スペシャル・アーマー 1:35 3.7cm KPÚV vz. 37M

20171209_010741 ●前々からちょっと気になっていたキットなのだが、チェコ、CMK/MPM系のレーベル、スペシャル・アーマー(Special ARMOUR)の「3.7cm KPÚV vz. 37M」を、横浜のヨドバシで初めて店頭で見て思わず購入。

ちなみにSpecial ARMOURはSpecial HOBBYの陸物ラインナップのレーベルで、以前CMKで出ていたLT vz. 35(35(t)戦車)やフォルクスワーゲンなども、現在はSpecial ARMOURで出ているようだ。

●3.7cm KPÚV vz. 37Mはシュコダ社製、チェコスロバキア軍制式の対戦車砲で、「KPÚV」はチェコ語の対戦車砲(Kanón Proti Útočné Vozbě)の頭文字、「vz.(vzor)」はポーランド語の「wz.(wzór)」と同じで「(年)式」の意。末尾のMは機械化部隊用にゴムタイヤを履いたタイプを示すのだそうな。ちなみに木製スポークの歩兵部隊用はwz.37P、ほかに騎兵部隊用のwz.37Jというのがあるらしいが、後者はPやMと何が違うのかよく判らない。

説明書によれば、「この時期、この種の砲のなかでは最高(At that time, this weapon was the world's best in its category)」であった由。1938年時点で、チェコスロバキア軍はPタイプ390門、Mタイプ300門を保有していたらしい(Jタイプはどこにいった?)。

また、ユーゴスラビア、ハンガリー、ブルガリアにも輸出されたらしい。チェコ解体に伴い、多数がドイツ軍に接収され、「3.7cm PaK 37(t)」の名で(あるいはユーゴで鹵獲したものは「3.7cm PaK 156(j)」の名で)使われている。また、スロバキア軍も158門(および旧型であるvz. 34を113門)をチェコスロバキア軍より引き継ぎ使っている(スロバキア軍の保有数については“GERMANY'S FIRST ALLY - ARMED FORCES OF THE SLOVAK STATE 1939-1945”より。他は基本、説明書の解説文から)。

なお、Lt vz. 35(ドイツ呼称Pz.Kpfw.35(t))の主砲として搭載されているのは、これの一代前の3.7cm KPÚV vz. 34の車載型で、多孔式のマズルブレーキなどよく似ているが、vz. 34(社内呼称A3)は砲身長が40口径なのに対し、vz. 37(社内呼称A4)は47.8口径と長砲身化されている。ちなみにLt vz. 38(ドイツ呼称Pz.Kpfw.38(t))に搭載されたのは同じく47.8口径だがさらに新型のシュコダA7。

20171208_233831 ●中身は小振りなランナーが2枚。2つ合計で、両手のひらを合わせた程度。TOMやMIRAGE HOBBYのボフォース37mm対戦車砲とおおよそ同等の、比較的少なめの部品数。「小口径の対戦車砲なんてそんなもんだよ」と言われてしまえば、そうかもしれないけれども。

大きいほう(左側)のランナーは一部が切りかかれているが、ここは、先に発売された歩兵型(Pタイプ)用のスポーク車輪が入っていたところ。

20171208_233955 こちらの機械化部隊型(Mタイプ)のキットには、半身になった車輪パーツが8枚、つまり2種類入っている。

違いはホイールディスク部の形状で、右写真で右側の、比較的のっぺりしているほうは、ドイツ軍用の塗装例のひとつの場合に使用するもの。(大きさは違うが)ディスク部の形状それ自体はラインメタルのPak36やFlak30あたりと似ていて、ドイツで作成された(あるいは別の何かから持ってきた)交換パーツであるらしい。

しかし、ゴムタイヤを2種類入れるのであれば、いっそ木製スポークもそのまま入れてしまってコンパチキットにしてもよかったんじゃ……。

チェコ型のタイヤのほうは、ゴムタイヤ部分の側面(両面)に「MATADOR」のロゴ入り。Matador Bratislavaは、1905年創業のスロバキアのゴム製品メーカーである由。現在も後身の自動車タイヤメーカー、Matador, a.s.が活動しているらしい。しかしこういうメーカーロゴって両面に入ってるもの?

20171208_233930 この手の牽引砲の「顔」とも言える防盾は、そこそこ頑張っているとは思うものの、やはりなお厚め。さらに、防盾の表側〈前側)にクリーニングロッド?測量用のポール?――どちらなのかよく判らないが、4本重ねて付けているロッドは、取付用のベルトも含めて一体成型で、いまひとつ実感に乏しい。

車輪の前に位置する、防盾左右下部は実物は別体で、内側の蝶番を介して繋がっている。実物は、この接続部に段差があり、別体部がちょっと前側に出ている。蝶番自体は裏側で、蝶番にツメが生えていて、この別体部分はこれ以上後ろ側には曲がらない(前方にだけ曲がる)仕組みのようだ。かつ、蝶番上下を繋ぐロッドにスプリングが巻いてある。

運搬時は折りたたむのか、それとも単純に、(防盾を可動にしておくことで)車輪との間に何か物が挟まっても大丈夫、という仕組みなのか。今ひとつよく判らないが、個人的には後者の可能性が高そうな気がする。

20171208_234036 もうひとつ、砲の重要なアクセントであるマズルブレーキは、実際には細かい穴が多数開いているのだが、キットのパーツはご覧の通り。砲口部を開けている一方で、側面の孔は潔く省略している。まあ、確かに1:35でこれをモールドで表現しろというのは大変だとは思うけれど。

35(t)戦車用の金属砲身は何社かから出ているが、基本、マズルブレーキは砲身と一体になっているのではと思う(少なくとも日本で一番手に入りやすい、パッション・モデルズの製品はそう)。で、35(t)用はこの砲よりも砲身長が短いので、そのままでは使用できない(もちろん、金属の砲身をゴリゴリ削り飛ばしてマズルブレーキだけ移植するという手もあるが)。あるいは、ブロンコの35(t)の砲身パーツはスライド型でマズルブレーキの穴もそれなりに表現されているので、そちらにパッションの砲身を使い、余ったプラパーツをこちらに使うという「玉突き流用」がいいかもしれない(などとパーツ一つ切り離さないうちに皮算用)。

20171208_234053 中口径以下の対戦車砲では、開脚式の砲架は、運搬時には単純に閉じるだけ、というものが多いと思うが、この砲はちょっと凝っていて、脚の中途から前方に折り畳み、全長を短縮するようになっている。この仕組みは前身の3.7cm KPÚV vz. 34も、また、より大口径の4.7cm KPÚV vz. 38(ルノーR35やI号戦車に載せて自走砲化されたヤツ)も同様。

キットは、この折り畳み機構を、真っ直ぐな状態と折りたたんだ状態、2通りの脚パーツをセットすることで選択式にしている。車輪・脚という、もともと細かい中では比較的「大物」のパーツが選択式なので、実際に使うパーツはますます少ない印象。

●説明図/箱裏で取り上げている塗装例は4種。チェコスロバキア制式の3色迷彩が2種(片方はチェコスロバキア軍、もう片方はスロバキア軍)、あと2つはドイツ軍の塗装で、グレー単色と、グレー地に白の冬季迷彩。スロバキア軍のものにのみ、防盾の隅に描き入れた二重十字の簡易国章(?)のデカールが用意されている。

●先行の木製スポークタイプ(P型)は2016年発売らしいが、このキットは今年、2017年発売のようだ。もしもっと早く入手していれば、New Kit Con参加作をこれにしていたかも。

パーツも少ないし、小さいし、楽そう――と思う反面、ディテールの解像度はCAMsのビッカースに比べると低いので、むしろ苦労したりして。

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ビッカース6t戦車(3) ギアハウジングの迷宮

●CAMsのビッカース6t戦車(中華民国軍、指揮車タイプ)の製作記の続き。

20171204_225042 ●起動輪基部のギアハウジング(C32、C33)には左右の別があるが、ダボ穴位置などには違いがないので、間違えやすいかもしれない。

ギアハウジング外周に等間隔に並んでいる小突起は、車体側から止めるボルトの受け部分なので、これが両側で揃うようにする。もちろん、説明図の「C32對側C33」――(図示されているのが)C32で、反対側がC33、という指示をちゃんと読み取れば間違わないはずだが。

こういう部分は、最近のタミヤならダボに変化を持たせるなどして「そもそも間違えるとうまく取り付けられない」状態にしているのが普通。その辺、「神経、行き届いてるなあ」と感心するし、実際、ストレスなく組み立てられるのは楽しいのも確かなのだが、一方で、もしもキット設計につぎ込める「こだわり」の総量が同じなのであれば、タミヤの場合、フールプルーフさはそこそこでいいので、もっとディテールの正確さに気を使って欲しいような気もする(わがままな話)。

●閑話休題。上の写真にも写っているが、ギアハウジング外周のやや大きめの2つの横U字型の突起は、どうやら、グリースポイントか何かのボルトの基部であるらしい。

Vickers しかし、これは(ソ連におけるライセンス生産型である)T-26系列ではこの位置に確認できるものの、オリジナルのビッカース6t戦車では位置が違っている可能性がある。

右写真は6t戦車の改良型であるMk.Fの当該部分の拡大。黄色矢印が、キットでは突起がある部分。赤矢印にはキットにはない突起がある。

このへん、当時の実車写真では、不鮮明だったり、履帯の陰に隠れていたりして、なかなか確認しづらいのだが、少なくとも、フィンランドに現存しているビッカース6tでは、キットのパーツの位置に突起がないことははっきり判る。

ちなみに、フィンランドのが輸入したビッカース6tは数輌が現存しており、ネット上にもそこそこ写真が上がっている。特に細部の詳細に関しては、以下のwalkaround写真集が非常に有用。

“DishModels”

“LEGION AFV”

問題個所のクローズアップも多数あって、例えばこれを見ると、上のMk.Fの写真と同じ配置になっていることがわかる(フェンダーに隠れる上部にももう一つ、ボルト頭がある)。

しかし悩ましいのは、「フィンランドの6t戦車がそうだったとしても、中国(もしくはポーランド)の6t戦車もそうであったとは言い切れない」こと。

6t戦車は顧客(輸出先)のニーズや製造時期によって細かく差があり、なかでもフィンランド仕様はイレギュラーの度合いが大きい。実際に、このギアハウジング周辺に関しても、ハウジング部の車体内側に斜めに突き出している(やはりグリースポイントかと思われる)ボルト頭付きのバルジは、他国の6t戦車には見られない。

ただし、ギアハウジング外周部のレイアウトに関しては、とりあえず、

  • ボービントンにある現存車輌も、どうやらフィンランドの車輌と同一配置(ただしこれもMk.F規格車体の後期型)。
  • ポーランドの6t戦車は、おそらく上と同一配置(少なくともこの写真を見る限り、キットの位置に突起はなさそう)。
  • タイの6t戦車も、この写真の車輌は、キットの位置に突起はないようだ。
  • ボリビアの現存双砲塔型。この写真では陰になっている上に不鮮明だが、どうやらキットの位置に突起はなさそう。
  • 中国軍車輌で断言できるほど鮮明な写真は見つけられなかったが、「う~ん、前面(キットの位置)にはボルトはないかな?」と思えるような写真が数枚。

20171206_015558 というわけで、今一つ確証は得られないものの、こればかりうじうじ悩んでいてもしょうがないので、意を決して工作してしまった。結果が右。突起上のボルト頭は、トライスターのIV号戦車のサスペンション基部不要部品から。

なお、ポーランドにおけるライセンス生産型、7TPはまた事情が異なり、もっと多数の箇所に突起がある模様(ただし試作車はビッカース6tと同じ?)。

●起動輪は外側スポークと内側ディスクの間に補強用のロッドがある、マチルダの起動輪などと似た構造(というよりも、マチルダが6t戦車の起動輪を参考にしたのだと思うが)。

20171205_232800 キットは小さなロッドのパーツ(Ab1)を起動輪内外のパーツで挟み込むようになっているのだが、工作手順上も、またパーツのゲート処理も面倒臭そうだったので、起動輪内側パーツにドリルで穴を開けてしまい、内外を貼り合わせたあとで、エバーグリーンのプラ材の細いロッドを差し込んだ。ちなみに穴の裏側は、どのみちギアハウジングがかぶるので見えない。

なお、起動輪内外の接着は、一応パーツに位置決め用の工夫はしてあるが、実際には角度はゆるゆる。内外の歯が揃うよう、慎重に接着する必要あり。

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浦賀

●土曜日、散歩に出て、ハイランドから、池子米軍管理地の北辺尾根を辿る「やまなみルート」に上がる。

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途中、道端のあちこちに、明らかに見た目がキイチゴの類の、真っ赤な小さな実がなっているのを発見。匍匐性で、丸みがかってつやのある、若干厚手の葉。調べてみると(今は散歩の途中でもネットで検索できるのが便利だ)フユイチゴという、この季節に実を付けるキイチゴの一種と判明。

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食べてみた感じ、モミジイチゴやカジイチゴほどの食べ応えはなく(大きさ的に)、甘みよりも酸味が強いが、しっかりとした味でなかなか美味しかった。アセロラとかクランベリーとか、そんな感じの味わい(その両方ともジュースでしか味を知らないが)。

熊野神社に出るつもりだったのに、そのすぐ手前で道を間違え、朝夷奈切通の十二所側入口付近まで戻ってしまった。改めて切通を越えて六浦まで。

●実はこの週末、私事で事件が発生し、身辺、だいぶすったもんだの騒ぎだった(それでいて、ビッカースの車体と砲塔は組んでいたりするわけだが)。

日曜日は、その件がらみで、「半日、家を空けていてくれ」とのことで、かみさんとともに外出する。

特に行きたい場所の当てもなく、また、かみさんと一緒だといつものように延々と歩くのは不可(かみさんは膝に故障を抱えているので)。「とりあえず、大船で昼飯を食って、田谷の洞窟でも見に行くかあ」などという、割とゆるゆるな計画に基づき、逗子駅で上り電車に乗ったが、電車が発車する前に、いきなり「普段行ったことのない方面のほうがいいんじゃないの?」という話になり、急遽行き先変更。向かい側の久里浜行きに乗り換える。

20171206_091911 なんとなく久里浜を目指し、なんとなく久里浜に到着し、なんとなく久里浜で昼食。

「久里浜と言えば、久里浜緑地?」(いつのまにか「くりはま花の国」と名称変更されていたらしい)くらいしか思い付かないが、冬に行っても単に見晴らしのいい野原があるだけのような気がしたので、またまた行き当たりばったりで、バスに乗って浦賀に出て、近辺を散歩。

ちなみに京浜急行の駅には右のような簡単な駅周辺観光パンフが用意してある。ごく簡単な内容だが、散歩の助けになった。今度、新逗子駅にも同様のものが置いてないか確かめてみよう……。

●バスの終点だった京急の浦賀駅前〈港の一番奥)を出発点に、浦賀港の西岸を歩き、渡船で東岸に渡り、また歩いて浦賀駅まで戻るという一周コース。途中、西岸の西叶神社、それと向い合せた東岸の東叶神社ほか、いくつかの寺社を回る。

渡船は(対岸に行っていた場合は)桟橋たもとの呼び出しボタンを押して来てもらうというのどかなもので、渡し賃は大人200円。歴とした「市道」なのだそうだ。以下、散歩途中のあれこれ。

▼港の最奥部にある旧ドック。間近に近寄ることできず、遠目に見るだけなので、「日本に2つしか現存しない」という、レンガ積みのドック内部はほとんど覗き込めない。ネットで見ると、時折「見学会」が開かれており、その時には内部に入ることもできるようだ。

巨大な鉄骨はおそらくドック脇に立っていた大クレーンの残骸?で、もともとは奥の塔の上に、手前の三角のトラスが乗っていたのではと思う。

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下左は入り口付近にある案内板。右はドックの海側の扉。

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▼思わず笑ってしまったネーミングの歯医者。なんだかこんな喋り方の歯医者さんが出て来そうな気が。および、西叶神社の社殿の彫刻。天保年間、火事による焼失からの再建で、現在の社殿が建てられた時のものだそうで、なかなか立派。

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▼東岸を歩くと、街角のあちこちに井戸がある(いや、西岸にもあるのかもしれないけれど)。こんな海辺で、ちゃんと真水が出るのかしらん。いや、山が迫っているからそこそこ普通に水が湧くのか。懐かしい手漕ぎのポンプがいかにも現役な感じで残っているのがなかなか素敵。

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ちゃんと下調べをしてくれば、もっとあれこれ面白い見どころもありそうだ。そういえば、観音崎の灯台も確か行ったことがないし。まあ、そのうちにまた。

●確か土曜日に気付いたのだが、「ポケモンgo」のマップ内容にかなりの変更があった。

単に「地図情報が更新されたのかな?」などと思っていたのだが、そうではなく、ベースマップがこれまでのGoogle Mapsから、オープンソース地図の世界的プロジェクトである、オープン・ストリート・マップ(OSM)に変更になったのだそうだ。

OpenStreetMap Japanの中心メンバーの一人であるF君が、facebookで

「NianticがOSMに変えた理由が「無料だから」と思っている人は本質的なモノの見方ができていない人。意外と多いな。」

と息巻いていて、いやまあ、そこまで言うほどのもんかな?とも思わなくはないが、少なくとも私の近辺で見る限りでは、今までの地図上では表記されていなかった細い山道や、「そもそもこれは道路なのか?」と思うよな、建物内や駅の連絡通路まで表示されるようになり、おおよそ、地図の質は向上したと言えそう(しかしその一方で、「こんなところに道ねぇよ!」という脇道が表示されていたり、ということも)。

もっとも、ネット上には「これまでの地図より大幅に簡略化された」という意見も多く、変更に関しては賛否両論入り乱れている感じ。どうもその地区に関わっている、OSMに情報を提供する“マッパー”の質と量によって、地図の粗密にだいぶ差が出ているようだ。

もちろんF君の言う「本質」は単純な地図の密度ではなく、地図それ自体もプレイヤーが関わることができるようになったんですよ、的なことではと思うが。

Screenshot_20171130141437 ●そのポケモンgo、先月末に「グローバルチャレンジ」なるイベントがあって、イベントクリアの報酬として本来オセアニアだけに出現するカンガルー風ポケモンが東アジア地域で時間限定で現れるようになったが、それに引き続き、今月上旬は期間限定で「伝説ポケモン」のホウオウが各地のポケモンジムのボス戦(レイド)に登場中。

レイドボスには強さの等級があるが、伝説ポケモンは当然ながら最強クラスで、プレイヤーが複数いないとまず倒すことはできない(最低でも7,8人、できれば10人以上)。というわけで……。

こんな田舎の山道に出てくるなよ! 出て来てもどうにもならねぇんだよ!(右SS)。

ちなみに以前、鎌倉駅前のジムに(ホウオウではないが)伝説級が湧いた時にも参加者がおらず、(その時点では事前に参加人数の確認ができない仕様だったので)無駄と判りつつ戦って瞬殺された。観光客があふれている鎌倉でさえそんな感じで、ポケモンgoは、少なくともレイドバトルに関しては完全に都会の遊びだなあと思う。

ちなみに、ホウオウに関しては、昨火曜日、仕事で新宿に出たので余裕の参加人数で対戦。3戦3勝したものの最初の2回は逃げられ、3回目でようやく捕獲した。

●一方で、田舎のプレイヤーのメリットもあって、ジムの長時間防衛が比較的やりやすい。

実際には貰える報酬(ゲーム内コイン)は8時間20分で頭打ちになるので、それ以上ジムに居座っても(ジムメダルのレベル上げ以外に)意味はないのだが、日曜日の散歩で浦賀の某ジムに置いたポケモンが、70時間を超えてまだ戻ってこない……。

12/8追記:結局、4日と5時間(101時間)後に戻って来た)

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ビッカース6t戦車(2) 基本形

●CAMsのビッカース6tのうち、週末模型親父さんのところの「ニューキットコン」エントリー作の「中国軍・指揮車仕様」の基本形状、車体と砲塔の貼り合わせを行ってみた。

副題を付けたかったのでタイトルは短縮。

●車体基本形状。この形にするのに、(実車ではなくあくまで模型のパーツ数で)装甲板パーツ11枚、および上部転輪軸パーツ8本。あっ。車体内側に付けるはずの、起動輪の軸受けのドーナツ状のパーツを付け忘れてる!

まあ、大勢に影響はない……かな?

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この状態は、まさに戦車の製造工場における装甲車体の組立同様で、なんだか見ていてじわじわ嬉しい。

先述のように、キットのパーツは床板、側面装甲板に若干の反りが生じていたが、思った通り、接着だけで修正できた。もっともそれも含め、無造作にバタバタ貼り合わせると車台にねじれが生じたり、気になるスキマが生じたりしかねないため、各面の接合はそれなりに気を使った。

キットの基本設計は優れているので、寸法が違ってくるような削り合わせは必要ないが、接合ライン部分をわずかにヤスるとか、段状になっている接ぎ合わせ部分で内側を若干削り込むとかの調整は行う必要がある。ただし、その手間を省いたりしなければ、パテ埋めなどが必要な部分は出てこないはず(実際、ほぼ歪みなくきっちり組み上がった)。

●指揮車仕様のバッスル付き砲塔の組立は、車体以上に、かなり手こずった。

砲塔基本形のパーツは、基本の円周が4パーツ、天井がスリット内側と上面板の2パーツ、バッスルが後面・底面の2パーツの計8パーツだが、基本、すべて入念なすり合わせを必要とした(そうしないと組めない、ということではなく、綺麗に仕上がらない、という意味で)。

キットの組立説明図では、砲塔前面パーツに武装の内部防盾を組み込んだ後、おおよそ、(1).円周を完成させ、(2).天井のスリット内側パーツ、バッスル底面を付け、(3).天井板とバッスル後面を付ける、という手順になっているが、すり合わせの都合上、および最終的につじつま合わせの必要が出て来ても隠しやすいよう、最後にバッスル底板とその下の円弧部品を付けることにした。

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順を追って詳説。

▼砲塔前面(H4)に主砲、機銃の防盾(C5、H19)を組み込む。この際、機銃用はそのまま入るが、主砲用(C5)はきつくて入らず、開口部をヤスって広げてやる(防盾側面も若干ヤスって狭めてやる)必要があった。なお、砲身/機銃取り付け時にまた一悶着あったが、それに関しては後述。

▼前面に左右側面(H15、H18)を付ける。前面と側面の接合部の表側エッジがわずかにめくれたような感じになっており(特に側面パーツ)、そのまま付けると接合ラインが盛り上がってみっともなくなるので、リベットを傷付けないよう注意しつつ丁寧に処理。

また、接合部の内側には位置合わせ用のリブ状のダボがあるが、そのまま付けると、ごくわずかに側面板が外側にずれてしまうようだったので、慎重に内側で削り合わせた。

▼両側面板を取り付けた後、それを補強する意味合いもあって上面のスリット内側の、砲塔外周に沿ったC字型パーツ(H17)を取り付け。これもそのままではピタッとは行かず、ほんのわずかだが、ヤスって削り合わせた。

▼天井板(H7)を取り付け。これをガイドにバッスル部の左右幅を適正にするのだが、このパーツがなかなかピタッとはまらず苦労した。主に、側面板(H15、H18)後方のバッスル部分の上端直線と天井板(H7)後部のバッスル上面の接合がなかなか決まらなかったのだが、単純にこの部分を削り合わせるだけでなく、先に接着したC字型パーツ(H17)内周部も多少ヤスってやる必要があった。

▼さらにバッスル後面板(H6)を接着。隙間が出たり浮いたりしないよう慎重に擦り合わせ。一歩前の天井板取り付けと合わせ、この後面板の接着によって、左右装甲板取り付けでほんのわずかに生じている「ねじれ」を矯正する。

▼以上で砲塔の外形は一応仕上がったので、最後にバッスル下の2部品、底面板(H5)とその下の円弧(H10)を取り付ける。説明書では円弧(H10)の方を先に付けているが、実際には底面板(H5)の上にH10が重なる形なので、逆の方が作業しやすい。

底面板(H6)は基本、普通にしていれば見えない部分なので、最後につじつまが合わなくなっても目立たなくて済むため最後に持ってきたが、幸い隙間などはできず、若干左右及び後端をわずかに削ることでほぼピッタリ収めることができた。

最後に取り付けることになった円弧(H10)は、作業の都合上邪魔になる、左右接合部の位置決めダボは削り落としたが、寸法的にはすり合わせの必要なくピッタリはまった。

以上。

大々的に切ったり削ったり盛ったりは必要なく、実際には全て、普通に「プラモデルを作るにあたってきちんとすり合わせを行う」という基本の延長ではあるのだが、私自身、作っていて「こいつはなかなか難敵!」と感じた。そんなわけで、単純に「ランナーからパーツを切り離し、ゲートを処理すれば魔法のようにピタピタはまる」という(特に最近の)タミヤ級クォリティが基準になってしまっている人には厳しいかもしれない。変な言い方になってしまうが、「それなりに高度な素組スキルが必要」という感じ?

(繰り返し言うが、あくまで「納得いくまで綺麗に組むには」という話)

ちなみに、フィンランドが輸入したビッカース6t戦車も、これと同じ無線機バッスル付きで上面周囲にスリットがある砲塔だが、上面ハッチ位置・形状などに違いがある(フィンランド型の場合、ハッチはもっと後方寄りの中央にあり、さらに閉じた時に上面とツライチになる)。

●キットの砲身パーツ(C15)は、防盾に取り付ける側のエッジが若干ダルくなっていて、そのままでは使いづらかったので、防盾側に砲身と同径の穴を開け、砲身はランナーを削って新造した。ちなみに使ったのはタミヤのバレンタインのランナー(特に意味はない)。

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機銃スリーブ(H11)は、なぜか接合部がきちんと平面になっておらず、そのままでは正しく付けられないため、ダボを避けて慎重に、出っ張っている部分を削り落とした。

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CAMs 1:35 ビッカース6t戦車

「週末模型親父」さんのところは、毎夏(晩春から晩秋まで)に長期のSUMICON、毎春(年末から早春まで)にテーマ設定された短期のミニコンペを行うというスケジュールがほぼ定着していて、今日(12月1日)からは「2017年新発売キットのみ」の縛りの「New Kit Competition Vol.1」が開催される(2月末まで)。

10月末までの「SUMICON 2017」でだいぶ情けないリタイアぶりを晒してしまったので、今回は自粛しようかとも思ったのだが、ここ数年は、SUMICONのおかげでなんとか年1,2作の完成が可能になっているような具合でもあり、「リタイアのお詫びは完成で示すしか!」などと適当な(←自分で言うな)理由をこじつけて参加することにする。

●ということで、2017年発売の新キット、しかも私がすでに買って持っているものとなると、タミヤのバレンタイン、ブロンコのトゥラーンI、同じくブロンコのSKODA R-2、CAMsのビッカース6t戦車2種。

一応、年末の東京AFVの会までは、wz.34をなんとか形にすること/できればT-34を塗ることをメインにしたいと思っているので、本格的な製作は年末から年明けに行う予定。というわけで、ややこしそう(そしてもしかしたら何か落とし穴がありそう)なブロンコのキットは避け(若干偏見交じり)、考証と設計へのこだわりは水陸両用戦車で十分わかったCAMsのビッカースを選択。

同社からはすでに数種のバリエーションが出ているが、私が持っているのは

#CV 35-005 ビッカース6トンB初期型 ポーランド仕様
#CV 35-006 ビッカース6トンB指揮車型 中国民国仕様

の2種。1939年戦役時の塗装だとエアブラシ必須のポーランド仕様は(私にとっては)面倒なので(トゥラーンを避けたのはそれもある)、一昨年の水陸両用戦車とまったく同じ塗装になってしまうが、中国軍仕様を作ることにした。

●というわけで、戰甲模型(Combat Armour Models : CAMs)製ビッカース6tの簡単なキットレビュー。

ビッカース6t戦車の1:35インジェクションキットは、かつてMirage HOBBY/RPMからあれこれどっさり出たものの、太古のスポジニアの7TPのバリエーションだけにだいぶお粗末な出来だった(それでも発売当初は「インジェクションで6t戦車が出るなんて!」とだいぶ喜んだものだが)。それだけに、新キット、それもCAMsのようなマニアックなこだわりのあるメーカーからの発売は、大喜びしているビッカース・ファンは多いのではないかと思う。……いやまあ、ビッカース・ファンが世界に何人いるかは別として。

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左がポーランド軍型、右が中国軍指揮車型。

どちらも箱絵は似たような黒縁付き多色迷彩だが、ポーランド軍は3色であるのに対し、中国軍はグレーを加えた4色。

少なくとも中国軍のほうは、ビッカース社で輸出用に施したものではと思うが、ポーランドの場合、国産AFVにも同様のパターンの迷彩(「日本式迷彩」と名付けられていたらしい)を採用している。しかもポーランド軍のビッカース6tは、輸入時は全て双砲塔型であり、単砲塔型は、その後、イギリスから改修キットを輸入してポーランド国内で改装されたものなので、迷彩はポーランドで改めて施した可能性が高いのではと思う。

ポーランドで再塗装されている場合、黒縁付きの「日本式迷彩」の塗色は、(The PIBWL military siteによれば)従来言われてきたサンド/グリーン/ブラウンではなく、 イエローサンド、オリーブグリーン、ライトブルーグレーの新説が浮上してきているらしい。個人的には「えー、ほんとかなー?」と思う一方、TK-3あたりで試してみたい気もする。

なお、開戦直前に導入された3色ボカシ迷彩は従来説通りオリーブグリーン地にグレーサンド、ダークブラウン。

▼両キット共通の車体パーツ。

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ざっと見た感じ、全体のリベット表現はやや強調気味だが、「キットの味付け」の範囲内かと思う。むしろこれくらいのほうが好ましいと感じる人は多いのではと思う。

相対的なリベット・ボルトの大小や丸頭・平頭などの形状差に関しては、きっちり確認していないが、(ビッカース水陸両用戦車の例を考えても)だいぶ気を使っている感じがする。

車体はオーソドックスな箱組。側面、底面ともわずかに反りが見られたが、複雑な歪み方ではなく、強制接着で何とかなりそうなレベル。

両仕様で、車体前部上面板にわずかにボルト列の違いがあるようだが、これに関しては(中国軍指揮車型で)ランナーにモールドされたボルト2つを移植するよう指示されている。

▼足回り。

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左写真の枝が2枚、その上半分の転輪+履帯の枝がさらに2枚で1輌分となっている。

履帯は前作のビッカース水陸両用戦車同様、いわゆる「リンク&レングス」方式。起動輪、誘導輪に巻く部分も1コマずつではなく、2コマずつになっている。

ビッカース系列用の履帯は、なんだか私もよく整理できていなくてこんがらかっているのだが、少なくとも、初期のビッカース6tと、T-26系列とではやや形状が異なる(特に、起動輪の歯が噛み合う穴の脇に縦リブがあるかどうか、など)。ところが、ビッカースの一部や7TPでは、むしろT-26寄りなんじゃない?と思える形状のものがあったりしてややこしい。想像だが、ビッカースそれ自体にすでに履帯にバリエーションがあり(時期によるものかはっきりしないが、仮に初期・後期として)、7TPやT26はその後期型の方を採用している、ということなのではないだろうか?

……というような理屈(というか想像)は余談として、キットの履帯はその、オリジナルのビッカースで見られる「初期型」のほうをきちんと表現しているようだ。これまで出ていた履帯は(もちろんT-26用と銘打っているものは当然として)T-26寄りの形状のものばかりだったので、これは嬉しい。

サスペンションボギーは部品の分割自体はオーソドックスだが、抜きの関係で表現しづらい細かいボルト・ナット類は、ランナーにモールドしてあるものを削り取って移植せよというマニアック仕様。転輪4つ一組のボギーにつき、使用するボルト・ナットは計8つ。

使用するパーツにはキャッスルナット(a)とボルト頭(b)の2種があるのだが、どの部分にどちらを使えばいいのか。、説明書の図示はいささか判りづらい(ボギー軸キャップ留め金の下側にボルト頭(b)を使うのは判るのだが)。これに関しては実際に製作する前に写真資料などで確認予定。

▼ポーランド仕様の独自パーツと、そのエッチング。

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プラパーツは標準タイプのB型砲塔、ポーランド独自の後部デッキの大型ダクト、工具箱類など。T.Wongさんから、CAMsでビッカース6tを出す予定だと最初に伺ったときは、中国軍型は当然としても、ポーランド軍型まで出すとは思わなかった(その後予定として聞いたが)。

なお前述のように、ポーランド軍のビッカースは、T-26寄りの形状の履帯を使っている例も多いようだ。その場合、カステンのT-26用がそのまま使えるのではと思うのだが、本当に(形状的に)そのままでいいかどうかはなお要検証。

砲塔基本形部分の側面は3分割。ビッカース水陸両用戦車では、パーツの抜きの関係で一部のリベットが涙滴状になってしまっていたが、このキットではそれほどきつい抜き角度になっている場所はなく、リベット形状がおかしい部分もなかった。

塗装例は3種。もともとマーキングには乏しいポーランド軍なので、デカールもごく小さいもの。

(12/5追記)なお、よくよく実車写真を見てみると、ポーランドが使用した6t戦車の単砲塔型は、表面にリベットがほとんどない(つまり溶接?)ものが多い。ただし、キットのようなリベット接合仕様が間違いというわけではなく、箱絵にもなっている「8」号車は確かに(他国への輸出型同様の)リベット接合砲塔を載せている。ポーランドへは、砲塔は「パーツ状態」で輸出され、ポーランドで溶接で組み立てたのか? イギリス本国で、こういう仕様で作られた砲塔だったのか? そもそもポーランドの(22両分あったという単砲塔の)どれくらいの割合でリベット型・溶接型があったのか? そのうちDerelaさんが解き明かしてくれるかな?

▼中華民国軍指揮車仕様独自パーツとエッチング。

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指揮戦車型は砲塔後部に無線機搭載用のバッスルが付いている。大昔の資料だと、このタイプを「Vickers Mk.F」としているものがあるが、これは誤りで、実際には、Mk.Fは搭載エンジンを変更(合わせて車体形状も変更)した発展型の名称。キットのこのタイプに関して言うと、購入者の注文によって変わるオプション装備の範囲内で、「中華民国が購入した指揮戦車型」という以外に、特別な呼称などは設定されていないようだ。

ちなみに、フィンランドが購入したビッカース6tも、砲塔形状はこれとほぼ同形(ただしフィンランド型は車体形状が大きく違う)。

閑話休題。このタイプの砲塔は一見、バッスルが追加されただけに見えるが、実際には天井形状が大きく違い、おそらく換気用なのではないかと思われるが、砲塔上面周囲にスリットが開いている。なぜ通常型にはなく、このタイプにだけスリットが設けてあるのかは謎。それに合わせ、側面のリベット列の位置も、(例えば上のポーランド仕様などの)標準型砲塔とは異なっている。

側面の抜き角度については通常型同様で、こちらもリベット形状はOK。

説明書で取り上げられている塗装例は3種だが、うち2種はマーキングが無く、もう一種も3カ所に小さく青天白日が付くだけ。個人的には、砲塔に「虎」と書かれたものがいい!と以前から思っていたのだが、(指揮戦車ではない)通常型キットにはそのデカールが含まれるものの、こちらには無し。どうも指揮戦車型で「虎」マーキングが確認できる写真がなかったようだ。残念。

▼ほか、小さなライトレンズ部分の透明部品(共通)。

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マチルダさんに浮気

●29日水曜日。

神保町の事務所経由で、夏~秋の仕事の成果物が送られてきた。あー。今年もこの仕事がすっかり終わった。

今年も(特に終盤)バタバタして苦労したものの、仕上がってくるとなんだか「たったこれっぽっちのものか」などと思ったり。

●(遡るが)25日土曜日。久しぶりにお誘いがあり、川崎で赤板先行氏、でんでん氏と3人で飲む。

糖尿病で掛かりつけの医者・栄養士の「ストレスを溜めないよう、たまには制限を緩める日を設けて良し」の言葉に従い(というよりかなり拡大解釈?して)、リミッターを解除して飲んだり食ったり。

とはいっても以前のようにへろへろになるまで酔っぱらうこともなく、それなりにお行儀のよい時間に普通に帰宅。人のことは言えんが、あかばんはもっと腹を引っ込めろ。

20171128_101306 ●先日都内まで出掛けた折、秋葉原のイエローサブマリンでちょっとしたバーゲンコーナーが設けてあり、タミヤのレンドリース版マチルダが税込2900円とだいぶお安くなっていた。もともと必ず買おうと思いつつも、「タミヤならいつでも買えるし」と、つい買い逃していたアイテムなので、せっかくの機会を逃さず購入。

中途半端な状態のwz.34装甲車もキリキリ進めないといけないと思っているのだが、「うん、これは様子見……ただの様子見だから」などと訳の分からない自分への言い訳をしながら、ある程度組んでみた。

……ああ、自分でいちいちパーツを作らなくていい模型って、癒されるなあ(いや、普通プラモデルってそういうものだし)。

以下、キットの中身について気付いたこと、気になったことなどとりとめなく。

▼基本、2009年発売(だったはず)のイギリス軍仕様のマチルダの一部パーツ替えバリエーション・キット。形式名称としては、マチルダ(マチルダII)のMk.III/IVとまったく同じなのだが、細部ディテールはより後期の生産型の特徴を盛り込んであり、新型の履帯、小転輪からスキッドに替わった上部履帯支持機構、より後期の特徴を持ったサイド・スカート、スリットがなくなった前部ロッカー・ハッチなどが車両本体の大きな変更点。ほか、細部ディテールに関しいくつかの相違点あり(部品の使用・不使用など)。これにソ連兵のフィギュア2体、デカールなどが付く。

▼そんなわけで、今年(2017年)発売の新キットであるバレンタインに比べると、ベースキットはそこそこ古いのだが、防盾が寸詰まりだったり、特長的な転輪ゴムリムのふくらみが表現されていなかったりと、いささかピリッとしていない印象だったバレンタインよりも、こちらのほうが筋がいいような気がする。あくまで私の印象ですが。

▼サイドスカートに関しては、上部転輪取付用ネジ穴がないこと、点検ハッチヒンジが外部式になっていることを除くと、基本は先行キットと同形なのだが、実車では、前後の穴の形状にバリエーションが見られる。これについてはセータ☆さんの考証記事が詳しい(丸投げ)。同記事についての追記含め、有用な情報が多いので、まとめURLもついでに。

誘導輪支持架上下にはネジのモールドが追加されているが、実車の場合、ここはほぼツライチなので、キットは少々誇張された表現。

20171129_112852 ▼前部ロッカーハッチは本来あるべき取っ手が省略されていて、軽い凸モールドで位置だけが示されている。追加工作の都合から言えば、穴の開けやすい凹モールドにしてほしかった気がする。

T字型の取っ手は、伸ばしランナーなどで作るとすぐに壊れそうだったので、ジャンクパーツとして利用している48マーダーIII後部のカゴ状デッキの一部を切り刻んで流用した。博物館車両だと向きがだいぶ適当だが、生きている車輌の写真で見ると、おそらく横位置が閉状態。向かって右がやや傾いているのはちょっとした表情?(微妙)。

▼牽引具周り。キットの説明書の指定では、基部(C24+C25)を付けるように指定されているだけだが、キットにはリング(A7)やシャックル(A2)も入っている。ちなみに、イギリス軍仕様のキットではシャックルを取り付けるか、あるいはオプションでリングを付けるかが指示されている。

実際にはソ連軍の車輌でもリングやシャックルが付いているものは多く、また、リングを介してシャックルを取り付けている例も見受けられるので、そのようにした。リング(A7)は一体で完全な輪になっているので、イギリス軍仕様の説明書にあるように、一カ所を切断して通した後に再接着。

車体後部については未工作だが、少なくともリングは下げようかと思っている。

▼操縦席および砲手席上、砲塔ハッチ上の「グンドラフ式ペリスコープ(ビッカースMk.IVペリスコープ)」にはカバー(A8)を取り付けるよう指示されているが、これは実際には付いていない車体が多いようだ。私も付けないつもり。

20171128_101140 ▼誘導輪基部、ギアハウジングの内側には、パーツの抜きの関係で省略されているが、グリスポイント?か何かの突起が2カ所ずつある(おそらく、外周上部に付いているものと同形状)。どうせそんな部分、誰も見なさそうだが、適当にプラ棒の輪切りで追加した。

ちなみに、車体上部のオーバーハング部と車体下部を繋いでいる「ヒレ」状パーツだが、ここに見えている左右の2枚だけではなく、実際には中央にももう一枚(ただしオーバーハング部にすっかり隠れる短いもの)あるようだ。

オーバーハングの陰、ヒレの間には本来は水密ハッチがあるようなのだが、博物館車輌のなかにはツツヌケになっているものもあって、本来の仕様ではどうだったのかいまいち謎(見えない部分なのであまり本気で調べる意欲が……)。

20171128_101207 ▼防盾は、機銃部バルジの下にも開口部があるようだが、キットでは表現されていない。意図的にここをクローズアップで写した写真が手元になく、今一つ幅などはっきりしない感じだが、適当にぐりぐりと削って穴を開けた。

ちなみに、穴開けの手掛かりとして最初にドリルで穴を開けたのだが、勢い余って上面のスリット部までドリルの刃で突き破ってしまった。焦りつつ修復。激しくマヌケだ……。

▼砲身は、説明書ではD14パーツを使うように指定されているだけだが、これを含め2ポンド戦車砲の砲身は2本(D13、D14)、さらに3インチ榴弾砲(D12)も入っている。せっかくなので、私は3インチ榴弾砲を使ってCSタイプとした。

ちなみにイギリス軍仕様のキットではD13を使うよう指示されていて、両キットとも3インチ榴弾砲は不要部品扱い。ソ連へのレンドリース車輌にも3インチ榴弾砲搭載のCS型は含まれているので、説明書でも取り上げてコンパチにしてもよかったのではと思う。

▼同じことがキューポラにも言えて、わざわざ背の低いタイプ(D50)も用意されているのに、これについてはまったく触れられていない。

「わかる人だけわかって、ニヤリとしつつ使ってくれればいい」ということなのかもしれないが、模型を作る上で「選べる」というのはキットの魅力のひとつだと(個人的には)思うので、どうにも不思議。そもそもタミヤがそう矢継ぎ早にマチルダのバリエーション・キットをもう一つ出すとも思えないし。

ちなみに、背の低いタイプもソ連で使われているので、私はそちらを選ぼうかと思っている〈現時点では)。(そもそも背の低いタイプは、「キューポラ」と言えるのか?)

▼砲塔上面右前方にある丸いパッチ、その後方のより小さい四角いパッチは、それが存在しない車輌もあるようだ(例えばYad La-Shiryonの現存車輌)。生産時期との関わりかもしれないが、現時点で詳細不明。ベンチレータ周囲のドーナツ状リブもYad La-Shiryonn車輌には存在しない。

また、砲塔後方の小工具箱?(D59)は、このキットでは不要部品扱いだが、ソ連軍の車輌でもこれが付いているものはあるようだ。

▼砲塔右後方のビジョン・ポート(?)は、キットでは角型タイプだが(D58)、ここは実車では形状にいくつかバリエーションがある。おそらくキットのタイプより後期の生産型と思われる、丸型ベースのものも比較的多く確認できる。

「背の低いキューポラの場合は丸型」とかいう対応関係があったりすると厄介だと思ったが、実際にはそんなことはないようだ。安心。

▼後期の生産車(たぶん)はターレットリング・ガードが装着されているものがあり、ちょっと作ってみたい感じもするのだが、車体上面の工具の位置が若干移動しているようなので、その確認・調整が(工作以前に)やや面倒。

▼車体後部には、イギリス仕様のキットでは増加燃料タンクが付くが、このキットでは取付架も付いていない状態で組むよう指定されている。ただし、(セータ☆さんの考証記事にもあるが)実際にはソ連軍仕様でも増加燃料タンク(取付架のみの場合も含め)付きの車輌はある。

ここは取付架は残っている状態で組んでみたい、などとも思うが、本来は薄い板を折り曲げて作っている取付架が、キットのパーツではムクなので、そのままではちょっと使いづらい。

▼履帯は、カマボコ型のセンターガイドが(金型上、可能な形状であると思われるのに)前後方向に抜けていないのが残念。足回りに履かせる分はスカートもあってほとんど見えないが、予備履帯はちょっと目立つ。

なんとか穴を抜くか、取付具だけにして履帯は省くか……。

▼誘導輪は、キットのタイプは比較的初期のものであるらしい。後期は鋼製リムのものが多いらしいのだが、「スカートに隠れて見えづらい+ほとんど変わり映えがしない」にもかかわらず、改造は割と面倒くさそう。「まあ、キットのままでいいや」の方向に流れる可能性大。

▼デカールは細かくこちゃこちゃと印刷されているが、実際には説明書で取り上げられている塗装例は2例のみ、しかも片方はマーキング無しの冬季迷彩。結局、指定の塗装例で使うデカールは番号①②のみ。「1942年春・ロシア南部」で撃破された写真が残されている、砲塔に「D-7」、車体に「B-2」と書かれた車輌(結局、車番はどっちやねん)。

他のデカールは「自由にお使いください」という、いささか絶句ものの内容。

特に最近のタミヤは基本、あまり大判のデカールはセットしない印象があるので、渡渉ガイドの赤線とか書き込みとかも含めて欲しかったというのは贅沢な注文かもしれないが、それにしても、ちょっとこのデカール選択はお粗末な気が……(バレンタインのデカールもそう思ったが)。

レンドリース仕様ということで言えば、イギリスからの船出の際に「ソ連の盟友への贈り物!」などと車体に書き込まれた状態のものをデカールに含めるのも面白かったんじゃないか、などと思うがなあ……(それもデカールがそこそこ大判になるので「贅沢な注文」かも)。

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シュエタウンそば

●久しぶりにジョン・レノンの「スターティング・オーバー((Just Like)Starting Over)」を聞いていて、ふと、歌い方も構成も、なんだかキング・トーンズの「グッド・ナイト・ベイビー」に似てるなあ、と思った。特に「Although our love……」のところのヨホホ感とか。

●今年の夏~秋の「季節労働」は、先週末ですべて終了。

週の半ばは最後の作業でだいぶバタバタ。一度宅配便で送って貰った資料を、直後に「明日には戻してほしいと言っている」と言われて、結局その荷物を待って(送り主である)神保町の事務所に出掛けたり。なんちゅう無駄なことを。

20171117_140042 結局、水木金と神保町に出掛ける羽目になったが、おかげで、「神保町メシ」を楽しむことができた。水曜の昼は雲林坊九段下店で激辛の担々麺(辛さ1段アップ)。木曜夜はスヰートポーヅの餃子定食。金曜の昼は、三省堂裏口前に最近できたタイ/ミャンマー料理の食堂でミャンマー料理であるらしきまぜそば。

タイ料理店というのは結構あるが(特に神保町は「タイ屋台料理」の名店、ティーヌン神保町店がある)、ミャンマー料理というのは珍しい気がする。食べたのは写真の真ん中にある「シュエタウンそば」(店表に貼ってあるメニュー)で、要は「ちょっと変わったジャージャー麺」ふうのものだが、ココナツ味ベースのようなどろりとしたタレ、ひき肉、たぶんきな粉と思われる粉、小さなエビせんのようなもの、ゆで卵などのトッピング。「辛いの、好きだったらコレ」と言われて唐辛子のフレークを混ぜて食べる。なんというか、ちょっと他ではあまり味わったことがないような料理だが、それなりに美味しい。ちょっと、もう一度食べてみたいかも(いや、でもまた行く機会があったら、別のミャンマー料理も試してみよう)。

ちなみに木曜昼は新宿で麻辣刀削麺。糖尿病の食事制限で量的に「がっつり食えない」のは我慢するとして、その代わりと言っては何だが、たまの外食は刺激的なものが食いたくなってこんなメニューに。もっとももうひとつの持病である潰瘍性大腸炎は本来こういう刺激物はNG。

20171117_113613 ●前述の仕事に関しては、最後の数日は「もしも確認が来たら対応する」くらいの感じだったので、木曜の晩は母の「ご機嫌伺い」に川崎の実家に行って一泊(田園都市線1本で行き来出来て神保町からも近いので)。

翌日午前中、玄関の四季生りみかんの収穫。これでも割と手の届きやすい場所のものを採っただけ。1つ、せいぜい3センチほどと小さい。見た目はつやつや綺麗なオレンジ色で美味しそうだが、そのまま食べるにはちょっと酸っぱ過ぎ(今回も1個試しに食べてみた)、マーマレードを作るくらいしか使い道がない。形は小さいのにしっかり普通の大きさの種は入っている。

●先月末から、まんだら堂やぐら群の限定公開中。毎年数回の公開期間があるが、どうも年によって時期がまちまちのような?(しっかり確認していない)。

毎度のことなので特に何がどうということもないが、いかにも「冬の晴れた日」っぽい風景なので賑やかしに写真を。やぐら群の写真2枚は今月初め、最後の大切岸の写真は数日前の日曜日。

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●最近の虫写真。

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1枚目:クダマキモドキ。サトクダマキモドキなのか、ヒメクダマキモドキなのかいまひとつ(私には)はっきりせず。翅付け根近くの縁模様がないのでヒメ~のほうの気がする。なぜか数日間のうちに、まったく別の場所で3度も、路上にコイツがいるのに出会った。

2枚目:おそらく、虫嫌いの人が悲鳴を上げるシチュエーション。ヒメジュウジナガカメムシ。

3枚目:寒くなってもまだまだ残業中のミツバチ(おそらくセイヨウミツバチ)。

4枚目:寒い時期、日当たりのいい場所に咲いている花に来る主役はハナアブ。腹巻のような黄帯はオオハナアブ。

5枚目:ヤツデに来ていたクロスズメバチ。

●me20さんに教えて頂いた話だが、零戦初期型の塗色につき、科学的検証に基づいて、ついに「単純な灰色だった」という結論が出されたのだそうだ。長年の「飴色論争」は何だったのか……。

ちなみにこれも知らなかったのだが、マクタロウさんに教えて頂いたことによると、ヴェルナー・フォスのフォッカーF.Iのカウリングの「顔」の地色は、オリーブではなく黄色というのが最近の定説になっているそうだ。「オルソフィルムで黄色が黒く写る」というのはWWI期の写真でそこそこ例があるが、おそらくこれもそうだったのね……。

●タミヤ箱のパナール178(AMD35)装甲車(ICM製)、いつ出るんだろう……。

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SUMICONリタイア

●毎年、夏~秋に決まって請けている「季節労働」だが、今年は特に後半の追い込みが激しく、結局「SUMICON 2017」のエントリー作、wz.34装甲車も間に合わせることができなかった。

うん、今回はスクラッチネタでも大丈夫! ……と意気込んだにも関わらず、何ともお恥ずかしい限り。「まあ、いつものことじゃないの」って? うぐぐぐぐぐ。

●特に今年は、周りの連中が「今回はあまりたくさん引き受けられないんで」と逃げてしまった影響もあり、私のところに集中して、結局例年の3~4割増しの分担になってしまった。最後の山はようやく先週抜けたものの、まだ確認作業などあり、正真正銘のエンドマークが出るのは今週末の予定。

●その仕事関連、およびベトナムで仕事をしているM氏の帰省飲み会で、先週神保町へ行ったのだが、N社事務所にスマホの充電ケーブルを忘れてきてしまった。

なんだかんだで土曜日にC社長が(近くに用事があるついでに)我が家に届けてくれることになったのだが、午後遅くなっても連絡なし。予定が流れて来なくなったのかな?と単純にボンヤリ考えていたのだが、日が暮れてから連絡があり、バイク(原チャリ?)に乗っていて、金沢街道で接触事故を起こしてバイクは全損、救急車で病院に運ばれた由。もっとも大きな怪我はなく、軽い捻挫程度で済んだとのことで(もっともその後肋骨にヒビが入っているのが判明)、夜になってわざわざ車でケーブルを届けに来た。

後から事情を聞くと、渋滞した車の横をバイクで走っていたら、車の間から(道を渡って)自転車のおばさんがいきなりこちらに曲がって来て、正面衝突したのだとか。乗り物は壊れたが乗っていた方は双方とも大けがはなかったそうで、不幸中の幸い。

●火曜日。別件の仕事で武蔵小金井。同行したカメラマンのO氏に、「近所の釣り仲間から、小坪で釣った魚を大量に貰ったから、分けてあげるよ」と言われ、帰りに久我山のO氏宅でイナダだかワラサだか(どちらもブリの手前)をたっぷり頂く。……地元小坪の魚を東京の人に貰うなんて!

●同日帰宅時、金沢文庫駅で、またまた、生き残りのドレミファ・インバーター車が歌うのを聞く。ちょっと嬉しい。ちなみに車種は1000系。

●地質年代の第四紀更新世(どうも私には今も「洪積世」の呼び名のほうがしっくり来てしまうのだが)中期(78万1000年~12万6000年前)の名称として、千葉の地層を模式層として「チバニアン」という名が内定したという。

ネットで見て回ると、

実現すれば『ジュラ紀』、『白亜紀』などと並んで『チバニアン』という時代区分ができることになる。

なんて書いてあるところもある。……並ぶか馬鹿者~。区分の大きさが全然ちゃうわ~!

命名の元になった千葉県中部の地層/化石というと、木下(きおろし)の貝層はすでに更新世後期に入ってしまうようだが、それより若干古い瀬又の貝層はこの「チバニアン」に当たるようだ。というわけで、中学・高校の頃に瀬又の露頭で採ったトウキョウホタテ(セマタホタテ)の化石の写真を。

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PZLのチャイカ

●明日、10月22日は衆議院議員選挙。折悪しく台風直撃になりそう。そんな中で投票に行くのは流石に面倒なので、本日、川崎の実家からの帰りに「しやくそ」に期日前投票に寄る。

誰しも考えることは同じらしく、ロビーは長蛇の列。なんとか投票を終えて表に出たところで、共同通信の出口調査を受けた。

●博多ラーメン・チェーンの一風堂が“選挙に行こう”キャンペーン(正式名称は一風堂「選挙割」)をやっていて、「投票済証明書」を提示すると、替玉もしくは玉子が一つ無料になるそうだ。

一言で表すと「替玉投票のススメ」ってことでOK?

●AFVキットでは「面白いものを出してるんだけれど中身の出来はビミョー」というのが大方の評価であろうポーランドのMirage HOBBYだが、48の空もの、特にPZL P-11シリーズやPZL.23カラシュのシリーズあたりの力の入り具合は尋常ではない(若干、技術が追い付いていない感はあるものの)。

私自身は(買ってはいても)組んでいないが、マクタロウさんがかなり気合のこもったカラシュを完成させているので、ぜひこちらで鑑賞して頂きたい。

さて、同社からは、PZL.23カラシュの輸出型、PZL.43Aのキットも出ている。

PZL.43は、PZL.23の搭載エンジンがブリストル「ジュピター」をノーム・ローンに変えたもので、エンジンの形式によって43と43Aの2種に分かれる。基本、どちらもブルガリアからの注文で生産され、輸出されたのだが、1939年9月にドイツがポーランドに侵攻した時点で数機がPZLの工場に残されていて、1、2機がドイツでテストされたらしい。

ちなみにもともとのPZL.23のポーランドでの愛称はカラシュ(魚のフナ)で、ブルガリアでのPZL.43の愛称は「チャイカ(カモメ)」。同じくブルガリアで使われたガル翼戦闘機、PZL P-24のほうこそ「チャイカ」と名付けられるべき感じがするけどなあ……。

Mirageで出ているキットは、なぜかそのドイツ軍仕様(デカールがドイツ軍のものだけで、ブルガリア軍のものは入っていない)。もしかしたら、後からブルガリア軍仕様も出すつもりでいて、売れ行きが思わしくなくて出せなくなったのかも。

10/22追記。上にブルガリア空軍マーキング版は出ていないと書いたが、私が見たことがなかっただけで、実際にはちゃんと出ているらしい。マクタロウさん、どうもありがとうございます。

もっとも、付属のデカールは戦前の丸い国籍マークだけで、開戦後の聖アンドロス十字(バッテン印)は入っていない。要するに、そちらはまた別途出すつもりであるらしい。迂遠な!

マクタロウさんに教えて頂いたついでにハナンツで改めて検索してみたら、そのほかにも、1939年9月戦役で使われたポーランド空軍マーキングのPZL.43、双尾翼型の試作型であるPZL.42なんてものも出ているようだ。

ちなみに最近発売された、同じくポーランドの模型メーカーIBGの1:72カラシュ・シリーズでも、PZL.42が発売されている。こちらでもそのうち43も出るかも)

20171021_193456 ●さて、小国空軍好きの私としては、元々好きなポーランド機、中でも好きなカラシュ、そのまた変態的バリエーションのブルガリア型と、いろいろツボではあったのだけれど、何しろお高いキットであるうえに「本命」であるはずのブルガリア軍のマーキングが入っていないという点で購入を控えていたのだが……。

今日、川崎からの帰り、横浜のVOLKSに寄ったら、開店2周年とかで特価コーナーが設けられており、この土日限りのミニバーゲンを実施中。そこに積まれたキットの中に、このMirageのPZL.43Aのキットが一つ。何割引きくらいになっているんだろう……と手に取って見てみたら、元の値札6800円が、なんと400円ですよ奥さん

思わず抱きしめるように確保して、そのまま購入。

ところで、買うまでは漠然と、カラシュのキットの機首を挿げ替えた程度のバリエーションなのだろう、と思っていたのだが、実際には胴体まるごと含め、およそパーツの半分が新造だった。

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左のパーツ展開図で、オレンジで囲ったのが新造部分。これに、やはり新規パーツの比較的大判のエッチングと、デカールシート3枚が付く。右写真は新造パーツのキモの部分。

新造部分の中にも不要パーツが若干あるのが気にかかる。43と43Aの違い、とかなら良いが、ドイツ軍が試験した機体にはなく、ブルガリア軍機には付いていた装備とかだと厄介だ(作りたいのはブルガリア軍機なのだが、資料不足なので細かい仕様はよくわからない)。

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ぐり

●夏から秋にかけての定例の仕事。今年は結構頑張って進めている……つもりでいたのだが、結局、ケツに火がついた状態に陥っている。この計画性のない仕事ぶりは一体何なのだ。

いや、何においても終盤になってドタバタするのは常なので、「いつものこっちゃないか」と言われれば(誰に?)その通りなのだけれど。

●というわけで模型製作も滞り気味なら、当「かばぶ」の更新も低調なので、この間のあれこれをつまみ食いで。

●しばらく前に、実家の母がアルバムを整理していたら、従姉(といっても私と同い年)の幼い頃の写真が何枚も出てきたというので預かって来て、自宅でスキャン。現在は年老いた両親(私にとっては叔父叔母)の世話のため田舎に戻っている従姉にメールで送る。

もう何年も前に亡くなった大叔母が一緒に写っている1枚があり、懐かしく眺める。いかにも南の島の人の顔つきで、「けっけっけっけっ!」と大声で笑う陽気な人だった(なんだかそれだけ聞くと妖怪っぽいが)。大叔母の名は「タケグリ」という名前なのだが、「本人は『グリ』と付けるのを嫌がって、『タケ』と名乗っていたけどね」と従姉に(メールで)言われ、そういえばそうだったなあ、などと思い出す。

タケグリおばはたぶん明治の終わり頃の生まれだが、その当時の奄美の名前というのはどういう付け方をしているのやら何だかよく判らないものも多い。これが沖縄のオバァだと、ナビィ(鍋)だのカマドゥ(竈)だの、それはそれで昔の命名則が伺い知れて面白いのだが、「タケグリ」は何なんだろう。タケは「竹」(まっすぐ、すくすく育つように?)かもしれないが、「グリ」ってなんだ? 栗?(そもそも奄美大島に栗の木はあるのか?)

ちなみに母方の祖父(タケグリおばの兄)の名前は「恩重(おんじゅう)」という。これも昔から「よくわからん名前だな」と思っていたのだが、改めて検索してみて、「父母恩重経」という偽経(もともとサンスクリット語であったものではなく、中国で成立したとみられる経典)があるのを知った。おそらく由来はこれだと思う。しかし兄妹で一貫性ないなオイ。

まあ、曽祖父母にしてみれば(もしかしたら名付け親が他にいたかもしれないが)、男の子には厳めしい漢語の名前を、女の子には可愛い名前をという気持ちだったのかもしえない。……タケグリおばさん本人は「可愛くない」と嫌がっていたわけだが。

●無理にこじつけて「ぐり」関連。

先月半ば、散歩の途中で山栗を拾って来て食べた話を書いたが、その翌週、また別の場所で大量に拾う。かみさんに栗ご飯を作ってもらったり、また焼いたり茹でたりして食す。その後も少数(別の場所でも)拾ったが、今月に入って拾ったものは結構虫食いが多かった。

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ただ焼いて食うよりも、一度茹でてから焼いたほうが食べやすい(渋皮から実が離れやすい)。

●その他秋の収穫いろいろ。

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昨年に続いて、田越神明社の境内で拾ってきたぎんなん。散歩がてら見に行ったら、結構落ちていたので、改めて1,2日後にバケツを持って拾いに行ったら、参道が綺麗に掃き掃除されていた。がーん。

もっとも参道脇の植え込みの陰などに結構落ちていたので、そこそこ拾えた。右はじゃぼじゃぼ揉み洗いして果肉を落とし乾燥中のもの(今年はケータイを落とすようなバカなことはしなかった)。昨年に比べてずいぶん小さい。右下の数個は岩殿寺で拾ったもので、こちらは標準サイズ。ただし、炒って食べたら小さくても美味しかった。

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左はぎんなんと一緒に拾ったカヤの実。後ろの生のものは、切り裂いてみたら一番手前よりも2回りほど大きな立派な実が出てきた。残る2つは、どうもちゃんと熟さないうちに落ちたものらしく、どんどんしわしわに萎んできたので廃棄。普通はあく抜きをしないと食べられないそうだが、たった1つ2つにあく抜きの手間を掛けるのもなあ。

右は食べられるものではなく、名越切通の途中で拾った巨大ドングリ。高さ3.5cm近くあった。

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初めてのオニグルミ。池子の森自然公園は基本、動植物採取禁止だが、すでに地面に落ちていたものを、管理のおじさんにことわって3つ貰ってきた。果実の内側は腐って真っ黒になっているのを、洗い落として乾燥したのが2枚目。

普通のクルミに比べ、オニグルミの殻は固くてなかなか割れないそうな。というわけで、模型用の自作印刀(マイナスのミニドライバーの先端を研いだもの)でグリグリしてこじ開けた。市販のクルミより中身は小さく、凹凸もシンプル。渋皮ごと食べたが、苦みも渋みもなく、普通のクルミより美味しかったかも。

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左はむかご。から煎りして塩を振って食べた。右はスダジイの実(右下に写っているのは普通のドングリ。コナラかな?)。シイの実は拾って来てから1つ2つずつ、お茶請けに生でつまみ食いして、その後、残りはやはりから炒り。あらかじめ割らなくても、クリや銀杏のように爆発することはなく、おとなしく殻に割れ目が入って剥きやすくなる。味も炒った方が若干いいような。

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