PZLのチャイカ

●明日、10月22日は衆議院議員選挙。折悪しく台風直撃になりそう。そんな中で投票に行くのは流石に面倒なので、本日、川崎の実家からの帰りに「しやくそ」に期日前投票に寄る。

誰しも考えることは同じらしく、ロビーは長蛇の列。なんとか投票を終えて表に出たところで、共同通信の出口調査を受けた。

●博多ラーメン・チェーンの一風堂が“選挙に行こう”キャンペーン(正式名称は一風堂「選挙割」)をやっていて、「投票済証明書」を提示すると、替玉もしくは玉子が一つ無料になるそうだ。

一言で表すと「替玉投票のススメ」ってことでOK?

●AFVキットでは「面白いものを出してるんだけれど中身の出来はビミョー」というのが大方の評価であろうポーランドのMirage HOBBYだが、48の空もの、特にPZL P-11シリーズやPZL.23カラシュのシリーズあたりの力の入り具合は尋常ではない(若干、技術が追い付いていない感はあるものの)。

私自身は(買ってはいても)組んでいないが、マクタロウさんがかなり気合のこもったカラシュを完成させているので、ぜひこちらで鑑賞して頂きたい。

さて、同社からは、PZL.23カラシュの輸出型、PZL.43Aのキットも出ている。

PZL.43は、PZL.23の搭載エンジンがブリストル「ジュピター」をノーム・ローンに変えたもので、エンジンの形式によって43と43Aの2種に分かれる。基本、どちらもブルガリアからの注文で生産され、輸出されたのだが、1939年9月にドイツがポーランドに侵攻した時点で数機がPZLの工場に残されていて、1、2機がドイツでテストされたらしい。

ちなみにもともとのPZL.23のポーランドでの愛称はカラシュ(魚のフナ)で、ブルガリアでのPZL.43の愛称は「チャイカ(カモメ)」。同じくブルガリアで使われたガル翼戦闘機、PZL P-24のほうこそ「チャイカ」と名付けられるべき感じがするけどなあ……。

Mirageで出ているキットは、なぜかそのドイツ軍仕様(デカールがドイツ軍のものだけで、ブルガリア軍のものは入っていない)。もしかしたら、後からブルガリア軍仕様も出すつもりでいて、売れ行きが思わしくなくて出せなくなったのかも。

10/22追記。上にブルガリア空軍マーキング版は出ていないと書いたが、私が見たことがなかっただけで、実際にはちゃんと出ているらしい。マクタロウさん、どうもありがとうございます。

もっとも、付属のデカールは戦前の丸い国籍マークだけで、開戦後の聖アンドロス十字(バッテン印)は入っていない。要するに、そちらはまた別途出すつもりであるらしい。迂遠な!

マクタロウさんに教えて頂いたついでにハナンツで改めて検索してみたら、そのほかにも、1939年9月戦役で使われたポーランド空軍マーキングのPZL.43、双尾翼型の試作型であるPZL.42なんてものも出ているようだ。

ちなみに最近発売された、同じくポーランドの模型メーカーIBGの1:72カラシュ・シリーズでも、PZL.42が発売されている。こちらでもそのうち43も出るかも)

20171021_193456 ●さて、小国空軍好きの私としては、元々好きなポーランド機、中でも好きなカラシュ、そのまた変態的バリエーションのブルガリア型と、いろいろツボではあったのだけれど、何しろお高いキットであるうえに「本命」であるはずのブルガリア軍のマーキングが入っていないという点で購入を控えていたのだが……。

今日、川崎からの帰り、横浜のVOLKSに寄ったら、開店2周年とかで特価コーナーが設けられており、この土日限りのミニバーゲンを実施中。そこに積まれたキットの中に、このMirageのPZL.43Aのキットが一つ。何割引きくらいになっているんだろう……と手に取って見てみたら、元の値札6800円が、なんと400円ですよ奥さん

思わず抱きしめるように確保して、そのまま購入。

ところで、買うまでは漠然と、カラシュのキットの機首を挿げ替えた程度のバリエーションなのだろう、と思っていたのだが、実際には胴体まるごと含め、およそパーツの半分が新造だった。

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左のパーツ展開図で、オレンジで囲ったのが新造部分。これに、やはり新規パーツの比較的大判のエッチングと、デカールシート3枚が付く。右写真は新造パーツのキモの部分。

新造部分の中にも不要パーツが若干あるのが気にかかる。43と43Aの違い、とかなら良いが、ドイツ軍が試験した機体にはなく、ブルガリア軍機には付いていた装備とかだと厄介だ(作りたいのはブルガリア軍機なのだが、資料不足なので細かい仕様はよくわからない)。

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ぐり

●夏から秋にかけての定例の仕事。今年は結構頑張って進めている……つもりでいたのだが、結局、ケツに火がついた状態に陥っている。この計画性のない仕事ぶりは一体何なのだ。

いや、何においても終盤になってドタバタするのは常なので、「いつものこっちゃないか」と言われれば(誰に?)その通りなのだけれど。

●というわけで模型製作も滞り気味なら、当「かばぶ」の更新も低調なので、この間のあれこれをつまみ食いで。

●しばらく前に、実家の母がアルバムを整理していたら、従姉(といっても私と同い年)の幼い頃の写真が何枚も出てきたというので預かって来て、自宅でスキャン。現在は年老いた両親(私にとっては叔父叔母)の世話のため田舎に戻っている従姉にメールで送る。

もう何年も前に亡くなった大叔母が一緒に写っている1枚があり、懐かしく眺める。いかにも南の島の人の顔つきで、「けっけっけっけっ!」と大声で笑う陽気な人だった(なんだかそれだけ聞くと妖怪っぽいが)。大叔母の名は「タケグリ」という名前なのだが、「本人は『グリ』と付けるのを嫌がって、『タケ』と名乗っていたけどね」と従姉に(メールで)言われ、そういえばそうだったなあ、などと思い出す。

タケグリおばはたぶん明治の終わり頃の生まれだが、その当時の奄美の名前というのはどういう付け方をしているのやら何だかよく判らないものも多い。これが沖縄のオバァだと、ナビィ(鍋)だのカマドゥ(竈)だの、それはそれで昔の命名則が伺い知れて面白いのだが、「タケグリ」は何なんだろう。タケは「竹」(まっすぐ、すくすく育つように?)かもしれないが、「グリ」ってなんだ? 栗?(そもそも奄美大島に栗の木はあるのか?)

ちなみに母方の祖父(タケグリおばの兄)の名前は「恩重(おんじゅう)」という。これも昔から「よくわからん名前だな」と思っていたのだが、改めて検索してみて、「父母恩重経」という偽経(もともとサンスクリット語であったものではなく、中国で成立したとみられる経典)があるのを知った。おそらく由来はこれだと思う。しかし兄妹で一貫性ないなオイ。

まあ、曽祖父母にしてみれば(もしかしたら名付け親が他にいたかもしれないが)、男の子には厳めしい漢語の名前を、女の子には可愛い名前をという気持ちだったのかもしえない。……タケグリおばさん本人は「可愛くない」と嫌がっていたわけだが。

●無理にこじつけて「ぐり」関連。

先月半ば、散歩の途中で山栗を拾って来て食べた話を書いたが、その翌週、また別の場所で大量に拾う。かみさんに栗ご飯を作ってもらったり、また焼いたり茹でたりして食す。その後も少数(別の場所でも)拾ったが、今月に入って拾ったものは結構虫食いが多かった。

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ただ焼いて食うよりも、一度茹でてから焼いたほうが食べやすい(渋皮から実が離れやすい)。

●その他秋の収穫いろいろ。

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昨年に続いて、田越神明社の境内で拾ってきたぎんなん。散歩がてら見に行ったら、結構落ちていたので、改めて1,2日後にバケツを持って拾いに行ったら、参道が綺麗に掃き掃除されていた。がーん。

もっとも参道脇の植え込みの陰などに結構落ちていたので、そこそこ拾えた。右はじゃぼじゃぼ揉み洗いして果肉を落とし乾燥中のもの(今年はケータイを落とすようなバカなことはしなかった)。昨年に比べてずいぶん小さい。右下の数個は岩殿寺で拾ったもので、こちらは標準サイズ。ただし、炒って食べたら小さくても美味しかった。

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左はぎんなんと一緒に拾ったカヤの実。後ろの生のものは、切り裂いてみたら一番手前よりも2回りほど大きな立派な実が出てきた。残る2つは、どうもちゃんと熟さないうちに落ちたものらしく、どんどんしわしわに萎んできたので廃棄。普通はあく抜きをしないと食べられないそうだが、たった1つ2つにあく抜きの手間を掛けるのもなあ。

右は食べられるものではなく、名越切通の途中で拾った巨大ドングリ。高さ3.5cm近くあった。

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初めてのオニグルミ。池子の森自然公園は基本、動植物採取禁止だが、すでに地面に落ちていたものを、管理のおじさんにことわって3つ貰ってきた。果実の内側は腐って真っ黒になっているのを、洗い落として乾燥したのが2枚目。

普通のクルミに比べ、オニグルミの殻は固くてなかなか割れないそうな。というわけで、模型用の自作印刀(マイナスのミニドライバーの先端を研いだもの)でグリグリしてこじ開けた。市販のクルミより中身は小さく、凹凸もシンプル。渋皮ごと食べたが、苦みも渋みもなく、普通のクルミより美味しかったかも。

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左はむかご。から煎りして塩を振って食べた。右はスダジイの実(右下に写っているのは普通のドングリ。コナラかな?)。シイの実は拾って来てから1つ2つずつ、お茶請けに生でつまみ食いして、その後、残りはやはりから炒り。あらかじめ割らなくても、クリや銀杏のように爆発することはなく、おとなしく殻に割れ目が入って剥きやすくなる。味も炒った方が若干いいような。

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wz.34装甲車リベンジ(11)

週末模型親父さんのところの「SUMICON2017」にエントリーした、wz.34装甲車の(かなり久しぶりの)製作記。

中だるみ的製作モチベーションの低下もあり、そうこうしているうちに毎年お決まりの仕事が忙しいシーズンに突入してしまい、ますます製作にブレーキが掛かってしまったが、そうこうしているうちに残り1カ月を切ってしまった。

それでも調子いことを言って製作を始めた手前、締め切りまでとにかく頑張らねば格好がつかない。というわけで、スタート前から懸案だった足回りの製作に入ることにする。

20170731_213132 ●まずは前回報告(もう2カ月以上前!)の割とすぐ後に作ったデファレンシャル。

KOTOBUKIYAの「丸モールド」パーツ、コントレールのプラパイプ、ランナーその他ででっち上げたもの。ちょっとギアケース部分が前後方向につぶれ過ぎで、本当はもっと球形に近いはずなのだが、どのみち組み上がってしまえばほとんど見えないので、そのまましらばっくれることにする。

●今回、タイヤに関しては最初からTOKO/RODENのGAZのものを流用するつもりでいたが(というよりも、サイズ的にもパターン的にもこれが使えそうだ、と思ったのがそもそもスクラッチ開始のきっかけだったのだが)、一方で一番のネックだと思っていたのがホイール部。

おそらく、ヒートプレスで作るしかないだろうと思っていたものの、ダメモトで、改めて流用できるパーツはないものかと(悪あがきで)探してみた。

中央部に平面のある皿形で二つ穴。もちろん穴は自分で開ければいいので、うまくサイズの合う皿形があればよい。

いろいろ見たり想像したりした中で、まず有力候補として浮かんだのは48のT-34のディスク転輪。欲しい「皿形」は周囲部がなだらかな曲線断面、T-34の場合は直線的なのだが、そのへんはちょっとヤスって誤魔化すか……(もっとも、サイズ的に本当に合うかどうかは結局未確認)。

hnさんからは、他のトラックの(5穴とか6穴の)ホイールの穴を塞いで使ったらどうかというアイデアを頂いたのだが、凸面側はどうにかなるとしても、凹面側を綺麗に塞いで整形する自信がちょっとない。

……いやいやちょっと待てよ。既存のトラックタイヤと言えば、イタレリのSd.Kfz.232(6Rad)って2つ穴とかじゃなかったっけ。

20170916_224249 と、いきなり思い出して、棚をがさがさ漁って取り出してみたら、これがかなり近い形状(右写真はすでにいくつかパーツを切り離し済み)。しかもタミヤのカスタマーサービスに電話したら、幸いなことにパーツが取り寄せられることが分かったので(つい最近、タミヤパッケージで「ドイツ6輪装甲車 Sd.Kfz.231」として発売されたためパーツの在庫があった)、安心して使うことができた。

もっとも、ドイツ6輪装甲車用としてみればそれほど出来のいいパーツではないので、6輪装甲車用にはレジンのアフターパーツ導入を考えるべきだったかも(もっとも、そうこうしているうちに他社から出来のいい新キットとかが出てしまいそうだ)。

●そんなわけで、いよいよ車輪の製作。

基本は、6輪装甲車のパーツからゴムタイヤ部分を削り落とし、wz.34装甲車のホイールに若干なりとも似せるべく追加工作を下上で、GAZのタイヤにはめ込む。

なお、RODEN/TOKOのGAZトラックの軟質樹脂タイヤはプラパーツを傷めるというウワサも聞いたことがある気がするのだが、少なくとも今回使ったもの(実際には純正TOKOのGAZ-AAもしくはGAZ-AAAではなく、ズベズダ版のBA-10装甲車に入っていたもの)に関しては、5,6年以上、ジップロックの中にランナーの切れ端と一緒に入れておいたがランナーに変化はなかった。

ただ、後輪の内側などはGAZトラック用のパーツをそのまま使って手間を省こうなどとも考えていたのだが、ホイールよりもタイヤの内径の方がわずかに小さく、そのままでははまらなかった。……タイヤ、縮んだ? もとから?

●前輪。もともとのドイツ・6輪装甲車の後輪内側のパーツ(C24)を使用。

大まかには、上記のようにタイヤ部を除去した後、

GAZのタイヤにはまり込むまで削り込んだ後

  1. そのままではタイヤをはめる部分の厚みが足りないので、GAZのリングのパーツを貼ってから、タイヤがはまるまで削り込む。
  2. ホイール部の2つの穴はやや大きめに。凸頂部を少し削って平面部を広めに。
  3. 中央のハブ穴がちょっと大きいので、プラバンを貼って狭め、さらに穴の内側に段差を付けてもう一枚プラバンを接着。
  4. 外側リムをTOKO/RODENのGAZのパーツから削り取って来て接着。
  5. ハブフランジの取付ボルト6本を、TOKO/RODENのGAZのパーツから削り取って来て接着。

写真1枚目が元パーツ。2枚目がGAZのタイヤに合うまで削り込んだ状態(右は後輪用、左が前輪用)。3枚目が工作完了状態(車軸部未工作)で、左側はCERTI/MIRAGEのキットのもの(タイヤはMIRAGE版)。

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●後輪。こちらはドイツ・6輪装甲車の後輪外側のパーツ(C5)を使用。

  1. こちらは前輪と逆にリム部分の厚みがあり過ぎるので、厚みを減じてから、外側リム部をTOKO/RODENのGAZから移植。
  2. ホイール2カ所の穴を拡張。裏から削って穴部分を薄く見えるようにした後、プラバンを裏から貼ってリムの重なりを表現。
  3. ハブ中央部の軸を切り飛ばし、ハブ穴を拡張。 流用パーツやら流用モールドやらを組み合わせて車軸部を表現。
  4. ダブルになっている内側は、ドイツ・6輪装甲車の後輪内側裏のパーツ(C28)を使用。
  5. 程よい間隔で内外が接するよう、スペーサーとなる部分を工作。後の塗装の手間を考え、はめ込み式でバラせるようにした。

写真1枚目は元パーツと、とりあえず外周を削り取っただけの段階。2枚目が外側の形状の工作終了状態。3枚目は内外はめ込み工作。挟まって見えなくなる側は工作もだいぶ適当。4枚目はデフにはめてみたもの。

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●予備タイヤ。状態としては凹面が表に出るので、使用パーツは後輪外側と同じ。穴の拡大やリムの処理なども後輪の工作と同様で、そのほかに、

  1. 中心部分は、後輪ではハブのフランジがドーナツ状に盛り上がっているが、予備タイヤはそのフランジが当たる部分が逆に窪んでいるので、一度この部分を削り取って開口。 そこに、同じパーツから中心部を切り取って来て、一段低めて接着。つまり、予備タイヤに関してはC5パーツを2つ消費している。
  2. その際、(予備タイヤはボルト3本で止められているので)ボルトを1本置き表現に。さらに裏から削って薄くするとともに、中心部の穴をやや大きくした。
  3. 車体側に逆トの字型の、予備タイヤ取付座金を工作。
  4. 塗装の便を考え、予備タイヤ裏側に金属線を植え、車体側には穴を開けて着脱可能に。

写真1枚目は工作した予備タイヤ。右側はCERTI/MIRAGEのキットパーツ(後輪もほぼ同形状)。2枚目は車体に取り付けてみたところ。……格好いいぞキミ。

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●なお、上の写真をよく見比べると、ホイールの2つの穴と6本のボルトの位置関係が、前輪と予備タイヤでは6本のボルトの描く6角形の辺の部分に穴があるのに対し、後輪では頂点のところに穴があるのが判ると思う。

これは前輪と予備タイヤが正解で、後輪は(CERTI/MIRAGEのキットパーツも)間違い。前輪・予備タイヤはボルト部分を作り直したので修正したが、後輪はドイツ・6輪装甲車のキットパーツのままとしたため。正直に言うと手抜き。

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山栗

●相変わらずwz.34装甲車はスタック中だが、懸案のホイールに関し、イタレリのSd.Kfz.232(6Rad)のパーツが小修正で使えそうだということが判明。なんとなく復活の兆し。

●バッテリーが劣化してしまったらしいスマートフォンは、契約しているMVNOサービス会社に電話をしたら、無料で交換してくれるとのことで、すぐに新しい端末を送って来てくれた。SIMカード、メモリーカードを差し替えて、バックアップデータも転送。G-mail、LINEの設定でアカウントとパスワードが判らなくなってオタオタしたが、これは自己責任。

……というのはいいのだが、その新しいスマホを使い始めて1週間くらいで、裏ブタが剥がれて隙間が開いてきた。なんじゃそりゃあ。というわけで、再び交換することに。流石に隙間が開いたままでは、何かのはずみで水滴がかかっただけでお陀仏になりかねない。位置情報付きで写真を撮ったり、ポケモンgoでバトルしたりすると過熱がスゴイので、そのせいもあるかも。

●確か月初め頃の話だが、京急新逗子駅で、久しぶりに「ル~♪ル~♪ル~♪ル~♪ル~~♪」と歌う「ドレミファ・インバーター」の音を聞いた。

すでにドレミファ・インバーター搭載車は全て引退済みなのかと思ったら、まだいたんだなあ。

●鎌倉「レンバイ」外の乾物屋で、怪しい缶ジュースが50円で売られていたのでつい購入。タイ製。「タマリンド」というのは名前は聞いたことがあったが、こんな外見のものだとは思わなかった。そもそも、「マメ科なのに果物」という時点で、日本人の一般的感覚を大きく逸脱している。

ちなみに味は、甘酸っぱくて「意外に普通」。

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●天気が悪くない限りは、マメに散歩に出ている。先日、散歩の折に山栗を拾った。ツヤツヤしていて食えそうだったので、その日の夕方、オーブントースターで焼いてみる。

ちょっと焼き過ぎたか、中身の表面も一部パリパリ加減になってしまったが、ほっこり甘く美味。1つも虫食いなど無し。基本、2つに割ってスプーンでほじって食べたが、綺麗に食べるのが面倒くさく、一部は渋皮も一緒に食べてしまったが、その渋皮のパリパリに焼けたのが意外に香ばしくて美味かった。

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この翌日、また数個拾ってきたが、それはすぐに食わずに冷蔵庫で保存中。数が少なかったこともあるが、「実は栗は低温保存すると甘みが増す」というのをネットで見たためもある。現在台風来襲中なので、明日、また新たに落ちていないか見に行く予定。

●wz.34装甲車は休止中なのに、なんとなく、長年死蔵していたキブリ(kibri)のHOスケールの建物に手を付けてしまった。

以前にも一度紹介したことがあるが(2012年4月)、当時の記事を抜粋引用する。

F1031756Kibriの鉄道物スケール建築物、HOスケールのハーフティンバーの建物。説明書には「FACHWERK - RATHAUS "URACH"」と書かれている。直訳すれば、「トラス構造の市庁舎、ウーラッハ」?

ちゃんとモデルがあって、南独の温泉保養地、バート・ウーラッハの市庁舎だそうな。

(中略)

この手の「ドイツ製の妙に凝っている建築物模型」は値段のほうもバカにならないのだが、このKibriのキットは、かつての静岡ホビーショーのフリマかどこかで、放出品を安く譲って頂いたものだった気がする。

F1031754 中身はこんな感じ。おそらくバンダイ以前に、このあたりのメーカーは多色成型を駆使していたのではと思う。このキットも壁面は焦げ茶と白のプラの2段階成型、しかも非常に美しい。こうなると、がっちり塗装するよりもプラの地の色に若干の墨入れやウェザリングを施すだけで、あとはつや消しコートを行う程度のほうがいいのではないかとも思う。

しかし、ほぼ平面のパーツが箱にギッシリ収まっているため、作り始めてしまうと箱に収納できなくなる。しかもどうやらこのキットは現在絶版のようで、手を付けていいものかどうか悩む。

そこそこ魅力あるキットなので転売する気にもなれず、「いつか作ろう、いつか作ろう」と思いつつ、たぶん20年くらいは押し入れで眠っていたはず。

上記説明に少し付け加えると、

▼バード・ウーラッハは南独バーデン=ヴュルテンベルク州、地域で言うとシュヴェービッシュ・アルプ(シュヴァーヴェン・アルプス)にある一都市。「プレッツェル発祥の地」という本当かどうかよく判らない伝承付き。

▼キット説明書にあるRATHAUS(TOWNHALL)は市役所のほか公会堂の意味もあるが、バート・ウーラッハの観光サイトの解説によれば、現在もこの建物内で市役所機能が担われているようだ。

▼上では「ハーフ・ティンバー」と書いたが、正しくは「木骨造」であるらしい。

▼箱絵はまさにバード・ウーラッハの市庁舎なのだが、キットの中身は、どうも実際の市庁舎の形状を少々いじっていて、平面形で言うと、長手方向はかなり短縮されているようだ。下写真でいうと、右手前の面に小切妻が2つあるが、キットは向かって右の切妻で建物が終わっているのに対し、実物の市庁舎はさらに右に建物が続いているようだ。キットではこの2つの小切妻の間に煙突があるが、実物では右切妻のさらに向こうにある。

▼さらに、キット化されている部分だけ見ても、長手方向は窓の間隔が不均等だが、実物はおおよそ均等のようだ。この部分でも長さが切り詰められている感じ。

……などなど。

もっとも「バード・ウーラッハの市庁舎以外の別の建物」と言えるほどかけ離れているわけではなく、したがって、適当にミニスケールのAFVと合わせてジオラマに、なんてことはしづらい。

というわけで、基本は「建物は建物としてそのまま作る」方針でいく。現在はこんな感じ。

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基本、よく出来たキットではあるのだが、各面の貼り合わせには十分なすり合わせが必要。特に斜めに削がれた四隅部分は、結構大胆に削り込まないといけないようだ。

上にも書いたように、「元祖・多色成型」のようなキットなので、とりあえず素組の上で、若干のスミイレとかドライブラシとかを施したいと思う。

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「遊びかたよー。」

●私事ですが。

一昨日、鹿児島に住んでいるS叔父が死去したとの知らせを受けた。朝鮮半島で逓信省の学校に行き、最後の最後に徴兵された挙句にソ連軍の捕虜になり、収容所で数年を過ごし生還したという経歴の持ち主だった。

といって「苦労した」とか、そんな気配は見せず、何に付けても楽しむことに貪欲な、大袈裟に言えば自由奔放な人で、数年前にうちの父が死んだ際、鹿児島から駆け付け……たのはいいものの、告別式当日の朝、泊まっていた我が実家からだいぶ早く出発したものの、なかなか会場にやってこない。

道に迷ったか、事故にでも巻き込まれたかと心配し始めたところで現れたのだが、聞くと、車を運転する従弟(叔父にとっては甥)に言いつけて、「(自分も歳を取って)もう東京に来るのは最後かもしれないから、『海ほたる』(東京湾を横断するアクアライン中途のパーキングエリア)というものを見に行った」由(ちなみに実家があるのは川崎だが、鹿児島辺りの人から見るとざっくり「東京」)。

その何年か前から脚を悪くしていて、杖をついて歩くのがやっとにも関わらずバイタリティーは健在で、周り中「わざわざ葬式の朝に行かんでも……」と思いつつ、「絶対、まだ何度も来る」と思ったものだった(実際そうだった)。

ちょっとはた迷惑な、しかしとことん楽しい人だった。ご冥福を。

●叔父が逓信省学校時代、同期で最も成績が良かったのは現地朝鮮出身者だったにもかかわらず、「首席が朝鮮人では体裁が悪い」と別の日本人が首席に選ばれ、「僕自身はオチコボレだったけれど、それが腹が立った」と言っていた。

最近、「韓国は日本がインフラを作ってやって教育してやったから近代化できたくせに云々」などとしたり顔で言う輩がいるが、勝手に押し入って来た挙句に二等国民扱いされたのを感謝する奴がそうそういるもんかい。

その後徴兵されて配属されたのは現在の北朝鮮のとある街の通信部隊で、周りの実戦部隊はどんどん南方に送られ、結局最後には唯一残っていたその通信部隊が街の守備隊になったのだが、一個中隊に武器は小銃一丁だけだったという。

「それで、もう明日はソ連が来るっていうんで、住民は放って軍隊は山に逃げ込んで、あっち逃げこっち逃げしてアソビカタヨー(遊んでたんだよ)」と奄美訛りで教えてくれた。

こういう生の体験を語れる人が減っていく一方で、何だか「昔からスバラシイ国だったニッポン」のきらきらしい幻想みたいなものをでっち上げたい人があちこち湧いて来るのはどうにもモヤモヤする。

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ソミュア!(ほんのわずかの進捗)

●前回も書いたように、仕事が立て込んできたこともあって、wz.34製作は開店休業中。だけではなく、模型製作意欲自体が激しく減退中。

●これじゃいかん、ということで、ちょっと気分を変えて別のものでもいじって製作意欲を取り戻そう、ということで、エアフィックスの1:1野鳥シリーズ(グンゼ版)を屋根裏から掘り出してきて組んでみたり。

●さらには、ほぼ発売直後に少しだけいじってそのままになっていた、タミヤのSOMUA S35の箱も開けて、一年以上ぶりにわずかに工作した。

といっても、エンジンルーム上のグリルを貼り付けただけ。

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以前のレビューにも書いたが、このグリルのパネルは実際には4枚とも同一のパーツ。スリットには傾きがあるので、左と右では逆に装着されるため、本来、グリルは左右で点対称になるはずなのだが、キットは線対称(鏡写し)になっている。

グリルのパターンはキットのパーツで言うと左側(B6)で正しく、右側(B5)が誤り。まあ、線対称だろうと点対称だろうとパッと見で判るようなものではないので、そのままスルーするのが平和的解決法なのは間違いないのだが、気付いてしまうとどうにも気になる。

というわけで、(これまたしばらく前の話だが)タミヤにパーツ請求してBパーツの枝をもうひとつ入手。それを使って、グリルを左右同パターンにした。

具体的には、右側グリルに関して、(本来左側用の)B6パーツから車体側面にかぶさるベロ部分を切除。一方でB5パーツからはベロ部分だけを取って来て丁寧に削り合わせて合体させた。結果は激しく地味な割に、意外に擦り合わせ等に気を遣う。

ちなみに「車体側面にかぶさる部分」というのはあくまでタミヤのキットのパーツ形状としてであって、実車は鋳造の車体がこの部分で盛り上がっているのを、抜きの関係で分割しているだけ。グリル枠部分も実車は車体と一体なので、この後目立つ部分だけでも継ぎ目を消す必要がある。

なお、キットパーツはこの小口部分の傾きも前後で違うため、若干削ったり盛ったりが必要になった(写真でグレーに見えている後端が盛った部分)。

●まるっきり一発ネタの更新。ああ。wz.34装甲車作らなきゃ……。

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ミヤママルハナバチ

●8月半ばだというのに梅雨が戻ってきたかのような天気が続いたかと思ったら、その後は真夏が戻って来て連日暑い。

基本、家に閉じこもって仕事をしているので、その間は冷房漬けの堕落した生活を送っているが、それでも(一応、医者にも勧められていることなので)時間を見計らってほぼ毎日歩きに行く。

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小坪の磯からの夕陽。8月23日。前回冒頭に載せた写真と角度的にはほぼ同じなので、天候次第では正面に富士山が見えるのだが、この時はまったく見えず。

●とりあえず一番熱い時間帯は避けるようにして、夕方とか、午前中とかに歩くのだが、それでも汗だくになる。しかし出れば出たで、ほぼ毎回「おお、これは」という虫なり何なりに出会うことができるので、それがある程度のモチベーション維持要因になる(あとはポケモン)。

というわけでここ最近の近所の虫ネタ。

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1枚目:羽化直後で翅の模様も瑞々しいアオスジアゲハ。アゲハの仲間はほぼどれも忙しなく、間近にゆっくり止まってくれないことが多いので、見かける機会は多くても、こんなふうにじっくり撮らせてもらえることは少ない。抜け出た直後の半透明の蛹の殻も綺麗。後翅にこんなに目立つ赤紋があったんだなあ……。12日。

2・3枚目:今年も何とか逢えたナミルリモンハナバチ。こういう、時季的にも場所的にもかなりピンポイントでしか出会えない相手は、「今年はもしかしたらもう出ないかも」と、ちょっとドキドキする。初遭遇の時にはスマホのバッテリーが切れていて撮れず、その後何回か、また来ていないか見に行って何とか撮影。コバルト色の模様の「キラリ感」が今一つ写真に上手く写せない。19日、21日。

4枚目:道路上をテクテク(よれよれ?)歩いていたアオスジハナバチ。12日。

5枚目:お馴染み(になってしまった)ツマグロヒョウモンのメス。「いきものみっけ2017」でも投稿募集対象種。ルリモンハナバチと同じキバナコスモスで。18日。

6枚目:あ、尻尾がない、ナガサキアゲハだ!……と思って撮ったのだが、帰って写真をよくよく見ると、何かちょっと変。確かにナガサキアゲハもオスは真っ黒で目立つ模様がないのだが、それにしても、ナガサキアゲハならもっと後翅の全体形に丸みがあるような。どうやら、(鳥にでも襲われたのか)左右とも尻尾がちぎれてしまったクロアゲハのようだ。そう考えて改めてよく見ると、翅全体もちょっと年季が入っている感じ。18日。ちなみに「……っぽい」ではない、正真正銘のナガサキアゲハもその前日に見た。

●大切岸西南端の尾根上の石廟近くには、毎年巨大なシロオニタケが生える。これまた、どうも今年は出ないのかもしれないと思い始めていたが、月半ばの雨のおかげか、今年も同じ場所ににょきにょき出てきた。

8月も末になって、他にも、大切岸上の尾根道は怪しいキノコだらけ。相変わらずキノコの同定は限られた種類以外どうにもならないので、「キノコ狩り」は無理。

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1枚目:シロオニタケ。傘の直径は20cmあるかないかで、例年の最大級に比べると小さめ。22日。

2枚目:灰色っぽい中型のキノコ。表面が特徴的なのでちゃんと調べれば種名も判りそう。22日。

3・4枚目:やはり石廟の近くにはえていたもの。傘の表面はフェルトっぽい質感。3枚目は同じキノコで、裏側はスポンジ状。イグチの仲間、柄の網目状の模様から考えて、いわゆるポルチーニの一種のヤマドリタケモドキである可能性が高そう。美味しいキノコだそうだが、やはり素人が軽々しく手を出すべきではない、と思う。18日。

5枚目:先のキノコがなくなって、その後改めて近くに生えて来ていたもの。柄の感じからして同じ種類かも。なかなか大きい。26日。

6枚目:やはりイグチの仲間っぽい。柄の感じは先のヤマドリタケモドキと似ているが全体的にもっと黄色っぽい。26日。

7枚目:表面のアラレ模様からしてテングタケの仲間っぽい感じ。

8枚目:まるでスマホアプリのなめこキャラのような、作り物っぽい幼菌。

●我が家には小学生のチビがいるので、夏休みのイベント的なものの一つとして、一家(息子を除く)で、富士山およびブドウ狩りの日帰りバスツアーに参加する(もっとも計画立案にも参加申し込みにも私自身は一切関わっておらず、単にボンヤリついて行っただけ)。

目的ポイントを数十分くらいずつ点々と辿るだけの慌ただしい行程で、午前中は鳴沢氷穴と富士山五合目。鳴沢氷穴は過去に行ったことがあるかどうか記憶が曖昧。富士山五合目は初めて。バスの中で、かみさんと「~合目」というのはどこから数え始めていて、どんな間隔になっているのか等々話すがどうもよく判らず。帰って調べると、諸説あるものの、基本は歩いて登る際の行程の「今、おおよそ頂上までの~あたり」の感覚で区切っているものなので、間隔はまちまち、ルートによって同じ「~合目」でも標高は異なっていたりする由。

例によって劣化したバッテリーの持ちが悪く、スマホは昼過ぎでダウンしてしまったが、かろうじて、五合目では少し写真を撮った。路傍の花に黄色いマルハナバチが何匹か来ていた。「さすが富士山は涼しいせいか、8月末にコマルハナバチのオスが!?」と思ったのだが、尾端がオレンジ色でないなど、どうもやや様子が違う。主に標高の高い場所にのみ生息するミヤママルハナバチであるらしい。……ハチばかり撮って、五合目から見上げた迫力ある富士山頂の様子は結局撮りそびれた。

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8/28追記。「あっ、なるほど、これか!」と、記事題名にまで「ミヤママルハナバチ」と付けてしまったが、実は、同じく本州中部以南だと主に標高の高い場所で見られるヒメマルハナバチの可能性が出てきた。ミヤママルハナバチだと、胸の背中側の毛がもっとオレンジ色っぽいのが通常のようだ。

もっとも、ヒメマルハナバチもどちらかというとマイナーなマルハナバチで、web上の検索だと、どうも特徴の記述がいまいちよく判らない。「マルハナバチ国勢調査」のFBにたまたま出ていた写真でそっくりなものがあって、「あれあれ?」と思った次第。とりあえず記事タイトルはそのままにしておく。

20170814_142706 ●話は前後するが、月半ば、川崎の実家に墓掃除に行った帰り、横浜で開催中だった「ポケモンgoパーク」に寄り道した(14日)。

時折小雨もパラつくような天気で、「天気が悪ければ人出もそれほどではないかも」と思ったのだが、中華街あたりで、明らかにプレイヤーと思われる人がわさわさ。東北角の「朝陽門」でちょうど伝説ポケモン・サンダーのレイドバトル中だったが、さすがにこれだけ人がいればたちまち倒せて無事get。流石。

Screenshot_20170814183456 「パーク」会場の赤レンガ方面へは、象の鼻パークからの橋は大混雑。一度ちょっと引き返し、道の反対側歩道を通ってようやく渡れた。会場に近寄ったあたりで、本来はアメリカ限定のバリヤードを3匹ゲット。バリヤードって名前でバリヤーグ(ヴァリャーグ、ロシアの伝統的軍艦名)を連想するのって私だけ……ですよね。どうも済みません。

他にも出現場所が限られるらしいアンノーンや、これまで機会がなかったラッキーを捕獲できて、だいぶ図鑑登録数が増えた。

ちなみにルギアは近所にも結構「爆誕」しているが、当然ながら逗子鎌倉あたりではレイド参加者が集まらないので未入手。

●毎夏お決まりの仕事が本格的に始まっていることもあって、模型(wz.34装甲車)はすっかり開店休業中。

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小坪高角砲台(改めて披露山)補遺

●歯医者に行ったついでに、ちょっと足を延ばして(このクソ暑いなか)またまた披露山公園に登ってきた(サルも暑そうだった)。

体調管理上、ちょっとずつでも歩いたほうがいいということに加えて、先日の横須賀「砲台山」の知見をもとに、改めて見直したい気もしたため。

20170808_154241 ●夏の間は見えないことも多い富士山だが、今日は江の島の向こうによく見えた。

写真は山頂広場展望台の足元から撮ったもの。先日の記事のこの写真とほぼ同じ場所・アングルで、ただし今回は手すりにくっついて撮っている。

すぐ足元が披露山庭園住宅、その向こうが逗子マリーナ。右手中景の岬が稲村ケ崎で、その向こうが江の島。富士山の左側が箱根で、糸切り歯のようにぽつんと尖っているのは金時山。

●現・展望台周りに関する補遺。

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展望台下の崖側は、写真のようにコンクリートの土台が張り出している。外装は新しいが、砲台時代も(ここまで張り出してはいなかったかもしれないが)ある程度の張り出しが設けられていたのではと思う。

なお、古くからの逗子の住民の方に聞いたところによると、かつては、展望台の根元部分はもう少し深く、すり鉢状遺構もさらに多く露出していた気がする、とのこと。

これまで気付かなかったが、展望台の北側すぐの場所に、写真2枚目のようなコンクリートの何かの土台がある。6×6の鉄パイプの骨が埋まっている。以前に載せた終戦直後の米軍の航空写真を見ても、はっきり何かがあるようには写っておらず、正体不明。(8/11追記。hnさんから「ジャングルジム跡では」というコメントを頂いた。言われてみればまさにそんな感じ!)

●現:猿舎に関する補遺。

先の記事で、

壁龕の数はおそらく8つ。ただし、8つの壁龕は45°の等間隔ではなく、階段とその隣の四角い小檻のある部分の左右の壁龕は離れていて、その分、他の壁龕間の間隔は45°より狭くなっているようだ。上写真でも、よく見ると一つ置いた壁龕間の角度は直角には足りていないように見える。

と書いたのだが、これはどうやら誤り。

実際には、hnさんの記事にある復元図のように、壁龕は等間隔に8つ、そして先日は気付かなかったが、兵員詰め所(もしくは待避所)の大きな窪み(現在は四角い金網が付いている)と階段の間にあった壁龕が埋められている(つまり現存している壁龕数は7つ)。

写真1枚目ではちょっと判りづらいが、実際に見てみると、埋められた部分のコンクリートが若干周囲と色が違うのが判る。その範囲を見た感じでは、どうも、壁龕の上部分が少し壊れていて、それをわざわざ手間をかけて補修するよりも、いっそ壁龕ごと埋めてしまった方が楽だったための措置という気がする。

兵員詰め所と向かって左隣の壁龕とは壁一枚の厚みで隣り合っているようで(写真2枚目)、要するに、元々は砲台山のものとまったく同じ配置だったようだ。

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前回「砲台山」記事へのhnさんのコメントで改めて気付いたが、各壁龕の入口周囲の角(出隅)は、かなりしっかり面取りされている(写真3枚目)。

面と面が出っ張った形で接している角は「出角」もしくは「出隅」、凹んだ形で接しているのは「入隅」と呼ぶのもhnさんに教えて頂いた。かば◎はあたらしいことばをおぼえた!(ちゃらら~ん♪)。

砲台山と共通していることが分かった床面の円環状金具は、こちらも一直線には並んでいないが、どうもその位置は砲台山と披露山とでまったく同じようだ。

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左が披露山、右が砲台山。何の用途だったのかちょっと気になる。

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砲台山

●披露山公園山頂の「元・高角砲台座」について、先日くどくどと書いたが、(前編中編後編)、その際、みやまえさんから、「うちの裏にある砲台山と同じ構造」というコメントを頂いた。

検索してみると、確かに披露山の猿舎内部とそっくり。俄然興味を覚え、実際に見に行ってみることにした。

●通称「砲台山」は横須賀市の南端近く、「三浦富士」と「武山」の間にあるピークで、本来の名前は「大塚山」であるらしい。披露山(小坪高角砲台)同様に旧海軍の高角砲陣地で、当時の名前は「武山高角砲台」である由。

「武山」と書くとつい「ウーシャン」と読んでみたくなるが(私だけ?)、読みは「たけやま」。前述の「三浦富士」~「砲台山」~「武山」間はハイキングコースとなっていて、鉄道の駅としては京急長沢駅が最もアクセスが近いようだ。

●ここ数日、しばらく前の酷暑が嘘のように過ごしやすい。「この機会を逃しちゃイカン」と思い立ち、4日金曜日、早起きして午前中に一仕事して、昼食をとってすぐに出掛ける。

上記の通り、京急長浜駅よりスタート。そもそも京急線で金沢八景(+逗子線)より先(南)に行くことはほとんどなく、特に横須賀中央より先なんて数えるほどしか乗ったことがない。

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長浜を降りたら、「三浦富士」~「砲台山」~「武山」のルートで歩く、ということは把握していても、事前に地図など印刷もせず、「とりあえず駅を降りたら内陸側に行く」程度の行き当たりばったりな行動計画。もっとも、駅前をはじめ、要所に上のような案内板が出ていて助かった(とはいえ、その「要所」は少な目で、山道に入る前も、入った後も、合わせて数回道の分岐を間違えた。……いや、自分で地図用意しとけって)。

夏の盛りだというのに気温も高くなく、日も照りつけておらず、数日前に降った大雨からか地面は濡れているけれどぬかるんではいないという、格好のハイキング・コンディション。――と思ったのだが、風がないうえに林内は湿気が高く、みるみる汗だくに。しかも歩き始めてすぐに、ちらちら細かい雨粒が当たる怪しげな空模様になってしまった。まあ、それでもカンカン照りよりはましな気がするけれど。

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上左はルート上の最初のピーク、「三浦富士」山頂。右はその後ちらりと見えた海(東京湾側、津久井浜方面……たぶん)。

20170804_151049 ●そしてメインの目的地である砲台山(大塚山)。

山頂には、海上保安庁のものだという通信施設の大きなアンテナがあり、地上の小さな建物ごと金網で囲われている。アンテナの鉄塔の上には、おそらく30羽を超えるくらいのカラスの群れ。ぐわあぐわあうるさい。

横須賀観光案内のページの明るい写真を見た印象、それから披露山山頂からの類推で、見晴らしのいい、ある程度広い山頂広場のなかに砲台跡がある光景を想像していたのだが、実際には、通信施設の脇の割とせせこましい場所に唐突に砲座の穴が開いていた。さらに、砲座のすぐ近くまで木立が迫っていて、周囲の風景は何も見えない。

▼全景はこのような感じ。ほぼ三方から木立が迫っている。

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▼似たようなカットで披露山公園猿舎と比較。左が披露山公園猿舎、右が砲台山。ほとんど同形状であるのが判る。

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▼縁から中を覗く。

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中央、砲架があった小円部分を囲んで六角形に白っぽくなっているのは、披露山公園の猿舎にはなかった特徴。最後の2枚は、内壁の窪み(壁龕)の真上に立つようにして撮ってみたもの。どうやら、六角形の辺の位置は、壁龕位置とも階段位置とも何の関連性もなさそうな感じ。

▼砲台内に降りる小階段。内壁の傾斜がおおよそ判るように、なるべくカメラを水平に持って左右壁も撮ってみた。

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▼内壁に開いている、弾薬の仮置場と考えられる壁龕(ニッチ)は8つ。階段脇から時計回りに撮ってみた。

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披露山猿舎とは壁龕・詰め所(?)の配置が若干異なっている。壁龕の配置は、こちらではすべて等間隔。

▼内壁の穴のクローズアップ。1,2枚目は上の写真の順番で言うと6号ニッチ、3枚目は4号ニッチ(たぶん)。披露山猿舎のニッチは単純な四角形断面のようだが、ここ砲台山のものは、上左右角がナナメになっている。建造時期の差? 請負業者(あるいは部隊)の差? 4枚目は兵員の詰め所?かと思われる大型の穴。一部崩れているが、草藪になっていて詳細は確認できず。もともとは披露山の猿舎同様、天井もあった可能性がある。

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▼砲架跡丸穴の一方(おおよそ北側)に、何かの取付架であったと思われる円環状の受け金具のようなもの/その他がある。披露山猿舎の底面にも同じものが確認できる。そういえば、披露山の金具もほぼ北側にあったような。何かしら方角に意味があるのか、たまたまなのかは不明。

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円環状金具は3つ、およびもともとはこの金具がついていたと思われる6本のボルト(それとも鉄骨?)だけの部分が1カ所(写真4枚目)。写真5枚目はボルト(あるいは鉄骨)が菱形に4本だけで、明らかに別用途のもの。写真6枚目の丸いくぼみはボルト(あるいは鉄骨)が認められず、円環の痕跡なのか違うのか判別できず。

3枚目以降の個別の写真は、1枚目写真の手前から(階段側)からの順番。1枚目写真を見て判るように、これらは(円環状金具部分だけをとっても)一直線上には並んでいない。

▼コンクリート内壁の表面の粗さはこれくらい。

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模型を自作したい方は是非参考に(そんな人いるかな……)。

▼砲台山山頂に向けてぐるりと回り込むように上がる道の途中に「ポケモンgo」のポケストップが設定されていて、確か「高射砲の方位盤」という名前でコンクリート製構造物の写真が出ていた。石柱のような、キノコのような格好。

なんとなく公園の水飲み台くらいの大きさのものを想像していて、登る時には見落としていたのだが、下りの時に発見。なんと高さ4メートルほどもある巨大なものだった。あまりに想像と違い過ぎて気付かなかった。

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1枚目は道の山頂側から、2枚目は下側から。道に沿って2本並んでおり、山頂側の柱は下1/3ほどに大きくヒビが入っているだけでなく、根元が崩れて穴があいている。柱の中は中空になっているらしい(写真3枚目)。下側の柱は上の方に、作られた時からのものと思われる横/斜めの溝がある(写真4枚目)。

よく参考にさせて頂いている「東京湾要塞」サイトのこのページによれば、このコンクリート柱は山頂と渡り廊下で結ばれた計測所の建物のもので、コンクリート柱は機器の基礎を兼ねていたという。「ふ~ん。披露山にも昔はこんな感じのものが立ってたのかね?」と一瞬思ったのだが、考えてみれば披露山は山頂が広く、砲台の北と南に(地べたの上に)建物があるのだった。

5枚目写真は、さらに武山方向に下った場所にある、コンクリート製の天水桶のようなもの。これも当時の遺構と思われる。

▼上記「東京湾要塞」の解説ページによれば、砲台山には高角砲台は(披露山同様)3つあったらしい。ひとつは海保の通信施設の下になってなくなったが、もう一つは、上の写真の木立の奥に残っているのだという。藪の薄い季節に、もう一度行ってみるか……。

●一応我が家のご近所(隣の市)ではあるものの、三浦半島もここまで南下すると森も深く、逗子ではなかなか見られないような虫もいる。

まだそれほど山に入っていないところで、前翅が茶色、半分ほど除く後翅が綺麗なオレンジ色の中型の蛾に遭遇(というより、なにやらオレンジ色の目立つものが目の前を横切って、横の藪に止まったのだ)。

さっそく写真を、とオタオタして、スマホを構えて改めてその蛾を見たら……一瞬目をそらしている間にどこかに飛び去ってしまっていた。惜しい。きちんと姿を捉えていないので、種類も判らず。アケビコノハとか、なんとかキシタバとか……? 惜しい。

と、そんな残念さを大いに補って余りあるものに逢えた。

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逗子でも、名越切通途中で一度見たことがあるアサギマダラ。渡りをする蝶として有名で、春に北上、秋に南下、日本で夏に見られるものは海を渡って先島諸島や台湾までも行くという。こいつはどこまで行くのやら。

ひらひら飛んでは翅を広げてスーッと滑空する独特の飛び方(とはいえコミスジほどゼンマイ仕掛けっぽくはない)。飛んでいる時は下から見上げる形になるが、この写真で一見ただ白く見える部分は光が透けると薄青(名前の由来の浅葱色)の綺麗なグラデーションになる。

ほぼ同じところをずっと飛び回っている姿をしばらく眺めて、「蝶が飛んでいる」程度しかわからないような動画を(とりあえず証拠として)撮ったりしているうち、道の脇に止まってくれたので写真を撮ることができた。角度的にもピント的にもイマイチ感はあるものの、とにかく初めて間近で撮れて嬉しい。

●その他、ハイキング途中のいきものあれこれ。

1枚目:三浦半島一帯どこにでもいるタイワンリス(クリハラリス)。この日も何度も遭遇。こっち見んな(と、向こうも思っているに違いない)。

2枚目:やたらに巴紋が立派なオスグロトモエ。これは近所では見たことがないかも。陰陽道とか使いそう。

3枚目:これは近所でもお馴染み。普通のシオカラトンボに比べて青い!黒い! オオシオカラトンボ。

4枚目:はっきり言ってでんでんむしむしカタツムリの種類の見分けはさっぱり。ここまで茶色いのも模様の個体差の範囲内?

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●ちなみにその後武山山頂でまともに雨に降られた。そのあたりの写真がないのはスマホのバッテリーが切れたため。

バッテリーそれ自体が劣化していることに加えて「ポケモンgo」およびカメラの消費電力が高いらしく、最近は下手すると半日持たない(実際にこの日は4時間足らずしか持たなかった)。

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狩人

●住宅地(鎌倉逗子ハイランド)の歩道を歩いていたら、すぐ脇にぼとっと、何やらうごめくクリーチャーめいたものが落ちて来て驚いた。

よく見ると比較的大き目のアシダカグモと何かが格闘している様子。と見る間に動きが収まったのでさらに近付いてみると、今まさに狩人バチがそのアシダカグモを仕留めたところなのだった。

自分の体の数倍あるアシダカグモを仕留めたハチは、ほぼ全身真っ黒で、腹の真ん中あたりから後ろが赤っぽいオレンジ色。名前はツマアカクモバチ(帰宅して「日本の昆虫1400」で調べた)。そういえば以前にも自宅近くで見たような。

麻酔されたクモが動かなくなってすぐ、ハチがどこかに飛び去ってしまったのだが、これは巣の様子を確認しに行ったらしい。ほどなく戻って来て、ずるずるとアシダカグモを引きずり始めた。細い道路をひとつ横切って、大谷石の石垣をよじ登っていく。どうやら石垣の排水口か、排水口の塩ビ管の周りの穴を巣にしているらしい(もしかしたら中でつながっているのだろうか?)。

大きなアシダカグモを引っ張りながら、意外に素早く石垣を登っていくのだが、巣(と思しき穴)にクモを引き入れようとして問題発生。排水口の周りの隙間は狭くてクモが通らず、排水口そのものに引き入れようとすると、塩ビ管の内側で脚が滑って踏ん張りがきかず、クモを持ち上げきれない。

クモを持ったまま排水口の周りを右往左往、時々クモを下ろして巣穴をチェックしたり。

下手に手助けしようとすると警戒してハチが(クモを置いて)逃げてしまうかもしれない、とヤキモキしつつ見ていたのだが、最終的に、見かねて持っていたスマホの先でクモを支えてやったら、(ハチも人の手を気にする余裕もなかったのか)逃げもせず、なんとかクモも排水口の中に。

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もっとも夜になって雨が降り始めたので、折角の獲物が巣ごと流されてしまっていないかが心配。

●ポケモンgoが1周年だとかで、(ゲーム内でも)あれこれイベントあり。その一環として、「伝説級」(というらしい)ポケモン数種が相次いで出現するとか。

通常の「野生のポケモン」としてそのへんをウロウロしているわけではなく、「ジム」に時間を区切って出現し、「レイドバトル」に勝利するとゲットチャレンジが可能になるという仕組み。

水・木に実家に行った帰り、横浜駅前でフリーザーが出現していたのでレイドバトルに参加。さすが横浜駅前で参加人数も多く、なんとか倒せて捕獲もできた。もっとも私のスマホが低性能なせいかバトル中に数回落ちた(同一のバトルには再チャレンジ可能)。

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その後、新逗子駅や近所の公園でルギアに遭遇したが、10人くらいはプレイヤーが集まらないと倒せそうにない難敵なので、逗子のような田舎では到底捕獲できない。

●川崎の実家で奄美大島産のパッションフルーツを貰ってきて食す。パッションフルーツのパッション(Passion)はボンヤリと「情熱」の意味かと思っていたのだが(トロピカルらしいし)、そうではなくて「受難」の意味だとしばらく前に知った。花〈トケイソウ)の形にキリストの受難を重ね合わせているとか。しかし果物の名前に「受難」ってどうなのよ……。

ちなみに中の種は固いがもろいので、私はプチプチかみ砕いて食べるが、web上で食べ方を見たら、周りのゼリー状の部分だけ楽しんで種はそのまま飲み込むと書かれていた。えー?

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