特攻戦術の中でも恐らく最も愚劣な「伏龍」出撃用の稲村ケ崎の洞窟陣地。国道に面した内陸側の入り口はだいぶ以前に塞がれていてよく確認できない。

●京浜急行が、来年3月、(他のいくつかの駅と同時に)京急新逗子駅の駅名を「逗子・葉山駅」に変更するのだそうだ。

駅は逗子にあるのに、無理やり葉山をくっつけなくても……みたいに(逗子市民としては)一瞬思うが、葉山に最も近い鉄道のアクセスポイントであることを明らかにしたい的な理由が挙げられており、言われてみれば尤もだという気もする。

しかしそれよりも、一般に京急の駅のプラットフォームの方面案内は「**・**・** 方面」とナカグロで列記されており、その中に「逗子・葉山 方面」と書かれると、逗子と葉山という別々の駅があるように思われてしまうのでは……と、facebookでコメントされている方がいて、なるほどと思った。

なお、「新逗子(しんずし)駅」は一つ手前の「神武寺(じんむじ)駅」とまったく母音の並びが一緒なので、車内放送で聞いているとちょっと紛らわしい。その点からいえば、聞き分けやすくなっていい、とも言えるかもしれない。

●このところの日産のCM。「すべての答えは、技術で出す」「技術の日産」と、とにかく技術の一言だけを執拗に押し出しているのを見ると、「うちは技術だけなんです、その他(経営とか組織とか)はダメダメなんです、だから技術以外のことでツッコむのはやめてください」と泣きを入れているように思えてしまう。

●hn-nhさんのブログ「ミカンセーキ」で、miniartから最近発売されたケーブルドラムを出発点に、ワルシャワ蜂起のネタを不定期掲載中。「ケーブルドラム→ワルシャワ蜂起」という連想ゲームは、ワルシャワ蜂起のAFVにある程度の興味のある人ならお馴染みの鹵獲ヘッツァー「Chwat」号の写真から。

ネタ自体は昨夏以来のものだが、ここ最近の一連の記事の出発点はこちら

F1015931 そんなこんなで、じわじわと「ワルシャワ蜂起熱」が掘り起こされてしまい、そろそろMirage HOBBYのクブシュ(Kubuś)をいじり始めようか、などを思い始めた。Mirageのクブシュについての、私自身のレビュー記事はこちら。もう4年以上前か……。

実を言えば、このキットに関しては「いつかSUMICONのネタにしよう」などを思っていて、SUMICONは基本、お手付き禁止なのでそのままストックしていたもの。しかし昨年でSUMICONが(ひとまず)終了になってしまったので、後生大事にストックしている理由が減じたためでもある。

●クブシュのディテール、塗装等に関しての私自身の考証は上記記事の時点からまったく進んでいないのだが、hn-nhさんにこんな資料も紹介してもらった。

Jan Tarczyński, "KUBUŚ Pancerka Powstańczej Warszawy"

私も何冊か持っているタルチンスキ氏著の、クブシュの1冊本。「比較的最近(2000年代以降)出たクブシュの1冊本がある」ということは知っていたのだが、私が知っていたのはMirage HOBBYがキットと一緒に出しているこの本(Antoni Ekner, "Samochód pancerny Kubuś 1944"で、上記、hn-nhさん紹介とは別物。こんな(ワンオフの)車輛の1冊本が複数あるなんて、ポーランド人のクブシュ愛はスゴイな、と思う。ちなみにタルチンスキ氏の著書のほうは、2008年刊行のようだ(つまりキット発売前に出ていたことになる)。

欲しいなあ! と思う一方で、ちょっと躊躇してしまうのは、(1).エクネル版の中身紹介を見ると、当時の写真はweb上で見覚えのあるものが主、中身の結構な割合を占めていると思しき現存実車のwlkaroundもそれなりにwebで閲覧できてしまうため、(2).タルチンスキ版もページ数はそれほど多くなく、写真的にはあまり変わりない可能性があるため。

解説自体はいろいろ興味深いことが書かれていそうではあるが、たぶん両方とも全編ポーランド語。

●もう一冊、hn-nhさんに紹介してもらったのが、

Jan Tarczyński, "Pojazdy Powstańców Warszawskich 1944"

やはりヤン・タルチンスキ著で、書名は「ワルシャワ蜂起軍の車輛、1944」くらいの意味。こちらはクブシュを含め、蜂起軍が使った車輛全般を扱っているらしい。

ちなみに私はこれをよく似た本を持っていて、書名は"Pojazdy ARMII KRAJOWEJ w Powstaniu Warszawskim"(ワルシャワ蜂起における国内軍の車輛)、1994年刊。書名もよく似ているうえに、著者も同じタルチンスキ氏。ついでに出版社も同じWKŁ。もしかしたら上記は私の持っている本の改訂版だったりするんじゃなかろうか……。

20190128_181034 ●というわけで、私の、ワルシャワ蜂起におけるポーランド側車輛の知識のベースとなっている、後者の本の紹介。

確かその昔、ポーランドの模型屋(模型問屋?)であるPELTAから通販で買ったのだと思う。もうPELTAの名を聞かなくなって久しいので、なくなってしまったか、別の社名になったか、どこかに吸収されたかなのだと思う(ちなみに先日紹介したレミのバキュームフォーム・キットもPELTAから仕入れたもの)。

ハードカバーの立派な装丁……とはいっても中身は120ページしかないので、だいぶ薄い。しかも本文テキストはポーランド語。ようやく、写真キャプションだけは英訳併記なのが有り難かった。とにかくこれ以前に時は、ワルシャワ蜂起のポーランド軍車輛に触れている資料は(私の手近にあるものでは)スコードロンの「THE EASTERN FRONT」くらいしかなく、Chwatや鹵獲パンターの写真が複数枚出ていたり、その他ソフトスキンも出ていたりと、この資料は、結構感動ものだった。

とはいえ、特に模型製作のための資料としてみると、だいぶ不足があるものだったのも確か(特に今の目で見ると)。以下、中身の数カットと問題点。

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・基本、写真主体の資料ではないので、「もっとコレの写真ないの?」と思わされるネタも多い。
・写真の質が悪い。現在、webで漁れる写真と同一のカットも多いが、本来、もっと鮮明なものが、ここではボケでいたりする。
・「あの夏のメモリアル」的雰囲気の演出なのか、中身は全て(本文も写真も)セピア色のモノクローム。おかげで、質の悪い写真がますます見づらい(いや、そもそもセピア色印刷のおかげで写真の質が悪く見えるのか?)。

しかし、4枚目写真のChwatの写真の英語キャプションには、「テスト走行中の「Chwat」。装甲板に添えられた木の枝はカムフラージュ目的のものではなく、単に走行中に林に突っ込んだため」などという、「えー、そうなの?(笑)」的な話が書かれていたりして、本文が読めないのが残念。

……とりあえずそんな具合なので、hn-nhさん紹介の新資料が、もしもこれの増補改訂版だったとしても、ちょっと中身は覗いてみたい気がする。

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ホルトの鈍牛(12) 改めての完成披露

●SUMICON2018の終了時に、一度完成報告をしたRODEN 1:35のホルト75トラクター(HOLT 75 Artillery Tractor)だが、昨年末の東京AFVの会に出展する際、直前にちょっと“お色直し”的にウェザリングを追加した。

東京AFVの会が終わってから、そのままケースに入れたままにしてあったのだが、改めて取り出して撮影し直したので、写真をUPしておきたい。

なお、前回ひとまず完成披露した時からの変更(追加)点は、

  • 赤茶のパステルを削って、前輪・履帯・排気管に、若干のさび色を乗せた。
  • 履帯接地部分の鉄色をドライブラシ、黒鉛筆で強調。
  • タミヤ「ウェザリングマスター」のサンド系の色で、さらにエッジを明るめに。
  • ごくわずかにチッピング(始めてみてどうも不自然にしか見えなかったので、早々にやめてしまった)。

――など。

●まずは全体形。

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●エンジン部のクローズアップ。屋根は外して、エンジン上部も明るく見えるようにして撮っている。

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●操縦席周辺。このあたりは、手の触れるところを中心に、もうちょっとちゃんとチッピングを入れるべきだったかも。

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●足回り。前輪操向機構の傘歯車部分にカバーを付けなかったのは、改めて見てもちょっと心残り。起動林はやはりちょっと小さい気がする。

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First to Fight 1:72 クルップ・プロッツェ(ポーランド軍仕様)(3)

●そんなん、ちゃっちゃと形にして終わりだろう……という気も(自分でも)しないでもない、FTFの1:72、ポーランド仕様クルップ・プロッツェの続き。

●前回時点で未工作だった細かいディテールを付加。ふと思い立って「ここもちょっと手を入れよう」とか思い始めない限りは、これで工作は終了。

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・プロッツェの車幅表示棒は、先端が球ではなくて円盤状。要するにペロペロキャンディのような形状。そのまま棒の先に円盤を接着しても今後の作業中に取れてしまいそうだし、どうしようかしばし悩んだのだが、結局、次のようにした。

(1).コントレールのプラ丸棒に穴を開け、直交するように0.3mm真鍮線を通す。

(2).真鍮線を接着後、プラ棒を真鍮線の前後で輪切り。さらにやすりがけして、できるだけ(真鍮線から取れてしまわない範囲で)薄くする。

・ウィンドウ左右につく方向指示器についても、似たような方法で、0.5mmプラバンの細切りに0.3mm真鍮線を刺して作成した。

・運転席側の方向指示器の下には、ホーンなのかスポットライトなのか(たぶん後者)、ポーランド仕様独自であるらしい何やらが付いているので、ジャンクパーツを切ったり削ったりで製作し取り付け。

……などなど。

●ちなみにこのネタの初回記事で、キットのデカールについて「車輛登録番号6種に対応。……これって写真で確認できた全番号を入れてるんじゃないだろうか。」と書いたのだが、私がネット漁りをして見つけた写真ストックの中で、しっかりナンバーが確認できるのは「13185」号車だけだった。

キットのデカールに含まれているのは、

13182 13183 13185 13186 13187 13189

の6種。もしこれらがすべて写真で確認できているとすれば、私の知らないポルスキ・プロッツェの(一応番号が確認できるほど鮮明な)写真がまだまだそれなりに眠っている、ということになる。

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