カラスアゲハ

●以前、外付けHDDクラッシュの後遺症であれこれ難渋中。

過去データが参照できずに仕事が滞ったり、過去データなど全然関係なく仕事が滞ったり(←HDD関係ないぢゃん)。

その合間、実家の母の様子を見に行ったり。この土日もまた実家に行く予定。なお、その後は小康状態で、物忘れはますます進行している感じだが、一時のせん妄はなく、本人もまったく覚えていない模様。

●そんな感じなので、落ち着いて模型をいじったりブログを書いたりする余裕(主に精神的余裕)がなかなか確保できないのだが、またまた間が空きすぎると、次に書く時のハードルがますます高くなっていくので、生存報告代わりにほんの少し。

●数日前、町内の披露山で目撃したカラスアゲハのつがい。

二子山~三浦アルプスでは確か昨年も見たが、人里で目にするのはちょっと珍しい。もっと近づいてクリアに撮りたかったが、生垣を越えて人家の庭に行ってしまった。

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(たぶん)上がメスで下がオス。どんなふうに翅を動かしているのか謎だが、こうしてつながった状態でも飛べる。

●このところ、連日のように(自称)amazonからメールが来る。最初は個人用アドレスだけだったが、その後仕事用のアドレスにも同様のモノが舞い込むようになった。

内容としては、「未知のデバイスからアクセスがあったのでアカウントをロックしました。解除の手続きをしないと永久ロックしまっせ」みたいな感じ。差出人は「Amazon.co.jp」なのだが、よく見ると、アドレスは中国ドメイン(.cn)。

実は最初、(先日スマホを替えたばかりということもあり)「ああ、それでだな……」と思って付記されたURLをクリックしてしまったのだが、どういう仕組みだかわからないが、amazon側からの「繋ごうとしているページは、ウチのもんとちゃいまっせー」という警告ページに繋がった(ちなみにその偽ページのURLは、一応「www.amazon.co.jp/……」で始まる)。

ちなみに個人用アドレスに来たメールは、最初は


あなたのアカウントは停止されました

新しいデバイスからアカウントサービスへのサインインが検出されました。
誰かがあなたのAmazonアカウントで他のデバイスから購入しようとしました。Amazonの保護におけるセキュリティと整合性の問題により、セキュリティ上の理由からアカウントがロックされます。
アカウントを引き続き使用するには、24時間前に情報を更新することをお勧めします。それ以外の場合、あなたのアカウントは永久ロック。

ログイン:https://www.amazon.co.jp/*******

c 1999-2022 Amazon.com, Inc. or its affiliates. All rights reserved.

番号:*****


というもので、よくよく読むと日本語がややおかしかったが、しばらくすると修正版が届き始めた(修正部赤筆者)。


あなたのアカウントは停止されました

新しいデバイスからアカウントサービスへのサインインが検出されました。
誰かがあなたのAmazonアカウントで他のデバイスから購入しようとしました。Amazonの保護におけるセキュリティと整合性の問題により、セキュリティ上の理由からアカウントがロックされます。
アカウントを引き続き使用するには、24時間以内に情報を更新することをお勧めします。同時に、Amazonは、セキュリティで保護されていないデバイスがアカウントにログインするのを恒久的に防止します

ログイン:https://www.amazon.co.jp/*******

c 1999-2022 Amazon.com, Inc. or its affiliates. All rights reserved.

番号:*****


単純に日本語として改善されているだけでなく、実際には書いてあることの意味も微妙に違ってきている感じなのがおかしい。

なるほど、日々進化しているんだなあ、と妙なところで感心したが、今日届いたメールは再び旧文面になっていた。

仕事用のアドレスに来たものは、また文面が違っている。


Amazon お客様
以前に2通のメールを送信しましたが、確認情報を取得できませんでした。残念ながら、あなたのアカウントは48時間後に自動的に削除されます。Amazonアカウントを引き続き使用する必要がある場合は、48時間以内に個人情報を確認してくださ。Amazonへのサポートに感謝します。
お客様の Amazon アカウント
アカウント所有権の証明をご自身で行う場合は、Amazon 管理コンソールにログインし、所定の手順でお手続きください。
状態:
異常は更新待ちです
所有権の証明

・ パスワードは誰にも教えないでください
・ 個人情報とは関係なく、推測されにくいパスワードを作成してください。
・ アカウントごとに異なるパスワードを使用してください。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
Amazon チーム


なお、今回のこの偽メールであれこれ調べていて知ったのだが、本当にamazonから来ているメールの場合は、amazon公式サイトからアクセスできる「アカウントサービス→メッセージセンター」で、控えを全部確認できる。そこになければ、必然的に「あ、これ偽物だ」ということになる。

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戦争と模型

●「オレ、この戦争が終わったら結婚するんだ(or 告白するんだ)」というのはラノベ系でよく言及される死亡フラグだが、

オレ、この戦争が終わったらズベズダの新製品を買うんだ!

というのは、いったい何のフラグを立てていることになるのだろう。

(別にこんな言い訳がましいことを書く必要はないと思うが)一応断っておくと、決して私自身はロシアのウクライナ侵攻を支持してはいない。ただ、現行の政権の行為へ反対の意を表するのと、その国・地域の文化や文物を拒否するのは違うと思う。もちろん、「ロシア製品を買う」ということは、些少であってもロシア経済を回すことにつながるので、少なくとも戦争が続いている間は買いづらいし、ズベズダという会社そのものがプーチン政権/ウクライナ侵攻を積極的に支持する姿勢を打ち出しているとかいうことになると、それまた話が別だけれど(してないよね?)。

ズベズダの比較的最近の製品といえば、私はSU-85、T-28、T-35を買っているが、直近の新製品では、STZ-5トラクターはできれば欲しい一品。T-34の「フォルモチカ」(ズベズダの製品名だと「ウラルマシ」)もそのうち買おうと思いつつ買いそびれたまま(T-34 1942~43年型は、ドラゴンのキットがあまりよくないので)。

もっとも、現在のこの情勢下では、ウクライナ製の模型が(輸入ルートが万全に機能しているといい難いので、その辺の不安定さはあるものの)それなりに購入できる一方で、ロシアとの間の貿易や決済がどんどん絞られていて、ズベズダ製品はぱったり入ってきていない模様。仮に戦闘そのものが何らかの形で終了もしくは沈静化しても、ロシアとの交易自体が復活するのはいつになるのか判らない。下手をすると、再びズベズダの新製品を普通に買うことができる時代は、当分戻ってこない可能性もある。

それを考えると、冒頭の一言は「ズベズダ新製品は金輪際買えなくなるフラグ」かも……。

●それにしても、世界のどこかでは常に戦争が起こっているのに、今回のロシアによるウクライナ侵攻は、特に日常との「圧倒的地続き感」が強い(むしろ、湾岸戦争にしろイラクにしろアフガンにしろ、いつもどこかで「遠い国の他人事」的感覚でいたというほうが正しいのかもしれない)。単に戦争当事国の両方とも、そこから模型をよく買う国だというだけじゃなくてね……。

ともあれ、普段、「戦争に使われる兵器のプラモデルを趣味で作っている」身としては、実際にそうした兵器が人々の命や生活を脅かしている事態が現実に起きていることを見せつけられると、どうにももぞもぞと居心地が悪い(たとえ自分の趣味の中心は昔に終わった戦争に使われた兵器だとしても)。

ここで、「普段、兵器の模型を作って、その背景なども調べているからこそ、戦争の悲惨さについてもよく判る」などと言い訳がましいことを言うつもりもない。もちろん、そうした知識を得やすくなることは確かだと思うが、それによってモデラー個人がどういう主義思想に至るかはその人次第で、実際にモデラーの内の会話を聞いていても、右もいれば左もいる。一方では変に決めつけてくる者もいて、旧「河馬之巣」HPをやっていた頃には、ネトウヨ系の人から「同志と見込んで云々」というお便り(BBSへの書き込み)を頂いたこともある。勘弁してくれ。

今回の戦争で模型関係のSNSなどを覗いていても、「ロシア戦車は当分作りたくない」とか言う人もいる(屁理屈じみたことを言うと、T-34は“出身”がハリコフ機関車工場だからウクライナ戦車だよ!と強弁することは可能かもしれない。もっとも設計主任のコーシュキンもモロゾフもロシア人だと思うが)。あるいは、「ちょっと当分兵器のプラモ自体作りたくないかも」という人もいるかもしれない。「いや、模型は模型なんだし、現実の戦争と関係ないでしょ」という人ももちろんいると思う。そのどれが正しいと言うつもりもまたなくて、その辺もまた、自分で自分の「落としどころ」を見つけるしかないのだと思う。

私としては、前述のような「もぞもぞ感」を感じつつも模型は作るだろうが、できれば、さっさと戦争は解決してくれて、もうちょっとその「もぞもぞ感」が軽減された状況になって欲しいと思う(兵器の模型を作っていること自体は変わらないので、今次の戦争が片付いても皆無にはならない)。

何か、こんなことを書くこと自体も少々言い訳がましいけれど。

●自宅PCの外付けHDDが昇天してしまった。

突然、「かーちゃ?かーちゃ?かーちゃ?」みたいな異音が続き、作業中のファイルが反応しなくなり、結局、その外付けHDDを接続したままではPC自体が立ち上がらなくなってしまった。外すときちんと起動するので、とりあえずこうして「かばぶ」は更新できる。

しかし、外付けのHDDに入っていた多量のデータが失われてしまって半べそ状態。もちろんHDDはいつかは壊れるものだし、同じHDDを2つ用意して片方に常にコピーしておくとかいった、きちんとしたバックアップ体制をとっていなかった私の自己責任。それにしても、もうちょっと何かしらの前兆とか、壊れるにしても若干の「あれ、おかしいな」期間があってくれれば……。

以前のHDDから移したものも含めて、過去の仕事の記録が全部飛んでしまったが、これについては、偉い作家さんとかではないので将来的に「かば◎全著作集」など編纂される可能性も皆無。実際に現在の仕事で参照する必要が出てきそうな最近のものは、内臓HDD側にあるメールのログである程度カバーできるので、比較的軽傷。ただし、実際に不具合が発生した時に作業していたものは保存できず(したがって仮に外付けHDD内のデータが復旧できてもこれは復活できず)、その資料の大部分も失われてしまって、これは大問題。

個人的にショックが大きいのは、ネット上で漁った模型関連の資料(主に写真)の集積がごっそり焼失してしまったことで、ある程度は再び集めることができるとしても、元のサイト自体がなくなってしまったもの、不明なものなども多い。ちなみに、今になっては資料的価値は低いものの、「小国空軍/小国陸軍キットリスト」や「シャール・ファイル(WW2フランス陸軍キットリスト)」、「KVマニアックス」などの旧河馬乃巣時代のコンテンツも全消失。

●一方で(前回の更新時に書きそびれたが)スマホ(Android)を新調した。2016年末から使っていた前代スマホは、さすがに機能的にも動作的にもあれこれ不調が出てきたため(実際には、不具合発生による無償交換などで、その間2回ほど同一機種でリニューアルしている)。前回記事で、添付の写真の縦横比が2種類あるのは、撮影したスマホの機種が変わったため(より横長なのが旧機種)。

利用しているのはJCOM(SIMフリー)なのだが、JCOMで売られている機種変更のラインナップは著しく機種数が限られていてイマイチだったので、ネット上で(本来はY!Mobile用の)中国製スマホ(OPPO Reno5A)をかみさん分とともに購入した。

ちなみにJCOMはauの回線なので、今回(2日土曜日)発生のトラブルはもろにかぶってしまい、現在、電話は不通(日曜夕には復旧していた)。

●母が一時体調不良。数日ほとんど食事をとらないとか、湿疹が出たとかで心配したのは収まって一安心していたら、同居の兄から急遽連絡が来て、せん妄状態(意味不明の言動)という。ちなみに普段の母は、認知症のため物忘れはひどくなっているものの、行動そのものは割としっかりしていて、足腰は弱っておらず自分のことはだいたい自分でできる。

かなり気をもんだが、翌日にはまるで普通に戻っていたとのこと。とりあえずはほっとしたが、今後もこのようなことはあり得ると思うので心構えをしておく必要がある。

●そんなこんなで身辺あれこれありすぎ、前回書いた「何とか徐々に復調したい所存」がなかなか果たせずにいる。

っていうか、とにかく消えちゃった直近の仕事を何とかせにゃ。

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帆船恋路のその後

●身内に不幸があったり、なんだかんだで仕事も低調、趣味の模型もすっかり手付かず。当ブログの更新もすっかり丸一か月も開いてしまった。

何とか徐々に復調したい所存。

●そんな中ではあるが、先の日曜日(19日)、逗子海岸で磯焼け対策のウニ採りイベントがあり、息子一家と参加してきた。息子のところのチビがサーフボードをなぜか「はんしぇんこいじー」という謎名称で呼ぶ話は前回書いたが、今回、海にいく途中で見掛けたサーフボードを指して「ほら、はんしぇんこいじーがあるよ」と言ったら、真顔で「さあふぼおどだよ?」と返された。

……子供が大人になるって早いね。ちぇ。

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小一時間の間に採ったウニは上写真のような感じ。おおよそ99.9%がムラサキウニで、わずかにバフンウニも混じっている。このウニは土だのなんだのに混ぜ込んで堆肥にし、農業利用に回されるらしい。その「ウニ堆肥」で作ったニンジンをお土産にもらった。

加えて、ちょっと大きめのウニも選って貰って帰ったが、身が細っていて、割る手間を考えるとイマイチな感じ。

●ついでに、晩春~初夏の近所の「野山の恵み」あれこれ。

5月はキイチゴの季節で、このあたりで美味しい野生のキイチゴ4種のうち3種が実る(もう1種のフユイチゴは冬のさなか)。以前は一番身近だったモミジイチゴは(よく食べていた斜面がコンクリートで固められてしまったので)今年はとうとう食べられなかったが、カジイチゴとクサイチゴはそれなりにたっぷり食べた。

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1枚目がカジイチゴ、2枚目はクサイチゴ。クサイチゴは山歩きのおやつに持って行った「小倉マーガリン」コッペパンにこれでもかとトッピングした(昨年末のフユイチゴ以上)。3枚目はキイチゴではないがやはりこの季節に美味しいクワの実。4枚目はグミの実。見た目はものすごく美味しそうだが、味はそこそこながら、後味の舌触りがちょっとヌメッとしていていまいち。

そして、梅雨時に入るころから旬になるのがマダケのタケノコ。

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今季はすでに5,6回は収穫して、ピリ辛メンマ風の炒め(2枚目)を筆頭に、天ぷら、土佐煮(3枚目)、焼きタケノコ、その他煮物や炒め物への投入など、だいぶバリエーション豊かに楽しんだ。穂先近くの柔らかい皮(姫皮)も別にとっておいて、スープ他の具として活用。CARDIのパクチースープに追加(4枚目)したのは個人的に結構アタリ。

●5月末、三浦アルプス北尾根ルートを歩いていて、途中で5,6匹、ハンミョウに遭遇した。北尾根ルートや二子山に行くと会える可能性は高く、ものすごくレアというわけではないのだが、それでも出会うと非常に「ごほうび感」がある。

最初の1,2匹はうまく接近して撮れなかったが、後半は近寄って、それなりに綺麗に撮れた。

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ほか、ここ最近出会ったトピックス的な昆虫ほか。

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1枚目。自宅を出てすぐの路上でのこのこ歩いていたコクワガタ。5月末。

2枚目。5月末、この近辺の山に行くとキアシドクガが多数乱舞しているが、これはそのサナギ。

3枚目。やはり5月末の定番、ラミーカミキリ。

4枚目。家の中でおなじみのハエトリグモと言えばツキノワグマ配色(黒に白い三日月)のアダンソンハエトリだが、これは真っ白に何やら織物のような模様(白大島ふう)。たぶんメスジロハエトリの雌。

5枚目。先週末に遭遇したムラサキシジミ。クローズアップで撮る前に逃げられたので、これは割と遠くから撮ったものをトリミング。そのため粒子が荒くて残念。

●CHINO MODELさんから、TKS用履帯の改訂版が届いた。連結可動式と、足回り一体成型式の2種。近々、きちんとレビューをアップ予定。

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帆船恋路?

●息子のところのチビ娘(ジャスト4歳)は、なぜかサーフボードのことを「はんしぇんこいじー」と呼ぶ。

当地は海辺の町なので、たまにお泊りに来れば、近所を散歩する際に割と頻繁にサーフボードを目にすることになるが、「あれは何?」と聞くと必ず「はんしぇんこいじー(だよ)!」と言うので、彼女の中ではサーフボードを指す一般名詞として定着しているらしい。

大航海時代に見慣れぬ動物を見て「あれはなんて言うんだ?」と尋ねた時に、現地民に「なしてそげなこと聞くだ?」と言われたのがそのままヨーロッパでの生物種名になってしまった(ただし、カンガルーという名前の由来がそうだというのは俗説だそうだ)――なんて事例と似たような感じで、「幼児が(誤解に基づいた)謎名称を使う」というのは一般によくある。

とはいえ、何かのはずみで覚えたというには妙に(音の繋がりが)凝っていて長い。しかし、本人に聞いても「はんしぇんこいじーだからはんしぇんこいじーなんだよ」的な答しか返ってこないし、息子夫婦も心当たりがないそうだ。

ちなみにうちの娘は小さい頃に自動車のことを「びあん」または「びあま」と呼んでいたが、これは理由がはっきりしていて、当時乗せてもらえる機会が多かった義弟の車が日産のBe-1だったため。「びあま」は「びーわん」と「くるま」が折衷されたものか。

F1019591 ●JR逗子駅の東逗子駅側には操車場があるが、その操車場から本線を挟んで反対側には、京急逗子線と合流する分岐がある。

京急金沢八景駅近くにある鉄道車両工場、総合車両製作所横浜事業所との連絡線(回送線)で、時折、見慣れない車両がこの線路を通って出入りするので、それらの出入り情報を掴んだ鉄な人がカメラを抱えて集まっていることもある。

また、京急側の合流地点である神武寺駅から向こうは、京急の標準軌の内側にもう一本、狭軌用のレールが引かれた三線軌条になっているなど、なかなかマニア的にそそるものがある。以前にも載せたことがある写真だが、この回送線の、山の根-池子間の小トンネルも、なかなか佇まいに風情があってよい。

以前にも書いたように、この回送線は、もともと海軍工廠であった総合車両製作所横浜事業所や、池子弾薬庫の搬入・搬出用引込線との連絡用に、軍用線路として作られている。そしてこれはつい最近知ったのだが、どうやら、この回送線の京急と共用でない部分(逗子-神武寺間)は、池子弾薬庫と一体で米軍に接収されていて、(借り手としては総合車両製作所になるのかJR貨物になるのかよくわからないが)米軍から使用許可を得て使っている、という形になっているらしい。

池子弾薬庫跡地に関する逗子市のページでは範囲についてはよくわからないが、神奈川県のページに添付されたパンフの地図では、シッポのように細く回送線部分が伸びているのが確認できる。

と、そんな所属を示すように、回送線の逗子側の始点には、「米軍池子線」の路線名表示がある。場所は、つい先日廃止になった山の根踏切の少し逗子駅寄り。

横にあるのは、始点を示すものと思われる距離標(キロポスト)だが、表記が単純に「0」ではなく「0|0」である理由は鉄な人ではない私にはよくわからない。ちなみに「米軍池子線」と書かれた三角札の反対側(逗子駅方面に向かって見える側)には「JR貨物」と書かれている。

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山の根の尾根再訪

●駅前に用事があって出たついでに、突発的に、JR逗子駅北側の山の根の尾根を歩く。

初めてここを歩いたのは2015年の4月で、その後2、3度歩いているが、今回はだいぶ久しぶり(数年ぶり)だと思う。

逗子市山の根は前記のようにJR逗子駅北側の地区で、逗子の町域としては最小面積(0.51平方キロ)。南側は横須賀線の線路に区切られ、北側は尾根に囲まれている。尾根の西側は逗子市久木との境界、東側は逗子市池子との境界になる。

尾根の上には一応細い山道がずっと通っていて、数か所に行先案内表示まであるのだが、その一方で、この尾根への数か所の上り口には何の案内もなく(むしろ、そのうちの一か所の熊野神社東側には「山越えはできません」と書かれている)、逗子のいくつかの山歩き案内にもこのルートは載っていない。

●北側尾根の、久木小学校・中学校共同グラウンドを見下ろす少し手前あたりから、点々と海軍標石がある。尾根の北側は町域としては久木だが、(共同グラウンドも含めて)旧・池子弾薬庫跡地なので、その境界を示すために標石が置かれたものと思われる。

以前の記事にもいくつか載せたが、今回も写真を撮ったので、改めて載せることにする。

▼まずは前半。共同グラウンドへの降り口よりも西側のもの。以下の写真はすべて西→東の順番。

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あまり丹念に撮影はしていなくて、歩きながら「あ、ここにあった」と基本1枚ずつしか撮っていないので、ピンボケ混じり。すでにこの季節、歩いていると蚊が寄ってきたり、蜘蛛の巣に頭を突っ込んだりするので、なかなか落ち着いて写真を撮る気持ちになれない。やはり、きちんと調査するなら冬の間に登るべき。

▼後半。共同グラウンドへの降り口の案内と、それより東側の標石。

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とりあえず今回は15基の標石を確認しているが、過去に同じルートで撮った写真と見比べてみると、(細部の様子や傾きなどから見て)今回は撮っていない標石もあったりするので、藪にまぎれているなどでいくつか見落としているようだ。たぶん、全部では20基弱あるのだと思う。

なお、よく見ると表記面が一段窪んでいるのが多数派だが、少数、窪んでいないタイプも混じっているようだ。

ちなみに、同じ海軍標石でも、水道路沿いのものは表記が「ダブル山形・海」だけで、字体も異なる。また池子弾薬庫跡地北端あたり(横浜市域内)の尾根にあるものは、表記は「ダブル山形・海軍」だが、これまた字体が違う。下写真は、左が水道路のもの、右が池子弾薬庫跡地北端あたりの尾根のもの。

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ちなみに、横須賀軍用水道半原系は明治末年に始まり大正10年(1921年)に完成。池子弾薬庫は昭和13年(1938年)に一部地域の買収が始まっているが、上の標石がある久木の旧・柏原地区は昭和16年(1941年)に買収が行われている。横浜市側の区域がいつ買収されたのかはよくわからないが(横浜市サイトでは米軍が接収した日付しか出ていない)、wikipediaでは「1942年(昭和17年)には、横浜市金沢区側(当時、磯子区)に海軍の毒ガス弾の製造工場(谷戸田注填場)が設置された」とある。

おおよそ用地買収とともに標石が設置されたのだとすれば、水道路標石→山の根標石→横浜標石の順番で旧~新タイプということになる。年代別ということ以外に、「発注先によって仕様が適当」という可能性もあるかもしれないが。

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RWD-8 DWL / IBG MODELS 1:72

●先々月の横浜AFVの会(仮)の折、ミカンセーキさんに、我が家の不良在庫のAZ model 1:72のビーチクラフト・スタガーウィング(元sword製)を押し付けた進呈したところ、代わりにIBGのRWD-8を頂いた。1個減って1個増えてプラスマイナスゼロ。

いや、実際には横浜AFVの会(仮)の在庫交換会にMIRAGE/RPMのビッカーズ6t系を2つ出して、代わりに貰った別キットはその場で他の方にあげてしまったので、都合、在庫2個減少。

20220505_214056 ●というわけで、ざっとIn Boxのキットレビューを。

いつのまにやらポーランド有数の模型メーカーに成長したIBGだが、RWD-8シリーズは、同社72スケールの飛行機キットとしては最初期のもののはず(あやふや)。

scalematesによれば、シリーズ最初のキット「RWD-8 PWS」(キット番号:72501)と、ここに挙げた「RWD-8 DWL」(72502)が発売されたのは2015年。その後の数年で、デカール替えで「PWS ドイツ/ラトビア/ソ連仕様」「PWS ハンガリー/ルーマニア仕様」「DWL イスラエル仕様」と、バリエーションキットが出ている。

なお、この機は48のインジェクション・キットがスポジニアから出ていて(現在はmirage hobbyから)、大昔に(ほぼストレートで)作ったことがある(たぶん押し入れの奥底あたりにまだ作品が埋まっているのではないかと思う)。当時はまったく知らずに適当に作ったが、スポジニア/ミラージュのキットは、PWS仕様であるらしい。

●実機について。

実機は1930年代初頭、航空機設計チームであるRWD(S.Rogalski、S.Wigura、J.Drzewieckiの3人の航空機設計者の頭文字を繋げたもの。発足時にはワルシャワ工科大学に在籍)により、もともとは軍の練習機として開発されたパラソル翼単葉の複座機。上記キット名称にある「PWS」「DWL」は、それぞれ生産工場を指す。「DWL(Doświadczalne Warsztaty Lotnicz)」はRWDチームが設立した航空機生産会社だが、ここはそれほど生産能力が高くなかったので、国営工場の「PWS(Podlaska Wytwórnia Samolotów)」も生産を請け負うことになり、最終的にはDWLで約80機、PWSでは本家工場の6倍近い約470機が生産されたらしい(主にwikipediaによる)。

両工場の生産機には若干の仕様の差があるのだが、基本、DWL製は民生用に販売され、PWS製は軍に引き渡されている。というわけで、大雑把には「DWLは民間型、PWSは軍用型」と覚えておけば済む。

第二次大戦までの間、RWD-8はポーランド空軍の標準的初等練習機として用いられており、1939年戦役時には多くが地上で破壊されたものの、若干機は連絡機としても用いられている。また、戦役中にある程度の数がルーマニアやラトビア、ハンガリーに逃れ、それぞれの軍に接収されて使用された。またポーランド陥落の後は、ドイツ軍によっても使用されている。

●キット内容はプラパーツが枝3つ(透明部品の小枝含む)とデカール、説明図。

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写真1枚目、A枝は主翼・水平尾翼ほか。ほとんどの小物パーツもこの枝。写真2枚目、B枝は胴体パーツほか。RWD-8の胴体はPWS(軍用型)とDWL(民間型)で若干ディテールが違い、この胴体もキットにより差し替えになっている。写真の胴体は(箱絵で明らかなように)民間型仕様。胴体パーツの脇に付いている小枠は軍用型用の脚柱、集合排気管、前後席間パーツで、この民間型キットでは全て不要パーツ。なぜ胴体が差し替えなのにこの小枠がそのまま入っているのかは謎。小さな風防は(十分とは言えないものの)インジェクションパーツとしてはかなり頑張って薄い。

デカールは東欧キット草創期からお馴染みのテックモッド製、塗装例1例のみに対応。なお、箱絵とデカールは登録記号「SP-AMT」で同一機だが、マーキングに差異がある(箱絵にある機首の機番「6」がデカールにはない、垂直尾翼のマークはデカールのほうが1種多く位置も違う)。ネット上で実機(SP-AMT)の写真を探すと、両方の状態のものがあるので、時期による違いのようだが、普通こういうのってデカールと箱絵は合わせるよね……。

●パーツのクローズアップをいくつか。

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左写真は、Aパーツ側に入っているDWL(民間型)の脚柱と、Bパーツの軍用型(PWS)脚柱。右写真はAパーツの胴体支柱で、左2つがPWS用、右2つがDWL用。見てわかるように、民間型は支柱に翼型フェアリングがかぶせてある。なお、胴体支柱パーツは中間のバッテン部分も支柱然としているが、実機では張り線。

ちなみに胴体パーツのディテールの違いは、おそらく、

  • PWS(軍用型)は左胴体に、コクピット直後、および尾翼直前にパネルがある。DWL(民間型)にはない。
  • コクピット脇下のカマボコ型フットステップは、PWS(軍用型)は左側。DWL(民間型)は右側。
  • PWS(軍用型)は胴体側面(後席下あたり)に斜めの細いリブ。方向舵の操縦索と平行なので、何かそれに関連したものなのだと思うが用途不明。
  • DWL(民間型)は単排気管(4本)、PWS(軍用型)は集合排気管。
  • DWL(民間型)はコクピット縁全周にクッション。PWS(軍用型)は一部のみ?

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胴体パーツ内側には、フレームのモールドがある。一体成型なので、本来は細い棒状のものが板状に厚みがついてしまっているが、組んでしまえばさほど気にならないと思う。幸い、表側にはほとんどヒケを生じていない。

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このキットで一番問題含みなのが主翼。エルロン、フラップと主翼本体の間に大げさに隙間が作ってあって、これはちょっと見栄えが良くない感じ。実機は、フラップ部分はほとんど隙間も段差も無し、エルロン部分は(動翼前縁が丸まっているので)段差はあるが、隙間は流石にこれほど大きくないと思う(クローズアップ写真がほとんど見つからないので印象半分だが)。ちなみに、おそらくプロペラのトルクの関係で、この機にはフラップは右側にしかない。動翼のリブ表現もいまいち。

さらに問題なのは翼断面で、キットの主翼は比較的薄め、かつ翼前縁ライン(r中心ライン)は正面から見てまっすぐだが、実機の主翼はおそらくもっと厚く、しかも前縁ラインは中央翼と外翼とで不連続で、前縁のr中心は外翼内側で中央翼に合わせて斜めに切れ上がる。……と文章で説明しても非常に分かりにくいが、下の実機写真を見ると、なんとも微妙なラインになっているのが見て取れると思う。

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ともにwikimedia commonsより引用(パブリック・ドメイン)。

左:File:Samolot RWD-8 na lotnisku NAC 1-S-1278.jpg (キットのデカールにもなっているSP-AMT)

右:File:Zawody IX lotu południowo-zachodniej Polski w Krakowie.jpg

動翼については修正はそれほど難しくないと思うが、主翼の基本形状が違うのは修正が難しい(それ以前に、どういう形状になっているのかが把握しづらい)。

なお、Attack squadron、およびKARAYAという2メーカーから、キットの主翼を交換するレジンパーツも発売されている(Attack squadronは主翼と方向舵・昇降舵のセット)。

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春のあれこれ

●模型製作、激しく停滞中。それに合わせて、当「かばぶ」の更新もまるっきりご無沙汰になってしまった。

別に「模型いじりたい気分」が大きく減退したわけではなく、単純に仕事が滞って模型に手を付けられなかった、というところが大きい。なんとか一息ついたので、KV-2初期型の工作をぼちぼち再開予定。

●「いまさらかよ!」という感じもするが、先々月末(3月20日)の「横浜AFVの会(仮)」の写真を少々。

▼ミカンセーキさんのポーランド国内軍ヘッツァー「フファット」号とオチキス・マーダー。いつかは自分で作りたい気もしていたフファットだが、もうこれを見てしまうと手を出せない。もうちょっと舐めるようにクローズアップを撮っておけばよかった。将来、ケーブルドラムやごみ箱が並んだバリケード込みの状態を見るのが楽しみ(ちょっとした圧力)。

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▼めがーぬさんのハンガリー軍アンサルドCV35(指揮車仕様)とマチルダ。

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▼ケン太さんのエイブラムス。ケン太さん、いったい何両エイブラムスを作っているんだか。現用素人な私は、細かいサブタイプなどは全く判別不能。それでも、防盾周りのシーリングのテープを剥がした後とか、小物の質感などの芸の細かさには唸らせられる。

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▼ハラT青木氏のタミヤ48・38(t)と野田君の「バルジ大作戦」パットン。パットンは映画の仕様に合わせて細かく手を入れている、ということなのだが、私自身はよくわからない(基本、パンツァーリートを歌う場面しか知らないので)。

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▼時間を置いて写真を見直すと判らなくなってしまったが、1枚目のT-90(?)もミニスケールの作品だった気がする。それも含めて、小ささを感じさせない緻密なミニスケ作品がそこそこの数、出品されていた。2枚目のA-222自走砲はAM誌掲載の作例だったと思う。

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▼一方で大物は、1:16(?)のラジコンのパットン系(?)架橋戦車とARL-44。

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▼ほか、ちょっと惹かれたものなど。ポーランドの試作「ステルス軽戦車」PL-01はタコム製? SU-122-54は(たぶんminiart)、自分で作る気はないけれど(戦後車両なので)格好良さは大好き。

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▼おそらくもともとはウォーゲームの駒などに使われるものなのだと思う、たぶんスズ製のフラットフィギュア。フィギュア自体を作らない私だが、この塗装技術はすごいと思う。

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●3月初めに、ノビルを採って食べた話は書いたが、その後の今春の収穫物など。

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1枚目。私にとっての春のド定番、アケビの芽。すでに今春、5、6回は食べていると思う。

2枚目。ハリギリの芽。かみさんに頼んで天ぷらにしてもらった。

3枚目。イタドリ。例によってピリ辛メンマ風にして食べた。なお1回分、塩漬け冷凍保存中。

4枚目。田浦で見つけたニリンソウ。茹でて乾燥中。

5枚目。昨年はなんとなく採らないままで終わったので、2年ぶりになるミズ。そばつゆに漬けていただき中。

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料理した写真も2枚。左、ハリギリの天ぷら。癖もなくほっこりして美味しい。右、アケビの芽たまごごはんと、ミズのそばつゆ漬け。

ついでに「今後に期待」の写真を数枚。

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1枚目、沼間の山道に沢山咲いていたクサイチゴの花。例年のスケジュールで言うと、今月半ばには実が熟して食べられるようになるはず。

2枚目、実がつき始めたクワ。これも大きくなって熟すにはもうしばらくかかりそう。

3枚目、市内某所の植え込みに勝手に生えてきていたタラノキを発見。もっと早く見つけていれば、タラの芽の天ぷらが食えたかも。

●連日、ウクライナ情勢のニュースが報じられている。特に最近の話題は東部マリウポリの戦況。マリウポリなんて、日本では、よほどのBT戦車ファンでなければ知らない地名だったのが(BT-5の初期型の円筒砲塔がマリウポリ製)、いきなり世界的に有名な場所になってしまった。

特にマリウポリでは、一般人が多数避難しているにも関わらず激しい戦闘にさらされている製鉄所が話題の焦点となっているが、セータ☆さんの記事によれば、いわゆる「マリウポリの製鉄所」は2か所あるらしい(内陸のイリイチ製鉄所と、アゾフ海沿岸のアゾフスタリ製鉄所)。ウクライナ軍が拠点としているのは、このうちアゾフスタリ製鉄所であるらしい。wikipediaによれば、同製鉄所には核シェルターを兼ねて地下6階までの要塞施設があるそうなので、民間人が逃げ込んでいるのもここか。

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“イン・アクションもどき”の素敵な世界

●前回更新からすっかり間が開いてしまった。

その間、「横浜AFVの会(仮)」参加など、イベント的にもあれこれあったのだが、なんとなく書きそびれてしまった。模型もいじらなかったわけではないが、いつも以上につまみ食い状態なので、記事に書くほどの進展なし。というわけで、ヒマネタを一本。

●実車・実機の洋書資料なんて、ベロナ・タンク・プリントとかプロファイル・シリーズくらいしか……というのは流石に大昔過ぎるとして、それからちょっと時代が下った一頃。今ほど資料が豊富でなかった「昭和のモデラー」にとって、当時の水準を1つ抜けた感じの内容で有難さ抜群だったのが、スコードロン・シグナルの「イン・アクション」(squadron/signal publicationsの「airclaft in action」および「armor in action」シリーズ)ではないかと思う。

横長A4のソフトカバー、ページ数はおおよそ50pあるかないかくらいの手頃さ。基本、1機種・車種1冊のモノグラフなので、「**を作ろう」と思ったときに、そのネタがイン・アクションで出ているというだけで、ある程度間に合ってしまう感じだった。

そんな具合なので、この「イン・アクション」シリーズが、世界中で、ある種モノグラフのスタンダードとして扱われたことは想像に難くなく、それを示すように、ほとんど同じ体裁の「イン・アクション」フォロワーというか「イン・アクション」もどきが、一時期、あっちこっちから出版された。

先日、旧スポジニア~ミラージュ・ホビーの1:48、ルブリンR-XIIIDをちょっといじった際に、そんな「イン・アクション」もどきのモノグラフを引っ張り出したのだが、ついでに、我が家にどれくらい「もどき」があるかをチェックしてみた。以下、その紹介。

PODZUN-PALLAS-VERLAG(Waffen-Arsenal)およびSCHIFFER MILITARY

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左上3冊がPODZUN-PALLAS-VERLAG(Waffen-Arsenal)。大学時代の模型サークルでは、「ぽっつんのいんあくしょん」なんて言われていたような。出版しているPODZUN-PALLAS-VERLAGはドイツの会社で、Waffen-Arsenalはシリーズ名。中身は全面ドイツ語のみ。

その後に出版されている緑表紙・縦長判型のWaffen-Arsenalも同じPODZUN-PALLAS-VERLAG社刊だが、この横長イン・アクションもどきシリーズと、緑表紙シリーズに連続性があるのかどうか(つまりある時点から判型が切り替わったのか、それとも別のシリーズとして出されたのか)は不明。なお、出版社名は初期のものはPODZUN-VERLAGとなっているので(左下の35(t)など)、途中で(合併等の理由で?)社名が変わったらしい。

単純に「スコードロンのイン・アクションの真似」で終わらないのは、一部、スコードロンのイン・アクション・シリーズに、このPODZUN 版からの翻訳ものがあったり(例えば「German Railroad Guns in Action」)、逆にスコドロのイン・アクションの独訳版がPODZUNのシリーズに含まれていること。何らかの提携関係のようなものがあったのかも。

スコドロのイン・アクションでは出ていない(あるいは出ていなかった)ネタを扱っていたり、同一ネタでも写真選択が違うのが魅力だが、中身の質はちょっと落ちる感じ。例えば上写真中上の「T-34とバリエーション」は、(少なくとも私の持っている版は)1988年刊だが、T-34-76の分類は、生産時期に係りなく砲塔の見た目で分けた、大戦中のドイツ軍のA型~F型を採用している。ちなみに1983年刊のスコドロの「T-34 in action」(S. Zaloga, J. Grandsen)では、すでに年式・生産工場別の分類がなされている。なお、「T-34とバリエーション」の表紙は表2~表4まで含めてタミヤのボックスアートを借用しているが、奥付(洋書なので前付?)に「TAMIYA」の名前があるので、許可を取って使用しているものらしい。

初期に出た、左下の35(t)の巻は表紙に「mit Poster(ポスター付き)」と書かれているが、これは2つ折りになった表紙と同じカラーイラストが挟まれていた。……特に嬉しくない。

さて、「ぽっつんのいんあくしょん」は本家で出ていないネタがあるのが魅力といっても、記述が全面ドイツ語というのは敷居が高すぎる。そんな状況を救ってくれたのがSCHIFFER PUBLISHINGから出た、「ぽっつんのいんあくしょん」の英訳版。それまで読めなかったものが多少なりとも読めるとあって、例えば写真右上の「第一次大戦のドイツ戦車」は、PODZUN版も持っていたのに改めてSCHIFFER版を買いなおした覚えがある(その際にPODZUN版は誰かにあげたか売ったかしたような気がする)。

もっとも流石に軒並み買い直すような余裕はなく、「ちっ、英語版が出るならもうちょっと待ってればよかったぜー」なんて思ったような覚えも。

Wydawnictwo Militaria

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ポーランドの一大モノグラフ・シリーズのWydawnictwo Militariaだが、初期(1990年代中頃)にはイン・アクション・スタイルのものを出していた。たぶん、このスタイルで出ていたのは航空機のみ。スコドロのイン・アクションと同様、カラー側面図のページも挟まっている。ただし、イン・アクションと違ってカラー図はセンターページではなく、センターの見開きは基本、透視構造解説図。

特色はなんといっても、他ではなかなか取り上げられない機種を扱っていること。ドイツ機も「He59」などずいぶんなマイナー機まで取り上げているが、さすがにこれについては素材不足だったと見えて、表紙も含めて20ページしかない。「He60 He114 Ar95」は一山ナンボ的に3機種まとめて32ページ。一方で自国ポーランド機は、第1集の「ルブリンR-XIII」が48ページ、第2集の「PZL P-24」は58ページもあって、内容も非常に濃い。なお、本文はポーランド語だが、写真キャプションは英語併記なのが有り難い。

他にも、この判型のシリーズのひとつとして、「WINGS IN DISTRESS ~ POLISH AIRCRAFT 1918-1939」――戦間期のポーランド機の、事故で壊れた状態のものばかりを集めているという、ちょっと変わった写真集などもある。

АРМАДА

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出版社はおそらくЭКСПРИНТ(エクスプリント)というところで、АРМАДА(アルマダ)はシリーズ名。ロシアの出版物で、後には縦長判型になるのだが、これも上記のWydawnictwo Militaria同様、初期にはイン・アクション・スタイルのものを出していた(たぶん1990年代後半から2000年代初頭)。ウェブ上の英語ソースだと「ARMADA horizontal(アルマダの横版)」などと呼ばれていたりする。

スコドロのイン・アクションのようなセンターカラーページはなく、基本、表2~表4がカラー側面図ページ(表4=裏表紙はシリーズ紹介の自社広告の場合あり)。個々の写真は割と小さ目な印象。解説はロシア語オンリーだが、写真キャプションは英語併記。

ネタ的にはさすがロシアという感じで、イリヤ・ムロメッツとか草創期のソ連戦車とか、他では到底望めないものを取り上げていたり、BTだけで3分冊だったり。T-26は、私は1巻目しか持っていなくて「ああ、続きは買いそびれていたか」と思ったのだが、改めて検索すると、2巻以降の情報が出てこない。そもそも2巻以降は出ていないまま?(ちなみにT-26の著者はスヴィリン、コロミェツの2人で、「フロントバヤ・イルストラツィヤ」のT-26と同一)

ФАРК ООД / FARK OOD

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ブルガリアのФАРК ООДというところから出た、「AIR POWER OF THE KINGDOM OF BULGARIA(ブルガリア王国の航空戦力)」と題する「うん、さすがにそれは他の国では出ようがないよね」という内容の4冊組。2001年刊。確かnifty模型フォーラム仲間のはほちん氏に頼んで、通販で一緒に入手して貰ったような覚えがある。

1巻目が同国の航空黎明期~バルカン戦争期、2巻目が第一次世界大戦、3巻目が戦間期で、4巻目が第二次世界大戦。ネタ的な珍しさもさることながら、ページを基本左右に区切って、本文もブルガリア語と英語の完全併記(表紙の題名も2言語併記)なのが有り難い。同国のミリタリー系の資料だと、アンジェラ出版というところから出た「Armored Vehicles 1935-1945」もブルガリア語と英語の完全言語併記だった。国際的にはマイナーな言語であることを自覚して、少しでも海外の読者にも読んでもらえるようにという配慮なのだろうと思う。当然、解説の分量は半分になってしまうわけだが、「全然読めない100」よりも「なんとか少しは読める50」のほうがはるかによい。

表紙以外のカラーページは無し。写真自体は比較的鮮明なものが多く収録されている。

▼その他(Hawk publicationMPM

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Hawk publicationはポーランドの出版社。模型資料的なものは、検索してもこのI.A.R. 80/81しか見当たらない。これ一冊しか出ていない可能性も……。1991年刊。

写真のレイアウト、センターのカラー側面図、イラストの配置など、内容的には、今回取り上げた中で、本家スコドロの「イン・アクション」に最も近い。ただしページ数は表紙含め18ページしかない。なぜか8つ折りの1:25巨大図面付き。今でこそI.A.R. 80/81の資料は他でもちらほら出ているが、なかなか要所を突いた内容で、生産ロット別の主翼パネルの変遷イラストなど、模型製作的にも有用度が高い。ただし記述は写真キャプション含めて全面ポーランド語のみ。惜しい。

もう一方の「Junkers Ju87A STUKA」は、言わずと知れたチェコの模型メーカー、MPM(現Special Hobby)が出したもの。これも同じく1991年刊。奥付(前付?)を見ると、どうも中身自体は、その後AVIA B-534や38(t)の優れたモノグラフを出しているMBIが請け負ったものらしい。まだチェコとスロバキアが分かれる前なので、「Printed in Czechoslovakia」とある。

モノグラフ資料として、ある程度サブタイプを区切って出すことは(特に生産時期が長く生産数も多かった機種・車種の場合は)ままあるが、Ju87Aのようにドマイナーな初期型の1タイプだけで出すというのはちょっと奇異に感じるかも。もっともこれは、もともとバキュームフォームキット・メーカーだったMPMが、簡易インジェクションのフルキットに乗り出した最初期にJu87Aを出したことによるもので(実は我が家にストックあり)、写真にもあるように、表紙の隅には「for MPM model of Ju87A」と、自社キット用に出した資料であると明記されている。

ページ数は表紙含め26ページ。冒頭解説文は3ページずつ、チェコ語と英語。あとのページに文章はなく、写真とイラストのみ。コクピット内部や機構などは、かなり資料性の高いイラストが入っている。

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郵便機がらみの脱線話(3)

●うっかりYouTubeでCMを見てしまい、「関西、電気保~安協会っ♪」が耳に染みついてちょっと困り気味。

●ノビルを今季初収穫し、タマの部分はジップロックに入れて市販のそばつゆに漬け、葉の方は刻んで「ノビルのパジョン」にして食べた。パジョンは1枚は焼いた後にポン酢、1枚は焼きながら醤油を掛けまわした(焼けた醤油の匂いが良いので)。

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写真はそれほど美味しそうに見えないかもしれないが、美味しいんだよ! 本当だよ!(意味のない力説)

●名越の大切岸前の平場で、疥癬症のタヌキを目撃(11日)。

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そして2日後(13日)、今度は名越切通の平場で。

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すぐ近くで野良ネコに餌付けしている人がいて、その上前を撥ねようと草むらに身を潜めているところ。場所は上写真のすぐ近くだが、因幡の白兎ではあるまいし、2日で毛がふさふさになるとは思えないので明らかに別個体。とはいえ、毛並みの様子が万全とは言い難い様子なので、やはり皮膚疥癬に罹っているようだ。

20220311_135938 ●郵便機がらみの脱線話の第3弾。エレールの1:75、クジネ 70.02 アルカンシエル(Couzinet 70.02 Arc-en-ciel)。

scalematesによれば、初版発売は1964年という古いキットで、1:75といういかにも半端なスケールも、おそらく箱合わせで適当に作ったためと思われる。

私が手に入れたキットは、エレールが黒箱時代になってからのものだが、箱絵は初版と同じで、暴風雨の大西洋(たぶん)を、海面すれすれに飛ぶ同機を油絵調で描いたもの。当然、ここにも箱写真を添えたいと思ったのだが、機体本体の作り掛けは出てきたものの、キットの箱(小部品入り)はストックの山の奥にあるようで発掘できなかった。というわけで、箱絵を見たい方はscalematesのページでどうぞ。

1:75といっても3発のかなり大柄な機体で、作り掛けの1:35のトランペッター KV-2と並べてもご覧のような感じ。ウィングスパンは、ほぼ40cmピッタリある。

▼メルモーズと大西洋に架かる虹

クジネ 70~71 アルカンシエル(「虹」号)は、戦間期の有名な郵便機パイロット/冒険飛行家であり、フランスの国民的英雄でもあったジャン・メルモーズの名と密接に結びついている。メルモーズはこの機に乗って、1933年、パリ-ブエノスアイレスの往復飛行を成功させているが、これは初の陸上機による南大西洋無着陸横断飛行だそうだ(水上機型のラテコエール28を使った南大西洋横断飛行は、同じくメルモーズが1930年に成功させている)。

これは、アルカンシエルの長距離飛行試験であるとともに陸上機による横断航空路確立のための飛行であったようで、1934年にはメルモーズの操縦でなお数回の南大西洋横断飛行を行っている。

しかし、やはりこの時代、大西洋横断飛行は相当な冒険であったことは否めず、不時着水時のリスクに加え、木造機であることから耐候性や火災リスクも不安視されたようで、1934年を最後に横断飛行は行っておらず、そのまま表舞台から姿を消してしまったらしい。

エールフランス(アエロポスタル社を前身として1933年に発足)は横断飛行用機体として、代わって4発飛行艇のラテコエール300「南十字星」号を使用することになるが、皮肉なことに、1936年、メルモーズはこの「南十字星」号で、セネガル(ダカール)からブラジル(ナタール)に向け飛び立った直後に行方不明となっている。

 

メルモーズと代表的乗機の動画をYouTubeで見つけたが、最初に写っているのがラテコエール28の陸上機型と、1930年の横断飛行を成功させた水上機型。続いて30秒あたりからアルカンシエル。最後に、ラテコエール300「南十字星」号が写っている。

ラテコの「南十字星」はドルニエ式のスポンソン付き飛行艇で(従って翼下の補助フロートはない)、櫛形配置でナセル2つにまとめた4発エンジン、スマートな艇体、なだらかな曲線でつながった尾翼などなかなか美しい(ちょっと尾翼が「しゃもじ」っぽいが)。ただし、どうもエンジンに不安を抱えていたらしく、メルモーズの最後の飛行でも、右後ろのエンジンの不調を伝える無線を最後に消息を絶ったという。

ちなみにArc-en-ciel(虹)の発音は、カタカナ表記すると「アルカンシエル(もしくはアルカンスィエル)」が近い。「アルカンシェル」でも「アルカンシェール」でもないので注意(時空管理局の「すっごい兵器」はアルカンシェルだが)。意味は分解して逐語訳すると「空の弓」で、ハイフンで繋げて1単語にすると「虹」になる。設計者の姓でもあるCouzinetは、日本語だと「クジーネ」と書かれたり「クージネ」と書かれたりするが、アクセントは「ou(ウ)」のところにあるものの伸ばした感はないので(発音サイトで聞く限り)カタカナ表記は「クジネ」が近い。

▼実機の特徴

佐貫亦男先生は、クジネ 70~71 アルカンシエルを評して、「航空技術史上もっともスタイリストである機体の一つ」と記している(「続々・ヒコーキの心」)。

もちろんここでいう「スタイリスト」は職業ではなく「オシャレ」くらいの意味だが、その最大のポイントは、木製機ならではの滑らかなラインと、ルネ・クジネ設計によるアルカンシエル・シリーズ共通の、胴体がそのまませり上がって薄くなり垂直尾翼になるという独特すぎる形態だろう。

「鍛えた日本刀のような」というのは喩えとしてほめ過ぎで、実際にそのような隙の無さは感じないし、むしろ「え、大丈夫なのコレ?」的な印象。側面形だけで言うと「バナナみたい」。ラインとして美しさはあるが、一方では圧倒的な珍機感を打ち出している。それがこの機の個性と魅力ではあるが。空力への並々ならぬこだわりは、巨大な主車輪だけでなく、尾輪にまで水滴状のカバーを被せたところにも感じられる(ただし、これらのカバーは後の改修で取り払われている)。

設計者のルネ・クジネは主に戦間期に活動した航空機デザイナーで、初期は(以前にエレールのキットを紹介したことがある)ANFレ・ミュロー社の協力を得て、後には独立して会社を構えて(ルネ・クジネ航空機:Société des Avions René Couzinet)何種かの航空機を生み出している。もっとも、まともに量産された機体は一種もないようだから、要するに「自分のアイデアに溺れちゃった」タイプの技術者臭い。

実機に関しては、ネット上にものすごく詳しい資料がPDFで公開されているので、興味をお持ちの方はダウンロードして目を通してみるとよいと思う。

サイト「Association Le Nouveau Souffle de l'Arc En Ciel

資料は「Quand les Arcs-en-Ciel traversaient l’Atlantique(虹が大西洋を渡った時)」(著:Claude FAIX)、上下43ページずつで、「pour aller plus loin」のページに置かれている。以下の説明も、基本、この資料に拠っている。おそらく、お金を出して買おうと思っても、なかなかこれを上回る資料はないんじゃないか? というくらいの上質な資料である(ただし全編フランス語)。

クジネによる最初の「アルカンシエル」は、1927年のクジネ 10 アルカンシエルNo.1で、これは小改修されてクジネ 11 アルカンシエルNo.1bisとなるが、1928年に事故で失われ、別機のアルカンシエルNo.2も格納庫火災で失われている。他にも数種の「アルカンシエル」タイプの大小の航空機が作られているらしい。

今回の主役のクジネ 70~71 アルカンシエルは、クジネ 10~11よりやや大型の機体として企画されたもので、1930年にクジネ 70.01 アルカンシエルNo.3として製作開始、翌年2月に初飛行している。

ここまでの文章中で、私が「クジネ 70~71」と書いているのは、初飛行以降、1934年までの間にやたらに改修が繰り返されて、そのたびに名前が変更になっているため。

クジネ 70.01 アルカンシエルNo.3:初飛行時。全長16.13m。全幅30m。1時間半飛行。イスパノ・スイザ12Lb(650馬力)3基に、グノーム&ローン製3翅ペラの組み合わせ。車輪カバー未装着。

クジネ 70.01 アルカンシエルNo.3bis:初飛行後、小改修を受ける。エンジンフレーム、エンジンカウルなど変更。左右エンジンが翼前縁に対して垂直(機軸に対して3°外向き)なのはこの改修以降? 大型の車輪カバーが付く。登録され、「F-AMBV」の登録記号を得て、これが記入されるのもこの時から。胴体下面に「René Couzinet」と大書(当初は横書き、長胴体型になってからは縦書き?)。これらのマーキングは、少なくともこの時点では赤だったらしい。32年12月に、ショヴィエール製2翅ペラに交換。全長変わらず16.13m。1933年に2度の南大西洋横断(メルモーズによる最初の往復飛行を指すと思われる)。

クジネ 70.01 アルカンシエルNo.4~No.4bis :大改修。延長型の新しい胴体。全長21.45m、全幅は変わらず30m。エンジンカウルも再び新しくなる(胴体に合わせて機首も伸びる)。ラジエーター形状変更。胴体窓は前後が角形から丸型に変更。主翼、胴体間に大型のフィレットを追加(フィレットが追加されて当初は、翼の登録記号の一部が隠れた状態)。水平尾翼形状変更。胴体窓上に「FRANCE - AMERIQUE DE SUD」。水平安定板上に、「豚の耳」と呼ばれる補助方向舵を追加。一時(1933年12月?)エンジンに減速ギアを取り付けて4翅ペラを装着。

クジネ 71.01 アルカンシエルNo.5:胴体を後部で若干短縮。全長20.18m。エンジンも減速機を外され通常のイスパノ・スイザ12Nbになり、ペラも2翅に戻る。エンジンカウル形状等にさらに改修。フィレットは大型だが、No.4~No.4bisに比べるとやや小型化? 1934年に6回の大西洋横断飛行。最後の横断飛行(8回目)の後、胴体右の虹の帯の後ろに、1回目~8回目の横断飛行の記録(達成年月日)が、胴体左の同位置には南米の都市名が記入される。

クジネ 71.01 アルカンシエルNo.6:エンジンカウルに大幅改修。前面ラジエーターをやめ、顎下ラジエーターに。機首・ナセル前面は尖った形状になる。ハミルトン・スタンダード製ペラを装着。大きな車輪カバーは外される。全長20.18mで変わらず。国が購入しエールフランス所属に? ただし実際の商業飛行には使われなかったようで、その後、エンジンを取り外された状態で競売に掛けられ、ルネ・クジネ自身が買い取ったらしい。結局修理再生されることもなく、第2次大戦中に破壊されてしまったようだ。

とにかく、1機しかないにも関わらず、やたら小刻みにあちこち変更されていてややこしい。

ちなみに上に埋め込んだYouTubeの動画中でも、最初に登場するのは短胴体の70.01(たぶんアルカンシエルNo.3bis)。フィレットも小さく、側面窓が角形なのが45秒あたりから確認できる。1分15秒から写っているのは長胴体型(アルカンシエルNo.5?)で、大きなフィレットと前後が丸くなった窓がわかる。

ワンオフの特別な機体を、極限の飛行に合わせて細かくカスタマイズしていったと言えば聞こえはいいが、胴体の延長や大型フィレットの追加、補助方向舵の増設などは安定性や方向舵の効きを改善するための措置で、どうもルネ・クジネがこだわり続けた尾部形状が悪さをしている可能性は高いように感じる。その後、誰もこの「新機軸」を真似ていないのも、その傍証のように思う。

▼エレールのキットについて

上述のように、キット名称は「70.02」で、これは上記のリストでは、おそらく胴体延長改修後のアルカンシエルNo.4もしくはNo.4bisを指しているのだと思う。とはいえ、なにぶんにも古いキットということもあってか、細部の特徴はいくつかの時期のものが混ざっている。

  • キットの全幅は40cmで、これは実機各型の全幅30mのきっちり1:75。全長は26.6~26.7cm(スピンナーの分は適当に足しているのでいい加減)で、75倍すると約20m。アルカンシエルNo.5とおおよそ等しい。半端スケールではあるが、一応スケールに拘っているようなのは嬉しい。
  • 主翼・胴体間は大型フィレット付き(おそらくアルカンシエルNo.5の形状に近い)。
  • 胴体窓は角形でアルカンシエルNo.3bis以前。
  • プロペラは3翅で最も初期のアルカンシエルNo.3仕様。
  • 機首も胴体に合わせて長く、エンジンカウル形状はおおよそアルカンシエルNo.4?
  • 水平尾翼形状はアルカンシエルNo.4以降の改修型。「豚の耳」補助方向舵付き。
  • 主車輪、尾輪は大型カバー付き(アルカンシエルNo.3bis以降)。

とにかく、胴体と機首が長く、大型のフィレット付きの形状になっているという時点で、アルカンシエルNo.5として作るのが最も素直な道ということになる(もちろん、実機の仕様を追おうなどと考えずにキットのままに作るという方針を取らないのであれば、という前提のもとでだが)。

ちなみに、最初の横断飛行を成功させた短胴体時代の70.01 アルカンシエルは、1:72のレジンキットが模型友達である小柳氏の「赤とんぼワークス」から出ていた。

上記のように、各時期の特徴が混在していること以前の問題として、キット自体が古く、全体のスタイルの捉え方も甘く、パーツ構成やモールドも大味であることなどが挙げられる。

私がこのエレールのキットをいじったのは、ずいぶん昔のことで、以来、たぶん20年くらいは放置していたものなので、工作自体も曖昧になっているが、とりあえず、大掛かりにいじったところなどを中心に。

20220311_161213アルカンシエルの胴体は合板張りの強みを活かして、やたらに滑らかな曲線で構成されている。実機の胴体断面形は中心部あたりでも上すぼまり。側面窓が途切れたあたりからは、もうほとんどおむすび型になっているはず。エレールのキットは、胴体中心部あたりでは長方形断面に近く、そこからだんだん上部が狭くなっていくのだが、垂直尾翼として立ち上がっていくあたりになっても、まだ上に平面部を残している。キットをストレートに仕上げた作例がネット上で見られるので、参考までにそちらへのリンクを(もちろんこれはこれで、デスクトップモデル風に美しく仕上げてあって良い感じ)。

(おそらく、その他のさまざまな不都合を無視してまで)ルネ・クジネが追及したかった、抵抗の少ない流麗なラインがだいぶ損なわれている感じがあり、内側から裏打ちし、胴体後半を大胆にゴリゴリと削り込んだ。古いキットの大振りなパーツなのでプラの厚みも結構あるのだが、削り込みの結果、(写真にもちょっと写っているが)胴体上端あたりに裏打ちがちょっと見え始めている。

実はこれでも削り込みが不足で、もっと胴体の前側からなだらかに丸まっていないといけないのだが、そうすると胴体に穴が開いてしまいそう。

20220311_140053「うーん、もうちょっと削りたかったなー」と思いつつも削れないのは、胴体窓の形状を変更(角形→丸形)したいというのもあって、透明プラバンをはめ殺しにしてあるためでもある。とにかく外形を何とかしたかったということもあって、「どうせほとんど見えないよね」と、キャビン内部は何も工作していないのでがらんどう(もともとキットにも機内パーツは何も入っていなかったと思う)。

天井の明り取り窓は、キットでは確か四角くモールドがあっただけ(あるいはモールド自体なかったかも)で、ここは開口だけして放ってあった。

20220311_161121キットの機首はやや細すぎる感じ。機首下面が直線的に上がっていて、ふっくら感が足りないので、プラバン片とパテを盛って、ちょっと膨らましている。

その際に、機首の細かいルーバーのモールドは(もともとちょっと頼りないが)一部消えてしまっていて、これは将来的にはまとめて再生する必要がある。

排気管は一目で「あ、イスパノ・スイザだ」と判る「1・2・2・1」構成。機首左右下側には、イスパノ独特の三連の吸気口も製作する必要がある。機首前面にはラジエーターがあるのだが、キットのパーツはプリミティブな出来で、これも自作覚悟。

コクピットの窓枠が破損しているが、これは、そもそも「コクピット側面窓の形状もおかしい」「凸モールドがあるだけで天窓が表現されていない」などの問題があり、ここはノコギリで天井から大きく切り開き、作り替える予定があるので構わない。コクピット内も現在はがらんどうだが、その際についでに最低限の表現を制作するつもり。ちなみにこの機は、これだけ大型機であるにもかかわらず、操縦輪は左側に1つだけで、副操縦装置はない。

20220311_140355機首が細すぎる感じな一方で、両ナセルは寸詰まりで、とても同じエンジンが入っているように見えないので、こちらは一度ノコギリで切り離して、プラバンを挟んで3mm延長した(延長した長さは目分量)。

この際の工作で、ナセルの表面モールドは完全に削り落としてしまっている。機首もそうだが、細かいルーバーの再現ってどうしたらいいんだろう……というのが放置に至った直接の原因だったような気もする。

ちなみに実機では、左右ナセルに向けて厚翼の翼内に通路があり、這って行ってエンジンの点検修理ができるようになっていたらしい。宮崎駿さんあたり、好きそうだ……。

20220313_121409下面は、前述の機首を膨らませた以外にも、段差やヒケなどが多く工作跡(あるいは工作途中跡)がだいぶ汚らしい。左主翼下面が白いプラバンに替わっているのは、キットのパーツが複雑にねじくれ、波打っていて、修正して使うよりも交換してしまった方が話が早かったため。

ちなみにこの下面パーツはナセル下面と一体になっているので、ナセル部分だけは切り取ってキットのパーツを使っている。

上面、下面ともエルロンの表現は凸筋+パーツの分割線のみ(それを言うなら機首のパネルラインや方向舵も凸筋だが)。凸筋は削ってしまったしパーツ分割線は埋めたので、後々資料を見つつ彫り直す必要がある。

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郵便機がらみの脱線話(2)

20220227_200939 ●前回に続いて押入れの守り神的ストックのレビュー(守り神がやおよろず状態)。フランス製の簡易インジェクション、HiTech 1:48のブレゲー14B2。

武骨で、四角くて、頑丈そうで……およそ「洗練された格好良さ」とは無縁な感じだが、しばらく見ていると、それが逆にちょっと魅力的に見えてくる感じの機体。

フランスお得意の(というか、戦間期までは各国がしきりに開発していた)多座多用途機のハシリにして初期の成功例のひとつで、これの後継機が前回のポテーズ25や、同メーカーのブレゲー19あたり、ということになる。

大昔、オーロラの1:48シリーズにも取り上げられていたくらいなので、第一次大戦機のキット化アイテムとしては最古参の部類ということになる。実は、私は子供時代にオーロラのブレゲーを組み立てたことがある……らしい。「らしい」というのは、おぼろげな記憶で、「やけに角ばった感じの、それなりの大きさがある複葉機のキットだったこと」「主翼を前から押している地上員のフィギュアが付いていたように思うこと」くらいしか覚えていないからだが、該当するキットは、おそらく、オーロラのブレゲー14しかない。

まだプラモデル趣味に目覚める前で、当時の子どもの常として「時々プラモデルを接着剤ベタベタで捏ね上げるだけ」だった私が、なぜ輸入品の第一次大戦機などというマニアックな品を手にすることになったのか、今では確かめようもない謎である。

閑話休題。そんなキット化史を持つブレゲー14だが、その後は長く後継キットに恵まれない時代が続いた。

80年代、悪名高い草創期の簡易インジェクションメーカー、マーリンから72キットが発売され、(よせばいいのに)入手したことがあるが、でろでろのプラパーツ(前回のHITKITの比ではない)というだけでやる気を無くすのに、なんと私の入手したキットは、胴体の同じ側が2つ入っていた。購入した模型店に連絡をしたら、「えっ!? では、すぐに交換します。在庫確認しますんで……。あっ! 申し訳ありません、こっちの在庫も同じ側が2つでした……」と言われた。右左別々で2枚ずつならパーツだけ交換で済んだのに……(これって前にも書いたような気がする)。

そうした前史の末に、ようやく手に入れた比較的まともなキットが、このHiTech製の1:48 ブレゲー14B2ということになる。なお、72ではペガサス、その後AZmodelからもキットが出ている。

ちなみにキット名称末尾の「B2」は(たとえばメッサーシュミットBf109E-4、みたいな)生産順によるサブタイプ記号ではなく、フランス独自の機種識別記号で、爆撃機(Bombardier)で複座(2人乗り)を示す。ニューポール17C1、モランソルニエ406C1とかも同様で、これは戦闘機(Chasseur)で単座。

ブレゲー14の主要生産型としては、他に偵察機型のA2があって、これも「偵察機・2人」の略号だが、Aが何の頭文字なのかはよく判らない。フランス語で偵察機は「Avion de reconnaissance」だが、「Avion」は単純に航空機のことだから略号にするならRを使いそう。Accompagné(随伴)とか、あるいは実際にこのA2機が配属されたCorps d'Armeéを示しているのかも。

ちなみにこの頃のフランスの陸上の航空隊は全体が陸軍に所属していたはずなので、後者のCorps d'Armeé(直訳すれば陸上部隊)は陸軍所属を示すのではなく、爆撃隊とか戦闘機隊とかと並列で、偵察・空撮・弾着観測・リエゾンなどの地上支援を担当する部隊のことであるらしい。

●前置きが長くなったが、そろそろキットの中身を。

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中身は簡易インジェクション製の主要プラパーツ、レジンとメタルの小物パーツ、エッチング、デカールとインスト。

単発機とはいえ結構大柄な機体で、2枚目写真にあるように、手のひらと比べても主翼はだいぶ大きい。胴体横・後席脇に窓があるのはたぶん爆撃型の特徴。下翼に出っ張りがあるのも爆撃型の特徴で、この出っ張りは下翼下面に装着されたミシュラン製の爆弾架(小型爆弾なら左右各16個懸架可能)のもの。下翼後縁が、ほぼ全スパンに渡ってフラップになっているのも爆撃機型だけの特徴らしい。ちなみにアエロポスタル社で使用された郵便機は、おそらく窓や爆弾架のないA2仕様をベースにしているのではないかと思う。また郵便機型は(ネット上で作例等見ると)下翼左右(B型で爆弾架のあるあたり)に貨物(郵便袋?)収納用のコンテナをぶら下げているようだ。

胴体表面の布張りの縫い目、翼のリブ表現などはそれなり。簡易インジェクションで第一次大戦機を出し始めたころのエデュアルド並み、くらいか(通じにくい評価)。私の入手したキットでは、下翼の爆弾架部分の表側に、あまり目立たないながらも、わずかにヒケがあった。裏側ならエッチングを貼るので、いくらヒケててもいいのに……。

胴体下面はモールドの方向もあってつんつるてんだが、実機は何かディテールがあるかもしれない(資料不足でよく判らない)。

びっしりとルーバーの入った機首側面は、プラパーツは一段窪んでいて、エッチングパーツを貼る構成。

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割と大判のエッチング(横約10センチ)は、前述の機首側面パネル、爆弾架、後席機銃架、窓枠、前面ラジエーターのシャッターなど。機首側面のルーバーがペッタンコ表現なのはちょっと残念な感じがするが、かといって、ここを綺麗に膨らませて、かつ綺麗に形を揃えるというのは非常に面倒くさそうだ。

メタルキャストパーツはペラ、脚柱、機銃。本機に使われたプロペラは数種あるらしいが、キットは最も標準的に用いられたラチエ製。レジンパーツは機首前面のラジエター、車輪、座席と、オカリナのような形の排気管。

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デカールシートは、確か今はもう活動停止してしまったエアロマスターデカール製の美しい印刷のもの。縦横13cmちょっと程度あるが、塗装例1種のみに対応。シリアルNo1333はボックスアートの実機写真にある機体で、説明書によれば1918年6月、エスカドリーユBR117所属である由。フランス航空隊の中隊(エスカドリーユ)名は機種別になっていて、BRはブレゲー装備を示す。

たとえばエースとして名高いジョルジュ・ギヌメールの所属は第3戦闘機中隊だが、モラン・ソルニエ装備時代はMS3、ニューポール時代はN3、スパッドに替わってからはSpa3と変遷している。

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